桜セイバー in Fate/EXTRA   作:日向辰巳

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二十話

少女は消えた。

少女の死を望んでいたわけではなく、何を望んでいたわけでもない。これが聖杯戦争の、戦いの道理であることは理解している。

ただあの少女は二度と還らないだけ、その事実が胸に重い。

そんな時に話しかけてきたのはレオだった。

 

「死を…哀れんでいるのですね。命が失われるのは悲しいことです、それがこのような無慈悲な戦いであればなおのこと」

 

「…え?」

 

意外だった。

最良のサーヴァントを従え、自身の勝利のため殺し屋まで雇っている有力者がこんな言葉をかけてくるとは思わなかった。

 

「無慈悲…?無意味じゃなくて?」

 

「はい、憎しみではなく互いに同じ目的を持ったまま戦うしかなかった。 人としての心を持ったまま人を殺めるのはとても哀しい。

あなたの哀しみも彼女の痛みも認めます。

世界に徹底した管理と秩序を、欠乏がなければ争いは生まれません、人々に完全な平等を…それがこの世界のあるべき姿だ。

…そうでしょう?白野さん」

 

少年の言葉は抗いがたい毒のようだった。ありすの死で傷んだ心にその言葉は穏やかに染み込んでいく。

俺は…

 

「ひっどい勧誘だこと。 右も左もわからないそいつによくもまあ堂々とつけ込めるもんだわ」

 

「…遠坂?」

 

「おや?何か言いたいことでも?」

 

「今のはハーウェイの西欧財閥にとっての理想よね、あなたたちハーウェイの管理都市なら知ってるわ。

階級に応じた生活が保障されている不安要素のない平穏な世界…

どこにも行けない、どこにも行く必要がない楽園…

けれどあそこには自由がない、未来がない、あそこにいる人々はただ生きているだけ」

 

「ミス遠坂、あなたの言い分はわかります、生きるための戦いを肯定するのもいいでしょう、ですが…」

 

「あなたはすべての人間があなたのように強くあれるとでも思っているのですか?」

 

遠坂が押し黙る、それは遠坂も気づいてはいたのだろう。

人間はみんな遠坂のように強いわけじゃない。

 

「あなたは脱落する人間がいるのなら自分が助ければいいと思っている、だから貴方では僕に勝てない。

人間を救いたいなら人間を捨てなければならない…支配者は必要なんです、あなたでは無理だ、そして今の僕にも…

 

だけど聖杯の力があれば…地上すべてこの星を照らす光になれる」

 

「…ふん、まあ平行線だとは思っていたけどね…OK、よーくわかったわ。 やっぱり私と貴方は相容れない、アンタの理想とやらはここで私が握りつぶす」

 

「つまり僕を倒すと?」

 

「そうでもしなきゃアンタを止められないならね」

 

「そうですか…楽しみにしていますよ」

 

レオは去っていった。

お互いの意見は対立していたがどちらも信念というものを感じた

 

「白野くん…私、次の勝負も生き残ってみせるわ、絶対に西欧財閥に聖杯は渡さない」

 

…レオの言い分は共感はできた。

争いのない世界?なるほどそれは素晴らしい。世界には支配者が必要?確かに支配者は必要だろう。

…だが何故か自分は認めることができなかった、それはどこか違う...俺はそう思ってしまった。

 

〜〜〜〜

 

「セイバー、俺は自分に何もないまま人の命を奪うのが辛かった」

 

自分の方が価値がある。自分の方が生き残るべきだ。

そう言い張れるだけの根拠がない。

今の自分には本当に何もないのだから。

 

「…あの二人には信念がある、命をかけられるほどの強い信念が」

 

だから見つけなくとも立派でなくてもいい、いつか彼らと決戦場出会う時に戦う理由として恥じない何かを…

 

「…この短期間で成長しましたね、マスター、ですがあなたは優しすぎます。

その甘さが自身の身を滅ぼすことになりそうで私は怖いです…

もう嫌なんです、自分の大切な人が死んでしまうのは…マスターは私の前からいなくなったりしませんよね?」

 

「当たり前だよ、俺はセイバーと一緒にこの聖杯戦争を勝ち抜く…どんな姿になっても君からは離れない」

 

それは…呪いとも呼べる二人の契約。俺は今、自分の体にそう思い込むことで呪いを残した。 絶対に生きて帰れるように、セイバーと共に。こんなものは所詮口約束に過ぎない。だが悲しそうなセイバーの顔を見ていると自然と言葉が出た。 絶対にセイバーの前からいなくなったりしない。 自然と心に誓っていた。

視聴覚室を通り過ぎようとした時、かすかだが声が聞こえた。

この声は…ユリウス?どうやら何か呪文を唱えているようだが…

 

「ちっ…これ以上探るのは危険か、あと僅かだったのだがな。決戦場ともなるとセキュリティは最高レベルか…くそっ」

 

動く気配がする、見つかるわけにはいかないので急いで物陰に隠れる

そしてそのままユリウスは視聴覚室の扉を開けたまま立ち去ってしまった。

 

「よし…行こう」

 

「注意しながら進んでくださいね、マスター」

 

そして視聴覚室に踏み込む、そこには黒板に映し出すようにスクリーンが下りている。

 

「あの映写機…なんか怪しいですね」

 

言われてみるとその映写機の周りには何か違和感を感じた。

 

「確かに何かコードキャストを使った形跡がある…この機械でユリウスは一体何を…うっ!」

 

「マスター!」

 

なんだこれは。複雑なプログラムが頭の中に入ってくる。

頭が…焼ける!?

 

熱い

 

熱い

 

熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い

 

途端に体から力が抜ける、ああ、俺は死ぬのか…

 

「マスター!起きてくださいマスター!」

 

「…ああ、大丈夫だよ、セイバー」

 

なんだ今のは…幻覚?

 

「見てください、マスター」

 

そしてセイバーの指差す方を見てみると、先程の映写機に遠坂が戦っている様子が映し出されていた。

 

「まさかこの映像は…今遠坂が戦っているところなのか!?」

 

おそらくユリウスの仕業だろう、この端末を使いいずれ相手となる敵の情報収集をしていたということだ。

…だが何故そんなことができるのに途中で退室したんだ、何か意図があるのか、それともなにか問題が…

 

「!次の遠坂の対戦相手は…ラニ!?」

 

そして遠坂近くにはアーチャーが、ラニの近くにはあれは...槍?ならばラニのサーヴァントはランサー?だろうか?

 

その武器で双方共に弾き、払い、受け。

軌道を追うことすらできずわかるのは火花がその存在を示しているということだけ。

威力においてはラニが勝っていると言えるが遠坂の方も押されてはおらずむしろ…

 

「このまま行けばリンさんが勝ちますね」

 

搦め手、というやつだろう確かに威力においてならラニのサーヴァントが優位に立つだろうが…

だが、それだけだ。

あのように何度も同じ攻撃の繰り返しでは遠坂に勝つことはできないだろう…

そして今の攻防で分かったがラニのサーヴァントはバーサーカーだ、殲滅力では最高峰の強さを誇るがその反面、理性が失われていてああやって単調な攻撃しかできないという欠点がある。

 

「はい、ラニさんもそれは分かっているでしょう、ですが分かっていても覆す手段が無い、これは相当に歯がゆいでしょうね…」

 

突然、剣戟が止んだ。そして両者の距離が開く。

動いたのはラニだ、サーヴァントが構え、ラニの胸に光が集まり力が、エネルギーがどんどん溜まっていく。

それはこの画面越しでもわかるエネルギーの量だった

 

「……申し訳ありません、師よ。

あなたにいただいた身体と心をお返しします。

 

全高速思考、乗速、無制限!

 

北天に舵(モード・オシリス)

任務継続を不可能と判断…

入手が叶わぬ場合、月と共に自爆せよ

これより最後の命令を実行します…!」

 

「ちょっと、何それ!?アトラスのホムンクルスってのはそこまでデタラメなの!?」

 

馬鹿げている!自殺行為なんてものじゃ無い。

あの魔力の質量では凛どころか決戦場そのものが崩壊しかねないんじゃないか!?

 

「令呪を使いましたね」

 

いや、それだけじゃない。きっとラニの体には元からこういった機能があったのだ。

 

「魔術回路の臨海収束…!捨て身にしたって程がある、そんなのただの自爆じゃない…」

 

「さてどうするリン、このままでは私達は塵も残らず消滅してしまうだろう、魔術破りの類いなら私も知識はあるが…あれは無理だな。 使おうとすれば従者に消しとばされるのは目に見えている」

 

「そう、いいわよ、相手がその気ならこっちも全力でやってやろうじゃない!

ラニの心臓、アレは本物の第五真説要素(エーテルライト)よ!

爆縮させたらアリーナくらい余裕で吹き飛ぶわ!その前に...あなたの全力で中心を破壊して!」

 

「了解だ!マスター!」

 

これだけの魔力の衝突だ、たとえこの勝負に勝ったとしても無事では済まないはず、さらに言えばどちらも死ぬかもしれない…俺はここで決着がつくまで見ていることしかできないのか…

ふと、左手が見える、そこにはセイバーとの契約の証、そしてあらゆる奇跡を可能とする令呪がある。

 

「マスター、まさか救いたいなどと考えてますか?」

 

「凛とラニは何も知らない俺を今まで助けてくれた、その二人を助けられる可能性があるのにこのまま見ているなんて俺にはできない」

 

「確かにその令呪があれば移動してどちらかを連れ帰ることも可能でしょう。なら帰りはどうしますか?まさかまた令呪を使いますか?

敵を救うために貴重な令呪を?そんなことを本気でするつもりですか?」

 

「…ああ、馬鹿げているとは思うが俺は二人を救いたい。頼む、セイバー」

 

命令を下すとセイバーは不満の声も表情も見せることなく即座に動いた、一刻の猶予もない。

 

「セイバーのマスター岸波白野が命ずる! この端末からアリーナまでの道を最短距離で斬り開け!」

 

「はい!飛びますよ!マスター!」

 

 

 

 


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