運命とぐだぐだな日々   作:いんふぇるの。

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歴史に名を刻む武人がいた。
山の如き巨大な竜がいた。
大地を埋め尽くす軍がいた。
悪魔の名を冠する化物がいた。
どれもこれもが恐るべき存在だった。

けれどそれらは諦める理由には成り得なかった。


偉大なる山々

――かつてこの地では、戦争があった。

 

現皇帝率いる帝国軍と、過去の皇帝率いる連合軍。

俺は歴史を修正するため帝国軍の客将として戦に参陣した。

敵は遥か昔、この地を治めた皇帝達。

サーヴァントとして召喚された皇帝達が徒党を組んだ強大無比な連合軍。

 

これまでも多くの戦いを経験したが、真の意味での戦争はこれが初めてだった。

何人も何人も人が倒れ、倒し、前へと進む。

互いが互いの正義を叫び死んでいく。

 

今思い出しても身が震える。

人の想いがぶつかり合う恐怖。

目を閉じれば戦場の情景が浮かび、戦士たちの咆哮が今も心に響いている。

 

戦争は終わった。

俺達が勝利した。

なのに心は今もあの戦場に囚われているようだ。

 

だからだろうか、自然とこの足がかつて戦場だった荒野へと向かうのは。

何故、そうするのか自分でもわからない。

この身を苛む恐怖を払拭するためなのか。

戦いの高揚を忘れられないためなのか。

散って逝った者たちの叫びが俺を呼んだのか。

理由もわからないまま歩き、戦場(ここ)まで来てしまった。

 

漂う戦火の残り香に誘われ、ただ茫然と戦場の痕を眺めることしかできない。

思考は止まり、心は冷える。

ただただ荒野に立ち尽くすことしかできない。

 

戦場の傷跡にこのまま埋もれてしまうのではないか、そんな恐怖が俺を包む。

あまりの恐怖に身が竦み、大地へと座り込み顔を伏せる。

このまま俺も戦場に消えてゆくのだろう。

そんな、破滅的な考えが頭を埋め尽くしていた。

 

そんなときだ、一陣の風が吹き抜けたのは。

 

戦場に吹くにはあまりにも穏やかで優しい風。

その風に誘われるように頭を上げると、飛び込んできたのは雄々しいまでにそびえたつ山。

 

――なんて雄大なのだろう。

 

生命力にあふれる木々を纏う寛容さ。

天を支えるかのような力強さ。

戦場痕など大したことではないと言わんばかりの存在感。

 

その自然の在りように、先ほどまでの鬱屈とした感情は吹き飛んだ。

悩みも恐怖も全てを受け入れてくれるようなその山の雄大さに、心の重みなど消え去ってしまった。

 

これほどの自然に気付けないとは、俺の心には余裕がなかったのかと自嘲してしまう。

終わった戦いを引きずり過去に囚われるなど、なんて無様なのだろう。

 

戦場の悼みは今も心にあるけれど。

今はただ、この雄大な山の寛容さに身を委ねよう。

この全てを包む自然の優しさに癒され、そして次の戦場に向かうとしよう。

だから少しだけ、少しだけ戦いを忘れさせてほしい。

 

この山に登る、ほんの少しの間だけは――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――登山の理由はこんな感じでどうだ、オリオン。

 

「なげーよ。一言ですむじゃん――――女湯覗きにきたってな」

 

そうとも言う!

 

 

 

 

 

 

事の始まりは数時間前。

色々あった戦争は、諸々頑張って勝利した。

歴史はこれから修正され、間違った戦争の記憶はいずれ消え去るだろう。

 

世話になったこの時代のローマ皇帝に別れを告げれば、名残惜しさを伴いながらも気持ちよく見送ってくれた。

 

共に戦った記憶も、間違った歴史としてなくなってしまうのだろう。

そんなセンチメンタルな気分で背を向ける俺達に、かの皇帝が待ったをかけ、こう提案してきたのだ。

 

――いずれ消え去るその瞬間まで、余のローマを存分に楽しむが良い、と。

 

実にありがたいことだ。

いずれ消え去るとしても共に戦った戦友との絆は確かにある。

ならば今は勝利の美酒に酔い、宴を楽しもう。

仲間たちと相談した結果、歴史修正までこの世界を堪能することになった。

 

ある者は栄華輝くローマの街を練り歩き。

ある者は誇り高きローマの兵達に混じり酒を飲む。

 

そんな仲間たちが思い思いにこの世界を楽しんでいるときに、俺は路地裏で見てしまったのだ。

 

――縄で簀巻きにされた謎のナマモノを。

 

「ナマモノってヒドイなマスター」

 

喋る熊のぬいぐるみとか謎のナマモノ以外の何物でもないだろう。

 

「反論できない!」

 

そう戦慄するのは、見た目ただの熊のぬいぐるみ。

しかしその実態は紛れもなく歴史に名を遺したサーヴァント。

星座として全世界に知られる狩人、オリオン。

 

なにがどうして手乗りサイズの熊なんかになっているのか。

 

「本当だよ。俺のサーヴァントデビューが熊って、熊って……」

 

項垂れる熊ことオリオン。

実に可哀想ではあるが、今はそれどころじゃない。

もう一度確認するぞ、オリオン。

俺達が何故わざわざ郊外の山なんぞにきたのかを。

 

「おう、そうだな。泣いている場合じゃない。いいかマスター。俺たちが目指すのはこの山の頂だ」

 

オリオンの指す方向を見上げればそこには雄大な山がそびえたつ。

そうか、この山の頂に――

 

「ああ、温泉がある」

 

――温泉。

 

なんて妖艶な響きなのか。

いや、妖艶じゃなくて雄大。雄大ね、ここ大事。

 

「さっきから雄大な山だーとか、すばらしい自然だーとかポエムってたけど意味があんの?」

 

――建前って大事だぞオリオン。

 

ほら、そんな温泉があるからとかじゃなくて。

こう、レジャー、みたいな?散歩、的な?

登山っていいじゃん?な?

 

「面と向かって女の裸見たいっていうのが恥ずかしいわけね」

 

ばかっ!違うし!そんなんじゃないし!

 

「実に思春期だなマスター。でも体くねくねするのはやめて。色んな意味で気持ち悪い」

 

そりゃお前は俺の頭の上に引っ付いているからな。

俺が頭を振れば気持ち悪くもなるだろう。

ところで本当にいるんだろうな、オリオン。

温泉があっても誰もいないんじゃ意味がないぞ。

 

「大丈夫だ。仲間の女性陣のほとんどがこの山の温泉に向かった。アルテミスが誘われたときに俺も近くにいたからな、間違いない」

 

ならば行かねばならんだろう。

そこに山(意味深)があるのだから。

 

――ちなみにローマに温泉があるか否かは、特異点の一言ですむから疑問に思わないように。

 

「便利だよね、特異点」

 

ところで何で路地裏で簀巻きにされて転がってたんだ?

 

「――ぬいぐるみの振りして着いていったらあのザマさ」

 

――ばれるに決まってるだろう。

 

薄暗い路地裏で熊に助けを求められた時には恐怖で逃げようかと思ったぞ。

 

「それでも助けてくれる善良なマスターで俺は嬉しいよ」

 

まぁ、ともかく。

これは重大なミッションだ。

こう、戦術とか戦略とかそんな感じだ!

 

「はいはい、戦術戦術」

 

山登り、それも原生林をかき分けてとか経験ないからな、頼りにしてるぞオリオン。

 

「任せとけって。これでも狩人だからな。先行した連中の後を追うのなんて楽勝さ」

 

よし、それじゃあさっそく山登りといこうか。

 

「あいよ」

 

頭に熊を乗せ、生い茂った森へと足を進める。

この先に神秘の山(意味深)があると信じて――!

 

「物は言いようってやつだなー」

 

 

 

 

 

 

 

………………

…………

……

 

――大分登ったけどまだなのか。

 

「山、舐めすぎだろうマスター」

 

そうは言ってもな、草木をかきわけて斜面を登るってかなりきついぞ。

それに、全然足跡とかないけど、本当に大丈夫なのか?

 

「大丈夫大丈夫。確かに女性陣の歩いたルートとはちょっと違うけど、しっかり追ってるから」

 

違うルート?

おいおい、迷子になったりしないだろうな。

 

「そこは本職にまかせとけって。つーか流石に真後ろを着いてくなんて無理だよ?あっちにはアタランテちゃんとかいるんだし。ばれちまうって」

 

――アタランテ。

 

月の女神アルテミスを信仰する純潔の乙女。

そうか、ギリシャ神話に名を遺す彼女も狩人だったな。

 

「そういうこと。森の中の移動とか彼女の十八番だしなー。慎重に行こう――――ストップだマスター」

 

オリオンの言葉に足を止める。

なにか気になることがあるようで、俺の頭の上で周囲を睨み考え事をしているようだ。

その視線、まるで肉食獣の如き鋭さ――

 

「誰が肉食獣だよ!」

 

――熊じゃんお前。

 

「そうだった!そんなことより、マスター。迂回しよう」

 

迂回?なにかあったのか?

 

「――罠だ。草に隠れてそこら中に仕掛けてある」

 

オリオンの鋭い声に、慌てて周囲をみるが、そこには泰然と森があるだけで俺には何も見抜けない。

 

「そりゃ仕方ないって。随分と巧妙に仕掛けてあるし。罠から外れて進める道を探そう」

 

オリオンの指示に従って、少し山を下り道を変える。

その道中にもオリオンが言うには罠があったらしい。

 

「気を付けろよ。引っかかれば、足に縄が絡まってたちまち吊し上げられるぞ」

 

それはまた豪勢な罠だな。

それにしても、随分と厳重だ。

もしかして尾行がばれてアタランテに罠を仕掛けられたのだろうか。

 

「ん~、どうかな。アタランテちゃんにしてはちょっとなー」

 

右へ左へと矢継ぎ早に指示を出すオリオン。

流石は名うての狩人と言ったところか、その指示に迷いはなく罠に引っかかることもない。

俺のちょっとした疑問にも答えてくれるが、どうやらこの罠の犯人はアタランテではないと考えているようだ。

 

「どうも対人に慣れすぎなんだよ。獣じゃなくて人がひっかかりそうな意識の外し方っていうのかな。俺とかアタランテちゃんみたいな狩人の仕事じゃない。どっちかっていうと、戦争屋――――」

 

オリオンの考察を聞きながら山を登る。

すると木々の間をすり抜け、ちょっとした広場のような場所へとでた。

鬱蒼とした森の暗さから抜け出した、太陽の光が差す明るい場所。

一瞬目が眩み、白で視界が塗りつぶされる。

光に目が慣れ、開けた視界の先には真紅の人影がいた。

 

浅黒い肌に、白髪。

その眼差しは鷹の如き鋭さでこちらを射抜いてくる。

 

「――きたか」

 

鋼のような硬質な声。

真紅の外套を纏ったその男。

 

――エミヤ、何故お前がここに。

 

「愚問だなマスター。街中ならばともかく、マスターを一人で外に行かせるわけがないだろう?」

 

やれやれとばかりに肩をすくめて苦言を呈すエミヤ。

やっかいな男に見つかった。

彼がここにいるということは、つまり――

 

「覗きなどみっともないことはやめたまえ。その先は地獄だぞ?」

 

――覗きじゃないし!野鳥を見に来ただけだし!

 

「もっとまともな言い訳もあるだろうに」

 

「思春期真っ盛りだから見逃してあげて。そんなことより道中の罠はお前の仕業か」

 

「オリオン。よもや君が水先案内人とはな。同じ弓使いとして恥ずかしいぞ」

 

――エミヤ弓使ったっけ?

 

「あれ、お前弓使いだっけ?」

 

「私のクラスに疑問を持つのは止めてくれないか。とにかく、お前たちの歩みもここまでだ。マスターに犯罪を犯させるわけにはいかんのでな」

 

何もない空間に突如剣が2本出現し、エミヤの両手に収まる。

まずい、エミヤは本気だ。

こちらは狩人としてはともかく戦闘力は皆無な熊しかいない。

正面戦闘では勝ち目がない。

どうにか説得できないか。

 

――エミヤ。

 

「何かね、マスター。懺悔の言葉ならば喜んで聞こうじゃないか」

 

実は今回特異点に来る前に、俺はカルデアの談話室でお茶を飲んだんだ。

 

「いいことだ。水分補給は大事だぞ」

 

――コンロを使ったんだけど、ガスの元栓しめたっけなー。

 

「――ほう?」

 

ピクリとエミヤの眉が動く。

今、彼の脳裏にはカルデアの談話室の光景が浮かんでいるはずだ。

ガスの元栓が閉まっているか否か、奴の頭にそれだけを考えさせる。

一人暮らしが出かけた際に陥るこの現象を最大限に活かしたこの作戦。

類稀な家事力を持つこの男ならば、今すぐカルデアに戻りたくなることは必然――!

 

「安心したまえ、マスター。カルデアは最新設備が結集した施設だ。ガスの元栓程度ならば、対応してくれるだろう」

 

――これだから現代知識のあるやつは!

 

「でも現代知識ないとガスの元栓気にしないよね」

 

頭の上で駄目だしするんじゃないオリオン。

これはまだ作戦の第一段階だ。

カルデアを意識させる、それさえできればいい。

そしてこれが第二段階!

 

――エミヤ、俺を見て何か気付かないか?

 

「ふむ……服装が普段と違うな」

 

その通りだ。

俺が普段着ている魔術礼装カルデア。

あれは山登りに適さないと思ってな。

なるべく枝葉に引っかからないようなこのカルデア戦闘服に着替えたわけだ。

 

「悪くない判断だ。だが、それがなんだと――」

 

魔術礼装カルデアは洗濯機に放り込んできた。

そろそろ洗濯も終わるかもな。

 

「――まさか」

 

――そのまさかだ。

 

干してくれそうなサーヴァントは全員こちらにきているし、カルデアスタッフの皆さんも俺達のサポートに忙しい。

このままでは服は洗濯機の中に入りっぱなしだ。

そしてなにより――

 

カルデアの洗濯機に乾燥機能はついていないぞ――!

 

「生乾きになるぞマスター!?」

 

覚悟の上だエミヤ。

 

例え次に着替えたときに嫌な匂いがしたとしても、俺はこの登山を諦めない。

 

「くっ、それほどの覚悟で……!」

 

「え、それほどの覚悟なの?洗濯物が生乾きになるだけじゃん」

 

熊が洗濯に口を出すんじゃない!

 

「家事を舐めるな!」

 

「ごめんなさい!」

 

それでどうする、エミヤ。

今ならまだ洗濯物は間に合うはずだ。

 

「…………」

 

無言でこちらを睨んでくる。

それでもその心が揺れていることは見て取れる。

勝った、そう思わずにはいられない。

 

「――ふっ」

 

小さな笑み。

それは俺達の勝利をあざ笑う余裕――!

 

「ならばお前たちを一瞬で捕縛し、カルデアに戻ってからゆっくりと説教をしようではないか」

 

――そうきたか。

確かに先ほどの会話でエミヤがカルデアに戻る理由を作ることができた。

だが、俺達の戦力差が覆ったわけではない。

エミヤならば、瞬きの間に俺達を摑まえることも可能だろう。

 

だがそれは、わかりきった事実だ。

甘いなエミヤ。それを覆すための手札は既にこの手の中にある――!

 

「なに?」

 

眉を顰めこちらを見るエミヤに対しゆっくりと右腕を持ち上げ見せつける。

 

――この紋所が目に入らぬか!

 

「令呪だと!?マスター、お前まさか……!」

 

こちらには令呪がある。

これを使えば一時的とはいえお前の動きを阻害することができる。

 

どうする、エミヤ。

ここで大人しくカルデアに帰り、ガスの元栓と洗濯物を確認するか。

それとも令呪によって縛られここに留まるか、二つに一つだ!

 

「なんてくだらない脅し文句。輝いてるぜマスター!」

 

そう褒めるなオリオン。

それでどうする、エミヤ。

今この瞬間も、洗い終わった洗濯物が洗濯機の中でお前を待っているかもしれないぞ。

 

「貴重な令呪をこんなくだらないことに使うんじゃない!」

 

貴重と言われても、一日待てば一画戻るしなぁ。

 

「くっ、これがジェネレーションギャップというやつか!私の知る聖杯戦争では令呪とは逆転の可能性を秘めた必殺の切り札なのだぞ!?使うときは冷静に冷酷に、利を考え機を逃さず使うものだ」

 

――でもエミヤがマスターだったら割と感情で令呪使いそう。

 

「うんうん。なんか、女の子が戦うんじゃない、やめろー!って感じで使いそう」

 

「摩耗した過去を弄るのは止めてくれないか」

 

どうする、エミヤ。

選ぶのはお前だ。俺はどっちだって構わないぞ。

 

「――地獄に落ちろ、マスター」

 

その言葉を最後に立ちふさがっていたエミヤの姿が掻き消える。

 

――勝った。

 

なんとも言えない高揚感が湧き上がってくる。

 

「史上稀にみる下らない舌戦だったな」

 

――お前も洗濯してやろうか熊。

 

「やめて!」

 

 

………………

…………

……

 

エミヤとの邂逅を経て登山を再開する。

歩き始めてどのくらいの時間が過ぎてか定かではない。

だが、この苦労が報われる時が来た。

 

鼻をつく硫黄臭。

肌にまとわりつく湿気。

それらが温泉が近くにあることを如実に示す。

 

――ようやく、たどり着いたな。

 

「うん。で、どうやって気付かれないように近づくんだ?」

 

――え?

 

「え?」

 

オリオン、狩人なんだから気配を消すスキルとか持ってないの?

 

「気配遮断は持ってないなー。そもそも仮に持っててもアルテミスに持ってかれてる」

 

…………どうしよう。

 

「ノープランかよ!」

 

しょうがないじゃないか。

あふれ出る思春期のリビドーが俺をここまで連れてきたんだから。

 

「あー、わかる。俺もそんな時期あったなぁ。意味なく風呂という単語に興奮し覗きに全力を傾けていた年頃が」

 

――割と今もそうじゃないか?

 

「おっしゃる通り今も全盛期です、はい。で、どうすんのよ?このまま行っても見つかってぼこぼこにされるだけだよ?」

 

そうだな……

 

――無理じゃね?

 

「諦め早いよ!」

 

いや、英霊相手に気配消せって無理だろ。

こちとら魔術師と呼ぶことすら烏滸がましい素人よ?

 

「そうだけどさー、ここまで来て帰るの?」

 

いや、逆に考えろ。

見つからずに近づくのではなく、見つかってもいいさ、と。

 

「どういうこと?」

 

オリオン、お前のサーヴァントとしての能力はアルテミスが持ってるんだよな。

 

「その通り。そのせいで、こんなマスコットになっちまってんだよね……」

 

それはご愁傷さまとしか言えん。

だが、力はなくともオリオン自身がサーヴァントであることに変わりはないだろう?

 

「そだね。アルテミスの付随品みたいな感じだけど、サーヴァントはサーヴァントだよ」

 

ということは、だ。

オリオンに対しても令呪が使えるんじゃないか?

 

「令呪――――ブーストか!?」

 

正解。

令呪による命令は一時的にサーヴァントの限界を超えさせることができる。

例えば、瀕死の状態でも全力で行動させたり、技能が無くとも瞬間移動させたり。

つまり――

 

「見つかった瞬間、令呪ワープで逃げるわけか」

 

その通りだ。

 

――俺を連れてワープしろ。

 

この命令なら逃げ切れる可能性もあるだろう。

 

「でもさ、それって結局後でぼこられない?」

 

オリオン、愛の狩人たるお前らしくもない。

例え、一瞬であってもその情景を目に焼き付ける。

その場で記憶を失うほど殴られなければ、心に桃源郷を永久保存することなんて俺達には容易だろう?

 

「――俺が間違ってたぜ、マスター。そうだ、俺はいつだってその刹那を心に刻んできた。パンチラ、ブラチラ、あるいは妄想。この胸に永遠に刻んできたんだ――!」

 

あぁ、俺達ならやれるさ、相棒。

 

「あぁ、やれる。きっとやれるぜ相棒」

 

例えその先が地獄でも――

 

「例えその先が終焉でも――」

 

 

『一瞬のためなら命だって賭けて魅せる!』

 

 

行くぞオリオン!

俺達が望んだ桃源郷へ――!

 

「ああ!行こうぜ相棒!終わりまで付き合ってやるよ――!」

 

意思は固く鼓動は熱く。

湧き上がる勇気を携えて。

相棒と共に山を駆けあがり風呂場へとはせ参じる――!

 

はたして、辿り着いた。

所謂、露天風呂と称されるその場所。

周りに申し訳程度の木々と岩で囲い、自然のままに在る温泉。

 

漂う湯気で視界は遮られている。

だが、天が俺たちを祝福したのか、風が吹きぬける。

 

しかして湯気は立ち消え、求め、望み、渇望したその桃源郷が目に入る――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「応!よく来たなマスター!中々いい湯加減で気持ちがいいぞぉ!」

 

なんでフェルグス――!?

 

「男かよちくしょぉぉぉぉ!」

 

 

 

 

 

もくもくと湯気を立ち昇らせる温泉には、望んだ桃源郷ではなく筋骨隆々の大男、ケルトの大英雄フェルグス・マック・ロイが一人浸かっているだけだった。

先ほどまで胸にあった高揚感など無くなり、今は疲労感だけが押しかかってくる。

絶望に倒れそうになるが、ぐっと力を込め、疑問をフェルグスへとぶつける。

 

――で、なんでフェルグスが温泉に入ってるんだ?

 

「男かよ……男かよ……」

 

男泣きしているオリオンのためにも教えてくれ。

 

「うむ、実は街でな、スカサハの姐さんが女達を引き連れ闊歩する所に出くわしてなぁ。聞けば山の温泉に行くと言うではないか。で、あれば。やるべきことなど一つだろう?」

 

なんだ、フェルグスも俺達と同じく女湯を目指して――

 

「うむ、美女がいるのならば、男として向かわねば礼を失するだろう。無論、堂々と正面突破こそケルトの流儀よ」

 

――正面から行ったのか!?

 

豪快に笑うフェルグスに戦慄が隠せない。

さすが大英雄、格が違う。

 

「マジかよすげー。ケルトすげー」

 

オリオンと二人、おもわずフェルグスへと尊敬の眼差しを送ってしまう。

漢、とはこういう人のことを言うのかもしれない。

まぁ、俺たちの覗き同様、褒められたものではないが。

そんなことよりも、フェルグスに聞かねばならないことができた。

 

「うん?俺の武勇伝ならばいくらでも話すぞ」

 

武勇伝といえば武勇伝だろう。

今まさに積み立てられた功績についてだ。

つまり、あー、うん。

 

――その………………どうだった?

 

「応!大小様々個々色々であったが、どれもこれも最上級の山脈だったぞ!」

 

「ちくしょぉぉぉぉ!」

 

――ちくしょぉぉぉぉ!

 

「はっはっは!男なら後ろから姑息なことなどせず前から行くべきだったなぁ!」

 

説得力すげーっすフェルグスの叔父貴。

 

「しかし、よく無事だったな、フェルグスさんよ。俺だったら多分、縄で首絞められて、てるてる坊主みたいに吊るされてそうなんだけど」

 

「うむ、そのことなのだが。マスター、魔力をまわしてもらえないか?」

 

魔力を?

それは構わないが、なにかあったのか?

 

「応!何があったかと言えば無論、闘争だ!実に強烈でなぁ、いやはや、うむ、あれは燃えた。実に燃えた。それはもういきり立つというもの!実に強かったぞ――美女達は!」

 

――やはり女性陣と戦闘になったのか。

 

「よく生きてたなー。尊敬しちゃいそうだ」

 

「はっはっは!まぁ負けたのだがな!それはそれで良し!そんなわけで、魔力不足でなぁ」

 

納得の魔力不足。

真正面から突撃した尊敬すべき馬鹿のためだ。

多少の魔力ぐらい工面するさ。

 

「応、称賛ありがたく。なんせ――――淑女たちの一撃が我が霊核に届いたようでなぁ。割と崖っぷちなのだ」

 

よく見たら光の粒子がフェルグスから漏れ出してる――!?

 

「消えかけてんじゃねーか!?マスター!回復!回復!」

 

れ、令呪を一画使用しフェルグスを治癒する――!

 

「はっはっはっは!」

 

笑いごとじゃないよ馬鹿――!

 

「やだ、ケルトってすごい」

 

………………

…………

……

 

 

――どうにか令呪による治癒が間に合ったのか、フェルグスの容体は安定したようだ。

 

「応、もう大丈夫だ。手間をかけたなマスター」

 

どういたしまして。

それにしても、結局目的は果たせなかったし、帰るか。

 

「本当、無駄足で疲れただけだわー」

 

オリオン、基本俺の頭に引っ付いていただけじゃん。

 

やる気も高揚も失い、肩を落として温泉に背を向ける。

そんな俺達に待ったの声がかかる。

 

「ここまで来て帰るのはもったいなかろう。温泉はあるのだ、入っていけ」

 

陽気にフェルグスが誘ってくれるが、正直気乗りしない。

 

「やー、女もいないし、野郎と入ってもなあー」

 

オリオンも乗り気ではないようで、俺の頭の上でぐったりしながら否定を返した。

 

「うむ、美女はおらん。だが益荒男はおる。ならば問題はあるまい」

 

いやいや、問題しかないでしょう。

 

「なぁに、入ってみれば心地良いものだぞ?それにマスターとは一度裸の付き合いをしたかったしな!」

 

豪快に笑いながらフェルグスは俺を誘う。

ただの風呂の誘い、だというのに何故か悪寒が走った。

そこに悪意なんてないはずだ。しかし悪い予感が止まらない。

 

――オリオン。

 

「――逃げの一手かな」

 

――だよね。

 

意思の確認は一瞬。

行動は迅速。

背を向けただ走る――!

 

「うむ、判断の速さは実に良し!」

 

――だがそれよりも速くフェルグスが退路を塞いだ。

 

温泉に座って入っていたのに、振り向くだけの俺よりも速く退路に移動するとは、さすがは大英雄――!

 

「応!ケルトの戦士だからな!」

 

腕を組み自慢げに誇るその姿。

 

――当然全裸なわけで。

 

「嫌なもん見せんじゃねーよ!」

 

オリオンに激しく同意。

さて、どうする。

退路は塞がれた。

もう一度背を向けようとも同じことが起こるだけだ。

なら、切れる最良の一手は――

 

――令呪をもって命ずる!

 

「そうか、令呪でフェルグスを縛るんだな!的確な判断だぜマスター!」

 

 

 

――頑張れオリオン!

 

「マスタァァァァァァァ!?」

 

 

 

ぶっちゃけフェルグスを縛れる自信が無い。

俺が逃げる時間を稼いでくれ。よろしく。

 

「令呪でワープすればいいじゃん!」

 

この距離だとお前単体ならともかく、俺込みだと連れていく瞬間の隙を突かれて阻害されそうだし。

なら確率の高い時間稼ぎを選ぶしかないだろう。

 

「的確な判断で泣きそう!」

 

頭に乗っているオリオンを掴み大地へと降ろす。

オリオンは令呪が効いているのか、フェルグスと真正面から対峙し動かない。

 

「あぁぁぁぁぁ!?逃げたいのに、立ち向かわなきゃって体が叫んで、理性の言うこと聞いてくれないぃぃぃ!」

 

ではグッバイ。誘いは嬉しいが俺にも予定がある。

代わりと言ってはなんだが、フェルグス、酒の肴に熊を贈呈しよう。

 

「熊か!熊はいいぞぉ。力強く締まりが良い!」

 

「それ熊肉のことよだよね。食料としてだよね。お願いそうだと言って!」

 

「はっはっはっはっは!」

 

「笑って誤魔化さないで!獣でもOKとかそんなぶっとんだ奴がこの世に――あ、割とOKな奴いたわギリシャ。お前ギリシャ系かよぉ!」

 

「ケルトだ!」

 

「力強い!マスター!助けてマスター!」

 

――夜空の三連星を見るたびにお前のことを思い出すよ、オリオン。

 

「すっごい遠いよマスター!?ほとんど下山してんじゃねーか!逃げ足速すぎだろう!夜空のそれも確かに俺だけど!思い出じゃなくて今いる俺を助けてください!」

 

「うむ、しからば地を穿つ我が螺旋虹霓剣の唸りを聞け!はっはっは!大・回・転!」

 

「いーーーーーやーーーーーーー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………

…………

……

 

遥か山は高く。

その雄大さは世界を支え。

轟く叫びは天をも穿つ。

 

さらばオリオン。愛の狩人。

君のことは忘れない。

 

「いい話にしてんじゃねーーーー!?」

 

ナイスツッコミ。だけどマジ泣き。

カルデアへと戻ってきて、いきなり叫ぶなんて慌ただしい奴だ。

 

落ち着けオリオン。

あの後、令呪でお前を呼び出して事なきを得たんだからいいじゃないか。

大事なモノは守れたんだろう?

 

「失ったモノはないけれど、トラウマを得たんですけどー!?」

 

熊が虎と馬を得たか。

流石は狩人、中々の戦果だ。

 

「お後がよろしいようで――って良くねぇーよ!?」

 

あっはっは。

踏んだり蹴ったりの登山だったが、まぁこんな一日も悪くはないだろう。

 

 

 

 

 

 

「和んでいるところ悪いがね、マスター。ガスの元栓は確認したし、洗濯物も所定の場所に干した。覚悟はいいか?」

 

「げぇエミヤ!?マスター撤退だ!」

 

――令呪をもってエミヤに命ずる、って全部使い切ってたーーー!?

 

「安心したまえ。お前達を人道を歩く真人間にしてやるさ。正座しろたわけ共――!」

 

『オワタ』

 

 

 




温泉回に女性キャラを一人も出さない暴挙
でもしかたないんや。我がカルデアには赤王も嫁王もいないからローマが舞台でも出せないんです。出せないんですorz

主人公と変なナマモノのコンビ。書いてるとすごい懐かしい郷愁にかられます
やっぱりこういうコンビ、すごい書きやすいなぁ

ところでEXTRA新作でるっぽいですね
よく見たらEXTRA(エクストラ)じゃなくてEXTELLA(エクステラ)ですけど
超楽しみすぎてお布施に課金しそうです

おまけ
感想欄にてエミヤへの厚い信頼感に爆笑しました
彼の動向はこんな感じです
エミヤは山頂で戦闘の気配を感じて視力を活かして偵察
温泉にフェルグスが気絶して浮かんでるのを見て、あっ(察し)
温泉にいったところで無駄足なので主人公たちに忠告
「その先は地獄だぞ」
温泉に辿り着く意味を捨て台詞に残した
「地獄へ落ちろマスター」
こんな感じです
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