――あなたをなやませるだれかも。
――なにもかもいらない。
――ぜんぶ、ぜんぶ、いらない。
――わたしがあなたを。
――まもるから。
果てのない草原。
頬をくすぐるそよ風。
眩い太陽の光は、大樹の青々と茂る葉に和らぎ木漏れ日となって注ぐ。
――どれほどの時をここで過ごしているのだろう。
眠気に揺れる思考は、ぼんやりとそんな事を思い浮かべる。
雄々しくそびえ立つ大樹の足元、穏やかな木漏れ日の中、安楽椅子にただ揺られる。
ゆっくりと揺れる視界にどこまでも広がる草原を映しながらも、その清々しい情景になんの感慨も抱けない。
――何を、しているんだっけ。
風に揺れる草花の音と、揺れる木製の安楽椅子が軋む音を耳にしながら、なんら益体のないことしか考えられない。
心にさざ波さえ起こさせない空間。
意思を曖昧にする場所。
まるで、誰かに抱えられ、ただただ平穏に埋もれていくような感覚。
――何か、やるべきことがあった、はずだ。
何かを、何処かを。
やるべきことが、行くべき場所が。
自分には、
大切だった、何かが。
重要だった、何かが。
だと言うのに。
――なんだっけ。
とても簡素な一言で、何もかもが過ぎ去って逝く。
考える、ただそれさえも億劫で。
もはや、ここに漂う優しさに身を委ねることしかできない。
全身を覆う倦怠感。
それは疲れではなく、午睡に微睡む心地よさ。
平穏無窮とはこのことだろう。
このまま、
それはきっと、とても安らかで穏やかだろう。
けれど、だけれども。
――コワイ。
何もしないことが怖い。
何も無いここが恐い。
なによりも、なによりも――
――傍にいてくれた
その事実が恐ろしい。
何かあったはずだ。
誰かがいたはずだ。
動かない思考の中でもがく様に手を伸ばす。
体は動かない。立ち上がることもできない。
安楽椅子で揺られることしかできない。
それでもこの手は、溺れる海から脱するために、失ったモノを取り戻すために動いた。
僅かな、ほんの僅かな挙動。
それでも、この手に何かが触れたことはわかる。
――なんだろう。
必死にもがく体をよそに、思考はどこまでも穏やかだった。
触れたものを確かめる。たったそれだけのことがひどく億劫で、今すぐにでも眠りたい。
それでも確かめなければならない。
この穏やかな草原でようやく掴んだ変化なのだから。
触れたモノ、椅子に座る自分の膝の上にいつの間にか存在した
――絵本?
眠気に半分閉じた瞳に映ったのは、カラフルな色使いの本。
少女と動物が可愛らしいタッチで描かれている表紙から、子供向けの絵本だということは今の自分でも察することができた。
ぼんやりと、こんなモノあっただろうかと思いながら絵本を開く。
一ページ目、青空と草原と大樹と少年。
青一色の蒼穹と、若々しい緑広がる草原。
そこに一本の大樹があり、その傍には椅子に座る少年の姿が描かれている。
二ページ目、青空と草原と大樹と少年。
青一色の蒼穹と、若々しい緑広がる草原。
そこに一本の大樹があり、その傍には椅子に座る少年の姿が描かれている。
三ページ目、青空と草原と大樹と少年。
青一色の蒼穹と、若々しい緑広がる草原。
そこに一本の大樹があり、その傍には椅子に座る少年の姿が描かれている。
捲る、捲る、捲る。
青空と草原と大樹と少年。
捲る、捲る、捲る。
青空と草原と大樹と少年。
捲る、捲る、捲る。
青空と草原と大樹と少年。
――同じ絵ばかりで代り映えしないな。
そんなことを考えながら、なにか変化はないかと、次のページへと手を伸ばす。
捲る、捲る、捲る。
捲る、捲る、捲る。
捲る、捲る、捲る――
「ふふっ、くすぐったいわ」
――幼い少女の声がした。
いきなり飛びこんできた誰かの声に、忙しなく動いていた手が止まる。
すぐ傍から聞こえてきたその可愛らしい声の持ち主は、椅子に座る自分の膝の上にいつの間にか存在した。
安楽椅子に深く腰掛ける俺に、背を預けて座る少女。
黒を基調としたゴシックドレスを纏う、淡い髪色の幼い女の子。
絵本のページを捲っていたはずの手は、いつの間にか少女の髪を撫でていた。
「もう、おしまい?」
まだ足りないと言わんばかりに、上目使いにこちらを振り向き見上げてくる。
君は誰だとか、いつからそこにとか、聞くべきことも言うべきこともあるはずなのに、それを差し置いてこの手は少女に言われるがままに、彼女の髪を優しく撫でる作業へと戻った。
少女はくすぐったそうに身を捩りながらも、嬉しそうに俺の行為を受け入れる。
「あったかい」
撫でられるままに、少女はその身をこちらへと一層寄せてそう呟く。
このまま、少女と共に優しさと慈愛に抱かれて眠る。
それも悪くないのかもしれない。
けれど、自分にはやるべきことと行くべき場所があったはずだ。
それを確かめるまでは眠ることは許されない。
自分一人では、失ったナニカを取り戻せなかったけれど、今は一人じゃないからきっと大丈夫なはずだ。
この少女のことは、誰だかわからないけど、
名前も思い出も無いけれど、この少女のことを自分は知っているはずだ。
忘れたままではあまりにも失礼だろう。
恥を忍んで教えてもらうべきだ。
だから――
――ここはどこだ?
少女が振り向く。
――君の名前は?
預けていた背を離し、俺の膝の上で向かい合うように座りなおす。
――教えてほしい。
少女の両手が俺の頬に触れて。
――俺の名前をどこにやった?
「わたしはわたし。あなたはあなた。どことかだれとか」
その微笑みは、全てを包む。
「――どうだっていいじゃない」
優しさと慈愛に溢れていた。
果てのない草原。
頬をくすぐるそよ風。
眩い太陽の光は、大樹の青々と茂る葉に和らぎ木漏れ日となって注ぐ。
木製の安楽椅子に身を任せ、揺れる心地よさに微睡む。
昨日も今日も明日もその先も。
終わりはきっと、どこにもない。
申し訳程度のシリアスはっじまるよー。
5章面白すぎて更新遅れましたテヘペロ。
次の更新は私がエジソンを召喚するまでお待ちください。
予定は未定ってことですね!