「アイリ。おっせーよ、早くしろ!」
窓の外から、幼馴染の五月の声が聞こえる。
「待って!まだリボン結んでない!あと靴下も!」
「はあ?高2にもなって寝坊かよ」
「寝坊じゃないよ!ただ朝から目覚ましと格闘してただけで」
「やっぱり寝坊じゃねーか」
いつも、サツキとこうやって網戸越しに会話するのが日課になっていた。
サツキは、2歳だか3歳の頃からずっと一緒にいるご近所さん。
保育園の頃からの成り行きで、今も一緒に登下校する。
サツキは、喧嘩してばっかだけどほんとは優しい、いい奴。
女子と話すより、サツキと話す方が楽だったりする。
だからサツキは_____。
ただの、幼馴染。
「ふう。間に合ってよかったねー」
「……全然。よくねえよ。このペースでいくと1限サボることになるだろ」
あれから、何もしていないことに気づいて。
髪セットしたり、朝ご飯食べてたら。
サツキを思い切り巻き込んで大遅刻。
……まあでも。
最後の方はサツキも諦めたらしく、私の家でくつろいでいた。
「1限目、何だっけ」
「数学」
「数学!サボれてラッキー♪」
「まあな」
「ふふん。感謝しなさい」
「何が感謝だ。こっちが被害者だっての」
「まあまあ。別にいーじゃん」
「よくねえよ。このガサツ」
「ガサツじゃないよぉーだ」
ゴトン、ゴトン……と揺れる電車。
気持ちいい振動に、とろとろと目が閉じていく。
「……おい。アホアイリ。起きろ」
「ふぇぇ?アホじゃないよー」
寝起きで頭がぐらぐらする。
自分の頭をコツンと叩いて、目を覚まさせる。
……あれ。
教室の前だ。
さっきまで、電車の中だったのに。
「アイリ。さっさと降りろって」
……降りる?
ああ、ダメだ。
私の頭、完全に起きてない。
……って、嘘っ‼︎
私は、サツキにおんぶされていた。
「ええっ⁉︎何、サツキ⁉︎アイリの知らないとこで何してんの⁉︎」
「黙れ。お前が駅着いても夢の中だったから、仕方なく」
「降りる‼︎さっさと降ろして‼︎」
「こっちのセリフ。つかありがとうくらい言えよ」
私は地面に降りて、教室のドアを開けた。
「ミレイー!未々ー!おはよー!」
大声で叫ぶ私。
ミレイと未々は、きょとんとした顔で私を見ている。
「アイリ。遅刻しといて何がおはようだ」
「うおー。アイリー。今日はアイリどうしたのかな?と思ったら遅刻かあ!あははははは」
「え……えへへ。ミレイ笑いすぎ」
「てかアイリ。あんた今日数学の補習。忘れてた?」
「わ‼︎忘れてた!サツキ!サツキもきてね!」
「俺はお前の親じゃねーんだけど」
親友のミレイは、可愛くて、優しい。
たまに意地悪してくるけど。
未々はなんと、雑誌「lemonade」の専属モデル。
すっごく可愛いけど、口が悪い。
でも本当は優しいいい子なんてことみんなわかってる。
ミレイ、未々、そしてサツキ。
みんなみんな、私の大好きなお友達。
「ふっふふー♡今日のお弁当はアイリ特製うさちゃん弁当でーす」
「おお。どれどれ」
私は、パカリとお弁当の蓋を開けた。
「……ぷ。あははっ‼︎うさぎ耳取れてる!偏ってる!目ずれてる!」
「うわーん。今日走ってきたからだ……」
「遅刻してんのにキャラ弁作ってるアイリが悪いだろ」
偏った残念キャラ弁を一口食べてみる。
……わあお。
なにこれ。
砂糖入れすぎ。甘過ぎる。
こんな甘いご飯食べたことない。
「アイリ。ところでそのリボン、milkの新作でしょ?可愛い」
「そうそう!ミレイありがとう♡」
「そのカーディガンも可愛いよね。アイリってめっちゃオシャレだよね〜」
「えへへ。モデルの未々に言われると照れるなぁ」
私は、オシャレが大好き。
週一はショッピングモールでお買い物。
学校でもみんなと同じ制服は嫌だし、学校でもオシャレでいたい。
家のクローゼットには、洋服やアクセサリーがズラリ。
将来は、デザイナーになって洋服をデザインするのが夢なんだ。
「……俺も一緒していー?」
クラス1のイケメン・松田李人くんが未々の隣に座る。
李人くんは、未々の彼氏だ。
「あ、李人。いいよー」
「いいよねえ。彼氏持ちは」
「アイリは17年間彼氏できたことねえもんな」
「うるさいっ!」
私は、17年間彼氏がいない。
彼氏がいる未々が、とても羨ましい。
彼氏ができたら、世界が変わるのか、どういう世界なのか。
私はまだ知らない。
「てかサツキもじゃん!」
「俺はいいの」
「どういうこと⁉︎」
「別に」
サツキも彼女いたことないんだよね。
……あれ。
サツキって結構モテるはずじゃなかったっけ。
「てか、はい。あげる」
李人くんが、大きな袋を中央にドンと置く。
「……何、これ」
「パン」
あー、そっかー!
李人くん、パン屋さんでバイトしてたっけ。
「アイリにちょーだい!アイリの弁当、味失敗して。最高に不味いの!」
「いいけど。味失敗したの?」
「俺が味見してやるよ」
「味見⁉︎いいって!イヤだイヤだ!」
サツキはひょいと私を押しのけて激甘弁当を口にした。
「げ‼︎何これ!甘っ。何入れた⁉︎」
「砂糖」
「入れすぎだろ!」
「私、スイーツ好きだから」
「そういう問題じゃねーだろ」
「えへ」
「俺の弁当食ってみろ」
「なに?激辛?」
「ちげーよ。いいから」
「……‼︎‼︎うまっ‼︎」
「ははは。そうだろう、そうだろう」
「えーすごーいサツキー。アイリこれからサツキにお弁当作ってもらっちゃおっかな♪」
「ふざけんな」
サツキの弁当を取り合っていたら、未々とミレイが立ち上がった。
「ええっ⁉︎何っ‼︎」
「私、午後から撮影なんで。お先っす」
「私も留学の手続きあるからお先ー‼︎」
屋上を後にしようとする2人をよそに、のんびりとイチゴ牛乳を飲んでいる李人くん。
李人くんは、2人に睨まれて、そそくさと屋上を去っていった。
「……何だったんだろ」
「……さー」
サツキと2人で、空を見上げる。
雲がふわふわ浮いてて、空は水色で綺麗。
サツキがゴロリと寝転んだ。
「何してんの」
「綺麗だよ」
私もサツキの隣で仰向けになる。
「……わあ。本当だ」
どこを見ても、水色の空。
普通に生活してると、世界は全部繋がっているなんて、考えられないけど。
こうしてると、世界は一つなんだって。
同じ空を見ているんだって。
空に気づかされる。
「ねえっ‼︎見て!あの雲!織田信長みたい!」
「はあ?織田信長あ?あれはメロンだろ」
「ええー?メロンー?」
「織田信長の方がおかしいだろ」
織田信長の雲が切れて、端っこに流されていく。
「うあー。切れちゃったー」
「な」
「でも」
「ん?」
「綺麗だね」
顔を見合わせて、ニヤリと笑う。
ひゅうっと風が吹いて、サツキの髪をさらっていく。
笑っているサツキに、ドキッとしたのは。
この綺麗な空のせいだ。