インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第107話 ドイツではやっぱりハプニング!?

 

 薙原晶が個室完備の高速鉄道でドイツ国内に入り、1つ目の駅に停車した後のこと。

 窓の外を眺めていると、部屋のドアがノックされた。

 

「どちらさまですか?」

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

「………え? なんで此処に?」

「何故と聞かれれば、命令だから、としか答えられんな。で、入っていいのか?」

「ああ、どうぞ」

 

 すると彼女はドアを開け、中に入ってきた。

 服装は白のロングスカートに黒のタートルネック。胸元にシンプルなシルバーネックレス。これにカーキ色のモッズコートという出で立ちだ。

 IS学園の制服姿を見慣れているせいか、とても新鮮な感じだった。

 

「まぁ、適当に腰掛けてくれ。で、改めて聞くけど、何故ここに?」

 

 するとラウラは正面の座席に腰掛け、口を開いた。

 

「さっきも言った通り、命令だ」

「もしかして、護衛という名の監視?」

「そんなところだ」

「良いのか、そればらして。というかお前、隠す気無いだろ」

「下手に尾行などして、隠れられてはたまらないからな。事情を話して協力してもらった方が確実と判断した」

「協力? なんか、面倒臭そうな感じがするんだけど。まぁいいや、とりあえず背景を教えてくれ。でないと判断も何もできない」

「助かる」

 

 そうしてラウラが話し始めた事情は、予想通り過去の事件が切っ掛けだった。

 違法秘密工場やVTシステムの件が公になった事で、マスコミからは散々叩かれ、内部では左遷や査問委員会が頻繁に繰り返され、控え目に言って粛清の嵐だったらしい。そしてそれは官僚や政治家も同じで、もうトラブルは嫌だ、というのが本音の様子だった。

 

「――――――そんな時に、IS委員会で前例の無い動きがあった」

「どんな?」

「IS学園の入試に関わる人間が、抜き打ちで調べられている。この時期に抜き打ち調査など、今まで一度も前例が無い。そして何故か、欧州方面から洗われている」

「へぇ、珍しいこともあるんだな。組織の引き締めでもしてるんじゃないのか?」

「かもしれん。ただ委員会の各支部から、妙な噂が聞こえてきてな」

「どんな?」

「Rom hat gesprochen」

「どんな意味なんだ。それ?」

「教皇が言った。事は決着した。――――――分かりやすく言えば、教皇が言うことは絶対という諺の一種だ。だが今のIS委員会議長殿は調整力に長けた御仁で、絶対君主というタイプではない。にも拘わらずこの噂だ。何故だろうな? ウチ(ドイツ)の情報部は、誰かが“やらせた”と睨んでいるんだが?」

「IS委員会議長殿に、行動を強制できる人間か。一体誰なんだろうな?」

「さぁな。だが背後に“誰かさん(薙原晶)”の影がチラついているお陰で、上は非常にピリピリしている。他人事に思えないのだろうな」

「なるほどね。ところで上って、どの辺り?」

「今回の命令書には、ドイツ連邦軍総監(ドイツ連邦軍における軍人の最高位の役職)のサインが入っている」

「………驚いた。本当の上から降りてきてるんだな。その命令」

「しかも手渡しで渡されて、くれぐれも宜しく頼むと念押しされた」

「なるほど。で、ラウラが派遣された理由は?」

「ピリピリしている中でも、あえて単純化して言うなら、お前になるべく早く出て行ってもらいたい「退去派」、逆に色々動いてもらってもっと風通しを良くしたい「浄化派」がいる」

「なんか、本格的に面倒な話だな」

「で、だ。2つの派閥のゴタゴタにお前が巻き込まれると、絶対ロクな事にならないと総監は危惧されてな。派閥を宥めるためのポーズとして、私が派遣された。人選の理由は私が知り合いで、協力を得やすいという一点に尽きる。そして仮初めにでも鈴がついていれば、連中も安心するだろう」

「なるほどね」

 

 数瞬考えた晶は、ラウラの受け入れを決めた。

 今回の観光に裏が無い以上、近くに人がいても問題はない。

 旅行中の話し相手と観光ガイドが、タダで雇えたと思えば良いだろう。

 

「分かった。――――――しかし、ピリピリし過ぎだよ、来たのは観光目的だぞ」

 

 肩をすくめて冗談めかして言う晶だが、ラウラの返答は素っ気無かった。

 

「それを真に受ける人間が、何人いると思う?」

「酷いな。本心なのに」

「冬休み前にその話を聞いた時、私は10:0で信じていなかったぞ」

「信用度ゼロだな俺。ちなみに今は?」

「7:3くらいで信じても良いかな、と思っている」

「ちなみに3はどっち?」

「言葉通りに観光をする方だ」

「随分低くないか!?」

「日頃の行いの結果だ」

「おかしいな。俺みたいに綺麗で真っ白な善人なんて、そうはいないはずなんだが………」

 

 白々しい台詞に、ラウラはジト目で晶を見ながら答えた。

 

「問答無用でクラスメイトを拉致った(第101~102話)奴が何を言う。人がヘロヘロになっているところを追い掛け回して………酷いと思わないのか?」

「でもアレのお陰で、気分的にはスッキリしただろう」

「否定出来ないところが悔しいな」

「なら結果オーライってことで」

 

 こうして雑談を始めた2人は仲良く列車に揺られ、ドイツ国内を進んで行くのだった――――――

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そうしてドイツ国内に入った晶が真っ先に向かったのは、黒ウサギ隊が本拠地としている基地だった。

 

「おい。何故一番初めの目的地がここなんだ? さっき観光目的でドイツに来た、と聞いたんだが?」

「観光目的だよ。ただ黒ウサギ隊には、色々お世話になっているからね。お礼の1つでも直接言った方が良いと思ってさ」

「そういうことか。隊の働き具合はどうだった?」

「事故もないし、襲撃があってもちゃんと撃退してパーツを護ってくれているからね。十分な働きだよ」

 

 黒ウサギ隊は現首相の命令で、時折アンサラーのパーツ輸送任務に当たっていた。

 投入されている戦力は、同部隊内で運用されているパワードスーツ部隊及び、クラリッサ・ハルフォーフ大尉が駆る専用機、シュヴァルツェア・ツヴァイク(IS)。自国のIS、それも特殊部隊の専用機持ちを投入している辺り、支援の本気度がうかがえた。

 

「流石クラリッサだな。良くやっている」

「元々お前の副官だったっけ」

「ああ、頼りになる副官だよ」

 

 そうしてクラリッサ大尉への面会を申請。許可が降りて基地内に入っていくと、すれ違う軍人達は皆一様に驚いた顔をした後、廊下の端により2人が通り過ぎるまで、直立不動の敬礼をしていた。

 

「なんだか、流石軍人っていう感じだな」

「軍事基地なのだ。当たり前だろう」

 

 ラウラが窓の外を見ながら答える。

 同じように晶も外を見ると、彼女の視線の先には、歩哨に立っている2人組の兵士がいた。

 

「この寒い中、大変だな」

「だが歩兵の大事な仕事だ。――――――後で久しぶりに、基地の見回りでもしてみるかな」

「佐官の見回りか。部下達からすると気が抜けないな」

「軍務中に気を抜いてもらっては困る」

「それもそうか」

 

 こうした雑談をしながら向かった先は、クラリッサ・ハルフォーフ大尉の執務室だった。

 ラウラがノックをして呼びかけると、入室許可の返事ではなく、直接ドアが開かれた。

 

「遠路遥々ようこそ、薙原晶。それに隊長も」

「ありがとう。今日は今まで、パーツを無事に運んでくれたお礼を言いに来た」

「そう言って貰えるとは、任務に励んだ甲斐があったというものです」

 

 そうしてクラリッサは2人を招き入れ、応接用のソファに座ってもらった。次いで自身もソファに腰を下ろす。晶とラウラが並んで座り、その対面にクラリッサという形だ。

 まずは、晶が口を開いた。

 

「貴女と話したのは、シャトルの受け渡し(第68話)以来かな」

「そうですね。尤も、こうしてゆっくり話すのは初めてですね。シャトルの時も、助けられた時も、ゆっくり話せる状況では無かったですから」

「確かに。――――――と、このまま雑談をしていても良いんだが、要件を先に済ませてしまおうかな」

「「要件?」」

 

 ラウラとクラリッサの声が重なる。

 晶は此処に来た目的を、「礼を言うためだ」と言っていた。ならば改めて、「要件」等と言う必要は無いはずだ。

 

「やはり本当の目的を隠していたか。一体何を考えている」

 

 ラウラが胸元で腕を組み、「この嘘つきめ」という視線で問いかける。

 

「少なくとも、ドイツや黒ウサギ隊にとっては悪い話じゃない。――――――はいコレ」

 

 無造作にテーブルの上に置かれる、1枚のデータディスク。

 クラリッサはそれを手に取る前に尋ねた。

 

「ソレは?」

「中身は見てのお楽しみ。ただ、一応スタンドアロンのPC(独立端末)で見る事をお勧めするかな」

「………一体、何を持ってきたのやら」

 

 興味半分、恐怖半分と言った様子でスタンドアロンPCを用意したクラリッサは、中身を見て絶句していた。

 

「これは………」

「束が一番初めに発表したパワードスーツには、F-4系の型式番号が付けられているんだけど、これはF-4系パワードスーツの改修案。アビオニクスの刷新と装甲材の変更、跳躍ユニットのエンジン換装で、性能を全体的にボトムアップしている」

 

 そしてクラリッサは軍人らしく、現在使用しているパワードスーツと改修後の性能を脳内で比較評価。導き出された結果は、この改修案を受け取れば、黒ウサギ隊は今まで以上に戦えるようになる、というものだった。

 しかし受け取る前に、確認しておくべき事があった。

 

「何故これを我々に?」

「アンサラーのパーツ護送で頑張ってくれたから、という答えじゃ駄目かな?」

「私個人としてはそれでも良いのだが、部隊長としては、そちら側の本当の意図を確認しない事には怖くて受け取れないな。それにこの改修案、如月やデュノア辺りから販売させれば、両社により大きな利益をもたらすんじゃないかな? 私は軍人で商売の事は素人だが、その位の推測は立つ」

「そうだな。まず大きな目的は2つ。将来出るであろう黒ウサギ隊の損害を減らすため、しいてはアンサラーのパーツを護るためだな」

「我が隊の練度に不安があると?」

「違う違う。今まで一度もパーツを破損させずに運んでくれた練度は、十分信頼に足るものだと思っている。むしろ練度があるからこそ、今回コレ(改修案)を持ってきた」

「我が隊を強化する事でパーツの安全を確保するという考えは分かるが、「将来出るであろう損害」とは?」

「今、世界中のメーカーがパワードスーツの後発品を出そうと研究開発を重ねている。当然、各メーカーともF-4系の性能を上回るのを、絶対条件に設定しているだろう」

「それは間違いないな」

「だろう。そしてF-4系の開発コンセプトは、安定した動作、簡易なメンテナンス性、劣悪な作業環境にも長く耐えられる耐久性だ。正直なところ、戦闘力という面だけを追求した場合、性能的に上回る機体を作るのは難しくない。――――――つまり将来において、装備の基本性能で黒ウサギ隊が負ける可能性も十分に考えられる。こちらとしては協力してくれる優秀な人材を、失うのは惜しいと思っているんでね。今回、こういう物(改修案)(※1)を持ってきた」

「なるほど。そういう事であれば、受け取らせてもらおう」

 

 ちなみに晶以外は知る由もない事だが、カラードが使用しているF-5系パワードスーツも、つい先日改修を終えていた。(※2)

 そうして話が一段落したところで、ラウラが口を開いた。

 

「全く、本当にどの口で「普通の観光」等と。ただ、まぁ、その、なんだ。黒ウサギ隊の安全を考えてくれた事には礼を言う」

「隊長。それ本当なら私の台詞です」

「む、それもそうだな。すまんな。つい」

「いいえ。部下の気持ちを代弁してくれる隊長で良かった、と思っているところですよ」

「世辞が上手くなったな、クラリッサ」

「本心ですよ」

 

 この後、暫し3人で雑談した後、晶は基地内を案内される事になった。

 そしてラウラは途中まで一緒だったのだが、何か所かで歩哨の様子を確認した後、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。

 

「クラリッサ。少々別行動を取る。この後はパワードスーツの格納庫か?」

「はい」

「では、後程行く。薙原、私が行くまで待っててもらっても良いか?」

「分かった。急にどうしたんだ?」

「なに、何事も適度な緊張は必要だろうと思ってな」

 

 そう言いながら彼女は、2人から離れて行ったのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ラウラが晶とクラリッサから離れた少し後のこと。

 冬の寒い中、歩哨に立っている男性兵士が、傍らに立つ同僚にボヤくように口を開いた。

 

「ちっくしょう。いいよなぁ」

「何がだ?」

 

 同僚も暇なのだろう。

 注意する事なく聞き返してきた。

 

「NEXTだよ、NEXT。“あの”黒ウサギ隊の占有区画に男1人だぞ。右向いても左向いても女ばっかり。しかも美人。羨ましいったらないね」

「同感だ。しかも噂をすれば、見てみろよ」

 

 同僚が顎先で指し示した方を見ると、クラリッサ・ハルフォーフ大尉自らが基地内を案内していた。

 その対応たるや、完全に貴賓客に対するそれだ。

 

「ヒュー。すげぇな。VIP待遇じゃねぇか」

「実際VIPだろ。でもあんな良い女が上官だったら幸せだろうな」

「だな」

 

 男2人の視線は、クラリッサに釘付けだった。

 女性らしい曲線にスラリと伸びた手足は、とても軍人には見えない。モデルと言われた方が、まだ説得力があるだろう。

 そして今は冬で見えないが、夏などはやや薄着になるため、汗ばんだ服の下からうっすらと下着のラインが見える事もあった。

 

「クッソ。いいよな。毎日あんな美女に囲まれてるんだぜ。きっと」

「IS学園だもんな。俺にもISが動かせたら、美女ばっかりの楽園に通えるのに」

「寝言は寝て言えよ」

 

 男2人がそんな軽口を叩いていると、クラリッサは晶をパワードスーツ格納庫へと案内した。

 

「チッ、人の目の届かない建物の中で美女とご一緒か? 何様のつもりだよ。俺もそんなところに行きたいぜ」

「俺もだ。こんな見張りなんて新兵(ルーキー)に押し付けてな」

 

 この時、遠くから足音が近付いていたのだが、不幸にも彼らは気付いていなかった。

 しかもそこで、最悪の話題を選択してしまう。

 

「――――――そういえば全然関係無いけどさ、ラウラ少佐ってまな板だよな」

「アレはアレで良くないか? 妖精って感じで」

「お前ロリだったのか!?」

「違うって!! その、アレだ。バランスだよ」

 

 音が徐々に近付いてくる。

 しかし話に夢中の2人は、まだ気付いていない。

 

「良かった。俺ロリを友人とは呼びたくないからな」

「少佐はちょっと小さいだけだ。歳だってロリって歳じゃないだろう」

「それでもかなりグレーゾーンじゃね? っていうか俺的にはアウト」

「セーフだろう」

 

 更に音が近付いてくる。

 もうそろそろ気付いても良さそうだが、会話に夢中の2人は気付かない。

 正直、見張りとしては失格だろう。

 

「いやアウトだ。このロリコンめ」

「ロリじゃない!! 俺は綺麗だって言ってるだけだよ」

 

 足音が止まる。

 男2人の背後に、サラサラとした綺麗な銀髪の、左目に眼帯をした美女が1名。

 既に兵士でなくとも、一般人であっても気付きそうな距離だ。

 だが男は気付かず、そのまま――――――。

 

「少佐なんてまな板でチビで冷血女だろ。アレの何処か良いんだよ」

「そんな事ないって。あの歳で少佐だぞ。威厳を保とうと必死なだけなんだよ」

「いーや、アレは真性のサディストと俺は見たね」

「ほほぉ。中々面白そうな話をしているな。貴様ら」

 

 突然背後から聞こえた声に、見張りの2人が振り返る。

 そこに立っていたのは勿論――――――。

 

「「ラ、ラウラ少佐!?」」

 

 男2人が教本に載せられるくらいに見事な敬礼をするが、もう色々と手遅れだった。

 具体的言えば、ラウラのこめかみに青筋が見える位に。

 

「どどどど、どのようなご用件でしょうか」

「なに、大した用事ではない。久しぶりに祖国の軍人を見たのでな。弛んでる者がいないか見回っていただけだ。――――――で、何か申し開きはあるのかな」

 

 この後男2人がどんな言い訳をしたのかは、聞いた本人(ラウラ)が語らなかったので知る者はいない。

 だが結果だけを言うのなら、後日片方は1日黒ウサギの丁稚として(仕事は大変だが)美女に囲まれて過ごし、片方は機甲部隊の格納庫で重い荷物を延々と運ばされ続けたのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 男性兵士2人にちょっとしたトラブルが遭ったものの、晶の基地内見学は無事に終わった。

 そうして夕刻になり、晶とラウラがそろそろ帰ろうとした時、クラリッサがやや言い辛そうに口を開いた。

 

「薙原晶。我々(ドイツ)が言えた義理では無いのだが、1つ頼まれて欲しいことがある」

「頼み? 一応話は聞くけど、面倒事は御免だぞ」

「貴方の観光する時間を貰う以外は、特に面倒事は無い………はずだ」

「随分言い辛そうだな。一体何なんだ?」

「違法秘密工場から救出した子達に、会っては貰えないだろうか」

「どんな理由で? 救出したのはそちらだ。随分時間が経っている今、今更俺が会う理由は無いと思うが?」

「その、私の友人が保護した子達のメンタルケアをしているのだが――――――」

 

 そうしてクラリッサが話し始めた内容は、ある意味、救出された者達の真っ当な反応だった。

 何せ生体ユニットの候補達は例外なく、誘拐や借金の型などの非合法な手段で集められていたのだ。しかも政府(ドイツ)は工場の存在に気付いておらず、NEXT()の武力介入が無ければ、救出される事も無かった。

 救出後に事の真相を知った彼女らが、政府に「もう安全だよ」と言われたところで信じるだろうか?

 答えは否だろう。一度根付いた不信感というのは、そう簡単に消えるものではない。

 加えて言えば助けられた12名のうち、幸運にも里親に引き取られた者は4名。他の者達は家族も無く、施設以外には帰れる場所も無い。

 そして残された者達は政府の援助で学校に通っているのだが、“生体パーツにされかけた過去”というのは、普段の生活にも色々と暗い影を落としていた。本人のトラウマ、他人への不信感、冷やかし、腫れ物扱い、実に様々だ。

 そんな環境であれば、精神的に不安定になったり自暴自棄になったとしても、不思議では無いだろう。

 

「しかしそこで、何故俺の名が出てくる?」

「救出の切っ掛けになったお前と会う事で、彼女達に何か良い影響があればな、と思った程度だ。何かの確信がある訳じゃない。言ってみれば思い付きだ」

 

 ここで晶は暫し考えた。

 はっきり言ってしまえば、行く理由は全くない。だが逆に言えば、断る理由も無い。

 今は観光目的でドイツに来ていて、細かいスケジュールがある訳ではないのだ。

 

(………まぁ、良いか。何も観光名所に行くだけが観光でも無いし、普段経験しない事をするのもアリか)

 

 晶は、クラリッサの申し出を受ける事にした。

 

「良いのか!?」

「予定が立て込んでる訳でもないし、良いよ。すぐに行っても大丈夫かな?」

「分かった。すぐにヘリを用意させる」

 

 そうしてヘリが用意され、救助された者達がいる施設へと向かう途中、晶は何を話すかを考えていた。

 

(しかし、会って何を話せば良いんだ? 「夢や希望を持て」って言って聞き入れるようなら、俺に頼んだりはしないだろうし………「頑張れ」なんて在り来たりな言葉じゃ意味は無いだろうし………)

 

 だが結局良い考えが思い浮かばないまま、ヘリは施設に到着してしまった。

 

(まぁ、成る様になるか。変な事さえ言わなければ、面倒な事にはならないだろう)

 

 そんな事を思いながら、晶は施設へと入って行ったのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 しかし世の中、面倒事の方から寄って来る、というのは良くあることだった。

 途中まで、晶は上手くやっていたのだ。

 施設の食堂で残った8人と、趣味や友達の事など無難な話から始め、適度に緊張がほぐれたところで、適度に境遇に同情して、適度に慰める。(ラウラとクラリッサは、「自分達がいては話し辛いだろう」と席を外していた)

 後は身寄りの無い彼女達の為に、適度に寄付金でも置いていけば良いだろう。深入りする気が無いのなら、これ以上出来る事はない。

 そう思い、そろそろ帰ろうと考えた時だった。爆弾(厄介事)が来たのは。

 

「あの、少しよろしいでしょうか」

 

 晶に声を掛けてきたのは、目を閉じている銀髪の少女だった。

 歳は恐らく、14~15歳程度。ここまで余り喋っておらず、どちらかと言えば、話し上手というより聞き上手な子だった。

 

「そんなに改まって、どうしたのかな?」

「実は、お願いがあるのです」

「お願い?」

「はい。私達を、ここから連れ出しては頂けないでしょうか」

 

 晶はこれを、意図的に曲解した。

 面倒事は嫌なのだ。

 

「今日はもう遅いし、どこかに遊びに行くなら、今度別の人と――――――」

 

 しかし銀髪の少女は、曲解など許さぬとばかりに言葉を遮った。

 

「改めて、自己紹介をさせて下さい。先ほどは名前しか名乗りませんでしたが、私を正確に理解してもらう為には、続きがあります」

 

 そうして彼女は一息つき、特大の爆弾を投下した。

 

「私の名前は、クロエ・クロニクル。遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)の失敗作。廃棄が確定した後、あの工場に運び込まれました。売られたのか、横流しされたのかは分かりませんが………」

 

 晶は反応に困った。

 冗談として受け流すには、遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)の失敗作、そして廃棄という言葉は重すぎる。調べればすぐに分かる嘘など、この場で言う意味は無い。

 同時に、何故遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)がこんな場所にいるのか、という疑問も沸いてくる。

 本人の言う通り失敗作だとしても、遺伝子強化された生体情報にはそれなりの価値がある。

 本当に遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)なら、軍がとっくに保護しているはずだった。

 

「色々と疑問に思っていらっしゃるのでしょう」

「ああ。出来れば、順序立てて説明して欲しいな」

「はい。まず何故、遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)の私が軍に保護されていないのかという事ですが、これは簡単です。里親の申し出を全て断ったからです」

「断った理由は?」

「私が生み出されたプロジェクトは、一応軍の正規プロジェクトでした。にも拘らず、私は違法工場に運び込まれた。今更ドイツを信用する事なんて出来ません。里親という形で一度両親という枷を嵌められてしまえば、逃げ出すのも困難です。それに対してこの施設には、まだそれなりに人の目があります。ここに居た方が、まだ僅かなりとも、人の目が私を護ってくれると思ったからです」

「確かに救助者達が不自然に施設から消えれば、政府は疑われるだけじゃすまないな」

「はい」

 

 肯くクロエに、晶は尋ねた。

 

「この話、今まで誰かにした?」

「私が遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)の失敗作という事は、一緒に救出された人達は皆知っています。表向き――――――」

 

 ここでクロエは、閉じていた両目を開いた。

 見えるのは漆黒に染まった眼球と金色の瞳。常人では考えられない、明確な他者との違い。

 

「――――――この眼は「生体ユニットにする為の前処置の後遺症」となっていますが、本当は生まれながらです。工場に運び込まれた時に見られてしまって、怖がられて、自暴自棄になってしまって色々喋ってしまいました。でも今は、仲良しです」

「そう、か。もう1つ質問だ。何故“私達”なんだ?」

「皆、ドイツに居たくないからです」

「それは全員の意思か?」

 

 晶が全員を見渡すと、誰もが迷い無く肯いていた。

 心情的には理解出来る。生体ユニットという人としての尊厳も何もない部品にされかけた国に、居たいとは思わないだろう。

 

(だがドイツから連れ出してどうする? 俺がこれから先ずっと面倒を見るのか? 正直、そこまでする義理は無いよな)

 

 見捨てるべき、という考えが思い浮かぶ一方、違う考えも思い浮かぶ。

 

(だけどここで見捨てて、どうする? 今後ずっとドイツへの恨みを持ったまま生きていって………将来はテロリストか?)

 

 判断に悩んだ晶は、もう一度周囲を見渡してみた。

 救出者達の表情に迷いは無い。

 更に遠く、食堂の壁を見てみる。無機的な白い壁に染み込んだ無数の染み。ボロくは無いが古い建物だ。

 再度、救助者達を見てみる。

 彼女たちに頼るべき家族はいない。

 今後も政府の支援はあるだろうが、法律の縛りがある以上、決して必要十分という訳では無いだろう。支援を必要とする人間は、彼女達だけではないのだ。

 そして現実問題として、資金の問題は選べる未来に直結する。

 人並みの幸せを得るのですら、人並み以上の努力が必要になるかもしれない。

 

(いや待て、この考えは肩入れし過ぎだ。もしかしたら手出ししない方が、彼女達の為になるかもしれない)

 

 しかしその考えは、晶自身詭弁としか思えなかった。

 本人達がドイツにいるのが嫌と言っていて、頼るべき家族はいない。そして施設暮らしで、内1人は他人とは明らかに違う特徴(黒い眼球と金色の瞳)を備えている。苦労しない未来を想像する方が難しかった。

 ここで晶は、ふとこの世界に放り込まれた直後の事を思い出した。

 

(束に拾われなければ、今この場に俺はいなかったな………)

 

 そのまま暫く考え込み、彼は決めた。

 あの時の束役をやろうと。

 

「分かった。何とかしてみよう。ただし、2つ条件がある。1つは、テロリストにはなるな。なったら俺が直接殺りにいくからな。絶対逃れられないと思え。もう1つは、他人を助けられる奴になれ。これだけだが、守れるか?」

 

 全員が返事をして肯くのを確認した晶は、早速行動を起こした。

 手持ちの携帯端末を使って、今回の観光に影ながら同行している更識の非常用要員に、「この施設にいるクロエ・クロニクルが、遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)かどうかの確認を頼みたい。本人は失敗作と言っている」とメールを送信する。

 すると余り待つ事なく返信が返ってきた。内容は「クロエ・クロニクル、遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)と確認。失敗の経緯は添付ファイル参照」だ。

 次いで添付ファイルに目を通した後、以前ドイツから頂いた衛星群に、「遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)・失敗作・施設にいる」という情報をアップロードしてみる。反応は劇的だった。

 僅か30秒程で、別室に控えていたラウラの携帯から、コール音が聞こえてきた。

 そして廊下を走る音が聞こえ、ドアが勢いよく開かれる。

 

「薙原!! お前何をした!? 総監から電話が掛かってきて、お前を出せと!!」

「思ったより早かったな」

 

 言いながら電話を受け取った晶は、まず要件を伝えた。

 

「この施設の8人を引き取りたいんだけど、良いよね?」

「り、理由をお聞かせ願えますかな」

「いやね。ドイツに住むの嫌だって言ってて、まだ里親も決まっていないみたいだから」

「あ、貴方には束博士を護るという大事な仕事があるはずです。それにIS指導教官としても頼られている身。里親が出来るような状態ではないと思いますが」

「お気遣いありがとうございます。総監はとても人の出来たお方のようだ。ですがご心配には及びません。1人では大変かもしれませんが、最近は頼りになる友人もいますので」

「そ、そうですか。ですが国内で保護された彼女らを、国外に住む貴方に任せたとあっては………」

「心配いらない。移住は彼女たちの意思だし、住む場所、生活資金、教育、全てこちらで用意する」

「い、いやしかし。国内の膿を出す切っ掛けを作ってくれた貴方に、これ以上お手数を煩わせるのも」

「心配性ですね。なら1つ言っておきましょう。――――――俺は彼女たちの過去に興味はありませんし、言いふらす気もない。ましてあなた方(ドイツ)に何かをしようという気も無い。ここまで言えば、分かって頂けますか?」

「………分かりました。彼女達が速やかに出国出来るように、関係各所には声をかけておきましょう」

「流石ラウラを派遣したお方だ。話が分かる」

 

 そうして電話を終えた晶に、ラウラが尋ねてきた。

 

「引き取る、とはどういう意味だ?」

「言葉通りの意味だ。それよりも確認したいんだが、お前ここの施設について何か聞いていたか?」

「いや。救助者がいる施設、という以外は特に」

「クラリッサは?」

「友人がいるのでもう少し詳しいが、先ほど話した以上の事はなにも。何かあったのか?」

 

 一瞬芝居の可能性が脳裏を過ったが、本当に芝居ならお粗末過ぎる。

 クラリッサの言葉が無ければ、晶は此処には来ていなかったのだ。

 つまり本当に知らないのだろう。

 そしてどこまで話したものかと思い、晶はチラリとクロエを見たが、彼女は首を横に振った。

 どうやら知られたくないらしい。

 

「ちょっと訳ありで、彼女達全員を引き取る事になった。理由は聞かないでくれ。プライバシーだ」

「………色々聞きたい事はあるが、先ほどの口ぶりだと、総監とは話がついているんだな」

 

 クラリッサの確認に、晶は肯いた。

 

「なら私から言う事はない。私が知るべき事なら、後程情報が下りてくるだろう。――――――しかし、引き取るか。この場に案内したのは私だが、全く予想していない結果になったな。この子達を泣かせるなよ」

「引き取る以上は、しっかりやるさ」

 

 こうして晶は、クロエ・クロニクルとその他7名を引き取る事になった。

 そして本当なら一緒に日本に行くのが筋なのだが、今回は行動予定を公表している事もあり、彼は今後の予定を変更しなかった。

 だがその代わり、日本への移動や今後の生活について、端々にまで気を配っていた。

 日本への移動の際は更識のエージェントを貼り付け、暫定的な住居でもセキュリティの整った物件を用意させ、生活費も多めに渡し、将来困る事の無いように本人達のレベルに合った学校を紹介する。勿論自分で引き取った以上、資金は全て自腹だ。そして最後に、8名には自身に直通で通じる電話番号を教え、生活が落ち着くまで時折話し相手になるのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そうして様々な事を手配していると、晶は殆ど観光出来ないままに、予定していた滞在最終日を迎えてしまった。

 

「う~ん。殆ど観光出来なかったな」

 

 残念そうな呟きに、隣にいたラウラが反応した。

 

「お前なぞ、早く行ってしまえ」

 

 彼女はご機嫌斜めだった。

 その理由はここ数日、様々な派閥の上位階級者達に呼び出され、褒められたかと思えば遠回りに嫌味を言われるという、中間管理職のような苦労を味わっていたからだ。

 原因は勿論、隣にいる奴だ。

 この男が遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)の失敗作を引き取るという話が漏れ伝わると、遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)が違法工場に居た理由がクローズアップされた。結果再び処罰者が出て、軍内の膿を出して風通しを良くしたい「浄化派」は喜んだのだが、余り騒がれたくなかった「退去派」は、表向きはラウラを褒めつつ「もうちょっと穏便に出来なかったのかね?」と遠回しにチクチク・クドクド・ナガナガと言ってきたのだ。

 しかも縦社会の軍だ。上位階級者に言われれば、下位の者は聞くしかない。

 その心労が、彼女を不機嫌にさせていた。

 

「酷いな。ろくに観光できなかったから、もう1回来ようかと思ってたんだけど」

「頼むから、次は“普通の”観光にしてくれ」

「文句なら、お前の副官に行ってくれ。俺は元々普通の観光をするつもりだったんだ」

「うぐっ。そ、それはそうだが………」

「それとも、あのまま見捨てた方が良かったかな?」

 

 本人達の希望を聞いているラウラとしては、見捨てろとは言えなかった。

 

「分かった分かった。また来い。今度は変な真似が出来ないように、私が四六時中付いて観光ガイドをしてやる。厄介そうな場所など一切近寄らせないからな。覚悟しておけ」

 

 世間一般の常識ではそれをデートと言うのだが、今のラウラにそれを気付けという方が無理な話であった。

 そうして暫し話していると、空港にアナウンスが流れた。

 

『皆様、ブリティッシュ・エアウェイズ航空、イギリス・ロンドン行きは――――――』

「お、搭乗手続きが始まったか。じゃあなラウラ。楽しかったよ。また学園で」

「ああ。また学園でな。――――――次はイギリスか。セシリアを振り回すなよ」

「だから、普通の観光だって」

「ドイツでこんな事を起こしたんだ。その言葉を信じる奴は少ないと思うがな」

「………大丈夫、だと思う」

「お、少し自信無さそうだな。良い気味だ」

「ちょっと酷くないか?」

「少しは私の心労も労われ。お前が良い事をしたのは分かっているが、お前に言えない分、上の嫌味が私のところに集中したんだ」

「頼りになる副官は?」

クラリッサ(副官)め、随分と都合良く任務が入ったようでな………。繰り返すが、私のところに集中したんだ」

「分かったよ。じゃあ今度、またキャンプでも行くか」

「本当か? うむ、ならそれで手を打とう。満点の星空を見ながら入る風呂………露天風呂と言ったか? アレは良いものだ」

 

 繰り返すが、そういう行動を世間一般ではデートと言う事に、ラウラは気付いていなかった。

 そうして暫しのじゃれ合いを楽しんだ晶は、この後、飛行機に乗ってイギリスへ向かったのだった――――――。

 

 

 

 ※1:こういう物(改修案)

  マブラヴ的に言うとF-4E(ブロック214)に改修したようなものなので、

  無改修機に比べると性能的には殆ど別物となっています。

 

 ※2:カラードが使用しているF-5系パワードスーツ~

  マブラヴ的に言うとF-5F(ミラージュⅢ)に改修したようなものなので、

  無改修機に比べると性能的には殆ど別物となっています。

 

 

 

 第108話に続く

 

 

 




クロエちゃんようやく登場となりましたが、原作とは大きく立ち位置を変える事になりました。そしてクロエのIS学園入学フラグON。
ちなみに引き取ったその他7人(モブ)は普通の学校に行く予定です。

そして苦労した前の話より長いのに、何故かずっと筆が進みました………。

PS
ドイツ官僚・政治家・軍人:「良かった今回は(割と)平和だった」(安堵のため息)

PS その2
 主人公の設定に「ISの原作を読んでいる」というのがありますが、
 主人公は原作にクロエが登場する前に、ISの世界に来た、
 という形で本作を進めていきたいと思います。
 (つまりクロエの事は知らない)

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