インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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アンサラーが宇宙に上がり、少しずつ世界が動き始めたました。


第122話 変わり始めた世界(前編)

 

 アンサラーの稼働から1ヶ月が過ぎた頃。

 中継衛星が集中投入された日本とフランスは、空前の好景気に沸き始めていた。この切っ掛けは、発電用燃料の購入費用が浮いた分を、電気代の値下げという形で民間に還元した事に始まる。

 何せ個人レベルですら、目に見えて電気代が安くなっているのだ。より多くの電力を使う企業、特に精密機器や重工業系の企業にとっては、相当額の増収に等しい。この分が投資や給料へと流れた結果、消費や生産活動が活発化し、世に金が巡り始めたのだ。ここ数十年無かったという、好景気の到来である。

 

(でもまぁ、そしたら当然、こうなるよなぁ………)

 

 更識本家の当主執務室。

 その応接用ソファに腰掛けている薙原晶は、眼前に展開されている無数の空間ウインドウを眺めながら、小さく溜め息をついた。

 元々想定されていたとは言え、「次は我が国に中継衛星を!!」という山のような嘆願メールを前にすると、どうしても面倒臭いという感情が先だってしまう。

 

「あら、何を見ているの?」

 

 そこに手ずからコーヒーを入れる為、席を外していた楯無が戻ってきた。

 

「嘆願メールの山」

「あ、なるほどね。どうするの?」

 

 楯無はコーヒーをテーブルに置き、晶の隣に腰を下ろした。距離が近いのは、既にいつものことだ。

 

「先進国(イギリス、ドイツ、ロシア、アメリカ、中国)には予定通り投入する。だけど、他をどうするか迷ってるところ」

「余っている枠は、半年後で2機だったかしら?」

「ああ。先進国への投入を見送れば、もう少し融通も利くんだが」

「それは流石に拙いわね」

「だろう。お前も、ロシアから急かされているんじゃないか? 早く中継衛星を手に入れろって。一応、ロシア国籍だろう」

「あら、私は全く心配してないわよ。それに国籍こそ向こう(ロシア)に置いているけど、私の足を引っ張るようなら、こっち(日本)に戻ってくるわ」

「それは勿体無いな。折角使える情報網を潰す事になる。―――という訳でロシアに投入する話は、お前から向こうにしてくれ」

「ありがとう。有効に使わせてもらうわ」

 

 なおロシア政府としては、衛星に関する窓口は楯無以外にしたい、というのが本音だった。

 というのも、確かに楯無の国籍はロシアだ。が、生まれは明らかに日本人。加えて独自の情報網を持ち、策謀にも長けている。ISパイロットとしても超一級だ。

 そんな人間に電力という利権まで握られては、権力が強くなり過ぎてしまう。だがロシアの権力者達は、それでも楯無を排除出来なかった。これが1年前までなら、幾らでも切れるカードはあったのだ。が、今は状況が違う。

 篠ノ之束博士と薙原晶の最側近として迎えられている今なら、例え専用機剥奪という最高のカードを切ったとしても、何らダメージにならないのだ。

 何故なら彼女は、“あの”束博士がアンサラー計画の一端を任せる程に(実際がどうであれ)信用されている。仮に専用機を剥奪したところで、今度は博士が専用機を与えるだけ、という見方もあった。また薙原晶が社長を勤めるカラードには、パイロットの決まっていないISがある。性能はそこそこ(凡庸)の機体だが、もし更識楯無の乗機とするなら、博士がフルカスタムを施すだろう。

 対してロシアが楯無を切った場合、ロシアは世界最高の頭脳と武力に対するコネクションを失う事になる。どう考えても得策では無かった。

 

「ああ。有効に使ってくれ。だけど気をつけてな。嫉妬に駆られた人間ってのは、打算じゃないから」

「分かってるわ。ありがとう。で、ちょっと話が逸れちゃったけど、半年後の2機はどうするの?」

「そうだな………」

 

 晶はコーヒーを一口飲み、再度思考を巡らせた。

 実を言うとこの2機。束からは「好きに使って良いよ」と言われているのだ。

 なので使用方法について、一切の制限は無い。

 が、あまり俗物的な事に使っては、彼女の計画にケチがついてしまう。

 

(だから出来るなら、あいつ()にとってプラスになるような使い方をしたいな………)

 

 どんな事に使えば良いだろうか?

 現状考えられる案としては、紛争国や発展途上国への投入、先進国への投入、カラードで使用の3つ。

 そして紛争国や発展途上国への投入は、間違いではないのだろうが、色々とシビアな問題も含んでいる。加えてもし下手を打てば、関わる範囲が広いだけに、火傷では済まない。もしやるとしたら、先に投入した3か所(※1)の経過―――どういう風になっていくのか―――を見てからの方が良いだろう。

 先進国への投入は、利益という点で非常に魅力的だ。電気代の価格競争で絶対の優位性があるだけに、荒稼ぎが出来るだろう。が、これは恐らく束の意図に反する。目的のある稼ぎならまだしも、単なる荒稼ぎは、宇宙開発という彼女の目的から外れてしまう。

 ではカラードで使うのかと言えば、会社の規模的に中継衛星はオーバースペック過ぎる。偵察衛星という使い道が無い訳ではないが、それでは折角の送電能力が無駄になってしまう。

 

(………困ったぞ。これじゃ宝の持ち腐れだ)

 

 困る晶。だがここで、ふと閃くものがあった。

 上手い使い方が思いつかないなら、それが出来そうな奴らに使わせてみれば良い。

 極論かつ暴論だが、最終決定権が自分にあるなら、最悪無理矢理止める事も可能なのだ。

 

(………取り敢えず、確認くらいはしてみるか)

 

 そう思い、楯無に尋ねてみた。

 

「なぁ。ちょっと確認なんだが、いいか?」

「なぁに?」

「いま如月に、余裕ってあるかな?」

「何か作らせたいの?」

「ああ」

「程度によるわね。貴方のお気に入り(ガンヘッド)、アレを作ったのと同規模の開発チームなら、すぐに立ち上げられるけど」

「いや、多分遥かに大きくなるかな」

「どのくらい?」

「いや、具体的には決まってないんだ」

「どういう事かしら?」

「実を言うと半年後の中継衛星なんだが、束からは好きにして良いって言われている。だけど何に使えば良いか、決めかねていてね。だから如月に、“宇宙開発に役立つ物”って条件を付けて、何か作って貰おう思って。そして報酬なんだが、束を納得させられたなら、如月に中継衛星を預けようと思う。これでどうかな?」

「えっと、それって、本気?」

「勿論。お前なら、変な使い方はしないだろう」

「ありがとう。なら、早速話を持って行ってみるわ。期限は?」

「特に設けないが、計画案は早い方がいいな」

「分かったわ。“技術の如月”の威信にかけて、必ずあの引き籠り()に認めさせてやるわ」

「楽しみにしてる。ああ、そうだ。一応言っておこうかな。競争相手がいた方が、如月もやる気が出るだろう。だから、同じ話をデュノアにも持っていく。変な物を作ったら、比較されるからな」

「その言葉、社員にもしっかりと伝えておくわ」

 

 こうして晶は、中継衛星の使い道を如月とデュノアに委ねたのだった。

 そして、この話を受けた両社は――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――――――速やかに、共闘体制を取った。

 

 “天才”篠ノ之束博士が、宇宙開発に有用と認めるような品を作る。

 それがどれほどの難題か、両社の技術部門は嫌と言うほど理解していたのだ。

 故に互いが持つ技術を持ち寄り、統合し、昇華させ、方向性の違う物を2つ作るという方針で合意。またこれほどの話が国に知られない訳もなく、日本政府とフランス政府が資金面でバックアップ。瞬く間に一大プロジェクトと化していた(中継衛星が手に入るとなれば、国としても絶大なメリットがあった)。

 そして巨大プロジェクトというのは、往々にして動きの遅い事があるのだが、今回は違っていた。

 日本チームの中心は“技術の如月(変態集団)”だ。そんな奴らに資金無制限という餌と、“天才”に認めさせるという目標を与えたらどうなるかなど、子供でも分かるだろう。夢と技術に全てを捧げた変態ども(技術者達)の理性は一瞬で沸騰し、暴走特急と化していた。

 フランスチームの方も似たようなもので、狂気一歩手前の熱狂具合であった。

 というのもフランスは、比喩でも冗談でもなく、束によって滅亡の危機から救われている。

 いずれ恩返しをしたい、と思うのが人情だろう。そこへ束の目標である宇宙開発に役立つ物を作れ、というオーダーだ。しかも資金無制限。色々な理性の糸がプチッと切れてしまうのも、仕方の無い事だろう。

 またこれほどの巨大プロジェクトになると(合法・非合法問わず)、普通はどこからか横槍が入るものだが、今回は平穏そのものであった。少なくともプロジェクトに関わっている当人達にとっては。

 実際のところは余りの暴走具合を知った束が、“凡人が暴走したらどこまでやるのか?”というのを見たくて、水を差すような奴らをプチプチッと潰していたのだ。非合法な連中に対してはNEXT()を差し向けて殲滅していたくらいなので、相当興味を持って見ていたのだろう。ちなみに表側では、ハッキングで不都合な事実を流出させて、速やかにご退場願っていた。

 そうして出てきた2案は、いずれも度肝を抜くものだった。

 まずフランス案は――――――。

 

(嘘だろう? これってどう見ても、アレだよな。武装の無いアレだよな!?)

 

 この時の晶の驚きは、どれほどのものだっただろうか。

 まず計画案の堅苦しい文面を読み取れば、月面に採掘と資源加工用工場を内包した移動都市を作り、宇宙開発を行っていく、というものだ。

 この計画の秀逸な点は、都市機能に採掘と加工が含まれている為、(組み立ては人の手だが)自身での都市建造能力を持つという事だった。

 つまり中心となる採掘と加工用ユニットの設置させ済ませてしまえば、地球から持っていく物資は最小限で済むということ。

 これは束の宇宙開発という目標に、ガッチリとマッチした計画だった。

 が、晶が驚いたのはそこではなかった。

 いや、正確に言うと、これほどの計画が出てきたのに驚きはしたが、それ以上の驚きが掻き消してしまった、というべきだろう。

 何故なら計画案に添付されていた移動都市の完成予想図が………武装の無いスピリット・オブ・マザーウィルなのだ。しかもオリジナルサイズ。

 

(フランスさんよ。これ、いくら何でもはっちゃけ過ぎだろう!!)

 

 これに対し日本案は、玄人好みの渋いものであった

 計画案のお堅い文面からは、将来訪れる宇宙開発時代の礎となるべく、天体情報の収集を行うと共に、人が宇宙空間で住みやすい環境を探る為の試験用コロニーとある。想定している主な移住者は、科学者や研究者だ。またこの計画では、初めから2番機の建造が予定されていた。1番機で巨大建造物についての情報を取り、2番機で小惑星帯まで赴き、将来地球圏で足りなくなるであろう鉱物資源を採掘する、という遠大な計画だ。

 そして感心しながら文面を読み進めていた晶だったが、計画案に添付されていた1番機の完成予想図を見た瞬間、吹き出してしまった。

 

(おい。これ、どうみてもクレイドルだよな。あの世界(AC世界)のクレイドルだよな?)

 

 三日月状の多段構成された巨大飛行物体。見間違うはずがない。

 更に読み進めていくと、機体構成の試作案もあった。

 

(なになに………って構成方法まで殆ど一緒じゃないか!!)

 

 あの世界(AC世界)のクレイドルは、四角状の平べったい中央パーツに、エンジンブロック、連結フレーム、居住ブロック(翼部)が幾つも連結された全翼機だ。その全幅はスピリット・オブ・マザーウィルを凌ぎ、平均約4km、居住ブロック(1個分)の高さは約40mにもなる。

 そして日本案の面白いところは、翼を全て居住ブロックにはせずに、天体観測ブロック、食料生産ブロック、資源加工用の工場ブロックなどで構成している点だ。これなら採掘可能な小惑星まで辿り着けさえすれば、相当の長期航行にも耐える事が出来る。今までの小さな観測衛星とは比較にならない、膨大な量の情報を収集しながら、だ。

 また今までの常識であれば、宇宙船に本格的な食料生産プラントや工場を設置するなど、消費電力の関係から不可能であった。が、意図的な巨大化で十分な積載量を確保された中央パーツには、主電源としてスーパーマイクロウェーブを受信するレクテナ設備と、予備電源として多量の原子力電池が搭載されていた。

 

(ふ~ん。レクテナ設備は分かるとして、予備電源は動作の確実性を取ったか)

 

 世間一般の感覚で言えば、電池など予備電源としては物足りない、というイメージしかないだろう。

 しかし原子力電池というのは、世間一般で使われている電池とは、寿命も耐久性も大きく異なる。

 極々簡単に言えば、放射性物質の発熱と周囲の温度差を利用した、発電システムのことなのだ。これは稼働部品が無いため高い耐久性を誇る上に、発熱量は半減期が来るまで変わらないため、(使用する物質によるが)十数年~数百年単位で使用可能という代物なのだ。出力の低さを数でカバーできるなら、予備電源としては打ってつけだろう。

 

(しかし、フランスも日本もはっちゃけたな。1年前までなら、考えられない計画だぞ)

 

 これほどの計画なら、技術的困難さは相当なもののはず。だが両チームとも計画案として挙げてきた以上は、やる気なのだろう。

 

(面白い。束に話してみるか)

 

 そうして後日、晶は束の元に、この計画案を持っていってみた。

 すると彼女は大いに喜び、これから開発する新素材の提供という破格の申し出をした上で、即座にゴーサインを出したという――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――――――で、終われば世の中平和である。

 

 日本とフランスの両計画は、宇宙先進国であるアメリカを大いに刺激していた。

 これが1年前までなら、夢物語と捨て置かれただろう。

 だが中継衛星の投入で、宇宙船などには必ず付き纏うリアクター問題を殆ど無視できる上、束博士が新開発する新素材の投入まで行われるとなれば、話は違ってくる。

 加えて薙原晶が社長を務めるカラードには、宇宙開発部門がある。有人の安全性も、ISが使えるなら段違いだろう。

 そして一番危険な初期開発にISを投入し、宇宙にある程度の宿泊・メンテナンス用設備が整ったなら、今度はパワードスーツの出番だ。

 宇宙開発が、現実味を帯びてきたのだ。

 

「で、これが宇宙開発で先を越される事に、危機感を覚えたアメリカの計画か」

 

 ここは更識家の当主執務室。

 その応接用ソファに腰掛けた晶が、眼前に展開された空間ウインドウを見ながら口を開いた。

 

「ええ。成功するとは思えないんだけどね」

 

 隣に腰掛ける楯無が、失敗を確信している口調で答える。

 

「ああ。それにコレ、失敗した時の被害が洒落にならんぞ」

「でもやる気みたいよ。アメリカは」

「アンサラーは、余程衝撃的だったみたいだな」

「気持ちは分からなくもないけどね」

 

 先日、アメリカは宇宙開発における新たなステップとして、新規の計画を立ち上げていた。

 一般的に公表されている内容は、自国でも発電衛星を作り運用するというものだ。が、更識が掴んだ情報によれば、それはアンサラー計画のコピーとも言える内容だった。

 巨大な発電衛星と中継衛星によるネットワークで地球を覆い、いつでも、どこにでも、安定的に電力供給を行う――――――アンサラー計画の有効性を認めたからこその行動と言えるだろう。

 だが問題は、投入される技術レベルにあった。

 束と晶しか知り得ない事だが、アンサラーにはここではない別の世界(AC世界)で、長い年月をかけて磨き上げられた、多数の技術が投入されている。

 つまりこの世界の人間には、決して知りようがない未知の超技術のオンパレードだ。それをこの世界の技術だけで再現する。客観的に見れば、どれほど無謀な行いかは理解できるだろう。

 しかし、この世界の人間には分からない。他の世界の技術が投入されているなど、想像できるはずがない。

 だから、勘違いをする。

 実際に動いているものがそこにあるのだから、自分達にも作れるはずだ、と。

 しかも――――――。

 

「この計画ってさ、明らかに技術レベルの誇示が含まれてるよな」

「そうね。これだけの巨大物体(アンサラーとほぼ同サイズ)を地球上で作って、自律飛行で宇宙(そら)にあげようとしているんだもの。引き籠り()への対抗心剥き出しじゃない。で、コレどうするの? 妨害する?」

「いや、計画自体は粗雑だが、宇宙開発を妨害するのは束の意思に反する。こちらに手を出されない限りは、見守るさ」

「良いの? 計画の内容が被っているから、こちらに対して合法・非合法問わず、必ず接触があるわよ」

「いつもの事だろう。合法的な接触なら、穏便にお帰り願う。非合法なら止めてって言うまで殴り飛ばす」

「それもそうね。少しナーバスになってたかしら」

「お前の立場なら、至極真っ当な心配だ。むしろ言ってくれた方がありがたい」

「ありがとう。そう言ってくれると、気が楽だわ」

 

 この後も2人の話し合いは続き、暫しの時間が経った頃、ふとした拍子に話題が横道へと逸れた。

 

「ところで晶」

「ん?」

「今年の臨海学校の話って、聞いてる?」

「いや、特には。何かあったのか?」

「まだ確定じゃないんだけど、今年から3泊4日になって、学園の練習用ISを持っていくらしいわよ」

 

 昨年までの臨海学校は2泊3日。1日目が自由行動で、2日目が装備試験という名目だった。だが2日目の装備試験を実施するのは主に専用機持ちで、他の一般生徒達にとっては、ほぼ自由時間のようなものであった。

 しかし期間が伸びた上に、学園から練習用ISを持っていくという事は――――――。

 

「普段余り出来ない事をする気なんだな」

「ええ。市街地が近いと、色々出来ない事も多いから」

 

 広大な敷地と練習用アリーナが用意されているIS学園だが、全ての訓練が学園で行える訳ではない。

 例えば打鉄の超長距離射撃用パッケージ(撃鉄)の最大射程は、学園面積の直径を遥かに超えている。

 その練習をするなら、どうしても学園外で行う必要があった。

 またIS学園は市街地から比較的近い。このためISを全力で振り回す機動訓練(超音速機動)を行う為には、相当遠方まで移動しなければならず、端的に言えばかなり面倒であった(エネルギー効率が段違いの専用機ならまだしも、一般の練習機を全力で振り回した場合、燃費効率の関係上、訓練時間そのものが限られてしまう。加えてIS強奪の危険性を考えれば、教師が専任で護衛につく必要があり、余り許可が下りるものではなかった)。

 しかし臨海学校なら違う。

 周囲に市街地が無い事から、遠方まで移動するという手間が省ける上、普段の訓練では中々使えない装備一式を使う事ができる。

 生徒達に経験を積ませる良い機会であった。

 

「でも何で、今まで行われていなかったんだろうな。IS学園の存在意義を考えれば、開校当初から行われていても良さそうなんだが?」

 

 晶の尤もな疑問に、楯無が答える。

 

「幾つか理由はあるのだけど、一番大きいのは、ISが超兵器って認識されていることね。それを学園外に持ち出す事に、反対する輩が多かったのよ。保安上の理由から許可出来ないってね。そして学園側も、その反対意見を黙らせるだけの警備体制を敷けなかった、ということ」

「至って現実的な問題だったか」

「ええ。でも今年は何人も専用機持ちがいる上に、貴方がいる。これで警備力不足を理由にされたら、どれだけ予算をつぎ込んだところで無理よね」

「おいおい。学生に何をさせるつもりだよ」

「貴方が純粋な学生かはさておき、学園側に、貴方の力を借りるつもりは無いと思うわよ」

「あれ、どういうことだ? さっきの言葉と少し矛盾しているようだけど」

「本音と建前ってこと」

「ああ。なるほど。学園側は、専用機持ちが沢山いるから安全っていう建前で実績を作って、今後も行っていきたい訳だ」

「正解よ」

「なるほどね。ところで、何機くらい持って行くんだ?」

「まだ確定じゃないらしいけど、学園保有数の1/3って案が有力みたい」

「随分多いな。輸送中を狙われたら、流石に大変だぞ」

「輸送じゃなくって、教師が搭乗して現地まで移動するらしいわよ」

「輸送と生徒の護衛を兼ねてだな。上手いじゃないか。でも、よく日本政府が許可したな。相当数のISが、稼働状態で国内を動くんだぞ。しかも生徒の護衛を兼ねてるってことは、恐らく実戦装備だろう?」

「それについては色々揉めたみたいだけど、学園側の勢力が勝ったみたい」

「じゃあ、目的地に到着した後はどうするんだ? それだけの数を動かすなら、盗まれないようにするのも大変だぞ」

「基本的に島にいるのは、身元の確かな宿の従業員と学園関係者だけ。内側の不安は、可能な限り潰してあるわ」

「そこを潜り抜けるのがプロだろう」

「まぁね」

「お前ならどうやる?」

「必要なら、ありとあらゆる手段を使って。でも今回、貴方はこっちの事は気にしちゃ駄目よ。さっき言ったように、学園は今後の為に、独力で今回の件を行いたがっているの。だから貴方が個人的に警戒する分には良いけど、警備体制には関わらないようにね」

「そういう理由か。了解した」

 

 晶としても、自分の仕事を増やしたい訳ではない。

 学園側が頑張ってくれるというなら、遠慮なく頼らせて貰おう。

 そんな事を思っていると、楯無が更に口を開いた。

 

「――――――という訳だから、貴方は一生徒として、可愛い女の子に囲まれて楽しんできなさい。何なら、何人か食べちゃってもいいのよ」

「おいおい。いきなり何を言うんだ? 男的には嬉しいが、浮気を推奨されるってのは不思議な気分だな」

「誰でも良い訳じゃないのよ。将来貴方の手足となりそうな、クラスメイトの子達ね。私としては、以前誘拐されて剥かれちゃった子達とかお勧めね。ああいう子達って優しくして不安を打ち消してあげれば、多分忠実な手足となってくれると思うわ。貴方や私みたいな人間にとって、裏切らない部下って大切なのよ。早いうちに作っておきなさい」

「それは理解するけど、今一般生徒に手を出したら、色々ドロドロになって大変な事になる。そういう面倒は御免だな」

「シャルロットやセシリアには手を出したのに?」

「あの2人の口の堅さは信用できるし、俺自身手放す気がない。そして本人達が嫌がったって、手放してなんかやらない」

「傲慢ね。なら私は?」

「楯無っていう個人は俺のもの。更識はお前のもの」

「馬鹿。こういう時は、“全部俺のもの”って言って、抱きしめれば良いのよ」

 

 擦り寄せられる柔らかい感触。

 晶の手は自然と動き、彼女の細い腰を抱き寄せていた。

 2人の顔が近づく。

 

「親しき仲にも礼儀ありって言うだろう」

「ホンッと、変なところで律儀よね。欲望には正直なクセに」

 

 言いながら楯無の手が、腰に回された男の手を撫でる。

 

「性分だ」

 

 男の空いている片手が、女の柔らかい太ももを撫でる。

 

「じゃあ、そんな律儀な旦那様に忠告」

「ん?」

「貴方にその気が無くても、クラスメイト達はそう思ってないかもね。だって彼女達も、私と同じ年頃の女の子よ。まして剥かれちゃった子達は、救出後カウンセリングなんかでフォローされているとは言え、将来に対する不安が消えた訳じゃない。これから先ずっと付き纏う。そこに命の恩人かつ、超優良物件の貴方がいる。考える事なんて、そう多くないわ。まして臨海学校は夏の海。色々と開放的になっちゃうから、距離感の取り方を間違えると、本当にドロドロよ」

「うわぁ………。臨海学校が、高難度ミッションに思えてきた」

「ある意味で正解ね。それ。どうするの?」

「そうだな。とりあえず………」

「とりあえず?」

「目の前の御馳走を味わってから考えようかな」

「もう、(ケダモノ)なんだから」

「声が嬉しそうだぞ」

「ストレートに求められるのって、気分の良いものよ。ちゃんと、味わい尽くしてね」

「勿論だ。食べ残しなんてするもんか。全部、俺のものだ」

 

 この日の夜。

 更識家当主執務室の灯りは、遅くまで消えなかったという――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 翌週の土曜日。

 昨晩から朝にかけて、束と激しい運動をしていた晶は、昼頃にカラードへと来ていた。

 そして社長室に入ると――――――。

 

「………なぁ、これはいったい?」

 

 机の上に詰まれた2つの紙の山。

 何となく予想はつくが、理解はしたくない。

 そんな視線を、傍らに立つ秘書へと向ける。

 すると、とてもイイ笑顔で答えてくれた。

 

「公募したISパイロットの面接書類です。明らかなヒモ付きはこちらでふるい落としておきましたので、後は社長の判断1つです。そしてもう1つの山ですが、日本案とフランス案が発表された後に、多くのISメーカーから是非我が社のISを使って欲しいと申し込みが殺到していまして。こちらも明らかに怪しいものは排除しておきましたが、それでもこの山です」

「帰っていいか?」

 

 世界最強の単体戦力(NEXT)にも、苦手なものはあるのだ。

 しかし秘書さんは無情だった。

 

「楯無様から、更識家当主に相応しい男にするように、と厳命されておりますので。それに薙原様ともあろうお方が、楯無様の期待を裏切るような真似、する訳がありませんよね?」

 

 イラッとさせる事にかけては、天才的な誰かさんを思い出す。

 そして逃げ道は、既に無いようだった。

 

「分かった。全力でこき使ってやるから覚悟しとけ」

「楽しみにしています。さしあたって、何を致しましょうか?」

「まずは先に、受け入れたISの状況を聞こうか」

 

 そうして説明された状況は、概ね計画通りの状況だった。

 宇宙開発部門のISは、BTシリーズのダウングレードモデル。BTシリーズの代名詞とも言えるビットシステムを外している機体だ。だが逆を言えば、その分システム的には余裕がある上に、通信・センサー系はダウングレードモデルと言えども、必要十分な性能を示している。宇宙作業用のオプションパーツを搭載してやれば、中々良い機体になるだろう。

 レスキュー部門には、質実剛健なドイツの第2世代IS。AICを搭載した最新鋭の第3世代機も良いが、使用分野を考えれば、質実剛健な機体を送ってきた事は高く評価できる。最新鋭が常に最高とは限らないという事を、あちらの人間も分かっているらしい。

 そして戦闘部門には、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅢ。シャルロットが今まで使用していたカスタムⅡモデルを、扱いやすくしたダウングレードモデルだ。だがダウングレードモデルと言えど、元は代表候補生が使う為に限界ギリギリまでカスタムチューンされていたモデルなのだ。その性能は、IS学園における彼女の戦績が物語っている。最新鋭第3世代ISとやり合えるあたり、デュノア技術陣の努力の結晶と言えるだろう。

 そしてこの3機は既に組み立ても終わり、パイロット選考を残すのみとなっていた。

 

「――――――分かった。じゃあ仕事に入る。何かあったら呼んでくれ」

「了解しました」

 

 尤も優秀な社員達なので、呼ばれるような事は殆ど無いのだが。

 そうして秘書が下がり、選考用書類を見始めて暫くが経った頃。

 何やら声が聞こえてきた。

 

「あら、簪お嬢様。本日はどうされたのですか?」

「仕事の遅い日本政府が、ようやく仕事をしてくれた。後ほど連絡が来るとは思いますが、先に挨拶をと思って」

「ああ。なるほど。社長は奥にいらっしゃいます。どうぞ――――――」

 

 元々開かれていた社長室のドアから、声の主()が姿を現した。

 今日の服装は、薄緑色のワンピースに同色のベレー帽。それに白いカーディガンと茶色のロングブーツ。可愛らしい姿で、彼女に良く似合っている。

 

「話は聞こえていた。もしかして、決まったのか?」

 

 すると彼女はニッコリと笑いながら肯いた。

 

「はい。私、更識簪は明日付けでカラードに出向となりました。なので、先に挨拶に来ました」

「そうか。ようやくか。これから宜しく頼む」

 

 話自体は、以前から出ていたのだ。だが戦闘・戦争という言葉にアレルギーのある日本は、カラード(PMC)への代表候補生派遣に中々踏み切れないでいた。

 しかし宇宙開発の日本案が提示され、束が新素材の提供を約束すると、役人共の態度が一変する。

 元々宇宙開発を志していた束博士の元なら、ISの不正使用や強奪の危険性もない。また博士のパートナーである薙原晶が社長を勤めるカラードは、形態こそ民間軍事企業(PMC)だが、活動内容は世界平和に貢献する立派なもの――――――と今まで二の足を踏んでいたのが、嘘のように好意的になりだしたのだ。

 勿論、こんな綺麗事で役人が動くはずもない。

 アレルギーを押しのけるだけの、現実的なメリットがあったからだ。

 それは()の元に、世界平和や宇宙開発に貢献するという合法的な名目で、自国の人間を送り込めるということ。今回の中継衛星の追加投入が、彼の片腕(更識楯無)からもたらされた事を考えれば、その立ち位置がどれほどの利権を生むかは分かるだろう。そこに合法的にもう1人送り込めるとなれば、役人の目の色も変わろうというものだ。

 また民間軍事企業(PMC)でのIS使用に最後まで抵抗した役人もいたが、ここで、()の今までの活動がモノを言った。比喩でも何でもなく、世界平和に貢献しているのだ。役人共の大好きな大義名分として、これ以上のものは無いだろう。加えて言えば、簪は(多少手伝って貰ったとは言え)打鉄弐式(第3世代機)を開発した技術者であると同時に、更識の姫でもある。安全確保は出向させる上で、最低条件であった。

 

「はい。宜しくお願いします。あと私の専用機の他に、もう1機ISを送るそうです」

「おや、日本政府も随分と奮発したな」

「役人さんが、欧州勢に負けていられないって言ってました」

「なるほど」

 

 意図としては、日本案で使って欲しいという事だろう。

 そして、あえて摩擦を起こす必要も無い。

 

「しかし助かったよ。これで日本案とフランス案に、専属で1機ずつ割り振れる」

「喜んでもらえて何よりです。――――――ところで、その書類の山は何ですか?」

「ああ、コレか? 自分が蒔いた種だが、面倒な仕事だよ。パイロット選考と、ウチでISを使って欲しいって、メーカーが色々送ってきたんだ」

「お疲れ様です。何かお手伝いできることって、ありますか?」

「気持ちは嬉しいけど、簪の立場が加わると、後で痛くも無い腹を探られかねない」

「そうですか………忙しいかもしれませんけど、ちゃんと休んで下さいね」

「ありがとう」

 

 優しい気遣いが心に沁みる。

 そして簪が、初めて訪れた社長室を何となく見渡すと、部屋の片隅に安っぽいハンガーラックを見つけた。

 何か制服のようなものが掛かっている。

 

「晶さん。あれは?」

「ん? ああ、あれか。社内でね、ウチの職員って一目で分かるように、制服を作ったらどうかって意見があって、その試作案」

「見てみても良いですか?」

「良いよ。何なら着てみてもいいし」

 

 近づき、数着ある試作案を手に取った簪は、思わず感嘆の声を漏らしてしまった。

 どれもこれも、デザインが彼女の感性(オタクな感性)にジャストフィットしていたのだ。

 

「ほ、本当に着てみても良いんですか?」

「良いよ。更衣室は向こうにあるから」

 

 部屋から出ていく簪の後ろ姿を眺めつつ、晶は彼女の制服姿を妄想する。

 

(やべぇ、すげぇ楽しみ………)

 

 試作案は、彼が大好きだったゲーム、マブラヴ オルタネイティヴに出てくる数々の制服―――国連軍C型軍装や西ドイツ陸軍モデルなど―――だ。

 それを簪のような可愛い女の子が着てくれる。

 これが楽しみでないはず無いだろう。

 ちなみに後日の話ではあるが、彼は一部の人間に“制服フェチ”、と言われるようになるのであった………。

 

 

 

 ※1:先に投入した3か所

  衛星No.008:コロンビア

      アメリカの影響力が強いところ

  衛星No.009:ウクライナ

      ロシアの影響力が強いところ

  衛星No.010:カシミール

      中国、インド、パキスタンが領有権争いしてるところ

 

 

 

 第123話に続く

 

 

 




 今回の前編では、割とプラス面のところを書いていきましたが、後編ではマイナス面も書いていけたらなぁと思っている作者です。

 そして何やらISの公式外伝として『IS アーキタイプ・ブレイカー』なるゲームが出るとのこと。設定をサラッと見た感じだと面白そうなので、もしかしたらクロスさせるかもしれません。

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