インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

127 / 262
今回は今まで殆ど触れてこなかったカラード本社とクラスメイトさんのお話しです。


第124話 予期せぬ出逢い(イラスト有り)

 

 急に激しい雨が降り出した、とある日の昼過ぎ。

 晶はカラード所有(社長用)のリムジンで、都内を移動していた。

 運転は部下が行い、もう1人の同乗者である美人な秘書さんは、傍らで資料を整理している。

 そうして、暫しの時間が経った頃のことだった。

 

「どうかされましたか?」

 

 何となく外を眺めていた晶に、秘書が声を掛けてきた。

 

「いいや。ただ俺も、こういう物に乗るようになったんだなって」

「そうですか。ですが社長の立場を考えれば、使うのが遅過ぎたくらいかと」

 

 つい先日から社で使い始めているこのリムジンは、如月重工に設計と組み立てを依頼し、束博士が最終テストを行った一品である。その性能は、“リムジンの皮を被ったナニカ”と言える程に別物となっていた。

 分かりやすい例を出すなら、米大統領専用車両“ビースト”だろうか。個人携行可能な武器程度では、まず突破出来ない防御力。パンクしても走れる走力。重装甲の車体を軽々と動かす桁外れの馬力。毒ガスや細菌兵器に対応する完全密閉された室内。並大抵のECMなどものともしない通信能力。視界を塞がれても周囲の状況が確認出来る各種センサー類。他にも多種多様な機能が積み込まれ、車の形をした要塞とも言える代物になっていた。

 それでいて外見の優美さを損なっていないのだから、如月技術陣の奮闘が伺える。

 なお余談ではあるが、晶が使用する物なので最終テストを束博士が行うというのは、初めから知らされていた。このため、張り切り過ぎた面があったのかもしれない。

 

「立場………か。なんだかこういう物を使い始めると、成り金になった気がするな」

 

 すると秘書は一瞬驚いたような表情を浮かべ、次いで笑い出してしまった。

 

「―――ハハッ、いえ、失礼致しました。束博士を護る最後の砦(世界最強の単体戦力)であり、カラードという世界唯一のIS派遣組織の長である貴方が、成り金とは、随分面白い表現だと思いまして」

「そうか?」

「ええ、そうですとも。ついで言えば、貴方は裏社会に強い影響力を持つ更識をも、手中に収められているのですよ。表と裏、どちらにも強い影響力を持つ貴方が成り金など、言わせたい有象無象の輩には言わせておけばいいのです。大体、赤の他人が何を言おうと、やると決めたら貴方はやるのでしょう?」

「必要ならな。あと何度も言っているが、更識は楯無のものだ」

「その楯無様が、心底貴方に惚れ込んでいるのですから同じ事です。加えて簪様もとなれば、更識を手中にしているも同じでしょう」

「お前達に不満は無いのか?」

「何をでしょうか? 世界最強の単体戦力であり、表と裏のどちらにも強い影響力を持つ御方が、更識家の当主になる。そんな夢物語のような事が、現実になるのですよ。何を不満に思う事がありましょうか。あと私としては、無暗に部下を使い捨てにしないところも、非常にポイントが高いですね。この業界、そのような輩も多いですから。――――――と、話が逸れてしまいました。必要な事を必要な事として行う貴方が、成り金と思われるような居心地の悪さを覚えながらも、この車を使っている。つまり居心地の悪さを覚えはしても、その必要性を認めているのでしょう?」

 

 この車は部下が発案し、晶が予算承認を行った上で、如月重工に依頼して作られたものだ。なので当然、必要性についても説明は受けている。デザインも決して華美なものではなく、外見も内装も、落ち着いた雰囲気で纏められていた。

 ただ理性では納得していても、実際に乗って「こういう物を使っている自分が成り金っぽい」と思ってしまう感情は別物だった。しかし既に作ってしまった物であるし、有る物を使わないというのも勿体ない。加えて言えば今後、仕事の関係でVIPを同乗させる可能性もある。その時に、この安全性は役に立つだろう。

 

「的確な心情表現をどうも」

「社長の心情を汲み取れてこその秘書ですので」

「じゃあ対策を」

「慣れて下さい」

「身も蓋も無いな」

「外見も内装も、社長の意向通りに落ち着いた雰囲気で統一してあります。車体のサイズも、要求仕様を満たす限界ギリギリの小ささです。これ以上小型化しては、要求性能を満たせません。なので、慣れて下さい。むしろ社長の今のお立場なら、この程度の備品はあって当然のもの。むしろ無い方が、社の要人警護に対する意識を疑われかねません」

「分かってる。今更、コレをスクラップにしたりはしないよ」

 

 仕事の合間に発生した、上司と部下のちょっとしたやり取り。

 そうして2人が雑談に興じ始めて、暫しの時間が経った頃だ。

 ふと視線を外に向けた晶が、運転手に命じる。

 

「ん? あ、ちょっと止めてくれないか」

「どうしたのですか?」

「知り合いがいた」

 

 話している間に、リムジンが路肩に寄せられていく。止まったところで晶はドアを開けて出て行き、強い雨が降りしきる中、すれ違った2人のクラスメイトに近づいていった。

 そうして、彼女達の背後から声を掛ける。

 

宮白(みやしろ)さん。赤坂(あかさか)さん」

 

 彼女達が振り向く。

 

「あ、晶さん」

「本当だ。どうしたの?」

 

 先に答えたのが、宮白(みやしろ)加奈(かな)。愛称かなりん。ショートボブの髪型をした大人しい子だ。そして割と恥ずかしがり屋さん。

 次に口を開いたのが、赤坂(あかさか)由香里(ゆかり)。愛称あかりん。長い赤髪をポニーテールにしている子で、性格はサッパリとしていて面倒見が良く、着物を着てキセルを咥えればヤクザの若奥様に見える、などとクラスメイトから面白半分に言われていた。

 

「俺は仕事帰り。車で通りかかったら、ずぶ濡れの2人を見かけたから声をかけた。良かったら乗っていく?」

「良いの? 私達すごい濡れてるから、シート汚れちゃうよ」

 

 答えた赤坂の言う通り、彼女達の服もバッグもタップリと水を吸っており、そのままシートに座れば、汚れるのは間違いないだろう。

 だが、晶の答えは決まっていた。

 

「濡れたなら乾かせば良いだけ。気にしなくて良いよ」

「本当に良いの? 後でクリーニング代なんて請求しないでよ」

「そんなセコイ真似するか」

「なら、かなりん。お世話に――――――クシュン」

 

 なろうよ、と続けたかったのだろう台詞は、本人のくしゃみで遮られてしまった。

 すぐに宮白(みやしろ)がポケットからティッシュを出して渡そうとするのだが、そのティッシュもずぶ濡れな辺り、相当雨に打たれたのだろう。

 

「じゃあ2人とも、こっちに」

 

 そうして彼女達は、車へと案内されたのだが………。

 

「ね、ねぇ晶くん。本当に、コレ乗って良かったの?」

 

 赤坂の隣で、宮白もコクコクと肯いている。

 激しい雨に打たれていたので言われるがままに飛び乗った2人だが、中身が明らかにイメージしていた車とは違うのだ。

 まず前席と後席はガラス付きの隔壁で仕切られ、後席は対面座席になっている。座席は落ち着いた黒色の全面本革貼りで、座った感触が今まで乗った事のあるどんな車とも違う。まるで体を柔らかく包み込んでくれるようだ。勿論、足を伸ばして寛げるだけのスペースも確保されている。

 また内装もウッドラインの落ち着いたもので纏められていて、まるで車の中にいる事を、忘れてしまいそうな雰囲気があった。

 しかも、それだけでは無い。

 対面座席の中央には―――かなりんの記憶が確かなら―――如月が出したばかりの最新型立体投影装置があった。一般人では手が出ないような、とびっきりのハイエンドモデルだったはず。

 こんな車に一般人が乗ったら、「ずぶ濡れの服で座って良かったのだろうか?」等と思ってしまうのも、仕方ないことだろう。

 だから晶は、2人が気にしなくて済むよう気軽に答えた。

 

「勿論。駄目って言うくらいなら、初めから声なんて掛けないよ。それより、濡れたままだと風邪ひくぞ。ホラ」

 

 言いながら、備え付けられていた大きめのタオルを手渡す。

 そして同時に思う。

 

(しかしこうも無防備だと、逆に心配になるな)

 

 今の彼女達は、少々刺激的な姿だった。

 激しい雨に打たれた事で服がピッタリと体に張り付いて、下着のラインやら色やらが透けて見えているのだ。しかも最近は暑く、今日も午前中は天気が良かったせいか薄着。加えて美少女。

 そんな女の子達が恥ずかしがる様子も無く、かといって媚を売るでも無く、普段と変わらぬ雰囲気と距離感で其処にいる。

 これを無防備と言わず何と言うのだろうか?

 

(信用されているのかな? それとも車の方に意識が行って、そこまで気が回っていないのかな?)

 

 そんな思考が脳裏を過るが、晶は深く考えなかった。どちらでも良い事であるし、自分からクラスメイトの信用をブチ壊す必要も無いだろう。

 なので彼は、紳士に徹する事にした。

 2人から視線を外し外を眺めながら、適当に話題を振る。

 

「ところでさ、2人とも買い物の途中だったのかな?」

 

 赤坂さんが答えた。

 

「ううん。終わって帰るところだったの。雨になるのは予報で分かってたから、早めにね。でも予報より、随分早い時間から降り出しちゃって。そして降り出したら、あっという間にこの豪雨でしょ」

「で、ずぶ濡れになったと」

「うん」

「災難だったね。でも何で態々、天気が危ない今日に?」

「来週は予定があったし、その次の週は臨海学校でしょ。平日の外出は厳しいから、水着買うなら今日しかなかったの。天気予報通りなら、余裕で戻れたのに」

「なるほど。お疲れ様」

 

 そうして会話が一段落したところで、秘書が口を開いた。

 

「社長。この風では、学園のモノレールもいつ止まるか分かりません。なので御二人には、社の方で服を乾かして貰っては如何でしょうか?」

 

 IS学園はISという超兵器を扱うため、セキュリティ上の理由から、日本本土ではなく離島に作られていた。

 出入りに使える手段は、教員や生徒という立場を問わず、基本的にモノレールのみ。こうして出入り口を限定する事で、不審者を発見し易くしているのだ。だがこのモノレール、実を言うと少し止まりやすい事で有名だった。別にポンコツという訳ではない。余りに厳格な安全基準が適用されている為、強風や豪雨など少しでも危険な要素があると、すぐに止められてしまうのだ。

 それで毎年門限に間に合わない子が数名出るのだが、学園側は「天気予報を見ていないからだ」と至極真っ当な正論で武装し、全く改善する気は無いらしい。

 なお船という手段もあるのだが、こちらは生活物資やIS用パーツの搬入に使われているため、セキュリティレベルが非常に高い。

 なので日常の移動手段とするには、不向きであった(申請したなら使えるが、申請そのものが非常に面倒臭い)。

 こうした理由から行われた秘書の提案を受け、晶は2人に尋ねた。

 

「俺は構わないけど、そっちは大丈夫? 学園で用事とかないかな?」

 

 彼女達は、揃って首を横に振った。

 

「そうか。なら、このままカラードに向かってくれ」

 

 この言葉で、部下が静かに車を発進させる。

 こうして2人の一般生徒は、成り行きでカラードへと向かう事になったのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 民間軍事企業(PMC)“カラード”。

 IS学園の生徒で、この名を知らぬ者はいない。いや、世間一般においてもいないだろう。

 何せ束博士を護る最後の砦、薙原晶(NEXT)が社長を務める会社であり、世界唯一のIS派遣組織でもある。

 また、同社に設立当初からある実戦部隊、ハウンドチームのコールナンバー01~03は、元IS強奪犯という異色の経歴の持ち主達だった。

 言うまでもなく重罪人である彼女らが、大手を振って表を歩ける理由。それは“首輪”という個人監視システムと“契約”にあった。

 まず“首輪”は、装着者のあらゆる情報を丸裸にする。位置情報やバイタルデータ、日頃の言動という単純な情報のみならず、収集された情報を統合・分析する事で、何を不快と感じ、何を快と感じたのかという、本人の趣味趣向の全てが丸裸にされるのだ。加えて万一の場合は、装着者を即座に“処理”できる機能まで搭載されている。つまりコレを受け入れるという事は、自身の全てを丸裸にされた上で、生殺与奪の権利を握られるに等しい。言い換えるなら、人としての尊厳全てを踏み躙られるのだ。

 普通の人間なら、受け入れられるはずがない。

 そして“契約”は、薙原晶(NEXT)と元IS強奪犯達の間で結ばれたものだ。内容は単純明快で、薙原晶(NEXT)の忠実な手足である事と引き換えに、万一敵対組織の手に落ちた場合は、弄ばれる前に殺してもらうというもの。

 一見するとおかしな契約に見えるが、彼女達は至って本気だった。何故なら彼女達は、元IS強奪犯。ISという超兵器を使って、裏社会で好き勝手に暴れてきた奴らだ。そんな奴らがISという力を失えばどうなるかは、誰でも分かるだろう。楽に死ねる未来などあり得ない。故に彼女達は万一の場合、速やかに自分を殺してくれる者に、忠誠を誓ったのだった。そして“首輪”がある限り、例えどんな場所にいようと、NEXTは見つけてくれるだろう。

 こうして生まれ変わった元IS強奪犯達は、悪党を狩る猟犬として、弱者を守る盾として、NEXT(薙原晶)の唯一直接の配下として、世界中を飛び回る事になる。

 そんな奴らがいるカラードの社屋は、IS学園近郊にある湾岸ブロックの一画にあった。

 外見的には、そう特別なものでは無い。

 地上10階建て。中規模のビジネスビル程度だ。それも一から建てたものではなく、元々あった物件を買い取った中古品。唯一特徴らしいのは、全面ガラス張りと多少洒落ているところだろう。だがこの程度は、オフィス街に行けば幾らでもある。つまり平凡の域を出ない。

 だが中身は、完全に別物であった。

 ビル全面を覆うガラスは、民間軍事企業(PMC)らしく全て耐弾・耐爆仕様。手榴弾やアサルトライフル程度なら、容易く弾き返せる。

 そしてビル内部は、仕事上での情報漏洩を嫌う薙原晶、篠ノ之束、人員を貸し出している更識楯無の思惑が一致した結果、偏執的なまでの対策が取られていた。

 まず買い取った段階でNEXTのプラズマ兵器を使用し、発生させた電磁波で元々あった電子機器を全て焼き、仕掛けられていた(かもしれない)盗聴器の類を一網打尽にしておく。ちなみにNEXTのプラズマ兵器は、入念な電磁対策が取られている第三世代ISのセンサー系ですらダメージが入るほどだ。並大抵の電子機器が耐えられるものではない。

 そうして掃除されたところで、ビルの基礎や骨組みを強化し、新たな電子機器やセキュリティシステムの使用に耐えられるようにしていく。

 この時点で殆ど完全に全面リフォームしているのと同じだったが、作業期間は驚異的な短さだった。

 理由は極々単純で、質と量のゴリ押しである。

 NEXTを重機代わりにして解体作業を行い、束が社の基幹システムを作成し、大量投入された更識子飼いの建築屋が、昼夜問わずの突貫工事でビルを組み上げていく(ちなみに単純作業であれば、NEXT()もテックボットを使って組み立てに参加していた)。

 こうして力技で作られたカラードの社屋は、主に以下4つのブロックに分けられていた。

 

 装備格納庫ブロック(地下1~2階(現在も拡張中))

 パワードスーツや新型輸送ヘリ(F21C STORK)、ガンヘッド、各種無人機など、仕事で使う様々な道具が格納・整備されている場所。中身は高度にオートメーション化されており、速やかな出撃が行えるようになっていた。

 例えばよくある出撃パターンとしては、新型輸送ヘリ(F21C STORK)にパワードスーツが搭載されて、出撃するパターンがある。

 この場合、カラードでは人力で搭載作業をする必要は無い。パワードスーツにパイロットが乗り込んでしまえば、後は自動的にヘリまで運ばれ、搭載される。次いでヘリが置かれている床面そのものがエレベーターまで移動し、地上へリフトアップされて出撃となる。

 並のPMCでは決して真似できないような、先進的な設備が整えられていた。

 

 ビジネスブロック(地上1~5階)

 カラードの事務仕事が行われている場所。

 ただしこの会社の事務仕事は、広範囲かつ多岐に渡るため、幾つかの装備が与えられていた。

 1つは、大量の情報を素早く処理するため、ワークステーション級の処理能力を持つマシン。

 1つは、多くの情報を素早く確認し扱うため、空間ウインドウを多数同時展開出来る空間投影装置。

 1つは、長時間の作業で疲労を溜め込まないように、人体工学に基づいた近未来的なリクライニングシート。

 1つは、雑務に煩わされないよう、ドラム缶型のお手伝いロボ“テックボットくん”。

 これらの装備を元々優秀な者達―――更識から派遣されている後方要員―――が使う事により、他には無い圧倒的な作業効率を実現していた。

 

 健康管理ブロック(地上6階)

 社員の健康を担う、医療ルームやエクササイズ(トレーニング)ルームなどが置かれている場所。

 医療ルームには医師が常駐しており、万一の場合は緊急手術も可能な作りとなっていた。

 そしてエクササイズ(トレーニング)ルームには、シャワーやサウナなども併設されており、社員であれば何時でも利用可能となっていた。

 

 社員寮ブロック(地上7~10階)

 寮と言えば、規格化された味気無い作りの部屋が幾つもある………というのが一般的な感覚だろう。

 だが、この寮は違った。

 初めからビルをリフォームする事が決まっていたせいか、晶はリフォームを始める前に、社員達から「仮に寮に住むとしたら、どんな部屋が良いか?」という希望を取っていたのだ。

 当初は元IS強奪犯のためだけに用意されるはずだったのだが、「どうせなら………」というちょっとした気まぐれである。

 そして初めから、高レベルの安全対策が施される事は明言されていた。

 外壁・内壁は全て耐火・耐弾・耐爆仕様。毒ガスや細菌兵器に対応する空調管理システム。万一に備えての自動消火システム。頑強な社の基幹システム(束お手製のシステム)によって護られた安全な通信環境。各部屋に取り付けられた個人認証システム。他にも多種多様なセキュリティが組み込まれていた(なお他のブロックも、同等レベルのセキュリティである)。これらと健康管理ブロックの存在を考えれば、更識からの派遣社員が住みたいと言ってしまうのも、無理からぬことだろう。何せ同様の環境を他で整えようとしたら、如何に優秀な更識の人間とは言え、相当の無理をする必要があるほどだ。

 だが実を言うと、派遣組が住みたいと言い出し始めた理由は、もう1つあった。

 それは晶が社員の希望を聞いて考えた、自分の住む部屋のデザインを自分で決められるという特典だ。

 彼としては、大した事をしたつもりは無い。

 安全対策さえしっかりされていれば、内装なぞどうでも良かったのだ。だがどうでも良いという事は、希望を受け入れない理由も無いということ。確かに希望を全て受け入れた場合のリフォーム費用は増すが、そこに住むのは今後カラードの仕事の殆どを任せる事になる大事な人材達だ。幸い資金はあったので、社員のモチベーションを上げる初期投資として行うのも悪くないだろう。そんな考えから生まれた特典だった。

 この結果カラードの社員寮は、―――当初、晶が社の拡大に積極的でなかった事もあり―――初期メンバーの為だけの特別な社員寮になってしまった。

 内装は個人個人の部屋によって異なるが、概ね高級マンションやホテルのスイートルームが近いだろうか。

 高い天井に広い間取りという解放感のある空間。そして一人暮らしだと、どうしても家事に時間を取られてしまうのが難点だが、ドラム缶型のお手伝いロボ“テックボットくん”により、室内は常に清潔に保たれている。食事や洗濯などデリケートな部分も、初期設定さえ済んでしまえば、後は音声入力1つで勝手に行ってくれるという便利さだ(なおこのお手伝いロボにはジャック君の稼働データが使用されているため、非常に柔軟性が高く好評であった。しかしジャック君の稼働データを扱えるのは世界に一人だけ。つまりそれが配備されているという事は………)。

 

 ―――閑話休題。

 

 そんなカラードの社屋に案内されたずぶ濡れの2人、宮白(みやしろ)加奈(かな)赤坂(あかさか)由香里(ゆかり)が案内されたのは、エクササイズ(トレーニング)ルームに併設されているシャワールームであった。

 

「まずはこちらで、体を温めて下さい。その間に服は乾かしておきますので」

「あ、でも悪いです。乾燥機の場所さえ教えてくれれば、後は自分達でしますから」

 

 流石に、今日会ったばかりの人にやって貰うのは忍びない。

 そう思った赤坂が断ろうとするのだが、晶と一緒にいた美人の秘書さんは、何でもない事のように答えた。

 

「大丈夫ですよ。行うのは私ではなく、当社で採用しているこのお手伝いロボ、“テックボットくん”ですから」

 

 すると秘書の後ろに控えていた2台のドラム缶型ロボが、2人の前に進み出てきた。

 そして妙に人間らしい(?)動きで、2本あるロボットアームのうち片方を差し出してくる。

 握手を求めているのだろうか?

 恐る恐る手を差し出し、握る宮白と赤坂。するとロボットアームの手が、人間と握手をしているかのような自然な動きで僅かに振られた。

 

「わぁ、すごい」

 

 思わず感嘆の声を漏らす宮白。隣で肯く赤坂。

 

「では、これで失礼しますね。シャワーから出たら、テックボットに一言声を掛けて下さい。それで私に通じますので」

 

 2人が肯きお礼を述べると、秘書は「お気になさらず」と言いつつ去って行った。

 この後、彼女達は濡れた服をテックボットに預け、シャワールームに入っていく。

 そうして体を温めている途中、赤坂が口を開いた。

 

「ねぇ。私達、凄いとこに来ちゃったと思うんだけど」

「うん。そうだね。でもこうして案内されると、晶くんって本当に社長なんだって思っちゃう。クラスじゃカラードのこと、殆ど話さないから」

 

 友人の言葉に肯きながら、宮白が思っていた事を口にする。

 というのも今日見た彼の姿―――秘書が付き従い、リムジンで移動し、自社ビルを持っている―――は、社長という側面を強く意識させるものだったからだ。

 

「本当にね。でもカラードか。いいなぁ。私、ここで働けるかな?」

「パイロットにならないの?」

 

 宮白が、意外そうな表情で尋ねる。

 

「分かんない。ホラ、私達ってアレでしょ」

 

 宮白も赤坂も、1年次実地研修で誘拐され、その途中で衣服を全て剥ぎ取られるという体験をしていた。

 しかも薬物を使われていたお陰で、その時の記憶が全く無いのだ。これでもし意識があったなら(実際に意識があったらトラウマものだが)、衣服を剥ぎ取られた以上の事は何もされていないとハッキリ言えるのだが、記憶が無いだけに、嫌な想像だけが膨らんでしまう。

 そしてISというのは超兵器だ。故にパイロットの過去は徹底的に洗われる。仮にメカニックだとしても同じで、完全な白である事が求められるのだ。

 だが2人は衣服を剥ぎ取られ、その途中何をされたか分からないと言う、この上なく脅されやすい過去を持ってしまった。

 パイロットを選ぶ側の心理として、“脅される可能性が他より高い”という時点で、選考から外されてしまうだろう。

 

「………うん。でも晶くんさ、前にこっそり言ってくれたじゃない。『成績上位は維持しておいた方が良い』って。頑張っていれば、良い事あるよ」

「そうかもしれないけどさ、仮にそれでどこかへの推薦が貰えたとしてもだよ。私達の過去は変えられない。これから先ずっと、“脅されるかもしれない”って思っちゃうし、他人にもそう思われるんだよ。そう考えたら………ちょっと、ね」

 

 彼女の不安は、至極真っ当なものだった。

 あの事件は今後ISに関わっていく上で、大きなマイナスにしかならない。

 だが運命は、彼女達を見捨ててはいなかった。

 予期せぬ出逢いが、この後2人に希望をもたらす事になる。

 

「あら、先客?」

 

 シャワールームに、新たな人影が1つ。

 腰まである燃えるような赤髪と、勝気な瞳が印象的な女性だ。

 正式に紹介された事は無いが、顔は知っている。

 元IS強奪犯という重罪人でありながら、首輪という個人監視システムを受け入れる事で、仮初めの自由を得た者の1人。学園に教え来る現役ISパイロットの実力を図り、選別する強者。そしてNEXTの唯一直接の配下として、世界中を飛び回る猟犬達の1人。

 

「ん~、何処かで見た事のある顔ね」

 

 赤髪の女性が2人に無造作に近づき、首を捻っている。

 そうして思い出したのか、ポンッと両手を合わせた。

 

「ああ、社長のクラスメイトね。でも、何でこんなところにいるの?」

「ず、ずぶ濡れになっているところを晶くんが拾ってくれて、学園のモノレールも止まるかもしれないから、こっちで服を乾かせば良いって」

 

 予期せぬ出逢いに驚きながらも、宮白は何とか答える事ができた。

 すると赤髪の女性は、2人を上から下までじっくりと眺めた後、とても真面目な表情で、全く予想もしていなかったような事を尋ねてきた。

 

「ふぅん。まぁ確かに、この雨ならそうか。――――――ところで貴女達って、これから社長に抱かれるの?」

 

 彼女達は、聞えてきた言葉を理解するまでに数秒を要した。

 次いで、驚きの余り変な声が漏れる。

 

「「………ふえっ!?」」

 

 そして余りにもストレートな問いに、何を想像してしまったのか、顔が瞬く間に真っ赤になっていく。

 

「だ、抱かれるって。晶くんは、た、ただのクラスメイトです!!」

「そう。そうですよ。あの人は、ただのクラスメイト。それ以上でも、そ、それ以下でもないです!!」

 

 挨拶代わりの軽いジョークのつもりだったのだが、余りにウブ(初心)な反応を見て、ちょいと悪戯心が芽生えてしまう。

 

「へぇ、只のクラスメイトね。まだカラードって、何処にも会社見学の許可は出してないのに。知ってる? このビルは社長の持ち物で、社長の城。で、男の家で女がシャワーを浴びるのって、世間的にどう見えるのかしらね? ついでに言うと、此処にいるのは社長の忠実な部下ばかり。世間知らずなお嬢様がパクッと食べられそうになっても、誰も止めてなんてくれないわよ」

 

 すると2人は何を想像したのか、今度はタオルで体の前を隠し、周囲をキョロキョロと見回し始めてしまった。

 その様子がまた可愛くて、つい赤髪の女性は調子に乗ってしまう。

 

「社長ってね、ああ見えて結構スケベなの。女ばかりの所にいたら、それはそれは色々溜まっちゃうんじゃないかしら」

「しょ、晶くんが………」

「………た、溜まる!?」

 

 ちなみにこの会話、首輪を通して晶には全部聞こえていた。そして何度介入しようと思ったか分からない。だが行わなかったのは、話している相手がクラスメイトだったからだ。

 男が女のシャワールームの会話に割り込むなど、(例えどれだけ正当な理由があろうとも)クラスメイトに色々勘違いさせる原因になってしまう。むしろ部下の言葉に正当性を与えてしまう。なので彼は、泣く泣く様子を見る事にした。

 そしてそれが分かっているからこそ、赤髪の女性は調子に乗っていく。

 

「社長だって男なのよ。学園で美少女に囲まれ、会社では美女に囲まれ、溜まらないはずないと思うわ。そんなところに、ずぶ濡れになった可愛い子が2人。自分の会社にノコノコついて来た。普段は紳士な社長の理性が蒸発しちゃったとしても、無理ないと思うわ。それとも、ワザと襲われてセフレにでもなる? 社長なら仮に当たっちゃったとしても、キッチリ面倒見てくれると思うわよ」

 

 言葉の端々に生々しい卑猥な表現を散りばめ、純情な女の子の反応を楽しむ赤髪の女性。

 そうして揶揄い(からかい)遊んでいたのだが、話がとある話題に及ぶと、2人の表情が曇ってしまった。

 

「――――――でも、貴女達ってラッキーよね。このまま行けば、進路なんて選びたい放題じゃないの? 日本の倉持技研、フランスのデュノア、アメリカのロッキード・マーティン、他にも色々あるけど、より取り見取りでしょう」

「そ、そんな事は……」

「私達なんて……」

「何言ってるの。1年生の時のキャノンボール・ファスト、見たわよ。あの時点でアレだけ動けるなら、スカウト連中も必ず目を付けるわ」

 

 彼女自身が暴力に関わる人間だけに、戦闘機動を見る目は厳しい。だがそれでも、少なくとも現時点においては、将来楽しみという評価を下せる。そんな掛け値無しの高評価なのだが、やはり2人の表情は晴れない。

 

「何か、心配事でもあるの?」

 

 こんな事を聞いたのは、只の気まぐれだ。

 決して心配したとか、そういう理由では無い。

 

「………その………だって、他の子ならいざ知らず、私達ってアレですから」

 

 赤坂の胸の内が零れる。

 話している相手が、重罪人という事は知っていた。

 しかしクラスメイト()を社長と呼び、(けな)しながらも屈託なく話す彼女の姿に、いつの間にか警戒心が緩んでしまっていた。それでも、普通なら話したりはしないだろう。

 だがこんな言葉が出てしまう辺り、心が悲鳴を上げていたのかもしれない。クラスの仲間達は触れないでいてくれるが、知らない間に裸にされ、両手を手錠で繋がれ、しかもその時の記憶が無いという恐怖は、された事のある人間にしか分からないだろう。

 

「アレ?」

 

 赤髪の女性が首を捻り、考えること数秒。

 答えに行き着いたようだった。

 

「ああ。そういえばトラブルに巻き込まれた事があったわね。あんなの気にしてるの? たかが裸にされて、両手を手錠で繋がれた程度でしょう?」

「あ、あんなのって!!」

 

 赤坂は、思わず叫んでしまう。

 知らない間に辱められていたかもしれない恐怖。自身のあられもない姿が残っているかもしれない恐怖。もうどれだけ頑張ってもISパイロットになれないかもしれない恐怖。それを“あんなもの”扱いされて、怒らずにはいられなかった。

 だが残念な事に、それは表側でのみ通じる感情だ。

 元IS強奪犯にとっては、どれもその程度、と言えるものに過ぎない。

 何故なら――――――。

 

「え? あの程度でしょう? それとも、裸を見られて手錠で繋がれた以上のことでもされたの?」

「い、いえ。でもその時の記憶が無くて………」

「なら、何も問題無いじゃない。だって、そこに貴女の意思は存在していないんだから。自分の意思を捻じ曲げられて、無理矢理辱められた訳でも無い。自分から男の上で浅ましく腰を振った訳でも無い。だったら堂々としていればいいのよ。仮に下種な映像が残っていて、それをネタに近づいてくる奴がいたら、何も聞かずに殴ってやればいいわ。勿論一発じゃないわよ。ノックアウト寸前まで入念にボコるの。そうして主導権を握ってから、近づいてきた理由を聞いてやりなさい」

「お、脅してきたら!!」

「知ってる? 人間って、普通に殴っただけじゃ中々壊れないのよ。だけど痛みを感じるポイントは沢山あるの。暫く激痛の中で過ごして貰えばいいわ。よほど根性座ってない限り、大の男でもすぐに「止めてくれ」って泣いて懇願するようになるから」

 

 それが世の中の常識、と言わんばかりの返答だった。

 しかし一般人にとっては、素直に受け入れられるようなものでは無い。

 

「それは、貴女が強いから!!」

「関係無いわ。男なんてどいつもこいつも下半身でしか物事を考えない低能ばかり。犬ころみたいに上下関係をキッチリ仕込んでやれば、物分かりの良い子犬に変わるから」

「で、でも、そんなこと………」

 

 色々な感情がごちゃ混ぜになって、続く言葉が出てこない。

 だからだろう。心の中にあった、一番強い感情が漏れ出てきた。

 

「………なら、なら!! 白い事が求められるISパイロットになるには、どうしたら良いんですか!? 私達みたいな脅される可能性のある人間がパイロットになるためには!! 誰にも脅されなくたって、パイロット選考の時点で、経歴調査で私達の事は分かっちゃいます。その時点で外されちゃう。それには、どうしたら!!」

「え? 簡単じゃない。他をねじ伏せる実力さえあればいい。圧倒的な実力は、全てに勝るんだから。それに、良い事を教えてあげましょうか」

 

 少女の純粋さに心打たれた訳ではない。単に、興が乗っただけのことだった。

 

「え?」

「白い事が求められるISパイロット。そう言ったわね? なら今いる正規パイロットのどれだけが、綺麗な存在だと思う? ISをアクセサリーと勘違いしている奴が、どれだけいると思う? そしてISパイロットを選ぶ側と選ばれる側がいる。でね、選ぶ時は大体選考委員とかそれっぽい場所で決められるんだけど、その中には大抵男がいる。選ばれる側は若く綺麗な女の子。正論だけで、本当に決まっていると思う?」

「そ、そんなの………あるかもしれませんけど、極一部………極一部でしょう!! それに、それが本当なら、実力があったって!!」

「本当に、そう思う?」

 

 分からない。

 この人は、何を言いたいのだろうか?

 そんな疑問が2人の脳裏を過ぎる中、赤髪の女性は続けた。

 

「ISはね、単機で戦場を蹂躙する超兵器。実力以外で選ばれたパイロットなんて、良い的よ。貴女達はパイロットになる事が目標かもしれないけど、本当の戦いはなったあと」

「今のままじゃ、スタートラインにすら立てないんです!!」

「逆よ。貴女達が脅される事にビクついてさえいなければ、誰よりもスタートラインに近い位置にいるの。精神的に脆いパイロットなんて、使い物にならないし危なくて乗せられないもの。だから日頃から笑い話のネタにでもして、“私は大丈夫です”ってアピールしておきなさい」

 

 思いもよらぬ言葉だった。

 しかしそれ故に、気になってしまう。

 何故これほどまでに言い切れる人が、悪の道に堕ちてしまったのだろうか?

 思い切って、赤坂は尋ねてみた。

 

「あの、貴女は、なんで強奪犯になんかなったんですか?」

「あら、そんな事が知りたいの。そうね―――」

 

 赤髪の女性は、何でもない事のように話し始めた。

 当人にとっては、秘密でも何でもないのだろう。

 

「―――私は元々テストパイロットだったんだけどね。色々あって、今の貴女達みたいな状態になった事があったわ。でも泣き寝入りなんて論外だったから、ちょっとカマしてあげたの」

「ど、どんな?」

「まず脅してきた男を膝蹴りで強制的に性転換させてあげて、そいつが心血注いで開発していた新パーツの実験データを全部消して、組み込まれていた実機を持ち逃げしてあげたの。いや、アレは痛快だったわね。勿論その後追撃はあったけど、男に尻振ってパイロットになった()なんて敵じゃないわ。返り討ちにしてコアを奪ってやったの。それが始まりね。ああ、後は実機のデータを敵対企業に流して、そいつが心血注いで開発して、本来得られるはずだった地位も名誉も金も、全て他人のものにしてあげたわね」

 

 悪魔のような所業だった。

 そしてこの行動の結果、彼女は亡国機業に拾われる事になる。

 だがそれは、また別の話だ。

 

「後悔は、していないんですか? 途中は良かったかもしれませんけど、こうして捕らえられて、今は首輪で繋がれているんですよ」

「全然。首輪の持ち主が社長()以外だったらどうだったか分からないけど、少なくともあの人は、実力の評価に関しては公平だし、ちゃんと人間扱いしてくれるもの」

「人間扱い?」

 

 表側しか知らない一般生徒にとって、人間を人間らしく扱うのは当然のことで、今一つ理解が及ばない。

 そんな彼女達に、赤髪の女性は言った。

 

「知ってる? 人間の理性や善性なんて、割と簡単に剥がれ落ちるのよ。他人の弱点を握って、そいつの全てを自由に出来るとなれば尚更ね」

「全てを?」

「自由に?」

 

 宮白と赤坂が首を捻る。

 やはり理解が及んでいないようだ。

 いや、単純に人の底知れぬ悪意を想像出来ないのだろう。

 

「首輪で繋がれた私達は、全てを監視されている。位置情報、言動、その他ありとあらゆるもの全て。その上で社長()は、万一の時に私達を“処理”する役目を担っているの。分かる? 社長は私達を、気持ち1つでどうとでもできるのよ。例えどんな理不尽な命令であっても、私達は拒めない。貴女達がさっきまで怖がっていたような事も含めてね。でも、あの社長はしなかった。それどころか人財だなんて言って、他では考えられないような待遇を持って扱っている。不思議な人よ。だからかな? 今の立ち位置は、それなりに気に入っているの」

「晶くんの部下である事が、ですか」

「ええ。保身の意味もあるけど、彼をボスと呼ぶ事に抵抗は無いわ。初めは、かなり噛みついたのだけど。――――――と、話が逸れたわね。私に言わせれば、貴女達がされた程度の事なんて、マイナス要因でも何でもないってこと。だから、しっかり腕を磨いておきなさい」

 

 こうして助言された2人に、大した人生経験は無い。

 しかし、嘘を言っているようには見えなかった。

 だからだろうか?

 今まで暗く後ろ向きだった心境に、小さな変化が起きていた。

 もしかしたら無駄かもしれない、という気持ちは未だ残っている。

 でも少しだけ、前を向いてみようという気持ちが芽生えたのだ。

 

「はい。ありがとうございます。――――――あれ?」

 

 そして気持ちが落ち着くと、人は他の部分が気になるものだ。

 恥ずかしがり屋さんの宮白が、先の台詞に、重要な事実が含まれている事に気付いた。

 

「どうしたの?」

 

 赤髪の女性が尋ねる。

 

「あの、確認なんですけど、さっき“全てを監視されてる”って言いましたよね?」

「言ったわね」

「リアルタイムで、言動の全てをですか?」

「勿論」

 

 瞬間、宮白の顔がボンッと真っ赤になった。

 

「どうしたの?」

 

 隣の赤坂が尋ねる。

 事情が呑み込めていないようだ。

 

「あ、赤坂さん!! し、晶くんに今の話、全部聞かれてるってことだよ!!!!!!」

「えっ!?」

 

 実を言うと首輪の機能は、セキュリティ上の理由から、全てが公表されている訳ではない。

 世間一般の認識としては、重罪人に着けられて位置情報やバイタルデータなどが取得され、万一の場合は即座に刑の執行が可能な物、というものだった。

 なので今回聞かれてしまったのは、ある意味で不可避だったと言えるだろう。

 だが年頃の女の子が、そんな理屈で自分を納得させられるはずもない。

 何せ恥ずかしい話を聞かれ、知られ、色々と想像されてしまうのだ。

 純情な女の子的には、かなり恥ずかしい状況だろう。

 そしてようやく認識の追い付いた赤坂の顔が、瞬く間に真っ赤になっていく。

 ここで赤髪の女性は、ちょっとだけ柄にもない事をしてみた。

 偶には、こういうのも良いだろう。

 

「社長。どうせ聞いてたんでしょ。何か言ってあげたら?」

『………』

「あれぇ~。ダンマリなの? このまま戻ったら、帰りの車の中とかすっごい気まずいと思うんだけど? それともクラスメイトがシャワールームにいる光景を想像して興奮しちゃった? まぁ、分からなくもないわね。大人しそうな子も元気そうな子も、将来楽しみなスタイルだし」

『………………』

「あら、まだダンマリ? 仕方ないわね。ならこの子達、私がパクッと頂いちゃおうかしら? はい、3………2………1………」

『チッ、ったくお前は、悪戯が過ぎるぞ』

 

 シャワールームに響く男の声。

 館内放送に使われるスピーカーからだ。

 

「だって、こんな可愛い子達の恥ずかしがって悶えて乱れる姿を見れるなんて、最高の娯楽じゃない。むしろ社長も男でしょ。手伝ってよ。具体的には、この場に乱入してくるとか」

『2人とも悪いな。コイツ、腕は良いんだが性格がアレでな』

「あら酷い。忠実な飼い犬に何を言うのかしら」

『忠実な飼い犬なら、こんな真似しないだろう』

「ちょっとした愛情表現じゃない」

『表現方法を考えて出直してこい』

「はいはい。で、この子達には何も言ってあげないの? ここなら、誰にも聞かれないわよ」

『………らしくない気の利かせ方だな』

「表現方法を考えろって言ったのは、社長じゃない」

『一応感謝しておく。2人には直接話すから、シャワーから出たら社長室まで案内してくれ』

「了解」

 

 こうして今日の出来事を切っ掛けに、宮白と赤坂は徐々に立ち直っていく。

 また他の元アメリカ班メンバーも、2人に励まされて、少しずつ立ち直っていくのだった。

 なお余談ではあるがこの一件以降、宮白(みやしろ)加奈(かな)赤坂(あかさか)由香里(ゆかり)の携帯には、新しい連絡先が1つ追加されていた。

 その名前は、ユーリア・フランソワ。

 民間軍事企業(PMC)“カラード”の実戦部隊(ハウンドチーム)に所属し、NEXTの唯一直接の配下として、世界中を飛び回る猟犬の名だった――――――。

                               

 ―――シャワールームにて予期せぬ出会い―――

                               

 XINN様より頂きました。感謝です!!

 諸事情により途中挿入だと都合が悪いので、

 一番最後に追加してます。

 

【挿絵表示】

 

                               

 ―――シャワールームにて予期せぬ出会い―――

                               

 

 

 第125話に続く

 

 

 




どうにか元アメリカ班メンバーの立ち直りフラグを立てる事に成功しました。
これで上手く立ち直ってくれれば良いのですが………。

ただ「朱交われば赤くなる」とも言いますし、純情な子がスレた子に、或いは悪女にならないか心配な作者です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。