インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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今回の主役はISを与えられたカラード3人娘。
登場がオリキャラオンリーですが、オリキャラの掘り下げ回という事で、宜しくお願い致します。
あと今回、ちょっとだけ長めです。




番外編 第04話 首輪付きの猟犬

 

 フランス南東部に位置する都市リヨン

 豊かな水の恵みを受けて栄えるこの都市は、「美食の都」「絹の街」「金融の街」「ハイテクの街」など、様々な呼び名を持つ。

 近郊まで含めれば人口は160万を超え、同国第二の都市圏を形成する巨大な都市だ。

 また巨大なだけでなく、多数の世界遺産も抱えている事から、観光スポットとしても高い人気を誇っている。

 そんな街中を歩く、3人の若い女性達がいた。だが、観光客ではない。

 身に纏う制服(マブラヴの国連軍C型軍装)が、何よりも雄弁に所属を物語っていた。

 

 ―――民間軍事会社(PMC)“カラード”。

 

 しかも左腕上腕部に、猟犬のワッペンが着けられている。これの示すところなど、1つしかない。

 カラードの社長である薙原晶(NEXT)が、唯一直接の配下としているハウンドチームだ。

 勿論、元IS強奪犯という大罪人である以上、完全な自由が許されている訳ではない。首輪という物理的な監視装置を着けられ、言動、現在位置、バイタルデータ、思考情報に至るまで、全て社長()には筒抜けとなっている。

 もし反逆を企てようものなら、事を起こす前に処分されるだろう。

 彼女達に、人権など無いのである。

 そして普通ならこんな扱いをされれば、忠誠心など育つ訳が無い。

 だがこいつらの場合は、ちょっと違っていた。

 

「それにしても、まさかこんな事になるなんて。人生分からないものね」

「ホント。捕まった時は、どうなるかと思ったけど」

「社長様々ね」

 

 一番初めに口を開いたのが、クセの無い銀髪のセミロングに切れ長の瞳を持つ、見る者にどこか冷たい印象を与えている女性。外見通り怜悧な性格だが、損害は最小限にしようとする苦労人(意外と仲間思い)。ハウンドチームのリーダー、エリザ・エクレール(ハウンド1)

 次いで口を開いたのが、腰まである燃えるような赤髪と、勝気な瞳が印象的な女性。性格は外見通り高飛車で、男は自分に貢ぐ為に存在すると思っている女王様。ユーリア・フランソワ(ハウンド2)

 最後に口を開いたのが、背中を艶やかに流れるストレートブロンドを持ち、蒼い瞳に清楚とも言える顔立ちの女性。お嬢様とも言える雰囲気を持つが、3人の中では一番腹黒い女。ネージュ・フリーウェイ(ハウンド3)

 この3人は自ら望んで、首輪を受け入れていた。

 理由は、そう難しいものではない。

 過去裏社会でISを使って悪事を働いていた者が、ISという絶対的な力を失えばどうなるかは、少しでも想像力のある者なら分かるだろう。復讐の対象である。

 だから3人は薙原晶に預けられた時、一計を案じた。

 万一悪党の手に落ちたなら、速やかに自分達を処刑して欲しいと願い出たのだ。

 何故なら知っているから。

 悪党が行う復讐というものが、どれほど人間性を壊した上で行われるのか。表側で行われるような、慈悲深い死刑とは訳が違うのだ。

 救助なんて上等なものは望まない。ただ地獄の苦しみを味わう前に消してくれ、というだけのこと。

 そして薙原晶(NEXT)はこれを受け入れ、以降元IS強奪犯の3人は、彼の部下となった。

 尤も初めから、忠実な猟犬だった訳ではない。

 当たり前だ。あらゆる個人情報と生殺与奪の権利を握る相手に、どうやって心からの忠誠を尽くせと言うのか。

 しかも3人は、嫌というほど見て来ているのだ。

 他者を自由に出来るという誘惑がどれほど抗い難く、権力者がそれを手にした時、どんな行動を取るのかも。

 

 ―――世間ではヒーローらしいけど、どうせ同じでしょう。

 

 当初3人は、そう思っていた。

 しかし、薙原晶という男は違っていた。一貫して、彼女達を人間扱いし続けた。

 それどころか幾多の装備を買い与え、安全な住居を用意し、腕の立つ人財として厚遇してきた。

 

 ―――何故?

 

 当然の疑問だった。

 使い潰される事を覚悟していただけに、戸惑ってしまったとも言える。

 だがこれに対する社長()の回答は、とても彼女達を納得させるものだった。

 何せ「腕が良いのは分かっている。だから装備と休める場所を用意した。後の扱いを決めるのは、お前達自身だ」ということなのだ。

 つまり使えるなら、それ相応の扱いをする。使えないなら、それまでということ。

 この上なく分かりやすい理由だった。

 そして下手に倫理観を押し付けられるより、余程良い。

 これにより、3人の心境も徐々に変化していく。

 加えて言えば元悪党だけに、ちょっとした下心もあった。

 かつてネージュが、ユーリアに言った言葉がある。

 

社長()の手足として動けるようになれば、沢山の人が、勝手に頭を下げながら近寄ってくるわ。で、私達は上から見下ろしてやるの。面白そうだと思わない? こんな事、前いた組織じゃ絶対出来ないわよ」

 

 尤も言った当人ですら、今のような状況になるとは思ってもいなかった。

 何せ今のハウンドチームは、薙原晶(NEXT)の唯一直接の配下というだけでなく、束博士お手製のオリジナルIS(AC作品のOP機)を与えられた特別チーム。世界中の警察組織に協力し、悪党を薙ぎ倒す側の存在だ。

 勿論ISを与えられるにあたり、首輪の機能は大幅に強化されている。思考情報を探られるなど、その最たるものだ。

 またISの一部として再構築された首輪は、パイロット保護機能を使って無力化するという、古い首輪では使えた裏技が使えなくなっている。

 しかし彼女達は、既にそんな事を気にしていなかった。

 確かに思考情報を探られて、良い気がしないのは事実だ。だがこの男は無理強いしない。首輪はあれど、ちゃんと人間扱いしてくれる。望めばどんな事でも出来るというのに。そして3人は断れないというのに。

 恐らく他の者が首輪の主となったら、こうはならないだろう。

 元々裏側にいたからこそ、そう思える。

 だからこそ、彼女達は忠実な猟犬となっていた。

 

 閑話休題。

 

 そんな彼女達が向っている先には、国際刑事警察機構(ICPO)の本部があった。

 都市リヨンに本部を構える同組織は、とある大泥棒アニメの銭〇警部のような、国際捜査官を抱えている訳ではない。

 むしろ実際の活動はその逆、地味な後方活動だ。

 情報収集を行い、各国の警察に情報を伝え、国際犯罪に対して連携して当たれるようにしていく。

 華やかさは無いが、大変重要な仕事だ。

 しかし幾ら情報を伝えたところで、伝えた国の警察が犯人を捕らえられなくては意味が無い。

 単純に捜査力が足りなかった、というなら(良くはないが)諦めもつく。だが本当の悪党というのは、捕まらない為なら何でもする。

 買収、脅し、殺しetcetc。

 刑事本人が幾ら優秀で才気に溢れていようと、家族や友人、周囲を狙われてはどうしようもない。

 これのお陰で証拠を固めていながら、何人の悪党を逃した事か………。

 そこでICPOの職員は、モノは試しとカラードに依頼を出してみた。

 目には目を、歯には歯を、暴力には暴力を、である。

 対象は賞金10万ドルで生死問わずの大物、エドゥアルド・ラヴェロ。メキシコの麻薬組織バリオアステカのリーダーだ。

 罪状は金融機関、企業への恐喝、及びヘロイン・コカイン所持、殺人や誘拐、人身売買、麻薬密売、売春、マネーロンダリングなど多岐に渡る。

 そして高額な賞金首の例に漏れず、非常に用心深い奴でもあった。

 今まで警察の手を逃れてきたのは、まぐれでも何でもないのだ。

 だが3人にとっては、数多(あまた)いる獲物の内の1人に過ぎない。

 今日ここを訪れたのは、別の理由によるものだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時間は、2日程巻き戻る。

 とある地域の上空を飛ぶ、一機の輸送機があった。型式番号はC-130J。通称“スーパーハーキュリーズ”。片翼2基、計4基のエンジンが生み出す最大積載量は19t。多くのPMCで使われているベストセラー機だ。

 しかし今その広い貨物室にいるのは、たった3人の女性だった。首輪付きの猟犬、元IS強奪犯という悪党ども。

 

「そろそろ作戦領域ね。皆、準備は良い?」

 

 リーダーであるエリザ(ハウンド1)の問いに、ユーリア(ハウンド2)ネージュ(ハウンド3)が肯く。今回の作戦は、何も難しいものではない。

 強襲降下してターゲットを確保。邪魔する奴は全て排除。サーチ&デストロイ。同時に屋敷にある他の罪人に繋がるような資料も根こそぎ押収。否、強奪して他の賞金首も一緒に頂く。

 やり過ぎ?

 知った事じゃない。

 社長からのオーダー(命令)は、ただ一つ。

 

 ―――手段は問わない。

 

 ―――俺が納得する結果を持ち帰れ。

 

 アレコレと細かい指示は一切無し。

 何とも心踊るオーダー(命令)だ。

 

「そう。じゃあ、行くわよ」

 

 エリザ(ハウンド1)が散歩に行くような気軽さで、すぐ横にあった開閉スイッチをオンにした。

 すると後部ハッチが徐々に開き始め、冷たい外気が機内に流れ込んでくる。

 同時に、彼女達はISを展開し始めた。

 いずれも全身装甲(フルスキン)のワンオフ機で、この世界のISとは似ても似つかない姿だ。

 だがそれも当然だろう。

 何せ彼女達に与えられた“力”は、ここではない別の世界(AC世界)で、レイヴンという例外達が使っていた力とISが融合したものなのだ。同じであるはずがない。

 そしてリーダーであるエリザ(ハウンド1)に与えられたのは、フライトナーズ専用機(AC2のOP機)を模した機体だった。

 主武装であるKARASAWA-MK2は、名銃“KARASAWA”の正当なる後継。総火力、弾速、命中精度のいずれもが、高レベルで纏められた名銃だ。他にもミサイル迎撃システム(ZEX-RS/HOUND)レーザーキャノン(ZWC-LQ/2552)エネルギーシールド(EES-777LAR)、オーバードブーストという、火力と機動力に優れた構成になっている。原型機はエネルギー効率に問題を抱えていたが、そこは特殊なチューン(OP-INTENSIFY)により改善済みであった。

 次いで攻撃の主軸であるユーリア(ハウンド2)に与えられたのは、ミラージュのC01-GAEA(NXのOP機)を模した機体だった。

 主な攻撃方法は高熱量型のリニアライフル(CR-WR93RL)軽リニア(CR-WB91LGL)に、イクシードオービットやマイクロミサイル(FUNIやMAGORAGA)を絡め手数で押すというというものだ。だがこの機体の真価は、左腕に装備されているレーザーブレード(WL-MOONLIGHT)にあった。KARASAWA-MK2を超える攻撃力が近接武装として振り回されるとなれば、相手に対するプレッシャーは相当なものだろう。そしてこの機体も特殊なチューン(OP-INTENSIFY)により、機体性能の底上げが成されていた。

 最後にチーム内のマルチプレイヤー(何でも屋)であるネージュ(ハウンド3)には、クレストのCR-C90U3(LRのOP機)を模した機体が与えられていた。

 主武装であるハンドレールガン(YWH16HR-PYTHON)は元々クセの強い武装だったが、再現された本武装は、同種の肩武装に迫る弾速とチャージ時間の短縮が成されていた。強武器である。そして他の武装はレーザーブレード(CR-WL06LB4)中型ロケット(CR-WB82RP3)多弾頭ミサイル(WB11M-HYDRA)とクセの無い武装が揃い、扱い易い機体に仕上がっていた。また拡張性に優れたこの機体には他の2人を支援する為の装備として、サブコンピューター(MONONOFU mdl.3)が搭載されていた。主な用途はチーム内各機のミサイルロック処理速度向上だが、演算能力の向上はパイロット本人のハッキングスキルをも活かし易くするという、副次的な効果を生み出していた。勿論この機体も、特殊なチューン(OP-INTENSIFY)により機体性能の底上げが成されている。

 これだけの力を与えられた猟犬に、麻薬組織のリーダー如きが太刀打ち出来るはずも無い。

 無人島の別荘に滞在していたエドゥアルド・ラヴェロは、直上から強襲され瞬く間に取り押さえられてしまうのだった。

 ちなみに周囲を護っていた護衛達には、KARASAWA-MK2、ハンドレールガン(YWH16HR-PYTHON)多弾頭ミサイル(WB11M-HYDRA)リニアライフル(CR-WR93RL)、イクシードオービットによるトップアタックで、一番初めに退場してもらっている。ミートソースすら残っていない。

 そして普通の賞金稼ぎなら、後は当局に引き渡して、賞金を貰って終わりだろう。だがこいつらの場合は違っていた。

 元悪党が、素直に当局に引き渡す?

 何の冗談だろうか。本当の悪党というのは、上と繋がっているのが常だ。だから普通に引き渡したところで、一日と経たずに釈放されるだろう。それどころか“人違い”等と言う難癖をつけられて、こちらを拘束しようとするかもしれない。

 よってカラード3人娘は、ターゲットを裏社会からも狙われるように仕向けるのだった。

 

ハウンド3(ネージュ)、どう?』

『今終わったわ。これでこの人は、繋がっていたあらゆる組織から狙われる事になる』

 

 ハウンド1(エリザ)の問いに、彼女は振り向かずに答えた。

 目の前には、ターゲットの私物であるノートPC。

 直接結線でコントロールを奪って行っていた事は、ターゲットが持っていた情報をターゲットのPCを使って、ネットに放出する事だった。

 取り引きのある相手、口座番号、パスワード、売人リスト、幹部情報etcetc。

 ターゲットの力の源泉となるものを残らず放出してやる。

 何故か?

 単純な話だ。こいつが表側を恐れないのは、“力”があるからだ。それは暴力に限らない。情報だったり、金だったり、コネクションだったり、色々だ。それを1つ1つ、丹念に潰してやる。

 秘密情報は拡散してしまえば意味がなくなる。金は他人の手に渡れば、もう戻ってこない。コネクションは見限られてしまえばそれまで。そして更に――――――。

 

ハウンド1(エリザ)。こいつ“生死問わず”だけど、殺さなくて良いの?』

『ええ。生かしたまま引き渡すわ』

 

 ハウンド2(ユーリア)の問いに、チームリーダー(エリザ)は迷い無く答えた。

 これは温情でも、命を奪う事に対する忌避感によるものでも無い。

 単純に生かしたまま警察組織に引き渡した方が、今後に繋がるセールスポイントになるからだ。

 何故なら警察だって、自分達の手で大物を処罰したという満足感が欲しいだろう。

 それをちょっと満たしてやるだけで上客になってくれるなら、安いものだ。

 そしてもし仮に釈放されたり脱獄したりしたなら、次は消してやれば良い。

 二度目は無いのだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そうして時間は戻り、現在。

 カラード3人娘(猟犬達)は、国際刑事警察機構(ICPO)本部内の応接室にいた。

 テーブルを挟んだ対面には依頼を出した本人、現トップである事務総長が座っている。

 

「………流石、と言うべきなのだろうな」

 

 壮年の男性は呟き、素直に称賛の言葉を口にする。

 今回カラードは、完璧に依頼を遂行して見せた。

 何せ“生死問わず”のターゲットを生かしたまま確保しているのだ。今後の捜査に弾みがつくだろう事は、想像に難くない。

 また繋がりのあった幾人もの賞金首が、こいつらからの情報提供が決定打となって、纏めて吊し上げられている。

 法に貢献する立派な行いと言えるだろう。

 欲を言えばネットに情報を流さないでくれれば、もう少し罪人を引っ張れたかもしれない。だがアレのお陰でターゲットは、もう刑務所から出られなくなった。刑期という意味ではなく、安全という意味で。もしも刑務所から出ようものなら、彼は一日と経たず、情報流出の責任を取らされる事になるだろう。だからターゲットは、もう警察に協力するしかない。渋るようなら、釈放の二文字をチラつかせてやれば良いのだ。それだけで、今後いいように情報を吐いてくれるはずだ。

 3人のリーダーであるエリザが対応した。

 

「ありがとうございます。ですが警察の方に褒められるというのは、何だかこそばゆい感じがしますね」

「法の役に立ってくれたのだ。そこは元罪人であろうと礼を言わねばなるまい」

「あら、律儀ですね。もっと上から見下ろしてくるかと思っていたのですが」

「必要も無いのにそんな事をしているようでは、この職は務まらんよ」

「なるほど。人格者のようで何よりです。では、今日の本題をお伺いしましょうか。何でも今後の事についてお話したい、という事でしたが」

 

 単純に依頼成功の報告だけなら、メールなり電話なりで事足りる。

 にも関わらず事務総長がカラード3人娘を本部へと呼んだ理由は、彼女達の人となりを知る為だった。

 勿論、過去の経歴には目を通してあるし、IS委員会に呼ばれた際の証言も映像記録で見ている。

 だが文章や映像だけでは分からない事もある。

 そうして直接会って、大丈夫そうであれば、とある話をしたいと思ったからだ。

 

「その前に、2つ確認したい。何故ターゲットをメキシコ当局ではなく、アメリカ当局に引き渡したのかな?」

「何故と言われましても、メキシコの警察内部がどういう状況か、知らない訳ではないでしょう。そんなところに引き渡しても、宝の持ち腐れになるだけでは?」

 

 当然の判断、と言わんばかりの返答だった。

 確かにメキシコ国内の警察は汚職が酷く、麻薬組織のリーダーともなれば、報復を恐れて即座に釈放されていたかもしれない。いや、ターゲットの状況を考えれば、下手な情報を漏らされる前に暗殺だろうか。

 だが賞金を頂くだけなら、メキシコ当局でも問題は無かったはずだ。なのに犯人や証拠品を輸送するという手間を掛けてまで、アメリカに運んでから逮捕させた。元IS強奪犯という極めて知能指数の高い悪党が、意味もなくそんな事をするはずが無い。もっと別の理由があるはずだった。

 

「出来れば建て前じゃなくて、本音を聞きたいのだが」

「しつこい男性は嫌われますよ」

「しつこくなければ、この仕事はやっていけん。ついで言えば、私は妻子持ちだ。貴様らに嫌われようが知ったことか」

「まぁ秘密にするような事でもありませんし、良いでしょう。でも予想はついているのでは?」

「もったいぶるな」

「はいはい。理由は顧客の開拓ですよ。何せ我が社のこの事業は始まったばかり。なので少しばかり、営業努力をしようかと思いまして」

「アメリカがメキシコからの麻薬流入に、手を焼いているのを知ってて渡したな?」

「ええ。お陰で、随分と喜んでくれました」

 

 何でもない事のように言っているが、普通の賞金稼ぎやPMCはそこまで考えない。

 ターゲットを確保したら、さっさと当局に引き渡して賞金を貰って終わりだ。

 だがこいつらは当然のように国際状況を見て、最もターゲットを有効活用出来るところに引き渡した。

 過去の経歴は伊達ではない、というところだろう。

 事務総長は会話を続ける。

 

「代わりに警察の能力そのものを疑われたメキシコ政府は、怒り心頭の様子だったがね」

「そんな事は知りません。悔しいのなら、信用されるよう結果を示してくれればいいのです。違いますか?」

「違いない。では次に、何故お前達はあの男に従っている?」

 

 サラリと放たれた、本命の問い。

 3人にどんな処置が施されているのかは知っている。

 あらゆる個人情報と生殺与奪の権利を他者に握られるなど、自分だったら決して耐えられないだろう。

 なのにこいつらの表情には、陰りが無い。諦めとも違う。何故?

 

「私達が社長の元にいる理由は、ご存知のはずでは?」

「表向きの理由は知っている。だが今回の一件を見て思った。お前達は明らかに自分の意思を持って、あの男に従っている。でなければターゲットを確保した後の行動が説明できない。だってそうだろう。ターゲットを確保した時点で、依頼は完了しているんだ。つまりそれ以外の行動は、余計な労力とも言える。警察からすると有難い労力だが、仕事に対する熱意や情熱、或いは他の何か、そんな感情が無ければこんな事は出来ない」

 

 するとエリザは一瞬キョトンとして、次いで左右に座る仲間の顔を見て、クスリと笑った。

 

「何が可笑しい?」

「いえ、これは失礼しました。まさかこれほどストレートに問われるとは思ってもいなかったので。そうですね。ではお答えする前に、私達がPMC業界で何と呼ばれているかご存知ですか?」

「かなり低俗な言葉で揶揄されていると」

「丁寧なお気遣い、ありがとうございます。ですが口にして頂いて結構ですよ。愛人、ペット、奴隷、色々ありますから。そして社長は男で、私達は女。首輪という絶対的な強制力。さぞかし妄想が捗るでしょうね」

「君たちは、何とも思わないのかね?」

「初めは首輪に思うところもありましたが、今は何も。大体この首輪が有ろうと無かろうと、男が女に抱く欲望など皆同じでしょう」

「では何故? その理論でいけば、君たちの社長とて他と同じだろう」

「ええ。でも社長は、私達を人間扱いし続けた。知ってます? 絶対的な強者になった人間の理性って、意外と簡単に壊れるんですよ。特に他者を思い通りに出来るとなれば。貴方も犯罪捜査に関わった事があるなら、覚えがあるのではないですか?」

「それは………確かに否定できない人の一面ではある。だが全ての人間がそういう訳ではない」

「ああ、理想論なんてどうでも良いんです。私達にとって確かな事実は、社長は私達の実力を評価して相応の扱いをしてくれた。そして無理強いをしなかった、という事なんですから」

「つまり?」

「あの人は、私達のボスです。この首輪は忠誠の証。今更外す気はありません」

「ふむ。元IS強奪犯にここまで言わせるか………………。取り敢えず君達が、あの男の忠実な部下たらんとしている事は分かった」

「で、そんな事を確認してどうなさるおつもりで?」

「なに、今後も仕事を頼むかどうかの判断材料にしようと思ってね」

「あら、ではどうでしたか?」

「今後も仕事を頼むとしよう。専属契約とまで言う気は無いが、月に1、2件程度でも引き受けてくれると助かる」

「私達に決定権はありませんが、希望はお伝えしましょう」

「是非、そうして欲しい」

 

 こうして会談は終わり、3人は提案を持ち帰った。

 その結果、世の中にちょっとした変化が起こり始めるのだった――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時は進み、カラード社長室。

 

「まさか、こうなるとはなぁ………」

 

 部屋の主(薙原晶)が、コーヒーを一口飲んで呟く。

 眼前に展開されている無数の空間ウインドウには、いずれもハウンドチームの情報が表示されていた。

 情報ソースは民間のメディア。

 つまりコレは、彼女達の動きが社会的な注目を集めているという事に他ならない。

 確かにあの3人にISを与えた場合、ある程度社会的な動きがあるとは予測していた。

 何せ元IS強奪犯という大罪人に、ISを使わせているのだ。首輪という安全装置があるとは言え、万一を心配する声が出てしまうのは、仕方のない事だろう。

 だがあの3人が高額賞金首を立て続けに上げ始めると、あっという間に論調が変わり始めた。

 

 ―――曰く、心を入れ替えた元犯罪者。

 

 ―――曰く、悪と戦う猟犬。

 

 ―――曰く、法の大切さを学んだ者達。

 

 読んでいる方がこそばゆくなるような取り上げ方だ。

 そして決定的だったのが、とあるメディアが捕らえた賞金首を紹介し始めた事だった。

 麻薬組織のリーダー、テロリストの首領、マフィアのボスetcetc。

 いずれも世の警察組織が年単位で追っている凶悪犯だが、彼女達は僅かな期間で追い詰め、牢屋にブチ込む事に成功している。

 これで盛り上がるな、という方が無理な話だった。

 また、とあるジャーナリストのスクープが更なる拍車をかけた。

 ICPO事務総長が、カラードに凶悪犯の確保を依頼している、という内容だ。

 この記事は、正確に言えば事実ではない。

 カラードに依頼という形では何も入っていないのだ。ただ賞金首の情報が提供されただけである。

 しかしある者は牢にブチ込まれ、ある者はパッタリと姿を見なくなった。

 人々が色々な想像を働かせるには、十分過ぎるネタだろう。

 そして興味を持ったら、知りたいと思うのが人の常だ。

 彼女達への取材申し込み件数は、増加の一途を辿っていた。幾ら断ってもキリがない。

 だがそれは、初めから予想されていた事だ。

 何せ奴ら外見は悪くないし、使っているISは束のオリジナル(AC作品OP機)だし、注目を集めない方がおかしい。

 なので驚いているのは別のこと。

 晶は眼前に展開されていた空間ウインドウを一旦全て消去し、別のデータ(ウインドウ)を呼び出した。

 表示されている内容は、ここ最近でISやパワードスーツを使い、同じ事を始めた競合相手だ。

 名だたる有名企業が揃っている。

 アメリカの巨大軍需企業であるロックウィード・マーディン社とノースロック・グラナン社。ロシアでの兵器製造の大元、ミコヤム・グルビッチ設計局とスフォーニ設計局等々。

 恐らく自社製品をアピールする場として、有効だと判断したのだろう。

 実際競合相手が使用しているのは、今一番売りたい商品ばかりだった。

 ISならカスタムチューンの施された量産型。パワードスーツならロールアウトしたばかりの第二世代機。

 加えて悪党を牢屋にブチ込む事に貢献しているとなれば、軍需企業に付き纏う負のイメージも軽減できる。

 イメージ戦略としては悪くない。

 またISは無くても、パワードスーツを揃えて参入しようという動きも多くあった。

 有名どころではPMC最大手の1つ、従業員65万人を擁するG4S社。イギリス女王陛下に直接会っての報告が許されているほどの名門、コープス・セキュリティ社などだ。

 

(さて、今後はどうなっていく事やら………)

 

 晶は少しだけ、未来について考えてみた。

 ISやパワードスーツが賞金首を狩るようになれば、悪党は減るだろうか?

 答えは否だろう。そんな事で減るようなら、人類はとっくに恒久平和を実現している。

 恐らく今後、悪党側は更なる重武装で対抗するようになっていくに違いない。

 

(………というか今の状況って、企業にとっては色々と都合が良いんだよな)

 

 何故なら、企業は決して善意の集団ではないのだから。

 例えば有名どころの大企業なら、売る時に顧客の背景を洗う程度はするだろう。あからさまに怪しいところに売ったとなれば、社名に傷が付くのだから当然の対策と言える。だが逆を言えば、余程怪しくない限り、商品は売られるという事だ。そして契約という名の守秘義務から、顧客情報はガッチリとガードされる。金が支払われる限り、企業にとっては大事なお客様なのだ。

 またパワードスーツよりも遥かに運用条件が厳しいISだって、この状況下でならかなり好き放題できる。

 凶悪犯である賞金首をISで狩っているとは言っても、その途中経過は本人達にしか分からないのだ。

 つまり極端な話、途中経過で“多少”グレーな部分があったとしても、凶悪犯確保の為と言えば大抵の事は通ってしまう。

 暗躍させるのに、これほど都合の良い状況もないだろう。

 

(まぁ、それを言ったらウチも同じか)

 

 そんな事を思っていると、社長室のドアがノックされた。

 

「開いてるぞ」

「社長、失礼します」

「おや、今日は休みじゃなかったのか?」

 

 入って来たのはネージュ(ハウンド3)だった。

 外見は優しげな表情にストレートブロンドという、清楚な感じのお嬢様なのだが………。

 

「ええ。ですけど出かけようにも、顔が売れてしまったお陰で色々と煩くて」

「意外だな。そういう事は気にしないタイプだと思っていたが」

「他二人ならまだしも、私はもっと繊細なんです」

「嘘つけ」

「酷いですね。四六時中追い掛け回されるのって、結構精神的にくるんですよ」

「お前なら、そういう奴らを手玉にとって遊ぶと思ってた」

「社長、私の事をどう思っているんですか?」

「チームの中で、一番腹黒い奴かな」

「分かりました。ならご希望通り、メディアを手玉にとって遊んできます。社長が制服大好きな事や、私達がこの首輪を如何に大事にしているか、これでもかと宣伝してきましょう。勿論、嘘は言いませんよ」

「やめろ。嘘はなくても、勘違いを誘発する表現多数だろう?」

「勿論じゃないですか」

「だから腹黒なんだよ」

「忠実な猟犬が、“遊んで”とじゃれているんです。飼い主には、遊び相手になる義務があると思います」

「分かり辛い表現だな」

「そうですか?」

「そうだ」

「なら足元にすり寄って、潤んだ目で見上げてみましょうか? 全裸で………は露骨過ぎて趣味ではないでしょうから、制服をちょっと着崩して。後は首輪にリード線でも付けて、社長に持って貰えれば完璧ですね」

「世間が喜びそうな絵面だな。で、本題は何だ?」

 

 言葉遊びのじゃれ合いも面白いが、そればかりという訳にもいかない。

 晶は来た理由を尋ねてみた。

 だが返答は、少々予想外なものだった。

 

「え? 本題も何も、今言った通りですよ。外に出ても煩わしいだけなので、社長で遊ぼうかと」

「臆面も無く言い切ったな」

「あら、気に障ったのでしたら、日ごろから頑張っていらっしゃる社長の慰労に来ました、とでも言い直しましょうか?」

「どう言っても、やる内容に違いなんてないんだろう? ただまぁ、部下のケアも社長の仕事か。のせられてやる。何処か行きたいところでもあるのか?」

「外に出ても煩わしいだけと言ったじゃないですか」

「行きたいところがあるけど、煩わしいから行けないんじゃないのか?」

「………良いのですか?」

「緊急の仕事も無いし、別に良いぞ」

「なら遠慮なく」

 

 この時晶が想像していたのは、精々が普通の買い物程度だった。有名人になると出歩くのも一苦労なので、こいつもそうなのだろうと、勝手に思っていたのだ。しかしネージュが希望したのは――――――。

 

「千葉の幕張メッセで兵器の見本市がやっているので、出来れば見に行きたいですね」

「あ、そっち方面なんだ」

 

 この手の見本市に入れる人間というのは、基本的に業界関係者や政府機関メンバー、関連分野での専門職者など、招待されたプロフェッショナルに限られている。こいつらなら顔パスできると思うが、元IS強奪犯という背景から、入場を断られる可能性も無いとは言えない。

 

「はい。駄目ですか?」

「いや、別に構わない。丁度俺も、仕入れようと思っていたモノがあるしな。ところでお前、こういうの結構好きなのか?」

「はい、大好きですよ。綺麗な服も宝石も嫌いではありませんけど、兵器の持つ機能美には勝てませんから。あとそういう意味で、束博士が与えてくれたISは素晴らしいです。新品にありがちな無駄が無い。芸術的な迄に練り込まれた機能美。流石としか言いようがありません」

 

 力こそが全てというあの世界(AC世界)で、レイヴンが使っていたものの再現機なのだ。ある意味で当然だろう。

 

「束の奴がそれだけの機体を与えた意味、取り違えてくれるなよ」

「勿論です。やはり、貴方の元に下って正解でした」

「首輪を嵌められ、全てを丸裸にされているのにか?」

「初めは色々心配もしましたが、今では何とも」

「本当に?」

「嘘だと思うのでしたら、私の心を覗いてみて下さい。貴方と束博士にだけ許された特権ですよ」

「いつも覗いている」

「酷い人。分かってて言わせたんですね」

「まぁな」

 

 健全な一般人から見たら歪な関係だが、当人達は気にしていなかった。

 何故なら気にしたところで、どうにかなるものでは無いからだ。

 晶としては彼女達を使うにあたり首輪を外す事などできないし、彼女達としても首輪は自身の命綱なのだ。

 なら受け入れてしまった方が楽だろう。

 また彼女達にとって幸いな事に、飼い主()は(多少フェチなところはあるが)、自分達を人間扱いしてくれる常識人だ。

 加えて待遇も良く、ボスとしても有能ときている。裏切る理由は何一つ無かった。

 だからネージュは極々自然に、部下としての行動を取っていた。

 

「では、ヘリを用意させますね」

「ああ、頼む。あ、エリザとユーリアにも声をかけておくか」

「あの2人でしたら、今日は何か用事があると言っていました。見本市の事は知っていたので、恐らく来ないでしょう」

「そうか。なら仕方ないか」

 

 晶の返事に、ネージュはとても残念そうな表情で肯く。だが心の中では、ニタリと悪い笑みを浮かべていた。

 2人に趣味の情報―――スキューバダイビングやアクセサリー等―――を流して、そっちに行くように仕向けていたのだ。

 邪魔などさせてなるものか。彼女が腹黒と言われる由縁である。

 こうして晶とネージュは部下にヘリの操縦をさせて、兵器の見本市に向かったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そうして場所は変わり、千葉の幕張メッセ。

 会場に到着した晶とネージュは、多くのバイヤー(商人)からセールスを仕掛けられていた。

 だが晶は中々首を縦に振らない。

 そんな中、ネージュは尋ねた。

 

「社長、仕入れようと思っていたモノって何ですか?」

「それは秘密。まだ会場をゆっくり回って見たいからね。そっちこそ、何か欲しい物ってないのか?」

「あら、買ってくれるんですか?」

「ミッションに必要そうならな。趣味な一品なら自分で買ってくれ」

「なら全部必要物品という事で」

「欲張り者め」

「悪女に何を言うのですか。誉め言葉です。――――――という訳で欲しいのが、キサラギと有澤が共同開発したガンヘッドの強化型ジェネレーターと特殊強化装甲。次にノースロック社が出したパワードスーツ無人運用用の内装強化フレームに通信強化装備一式。後は飛行型のドローンが幾つかあると仕事がしやすいのですが」

「分かった。じゃ、ガンヘッドの強化パーツは2セット。いや、耐久試験したいから3セット。内装強化フレームと通信強化装備は比較検討したいから、ノースロックの他に違う社で1セットずつ。ドローンについてはお前が使い易いと思ったものを適当に」

「即決、良いのですか?」

「何がだ? 必要なんだろう?」

 

 晶は平然と答えたが、実を言うとその内心は歓喜の嵐だった。

 

(ガンヘッドの強化型ジェネレーターと特殊強化装甲だと!? そうか出展してたのか。なら買いだ。絶対に買いだ)

 

 趣味人である彼にとって、趣味にクリーンヒットなガンヘッドの強化パーツを買わないという選択肢は無かった。

 ちなみに彼、値段は見ていない。新品のガンヘッドよりは安いだろうという、趣味人にありがちな超ドンブリ勘定だった。

 

(キサラギと有澤は良い仕事するからな。帰ったらまずは仕様書を隅から隅まで読破して、じっくりタップリと限界性能の見極めをして………いや待てよ。多分重量も増えるだろうから、重量増加に対応した駆動系の強化オプションとかないかな? ああ他にも、出力と積載量が増えたなら、武装アセンそのものを見直して更なる効率化を………)

 

 ACシリーズのアセンブルという面白さに取りつかれた人間にとって、与えてはいけないものだったかもしれない。

 またパワードスーツの無人運用用内装強化フレームというのは、人体を模したスケルトンフレームだった。これはパワードスーツは単独でもリモートコントロールが可能なように作られているが、その場合、本来パイロットが収まっている部分が単なる空洞となり無駄なスペースとなってしまう。なのでそのスペースにパワードスーツの補助機能を持ったスケルトンフレームを収める事で、性能の底上げを図る補助システムであった(なお余談ではあるが、セシリア配下の自動人形(タイフーン)には、これと同じ概念のモノが実装されていた。勿論性能はケタ違いである)。

 そしてISという超兵器があれば、パワードスーツやガンヘッドなどの小道具はいらないと考えてしまう人間は多い。が、そんなものは現場を知らない人間の戯言であった。

 単純な力仕事や監視の為の目が欲しい時、或いは頭数が欲しい時など、必要な状況など腐るほどあるのだ。流石にセシリア・オルコットのような戦闘中の精密コントロールなどは出来ないが、戦力ではなく仕事を行い易くする為の小道具と割り切れば、使い道は沢山ある。

 

 閑話休題。

 

 元IS強奪犯という大罪人の言葉で、軽く見積もって数千万ドル(数十億円)という大金が動く。

 その事実こそが、ハウンドチーム(首輪付き)がどういう立場にあるか、周囲の連中に明確に理解させていた。

 

「分かりました。では商談を纏めてまいります。一緒にいらっしゃいますか?」

「ああ、お前がどんな商談をするのか見せてもらおうかな」

「お目汚しでなければ良いのですが」

「楽しみにしていよう」

 

 こうして社長(薙原晶)と一緒に歩き始めたネージュに向けられる視線は、羨望と嫉妬だった。

 無理もないだろう。

 “世界最強の単体戦力(薙原晶)”の直接の配下という地位は、決して軽々に扱えるものではない。この場にいる者達にとって、魅力的過ぎる程に魅力的な地位だった。故に羨望の視線である。

 そして嫉妬の視線というのは、この会場にいる企業所属のISパイロット達からであった。言うまでもなく、彼女達はエリートである。それも名だたる有名企業の新商品展示場に派遣されるレベルとなれば、熾烈な競争を勝ち抜いてきた超エリートに違いない。

 本来であれば裏社会にいたネージュなど、一笑に付して相手にもしないレベルの勝ち組である。

 だが今は違う。

 “世界最強の単体戦力(薙原晶)”の直接の配下という地位に加え、“天才”篠ノ之束博士の手によるオリジナルISを与えられているのだ。

 どちらが勝ち組かなど、論じるまでもない。

 更に先程見せたやり取り。

 必要なものを必要なだけ、潤沢に用意してくれる上司にまで恵まれているのだ。

 大企業で最高の環境を用意されているはずなのに、それがちっぽけなモノに思えてくるほどの敗北感がエリート達を襲っていた。

 しかもその敗北感は、これだけでは終わらなかった。

 ネージュが商談を無難に纏め、2人が会場を一回りした後の事である。

 

「して社長。何を買われるおつもりですか?」

「そんなに気になるのか?」

「それはもう。多分この場にいる皆様方も、気になっていると思いますよ」

 

 周囲のバイヤー(商人)達が内心で、「よく言ってくれた!!」と喝采を送る。

 すると晶は、サラッと何でもない事のように口を開いた。

 

「まぁ別に大したモノじゃない。ちょっと輸送機が欲しくてね」

「輸送機、ですか?」

 

 首を捻るネージュ。意図が読めなかったのだ。

 カラードの今現在の規模なら、社用の輸送機などコスト的に割高となってしまうはず。

 なのに、何故?

 

「ああ。とは言っても、運搬業をする訳じゃない。お前達用の移動基地にする為だよ」

「え!?」

「正直ね、色々と不満だったんだ。ISだけを緊急展開させるならどうとでもなるけど、他の装備が必要になった場合、別の手段で運ばなきゃならない。それでも日本近郊ならどうにかなるんだけど、流石に地球の裏側まで別々に運ぶとなると、手間と時間が掛かる上に装備情報が漏れやすい。加えて、お前達がミッション中に拠点とする場所の問題もある。現地での活動期間が長くなると、安全確保も一苦労だろう?」

「ええ。それは、確かにそうです」

 

 具体的に言うとパワードスーツやガンヘッドは汎用性の高い小道具だが、遠隔地への即時投入は行い辛い面があった(力技で行なえない事もないが、コスト面でかなり洒落にならない)。

 また拠点の問題はハウンドチームが有名になってきた今、かなり深刻であった。顔が知られているため隠密行動がし辛く、逆に強襲される可能性を捨てきれないのだ。そして如何にISという超兵器があるとは言え、パイロットは人間である。安全に休める環境が無ければ、徐々に消耗していくのは避けられない。

 

「だから元々積載能力に優れる輸送機を改装(※1)して、装備一式を詰め込んだ移動拠点に仕上げようかと思って」

「あの、社長」

「どうした。改まって」

「今とても簡単に仰いましたが、私達の装備一式を運べるレベルの輸送機を購入して改装するとなると、相当な額かと思いますが………」

 

 仮に、つい先日のミッションでレンタルしていたC-130J、通称“スーパーハーキュリーズ”を購入する場合、かかる費用は約6200万ドル(日本円で約68億円)。これに改装や運用費用を含めると、本当にかなりの額になるのは間違いない。

 そしてカラードの装備一式を積み込めるレベルの輸送機となると、確実にC-130Jよりも上のクラスだ。

 元悪党故に相当額の金を動かした事のあるネージュだが、それが子供のお使いレベルに感じるほどの額が動くだろう。

 なのに社長()は――――――。

 

「ん? ああ、別に問題無いぞ。代金は一括で支払えるし、改装や維持、整備についても当てがある」

 

 何でもない事のように言い切った。

 

「ほ、本当ですか?」

「こんな事で嘘を言ってどうするよ」

 

 そんな事を言いながら彼が足を向けた先は、世界最大の航空宇宙機器開発製造会社、ボーイング社の展示スペースだった。

 現在アメリカで唯一の大型旅客機メーカーであり、ヨーロッパのエアバスと世界市場を二分する企業と言えば、どれほどの超巨大企業かは分かってもらえるだろう。

 

「失礼。責任者はいるかな?」

「私です。ショウ・ナギハラ様」

 

 対応したのは、紳士的な風貌を持つ中年の男性だった。

 ブラウンの髪を後ろに流し、細いフレームの眼鏡をかけている。

 スーツも華美では無いが品の良い仕立てで、如何にも“デキるビジネスマン”といった感じだ。

 

「おや、もしかして待っていてくれたのかな?」

「輸送機の話をされた時点で、選択肢は我が社しかないと思っておりましたので」

「用意が良いね。でも輸送機っていうだけなら、他の会社もアリだと思うけど」

「準備してお客様を待つのはビジネスの基本ですし、他の社に向かうようでしたら、先にお声を掛けさせて頂くくらいの事はしましたよ」

「俺が断ったら?」

「先程部下の方と、運用条件を話されていたでしょう。あれで、それは無いと確信しておりました」

「理由は?」

「まず積載量。御社の装備一式となりますと、F21C STORK(新型輸送ヘリ)、ガンヘッド、パワードスーツの搭載が絶対条件となります。そしてガンヘッドの重量はカタログ上の標準装備ですら43.7t。この時点で殆どの輸送機は候補から外れます。搭載可能となるのは我が社のグローブマスターⅢ(C-17)か、ロッキード社のギャラクシー(C-5)、アントノフ設計局のムリーヤ(An-225)くらいしかありません。また依頼さえあれば世界中の至る所に展開する御社の活動状況を踏まえると、短距離離陸能力と不整地への着陸能力、そこからの離陸能力も必要でしょう。以上の条件を満たす商品は、我が社のグローブマスターⅢ(C-17)しか存在しません。如何でしょうか?」

「流石は大手の販売責任者を任されるだけはある。顧客の事を良く分かっておられる」

「恐縮です。では、こちらからもよろしいですか?」

「どうぞ」

「先程改装すると仰っていましたが、具体的にはどのように?」

「さっきも言った通り移動拠点にする気なのでね。住居設備にCIC相当の設備も追加かな」

「もしや、かなり本格的に行われるおつもりですか?」

「ええ」

 

 販売責任者は涼しい顔をしながら、脳裏で猛烈な勢いで損得勘定を始めた。

 もしこの話が他の人間から出たのなら、「そちらの技術力では無理でしょう。もし宜しければこちらで請け負いますよ」等と提案して、改装費用を毟り取る事も可能だった。だがカラードは違う。背後には“天才”篠ノ之束博士が控えている。また技術に対して偏執的なまでに熱をあげる企業、キサラギとも繋がりがある。無理と言う事など出来なかった。

 

(いやむしろ、現在の輸送機を遥かに超越した、輸送機の皮を被ったナニカが出来る可能性すらある。そんな相手に、機体を売って終わりというのは余りにもったいない)

 

 数瞬に満たない思考の後、販売責任者は尋ねた。

 

「1つ、宜しいでしょうか」

「どうぞ」

「その改装計画、我が社も一枚噛ませて貰う事はできますか?」

「それは無理かな。御社の気持ちも分からないではないが、こちらも機密情報を扱う事になるのでね。おいそれと見せられるものでもない。今回は一括で支払うから、それで良しとしてくれないかな」

 

 ビジネスマンとしての感情が勿体ないと叫んでいるが、理性は引くべきと判断した。

 何せ2億ドル(日本円で約200億以上)を超える商談だ。相手の機嫌を損ねて良い事など何もない。

 また相手が小物なら企業圧力が使えるが、相手は薙原晶(NEXT)だ。下手に圧力など掛けようものなら、どんな反撃が来るか分かったものではない。

 なら今は、関係を作る足掛かりを得る事ができた。それで良しとするべきという、常識的判断が働いたのだ。

 

「分かりました。では定価より幾らか引きまして――――――この位で如何でしょうか」

 

 年季の入った電卓が叩かれ、値段が提示される。

 チラリと見た晶は、事前に収集していた情報と、概ね変わらない額である事を確認していた。

 むしろ2割ほど安くなっている。

 

「こっちは助かるけど、良いのかい? そんなに値引きしちゃって」

「一括でのお支払いという事であれば、十分に利益の出る額です。しかし宜しいのですか? 商品を買ってくれるお客様に言う言葉ではありませんが、この商品、少々高額ですよ」

 

 暗に、カラードの財務に影響は無いのかという確認だ。

 

「心配ありがとう。でも大丈夫。最近大きい仕事を無事に終える事が出来てね。支払いは問題無い」

「これは失礼致しました。では契約書をカラードの方に送っておきます。内容を確認後、入金をお願い致します」

「分かった。商品が届くのを楽しみにしているよ」

「入金を確認後、速やかに送らせて頂きます」

 

 こうして商談を終えた晶は、名刺を貰ってその場を離れた。

 その後ろに付き従いながら、ネージュは思う。

 

(これだけの事をしてくれる人が、私達のボス。そんな人の唯一直接の配下が、私達)

 

 幾つかの思い出が脳裏を過ぎる。

 記憶の奥底に沈めた苦い過去。裏社会に落ちた理由。腹黒くなければ生きていけなかった理由。色々だ。

 

(だけど、この人の下でなら………)

 

 どの道、もうここ以外では生きていけないのだ。

 だけど最後に残されたこの道は、裏社会に落ちなかった有り得たかもしれない未来より、ずっと良い道かもしれない。

 周囲をチラリと見てみる。

 するとどうだろう。

 世界に名だたる超巨大多国籍企業所属のISパイロット達が、羨ましそうな顔でこちらを見ているじゃないか。

 

(そうよね。羨ましいわよね。最高の機体(IS)、最高の環境、最高のバックアップ、超巨大多国籍企業であろうと簡単には用意できない全てが目の前にあるんですもの。加えて上司は話が分かる上に部下思いで、“世界最強の単体戦力”。それが一度は裏社会に落ちた、薄汚れた人間に与えられている。さぞかし悔しいでしょうね。でもダメよ。この人は、私達のボスなのだから)

 

 そんな事を思いながらネージュは、僅かに前を歩く社長()に尋ねた。

 

「この後は、如何されますか?」

「そうだな。せっかく千葉まで来てる訳だし、少し観光でもしていくか」

「お仕事は宜しいのですか?」

「堅苦しい事は無しだ。今日はこれからOFFタイム。俺が決めた」

「分かりました。飼い犬としては、従う他ありません。ですが制服姿では、少々目立ってしまうのでは?」

 

 カラードの制服は、注目を集めたハウンドチームが着用していた事もあり、一般市民にもそれなりに認知されていた。

 なのでこのまま街中を歩いたりしたら、すぐに人が寄ってきて身動きが取れなくなってしまうだろう。

 

「大丈夫。こんな事もあろうかと、変装用の服を持ってきてるから」

「準備が良いですね。というか、初めからそのつもりでしたね?」

「勿論。ついでに言うと、一応2着持ってきてる」

「もしかして、私の分ですか?」

「途中で服を調達出来なかった場合に備えて、一応ね」

「なら調達の必要はありません」

「デザインも見ないで決めて良いのか? もしかしたら、だっさいヤツかもしれないぞ」

「その時は観光ではなく、社長のセンスを直す為のお店巡りにしましょう」

 

 上司と部下にしては、妙に気安い会話だった。

 そして今日この場にいた者達は理解する。

 今日は1人しかいなかったが、薙原晶(NEXT)とあれだけ気安く話せるハウンドチームは、既に元IS強奪犯として蔑む相手ではない。むしろ最重要の顧客として、丁重に扱う必要があるということを――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方その頃。

 ネージュの策略によって、今回同行出来なかった2人はというと――――――。

 

「だけど本当に、アレで私達を騙せたと思っているのかしら?」

「思ってるんじゃないの? あんなに必死に計画練ってたんだから。あ、知ってる? あの子、今日勝負下着だったわよ」

「知ってる。白で清楚っぽく見えるけど、実は………ってタイプのでしょ。でも社長って、女に困ってないじゃない。攻略出来るのかしら?」

「攻略するとかされるとか以前に、自分から食べられにいったんじゃない?」

「ああ、なるほど。社長って用心深いけど、懐に入った人間の据え膳はしっかり頂く方だからね」

「アンタ、何でそんな事知ってるの?」

「そっちこそ、何で知ってるって分かるの?」

 

 数瞬の沈黙。

 

「ま、いいわ。でもこれで、全員竿姉妹ってわけね。うわぁ~世間的には最低よね」

「今更世間体なんてどうでも良いじゃない。それに、そんな事言ったら社長なんてリアルハーレム野郎よ」

「言えてる。でも甲斐性あるし、良いかなって思ってる」

「甲斐性あるって言うか、有り過ぎじゃない?」

「えーと、まずは束博士の夢の実現に協力して本人ゲット。次いで更識姉を攻略して妹も一緒に攻略して家ごとゲット」

「で、フランス代表候補生のシャルロットは家の問題キッチリ片付けて囲って、同じくイギリス代表候補生のセシリアは引き抜いて日本に家を買ってあげて、メイドも一緒に面倒見てるんでしょ」

「ドイツ代表候補生のラウラは?」

「本人が意識してないだけで、時間の問題じゃない? あの子チョロそうだもん。というかああいうお堅いタイプって一度相手を認めちゃうと、警戒ラインが物凄く下がるのよね。臨海学校の話、聞いた?」

「聞いた。温泉に一緒に入った挙句、はだけた浴衣姿で社長の布団に入ってたんでしょう。もう完全にノーガードじゃない」

「だから将来的には、彼女も社長のところに来ると思うわ」

「そうね。あ、ドイツと言えば、あっちで拾った子達の面倒も見てたわね。どうなると思う?」

「そっちは流石に分からないけど、クラスの子は何人か確実でしょうね」

 

 再び、数瞬の沈黙。

 

「本当にハーレム野郎ね」

「別に良いじゃない。私達のボスなんだし、それくらいデカくないと」

「男を格下に見て貢がせていた、貴女の言葉とは思えないわね」

「そっちこそ、クールビューティが売りだったのに。いつの間にかだもんねぇ」

「いいじゃない別に。趣味なんて人それぞれなんだから」

「別にケチなんてつけないよ。ところでさ、一応私達って騙された事になってるんだけど、何も無しっていうのは良くないよね」

「そうね。でも余り酷い事はしたくないし、ちょっと恥ずかしい思いをさせてあげるくらいで良いんじゃない」

「どんな?」

「やっぱり勝負下着を着て行ったんだし、結果を洗いざらい白状させるのが定番かしらね」

「ん~~。でもそれだとちょっと弱いなぁ。あ、良い事思いついた」

「なに?」

「私らの行動って、ログとして記録に残ってるじゃない。だから社長に頼んで、それを本人の前で再生して貰うの。腹黒女がどんな風に迫ったのか、興味ない?」

「いいわね。乗ったわ。社長の説得は任せなさい」

「オッケー。任せた」

 

 この日の夜、晶とネージュが帰って来た後に起きた事は、当事者達の記憶に末永く留め置かれるのであった――――――。

 

 

 

 ※1:元々積載能力に優れる輸送機を改装

  ざっくりした性能を言いますと………。

  ・耐久力

    AC世界のAC輸送機並み。

    つまり物理防御力のみで、対ACミサイル数発程度なら耐えられる。

    IS世界ではヤバイレベルの防御力。

    

  ・航続距離

    ざっと原型機の10倍くらい。

    (最大積載で地球1周くらい)

   

  ・居住性能

    華美ではないがプライベートスペースが確保できるくらい。

    なおシャワー付き。

  

  ・CIC相当の設備

    厳密に言ったらCICという訳ではありませんが、

    イメージ的には『スプリンターセル・ブラックリスト』というゲームに登場する

    ステルス航空機『パラディン』みたいな感じ。

    

    それじゃ分かんないぜ!!

    と言う方は

    

    『スプリンターセル ブラックリスト 日本語吹き替え版 プレイ動画パート1』

    

    で動画検索して13:45秒付近から見て頂ければ、

    内装についてイメージし易いかと思います。

  

  ・その他

    オプション装備多数

    

  という感じなのです。

 

 

 

 続く?

 

 

 




束さんがカラード3人娘を使うと言ったので、かなり本気で色々投入してみました。
そしてこれにより、彼女達の立場も徐々に変化してくると思います。
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