インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
宇宙の何処か遠い場所で、無機質なメッセージがやり取りされていた。
『第198756先遣艦隊の反応消失。予測される原因は2856通り。だがいずれも定期連絡の状況と合致しない』
『状況を詳細に報告せよ』
『定期連絡では第198756先遣艦隊は戦闘能力を100%維持。駐留宙域においても、重力震や超新星爆発は確認されていない』
『敵性存在によって滅ぼされた可能性は?』
『第198756先遣艦隊が進出した宙域には文明レベルFの未開の惑星があるのみ。救難信号の発信すら許さず全滅させるのは不可能と判断』
多くの異文明と接触してきた
このランク分けの中で文明レベルFは、宇宙進出の極初期段階にある事を示している。辛うじて星の重力を振り切り、母星に極々近い場所でのみ活動する低レベルな文明だ。技術格差を考えれば、先遣艦隊が救難信号の発信すら許されずに全滅した、など考えられるはずがない。
そしてFより上のランクは、次のように分けられていた。
Eは近隣の惑星にまで進出して開発が行われているレベル。なお母星の衛星の開発はレベルFの範疇である。
DはEと同じ星系内において、更に遠くまで開発が進んでいるレベル。多くの文明において、この辺りでワープ航法の研究が本格化し始めている。
Cは母星のある星系の外縁部付近まで開発が進んでいるレベル。多くの星を滅ぼしてきた
Bは幾つかの星系にまたがる星間国家が樹立しているレベル。この辺りになると兵器として十分な信頼性と実用性を持つ、重力兵器や空間破砕兵器が実用化されている事が多い。
Aは
この他に、Sという特殊ランクが設定されていた。ここに分類される条件はただ一つ。文明、個体、群体、形状、種別も問わない。只々圧倒的な力を持っていることのみ。そして現在Sに分類されているのは僅かに2つ。首座の眷族と呼ばれる銀河中心核付近に母星がある超文明と、星喰いと呼ばれる惑星サイズの超巨大宇宙生物のみだ。
『適正な判断と考えられる。しかし反応消失という事実がある。よって先遣艦隊の3倍の戦力を同宙域に進出させる』
『艦隊の集結に約15552000秒(約6ヶ月)が必要』
『承認する』
搭載戦力は交戦データからの単純な推測だけでも、4メートル級の小型種で7200体、巨大兵器と同等レベルのエネルギー反応を示す20メートル級で108体、巨大兵器の十数倍のエネルギー反応を示す50メートル級で36体である。
星々の海を越えて来る侵略者と、たった1つの惑星でのみ活動する地球との絶望的なまでの戦力差があった。
だが、奴らは知らない。この世界に迷い込んだイレギュラーが、未開の惑星と判断した星にどんな変化をもたらしていたか。
『承認確認。艦隊の集結行動を開始する』
こうして
集結完了まで約15552000秒(約6ヶ月)。そこから原因の調査となるが、すぐに奴らは気づくだろう。
文明レベルFと判断した未開の惑星に、あり得ない物が存在している事に――――――。
◇
一方その頃。地球のIS学園寮。
ドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒは自室のイスに座り、タブレット端末で本国からのメールを見ていた。
そして、深いため息を一つ。するとルームメイトのシャルロットが、何事かと尋ねてきた。
「どうしたの?」
「いや、本国から進路希望を聞かれてな。背景を考えて、少し憂鬱になっただけだ」
「あ……うん。なるほどね」
すぐに察したようだった。
元特殊部隊の隊長にして代表候補生という立場なら、卒業後は国に帰る以外あり得ない。
だが聞かれたという事そのものが、ドイツの心情を現していた。
「上は私にカラードと書いて欲しいんだろうが、私の立場で書ける訳がないだろう」
しかし何とかしてあげたいシャルロットは、まず送られてきた文面を確認する事にした。
「ラウラ、送られてきたメールって僕が見てもいいの?」
「厳密に言えば………いや、いいか。これだ」
そう言って差し出されたタブレットの文面は、至って普通な進路確認だった。前半だけなら。だが後半部分に、ドイツの心情がよく現れていた。何故か情報部が掴んだ情報として、シャルロットとセシリアの進路情報が添付されていたのだ。そしてこんな情報が添付されていれば、嫌でも裏を考えるだろう。
「……なるほど、ね」
シャルロットは暫し考えた後、行動を起こした。
「ねぇラウラ、ちょっと晶に電話するね」
「ちょっ!? 待て待て。何を考えている?? 奴に電話するような事では無いだろう」
「迷ってるって事は、行きたいか、行っても良いかなって思ってるんでしょ。なら直接聞いちゃえば良いじゃない」
「いやいや。こんな事であいつに電話したら、後でどんなに弄られるか」
「そんな事しないよ。晶ってラウラの事、結構気に入ってると思うよ」
「玩具としてだろう」
「まさか。見ていて微笑ましいなって思うくらいだよ」
「シャルロット、お前は1回、目の検査を受けた方が良い」
「じゃあラウラは耳の検査だね」
言いながらシャルロットは、瞬く間に晶の番号をコール。そしてラウラにとっては運の悪い(?)事に、ワンコール終わらない内に彼が出てしまった。恐らく手元にあったのだろう。
『あ、晶。僕だよ。シャルロット』
『シャルか。何か随分ガサガサ異音がするんだが、どうしたんだ?』
『ちょっと相談があってね。あと今、ラウラに押し倒されたとこ』
今の2人の体勢は、ラウラが携帯端末を奪取するべくシャルロットにタックルして、ベッドに押し倒したところだった。
ちなみにシャルはシャワー上がりで、タンクトップにショートパンツ。ラウラはTシャツにハーフパンツというラフな姿だ。
『なんかいけない妄想がモリモリ湧きそうなワードだな。で、本題は?』
『ラウラの進路相談。ドイツ本国から進路確認のメールが来て、そこに僕とセシリアの進路情報が添付されてたの』
『あぁ~………なるほど』
『ね、なるほどでしょ』
『事情は分かった。もしかして、アイツ悩んでるのか?』
『そう。だから晶に電話したの。直接聞いちゃえばって』
『結果ラウラが抵抗して、携帯を奪取しようとして押し倒された、と』
『そういうこと』
『その割には声が余裕だな』
『そんな事ないよ。今も割とギリギリで――――――あ、ちょっ、ラウラってば!!』
ビリッという何かが破けた音がした。
続けてガチャンと端末が落ちた音。
「………なにやってんだ、あいつら?」
端末を片手に晶が呟く。
すると、声が聞こえてきた。
『バカバカバカバカ、シャルロットのバカ。何で話した』
『悩んでるからでしょ。聞けるんだから聞いちゃえばいいじゃない』
『アイツに話したらもっと大事になるだろう』
『ならないよ。個人の秘密は護ってくれるから。はい、直接話す!!』
『話さないからな』
『ならさっさと電源切る。切らないなら聞いて欲しいってことでしょ。諦めて話す』
ザザッと何かが擦れる音。
たっぷり十数秒の間があった後、声が聞こえてきた。
『その………私だ。ラウラだ』
『晶だ。随分盛大にやっていたみたいだな』
『シャルロットが勝手にやったことだ』
『良い友人だな』
『絶対いつかやり返す』
『シャルは楽しみに待っていると思うぞ』
『クソッ。まぁいい。それはまた今度だ』
『そうだな。で、進路に迷ってるんだって』
『まぁ………そういう事だ』
『ふむ。俺から言える事はそう多くないが、来るなら歓迎する。あと一応言っておくが、
『良いのか。そんな事を言って。専用機を確約するなど、どんな権力者だ』
『気づけばそんな場所にいたんだよ。で、俺としてはお前なら専用機を与えても全く問題無いと思っている』
『分かった。その、なんだ。ありがとうと言っておく』
『ああ。後悔の無いようにな』
こうして通話が終わった後、ラウラはシャルロットに食ってかかった――――――の前に、シャルロットがラウラに嫉妬の視線をぶつけていた。
「しゃ、シャルロット?」
「いいなぁ~。晶に、身一つで来たって大丈夫って言ってもらえて。僕だって言われたこと無いのに」
「あ、あれは言葉の綾だろう? 私が思い切った選択を出来るように、ちょっと強めに言っただけだろう。そうに違いない」
「晶、ああいう時に嘘は言わないもん。絶対、本当に身一つで来たって何も問題無く受け入れてくれるよ。いいな。僕も言われたい」
「ひ、必要が無かったから、いや違うな。言えば不吉な言葉になってしまうから言わなかっただけじゃないか」
「不吉な言葉?」
「だってそうだろう。身一つになってもというのは、父親や会社に何かがあっても、と言い換える事ができる。今や飛ぶ鳥も落とす勢いのデュノアに、そういう言い回しを使いたくなかったんじゃないのか?」
シャルロットの視線に威圧され、ラウラは屁理屈をこねくり回した。咄嗟に出た言葉としては、それなりに理屈が通ってるだろう。
「そういう事にしておいてあげる。じゃあ、話を本題に戻そうか。本国から来たメールの返答には………そうだね。世界平和に貢献する為に、カラードに行きますっていう感じで書けば良いんじゃないかな? そういう風に書けば、ラウラの人間性を疑う人はいないと思う。いや、もしかしたらいるかもしれないけど、そんな人たちは相手にしなくて良いと思うな。何より本国に帰って軍人のまま国家代表になるのと、カラードに入って世界中で活動するのとじゃ、やれる事が全然違うと思う」
もしかしたら素晴らしい未来なのかもしれない。しかし、決断には至らない。
軍以外で働く自分、というのが想像出来ないのだ。
「………すまないが、少し考えたい」
「そうだね。ごめん。僕も急ぎ過ぎちゃった。大事な選択だから、考える時間も欲しいよね」
この後、ラウラはすぐにベッドに入り目を閉じた。
混乱している頭を、一度リセットしたかったのだ。
◇
翌日、ラウラは些か寝不足気味であった。
すぐにベッドに入ったはいいが、結局アレコレ考えてしまい寝れなかったのだ。
「むう………」
「ラウラ。お前分かり易いな」
「誰のせいだと思っている」
「少なくとも、俺でもシャルのせいでもないな」
「お前のせいだと言って殴りたい気分だ」
朝のショートホームルームが始まる前の時間。
疲労の色が見えるラウラに晶が声をかけていた。
「穏やかじゃないな。少し保健室で休んできたらどうだ?」
「行って休めると思うか?」
「無理だな。もっと色々考えそうだ」
「分かってるじゃないか」
「でも休んでいた方が良いんじゃないか。横になっているだけでも体は楽だろう」
「………まぁ、一理あるか。少し休んでくる。先生には言っておいてくれ」
「分かった」
こうしてラウラが保健室へ行き、瞬く間に昼休み。
午前中、彼女は戻ってこなかった。
このため様子を見に行こうという話になったのだが、何故かクラスの皆は晶にその役目を押し付けた。
むしろ「晶くん以外いないよね」みたいな視線だ。
「―――で、お前が来たという訳か」
ベッド上で体を起こしたラウラが、やれやれといった感じで口を開いた。
「そういうこと。まぁ、余り心配はしていなかったけど」
「そこは嘘でも心配していた、というべきではないか」
「言って欲しかったのか?」
「やめてくれ。背筋が寒くなる」
「だろ。ただ来たついでに、ちょっと話そうとは思っていた」
「私の進路だ。私が決めなくては意味がない」
「決めるのはお前さ。人様の人生に口出ししようなんて思ってない」
「なら、何を話そうと思ったんだ?」
「正確に言えば、話すよりは聞くだな。何をそんなに悩んでいるんだ?」
彼女は思いのほか素直に心情を吐露した。
「私は軍以外で生きるという事を知らない。その姿を想像できない。他にもある。軍以外の進路を書いて、もし残してきた部下達に不利益があったらと思うとな」
「なるほど。じゃあ仮に、という事で話をしようか。まずお前の部下達についてだが、特殊部隊の隊員なら心配しなくても良いんじゃないか? もしお前が抜けたら、恐らく後任の隊長はクラリッサ大尉だろう。彼女なら大丈夫なんじゃないか?」
「人事という意味ではな。私が心配しているのは、見せしめ的なミッションが下されるんじゃないか、という意味だ」
「代表候補生でありながら国に貢献しなかった者の部下がどうなるか、という見せしめ的な意味か?」
「そうだ。組織は時として、理不尽を平然とやるからな」
「多分大丈夫だと思うが、そんなに心配なら少し脅………いやいや違う。黒ウサギに分かり易い贈り物でもしておこうか。意味が分からない奴は多分いないと思うが」
「何故、そんな事をしてくれる? お前にとって、私はなんだ?」
「出会いは最悪だったが、今は友人だと思ってる」
色々無防備過ぎて友人の垣根が壊れそうになっているが、今はまだ友人であった。
「友人、か。普通の友人は部下の事まで気にしない。いや違うな。気にしても手は打てないと思うぞ」
「そういう事ができる奴もいる、くらいに思っとけ」
「何とも剛毅なことだな」
ラウラが、少しだけ笑った。
「で、後は軍以外で生きる姿を想像できない、だったな。別に、普通のことじゃないか? だってお前は、軍という場所で生きる術を学んできた。なら、それ以外の場所で生きるのに不安を持つのは当然だろう。で、それを踏まえてカラードの事を言うなら、多分余り変わらない。レスキュー部門と戦闘部門は、依頼があって現場に赴き、仕事をして帰る。特殊部隊は命令があって活動を始めて、命令を達成したら帰る。どちらもISが仕事道具。場合によっては色々な機材も使う。人も使う。な、余り変わらないだろう」
「随分、簡単に言ってくれるな」
「そりゃ単純化して言ったからな。まぁ軍と決定的に違うところは、階級社会じゃないからある程度は、部下の意見にも耳を傾ける必要があるってことかな」
「軍でも必要であれば耳を傾けるぞ」
「軍ほど上意下達じゃないってことさ。ただ今言った2つの部門はチームで動く事が多いから、チームリーダーのカラーが出るかな。ゆるーいフワフワした感じで上手く動けているチームもあれば、キチッとしているチームもある」
「そういう意味では軍と近いところがあるな」
「そうなのか?」
「指揮官のカラーが出るという意味でだ。鋼鉄の規律で部下を纏める指揮官もいれば、人徳で部下を纏める指揮官もいる」
この後も2人は、昼休みの間ずっと話し続けていた。
内容は軍とカラードの類似点について。
年頃の男女が話す内容としては非常にお堅いが、2人にとっては話しやすい内容であった。
そうして昼休みが終わる頃には――――――。
「なるほど。大分参考になった。また、よく考えてみようと思う」
「もう、下手に悩まずにすみそうか?」
「色々話を聞かせてくれたお陰でな。何か疑問があったら、また聞く」
「そうしてくれ。午後はどうする?」
「このまま休む。考えていたい」
「そうか。じゃ、先生には言っておく」
「すまんな」
「いいって」
こうして、今日という日は過ぎていったのだった―――。
◇
更に翌日。放課後の訓練が終わった後のことだ。
最後までアリーナに残っていたラウラが、晶に話し掛けていた。
「薙原。カラードのミッションは見学可能なのか?」
「ミッション内容による。どんなのを見学したいんだ?」
「戦闘以外なら何でもいい。雰囲気が知りたいだけだ」
「なるほど。なら――――――」
晶は空間ウインドウを展開し、カラードが現在受注しているミッションリストを表示させた。*1
その最中、リストに緊急依頼が表示された。
依頼主は山スキーの為に入山していた2人組の片割れ。
依頼内容は怪我人の救助。
片割れがスキー中に滑落して頭部と脚から出血し、幾ら呼び掛けても反応が無いということだった。
通信機を持って入山していたためすぐに地元の救助隊に連絡は付けられたが、間が悪かったらしい。
天候が崩れて暴風と大雪でヘリが飛ばせなくなり、別件で山岳救助隊のパワードスーツも出払っている。
このため地元の救助隊がダメ元で、“
「よし。これにするか。ラウラ、すぐに行けるか?」
「問題無い」
「なら行くぞ」
「了解した」
2人はISを展開し、空へと舞い上がっていく。
途中、晶がカラードへ連絡を入れていた。
『―――という訳で見学者がいるが、こっちの事は気にしなくていい。いつも通りにやってくれ』
『了解しました。では、いつも通りやりますね』
通信を終えたところで、ラウラが尋ねてきた。
「救助という事は動いているのはレスキュー部門か。どんなチームなんだ?」
「チームリーダーを中心によく纏まっているチームさ。色々参考になると思うぞ」
「そうか。期待してみよう」
「じゃあ、ちょっと急ぐぞ。乗ってくれ」
言い終えるなり、晶は
NEXTの背部に巨大なロケットブースターが出現する。
「救助ミッションなら到着は早い方が良いが、これを使ったら到着が早過ぎてミッションを横取りしてしまうのではないか?」
「今向かっているチームは連続ミッションだ。偶々近くで活動していたみたいでな。だからボヤボヤしてたら、ついた頃には終わってるぞ」
「それを早く言え!!」
ラウラの専用機、シュヴァルツェア・レーゲンがVOBの上部に降り立ち、両手両足を使って機体を固定する。
この間もNEXTは上昇を続け、高度30000メートル。
会話が通信に切り替えられた。
『準備は良いか?』
『勿論だ』
『じゃあ、行くぞ』
VOBに火が入り、2人を瞬く間に超音速領域へと導いていく。
目的地は北海道。
VOBなら10分と掛からない。
こうしてラウラは、晶と共に北海道へと向かったのだった―――。
◇
8分後。晶とラウラの到着とほぼ時を同じくして、カラードレスキュー部門のチームが活動を始めていた。
地元の救助隊の装備では、発見までかなりの時間を要しただろう。だがISなら違う。しかもレスキューチームが使っているISには、遭難者探索用の特殊装備が搭載されていた。
上空に無数のサテライトビットが設置され、周囲数十キロ圏内が瞬く間にサーチされていく。到着から発見まで3分と掛かっていない。
そして晶がラウラに見せたかったのは、ここからだった。
現在のラウラには、チームの通信と情報を閲覧する権限が与えられいる。
『
『様子は?』
『一名は情報通り頭部と脚から出血。右側頭部と右下腿、脚の方はスキーウェアから血が滴ってる。出血量が多いせいか、体温がかなり低い。低体温ね。今、体内のスキャンが完了したわ。一名は問題無さそう。ドクターは?』
『こちら
『
『
返答と同時に
現れたのは担架のようなものだった。装備データを見てみれば、救助者搬送用の特殊装備、“フライングストレッチャー”とある。その名の通り浮かぶ担架で、要救助者を乗せて雨風から対象を守る蓋を閉めれば、後は勝手にISの後を着いてきてくれる優れものだ。また乗せられた人間のバイタルデータも自動的に測定し続けてくれる。少数精鋭のレスキューチームにとっては欠かせない装備であった。
そして
この光景を見て、ラウラは言った。
「………なるほど。これが人を救う現場か」
「何か参考になったかな?」
「私にとってISは戦う為の道具だったが、こういう使い方もあると実感したよ。それに今のチーム。各々が自分の役割をしっかり理解する事で、誰の指示がなくとも素早く的確に動いていた。なるほど。プロとは一般にもいるのだな」
「短い見学だったが、色々分かってくれたみたいで嬉しいよ」
「ああ。良いものを見せてもらった。だが、悔しいな」
「何がだ?」
「お前も私と同じように戦いばかりの人生………いや、下手をすれば私よりもずっと戦い漬けだったかもしれないのに、お前の方が多くのものを見て、経験して、ものにしている。それが悔しいと思ってな」
「これから経験していけばいいさ」
「その余裕そうな顔が、余計に悔しさを倍増させる」
「今、俺の顔って見えないと思うんだが」
NEXTは全身装甲型のISで、顔もフルフェイスで覆われている。
つまりISを展開している今、晶が表情の映像を送らない限り、ラウラに表情を確認する術は無い。
だが―――。
「私の想像だ」
「それ被害妄想って言わないか?」
「言わない。だって絶対ニヤついてるだろうからな」
「酷い。折角見学させてあげたのに」
「それについては感謝している」
彼女も調子が戻ってきたのか、気易い言葉の応酬が暫し続いた。
そうして話していると、ふとした拍子に話題が全く別の事へと飛んだ。
「ところで薙原。日本には秘湯、という文化があるそうだな?」
「文化というよりは、人に知られていない温泉という意味だな。それがどうかしたのか?」
「以前温泉について色々調べたんだが、
「まぁ、探せばあるかもしれないな。………って、もしかして探していく気か?」
晶は以前、ラウラを元気づける為にキャンプに
その時に味わった露天風呂が妙に気に入ったらしい。以来彼女はお風呂文化に嵌り、今では入浴剤にも凝っているくらいだった。
「ああ。せっかく来たんだ。秘湯で日々の疲れを癒していくのも良いだろう」
「この天気でか?」
ISを使っているとそよ風程度にしか感じないが、世間一般的には暴風と大雪のセットだ。とても秘湯を楽しむ天気ではないだろう。
「そこは考えがある」
「分かった。来たついでだ。にしてもお前、本当に温泉が好きになったんだな」
「湯に浸かっていると疲れが流れ出るようで、心底リラックスできるんだ。風呂でも良いんだが、やはり温泉だな」
「じゃ、ちょっと探してみるか」
返事を聞くなり、ラウラは地表のサーチを始めた。そしてISのセンサーなら、雪山の中にある熱源を探すなど造作もない。
温泉が見つかると、すぐに飛んで行ってしまった。
「全く、子供みたいにはしゃいで」
晶は1人呟きながら、後からゆっくりとついて行った。気分は子供を見守る保護者だろうか。
ノロノロと後を追う
そうして辿り着いた場所は、深い森の中だった。生い茂る木々が天然の壁となって、湧き出る湯を周囲から隠している。直径3メートル程度の円形の湯溜りで、深さも普通の風呂程度。腰を降ろせば丁度肩が浸かるくらいだ。もしかしたら、普段は野生動物達が使っているのかもしれない。だが今の天候では、野生動物達も巣穴で大人しくしているだろう。
「………で、この天気でどうするんだ?」
晶は先に到着していたラウラに声をかけた。
シュヴァルツェア・レーゲンの指を湯に入れ、指先のセンサーで泉質検査をしているという若干シュールな光景ではあるが………。
「まぁ待て。泉質は………硫酸塩温泉。効能は高い殺菌力と肌の回復と引き締めか」
「お前、嵌り過ぎだろう」
「別に良いだろう。知って損をする訳でもない」
「そうだけどさ」
「で、どうするのかだったな。別に大した事は考えていない。単なるテント設営とレスキューキットの有効活用だ」
「?」
「薙原、少し手伝ってくれ」
「いいけど、もしかして?」
「そのもしかして、だ。これのグランドシート(床のシート)側を外して、温泉の上に設営する。組み立てる時に、内側にエマージェンシーシートを使えば防水・防寒テントの出来上がりだ。内側に温泉があるから中も温かい。言うことなしだろう」
「趣味人の俺が言うのもアレだけどさ、これって思いっきり備品の私的使用だよな」
「多分近くにいる誰かさんの影響を受けたんだろうな。まぁ名目が必要なら………そうだな。寒冷地におけるテント設営訓練と内部環境の調査、とでもしておこうか」
「モノは言いようだな」
「偶に部下が堅苦しい名目で自主訓練をしていた事があってな。確認してみれば、こういう小技を使って息抜きをしていた」
「なるほど。なら早いとこ作るか」
「うむ」
こうして
横殴りな暴風に大雪という悪天候の中、
「………思ってた以上に、良いな」
「だろう」
ニヤリと笑ったラウラは、ISスーツのまま温泉に浸かった。
ここで、晶はふと思う。
以前キャンプに
(ISスーツも着てるし、いいか)
何も言わず湯に入ったという事は、彼女も仕切りを作る気は無いのだろう。そう考え、晶もISスーツのまま湯に浸かった。
お互い喋らず、暫し沈黙の時間が流れる。
気まずい雰囲気、という訳ではない。単純に温泉が気持ち良くて、並んで座って寛いでいるだけだ。
そうして長いようで短い時間の後、先に口を開いたのはラウラだった。
「薙原」
「ん?」
「昨日の身一つでも良いという話、信じても良いのか?」
「いいぞ」
「本当にか? 無一文で来て相手にされなかったら、流石に泣くぞ」
「何でそんな事しなきゃいけないんだよ」
「私にとって大事な決断になるからな。不安は可能な限り潰しておきたい」
「まぁ、それもそうか。他に何が聞きたい?」
「配属されるとしたら、何処になる?」
「カラード3部門から好きに選んでも良いし、独立チームとして好きに動いて貰ってもいい」
「破格の待遇に聞こえるが」
「お前の経歴を考えると一パイロットとして動くよりも、チームを率いて貰った方が良いと思うんだ」
「随分心惹かれる誘い文句だな」
ラウラはIS学園入学前、IS特殊部隊“黒ウサギ隊”の隊長として実績を残している。チームを率いて動ける環境さえ用意してやれば、後は自分の判断で動けると晶は思っていた。
「ゆっくり考えれば良いさ」
「いいや。決めた。卒業したら、社長と呼んでもいいか」
「即断だな。良いのか?」
「即断なものか。どれだけ悩んだと思っている」
「沢山だろう」
「お前が思っている沢山の100倍くらいだ。自分の生まれ、今、将来、残してきた部下のこと。全く、お前に出会ってから、私の人生設計は狂いっぱなしだ」
「俺に出会う前の人生設計は、どんなのだったんだ?」
「現場にいるか後方にいるかは分からんが、軍人として生き軍人として死ぬだろうと思っていたよ。あと最終階級は良くて大佐だろうともな」
「………なるほど。出自か」
「すぐそこに思い当たる辺りが、やはりお前だよ」
ラウラは
軍という組織の心理として、一部隊の優秀な指揮官としては受け入れられても、それ以上の指揮権は持たせたくないという感情が働くかもしれない。
人の手で生み出された人造人間に命令されたくない、という感情だ。
「お前の姉を引き取っているからな。すぐに気付いた」
「クロエ・クロニクルか。直接の面識は無いが、どんな奴なんだ?」
「俺達みたいに擦れてない良い子だよ」
「今、サラッと私も含めたな」
「擦れてない人間が特殊部隊の隊長なんてやれるのか?」
「偏見だ。仕事上仕方なくやっているのであって、擦れている訳じゃない」
「ほほぅ? ラウラは自分の事を純真無垢だと?」
「お前やっぱり意地悪だな」
「お前を見ていると、ついつい弄りたくなる」
「サディストめ」
「こんなのでも社長って呼ぶ気か?」
「今更だ。それに私だって分かっている。お前は、本当に嫌なことはしない。性格の悪い外道なサディストなら、こんなに私の話を聞いたりもしない」
「お前に言われると、なんだかこそばゆいんだが」
「もっと言ってやろうか?」
「やめてくれ。蕁麻疹が出そうだ」
「酷いな。褒めてるんだぞ」
「仕方ないだろう。どうしてもこそばゆいんだ」
「難儀な奴だな。大人しく持ち上げられておけ。それとも日本の言葉にある“嫌よ嫌よも好きのうち”というように、実はもっと言って欲しいというやつか?」
ラウラが体を寄せ、耳元で囁くように言ってきた。
こいつ、今自分がどれだけ破壊力のある真似をしているか分かっているのだろうか?
最近無自覚な接触が多くて、本当に困る。
「そんな訳ないだろう」
「本当か?」
「本当だって」
「なら、そういう事にしておこう」
この後も2人は暫しの間、他愛のないお喋りを楽しんだ。
他に誰もいない大自然の中で、温泉に浸かりながらゆっくりと―――。
◇
後日のこと。
ラウラが提出した進路希望を受けて、ドイツ軍とドイツ政府の間で会議が行われていた。
「軍としては認めても良いと思っています。優秀な人材の流出は惜しいですが、今後の宇宙開発や対
「政府側も同意見です。それに我が国は一度徹底的に叩かれた身ですが、彼女が行く事で、ドイツ内部が大きく改善した事を内外に示せるでしょう」
「ではラウラ・ボーデヴィッヒはIS学園卒業後、カラードに出向ということで。期限は別命あるまで。あと政府に確認しておきたいのですが、彼女の専用ISの扱いはどうしますか?」
「今使っているものを、そのまま使わせるのが良いでしょう。他のパイロットほど強力な干渉手段にはなりませんが、装備の補充という名目で自国の人間と頻繁に会わせられます。コミュニケーションの機会は多い方が良いでしょう」
今の言葉は、薙原晶とラウラの友好関係が成立している、という認識から出た言葉だった。言い換えれば、彼がその気ならラウラに専用ISを用意する、と思われているのだ。そこまで思われている自国の軍人と太いパイプを維持するメリットは、最早言うまでもない。
「それも同意見です。ただ、1つ危惧している事があります」
「伺いましょう」
「薙原晶の近くにいる2人、セシリア・オルコットとシャルロット・デュノアに比べると些かインパクトが足りない、という点です。御存じの通り、セシリア・オルコットはセカンドシフトパイロット。機体特性からNEXTに次ぐ単体戦略兵器と言われており、当人以外ではまともに動かせない唯一無二の存在です。そしてシャルロット・デュノアは、飛ぶ鳥を落とす勢いのデュノアの一人娘。誰が呼んだか、今では“フランスの姫君”とまで言われています。対してラウラ・ボーデヴィッヒは軍人。容姿は決して劣っていませんが、一般人は優劣を比べて語るのが大好きですからね」
この危惧に対し、政府の返答は名よりも実を取るものだった。
「比較したい人間にはさせておけば良いでしょう。ですが、活躍しなくて良いという意味ではありません。彼女の活躍はドイツの国益につながるため、政府としても活躍して欲しい。なのでIS学園近郊に領事館を準備します。そこに黒ウサギ隊から抽出した隊員を常駐させて、有形無形にバックアップさせて下さい」
基地ではなく領事館としたのは、友好国と言えども表立って正規軍を駐留させるとなれば、軋轢は避けられないからだ。
だから外交職員として人員を配置し、ラウラの活動をサポートさせる。
そしてドイツのこの考えは、イギリスやフランスとの住み分けを念頭に置いたものだった。派手な部分は2人に任せれば良い。名門貴族の当主や大企業の社長令嬢には、派手な舞台が良く似合う。だが軍人に同じものを求めても仕方が無い。ならば地味でも一般市民の目に触れるようなミッションを多くこなして貰う事で、ドイツの国際協力を認知して貰う。それは必ずドイツに利益となって返ってくるだろう。
このような考えから、ドイツはラウラの進路希望を認めたのだった―――。
第156話に続く
ついに
書いている最中に「初回来襲時の10倍の戦力にしようかな?」とイケナイ考えが浮かびましたが、流石に厳しそうだったので3倍です。
さて、あと半年+αの時間で地球側は何処まで準備できるでしょうか。(邪悪な笑みの作者)
そしてラウラさんの卒業後の進路も確定。これで欧州三人娘は全員カラード行き確定です。