インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
晶が3年生となり1ヵ月が経った頃。5月初旬のゴールデンウィーク。
日本の各観光地は、内外からの観光客で大変な賑わいを見せていた。
これに対し、
そして治安の悪化は反政府運動へと繋がり、中国を邪魔と思う多数の国や企業が(当然の事だが)非公式に反政府活動を支援していた。何処かに火が点けば、全く間に全土へと広がりクーデターに発展するだろう。
こうした政情不安に対し各国は、万一の時は一般市民の安全を確保するため、という名目のもと国境付近に軍を展開していた。
中国の東側、日本海にはアームズ・フォート“ギガベース”を中核としたアメリカ第七機動艦隊。北のロシアは国境付近に巨大兵器の
そして中国包囲網に参加している各国は、これを機に中国から多くのものを毟り取る気であった。
具体的に言えばロシアは悲願であった農耕に適した広大な土地を、アメリカはレアメタル鉱脈のある土地を、国境問題で衝突していたインドは国境線の大幅な変更を、拡大政策で迷惑を被っていた多くの国々は迷惑を補填できるだけの利権を、あらゆるものを中国から毟り取り、残りカスをクーデター政権に統治させる気なのだ。
「………ま、こうなるよな」
概ね予想通りなレポートを読んだ晶は、カラードの社長室で1人呟いた。
もしレポート通りに推移したなら、中国は今後数百年単位で二流国家落ちだろう。その影響を受ける一般市民は可哀相と思うが、宇宙開発のリソースを削ってまで助けようとは思わなかった。
だがレポート通りに推移したなら、14億という人口の殆どが低所得者になるのは確実だ。そして貧しさはテロ屋の温床になり易い。結果として宇宙開発の足を引っ張るだろう。
相反する考えに悩んだ晶は、コアネットワークで楯無を呼び出した。
(今、大丈夫か?)
(大丈夫よ。どうしたの?)
(中国のこと。お前から上がってきたレポートを読んでたら、将来あの国がテロ屋の温床になって宇宙開発の足を引っ張るんじゃないかと心配になってきた。でも本来ならこれは国が対処すべき問題であって、カラードが前面に出ていって対処するような話じゃない)
(だけど将来の為に、何か布石は打っておきたいって事ね)
(ああ。中国が将来陥るであろう貧しさの中にあって、テロ屋の誘惑に負け辛いようにする方法があればと思って)
(短期的にならイメージ戦略でどうとでもなるんだけど、長期的に考えるなら地道な方法以外無いわよ)
(例えば?)
(日々の生活に直結したところね。インフラを整備するとか、学校で知識を教えるとか、治安維持に貢献するとか、食料を安定供給するとか、手間暇掛かる割にはリターンの少ないものばかり)
(うわぁ………)
(やるの?)
(カラード単独でやるには無理があるな………………。よし。更識の方から日本政府を突っついてもらえるか。政府主体でやらせよう。
晶を当主に戴いた今の更識家は、日本政府中枢にまで勢力を浸透させていた。否と言える筈もない。
(それは構わないけど、薄く広くじゃ効果が薄いわ。ある程度中身は絞った方が良いわね)
(多分テロ屋にとっては飢えっていうのがつけ込みやすいところだと思うから、第一次産業とインフラをメインにして、あとは現場に任せれば良いかな)
(それで良いと思うわ。でも布石を打っておきたいだなんて、旦那様が当主らしくなってきて嬉しいわ)
(煽てないでくれ)
(あら、本心よ)
こうした会話に端を発した援助計画は、
◇
一方その頃。
―――残存反応無し。
―――残骸無し。
―――空間湾曲反応正常値。
―――予測される消滅原因は2856通り。
―――いずれも定期連絡の状況には合致しない。
今まで多くの星々を征服し、文明を破壊してきた
定期連絡において、艦隊は100%の戦闘能力を維持していたのだ。それが何の前触れもなく、文字通り塵一つ残さず消滅している。同じ文明ランクA相当の敵から奇襲を受けたと仮定しても、ここまで跡形も無く負けるなど考え辛い。
なお今の地球人類が知る由もない事だが、宇宙進出を果たした多くの異文明において、文明のランクは低い順にF・E・D・C・B・A・Sの次7段階に大別されていた。
この分類の中で文明ランクFは、宇宙進出の極初期段階にある事を示している。辛うじて星の重力を振り切り、母星に極々近い場所でのみ活動する低レベルな文明で、
そしてFより上のランクは、次のように分けられている。
Eは近隣の惑星にまで進出して開発が行われているレベル。なお母星の衛星の開発はレベルFの範疇である。
DはEと同じ星系内において、更に遠くまで開発が進んでいるレベル。多くの文明において、この辺りでワープ航法の研究が本格化し始めている。
Cは母星のある星系の外縁部付近まで開発が進んでいるレベル。多くの星を滅ぼしてきた
Bは幾つかの星系にまたがる星間国家が樹立しているレベル。この辺りになると兵器として十分な信頼性と実用性を持つ、重力兵器や空間破砕兵器が実用化されている事が多い。
Aは
Sというのは特殊ランクで、ここに分類される条件はただ一つ。文明、個体、群体、形状、種別も問わない。只々圧倒的な力を持っていることのみ。そして現在Sに分類されているのは僅かに2つ。首座の眷族と呼ばれる銀河中心核付近に母星がある超文明と、星喰いと呼ばれる惑星サイズの超巨大宇宙生物のみだ。
―――閑話休題。
第二次派遣艦隊は持ちうる限りの手段を使い
そしてこの時、艦隊を統括するAIは
このため
◇
日を追うごとに、対中包囲網は分厚くなっていた。
建て前は色々あるが、勿論正義の為などではない。
包囲網に参加していれば、クーデター後に利権という美味しい餌が待っているからだ。
しかも今回の包囲網は東西の超大国であるアメリカとロシアが協力している。他の中小国が続かない理由が無かった。むしろ“地球を危険に晒した国に制裁する”という極めて都合の良い建て前が行動を加速させていた。
―――後の歴史家は語る。
もしこの時、包囲網に参加していた国がもう少しだけでもISを国内配備に回していれば、ユーラシア大陸の被害は二桁は少なかっただろうと。
だが時計の針が戻る事はない。
アメリカも、ロシアも、インドも、近隣の中小国家も、何処の国も土地や利権という甘くて美味しい餌を奪う為に夢中だったのだ。しかも“地球を危険に晒した国に制裁する”“非道な決断を下す政府から一般市民を助ける”という、一般大衆にも分かり易く酔わせ易い大義がある。
―――別の歴史家は語る。
大義とは、時に人を狂わせる猛毒であると。
実際、
また国家には、別の思惑もあった。
だからこそ極東への戦力集中は止まらなかったのだが、そんな中で日本は不可思議な程に包囲網への参加に消極的だった。行っている事と言えば、日本海に展開しているアメリカ軍への後方支援程度で、他国ほどクーデター後の利権について主張していない。それどころか何処からも頼まれていないのに、レンタルしたコンテナ船に食料を満載して港に待機させている他、廃艦寸前の強襲揚陸艦を引っ張り出して医療用ヘリや医療設備を準備して、病院船として稼動可能な状態にしていた。
誰がどうみても―――人道的には素晴らしいのかもしれないが、直接的なメリットは余り無い―――クーデター後の混乱を想定した動きだろう。
そんな状況の中で、晶と束は自宅の居間で話をしていた。
「ところで晶。この前NEXTをメンテしてて思ったんだけど、NEXTコアはセカンドシフト出来るって判断しているけど、パイロットの判断で止めてるよね。どうして?」
「ああ、それな。単純に対ナインボール・セラフ戦*1の勝率が5割程度だから、もうちょっと勝てるようになってからしようかなって」
「セカンドシフトした性能差じゃなくて、腕で勝ち越せるようになりたいってこと?」
「そういうこと」
「なるほど。なら待とうかな。でも私も進化した姿を早く見てみたいから、頑張ってね」
「ああ」
肯いた晶は、ふと思いついた事を尋ねてみた。
「ところで束。セカンドシフトって、“コアに経験が蓄積されることで機体との同調が高まって、単一仕様能力を発現する第二形態”で合ってるよな?」
「うん。そうだけど、それがどうかしたの?」
「いや、な。すっごい思いつきな話なんだけど、今束が研究してるワープ技術をNEXTコアに読み込ませたら、セカンドシフトした時に単独ワープ出来るようにならないかなぁって思ってさ」
「う~ん。確かにNEXTはワープゲートを実際に通っているし、私の研究データを読み込ませれば経験の一部として取り込むだろうけど、可能性として無くはないとしか言えないかな。それに後々は装備化して、
「拘るって程じゃないんだけど、オーバードブーストみたいに本体機能の一つとして内蔵されていれば、純粋に装備スロットが一つ空くだろ。そしたら装備選択の幅を狭めずに済むと思ってさ」
「なるほど………まぁ、研究データならインストールしてもライブラリー情報が増えるだけだし、動作に問題が出る訳でもない。うん。進化の選択肢としては充分にアリだと思う。明日のメンテで入れておくね」
「ありがとう」
「良いの良いの。晶の言う通り、基本機能としてあった方が汎用的だからね」
こうしてISの単独ワープについて話した2人の話題は、極々自然に宇宙開発へと移っていった。照明が落とされ、地球と月の立体映像が部屋の中央に映し出される。地球の静止衛星軌道にアンサラー1号機と2号機及びスター・オブ・アメリカを模したアイコンが、地球を周回する衛星軌道にはクレイドルを模したアイコンが、月にはマザーウィルを模したアイコンが表示された。
そして晶は束と自身の前に空間ウインドウを展開して、クレイドルで行われていた第一次食料大規模生産テストの結果を呼び出した。レタス、ネギ、キャベツ、ニンジンなどの種まきから収獲まで3~4ヵ月程度の品目は、問題無く育成・収獲が行えている。他の育成期間がもう少し必要な品目も、順調に成長しているようだった。
「この結果なら増産しても良いと思うけど、どう思う?」
「これならやっても良いと思う。そしたら次は宇宙で生産した食料を一般人に受け入れて貰わないといけないね」
「宇宙栽培って事で今ならプレミア感をアピール出来なくもないけど、将来的な事を考えると普通の食材として受け入れて欲しいところだな」
「そうだね。まずは普通の流通ルートに流してみて、様子を見てみようか」
「だな」
ここで普通なら、物流や販売コストの話が出てくるだろう。施設という箱物で何かをしようとするなら、建造費用や運用費用の回収というのは避けては通れない問題だからだ。しかしクレイドルは1番機で巨大建造物についての情報を取り、2番機で小惑星帯まで赴き、将来地球圏で足りなくなるであろう鉱物資源を採掘する、という遠大な計画に基づいて建造されている。このため大規模生産テストで栽培した食料を地球に降ろすのは、宇宙で栽培した食料を一般人に受け入れて貰うというのが第一目的であって、コストの回収などは二の次であった。
尤もクレイドルは運用目的上、少ないメンテナンスで、長期間、安定的に使えるように設計されている。つまり販売価格への上乗せがあったとしても、最小限で済むようになっていた。
今度は束が、マザーウィルのデータを呼び出した。
「お、ついにアルミニウムとチタンの試験採掘を始めたみたい。頑張ってるねぇ~」
「ああ。これでマザーウィルが生産拠点として使えるようになれば、いやぁ楽しみだな」
「うん!!」
彼女が上機嫌になるのも無理はなかった。試験採掘が無事に終わり、かつマザーウィル内に設置されている精製・加工施設が稼動を始めれば、マザーウィルは自身の建造材を(全てでは無いにしても)自身で作れるようになる。そうなれば、月面開発は一気に加速するだろう。またマザーウィル本体の建造も進んでおり、既に2本の滑走路が稼動状態となっていた。これによりシャトルの運用効率が上がり、物資輸送の効率が上がっているのだ。
因みにマザーウィルからのレポートの最後には、毎回毎回グラビアと見間違うような艶やかな映像データが添付されている。将来シャルロットの側近になる事が内定しているキャロン・ユリニル*2だ。容姿の第一印象はギャルだろうか。小生意気さとあどけなさが同居した艶のある表情。真紅の瞳に豊かな金髪のツインテール。スラリと伸びた四肢に高い腰の位置。起伏に富んだボディラインを包むISスーツは腹部と側腹部が大胆にカットされたバニースーツのようで、デルタゾーンもかなり攻めたデザインとなっていた。また一緒に映っている部下達も負けず劣らずの美女揃いである。
普通なら自分の男宛てにこんな物が送られてきたら、浮気者とブッ叩かれるところだろう。だが束は何も言わなかった。自分の男の夜の無双具合を知っているので、精々側室が増えたな、と思う程度である。
―――閑話休題。
次に晶が表示させたデータは、アメリカの軍事衛星“スター・オブ・アメリカ”だった。
元々は発電衛星として建造されていた物だが、予定した性能が見込めないとの判断から、宇宙軍事基地へと設計変更されていたのだ。このため
これだけの規模を単独運用出来る辺り、流石はアメリカというところだろう。
「こっちはこっちで頑張ってるな」
「うん。まさかパワードスーツのオービットダイブをこの短期間で実用化して、宇宙基地に配備までするなんて。凡人の底力ってやつかな。でも流石に、エネルギーシールドの常時稼動までは出来なかったみたいだね」
エネルギーシールドの有無は防御力に直結する。もしアンサラー3号機が上がる前に
「出来るだけの技術力があったら、現状はもっと違っていたさ」
「確かにね」
こうした話をしている間に時間は瞬く間に過ぎて行き、寝室へと移動した2人は同じベッドで朝を迎えたのだった――――――。
◇
一方その頃。冥王星近郊には
―――状況報告。
―――地球文明が星系外縁部まで進出している可能性は0.00001%以下。
―――文明ランクCには該当せず。
―――観測範囲内において、第5~8惑星*4も開発されていない。
―――文明ランクDには該当せず。
―――観測範囲内において、第4惑星*5も開発されていない。
―――文明ランクEには該当せず。
―――観測範囲内において、第3惑星付近のみが………。
―――エラー。
―――第3惑星静止衛星軌道に超高出力エネルギー体を2つ探知。
即座にデータベースから類似データの検索が行われ、結果見つかったデータは、もし艦隊を統括するAIに感情があったなら驚愕に値するものであった。
ランクAの文明が本惑星防衛用に配備している事が多い惑星防衛用兵器だ。ランクFの文明にあっていい物ではない。また
そして地球文明がランクAに相当する可能性が出てきた事で、統括AIは本星へ指示を仰がねばならなくなった。同レベルの文明との交戦は、それなり以上のリスクを伴うからだ。
―――緊急入電。
観測情報が本星に送信されて精査された結果、返ってきた返答は進軍であった。
主な理由は2つ。惑星防衛用兵器が2つであるため、防衛網が完成していない可能性が高いこと。宇宙進出の度合いから考えて、推測されたステルス艦隊が存在していたとしても、極めて小規模である可能性が高いためだ。
但し本星も“
これはワープの特性として空間湾曲を伴うため、文明レベルが一定以上の場合、出口が形成された瞬間に探知されてしまい逆に奇襲を受ける可能性を否定できないからだった。
―――命令受託。進軍開始。
艦隊を統括するAIが、旗下38隻に命令を下す。
―――アクティブステルス及び熱光学迷彩起動。
―――地球までの航路算出。
―――進路上に
―――スイングバイ*6での増速及び軌道変更に使用。
こうして電波的・視覚的に隠蔽された
◇
5月の下旬。とある土曜日。
晶はカラードの社長室で、アレックス・デュノアとオンラインで話をしていた。
『―――しかし本当に、束博士と君には幾ら感謝しても足りないな』
『アイザックシティが都市として機能するようになったのは、多くの人の頑張りがあったからこそです。フランスには、地力があったんですよ』
2年前、フランスは生物兵器というバイオテロによって都市ナンシーと北部の穀倉地帯、及び近郊の豊かな森を汚染された。国難とも言える大打撃である。
そこに手を差し伸べたのが、篠ノ之束博士であった。あらゆる汚染から内部の人間を保護する
そうして生物兵器が作った地下の巣穴を再利用して建造が開始された“アイザックシティ”は、今やデュノアの新しい本拠地であると同時に、世界初の地下都市として新たな観光名所となっていた。
『君はそうやって謙遜するが、本当に多くの人が感謝しているのだよ。――――――と、そうだ。忘れないうちに言っておこう。元ナンシーの住人が、いずれ君と博士を招きたいと言っていた。多忙なのは知っているが、一度くらいは来てくれないか。バイオテロで住む場所を汚染され否応無く追い出された者達が、君達のお陰で再び真っ当な生活を送れるようになったんだ。感謝の気持ちを受け取って欲しい』
『束については確約出来ませんが、夏休みには一度行こうと思っていました』
『そうか!! 来てくれるか!!』
アレックスは2つの意味で喜んだ。
1つ目は名目通り、都市として稼動を始めたアイザックシティに来てくれるという意味。元都市ナンシーの住人の希望が叶えられ、更に地下都市の素晴らしい街並みを見せられるのは、純粋に喜ばしいことだろう。
2つ目は束博士が来ないかもしれないという意味。来てくれたならそれはそれで嬉しいが、親としては来ないでくれた方が都合が良い、娘のシャルロットを付添人とすることで、合法的に2人きりにする事ができるからだ。
『ええ。だから観光名所のパンフレット、事前に送って下さいね』
『勿論だとも。綺麗な場所、美味しい店、残らずリストアップして送らせて貰おう。ナンシーの元住人達も喜ぶだろう』
晶はアイザックシティの全てにアクセス出来る権限を持っており、システム的な意味では内部構造を良く知っている。だが都市内部に出来た新たな観光名所となれば、実際に住んでいる人達の案内が一番なのは道理だった。
『楽しみにしています』
この後2人は暫し雑談に興じ、ふとした事で話題が中国の事へと移った。
『ところでデュノアは中国の件に介入するつもりはないんですか?』
『マザーウィル計画が進んでいなければ、介入したかもしれん。だがあの計画が動いている今、中国から利権を奪う事に拘る必要も無い。月や宇宙でアドバンテージを握った方が、余程メリットが大きいと判断している』
『流石です』
『こちらからも良いかね』
『何ですか?』
『クレイドルで栽培した食料。フランスから先に流通させてはくれないかね』
『それは可能ですが、理由を聞いても良いですか』
『なに。ちょっとした恩返しだよ。宇宙で栽培した物が問題無く口に出来ると分かって貰うには、一般の食材と同じように使って貰うのが一番だ。そしてフランスで束博士に対する信頼度は絶大だ。恐らく問題無く受け入れられるだろう。そして誰かが口にして問題無いと分かれば、多くの人が買ってくれるに違いない』
『ありがとうございます』
『受けた恩に比べれば、大した事ではないよ』
これが切っ掛けとなり一般生活に、“宇宙産”というものが徐々に浸透していく事になる。
束の夢見た未来に、また一歩近づいたのであった。
◇
場所は変わり、地球。中国の某所。
煌びやかな執務室に、軍服を着た男女がいた。
男の方は初老と言える肥満体系で、階級章には中将とある。
女の方は若い。制服という体型がある程度画一化される服を着ていて、なお女性的な色香が滲み出ている。ISパイロットに詳しい者が彼女を見れば、今の中国では希少な専用機持ちだと分かるだろう。
「閣下。全土で日増しに現政権への不満が高まっています。もうそろそろ時かと」
「そうだな。民には苦労をかけたが、もうそろそろ頃合いかもしれん」
「では、ついに?」
「ああ。予定通りに決行する。これで、我が国は蘇るだろう」
一般市民と国を思うような口ぶりだが、女から見て男は俗物の極みであった。コネと金で階級を買い、成果は自分のもの、失敗は部下のせい、そうして上に取り入り、今の地位にまで登り詰めた豚である。それだけに、亡国機業の一員である女にとっては都合が良かった。何せ自分が美味しい思いをするためなら、他はどうでも良いという考えの持ち主だ。“民のため”“国のため”という大義名分で酔わせてやれば、亡国機業にとって実に都合よく踊ってくれた。本人がどう思っているかは知らないが、国内はズタズタ、対外関係もズタズタ、このままクーデターが起きれば、アメリカ、ロシア、インド、その他多くの国が中国から利権を毟り取るだろう。そして毟り取った利権の多くは、亡国機業のフロント企業が手にする予定になっている。
(本当。馬鹿な男)
従順な女の仮面を被りながら、女は男を見下す。亡国機業にとって、この男の利用価値はクーデターを起こすまでであった。現政権を打倒した直後辺りで醜聞を暴露して晒し者にしてやったら、こいつはどんな顔をするだろうか? そして暴徒に殺される時の顔はどんな顔だろうか? 何より現政権打倒直後にそんな事になれば、人口14億を超える国が無政府状態になる。その混乱を想像するだけで、女は愉悦を覚えずにはいられなかった。
「全ては閣下のお力あってこそ。決行のその日まで、身辺には充分に注意して下さい」
「分かっている。その為にお前を近くに置いているのだからな」
「はい。身命を賭してお守りさせて頂きます」
「頼むぞ」
女は恭しく一礼しながら、コアネットワークで仲間と通信していた。
(決行日は予定通りよ)
(了解。準備しておくわ)
クーデターの成功は約束されたものと言って良かった。亡国機業が支援しているというだけではない。国際社会の意思として、中国の現政権には表舞台から永久に退場して欲しいと、アメリカやロシア、その他多くの国や企業が国内の革命家を支援しているのだ。これで失敗するはずがない。また抗えるだけの国力が無い事は、既に誰の目にも明らかであった。だから何も問題は無い。今回のクーデターは歴史の一ページに小さく記されるだけ。いずれ他の歴史に埋没して忘れ去られる。そのはずだったのだ――――――。
第161話に続く
第二次派遣艦隊の統括AIはガチの戦闘モードです。