インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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ついに、奴らが来ました!!


第161話 歴史に残る愚行と第二次来襲

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)の第二次来襲直前に中国で起きたクーデターは、歴史に類を見ない最悪の愚行として後世に記録された。

 だがそれは、後世の人間だからこそ言える結果論でもあった。何故なら当時を生きる者達にとって、クーデターの成功は約束されたものであったからだ。

 国際社会の意思として、外敵を地球に招き入れるような中国の現政権には表舞台から永久に退場して欲しいと、アメリカやロシア、その他多くの国や企業が革命家を支援していたのだ。また歴史に記される事は無かったが、裏側では亡国機業もクーデターに加担していた。これで失敗するはずがない。クーデターで現政権が倒された後は、調和を重んじる新政権(傀儡政権)が樹立され、新たな歴史の1ページが記される。そのはずだった。

 

 ―――絶対天敵(イマージュ・オリジス)の第二次来襲の4時間前。

 

 とある土曜日の朝。薙原晶はカラードの社長室で、秘書からの内線でその一報を聞いた。

 

『社長。たった今、中国でクーデターが起きました』

『そうか。各国の初動は?』

『30分以内、遅くとも1時間以内には、各国とも声明を出して事を進めるでしょう。同調なさいますか?』

 

 中国を包囲している各国は、圧政に苦しむ市民を助けるという名目で、軍に国境を越えさせるつもりなのだ。事実上、宣戦布告となんら変わりない。

 北からロシアの人型モドキ(Type-D No.5)が2機と3個機甲師団。東からはアメリカ第七機動艦隊とギガベース。南のインドからはRAIJINとL.L.Lが1機ずつに2個機甲師団。西のキルギス、タジキスタン、パキスタンも数こそ多くないが、機甲部隊とパワードスーツの混成部隊が進軍予定となっている。

 また直接的な包囲網に参加していない国々も、クーデターを機に経済的な締め付けを強化する動きを見せていた。仮に国力が万全だったとしても、相当に厳しいだろう。

 

『いいや。自業自得さ。事前に決めていた通り、余程の事が起きない限りは静観する』

 

 晶は2ヵ月程前にあったアメリカ大使との会談で、「こちらの活動方針に変わりはありません」「好き好んで厄介事に関わりたいとも思いません」、と積極的な介入はしないと宣言している。

 だが万一の事態に備えないという訳ではなかった。クーデターのような政治的混乱は、保有している大量破壊兵器(核や生物兵器)流出の危険性を跳ね上げるからだ。またソ連がロシアになった時の混乱で実際に流出した事を考えれば、今回も同様の事が起きる可能性は高いだろう。

 このため偵察衛星での情報収集に加え、カラード戦闘部門、ハウンドチーム、更には束直轄の人造人間であるラナ・ニールセン(ナインボール IS Ver)*1を、即応態勢で待機させていた。

 

『了解しました』

 

 こうして報告を受けた晶は内線を切った後、室内中央に地球の立体映像を表示させた。次いでアイコン化されたアンサラー1号機と2号機、48機の中継衛星、6機のシールド衛星、6機の攻撃衛星、その他幾つかの偵察衛星が順に表示されていく。

 そして保有している衛星群のお陰で、中国の動きはほぼ丸裸と言ってよかった。雲などの不確定要素で地上全てを完璧に見渡す事はできないが、逆を言えば雲さえ無ければ地上のあらゆる動きを観測できるのだ。

 現状を確認したところで、ラウラからコアネットワークが接続された。

 

(クーデターの話は聞いたか?)

(聞いた)

(私も一応そちらで待機しようと思う)

(今のところ介入する予定は無いぞ)

(カラードが大量破壊兵器(核や生物兵器)の流出以外では、介入しない予定というのは私も国から聞いている)

(なら何故?)

(そういう事態が起きた時、すぐに動ける人間が多いに越したことはないだろう)

(それはそうだが、本国の許可は降りているのか?)

 

 ラウラは学園卒業後、カラードへの就職が決定している。だが今はまだ、ドイツ所属の代表候補生なのだ。指揮系統の無視は、面倒事の種にしかならない。尤も軍人である彼女にとって、その類の事は言われるまでも無かった。

 

(勿論だ。今頃お前の秘書が、ドイツから連絡を受けているだろう)

(手回しが良いな)

(政情が不安定なのは分かっていたからな。万一の事態に備えて、色々と上申しておいた)

(何を上に吹き込んだ?)

(吹き込んだとは人聞きの悪い。ただカラード本社なら緊急展開用ブースター(IS用VOB)があるし、装備の補給も受けやすい。更に情報も入手しやすい。つまり世界平和に貢献をし易いという利点を説いただけだ)

(なるほど。じゃあ来てくれ。待機用の部屋は用意しておく)

(すぐに向かおう。ところで、他の面子に声をかける気は無いのか?)

(無い。クーデターは完全に政治案件だ。事前に調整を済ませているお前ならまだしも、他の専用機持ち(他のクラスメイト)を介入させるなら、事前にそれぞれの母国との調整が必要になる)

 

 少々面倒臭い話だが、専用機持ちの行動は国の意思と同義に見られる事が多い。将来的にカラードへの就職が決まっている面々と言えど、この辺りの事情を無視すると面倒事の種になりかねなかった。

 そして晶としては、アメリカ、ロシア、インド、キルギス、タジキスタン、パキスタンといった国々が軍を動員している今、何かあったなら動員をかけている国々に情報提供をして、そちらで対処して貰うのが筋と考えていた。また動員をかけている国々で対処出来なかった場合でも、カラード戦闘部門、ハウンド、ラナ・ニールセン(ナインボール IS Ver)という保険がある。このためクラスメイトの待機は必要無い、というのが晶の判断だった。しかし、ラウラの考えは違っていた。

 

(起きて欲しくない事は、起きて欲しくないタイミングで起こるものさ。だから備える。調整が必要だというなら、こちら(ドイツ)から他の国に連絡しておこう)

(随分と仕事熱心だな)

(私は将来的にお前の部下になる。そして良い部下というのは、常に備えておくものさ)

(なるほど。一応確認しておくが、誰々を呼ぶ気なんだ?)

(シャルロット、セシリア、簪、一夏、箒、鈴だな。他のクラスメイト達では、まだデリケートな作戦は難しいだろう)

(鈴は大丈夫か? 正直、俺としては少し不安がある)

 

 クーデターの舞台は鈴の母国である中国だ。何かしらの思い入れがあって暴走する可能性も捨てきれない。だが晶の不安を、ラウラは一蹴した。

 

(私は人の機微に聡い方ではないが、そんな私から見てもアイツは一夏にぞっこんだ。その一夏がこちら側にいて手綱を握っている限り、心配は無いだろう)

(分かった。じゃあ、任せた)

(ああ、任された)

 

 こうして通信を終えた晶は別の仕事に手をつけ始め、ラウラは方々へ連絡を取り始めたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 2時間後。

 カラード本社の地下格納庫には、ラウラ、シャルロット、セシリア、簪、一夏、箒、鈴、という晶の直弟子達が揃っていた。

 そして皆の前に立ったラウラは、他の者達に聞かせる意味で鈴に声をかけた。

 

「最後に確認しておくが、良いんだな?」

「勿論よ。私の居場所は一夏の隣で、国じゃないわ」

 

 この言葉は、真実そのままの意味であった。クーデターが発生した時、鈴には帰国命令が出ていたが、彼女はそれを無視したのだ。母国よりも、恋人を取ったのである。

 

「万一の時はデリケートな作戦になるが、心配は無さそうだな」

「ええ。心配しないで」

 

 満足のいく返答を聞けたラウラはニヤリと笑い、今度は一夏に声をかけた。

 

「だそうだが、何か言う事はあるか?」

「今更だよ。鈴も、箒も、しっかり幸せにして見せるさ」

 

 世間一般的な感覚で言えば、二股宣言で問題ありな発言だろう。だが2人に熱烈に迫られ男女の関係になっている一夏は、もう決めていたのだった。そして幸か不幸か、この場にそれを問題視する人間はいなかった。他の女性陣には、薙原晶という愛多き男がいたからだ。

 ちなみに話題にされた2人の顔は若干赤くなっていたが、どこか誇らしげであった。

 

「すっかり男らしくなったな」

「そうか?」

「そうさ」

 

 一度言葉を区切ったラウラは、皆を見渡してから再び話し始めた。

 

「さて、本題に入る前に、状況認識の擦り合わせをしておこう。2時間前に中国でクーデターが発生した事は、招集前に話した通りだ。だが晶の奴は当初、我々を招集する気は無かった。理由はクーデターが完全な政治案件で、我々専用機持ちの介入には政治的要素が絡むためだ。またアイツ()が言っていた訳ではないが、既に多くの国々が動いている現状で、我々が積極的に介入しなければならない理由も無いだろう。しかし私は我々専用機持ちが、万一に備えて待機しているのは決して無駄ではないと考え、アイツ()に話して今回の招集となった。従って、確実に出撃があるという訳ではない。だが万一の出撃に備えて、一応編成は決めてある。チームALFA(アルファ)が一夏、箒。チームBRAVO(ブラボー)が私、セシリア。チームCHARLIE(チャーリー)がシャルロット、簪、鈴を考えている。状況によっては変更も有り得るが、まぁこの面子ならどんな組み合わせでも問題あるまい」

 

 ラウラの話がひと段落したのを見て、一夏が挙手、質問をしてきた。

 

「今はラウラが音頭を取ってるけど、出撃するしないの判断は晶がするのか?」

「勿論だ」

「あともう1つ。想定している万一の事態ってどんな内容なんだ?」

「クーデターのどさくさに紛れて、大量破壊兵器(核や生物兵器)を流出させようという輩がいるかもしれん。対応するとしたら今動いている国々が先になるだろうが、手が足りなくなる可能性もある。我々はその時の備えだな」

「分かった」

「僕からもいいかな」

 

 次に質問してきたのはシャルロットだ。

 

「いいぞ」

「万一出撃するとしたらかなり流動的な状況の中だと思うんだけど、オペレーターは必要無いのかな?」

「その点は予めアイツ()と相談しておいた。出撃するような状況になった場合、カラードのオペレーターが付く事になっている」

「なるほど。なら大丈夫そうだね」

 

 ISパイロットにオペレーターを付けるというのは、晶が発案者なのだ。その当人が社長を務める会社のオペレーターだ。腕が悪いはずもない。

 

「待機時間が長くなりそうですけど、待機場所については何か聞いていますの?」

 

 セシリアの質問に、ラウラは格納庫の奥の方を指差した。

 

「あっちにキャンピング仕様のF21C STORK(輸送ヘリ)が準備されている。集合前に内部を見てきたが、中々快適そうな作りだったぞ」

「分かりましたわ」

「質問についてはこのくらいか? ――――――他に無ければ、話はこれで終了だ。後は適度にリラックスしつつ、備えるとしよう」

 

 こうして晶の直弟子達は幸運にも、運命の時を前に一ヶ所に集まっていたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 晶の直弟子達が集結してから2時間後、中国。

 後世において歴史に残る愚行として記録されるクーデターは、多くの国々の目論見通りに進行していた。

 決起に呼応して北からはロシアの人型モドキ(Type-D No.5)2機と3個機甲師団が、東からはアメリカ第七機動艦隊とギガベースが、南からはインドのRAIJINとL.L.Lに2個機甲師団が、西の小国の連合からは機甲部隊とパワードスーツの混成部隊が、圧政に苦しむ市民を助けるという名目で国境を越え、相対した中国軍を圧倒的な火力差でねじ伏せていく。

 また反体制派は各国の軍が政府軍を相手取ってくれている間に、地方にある放送局を占拠してメディア戦略を開始していた。中国政府の首脳陣が如何に私腹を肥やし、犯罪を隠蔽していたかを垂れ流す事で、現政権の求心力を削ぐためだ。

 無論、政権側も手をこまねいていた訳ではない。対抗放送を流しつつ、占拠された地方放送局の回線を遠隔操作で切断し、余計な情報を流されないようにしていく。しかし放送局に工兵を送り込まれては、それも無駄だった。すぐに回線は復旧され、不都合な事実が白日の下に晒されていく。

 このまま進めば、クーデターの成功例として歴史に記されただろう。しかし、そうはならなかった。切っ掛けは反体制派が宇宙軍司令部の占拠に失敗し、政権側に反撃の時間を与えてしまったことに始まる。

 政権側は軍事介入してきた各国への報復として、対衛星兵器群の使用を決断したのだ。

 これは武装した人工衛星を使って他国の衛星を攻撃する為の兵器群で、主なターゲットはアメリカのGPS衛星、ロシアのGLONASS衛星、インドのNAVIC衛星、欧州のGalileo衛星、日本のみちびき衛星など、全球測位衛星システム(GNSS)であった。これに対して各国は即座に中国の同一システム、北斗衛星導航系統(BeiDou)を対衛星兵器群で攻撃した。

 この結果もたらされた被害は、何処の国にとっても甚大という言葉を幾ら重ねても足りない程に甚大であった。

 何故ならこれら衛星群は軍事用途にはじまり、航空機、船舶、測量、カーナビ、位置情報SNS、時刻の取得、防犯など多岐に渡って使用されている。それらが一斉に使えなくなったのだ。更に発生した大量のデブリが他の衛星を直撃し、エネルギーシールドを持たない既存の衛星群は、連鎖的に使用不可能になっていった。これにより日常生活だけでなく、世界経済を支える物流にも大混乱をきたした上に、各国は地上と宇宙の両方に対する目と耳を失った。

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)の第二次来襲があったのは、このタイミングである。

 

 ―――カラード社長室。

 

 晶を動かしたのは、アンサラーからの緊急警報だった。月の陰から巨大エネルギー反応多数。総数39。反応なおも上昇中。社長室から飛び出した直後に、束からのコアネットワーク通信が入る。

 

(晶!! すぐ宇宙(そら)に上がって!!)

(今格納庫に向かってる)

 

 同時に、カラードに緊急事態を知らせるサイレンが鳴り響き始めた。そして晶ではなく、束がアナウンスする。

 

『全員に伝えるよ。月の陰から巨大エネルギー反応多数。高確率で絶対天敵(イマージュ・オリジス)の第二次来襲だ。晶はこれから迎撃に上がる。集まってる専用機持ちは一緒に行けるなら行って。行かないなら部屋の隅でガタガタ震えてなさい。そんな専用機持ちはいらない。繰り返すよ。月の陰から巨大エネルギー反応多数。高確率で――――――』

 

 晶が地下格納庫に到着した時、専用機持ちの皆はISを展開して、宇宙進出用ブースターとのドッキングを開始していた。ラウラ、シャルロット、セシリア、簪、一夏、箒、鈴だけでなく、カラード戦闘部門、ハウンド、ラナ・ニールセンという全員だ。

 そんな中で晶もNEXTを展開して、ブースターとのドッキングを始める。すると今度はブースターの置かれている床そのものが動きだし、エレベーターシャフトへと向かい始めた。同時進行で各機が自己診断プログラムをロード。システムチェック開始。この間も床は動き続け、地上へとリフトアップされていく。

 地上に出ると同時にシステムチェック終了。オールクリア。ブースターに火が入り、甲高い作動音が響き渡る。

 そして通常の手順なら周囲への配慮から、超音速領域への突入は十分な高度に到達してから行われる。だが一刻を争う今、その手順は無視された。離陸した瞬間から最大出力で加速。爆音を轟かせながら、各機は一気に空へと駆け上がっていくのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時間は、少しだけ遡る。

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)の第二次派遣艦隊を統括するAIは、アンサラーを最大級の脅威とみなして作戦行動を立案していた。

 何故ならアンサラーから探知されているエネルギー反応は、ランクA文明*2の母星を護る惑星防衛用兵器に相当しているのだ。決して、ランクF文明*3にあっていい物ではない。可能性として最も高いのは他文明が地球に接触して貸し与えているというものだが、貸し与えるにしては高性能過ぎる。

 このため第二次派遣艦隊を統括するAIは、地球への接近に際して入念な安全策をとっていた。アクティブステルス、熱光学迷彩、慣性航行という徹底した隠密行動に加え、地球から射線の通らない月の裏側から接近していたのだ。またアンサラーが2機体制である事はエネルギー反応から知られており、更に現在の配置から本来は3機体制での運用が想定されている事も推測されていた。つまり防衛態勢に大きな穴がある事は、既に知られていたのだ。

 そして戦術というものを理解している統括AIが旗下38隻に示した作戦は、地球側にとって最もとって欲しくない内容となっていた。

 艦隊を3つに分け、第1艦隊(13隻)をアンサラー1号機の牽制に向かわせ、第2艦隊(13隻)をアンサラー2号機の牽制に向かわせ、第3艦隊(13隻)をアメリカが単独運用している宇宙軍事基地“スター・オブ・アメリカ”に向けたのだ。

 これは第1艦隊と第2艦隊で超高出力エネルギー体(アンサラー)を牽制し、その場に貼り付ける事を最優先とした作戦である。つまり本命は第3艦隊。超高出力エネルギー体(アンサラー)に比べ、明らかに見劣りするスター・オブ・アメリカを撃破後、地球の北米大陸へと強行着陸させる気なのだ。また統括AIは第3艦隊を地球に降下させる際、内包している降下船を地球各地にばら撒くつもりであった。

 何故これが最もとって欲しくない内容であるのか?

 1つ目の理由はこの戦術をとられた場合、アンサラー1号機と2号機は移動の自由を奪われてしまう。軌道遷移して他への救援に動けば、背後の地球を狙われてしまうのだ。

 2つ目の理由は第3艦隊に搭載されている降下船を、地球各地にばら撒くことだ。第一次来襲時、地球側はたった4隻の降下船を排除するのに、50万人を超える死者を出した。そして第3艦隊には第一次来襲時に来た艦と同型艦が12隻あり、1艦あたり12隻の降下船を搭載している。つまり単純計算で144隻の降下船が地球全土にばら撒かれるのだ。地球側の被害は、途轍もないものになるだろう。

 3つ目の理由は北米大陸に強行着陸された場合、地球の丸みが盾となりアンサラー1号機と2号機から、絶対天敵(イマージュ・オリジス)の艦隊を直接照準できないのだ。無論アンサラーは衛星なので、本来なら軌道遷移して直接照準が可能だ。だがここで、艦隊を3つに分けたのが活きてくる。強行着陸した艦隊を直接照準する為にアンサラーが動けば、背後にある地域は第1艦隊と第2艦隊の艦砲射撃に晒されるだろう。

 なお統括AIはこの作戦を決定するに当たり、地球側に超高出力エネルギー体(アンサラー)の攻撃を反射して届かせる、反射衛星のような存在もあると推測していたが、艦隊の射程は地球近郊を十分にカバーしているし、惑星圏内からでも宇宙に届く。仮にランクA相当の技術力で造られた反射衛星であろうと―――別文明との交戦経験から―――撃破は可能であると判断していた。

 また統括AIの作戦案にはアクティブステルスと熱光学迷彩を使用したまま接近する、というのもあったがこれが採用されなかった理由は、アンサラーをランクA文明相当の建造物とみなしているからだった。月軌道内という(宇宙的な距離感で)超至近距離なら高確率で見破られるため、その分のエネルギーを加速やシールドに用いた方が合理的という判断からだ。

                                                 

 ―――第1艦(統括AI)から全艦へ。コンディションチェック。

 

 ―――第2~39番艦。セルフチェッククリア。オールグリーン。

 

 ―――第1艦(統括AI)から第2艦隊と第3艦隊へ一部権限を委譲。

 

 ―――第2艦隊旗艦。権限委譲を確認。

 

 ―――第3艦隊旗艦。権限委譲を確認。

 

 ―――各艦隊を密集陣形から円錐陣形へ移行。

 

 AI制御らしい一糸乱れぬ艦隊運動で、陣形が再構築されていく。

 

 ―――アクティブステルス、熱光学迷彩解除。

 

 ―――主機関点火。

 

 ―――全兵装へのエネルギー供給開始。

 

 太陽の光が届かない月の陰で、異文明の戦闘艦が姿を現していく。ラクビーボール状の全長2400メートル級の艦が36隻。二等辺三角形状の全長5000メートル級の大型艦が3隻だ。内包されている戦力は4メートル級の小型種で7200体、巨大兵器と同等レベルのエネルギー反応を示す20メートル級が108体、巨大兵器の十数倍のエネルギー反応を示す50メートル級が36体である。しかも絶対天敵(イマージュ・オリジス)側は、幾つかの条件はあるものの侵略地の資源を使い、これら個体を生産出来るのだ。

 

 ―――戦闘準備完了。

 

 そうして絶対天敵(イマージュ・オリジス)の艦隊は、地球への侵攻を開始したのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 宇宙(そら)に駆け上がっていくNEXT(薙原晶)に、束から現在分かっている情報が転送され、脳内にMAP情報として展開される。

 月の陰から現れた反応は39。内36は第一次来襲時に来た艦と同じ反応で、残り3つの反応は桁が1つ違う。

 そして第二次派遣艦隊は3つの巨大反応を中核として、艦隊を3つに分けて動いていた。

 第1艦隊(13隻)がアンサラー1号機へ、第2艦隊(13隻)がアンサラー2号機へ、第3艦隊(13隻)がスター・オブ・アメリカへと向かっている。

 

(………厳しいな)

 

 晶の思いが、呟きとなって漏れた。スター・オブ・アメリカを狙っているという事は、あそこが一番の穴だという事を見破られている可能性が高い。また弱点の一点突破ではなくアンサラーにも戦力を向かわせているという事は、陽動もしくは牽制で、アンサラーの行動を制限するという意図が透けて見える。

 

(本当にね。どうする?)

(嘆いてもボヤいても仕方がない。まずはスター・オブ・アメリカに向かっている奴らを叩く。自由にやらせて良い事は何もないからな)

(了解だよ)

 

 返答と共に束は、スター・オブ・アメリカの周囲に展開していた6機のシールド衛星と6機の攻撃衛星*4に、アンサラー1号機と2号機からのエネルギー供給を開始した。

 これらはアンサラー3号機を宇宙(そら)に上げるまでの繋ぎ、防衛網の穴を応急的に塞ぐ目的で配置されていた間に合わせ装備だ。だがスーパーマイクロウェーブによるエネルギー供給を前提としているだけあって、第一次来襲時に現れた敵艦を相手にしても、十分にやり合えるだけの性能を与えられていた。

 計算上、シールド衛星は第一次来襲時の砲撃*5を10発程度なら防げるし、攻撃衛星は第一次来襲時に現れた艦と同型艦のシールドなら突破可能な攻撃力を持っている。だが弱点が無い訳ではなかった。アンサラー1号機と2号機が戦闘状態に入っていた場合、戦闘の程度にもよるが、シールド衛星と攻撃衛星へのエネルギー供給が滞る可能性があったのだ。

 つまり地球が多方面から同時侵攻された場合は、アンサラー3号機の上がっていない宙域に最も早く穴が開く、ということになる。

 

(あと、束。OVERED WEAPON(オーバードウェポン)、使うぞ)

 

 NEXTの拡張領域(バススロット)に収められているOVERED WEAPON(オーバードウェポン)は、いずれもここではない別の世界(AC世界)において、純粋なるアーマードコア・ネクスト規格で設計された兵器を、束が持つ技術でブラッシュアップして作り上げられた超兵器だ。

 その破壊力は束や晶への排斥運動へと繋がりかねないほど圧倒的であったため、これまでOVERED WEAPON(オーバードウェポン)は人目につかない場所でしか使用してこなかった。その禁を解くというのだ。

 

(仕方ないね)

 

 束の本心としては、使わせたくなかった。だが出し惜しみして勝てるほど甘い状況でもない。

 彼女はそんな事を思いながら、次の言葉を口にした。

 

(ところで晶)

(うん?)

(奴らの横っ面を効果的に殴り飛ばすには、どんな風に攻めれば良いと思う?)

(そうだな。まずアンサラー1号機と2号機に向かっている艦隊は、そのままアンサラーに任せよう。割ける戦力が無いっていうのもあるが、アンサラーを牽制するつもりで動いているなら、逆を言えばあっちに2個艦隊を貼り付けに出来るってことだ)

(そうだね。じゃあ、スター・オブ・アメリカに向かっている方は?)

(そっちは三段構えでいく。フェイズ1は攻撃衛星による砲撃戦。そして砲撃戦をしている間に接近して、HUGE CANNON(ヒュージ・キャノン)の射程に捕らえ次第撃ち込むのがフェイズ2。で、今一緒に上がっている面子と艦隊攻撃するのがフェイズ3。あと間に合うなら、クレイドルに常駐している対絶対天敵(イマージュ・オリジス)用の部隊を投入したい。今から呼んで間に合いそうか?)

(ちょっと待って。今軌道計算するから――――――出たよ。仮に今すぐ出撃したとして、フェイズ3開始後ってところだと思う)

(なら束から要請してもらってもいいか。俺はこれから一緒に上がっている面子に作戦を説明する)

(分かった。戦闘、気をつけてね)

(ああ。必ず戻るよ)

 

 こうして束との話を終えた晶は、一緒に宇宙(そら)へと上がっている面子にコアネットワークを接続し、作戦を説明し始めたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 場所は変わり、地球周回低軌道(LEO)*6にあるクレイドル。

 アンサラーからの潤沢なエネルギー供給によりエネルギーシールドを常時展開しているこの船は、対衛星兵器の使用で無数に発生したデブリの中でも機能を失っていなかった。

 その船内に、船長の声が響き渡る。

 

『総員傾注!! 束博士から緊急通信が入った。全員、心して聞くように』

『時間が無いから手短に言うよ。絶対天敵(イマージュ・オリジス)の第二次来襲が確認された。侵攻ルート、先行している部隊、展開予定の作戦情報は戦闘データリンクに入れてあるから各自確認して。そして奴らの艦隊の1つが、地球防衛網の中で最も薄いスター・オブ・アメリカに向かっている。突破を許せば多分、艦砲射撃で地表が更地にされるか、地球に強行着陸されて雪だるま式に増える軍団と泥沼の地上戦をする事になる。だから止めたい。力を貸して』

 

 聞いた瞬間、船内にいる全員が動き出していた。各々が、各々の持ち場に向かって駆けて行く。

 

『コントロールからISパイロット各員へ。どんな敵が出てくるか分かりません。汎用性に富んだ標準装備を基本に、各自拡張領域(バススロット)にお好みで』

『リング01からコントロールへ。武装制限は?』

『ありません。対絶対天敵(イマージュ・オリジス)戦であるため、特務規定に基づき全武装のロックが解除されました』

『了解』

『ブースター1番から7番。準備良し』

 

 メカニックからの通信に、7名のISパイロット達はブースターとのドッキング作業を開始した。

 その最中にも通信は飛び交っていく。

 

『コントロールからISパイロット各員へ。戦闘データリンクの情報確認完了。先行しているのはNEXTと直弟子にハウンド、カラード戦闘部門、ラナ・ニールセン。錚々たるメンバーよ。これに混じれるなんて凄いんじゃない』

 

 オペレーターの言葉に、パイロットの1人が軽口を叩いた。

 

『終わったらサイン貰おうかしら』

『良いわね。全員で貰いに行きましょう。リング01ドッキング完了。自己診断プログラムスタート。02から07は?』

 

 口頭での返答と同時に戦闘データリンクに各機の情報がアップロードされ、発進前の自己診断プログラムが後10秒で終わると分かる。

 

『コントロールからISパイロット各員へ。先行部隊との合流ポイント、軌道計算完了。合流は束博士が提示した作戦案のフェイズ3開始後、多分乱戦の最中になります』

『リング01より各機へ。聞いたわね。気を引き締めなさい。行くわよ!!』

 

 こうして第一陣が出撃した後、すぐに第二陣や第三陣が間を置かずに出撃し、絶対天敵(イマージュ・オリジス)の第二次派遣艦隊迎撃へと向かって行ったのだった。

 

 

 

 第162話に続く

 

 

 

*1
外見は金色の瞳と同色の髪を持つ美しい女性。腰まである長いストレートヘアは、飾り気の無いポニーテール。スタイルは束が元々マネキン人形として使っていたため非常に整っている。

*2
絶対天敵(イマージュ・オリジス)と同等レベルの文明

*3
宇宙進出の極初期段階。辛うじて星の重力を振り切り、母星に極々近い場所でのみ活動する低レベルな文明。

*4
「第159話 3年生になりました!!!」で登場

*5
計測されたエネルギー反応は、純粋水爆弾頭が使用されているオリジナル・ヒュージキャノンのおよそ1万倍。

*6
高度2,000km以下の地球周回軌道。リアルでは、国際宇宙ステーションなどがこの軌道に存在です。




只でさえ地球側劣勢なのに、更にデバフのかかった状態で第二次来襲の時を迎えてしまいました。
さぁどうなる地球!!(邪悪な笑み)
ちなみに今回のファインプレーは間違いなくラウラさん。

-追記-
本文中で「第3艦隊には第一次来襲時に来た艦と同型艦が11隻あり、1艦あたり12隻の降下船を搭載している。つまり単純計算で132隻の降下船」と記述しているところがありましたが、「同型艦が12隻」「つまり単純計算で144隻の降下船」と修正致しました。(1艦隊の数が13隻であるための修正です)

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