インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
晶は
(束、第3艦隊の方は片付いた。アンサラー1号機と2号機の方はどうなってる?)
(今のところは大丈夫。というか第1艦隊と第2艦隊の主目的は、アンサラーをその場に釘付けにする事みたい。これを見て)
送信されてきたアンサラーの戦闘ログを見ると、背後の地球を護る為の空間湾曲シールドで莫大なエネルギーを消費させられてはいるが、損害らしい損害は受けていなかった。だが敵艦隊へのダメージも、相手が遠距離からの撃ち合いに終始している事もあり、2隻を撃沈するに留まっている。そして束が第1艦隊と第2艦隊の主目的をアンサラーの釘付けと判断した理由が、240隻の降下船と総計80体に及ぶ大型種*1を、アンサラーの防空圏を迂回する軌道で、第3艦隊が開けた地球防衛網の穴に向けて射出していることだった。
(なるほど)
晶は一言呟いた後、敵の意図について考えた。惑星を攻略するのに、馬鹿正直に
そして第一次来襲時、200メートル級の降下船1隻から1週間で生産された小型種は約2000体。つまり1日あたり約285体。今回の降下船は240隻なので、もし一切迎撃出来ず地上に降ろしてしまった場合、1日あたり285×240で68400体が生産される。たった1日でだ。
これに80体に及ぶ大型種が加わり地上で暴れるとなれば、どれほどの被害が出るか分からない。
まして各国は今、軍を効率的に運用するのに必要不可欠な衛星ネットワークを、ケスラーシンドローム*2のお陰で欠いている。
索敵や軍の移動、補給などの諸要素を考えれば、すぐに攻撃など出来るはずもない。
だが束と晶は、戦況は地球側に傾くと考えていた。
何故ならアンサラーには、地表を更地に出来るレベルの対地攻撃能力がある。この後IS部隊で第1艦隊と第2艦隊を攻略してアンサラーを自由に動かせるようになれば、降下船や大型種は楽に掃討出来るだろう。しかも第1艦隊と第2艦隊を攻略する時には、第3艦隊と相対した時とは違い、アンサラーからの支援砲撃がある。IS部隊の実力を鑑みれば、まず攻略に失敗する事は無いだろう。
しかしこの考えは、束が敵の降下軌道を算出した時点で消し飛んだのだった。
(晶。敵も色々考えてるみたい)
算出された降下軌道と地上のMAP情報が重ねられ、送られてくる。
そこにはあったのは――――――。
(チッ。厄介な)
舌打ちせずにはいられなかった。予測降下地点が、高エネルギー反応を示す原発や大都市圏に集中しているのだ。これではアンサラーの対地攻撃で、一網打尽という訳にはいかない。
(どうしようか?)
(宇宙側を先に叩くのは変わらない。アンサラーを自由に動かせるようにした方が、最終的な被害は抑えられるはずだ)
(なら宇宙側が片付くまで、各国の軍には頑張って貰わないとね)
(そうだな。ところで束。各国の軍に頑張ってもらう為に、アンサラーと中継衛星からの観測情報って流せるか?)
(地上の設備は生きてるから、回線を開いてくれればすぐにでも可能だよ。正直、やりたくはないんだけどね)
各国が偵察衛星の解像度を軍事機密としているのと同じように、束にとってもこの類の情報は公開したくないものだった。ある程度フィルターをかけて情報を流すにしても、篠ノ之束一個人が地球全土を覆う衛星ネットワークを構築している、と宣言するのと同じだからだ。勿論アンサラーの対地攻撃能力も、できるなら隠しておきたい。
(俺だってそうさ。でもやらなかった場合の被害は、流石に許容できない)
綿密なシミュレーションをするまでもなく、極大の被害が予測された。そしてその通りになればこの戦いで人類が勝ったとしても、宇宙開発が数十年単位で遅れるのは避けられない。
(うん。流石に仕方がないかな。分かった。各国には私の方から、観測情報を流しておくね)
(頼む。こっちはクレイドルで皆の補給をした後、第2艦隊を叩きに行く)
(頑張ってね)
(ありがとう。行ってくる。そっちも頑張ってくれ)
こうして通信を終えた2人は、それぞれの場所で行動し始めたのだった。
◇
各国は束博士が開示した観測情報により、240隻の降下船と総計80体に及ぶ大型種が、地上に迫っていると知る事ができた。だが知る事が出来たからといって、十分な対応が行えるとは限らない。何故なら一緒に伝えられた予測降下地点は、稼働中の原発や世界有数の大都市という、人類側が極めて戦い辛い場所だったからだ。
「クソッ!! 異星人め!!」
アメリカ。ホワイトハウス大統領執務室。
部屋の主は画面に表示されている地名を見て、悪態をつかずにはいられなかった。
―――予測降下地点―――
No.01:アメリカ合衆国 ニューヨーク(人口840万人)
No.02:アメリカ合衆国 ラスビー(カルバート・クリフス原子力発電所)
No.03:アメリカ合衆国 ロサンゼルス(人口380万人)
No.04:アメリカ合衆国 アビラ・ビーチ(ディアブロ・キャニオン原子力発電所)
No.05:ブラジル サンパウロ(人口1200万人)
No.06:日本 東京(人口1400万人)
No.07:中国 北京(人口2100万人)
No.08:ロシア モスクワ(人口1200万人)
No.09:ロシア レニングラード(レニングラード原子力発電所)
No.10:インド ベンガルール(人口840万人)
―――予測降下地点―――
「大統領。ご決断を」
「分かっている。分かってはいるが………」
首席補佐官の言葉に、大統領は言葉を詰まらせた。
240隻の降下船が10ヶ所に等しく分散しているので、1ヶ所あたり24隻。80体に及ぶ大型種の内訳は、巨大兵器と同等レベルのエネルギー反応を示す20メートル級が60体、巨大兵器の十数倍のエネルギー反応を示す50メートル級が20体。こちらも10ヶ所に等しく分散しているので、1ヶ所あたり20メートル級は6体、50メートル級は2体だ。
そして第一次来襲時、たった1隻の降下船を撃破するのにアメリカ軍が支払った代償は、IS8機、巨大兵器3機、パワードスーツ、戦車、砲兵といった各部隊が数個大隊である。今回と前回とでは状況が異なるので単純な比較は出来ないが、仮に戦闘を1ヶ所に限定したとしても、最低でも24倍+複数体の巨大兵器クラスを相手にしなければならないのだ。しかも時間をかければ、敵は兵力の生産を始めてしまう。
大統領は迷った末に決断を下した。
「ラスビーとアビラ・ビーチの原子炉は緊急閉鎖の後、職員は緊急退避。予測降下地点近隣には緊急避難命令を発令。軍は総力を挙げて、市民を避難させろ」
「攻撃はしないのですか?」
「敵降下船の防空半径は378キロ。しかもISレベルの機動力が無ければ、ほぼ必中のレーザーだ。これに巨大兵器以上の機動戦力がいるとなれば、十分な戦力を集中させなければ、兵を無駄死にさせるだけだろう。だから軍には殴り返す時の為に、力を温存しておけと伝えておけ」
「了解しました」
「あと、第七艦隊の状況は分かるか?」
「つい先ほど、カラードのネットワーク経由で情報が届きました。中国で展開していた自軍兵力を収容後、即時安全圏まで退避するそうです」
「判断が早いな。退避後の行動については何か言っていたか?」
「日米安保に従い日本防衛に協力するか、北京奪回に動くかは、状況を見て判断するとのことです」
「なるほど。現状ではベターな選択だな」
判断の早さに感心する大統領だったが、コウモリさんな第七艦隊の司令にとっては、自分が死にたくない一心で下した判断だった。彼の人生予定に、勇猛果敢に戦って戦死など入っていないのだ。甘い汁を啜ってのんびりゆるり美女とイチャイチャしながら暮らすのが、彼の人生予定である。
―――閑話休題。
落ち着き払った大統領の言葉を聞いた首席補佐官は、気になっていた事を尋ねた。
「ところで、大統領は避難しないのですか?」
予測降下地点のNo.02であるラスビーは、アメリカ合衆国の首都、ワシントンDCから70キロ程度しか離れていない。
「一般市民よりも先に、自分だけ安全圏に避難するなど支持率が下がる最たる行動だろう」
「ですが全軍の司令官という責任ある立場でもあります」
「責任を果たすという意味では、ここの地下にはシチュエーションルーム*3がある。何よりここの地下は核にすら耐えられるシェルター構造だ。下手に動くより、こちらの方が安全だろう。それに勝算なき籠城は自殺行為だが、勝算が無い訳ではない」
「と言いますと?」
「NEXTだよ。
「なるほど。ではカラードにその旨を送っておきましょう」
こうして今後の方針を決めた大統領は、部下達と共に地下のシェルターへと移動したのだった――――――。
◇
場所は変わり、束の自宅。敵の予測降下地点を算出した束は、ある決断をしようとしていた。
(晶)
(どうした?)
(降下してきた敵部隊に、IBIS、パルヴァライザー、セラフを使おうと思う)
(IBISとセラフはアンサラーの防衛ユニットとして使っているし、パルヴァライザーはお前の護衛だぞ。良いのか?)
晶の確認に束は肯いた。
(うん。IBISとセラフを晶達と一緒に行動させる事も考えたけど、宇宙側の戦力は多分足りるだろうから、地上で使おうと思って。それにパルヴァライザーは私が自宅にいる限り出番は無い。なら、有効活用するべきでしょ)
IBIS、パルヴァライザー、セラフの機体性能はNEXTと同等レベル。確かにこの3機を地上に投入したなら、全体的な被害はかなり軽減できるだろう。
(分かった。こっちもなるべく早く艦隊を片付けて、地上に向かう)
(焦りは禁物だよ。確実に。そして気をつけてね)
(ああ。ありがとう)
コアネットワーク通信を終えた彼女は、手元のコンソールを操作し始めた。
眼前の空間ウインドウに、文字が流れていく。
―――Status Window―――
機体名:ナインボール・セラフ Ver.NEXT
→R ARM UNIT :腕部内装チェーンガン、腕部内装ブレードシステム
→L ARM UNIT :腕部内装プラズマキャノン、腕部内装ブレードシステム
→R BACK UNIT :
→L BACK UNIT :
→SHOULDER UNIT :多連装ミサイルランチャー
→INSIDE :ステルス装置
→OTHER :アサルトアーマー、アサルトキャノン
全システム、チェック終了。
機体名:IBIS Ver.NEXT
→R ARM UNIT :ロングレーザーライフル
→L ARM UNIT :ロングレーザーブレード
→R BACK UNIT :イクシードオービット内蔵型ウイングユニット
→L BACK UNIT :イクシードオービット内蔵型ウイングユニット
→SHOULDER UNIT :レーザー型ミサイル迎撃装置
→INSIDE :ステルス装置
→OTHER :アサルトアーマー、アサルトキャノン
全システム、チェック終了。
機体名:パルヴァライザー Ver.NEXT
→R ARM UNIT :レーザーブレード
→L ARM UNIT :レーザーブレード
→FLOAT UNIT :エネルギーマシンガン×4、ラインレーザー×2、
レーザーキャノン×1、ホーミングレーザー×5
→SHOULDER UNIT :バリアユニット、全方位拡散レーザー
→INSIDE :ステルス装置
→OTHER :アサルトアーマー、アサルトキャノン
全システム、チェック終了。
―――Status Window―――
3機のステータスを確認した束は、命令を下した。
『最初の目標は東京に降下してきた敵部隊。遠慮はいらないわ。叩き潰しなさい』
各機のカメラアイに光が灯り、ジェネレーターの出力が上昇していく。
こうして束博士が持つ技術の全てを投入して作られた3体の無人ISが、
◇
時は進み、東京。
このままでは首都陥落は確実。東京都1400万の人口も殆どが死に絶えるだろう。誰もがそう思った。
だが日本にとっては幸いな事に、
―――自衛隊航空総隊司令部。
「SM3、PAC3、共に効果なし。敵降下軌道変わりません!!」
オペレーターの悲鳴のような報告に、指揮官は恐怖に耐え理性をふり絞って尋ねた。
「IS部隊はどうなっている」
「東京上空1万に8機が待機中。タイミング的には敵降下完了と同時に攻撃を仕掛けられますが………」
オペレーターが言い淀むのも無理は無かった。
第一次来襲時、たった1隻の降下船を撃破するのにアメリカ軍が支払った代償はIS8機、巨大兵器3機、パワードスーツ、戦車、砲兵といった各部隊が数個大隊にも及ぶ。単純計算で24倍の戦力+複数体の巨大兵器クラスを相手にしなければならないのだ。真っ当に考えれば、攻撃を仕掛けさせるのは自殺しろと言っているのに等しい。だが
そんな時に、束博士から通信が入った。
『こちら篠ノ之束。皆さんこんにちは。そして時間が無いから用件だけ言うよ。東京に3機のUNKNOWNが向かってるけど攻撃しないでね。そして3機が到着したら、東京上空のIS部隊を下がらせて』
『何故ですか? 協力した方が被害は少なくて済むでしょう』
『今向かってる3機はNEXT級なの。機体性能が違い過ぎて、各国のエース級であっても足手纏いになる』
ここで指揮官は迷わなかった。
IS部隊を下げるという事は首都防衛を一個人に担わせるのと同じだが、NEXT級戦力が暴れる戦場である事を考えれば、意地を張る方が下策だろう。
『分かりました。下げたIS部隊に何かさせる事はありますか?』
『東京以外に奴らが降りたのは9ヶ所。他を助けに行って欲しい。時間は敵の味方なんだ』
IS部隊の海外派遣は明らかに指揮官の権限を越える内容だが、日本では先日、対
『分かりました』
こうして話し終えた指揮官がIS部隊に新たな命令を下したところで、地上から
都心のど真ん中に着陸した24隻の降下船は、1隻あたり28門のレーザー砲と14個のリフレクタービットを展開。24隻で336機のリフレクタービットと672門のレーザー砲が展開され、周囲を無差別にロックオン。否、無差別ではない。ロックオンされたのは全て高層ビル群の根本。奴らはビルの下部を焼き切り倒壊させることで、効率的に人間を虐殺する気なのだ。更に6体の“ドラゴン”型は顎を大きく開けて、プラズマブレスを放つべく口腔内に巨大なプラズマスフィアを形成し始めた。また2体の“樹”型は数百という枝の先端全てに光を灯し、逃げ惑う人間達に狙いを定めていく。
このまま攻撃が行われれば、東京都1400万の一般人は成す術も無く蹂躙されるだろう。
そんな時だった。
これにより敵は脅威度判定を更新。UNKNOWN3機をこの場に降下した全戦力を持って当たるべき敵と判断した。しかし判断したからと言って、状況が好転する訳ではない。
奴らは知らないのだ。間近に迫っている3機が、どういう存在なのか。
地下世界の住人達の可能性を試したIBIS。
無限に進化するパルヴァライザー。
あらゆるイレギュラーを抹殺するナインボール・セラフ。
これらがチームを組み同じ戦場で暴れたらどうなるか。
3機は
―――ターゲット確認。排除開始。
IBISがロングレーザーライフルとロングレーザーブレードを駆使してリフレクタービットを次々と落とし、パルヴァライザーのホーミングレーザーが“ドラゴン”型のシールドを削り本体を穿ち、ナインボール・セラフのブレードが“樹”型を無慈悲に解体していく。
無論敵とて、無抵抗に殺られている訳ではない。
降下船からのレーザーとリフレクタービットによる多角同時攻撃。その合間を縫って“ドラゴン”型が行う爪や牙、尻尾といった肉弾攻撃。“樹”型が枝に相当する部分から放つ数百に及ぶレーザーと、根に相当する部分から繰り出される触手攻撃。並のパイロットでは僅かな時すら持ち堪えられず墜ちるであろう濃密な攻撃だ。だが、この3機は違う。
闘争という一点において他の追随を許さない、
巨大兵器と同等? 十数倍のエネルギー反応? 数の暴力? それがなんだと言うのだ。この3機の前では塵芥と変わらない。
そうして敵の戦力は瞬く間に片付けられていき、東京は他の降下地点に比べ、奇跡的と言える程に少ない被害で済んだのだった。
◇
同時刻。中国 北京。
東京で起きたような奇跡は、この地では起きなかった。
降下船のレーザー攻撃で幾多の高層ビル群が根本から輪切りにされ、倒壊した建物が鉄槌となって地上を襲う。そして“ドラゴン”型のプラズマブレスが逃げ惑う人々を消し炭に変え、“樹”型の触手が建物や残骸の隙間に入り込み隠れている者達を喰らっていく。
これにより人口2100万人を誇る大国の首都は火の海と化し、死者数は瞬く間に500万を超えてなおも増加中という、地獄のような光景が広がっていた。
だが
幾多の星々で戦ってきた経験から、一定の知的水準にある知性体は原住民をある程度残しておけば、広域破壊兵器で反撃してくる可能性が低い事を学んでいたのだ。
そして
北京はアンサラー1号機からの対地攻撃圏内に入っていたが、アンサラーの対地攻撃性能ではSOSを出している生存者ごと消し飛ばしてしまうため、束は攻撃を行えないでいた。また黄海に展開していた第七艦隊も、SOSで生存者の存在を確認していたため、威力のある広域破壊兵器を集中投入して敵を纏めて薙ぎ払う、という戦術を取れないでいた。
そんな状況の中で、日本から第七艦隊に通信が入る。
「司令。自衛隊航空総隊司令部からの通信です」
「繋げ」
「了解。―――どうぞ」
『こちら第七艦隊司令、ケリー・ジェイムズ中将。この状況で通信とは、何事ですか?』
『こちら自衛隊航空総隊司令部、弓塚隆空将補。手短に言いましょう。我が国は東京に降りた敵降下部隊の殲滅に成功しました』
『冗談………ではないようですね。失礼ですが、貴国にアレを独力で退ける戦力があるとは思えません』
『腹芸をする気も隠し事をする気もありません。束博士の介入がありました』
『なるほど。どのような介入だったのですか?』
『NEXT級戦力が3機。詳細についてはこちらでも把握していません』
『貴国の首都で行われた戦闘だったはずですが?』
暗に知らないはずはないだろうという言葉だった。
だが束博士との関係を重視したい日本政府の意向を受け、弓塚空将補は喋らなかった。
『近くにIS部隊がいれば色々分かったのかもしれませんが、残念な事に各国のエース級であっても足手纏いになると博士にハッキリ言われまして、退避させていました。そして博士からは、「他を助けに行って欲しい。時間は敵の味方」と言われています』
『なるほど。で、海外派兵にアレルギーのある日本が、この状況でどう行動するおつもりですか?』
『既に知っているかもしれませんが、日本では先日、ある法案が成立しています。対
弓塚空将補の言葉に、ケリー中将は驚きを隠せなかった。特別法案が成立していたのは知っていたが、何かにつけてトロい日本が、これほど迅速に動くとは思っていなかったからだ。
なお現場の人間が知る由もない事だが、日本政府の迅速な決定の裏側には、更識家の存在があった。
『時間は敵の味方。なるほど。確かにその通りです。そちらの装備データを送って貰えますか。参謀に作戦立案をさせます』
『分かりました。ですがその前に、こちらの作戦案を検討してみて下さい』
送られてきた作戦案がギガベース艦橋の大型モニターに表示されると、内容を確認したクルー達が息を呑んだ。専守防衛を旨とする日本が立案したとは思えないほど、攻撃的な内容だったからだ。
『………本気ですか?』
『奴らに1日でも時間を与えて兵力の生産を許せば、被害は加速度的に拡大します。それを防ぐ為には、1秒でも早く奴らを殲滅する必要があるでしょう』
『なるほど。意図は理解しました。ただ、1つ疑問があります。この作戦案には、博士が保有しているNEXT級戦力の3機が含まれていない。東京に投入して北京に投入しないのは、とても不自然な感じがします。何か聞いてはいませんか?』
『博士と短時間ですが話す機会があったので、私も同じような質問をしてみました』
『返答はどういったものでしたか?』
『東京と北京以外にも8ヶ所、奴らは降下しています。その中にはアメリカの首都近郊と主要都市、加えて原子力発電所も含まれています』
『まさか、そちらに?』
『はい。なので北京は任せると言っていました』
『我々に代わり本国を護ってくれるという訳か。ならば失敗はできんな』
納得したケリー中将は、改めて日本の作戦案に目を通した。内容自体は至って単純だ。日本がつい先日正式採用した制圧兵器、ガトリンググレネードを装備したIS8機を、武器の有効射程までエスコートするだけだ。だが攻撃半径378キロという敵防空圏の広さと命中率を考えれば、エスコートする為の支援攻撃には第七艦隊の全火力投射が必要だろう。半端な攻撃量では、接近するIS部隊に敵の攻撃が集中してしまう。
暫し考えたケリー中将は、弓塚空将補に伝えた。
『日本の作戦案は了解しました。ただ、1人加えたい者がいます。その者と日本IS部隊の到着を待って、作戦開始としたい』
『この状況で呼ぶとは、誰ですか?』
『今はIS学園で教師として働いていますが、我が国唯一のセカンドシフトパイロット、ナターシャ・ファイルスです』
IS学園で教師として働いている彼女だが軍籍からは外れていないため、軍には命令権が残っていた。なお教師として働いているため腕が鈍っている可能性もあったが、ケリー中将はすぐに大丈夫だと思い直した。何故なら彼女の報告書には、織斑千冬がトレーニング相手になっている、という記載があったからだ。元世界最強がトレーニング相手なら、腕の方は心配無いだろう。
『なるほど。心強い戦力ですね』
そうして互いに武運を祈り通信を終えた後、ケリー中将は艦隊にいるIS部隊のコアネットワーク通信で、ナターシャに招集をかけた。次いで、艦内放送を行う。
『こちら第七艦隊司令、ケリー中将だ。艦隊各員に告げる。本艦隊は
一息ついた中将は続けた。
『本作戦に二の矢は無い。一撃で決めるために、艦隊保有の全ミサイルを支援攻撃に投入する。次いで我が艦隊のIS部隊6機と
作戦概要が話されると同時に、戦闘データリンクに詳細情報がアップロードされた。
フェイズ1がアームズ・フォート“ギガベース”を中核とした、第七艦隊の全力ミサイル攻撃。1分間のミサイル攻撃で敵防空能力を圧迫して、IS部隊の接近を支援する。
フェイズ2がアメリカIS部隊の突入。敵の注意を引き付けつつ敵の防空能力を削っていく。
フェイズ3が日本IS部隊の突入。ガトリンググレネード8門の斉射によって、敵降下部隊を片っ端から撃破していく。
なおフェイズ2からフェイズ3までの間も、艦隊はミサイルが切れるまで撃ち続ける予定となっていた。
『以上だ。各員の奮戦を期待する』
こうして北京降下部隊攻略のため、日米が手を組んで動き始めたのだった―――。
◇
そして結論から言えば、北京降下部隊の攻略には成功した。
アームズ・フォート“ギガベース”を中核とした第七艦隊のミサイル飽和攻撃も役立っていたが、何よりも
しかし被害も甚大で、攻略作戦に参加したIS全15機の内、大破10、中破3、小破2という被害と引き換えだったのである。
―――束自宅。
束はコアネットワークで晶と現状について話をしていた。
(晶、そっちはどう?)
(第2艦隊は片付けたが、流石に皆の疲労が激しい。一度クレイドルに戻って補給と休息をさせたい。アンサラーの方は大丈夫そうか?)
(アンサラー2号機を抑えていた第2艦隊を叩いてくれたお陰で、2号機の余剰エネルギーを1号機に回せるようになったからね。これなら大丈夫)
(分かった。地上の方は?)
(東京は奇跡的な被害の少なさで済んだけど、他の被害は………見てもらった方が早いかな)
―――被害状況―――
No.01:アメリカ合衆国 ニューヨーク(人口約840万人)
⇒推定死者数480万人
No.02:アメリカ合衆国 ラスビー(カルバート・クリフス原子力発電所)
⇒原発のコントロールを乗っ取られ全力運転中
No.03:アメリカ合衆国 ロサンゼルス(人口約380万人)
⇒推定死者数200万人
No.04:アメリカ合衆国 アビラ・ビーチ(ディアブロ・キャニオン原子力発電所)
⇒原発のコントロールを乗っ取られ全力運転中
No.05:ブラジル サンパウロ(人口約1200万人)
⇒推定死者数690万人
No.06:日本 東京(人口約1400万人)
⇒推定死者数5万人
No.07:中国 北京(人口約2100万人)
⇒推定死者数1100万人
No.08:ロシア モスクワ(人口約1200万人)
⇒推定死者数550万人
No.09:ロシア レニングラード(レニングラード原子力発電所)
⇒原発のコントロールを乗っ取られ全力運転中
No.10:インド ベンガルール(人口約840万人)
⇒推定死者数420万人
―――被害状況―――
(推定死者数約3400万人か………)
まだ東京と北京の部隊しか叩けていないのにこの数字である。この先、確実にもっと増えるだろう。
(どうする?)
(第1艦隊を叩きに行くのは変わらない。問題はその後だが………)
ここで晶は迷った。どういう順番で回っても、後半に回された都市の死者数は万人単位で増えるだろう。加えて不気味なのは敵降下部隊が原子力発電所を乗っ取ってエネルギーを吸収している事だ。考えられる可能性は3つ。吸収したエネルギーで兵力の生産速度を向上させようとしている、地球人類に見せていない未知の兵器を作ろうとしている、或いはその両方だ。
暫し考え込んだ晶は、束に尋ねた。
(セラフ、IBIS、パルヴァライザーは今何処に?)
(ロサンゼルス降下部隊を攻略中。多分もうすぐ終わるから、次はアビラ・ビーチのディアブロ・キャニオン原子力発電所の奪回かな)
(そうか………よし。俺は第1艦隊を叩いた後、ニューヨークとカルバート・クリフス原子力発電所に向かう。確かカラード経由でこちらの動きに同調するって話が来てたし、降下タイミングを教えればアメリカ軍も動くだろう)
(そうだね。今一緒にいる他の面子はどうするの?)
(インドとロシアにオービットダイヴで降りてもらう。細かい編成は第1艦隊を叩いた後に決めよう)
(オッケー。先が見えてきたね)
(ああ。もう一踏ん張りだ)
こうして多大な被害を出しながらも戦いは進んで行き、終局が見え始めたのだった―――。
第164話に続く
被害者数がかなり凄い事になってますが、文明差を考えればこれでも奇跡的に少ないと思う作者です。
そして今回、ついに、よーーーやく、セラフ、IBIS、パルヴァライザーを戦闘に参加させる事ができました!!(嬉)
あの3機が登場したら処刑用BGMがかかるのです。