インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
篠ノ之束自宅。オペレーションルーム。
部屋の中央に地球の立体映像が投影され、
―――被害状況―――
No.01:アメリカ合衆国 ニューヨーク(人口約840万人)
⇒推定死者数640万人
No.02:アメリカ合衆国 ラスビー
⇒カルバート・クリフス原子力発電所
⇒原発のコントロールを乗っ取られ全力運転中
No.03:アメリカ合衆国 ロサンゼルス(人口約380万人)
⇒推定死者数250万人
⇒降下部隊殲滅完了*1
No.04:アメリカ合衆国 アビラ・ビーチ
⇒ディアブロ・キャニオン原子力発電所
⇒原発のコントロールを乗っ取られ全力運転中
⇒ナインボール・セラフ、IBIS、パルヴァライザーで攻略中。
No.05:ブラジル サンパウロ(人口約1200万人)
⇒推定死者数820万人
No.06:日本 東京(人口約1400万人)
⇒推定死者数5万人
⇒降下部隊殲滅完了*2
No.07:中国 北京(人口約2100万人)
⇒推定死者数1100万人
⇒降下部隊殲滅完了*3
No.08:ロシア モスクワ(人口約1200万人)
⇒推定死者数780万人
No.09:ロシア レニングラード
⇒レニングラード原子力発電所
⇒原発のコントロールを乗っ取られ全力運転中
No.10:インド ベンガルール(人口約840万人)
⇒推定死者数650万人
合計推定死者数:4245万人。
―――被害状況―――
これに対し各国は有効な手を打てないでいた。
敵の降下からまだ半日しか経っておらず軍の集結が完了していないという理由もあったが、生産された小型種が周囲の生存者を降下船の近くにかき集めているため、砲兵やミサイルでの飽和攻撃を行えないのだ。
もし攻撃命令を下せば、確実に一般市民を巻き込んでしまう。
また原子力発電所に取り付かれているのも厄介だった。下手に攻撃を行ってもし原子炉格納容器を破損させてしまった場合、周辺が放射能で汚染されて、人が住めない土地になってしまう。加えて原発から得られるエネルギーを兵力の生産に使っているのか、確認されている小型種が約4500体と、兵力の増加率が都市部に比して約1.5倍になっているのだ。
つまり攻略に時間をかければかけるほど、敵の戦力は雪だるま式に増えて奪還が難しくなっていく。だが現在攻略中のディアブロ・キャニオン原子力発電所は、無事奪回出来るだろうというのが束の見立てだった。理由は2つ。1つはナインボール・セラフ、IBIS、パルヴァライザーの3機を、敵が兵力の生産を開始した極初期の内に送り込めたということ。小型種が大量生産される前だったので、数の利を与えずに済んだのだ。1つはこの3機は人間と違い、原発に流れ弾を当てないように配慮しながらでも、十分に戦えるということ。
彼女は現地の状況を、戦闘データリンクを通じて確認した。
―――Status Window―――
敵殲滅率 :95%
原子炉への被害:0%
―――Status Window―――
今のところは完璧な戦果と言って良いだろう。しかし束は、次も同じ戦果が出せるとは思っていなかった。現在地のディアブロ・キャニオン原子力発電所から、最も近い敵の降下地点はカルバート・クリフス原子力発電所。距離にして約3900キロ。3機の性能なら約33分で到着できるので、敵の数が大きく増えている事は無いだろう。だがそれでも4メートル級の“カマキリ”型や“ハチ”型の小型種が合わせて約4500体、これに大型種に分類される20メートル級の“ドラゴン”型が6体と50メートル級の“樹”型が2体、そして200メートル級の降下船が24隻だ。降下船、大型種、小型種が連携して対処してきた場合、原子炉に一切被害を出さずに戦うのは、あの3機であっても難しいだろう。
よって束は、カルバート・クリフス原子力発電所とレニングラード原子力発電所に対しては、最も確実な手段を取る事にした。
こうして今後の方針を考えた彼女は、状況の推移を見守るのだった。
◇
一方で各国の軍は、敵が降下した都市部―――ニューヨーク、サンパウロ、モスクワ、ベンガルール―――にいる一般人の救出作戦に頭を悩ませていた。
束博士が開示した観測情報によれば、敵降下船の近くには少なく見積もっても3万人以上が集められ、今なお増え続けている。
そして200メートル級の降下船24隻の攻撃有効半径は378キロ。ISレベルの機動力が無ければ、ほぼ必中と言えるレーザー攻撃だ。これに加え4メートル級の小型種が3000体、20メートル級の“ドラゴン”型が6体、50メートル級の“樹”型が2体いる。これらを掻い潜り万人単位の一般人を戦場から退避させるなど、誰が考えても不可能だろう。
アメリカ軍の作戦会議室に、悔しさに満ちた声が響く。
「諦めるしか、ないのか………」
「何か、何か手はあるはずなんだ。俺達が諦めたら終わりなんだぞ」
「だがどうする? あれだけの人数を逃がす方法があるのか?」
仮にあらゆる制約を無視して全員を輸送できるだけの輸送機を揃えられたとしても、鈍重な輸送機では敵防空網を突破出来ない。足の遅い陸上輸送ではもっと無理だろう。
一般人を見捨てるしかないという絶望感が漂い始める中、ある将校が宇宙で戦うIS部隊の戦闘データリンクにアクセスした。
何か明確な意図があった訳ではない。
人類が負けていないという希望が欲しかったのかもしれないし、救出作戦のヒントになる何かがあれば良いと思ったのかもしれない。
だがその思いつきのお陰で、将校は希望を見つけた。
「………見つけた。これなら!!」
「何かありましたか?」
「あったぞ。みんな見てくれ」
将校が見つけたのは、NEXTが使った
別の将校が言った。
「確かに、これなら………」
将校達の脳裏に、作戦が形作られていく。
NEXTなら支援攻撃が無くとも、敵降下船の防空圏378キロを突破できるだろう。そしてブレードによる攻撃なら、周辺への被害は最小限で済む。だが、まだ問題は残っていた。
「降下船、“ドラゴン”型、“樹”型はブレードで片付けられるとして、3000体を超える小型種はどうする? そいつらどうにかしないと、確実に大量の犠牲者が出るぞ」
「それについては彼女に頼もう」
別の将校が皆の見ている画面を切り替え、
「ブルーティアーズ・レイストーム。そうか。ロックオンレーザーで攻撃が必中のあの機体なら、誤射の心配も無い。だが単機じゃ火力が足りないだろう」
「単機ならな。だがあの機体には、指揮用の特殊なソフトウェアが搭載されている。覚えてるか? 確か1年ちょっと前、何処かの山火事でNEXT一行が出動した事があっただろう」
「ああ、確かあったな。8機の専用機と3000人の消防隊員を指揮下に置いて、単独でオペレートしたって」
「そう。だからGLCM*4を予め展開させておいて、戦闘データリンクで繋いでおく。そしてオペレートして貰えば、小型種を狙い撃ちにできると思わないか」
「なるほど。それにNEXT一行のIS部隊の戦力を合わせれば、最小限の被害で一般市民を救出出来るかもしれない」
「よし。今の話を基本として作戦を立てて、カラードに協力依頼を出してみよう」
こうして一般市民救出の希望を見出した軍人たちは、立案した作戦をカラードへと送ったのだった。
◇
時は進み、
アンサラー1号機と2号機からの支援砲撃を受けた
晶と束がコアネットワーク通信で話し始める。
(これで
(推定死者数4300万人。近隣都市への攻撃も始まってるから、これからもっと増えると思う)
(チッ。好き放題やってくれる)
悪態をついた晶に、束は地上での作戦案を提示した。
原子力発電所に取り付いた敵に対しては、
都市部に降下した敵に対しては、アメリカが送ってきた作戦案ほぼそのままだ。大火力をブレードとして使えるという
晶は束に尋ねた。
(都市奪還の被害予測、シミュレーションだとどれ位になる?)
(1ヶ所あたり数千から万人単位。でも多分、この方法が一番被害が少ない)
(だろうな)
晶は暫し考えた後、返答した。
(よし。その作戦案でいく)
(分かった)
ここで束はNEXT一行全員にコアネットワークを繋ぎ、たった今決まった作戦案を提示した。
そして説明が終わったところで、セシリアが尋ねた。
(束博士。攻略する順番を、お聞きしても宜しいでしょうか)
(単純に一番被害の大きい国から攻略していく。だから一番初めはアメリカ。そこからは近い順)
次いでブラジル、インド、ロシアの順番だ。
なお束は、質問の裏の意図にも気付いていた。何故なら降下された国には、既に甚大な被害が出ている。それだけに攻略順番に恣意的な意図があったと疑われれば、戦後の遺恨になりかねない。だからこの場で、“一番被害の大きい国”“次は近い順”という単純明快な方針を宣言させておくことで、戦後攻略順番が遺恨の種となるのを防いだのだった。
政治についての理解が深い、彼女のファインプレーである。
次いでラウラが尋ねた。
(博士。この後クレイドルで一度補給するとして、地球に降りた後の補給タイミングはどうなりますか?)
ISは
(これから交渉だけど、今考えているのは3ヶ所)
全員の戦闘データリンクにMAP情報が転送され、補給予定地点が青点で表示された。
1ヶ所目はカルバート・クリフス原子力発電所から、南西に約430キロ地点にあるフォートブラッグ基地。アメリカ軍最大規模の軍事施設で物資が豊富な上に、2番目に向かうブラジル サンパウロへの進路上から大きく外れていない。此処なら寄り道による時間のロスは最小限で済むだろう。
2ヶ所目は大西洋の海上。地中海・大西洋を活動領域とするアメリカの第六艦隊が、ブラジルからインドへと向かう進路上に展開しているので、補給基地として使わせてもらおうという訳だ。
3ヶ所目はベンガルールから、北に約2000キロ地点にあるチャンディーガル基地。此処で補給した後、最後のロシアへと向かう。
(なるほど。分かりました)
ラウラが肯くと、束は皆に言った。
(いいみんな。この戦いを勝ち抜いて敵を殲滅すれば、ひとまず地球に来た
束の言葉にNEXT一行は肯き、敵降下部隊殲滅の為に動き始めたのだった。
◇
そうして時は進み、
肉の盾として生かされている一般市民達の目には、絶望感が漂っていた。
無理も無いだろう。何の前触れもなく突如として、友人隣人家族恋人子供老人男女を問わずに虐殺され、住む家も仕事も生き甲斐も何もかもが破壊されたのだ。
これで心折れないというのなら、その者は余程の苦難を経験してきたに違いない。
「おお、神よ………」
「そんな。どうして………」
「お終いだ。何もかも。どうせ死ぬんだ」
「ぅぁ………だ、誰か。助けて………」
一般市民達の目に映る異星からの侵略者達。
200メートル級の降下船。20メートル級の“ドラゴン”型。50メートル級の“樹”型。そして増え続ける4メートル級の“ハチ”型や“カマキリ”型。そのいずれもが、一般市民達には絶対的な力を持つ死神に見えていた。
だからこそ、この後の光景は衝撃的だった。
200メートル級の降下船が“何か”に反応してレーザー攻撃を開始。見上げる一般市民達。1発だけではない。10、100、1000に届こうかという連続攻撃だ。いつまで経っても止まらない攻撃に、多くの者が「まさか?」と思い始める。
直後に奔る閃光。遅れて轟き渡る轟音と突風。顔を伏せた一般市民達が再び顔を上げた時、絶対的な死神と思われていた奴らは、無残な屍を晒していた。
200メートル級の降下船が巨大な“何か”でぶった切られ、“ドラゴン”型にはアメリカ製ISが
これに“ハチ”型や“カマキリ”型が反応。肉の盾を有効活用するべく動きだし――――――光の嵐によって阻まれた。あらゆる目標に対して必中。
「こ、これは!?」
混乱する一般市民達の近くに、
「向こうに向かって走って!! 急いで!!」
指差された方向に、訳も分からず駆け出す一般市民。だが1人が駆け出せば、2人駆け出し、3人駆け出し、その動きは周囲に広がっていく。
シャルロットがコアネットワーク通信で仲間達に伝える。
(みんな動き始めた。細かい指示なんて出来ないからね。進路上の敵を最優先でお願い)
(こちら箒。薙ぎ払う!!)
紅椿の両肩がクロスボウ状に変形し、出力可変型ブラスターライフル“
だが全てを薙ぎ払えた訳ではない。しかし箒は心配していなかった。この場には、心強い仲間達がいるのだ。
取りこぼした敵を、飛び出した鈴が双天牙月による斬撃と龍咆による射撃で次々と葬っていく。だが別方向から現れた小型種が、一般市民に迫る。しかし鈴は振り返らなかった。勿論、見捨てた訳ではない。振り返る必要が無かったからだ。
(任せろ)
ラウラの声がコアネットワーク上に響くと、シュヴァルツェア・レーゲンのワイヤーブレードが現れた小型種を切り刻んでいく。更に簪の打鉄弐式がカバーに入り、背中に搭載された2門の連射型荷電粒子砲“春雷”で射抜いていく。
この間にも
またこの場にいるのは晶の直弟子達だけではない。
各々が全体を見渡し、戦闘データリンクだけでなく、コアネットワークも活用して連携をとっていく。
(タイムズスクエア前を“カマキリ”型小型種50が北上中。このままだと市民に追いつかれる。誰か行ける?)
(こちらハウンド02。そっちはこちらで殺――――――ああ、もう。今度はロックフェラーセンター前で“ハチ”型小型種20を確認。足が速い方を先に叩くわ。タイムズ前、誰か代わりに行ける?)
(こちらリング01。私が行きます)
(任せた)
こうして皆が力を合わせ、救える命を救い上げていく。勿論、全てを救えた訳ではない。だが数千、最悪万に届こうかという犠牲を覚悟して行われたニューヨーク奪還作戦は、事前予測の十分の一以下という奇跡的な戦果と共に成し遂げられたのだった。
◇
時は進み、篠ノ之束自宅。オペレーションルーム。
オペレーション用シートに座る束は、被害状況が表示されている空間ウインドウを見ていた。
―――被害状況―――
No.01:アメリカ合衆国 ニューヨーク(人口約840万人)
⇒推定死者数660万人
⇒降下部隊殲滅完了*5
No.02:アメリカ合衆国 ラスビー
⇒カルバート・クリフス原子力発電所
⇒
No.03:アメリカ合衆国 ロサンゼルス(人口約380万人)
⇒推定死者数250万人
⇒降下部隊殲滅完了*6
No.04:アメリカ合衆国 アビラ・ビーチ
⇒ディアブロ・キャニオン原子力発電所
⇒降下部隊殲滅完了*7
No.05:ブラジル サンパウロ(人口約1200万人)
⇒推定死者数870万人
⇒降下部隊殲滅完了*8
No.06:日本 東京(人口約1400万人)
⇒推定死者数5万人
⇒降下部隊殲滅完了*9
No.07:中国 北京(人口約2100万人)
⇒推定死者数1100万人
⇒降下部隊殲滅完了*10
No.08:ロシア モスクワ(人口約1200万人)
⇒推定死者数810万人
⇒降下部隊殲滅完了*11
No.09:ロシア レニングラード
⇒レニングラード原子力発電所
⇒
No.10:インド ベンガルール(人口約840万人)
⇒推定死者数720万人
⇒降下部隊殲滅完了*12
合計推定死者数:4415万人。
周辺都市の被害:集計中
―――被害状況―――
各都市の奪還作戦自体は成功と言って良いほどに少ない被害だったが、IS部隊が到着する前に出てしまった被害はどうしようもない。全ての都市を奪還するまでに、新たに115万人程が犠牲となっていた。集計中である周辺都市の被害も含めれば、死者数は更に増えるだろう。
束は暫し目を瞑った後、晶にコアネットワークを繋いだ。
(晶。お疲れ様。ようやく終わったね)
(ありがとう。束もお疲れ様。これで何とか、人類の未来は繋がったな)
(うん。どうにかね)
宇宙開発の極初期段階にある地球が、星々の海を渡ってくるような奴らと戦って、復興できるだけの余力を残して勝利出来たのだ。奇跡的な勝利と言って良いだろう。
(とは言え、これから大変だな)
(でも私達がする事は変わらない。そうでしょ)
(だな。むしろ加速させていかなきゃならない)
今回の一件で、宇宙開発の為に建造されていたアンサラーやクレイドルが、どれほど役に立ったかは言うまでもないだろう。だが勝利出来たとは言え、
尤も、良い予測材料が無い訳ではない。後1ヵ月でアンサラー3号機が
だが守ってばかりでは、いずれ物量差で押し切られてしまう。
宇宙進出を行い人類の生存圏を広げていく事は、生存戦略として絶対に必要であった。
(うん。でも、まずは休もうよ)
(ああ。流石に疲れた)
答えて、晶はふと思った。IS部隊は
そんな考えを束に話すと、彼女は肯いた。
「良いんじゃないかな。チャーター機は何処のを使うの?」
(デュノアがコンコルドMKⅡを持ってたから、それを使わせてもらおうと思ってる)
(分かった。諸々の連絡とか準備は
(ありがとう。じゃあ、頼むよ)
こうして束との会話を終えた晶は、暫くした後に楯無から連絡を受け、最寄りの空港へIS部隊と共に移動したのだった。
第165話に続く