インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
IS学園が夏休みに入って数日。
晶はクラスメイト達と無人島の海で遊び、キャンプをして楽しんでいた。誰も邪魔する者のいない無人島で、思い思いの水着で着飾った美少女達と過ごしていたのだ。勿論、学生らしい健全なお遊びである。彼と彼女達は、IS学園の模範的な生徒なのだ。尤も夏の海という開放的な雰囲気から、もしかしたら………という可能性もあるが、それは当人達だけが知っていれば良い事だろう。
そうして
カラードの社長室に、小太りな中年男性が訪れていた。穏和そうな表情で、とても誠実そうに見える。だが政治に関わる者の表情ほど信用ならないものも無いだろう。奴らにとっては表情も言葉も仕草も雰囲気も、全てが相手を攻略する為の実弾なのだ。
今、応接用テーブルを挟んで晶の前にいるのは、在日アメリカ大使デイビッド・ジュアル。政権中枢に強力なパイプを持つ男だ。
「それで、今日来られたのはどのようなご用件でしょうか?」
晶の言葉に、デイビットが答えた。
「実は貴方から、束博士にお願いして欲しいことがありまして」
「内容によりますが、何でしょうか?」
「我が国のニューヨークとロサンゼルスが、第二次来襲で多大な被害を被った事はご存じかと思います。その復興計画で、単純に都市を再建するのではなく、地下都市化してはどうだろうか、という話が持ち上がっているのです」
「どのような理由からでしょうか?」
「第二次来襲を生き延びた者達にとって、空が見えるというのは、恐怖でしかないようなのです。そして地下都市であれば敵の小型種や大型種、或いは降下船からの攻撃を受けず、大事な人達を失わずにすんだのではないか、と」
「なるほど。ただ言わせて貰いますと、敵は降下船を基点として地下に兵力の生産工場を作ります。地下だから安全、という訳ではありませんよ」
「分かっています。だから、1つ確認させて下さい。
この問いはアメリカがアイザックシティについて調べていると公言しているのと同じであったが、程度の差こそあれ、何処の国もアイザックシティについて調べている。知られて困るような情報ではなかった。
「ええ。間違いありません。完全循環型閉鎖都市として設計されているアイザックシティの外殻は、強固なシェルターシールドとしても機能します」
「どの程度の防御力なのですか?」
「NBC*1全てに対して耐性を持っています。特に物理的な耐久力に関して言うなら、出入口付近は直撃でさえなければヒロシマ型原爆にも耐えられます。また宇宙での使用を考えた場合、耐隕石というのも考えなければなりませんので、エネルギーシールドも使用可能です」
「素晴らしい!! どうか博士に、地下都市建造の技術提供をお願い出来ないでしょうか」
晶はコーヒーを一口飲んでから答えた。
「束とは、こういう事もあろうかと話をしていました。技術提供自体はOKです。只、3つ条件があります」
「何でしょうか?」
「1つ目は、こちらとしても完全循環型閉鎖都市の稼働データが欲しいので、都市の稼働データにはリアルタイムでアクセスさせて貰うということ」
「プライベートな情報は保護された上で、という事ですか」
「ええ。次いで2つ目は、都市の基幹技術を勝手に解析しないこと。あえて素人という表現をしますが、素人にシステムを勝手に弄られては安全性を保てません」
「都市の基幹技術………恐らく生活インフラも含まれると思いますが、もし故障した場合はどうするのですか? 自ら修理出来ない都市に、一般市民を住まわせる事など出来ません」
「ご心配なく。将来的には住んでいる人達自身の手で、都市を管理出来るようになって貰います。その為に先行稼動しているアイザックシティに、留学する人材を選抜して下さい」
「どの位の規模でしょうか?」
「それなりの規模で複数回になるでしょう。詳細については後ほど書面で」
「分かりました。最後の3つ目というのは?」
「都市建造は必ず設計図通りに行って下さい。政治的、或いは予算的な都合で、廉価版の部品を使用する事は決してしないと」
「はい。とお答えしたいところですが、申し訳ありませんが私の権限を超えています。いえ、決して安全性を軽んじている訳ではないのです。ただ確約となると私の権限を越えるので、議会を通さねばなりません」
「そうですか。では、頑張って議会を通して下さい」
「勿論です。ただ、強固なシェルターである、という以外にも議会を説得する材料が欲しいところです。何か少々高くついても問題無いと思えるようなセールスポイントはありませんか?」
「世界初の地下都市であるアイザックシティは完全循環型閉鎖都市です。つまり仮に地上環境が激変して人が住めなくなったとしても、内部は人の住める快適な環境が維持されます。また都市の独立性を保つ為に食料と電力は重要な要素ですが、食料は生産プラントで自給可能で、電力は都市下層に発電所を作れる設計になっている他、レクテナ施設を併設する事でより安定的な供給が可能です」
「幾つか、質問があります」
「どうぞ」
「食料を自給可能と言いましたが、どの程度ですか?」
「都市人口が適正で、かつ食料生産プラントで作るのが栄養価のみを考えたスナック状の物であった場合、理論上外部からの補給は必要ありません」
「本当ですか!?」
驚くデイビッドに、晶は平然とした表情で答えた。
「はい。地下都市の設計は、宇宙開発にも応用できるようになっています。そして宇宙という過酷な環境で人が不安なく生きていく、という事を考えた場合、贅沢は出来ないまでも食料面での不安解消は必須でしたので」
「食料関係でもう1つ質問です。食料生産プラントで作るのが栄養価のみを考えたスナック状の固形物であった場合と仰いましたが、作る物はある程度選べるのですか?」
「基本的な考えとして、美味しい物ほど合成過程が多くなり、プラントへの負荷が高いとお考え下さい。そしてプラントへの負荷が高い物を作る場合、外部から必要となる原材料を調達しなければなりません」
「なるほど。では次に、レクテナ施設の併設は必須ですか?」
「いいえ。都市下層に設置する発電施設の性能によっては不要です。ですが外部からのエネルギー供給手段を用意しておいた方が、リスクマネジメントの面では良いでしょう」
「確かにそうですね。ところでリスクマネジメントと仰いましたが、ライフラインの安全対策はどのようになっているのですか?」
「全て正・副・予備の3系統が準備されています」
「安全対策にも抜かりはない、ということですか。後はそうですね………都市の拡張性というのはどうでしょうか? 例えば将来的な人口増加で住宅地を増やしたい。或いは食料生産プラントを増設したい等の事は可能ですか?」
「勿論可能です」
「それは良かった。では最後に、都市の性能概要を書面ないしデータで頂く事はできますか」
「データでなら今日にでもお渡しできます。持って帰りますか?」
「ええ。ではお願いします」
「分かりました。準備させましょう」
晶は内線で秘書に、地下都市の概要データを準備しておくよう指示を出した後、デイビッドに尋ねた。
「ところでこちらから技術提供を受けたとして、どの程度の対価をお考えですか?」
「難しいところですね。これほどの物の対価となると、前例がありませんので。参考までに、フランスからはどのような形で対価を貰ったのですか?」
「申し訳ありませんが、契約上の守秘義務があるのでお答えできません。フランス側に問い合わせて、あちら側がOKなら答えてくれると思います」
支払う側が話すのなら問題無い、という考えはデイビッドとしても分かる話だった。
「分かりました。一度本国に持ち帰って検討したいと思います。対価については、後日返答という形でも宜しいですか」
「構いません。お互いにとって、良い契約になると良いですね」
「ええ。全くです」
こうして話が持ち帰られた後、アメリカ政府の動きは早かった。フランスとの外交的取り引きで速やかに対価の情報を取得して、地下都市建造に向けて動き始めたのだった。
◇
一方その頃、中国。
クーデターの最中に
理由は幾つかあるが、最も大きいのは国家存亡の危機という一大事を前にして、無政府状態になってしまったことだろう。
クーデターによって政府中枢の要人達が排除され、クーデター派がこれから国の中枢を掌握しようとした時に、第二次来襲でクーデター派の中心メンバー達が一掃されてしまったのだ。
これにより国としての意思決定機関が消失。全体的な舵取りを行う者がいないため小規模勢力が乱立し、好き勝手に権利と義務を主張し始めたため収拾がつかなくなったのだ。
このような場合、本来であれば国連が介入して対処するのが筋だろう。しかし国連本部のあるニューヨークは、復興が始まっているとは言え未だに瓦礫の山であり、国連自体が機能不全に陥っていた。そして国連で最も力のあるアメリカとロシアの被害は800万~900万人規模であり、両国ともに他国に干渉できるような状況ではなかった。また人的被害の無かった欧州や他の国々は、それぞれの国益を考えた上で支援先と量を決めていたため、第一次来襲時に地球を危機に晒した挙句、第二次来襲直前に対衛星兵器群を使用して、既存の衛星網を全損させた中国への支援量は必然的に少なくなっていた。
だが1ヵ国だけ、中国に手厚い支援をしている国があった。日本である。
理由は情に厚いから、ではない。
隣国という地政学的な要因から対中感情がどうであれ、決定的な決裂を望まないのであれば、ある程度の支援は必要だったのだ。もっとぶっちゃけて言うなら、もしここで支援を行わず中国における対日感情が悪化した場合、将来的に困るのは日本自身なのだ。だから日本政府は、
なお、この行動には反対意見もあった。日本も首都東京を直撃され、5万人程度とは言え犠牲者が出ているのだ。他国を支援する前に、国内の事が先だろう。また支援をするにしても、同盟国が先だろう。何より対中感情的に、地球を危機に晒した隣国を助けてやる義理などあるのか、という声だ。
一般的な感情として、尤もな意見と言える。だが将来を見据えた場合、中国に対して一切支援しないというのはリスクが高い。拗れた感情というのは、時として何よりも厄介な火種となるのだ。よって日本政府は、アンサラーによる電力革命で好景気だったという事もあり、国内や同盟国に手厚い支援を行いつつ、中国に手を差し伸べたのだった。
そんな社会情勢の中で、中国からカラードに
「本日はお忙しい中、貴重な時間を割いて頂きありがとうございます」
晶が彼女を待たせている応接室に入ると、彼女はソファから立ち上がり、まずは深々と頭を下げて謝意を述べてきた。対する晶は、とりあえず当たり障りの無い返事を返す。
「貴国の状況は聞いています。そんな中で来たのですから、余程の用件かと思いまして」
「はい。我が国にとって、可及的速やかに解決したい問題についてです」
応接用テーブルを挟んで
「それは、どのような事ですか?」
「ISコアの配備数についてです。以前と同じとは申しません。ですが半数程度までは認めて頂きたく思い、本日は参りました」
「何度か同じような要請を貴国より受けていますが、私の返答は変わりません。その件については、IS委員会の管轄です」
ハッキリとした返答だが、
「建前は、という但し書きがつきますでしょう。IS委員会議長と貴方様が親しいのは周知の事実。貴方様が首を縦に振らない限り、議長も決して前向きには考えないでしょう」
「そんな事はないでしょう。貴国が真摯に反省した態度を見せたなら、議長も考えを変えると思います」
「
「それは処罰した、という意味ですか?」
「いいえ。文字通りの意味です。招き入れる判断を下した者達はクーデターで、対衛星兵器群の使用を判断した者達は第二次来襲の北京直撃で死亡しています。またクーデターと第二次来襲の北京直撃で、政府の人間はほぼ総入れ替えとなっています。なのでどうか、我が国に立ち直るチャンスを与えては頂けないでしょうか」
「ふむ………。まぁ、そちらの言い分も分からなくはありません。ですが純粋な疑問があります」
「どんな疑問でしょうか?」
「今配備数を増やしたとして、その増えた配備数で貴国は何をするおつもりですか?」
「地球の今後を考えれば、宇宙開発の促進は必要不可欠でしょう。中国はその為に、人員と資材を無償で提供して協力する用意があります」
「なるほど。ですがその言葉、他国が信用するでしょうか? 協力というのは、互いの信頼関係があってこそです。そしてそれは、一朝一夕で培われるものではない。あと言わせてもらうなら、貴国の第二次来襲での被害は1100万人を超えている。その国内事情を無視してまでの協力は、結果的に貴国の為にならないでしょう」
「無論、国内の復興も並行して行っていきます」
「そうですか」
晶は考えるフリをしたが、答えは既に決まっていた。
幾ら綺麗事を並べられたところで、中国が信用できない事に変わりは無い。そこを推して信用して欲しいなら、それこそ細かな実績の積み上げが必要だろう。
またその他にも大きな理由があった。
亡国機業の最高幹部を捕らえて色々と情報を吐かせた結果分かった事だが、
つまり中国政府としては用件を通す為に本気で選んだ人選だったかもしれないが、彼女を選んだ時点で失敗は確定だったという訳だ。
だが
「………やはり、正攻法では無理そうですね」
呟いた彼女は懐からメモリースティックを取り出し、晶に差し出した。
「これは?」
「私の事は色々とご存じかと思いますが、
「どういうつもりかな?」
「言葉通りの意味です」
晶は返答する前に秘書にスタンドアロンのPCを準備させ、内容を確認してみた。
するとそこにあったのは主要国の何処にどんなエージェントがいて、どれだけの金が動いているかを示すリストだった。見る者によっては黄金より価値ある情報だろう。
彼女は晶が情報を確認したのを見計らって、言葉を続けた。
「些かの成果を持ち帰らせて頂ければ、今後はこれ以上の情報をお持ちします。如何でしょうか」
「裏切り者は、いずれまた何処かで裏切る。違うかな?」
「貴方は“世界最強の単体戦力”にして、対
「なるほど」
晶は相槌を打ちながら、こいつを生かして使うメリットとデメリットについて考えてみた。
まずメリットは何だろうか? 既に中国政府中枢に潜り込んでいるので、中国の情報は入り易くなるだろう。またこいつが本当にこちらの為に働くというなら、中国に対するパイプラインとしても使えるだろう。
ではデメリットは何だろうか? 亡国機業を裏切ってこちら側につくとは言っても、それが本当かどうか分からない。ぶっちゃけ二重スパイの可能性を排除出来ない。裏切りを完璧に防ぎたいなら首輪が必要だが、他国の専用機に首輪の機能を仕込むのは色々と問題がある。つまり信用できないこいつを監視する手段が無い。加えて亡国機業最高幹部の半数を捕らえている今、危険を犯してまでこいつを使う必要性は無い。政権中枢に潜り込んでいるという立ち位置は魅力的だが、本気で中国に対する介入手段を得たいなら、捕らえた最高幹部が持つコネクションを使えば良い。そちら側なら幾らでもコントロールが利く。
ここまで考えたところで、晶は
考えは決まった。メモリースティックを返して、告げる、
「折角の売り込みだが、信用できない人間を無理に使う必要もない。お引き取りを」
だがどうしても成果が欲しい
「どうすれば貴方様直属の部下達、ハウンドのように信用して頂けますか?」
「ハウンドのようにとは大きく出たな。なら同じような事をやってみると良い。賞金首狩りだ。その結果次第では、考えなくもない」
「分かりました。では“
「そうですか。では、頑張って下さい」
こうして中国からの使者、
◇
時は進み8月の中旬。IS学園の夏休みが半分を過ぎた頃。
晶はシャルロットと共に、フランスにあるデュノアIS開発部の試運転場を訪れていた。
なおシャルロットの専用機であるラファール・フォーミュラは、非固定装甲を排した、極めて人型に近い姿だ。装甲パーツがあるのは下から、両下腿、腰前、腰横、腰後、両前腕、両肩、背部の7ヶ所。それぞれのパーツに1~2ヶ所のハードポイントがあり、全身で計12ヶ所だ。後は頭部に、サングラス状のヘッドセットを装着している。*3各パーツは人型に近い分華奢な印象を受けるが、それは外見的な印象でしかなかった。ミッションに合わせて各種オプションパーツの使い分けが前提となっているため、本体は機動力や反応速度、パワーアシスト機能といった、基本性能の向上に焦点が当てられているのだ。このため外見とは裏腹に、パワーとスピードが両立された扱いやすい機体となっていた。また本体に多くの機能を盛り込まないという方針は、設計的な余裕を担保するという副次効果を生み、結果として将来の末永いアップデートにも対応可能となっていた。
そしてこれまでにロールアウトしているオプションパーツは下記の4種類である。
TYPE-A(ASSAULT)
長距離侵攻用装備
武装
背 部:飛行ユニット基部
両肩部:飛行ユニットブースター部
固定装備として前方に向けてマシンキャノン×4
巡航速度以上の場合は両肩部がロックされ、安定性が高められる。
腰裏部:大口径バズーカ
両腕部:プロペラントタンク
両脚部:プロペラントタンク
その他
新開発の飛行ユニットは両手足の増加プロペラントタンクと合わせる事で、
平均的な第2世代ISに比して、約3倍という驚異的な航続距離を実現している。
長い航続距離と強力な武装は、長距離侵攻・強襲作戦に大いに役立つだろう。
TYPE-D(DESTROY)
接近戦用装備
武装
両肩部:4連グレネード
両腕部:5連ロケット弾パック
腰裏部:重ガトリング砲基部
左腰部:重ガトリング砲の砲身
腰前部:クラッカー×2
両脚部:増加スラスター。
その他
大量の武装と増加ブースターにより、高い火力と運動性を誇る。
TYPE-S(SUPPORT)
長距離支援用装備
武装
背 部:長距離リニアキャノン基部
両肩部:長距離リニアキャノンの砲身
両腕部:ガトリング砲と2連装ミサイル
腰前部:長射程用の複合照準器
腰裏部:機体支持用ジャッキ
両脚部:巡航ミサイル
その他
ISとしては珍しい火力支援用装備。
背部キャノンは複数のバリエーションがあり、リニアキャノンの他、
炸裂弾頭なども使用可能で、遠距離からの面制圧が可能となっている。
TYPE-E(ELECTRONIC)
電子戦型
背 部:レドーム
両肩部:電子戦用レーダー
右腕部:ジャンミングライフル
左腕部:NONE
腰前部:電子戦用レーダー
腰裏部:電子戦用レーダー
両脚部:NONE
その他
これは既存の
これらに加えて、今回ロールアウトしたのが下記である。
TYPE-V(V.S.B.R.(ヴェスバー=Variable Speed Beam Rifle))
新型射撃兵器装備型
背 部:V.S.B.R.
両肩部:増加スラスター兼放熱フィン
右腕部:ガトリング砲
左腕部:ビームシールド発生装置
腰前部:増加スラスター
右腰部:ビームシールド発生装置予備機
左腰部:ビームサーベル
両脚部:増加スラスター兼放熱フィン
その他
V.S.B.R.はビームの可変速機能によって高速で貫通力の強いビームから、
低速で破壊力の強いビームまでビームの性質を変えて撃ち分ける事が出来る。
「君の目から見て、アレはどうかね?」
晶がTYPE-Vの試運転しているシャルロットを見ていると、
「動きを見る限りは良さそうですが、エネルギーを喰う装備が多いのが気になります。限界領域での機動は大丈夫ですか?」
「全く問題無い、という訳でもない。V.S.B.R.を起動させる為に新型の外付けジェネレーターを追加しているのだが、これの放熱処理問題が解決していなくてね。肩部と脚部に放熱フィンがあるだろう。その内2ヶ所が破損すると、放熱が上手くいかずV.S.B.R.が使えなくなる」
「なるほど。あともう1つ。V.S.B.R.とビームシールドの併用は可能ですか?」
「放熱システムが無事な間は大丈夫だ」
「つまり弱点は放熱システムという事ですね。もう少し装備を熟成させてからでも良かったのでは?」
「それは私も考えたが、V.S.B.R.なら計算上、
「なるほど。でも限界領域で機体を動かせば、放熱問題は必ずネックになります。早めの改善をお願いしますね」
「無論だ。技術部門に最優先で行うように言ってある」
そんな話をしていると、試運転を終えたシャルロットがISスーツ姿で戻って来た。
「お父さん。新しい装備ありがとう。とっても良い感じだよ」
「注意点は晶くんにも話してある。決して万能の装備ではないから、注意するんだぞ」
「うん。分かってる」
シャルロットが肯きながら答えたところで、アレックスが次の話題を切り出した。
「では晶くん。TYPE-Vも見てもらった事だし、そろそろアイザックシティに行こうと思うのだが、良いかね?」
「ええ。シティがどんな風になっているのか楽しみです」
今回晶が訪仏した理由は、TYPE-Vの試運転を見学する以外にもう1つあった。
世界初の地下都市“アイザックシティ”を見学するためだ。工事の進捗状況は知っていたが、アイザックシティの前身である都市ナンシーの元住人達から、是非一度訪れて欲しいという希望があったため*4、視察を兼ねて行く事にしたのだ。
「あの光景を見せられる事を、私はフランス国民の1人として誇りに思う」
「それほどですか?」
「ああ。都市ネットワークにアクセスできる君なら画面越しでは見ているかもしれないが、直接見る光景は格別だと言っておこう」
「楽しみですね」
こうした話をした後、3人はアイザックシティへと移動したのだった。
◇
「………なるほど。直接見る光景は格別と言っていた理由がよく分かりました。確かにこれは凄い」
リムジンでアイザックシティに入った晶が見た光景は、彼が思い描いていた以上のものだった。勿論、設計データや工事の進捗という意味では知っていた。シティは大まかに下層・中層・上層の3階層に分かれており、現在いる上層は高さ500メートル直径6キロのドーム状の地下空間で、中心部には高層ビル群が立ち並んでいる。そして高層ビル群はチューブ状の空中回廊で繋げられ、人が自由に行き来出来るようになっていた。また天蓋部は、住む人々が地下空間ということで圧迫感や閉塞感を受けないように、高解像度モニターで構成された空が映し出されていた。これに最新の採光技術で地上から取り入れられた太陽の光と、天蓋モニターに映し出されている太陽の映像情報とをリンクさせることで、地上と錯覚させる程のリアリティで地下空間に太陽の光が届けられていた。
「だろう」
晶の言葉にアレックスは満面の笑みを浮かべ、次いでリムジンを運転するドライバーに道路の路肩に止まるよう伝えた。
「見て欲しい。街を行き交う人達の表情を。一時はバイオテロで住む場所を汚染され、行き場を無くし、生きる希望を無くしてしまっていたのに、此処にいる人達の表情はどうだ。良い
晶はもう一度、窓の外へと視線を向けた。多くの人が歩いている。スーツを着たビジネスマン達。作業用のツナギに身を包んだ筋骨隆々の男達。煌びやかなファッションに身を包んだ女達。子供を連れて買い物をする家族達。そのいずれの表情からも、バイオテロで生きる希望を無くした、というネガティブな印象は受けなかった。もしかしたら違うかもしれないが、少なくとも行き交う人達を見る限りでは、安心して暮らしているように見えた。
「皆、良い
「全ては束博士がシティの計画を持ち掛けてくれたお陰だよ。幾ら感謝してもし足りないというこちらの思い、分かってくれるかな」
「ええ。感謝しているという言葉、間違いなく伝えましょう。ただ感謝しているというのは、こちらも同じなのですよ」
「同じとは?」
アレックスは晶の意図が分からず首を捻った。
「フランスが
「なるほど。そういう意味なら分かる。だがこちらが感謝しているという事にも変わりはない。ナンシーの元住人達だけでなく、本当に多くの人が感謝しているんだ。だから感謝の気持ちを形にして、末永く語り継いでいこうという話が持ち上がっていてね」
「形にして末永く語り継ぐ、ですか?」
今一つどんな事を行う気なのか想像出来なかった晶は、オウム返しのような質問をした。
「具体的にはアイザックシティ上層の中央公園に、博士と君の銅像を建てようという話が持ち上がっている」
「え? 冗談、ですよね?」
「冗談のようで本当の話だ。既に相当額の寄付金が集まっていると聞く」
「余りにもむず痒いので、出来れば止めて欲しいのですが」
「特に実害がある訳でもないし、助けられた人達の感謝の気持ちだ。別に良いではないか。それに私自身、博士と君の功績は遥かな後世にまで語り継がれるに値するものだと思っている。これは君たち2人の行いが、正当に評価された結果だよ」
こう言われてしまえば、晶としても強く反論するのは難しい。
「分かりました。銅像だけですよね?」
念の為に確認すると、アレックスは「いや実は………」とフランス政府の動きを口にした。
「学校の教科書に博士と君の事を載せるべきだ、という話が出ていてね。今、載せる方向で議論が進んでいる」
「俺、何も聞いてないんですけど」
「まだ草案の段階だからだろう。もう少し載せる内容などが煮詰まれば、正式に連絡が行くはずだ」
何となく面倒事が増えそうだと思った晶は、ダメもとで尋ねてみた。
「それって止められますか?」
「博士と君が本当に嫌だと言うなら止められるかもしれないが、そうでないのなら、私は行われるべきだと思う。それだけの事を博士と君はやって、我がフランスのみならず世界を救ってくれたんだ」
「分かりました。フランス政府がどんな風に言ってくるのか待つ事にします」
「決して悪い内容ではないはずだから、安心して欲しい。―――ああ、そうだ。ついでに言っておくと、他国でも同じような動きがあるらしい。だからもしかしたら、世界中の学校で博士と君の事が教えられる日が来るかもしれないな」
アレックスは冗談半分で言ったが、この話は後日現実のものとなる。
当人達がどう思っているかはさておき、2人の功績は人類史に刻まれ、末永く語り継がれていく事になるのだった。
第167話に続く
アイザックシティの下層・中層・上層はそれぞれ以下のように分かれています。
下層:都市ライフラインの基幹システム、水の浄化装置、
予備電源、食料生産プラントなどが設置されている。
全ての機能は正・副・予備の3系統あり、
厳重なリスクマネジメントが行われている。
中層:市街地や中流階級の居住区となるブロック。
上層:企業社屋や上流階級居住区、
企業直営の大規模店舗が置かれる予定のブロック。