インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第167話 残骸調査と遠い場所での出来事。

 

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)の第二次来襲で、人類は5000万人に迫る死者を出した。そして人類は、絶対天敵(イマージュ・オリジス)が何処から来たのかすら分かっていない。ならばこれから先も、一方的に攻められ続けるだけだろうか? 答えは否である。断じて否である。確かに今現在は分かっていない事が多く、攻勢に転じるまではまだ時間がかかるだろう。だが闘争という一点において極めて高い適性を持つ人類が、殴られっぱなしなどありえない。分からなければ調べれば良いのだ。幸いにして、第二次来襲で打ち破った奴らの残骸があるのだから―――。

 

「本日は、束博士に依頼があって参りました」

「伺いましょう」

 

 IS学園の夏休みも後半になった8月の下旬。場所はカラードの応接室。

 本部壊滅からようやく立ち直り始めた国連からの使者は、晶の言葉を聞いて本題に入った。

 

「第二次来襲で打ち破った敵艦隊や降下船の残骸を調査して、奴らの技術体系、航路、版図、なんでもいいので調べて、人類が反撃するための糸口を見つけて欲しいのです」

「束も奴らにやられっぱなしでいるつもりはない、と話していました。なので依頼されるまでもなく、既に解析作業を進めています。そしてまだ分かっている事は少ないですが、これを見て下さい」

 

 晶は使者の前に空間ウインドウを展開して、幾つかのデータを表示させてから続けた。

 

「手始めに敵艦船や機動兵器のシールド機能を解析したものです。そして結論から言えば、これら技術はISやパワードスーツへの転用が可能です」

「おお!! つまり地球側戦力の増強が出来る、という訳ですね」

「はい。ただ、束はこうも言っていました。敵性技術である以上、こちら側が予期しない方法で無効化される可能性もあるので、転用は十分に技術研究してからの方が良い、と」

「確かに、言われてみればその通りですね。ちなみに転用した場合、どの程度の性能アップを見込めるのですか?」

「パワードスーツに転用した場合は、敵の小型機動兵器よりは弱いですが、シールド機能を実装可能と言っていました。そしてISに転用した場合は、ベースとした機体によって異なりますが、概ねシールド性能を3割ほど向上させられるそうです」

「相当な性能向上ですね」

「はい。ですがそれだけに、どういう形で技術情報を公開するべきか悩んでいまして」

 

 これは割と切実な問題であった。

 今後を考えれば技術情報を公開して地球側の戦力UPに繋げたいところだが、テロリストにこれら情報が渡って地球側が混乱しました、となれば目も当てられない。かと言って全てをカラードで管理するのは規模的に現実的ではない。

 

「これは早急に、国連で一度議論する必要がありますね。一定の結論が出るまで、博士には技術情報を公開しないようにお願いしたい」

「分かっています。ですが残骸は地上にもありますし、各国も積極的に調査しています。遠からず同じような調査結果が出るでしょう。そして議論の結論を待つあまり宝の持ち腐れとなって、予測される第三次来襲に間に合いませんでした、では笑い話にもなりません」

「勿論です。そうならないように、議論を急がせましょう」

 

 国連からの使者とこうした話をした晶は、使者が帰った後、社長室で束が解析した技術情報の一覧に改めて目を通していた。そして呟く。

 

「ホンッと、どうするかな………」

 

 実のところ束の解析はもっともっと進んでいるのだが、ここではない別の世界(AC世界)の技術―――インターネサインに代表される自己再生・自己進化・自己増殖etcetc―――を持つ束にとっては、予測された進化系でしかなかった。だがそんな彼女をして、心の底から喜ばせた発見があった。艦船の残骸から、ワープドライブと思われるユニットを複数個摘出できたのだ。もし本当にワープドライブだったなら、ワープの研究が一気に進んで、人類の活動範囲を大きく広げる起爆剤になり得るだろう。しかし空間を扱うワープ技術は制御に失敗した場合、人類を滅ぼす劇薬にもなり得る。

 しかし危険だからと言っていつまでも秘匿していては、人類の宇宙進出は進まない。束とよく相談しなければならないが、いずれは公開する日が来るだろう。

 晶はそこまで考えたところで、一旦この問題を横に置いて置く事にした。これはすぐに結論の出る話ではないし、考えなければならない事は他にもあるのだ。

 そんな事を思っていると、秘書から連絡が入った。

 

『どうした?』

IS委員会の議長様(クソじじい)より外線が入っております』

『繋いでくれ』

『分かりました』

 

 晶の眼前に空間ウインドウが展開され、内心でクソじじいと呼ぶ爺さんが映し出された。

 

『お久しぶりです。どうかされましたか?』

『なに、久しぶりに世間話がしたくなっての』

『世間話、ですか?』

『うむ。お主、中国に何か面白い事を言ったようじゃの』

 

 面白いこと? 何だろうか? 数瞬記憶を辿り、思い出す。

 

『ああ。もしかして、(リャン) 白麗(ハクレイ)のことですか?』

『今の中国では貴重な専用機持ちが“Raven's Nest(レイヴンズネスト)*1に登録して、賞金首狩りを始めておる。何事かと思って調べてみれば、そちら側に行ってからというではないか。何を言ったのじゃ?』

『大した事は言ってません。何故かこちら側にIS保有数の増加を認めて欲しいという話を持ってきたので、それはIS委員会の管轄であること、今の信用度では難しいこと、あとどうやったら信用して貰えますかと聞かれたので、賞金首狩りを勧めてみただけですよ』

『なるほど。そうじゃったか。ところで確認じゃが、仮に中国が賞金首狩りで実績を上げたとして、お主はIS保有数の増加に賛成するのかな?』

『まさか。中国が第一次と第二次でやった事を考えれば、簡単に認められるはずがないでしょう。中国が信用を取り戻す為には、長い時間をかける以外に方法は無いと思いますよ』

『ワシも同じ考えじゃ。ただそうなると、少し不幸な子が出てくるのが気がかりじゃな』

『不幸?』

『今IS学園にいる中国の子たちじゃ、母国の保有数が少ないという事は、卒業してもパイロットになれないという事に直結するじゃろ。どうしたものかと思っての』

『ふむ………』

 

 晶は暫し考えた。確かに国のとばっちりで就職先が無いというのは可哀相だ。そして専用機持ちではなく、ローテーションで機体を使う量産機のパイロットとしてなら、ある程度の数は雇えるだろう。だが同時に、他者との公平性という点も考えないといけない。カラードに入社したい子は他にも沢山いるのだ。

 

『分かりました。考慮はしましょう。ですが確約は出来ませんよ』

『十分じゃよ。チャンスが公平に与えられるなら、後は本人達の努力次第じゃ』

 

 真面目なキリッとした表情で良い事を言うIS委員会の議長様。

 だが良い話だけで終わらないのが、晶がこの爺さんを内心でクソじじいと呼ぶ由縁だった。

 

『ところで話は変わるのじゃが、近々日本に行く予定があっての』

『おや? どんな用件ですか?』

『仕事についてはこっちで勝手に片づけるからいいんじゃ。ただお主の義妹達に、お爺様と呼んでほしくてのぅ。昼食か夕食のセッティングをお願いしたいのじゃ』

『アンタまだ諦めてなかったのか』

 

 かなりドストレートな要求に、晶はげんなりとした表情で答えた。

 この爺さん、自分を金づるとしてしか見ていない孫娘が余りにも可愛くないので、品行方正&美少女揃いな晶の義妹達にお爺様と呼んでもらって、癒して貰いたいという願望の持ち主なのだ。

 

『諦めてないわい。お主は良いのう。あ~~んな美少女達にお義兄様と慕われて、手作り料理とか作ってもらっておるんじゃろ? ワシも孫娘に、そういう事をして貰いたいわい』

『やって貰えば良いじゃないですか』

 

 身も蓋もない晶の返答に、IS委員会議長様(クソじじい)はやさぐれたように答えた。

 

『孫娘がやってくれるなら、初めからこんなこと言わんわ。この前なんてまぁ~た金をせびりにきての。しかも付き合ってる男が前と違う上に、顔しか取り柄のなさそうなチャラ男じゃ。流石に将来が心配になるわい』

『ご愁傷様です』

『だからワシの癒しの為に、ちょっとお願いできんかの』

『同情はしますが、それとこれとは別問題です。大体、義妹達にIS委員会議長様の接待をさせたなんて話が流れたら、彼女達の将来に影響する。申し訳ありませんが、何があろうと認めませんよ』

『お主同席で偶々ホテルとかで会って、偶々同席した、なら大丈夫じゃろ』

『マスコミが喜びそうなネタを提供する気はありません。それに仮に食事で同席したとしても、彼女達がお爺様と呼ぶとは限りませんよ』

『別にお爺様と呼ばれなくてもいいんじゃ。ただ孫娘が余りにもアレなので、品行方正な子と話して癒されたいんじゃ』

『近くにそういう子はいないんですか?』

『居ると思うか?』

 

 IS委員会というのは各国の熾烈な利害関係がぶつかる場所だ。その議長の周囲にいる人間が、品行方正で利害関係と無関係で癒しを感じられるような人間でいる確率は………期待するだけ無駄だろう。

 

『ですよねぇ~。でも義妹達はダメです』

『そこを何とか!!』

 

 そんな話をしていると、秘書が内線を繋いできた。議長との会話を一旦保留中にして、用件を確認する。

 

『どうした?』

『社長。クロエ様がいらっしゃいましたが、お通ししてもよろしいですか?』

『クロエが? ああ、もうこんな時間か』

 

 時計を見れば11時半。

 秘書には事前にクロエが手作り弁当を持ってくる事を伝えていたので、通して良いのか確認をとってきたのは、機密レベルの高い情報を扱っている可能性を考慮してだろう。

 

『すまないが5分ほど待ってもらってくれ』

『分かりました』

 

 保留していた議長との会話を再開する。

 

『お待たせしました。で、話の続きですが、ダメですよ』

『けっちぃのぅ』

『ええ。ドケチなもので』

『分かった。じゃあ、また別の機会を期待する事にするかの』

『そんな機会はありません』

『ワシ、信心深くて日頃の行いが良いからの。もしかしたら神様がご褒美をくれるかもしれん』

 

 何か考えていると白状しているのと一緒だが、晶は放置する事にした。義妹達の警備は万全だし、誰がどんな夢を見ようが、それは自由だろう。

 そうして議長との会話を終えた晶は、クロエが持ってきた手作り弁当で昼食を摂ったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 クロエのお弁当を美味しく頂いたその夜。

 晶は自宅の居間で束と話をしていた。

 

「解析の方はどんな感じなんだ?」

「ワープドライブの理論は大体分かったから、ちょっと宇宙(そら)で実験しようと思ってたところ」

「もうそんなところまで解析したのか。流石というか何というか、一応アレ、未知の技術で作られたものだろ」

 

 驚く晶に、束は腰に両手を当ててえっへんと胸を張った。だが幾つかの幸運と、晶が命懸けで手に入れたデータがあればこその解析結果である事を、彼女は忘れていなかった。

 

「運良くワープドライブが複数手に入ったからね。分解して内部構造を解析して、どうすれば稼働させられるか、調べられたのが大きかったかな。何より晶が以前ワープゲートを通って集めてくれたデータ*2があったからね。それと稼働データを突き合わせて調べられたから、そう難しい事でもなかったよ」

 

 サラッと言っているが、並の天才では基礎理論の取っ掛かりを掴むだけでも、一生を費やす難解な解析だったに違いない。

 

「本当に凄いな。ところで、どんな実験を考えてるんだ?」

「まず第一段階は、私が作った試作ワープドライブでワープゲートの生成。第二段階で無人機を突入させて、100km程度のワープを考えてる」

「成功したら、第三段階で距離を延ばしていくっていう感じかな」

「うん。後は並行してISに搭載できるように小型化&低燃費化かな。かなり大雑把な試算だけど、試作型を今の第三世代機で動かそうとしたら、一瞬でシールドがダウンしちゃうくらいのエネルギー消費量だと思うんだ」

「第三世代機でシールドダウンする程度なら、NEXTだったら使えそうだな」

「可能だけど、晶の愛機に搭載するならもっと洗練されたのじゃないと。期待してて。良いのを作ってあげるから」

「じゃあ期待してる。実験で何か手伝えることはないか?」

「実験用の機材を宇宙(そら)に上げるのを手伝ってもらおうかな」

「分かった―――ん? 手伝う? お前も宇宙(そら)に上がるのか?」

「うん。この実験は今後に繋がる大事なものだからね。私が現場で直接コントロールして行うよ」

「そうか。あれ? これってもしかして、宇宙での初の共同作業なんじゃないか」

「あ、そういえばそうだね。ふふ。楽しみだね」

「ああ。成功させような」

「勿論だよ」

 

 こうして話す2人の話題は、必然的にワープという技術を宇宙開発にどうやって役立てていくか、という事へと移っていった。

 まず束が予想を口にする。

 

「詳しくは実験しないと分からないけど、多分アステロイドベルト辺りまではすぐに行けるようになると思うんだ」

「って事は、アステロイドベルトでの本格的な採掘が視野に入るな」

「うん。持ち帰った鉱物資源の精製や加工はどこでやろうか?」

「マザーウィルに鉱物資源の精製・加工ラインがあるから、まずはそこを使おう。確か設計上では最大6ラインだったはず。今稼働してるのは―――」

 

 言いながら晶はコンソールを操作して、月面で建造が進んでいるマザーウィルのデータにアクセス。展開した空間ウインドウに現状を表示させると、第4ラインまでが完成していて、月面から採掘したアルミニウムとチタンの本格な精製・加工が始まっているとあった。第5~6ラインも急ピッチで建造が進んでいる。また全体的な進捗も随分と進んでいて、居住ブロック、食料生産ブロック、天体観測ブロック、移動用の六本脚、可動式の滑走路6本の内4本が完成している。ここではない別の世界(ACFA)で見られた完成形に近づきつつあった。

 

「―――良いペースで建造が進んでいるけど、どうする? アステロイドベルトから鉱物資源を持ってこれるなら、マザーウィルの生産ラインだけじゃ足りなくなる。月面に固定式の工場を作るべきかな?」

「ん~、ワープ技術の公表時期はまだちょっと先になると思うし、マザーウィルには月面移動拠点としての役割も期待しているからね。固定式の工場は、マザーウィルを完成させてからにしようか」

「オッケー」

「あとクレイドルの方は―――」

 

 今度は束がコンソールを操作してクレイドルのデータにアクセス。現状を新しく展開した空間ウインドウに表示させると、アルファベットの「X」を横にしたような形状で、現在の全幅は約2000メートルとなっていた。完成予想図の全幅が約4000メートルというのだから、完成度50%というところだ。搭載されている機能は居住ブロック、天体観測ブロック、食料生産ブロック、資源加工用の工場ブロックなどで、規格化された各ブロックを接続していく事で、多段全翼型宇宙船という特異な形状を構成している。翼の部分は少々短いが、こちらもここではない別の世界(ACFA)で見られた完成形に近づきつつあった。

 

「うんうん。こっちも順調に進んでいるようだね」

「ああ。いいペースだ。ところで思ったんだけど、クレイドル2番機にワープドライブを搭載するっていうのはどうかな?」

 

 クレイドルは建造当初から1番機で巨大建造物についての情報を取り、2番機でアステロイドベルト(小惑星帯)まで赴き、将来地球圏で足りなくなるであろう鉱物資源を採掘する、という遠大な計画に基づいて建造されていた*3。ワープドライブが搭載できるなら、移動時間を大幅に短縮して地球圏に多くの資源をもたらす事ができるだろう。

 

「ん~。ワープドライブ稼働に必要なエネルギーはアンサラーからの供給でどうとでもなるから、問題は4000メートル級の巨大建造物を安全にワープさせる方法かな。絶対天敵(イマージュ・オリジス)が全長5000メートル級の艦をワープさせているんだから、多分そう時間はかからずに出来るようになると思うよ」

「そうか。いや、宇宙進出が一気に進みそうな感じで、楽しみだな」

「うん。移動時間の短縮は、行動範囲の拡大に直結する。もしかしたら人類が太陽系を出る日も近いかもね。ただ………」

 

 言い淀む束に、晶が聞き返した。

 

「ただ?」

「新しい懸念材料があるの。これを見て」

 

 展開されていた複数の空間ウインドウが一度消去され、晶の眼前に新たな空間ウインドウが展開された。表示された内容は、各国が復旧を進めている衛星網の稼働データだ。無論正規ルートで提供されたものではなく、束が個人的趣味(?)で抜き取ったデータだが、まぁそれは今更である。読み進めてみると――――――ん? んん? えっ!?

 

「束。これ、間違いないんだよな?」

「うん。私も何度も確認してみた」

 

 表示されたデータの内容は、月の北極付近から各国が復旧を進めている衛星網を経由して、地球のインターネット環境にアクセスしているものがいる、というものだった。そしてアクセスして何をしているのかと言えば、今の地球で最もトレンドなワード、絶対天敵(イマージュ・オリジス)、アンサラー、インフィニット・ストラトス、等々といったものが調べられている。束の調査結果を見る限り、何処かのコンピューターをハッキングしている様子はない。単純に一般回線を使って調べ物をしている、といった感じだ。

 

「不気味だな。艦隊を退けられたから、次はこっちの事をよく調べてから仕掛けようって考えにシフトしたのかな?」

「そうかもしれないけど、ちょっと慎重過ぎる気もするね。技術格差を考えれば、並大抵の地球製コンピューターなんてハッキングし放題なんだよ。まして2度もこちらに攻撃を仕掛けているのに、敵対的なハッキングを躊躇する理由なんてないと思うんだ。なんか、腑に落ちない感じがするね」

「確かにそうだな………」

 

 暫し考えて相手の意図が読めなかった晶は、アクセスポイントについて尋ねてみた。

 

「ところで場所まで割り出しているんだったら、その場所ってもう観測してるのか?」

「ううん。通信情報からこっちが気付いたって悟られたくなかったから、アンサラーの光学観測だけで他のセンサーは向けてないの。で、これが月の北極付近の映像」

 

 新たな空間ウインドウが展開され、月面のゴツゴツした地表が映し出された。

 

「何も見当たらない、か。光学迷彩。いや、空間潜行って可能性もあるか」

「うん。対応、どうしようか?」

「地球側の情報を与えないというなら調べて破壊の一択なんだが………」

 

 晶は迷いながら、続く言葉を口にした。

 

「もし万が一、いや億が一、絶対天敵(イマージュ・オリジス)以外の勢力が地球に関心を持っていて、コンタクトをとるためにこちらの事を調べている、というのは考えすぎかな?」

「う~ん。確かに可能性は低いけど、無いと言い切るのもね………」

 

 この判断は、束と晶にとって難しいものだった。

 仮に相手が絶対天敵(イマージュ・オリジス)以外の勢力で、友好的なコンタクトの下調べとしてアクセスしていた場合、破壊という行為は友好的な関係を築く土台を踏みにじる行為になるだろう。ではこのまま様子見が正しいのだろうか? その場合、絶対天敵(イマージュ・オリジス)による敵性的な情報収集の可能性を考慮しなければならない。奴らが3回目の侵攻に備えて、こちら側(地球)の情報を収集するのは合理的な判断と言えるだろう。

 2人は短くない時間を悩み、晶が先に口を開いた。

 

「まずは月面を調査して、どれくらいの反応が月にあるか調べてみないか。それによって、また対応が変わってくるだろう」

「そうだね」

「じゃあ、すぐに調査用装備で俺が上がろう」

「待って。NEXTが偵察機としても使えるっていう事は、隠しておいた方が良いと思うの」

 

 アーマードコア規格最大の利点は、アセンブルによってあらゆる状況に対応可能な桁違いの汎用性だ。戦い続ければ遠からずバレるだろうし、第二次来襲時の戦闘情報から既に推測されているかもしれないが、こちらの利点を態々教えてやる必要などない、という束の考えだった。

 

「ならどうする?」

「ちょっと準備に時間がかかるけど、普通の月面調査を装って、探査衛星のサテライトスキャンを使おうと思う」

「どれくらいで準備できそうなんだ?」

「実験用の機材があるから調査用にパーツを乗せ換えて………4日。いや3日かな」

「分かった」

 

 こうして2人は正体不明のアクセス者に対する対応を始めたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時間は少しだけ進み、銀河辺境のとある場所。銀河系でたった2つしか存在しないランクS文明。通称“首座の眷族”と呼ばれる種族の辺境方面艦隊。

 地球で言うところの高級将校にあたる者は、報告者に聞き返さずにはいられなかった。

 

「本当なのか?」

「分艦隊が奴らの動向を観測した結果、間違いないかと」

「本当に、間違いないのだな?」

「はい。銀河円盤外縁部に位置する辺境惑星の地球は、奴らの侵攻を退けています。それも3個艦隊規模の侵攻を、です」

「あの方面に奴らの侵攻を独力で退けられるような惑星は無かったはずだ。何処かの勢力が加担した可能性はないのか?」

「分艦隊もその可能性を一番に考慮して調査したようですが、あの方面で他勢力の活動は確認出来ませんでした」

 

 地球人類が知る由もない事だが、地球が位置する銀河円盤外縁部は、銀河系の中では最も開発の遅れている辺境の辺境の辺境のド田舎であった。そして首座の眷族が地球の事を知っていた理由は、かつてアメリカ航空宇宙局 (NASA))が打ち上げたボイジャー探査機を、偶々辺境調査中だった首座の眷族の偵察艦隊が回収して、搭載されていたゴールデンレコードを解析した、という奇跡的な幸運があったためだった。

 

「そうか。では格付けを見直さなければならないな。ところで地球の者達は、どうやって奴らの侵攻を退けたんだ? 宇宙艦隊のようなものも無いんだろう?」

「それは、こちらをご覧ください」

 

 報告者が思考トリガーで部屋のホロシステムを起動すると、部屋の中央に束の最高傑作である“アンサラー”とその解説情報が表示された。

 

「地球の一般回線で流れている情報からの推測になりますが、少なくともアンサラー1機で奴らの1個艦隊を相手取れるだけの戦闘力はあるようです。それが2機、退けた後に追加で1機、計3機体制で運用されています」

「凄いな。ランクA文明相当の建造物じゃないか」

「はい。そしてもう1つが、こちらになります」

 

 次いで表示されたのは、地球でインフィニット・ストラトスと呼称されるパワードスーツの存在だった。

 

「こちらは個体により戦闘能力の差が激しいのですが、地球文明圏で“最強”と言われ、奴らの侵攻を退けた戦力の中心となったのが、こちらのNEXTと呼ばれる個体です」

 

 表示された情報に、高級将校にあたる者は息を呑んだ。

 

「………これは、本当かね?」

「こちらも一般回線に流れている情報からの推測になりますが、恐らくそう間違ってはいないかと。逆に言えばこれくらいの戦闘能力が無ければ、3個艦隊規模の侵攻を退けるのは不可能です」

「なるほど。確かにそうだ。だが最高戦力だけで戦場が動く訳ではない。他の戦力はどうなっている?」

「一覧にしてあります。どうぞ」

 

 表示された情報は、地球に明確な感心が向けられている証だった。

 白式・雪羅のエネルギー無効化能力(零落白夜)。紅椿のエネルギー増幅能力(絢爛舞踏)。ブルーティアーズ・レイストームの必中のレーザー攻撃。シュヴァルツェア・レーゲンが持つアクティブ・イナーシャル・キャンセラー(AIC)。ラファール・フォーミュラのパーツ換装システムが実現した圧倒的な汎用性。打鉄弐式のガトリンググレネードが持つ凶悪なまでの面制圧能力。その他にも第二次来襲で活躍した多くの機体情報が纏められていた。

 

「地球が未だにランクF文明だったというのが信じられんな」

「私もそう思います。そして調査をしていて分かった事ですが、地球に宇宙進出を強力に推進している人物がいます」

「どんな人物かね?」

「篠ノ之束という女性科学者で、アンサラーもインフィニット・ストラトスも彼女によって作られたものです。人格的な面は調査中で確定情報ではありませんが、地球の一般回線で彼女の調査を行うと、“聖母”という単語が多くヒットするので、悪党に分類されるような人間ではないと思います」

「なるほど。覚えておこう」

 

 ランクF文明出身でありながら、ランクA文明相当の建造物を作り上げた天才。一度会ってみたいものだ。そんな事を思っていると、追加報告があった。

 

「あと地球側が、こちらの偵察行動に気付いた可能性があります」

「ほう」

 

 高級将校にあたる者は感心したような表情を浮かべ、報告者に続きを促した。

 

第一衛星()にアクセスポイントを設置して情報収集を開始した後、月に衛星が投入されて全土のサテライトスキャンが行われています。特定のポイントを重点的に調査している訳ではありませんが、何かしらの疑いは持っていると思われます」

「なるほど。ふむ、どうしたものかな」

 

 銀河惑星連合に加盟している文明には、幾つかの守るべき基本原則が存在している。その中の1つに、「文明が持つ可能性を潰さないために、未開の惑星に対する干渉を禁ずる」というのがあった。これは幾つもの発展途上文明が先進文明の干渉によって、属国化や崩壊といった不幸な結末を迎えた反省から制定されたものだ。そして銀河惑星連合がコンタクトをとる最低条件として設定しているのが、文明ランクがEになっていることであった。これは母星のある同一星系内において、近隣の惑星にまで開発の手が伸びているということであり、地球文明でいえば火星に独自の経済圏が構築される程に開発されて、ようやくランクEとして認定されるということであった。なお母星の衛星の開発はランクFに含まれているため、今のところ地球文明の格付けはFである。

 このため杓子定規的に考えれば、地球はコンタクトの条件を満たしていない。だが独力でランクA文明の侵攻を退けられるだけの力を持った文明であり、奴らの横暴の生き証人でもある。これは政治の場で使えるだろう。

 これらを踏まえた上で選択された行動は――――――。

 

「観測情報を母星に伝えて、地球開星の可能性と奴らの横暴についての対応を検討してもらう。あと設置したアクセスポイントについては、下手に使って地球側を刺激したくない。別命あるまで地球へのアクセスを禁止とする」

「了解しました」

 

 こうして地球人類の全く与り知らぬところで、地球を取り巻く環境が変わり始めていたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時間は少しだけ戻り、IS学園の夏休み最終日。

 衛星で月面全土をサテライトスキャンした束は、結果を晶に話していた。

 

「北極以外に、特にコレといった反応は無かったよ」

「そうか。じゃあ北極は?」

「センサーの反応的には熱光学迷彩による遮蔽かな。空間湾曲センサーには引っ掛かってないから、空間潜行の可能性は低いと思う。ただセンサーをアクティブで向けたから、こっちが調べたって事は向こうも気付いていると思うけど、全く動きが無いんだよね。ただそこにいるだけっていう感じ。何がしたいんだろ?」

「ふむ………なんか問答無用で攻めてきた絶対天敵(イマージュ・オリジス)の行動とは思えないな」

「私もそう思う」

「これは本格的に、別勢力の可能性も考慮すべきかな?」

「確率的に言ったら物凄い低さだけどね」

「でも絶対天敵(イマージュ・オリジス)っていう存在がいるなら、別の他種族が存在していてもおかしくはないだろ」

「まぁね。それが友好的な存在なら嬉しいんだけど、困った事に現状判断する方法が無いんだよね」

「そうだなぁ………」

 

 晶は相槌を打ちながら考えた。

 

「いっそのこと。こっちからメッセージを送ってみるか?」

「どんな内容の?」

「1つ目が絶対天敵(イマージュ・オリジス)と異なる種族であるか否か。2つ目が異なる種族であるなら、どういう目的で訪れたのか」

「なるほど。まずは相手の立ち位置を知るんだね」

「ああ。どうかな」

 

 束は暫し考えた。もし相手が絶対天敵(イマージュ・オリジス)と異なる種族で、更に敵対的な返答だった場合、地球は二種類の異文明から侵攻を受けるという極めて困難な状況になる。逆に友好的であれば、絶対天敵(イマージュ・オリジス)からの侵攻圧力を弱められるかもしれない。現段階ではどちらの可能性も五分五分で、何もせずこのまま様子を見るという選択肢もある。だが束は晶の提案に乗る事にした。観測されている相手の行動が、問答無用で攻めてきた絶対天敵(イマージュ・オリジス)と違い、話し合いの余地があるように見えたためだ。

 

「良いと思う。この相手が友好的にしろ敵対的にしろ、その問いは私達の次の行動に繋がると思うから」

 

 こうして2人は正体不明の相手に対して送る、メッセージ内容と送信方法について検討し始めたのだった。

 

 

 

 第168話に続く

 

 

 

*1
第147話にて設立。カラードが処理していたIS向けの依頼斡旋作業を分離・独立させたもので、現在IS向けの依頼は全てこちらで取り扱われている。

*2
「第146話 殴られたら殴り返す。」にて敵のワープゲート通過

*3
第160話にて


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