インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

178 / 208
ハウンドチームの1人、エリザさんの日常回です。
彼女の日頃の生活は――――――。


番外編第08話 エリザ・エクレール

 薙原晶が唯一直接の配下とするハウンドチーム(3匹の猟犬)の隊長、エリザ・エクレール。彼女は均整の取れた四肢と魅力溢れる豊かな曲線、クセの無い銀髪のセミロングに美しい容姿を持っていたが、切れ長の瞳が見る者にどこか冷たい印象を与えている女性であった。だがそんな外見とは裏腹に、飼い主である社長()への態度は――――――。

 

「社長。おはようございます」

 

 とある週の土曜日。カラードの制服(マブラヴの国連軍C型軍装)に身を包んだエリザが社長室に入ってくる。

 

「ああ。おはよう。今日は狩り*1に出ないのか?」

「はい。先日大物をあげた際に色々と情報を入手しましたので、数日は分析に当てようかと」

 

 ハウンドチームが高額の賞金首を次々と捕らえられている理由は、この情報分析にあった。無論ISという超絶の暴力を扱える事も大きな理由だが、悪党を捕らえる際に本人だけでなく、本人が持っている情報―――口座、スマホの通話履歴、PCに残っている情報、交友関係etcetc―――も入手して、あらゆる角度から洗っていくことで、次の狩りへと繋げているのだ。

 

「そうか。まぁ、無理はしないようにな」

「ありがとうございます。時に、社長の今日のご予定は?」

 

 社長の予定には目を通してあるが、急な用事が入る場合もある。だから彼女は、朝来た時には聞くようにしていた。なにより機密事項にあたる社長の予定を社長自身から教えてもらえるというのは、飼い主から信頼されていると実感できて嬉しいのだ。

 

「午前中は書類仕事。午後は来客を迎えて、夜は同業(PMC)と会合予定だ」

「社長が会合に参加とは珍しいですが、何か重要な案件でもあるのですか?」

 

 エリザは最近の業界事情を思い出しながら尋ねた。社長は多忙なので、俗物との会合などは代理で済ませる事が殆どだからだ。

 

「いや、別に重要な案件がある訳じゃない。ただ最近、同業の活動が活発だろう。だからどの程度までやる気なのか聞いてみようと思ってな。ま、ちょっとした情報収集だ」

「なるほど。そういう事でしたか」

「あと、さっき言ってた分析に影響が無かったらで良いんだが、今日の会合にお前達同行できるか?」

「何を仰いますか。社長のお言葉に否などあろうはずがありません。必ず同行させて頂きます」

「分かった。なら夜は頼む。――――――っと、そうだ。もう1つ追加だ。午後の来客には、お前も同席してくれ」

「了解しました。ですが、宜しいのですか?」

 

 ハウンドチームは元IS強奪犯という大罪人だ。今でこそ猟犬として認知されているが、過去が消えた訳ではない。民間軍事企業(PMC)という暴力を扱う者達の会合ならそれほど気にしなくても良いだろうが、来客する相手によっては、社長を罪人と同席させた礼儀知らずと思うかもしれない。そんな考えが脳裏を過ぎったが、返答は彼女を納得させるものだった。

 

「相手は国際刑事警察機構(ICPO)の事務総長だ」

「なるほど。分かりました。同席させて頂きます」

 

 現在カラードと国際刑事警察機構(ICPO)は、緩やかな協力関係にある。とある一件*2で依頼を受けて以降、定期的に凶悪犯の情報が持ち込まれるようになっていたのだ。そして晶がエリザを同席させても問題無いと判断した理由は、現事務総長の考えにあった。壮年の男性だが中々柔軟な思考の持ち主で、例え過去が悪であろうと、今が正義であるなら使う。無論信用に足るだけの“何か”が無ければ駄目だが、ハウンドチームの戦果は圧倒的であった。だから使う。可能なら直接情報を伝えたいという向こうの意向を汲んでのことだった。

 

「14時に来ると言っていたから、昼食はそれまでに済ませておいてくれ」

「分かりました。ところで社長()は、今日のお昼は用意されているのですか?」

 

 晶が自分で弁当を作ってこないのは周知の事実であった。

 

「いや、コンビニ弁当で済ませようかと思ってた」

「社長がコンビニ弁当なんていけません。私が作ってきますので、そちらをお召し上がりください」

「いや、なんか悪いな」

「私が作りたいから作るんです」

「そうか。なら、頼む」

「はい。任されました。では、失礼します」

 

 ニッコリとした笑みを浮かべた後、エリザは退室していった。

 なお彼女の料理の腕は平均的なもので、実はどこぞの一流レストランのシェフ並に上手かった、という事はない。だが晶が美食に拘るような人間ではなく、日常生活では極々普通の料理を好む一般的な感性の持ち主と知っていたからこそ、こうして作ると言えるのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時は進み、14時過ぎ。

 晶の腹を愛情タップリの料理で満たしたエリザは、社長()国際刑事警察機構(ICPO)事務総長との会談に同席していた。だが余計な事は喋らない。2人の会話に耳を傾け、話題に上る凶悪犯達の情報に自身が持つ情報を加え、獲物を多角的に分析していく。

 その途中、気になる情報が出てきた。

 

「この詐欺グループなんですが多方面で犯罪者と繋がっているようで、賞金額としては大したことありませんが、そちら側でも気にかけて頂ければと思いまして」

 

 晶が事務総長から差し出されたタブレットを一読した後、隣に座るエリザへと回してきた。内容を確認した彼女は、先日捕らえた賞金首がこの詐欺グループと繋がっていた事を思い出す。そうして数瞬の思案。この程度の情報ならお土産として渡しても良いだろうという考えから、晶にコアネットワーク通信で情報開示の許可を取った後、事務総長の前に空間ウインドウを展開した。

 

「事務総長。こちらの情報をどうぞ。上手く使えば逮捕に役立つでしょう」

 

 表示された情報は、賞金首が持っていた手帳に記されていたものの一部だった。口座番号、連絡先、取り引き内容etcetc。恐らくハッキング対策として手帳というアナログな方法が選ばれていたのだろうが、ISという超兵器を扱うハウンドに見られてしまえば元も子もない。視覚情報はデータ化され、データベースに登録され、次の獲物を狩る為に活用されるのだ。

 

「おお。これは………」

 

 事務総長の口から感嘆の言葉が漏れた。長い事犯罪捜査に関わっていた経歴を持つ彼は、提示された情報がどれほどのものかすぐに分かったのだ。捜査現場に持ち込めば、恐らく逮捕に向けて直ぐに行動を起こせるだろう。

 なお時折渡されるこのお土産は、今や国際刑事警察機構(ICPO)にとって重要な情報源の1つとなっていた。当たり前だろう。ハウンド(猟犬)が直接動くような相手ではないとは言え、渡される情報は大悪党と呼んでも差し支えない者ばかり。上手く使えば警察組織が正しく機能していると内外にアピールできる重要な情報なのだ。

 エリザもそれが分かっているだけに、悪党的な視点から1つ忠告しておく事にした。

 

「事務総長」

「なにかね?」

「最近、ご家族の周囲に何か変わったことはありませんか?」

「特に無いとは思うが、何か気になることでも?」

「いえ、悪党的な視点で見ると今の貴方は割と邪魔者なんです。だってそうでしょう。我々という暴力に情報を持ち込んで始末させているんですから。そして普通なら我々が報復対象になるところですが、我々への報復は客観的事実としてリスクが非常に高い。なら狙うのは誰か? 貴方です。でも貴方は立場故にセキュリティレベルがそれなりに高い。でもご家族はどうですか?」

「それなりにセキュリティレベルが高い地域に住まわせているし、護衛も付けてはいる」

「報復というのは、なにも直接的な暴力に限りません。例えば奥様に何か社会的に恥となるような事をさせ、不祥事を隠蔽させるように働きかけて弱みを握りコントロール下において手駒とする、なんて方法もあります。そして奥様の不祥事は社会通念的に夫の不祥事としても見られやすい。後は、お分かりですね?」

「………なるほど。だが分からんな。何故君が私の心配をする。そちらにとっては事務総長が誰であろうと大して変わらないだろうに」

「確かにある程度能力のある人物なら誰が事務総長でも構いません。ですが付き合いのある警察組織トップの不祥事は、社長の足を引っ張りかねません。そういう意味で、貴方と貴方の周辺には白くいてもらわなければ困る、という話ですよ」

「なるほど。因みに仮に私が汚職していると分かったら、どうするのかね?」

「分かり切った事を聞かないで下さい。我々は猟犬ですよ」

 

 エリザはニッコリと笑いながら答えた。だが目は笑っていない。必要とあればいつでも獲物を噛み殺す猟犬の目だ。

 

「怖い怖い。では噛みつかれないように、十分注意するとしよう」

 

 事務総長はおどけたように答えながら、内心で思った。ハウンドの犯罪に対する嗅覚は本物だ。そのハウンドが態々飼い主の前で忠告したという事は、恐らく家族の周囲に何らかの徴候を発見した可能性が高い。断言せずあのような形で伝えたのは、色々洗った事を面と向かって伝えれば、今後の関係性に影響すると考えたからだろう*3

 ここで、社長()が口を開いた。

 

「ところで少し話は変わるのですが、最近警察関係者の会談希望が多くて、何か知りませんか?」

 

 概ねの予測は立つが、警察関係者から聞いた方が確実だろう、という考えからの質問だった。

 

「会談希望? 社長にですか?」

「自分にも、ハウンドにも、両方ですね」

「恐らくいざという時に協力を得やすいようにコネクションを作る事が目的でしょう。何処の国にも手を焼く犯罪者というのはいますから。後は、まぁ、聞こえてくる噂レベルの話ですが………」

 

 事務総長は少しばかり言い淀んでから続けた。

 

「ハウンドから提供される情報は劇薬である事も多いので、様々な方面から警察高官への接触が増えている、という話を聞いた事があります」

「劇薬?」

 

 晶が首を捻ると、エリザが答えた。

 

「高額の賞金首は権力者と関係している事も多く、警察としては余り触れたくない相手に調査の手を伸ばさざるを得なくなった、という事はあるかもしれません」

「ああ、そういう事か。でもまぁ、こちらには関係の無い話だな。こっちは賞金首を捕らえた時に、ついでに手に入れた情報を善意で提供しているだけだ。そんな悪党と繋がっている方が悪い」

「完全に正論だが、悪党と繋がっている権力者にとっては気が気でないのだろう。だから繋がっている警察の人間を使って情報収集をして、少しでも身の安全を………いや待てよ。会談の際に、何か情報提供をされたりはしていませんか?」

「ええ。随分と気前よく情報提供をしてくれる事もありますね。なので逆に怪しんだくらいです」

「もし良ければ提供された情報を確認させて………いや、守秘義務があるから無理か。ならここから先は私の予想なのだが、カラードに渡す情報をコントロールする事で、権力者にとって都合の悪い人間を排除させようとしているのかもしれないな」

 

 この返答は、晶も考えていた可能性の1つだった。

 

「やはりそう思いますか?」

「可能性の1つとしては有り得るだろう」

「余りその手の面倒事には、関わりたくないんですがね」

「そちらの検挙率を考えれば、遅かれ早かれ、似たような事を考える輩は出てきたでしょう。で、仮にこの予想が正しかったとして、そちらはどう対応する気ですか?」

「答える前に、国際刑事警察機構(ICPO)として何かできる事はありますか?」

「申し訳ないが、国際刑事警察機構(ICPO)は各国の警察の内情にまで踏み込める訳じゃない。あくまで情報提供をするだけなので、出来るとしたらカラードに犯罪者の意向を汲んだ情報提供がされている可能性がある、とアナウンスできるくらいでしょうか。協力したいのは山々ですが、これ以上は権限の範囲を超えてしまう」

 

 晶は暫し考えた。確かに国際刑事警察機構(ICPO)に与えられている権限を考えれば、その辺りが限界だろう。

 

「分かりました。それでこちらの行動ですが、当面はこれまで通り高額の賞金首をターゲットにして狩っていくだけです。ただまぁ、余りに警察らしくない行動が見えるようなら、少々大事にしても良いかもしれませんね」

 

 事務総長の背筋に悪寒が走る。何故なら薙原晶は束博士と同じく、やると言ったらやる人間だ。その人間の大事にする、という言葉を軽く見る事など出来ないだろう。

 

「………一応聞かせて欲しいのだが、仮に大事にするとして、どこまでやる気なのかね?」

「その時の状況次第です。まぁ、下手な事はしなければ良かった、と思ってくれれば嬉しいですね」

「悪党の肩を持つ気はないが、真面目に職務に励んでいる警官が迷惑を被る事の無いようにお願いしたい」

「こちらも警察とは良好な関係でいたいので善処します。が、相手次第ですね」

 

 事務総長は内心で大きな溜め息を吐いた。一応各国の警察にアナウンスはするが、それで素直に引き下がるようなら苦労は無い。薙原晶がどういう行動を取るかは分からないが、遠からず警察内部で失脚する者が多数出るだろう。だが逆に考えれば、これはチャンスとも言える。大体、法を執行する警察内部に悪党の手が及んでいる事が問題なのだ。これを機に内部の膿を出してくれれば、少しは真面目に生きている者が報われる良い世界になってくれるだろう。事務総長がそう思い直していると、晶が言葉を続けた。

 

「まぁ、あくまで先程の予測が正しかったらの話です」

「そうだな。世の警察はそこまで腐ってはいないと信じているよ。無論、一応アナウンスはするが」

「ええ。お願いしますね」

 

 この後少々の時間を雑談に費やし、事務総長との会談は終わったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 エリザは社長()と共に事務総長を見送った後、自らの飼い主()に尋ねた。

 

「ところで、本当にやるのですか?」

「勘違いしている奴が多いが、俺達は正義の味方じゃない。こちらの迷惑にならない限りは知った事じゃない。だから行動スタンスも変えない。お前達は今まで通り賞金首を狩れ。たださっきも言ったが余りに警察らしくない行動、こっちを都合よく使おうとするような行動が見えたら、相応の対処はする。一応、最近接触してきた奴らの裏は洗っておいてくれ」

「では、こちらをどうぞ」

 

 晶の眼前に空間ウインドウが展開される。表示されている情報は勿論、最近カラードに接触してきた警察関係者だ。

 

「もう調べていたのか?」

「最近警察関係者からの接触が増えていたので、元々近日中に相談しようと思っていました。それに、警察は悪党にとって最高の隠れ蓑ではありませんか。疑うな、という方が無理です」

 

 実に元悪党らしい言葉であった。

 

「確かにな」

 

 晶は答えながら調査情報に目を通し始めた。ISの基本機能である思考加速を使ったので、読み込むのは一瞬だ。

 

「どうされますか?」

「お前達を動かしてまで狩った方が良い奴はいないな。情報を適当な奴、正義感のある警官にでもリークして捕まえさせれば片付くだろう」

「もしそれで逃げられたらどうしますか?」

「お前達が邪魔だと判断したなら狩れ。俺としては、こちらの邪魔にならなければどうでもいい」

「では、そのように対処致します」

「任せた」

 

 この返答に、エリザは喜びを覚える。社長()はいつもこうだ。方針だけ決めて、細かいところまでは指示しない。実働に関する一切を任せてくれる。世界最強の武力を持ち、今や経済面でも世界動向に影響を与えられる人間が、懐刀として重用してくれているのだ。これほど嬉しい事はない。それに何より、元々は裏切り防止用に着けられていた首輪だが、今ではこの首輪こそが最側近の証と思うようになっていた。何故ならこの首輪がある限り、自分達は社長に全てを知られ、全てを差し出しているのと同じなのだ。だから自分達だけが、自分達こそが、社長の暗部を担える。この役目は誰にもできない。第二夫人(楯無)は更識を指揮する立場上現場に立つ事は殆ど無いし、表の立場がある欧州三人娘も汚い暗部の仕事など出来はしない。クラスメイト達もそうだ。だからこの役目は自分達だけのもの。優越感が胸の内に広がる。

 後は女として満足させてくれる、というのも良かった。体力お化けなので、本当に何回でも気持ち良くしてくれるのだ。しいて言うなら一回くらいこの人をすっからかんになるまで搾り取ってみたいが、3人がかりで挑んでも返り討ちにあっているのだ。それが叶うのは何時になる事やら………。

 思考が横道に逸れてしまった事を自覚した彼女は、また仕事モードに戻る………前に晶に尋ねた。

 

「ところで社長。今夜の会合までまだ時間がありますが、如何なさいますか?」

 

 この後、夜まで予定が無い事は確認済みだ。なら、可愛がってもらうのも良いだろう。ハウンド全員でというのも良いが、本音を言えばやっぱり1対1でじっくりと可愛がって欲しい。奥深くまで受け入れた時の事を思い出して、お腹の奥が疼く。だがそんな彼女の思いは、社長室にかかってきた内線のコールで遮られた。

 

『私だ』

『社長。アメリカ第七艦隊の司令から連絡が入っております。何やら提供したい情報があるとのことで、お繋ぎしても宜しいでしょうか?』

『艦隊司令が直接か。分かった。繋げてくれ』

 

 内線から漏れ出る秘書の声を聞きながら、エリザは内心で思う。

 

(あんのコウモリ。これからってところで邪魔して。スキャンダルちょっとリークしてやろうかしら?)

 

 だが自制心を働かせて、内心で思うだけに留める。こいつはそれなりに使い勝手の良いコウモリなのだ。問答無用で排除しては、社長に迷惑がかかってしまう。

 そんな事を思っている間に回線が繋げられ、社長()の眼前に展開された空間ウインドウに第七艦隊司令のケリー・ジェイムズ中将が映し出される。

 

『薙原社長。お久しぶりです』

『ええ。お久しぶりです。で、何やら情報提供をしたいということですが、どのような情報ですか?』

『良い情報が入ったので、善意の情報提供をしようと思って』

 

 アメリカ第七艦隊の司令であるケリー・ジェイムズ中将は、軍内部で理想的な軍人と評価されている人間だ。能力も高く部下達から尊敬され、清廉潔白で使命感に満ち溢れている上に、大統領と太いパイプまで持っている。出世街道まっしぐらなエリート軍人と言って良いだろう。だがそれは表側から見た評価であって、実際は違う。小遣い稼ぎの為に亡国機業に協力したは良いが、諸事情で裏切ったところ亡国機業から刺客を差し向けられ、消されたくないと薙原晶に泣きついた結果奇跡的な幸運で生き残ったが、そんな幸運が何度も続く訳がない。なので海軍将校という立場でありながら新規空母不要論をでっちあげ、浮いた資金を第二世代パワードスーツ(F-14 トムキャット)を開発していた亡国機業のフロント企業に流し込む事で、どうにかご機嫌を取る事で見逃されたが、今度は新規空母不要論をでっち上げたお陰で海軍の中で針の筵となってしまった。部下や同僚から白い眼で見られ、神経がすり減り胃の痛い日々を過ごしていたのである。だが彼は諦めが悪かった。以前助けてくれたお礼をしに行く、という名目で薙原晶とコネクションを繋ぐべく面会を申し込んだところ、何故かそれが通って色々と話した結果………話が面白かったというどうしようもない理由でコネクションを結ぶのに成功していたのだ。

 が、彼の本当の苦労はここから始まる。

 まず身辺調査をキッチリされたら亡国機業との裏取引がバレてアウト。裏取引が表沙汰になりそうになったらトカゲの尻尾切りで消されてアウト。薙原晶というコネクションを失ってもアウト。良くも悪くも関係している勢力がデカイため、関係を損ねた時の被害も洒落にならないのだ。

 なお彼の当初の人生設計では、「ちょっとだけ小遣い稼ぎをして、老後は悠々自適な生活」だったはずなのだが、ぶっちゃけもう無理である。亡国機業は彼を使い易い人間と判断したようで、何やらフロント企業の高性能な試作品が第七艦隊に優先的に配備されるようになったのだ。そして高性能な装備のお陰で艦隊のミッション成功率は他の艦隊に比して高くなり、その結果大統領に優秀な軍人として認識されたため権力の中枢に近くなってしまった。つまり彼は亡国機業と、大統領と、薙原晶という3勢力のご機嫌をうまぁぁぁぁく取りながらフワフワ飛び続けないといけないコウモリさんになってしまったのだ。*4

 

 ―――閑話休題。

 

『善意のですか? それはありがとうございます』

『なに、世話になりっぱなしというのは、関係性として不健全だろう。だから偶にはこうして、感謝の気持ちを表そうと思ってね。で、渡したい情報だが、これだ』

 

 晶は送信されてきた情報を、新たな空間ウインドウに表示させた。

 

『………へぇ』

 

 送られてきた情報単体で見れば、単なる高額賞金首の情報だ。アメリカ国籍の人間で、賞金額は340万ドル(日本円で約5億)。アメリカが動き辛い中東のとある国にいるようだが、動くのに必要な情報は揃っている。ボーナスに近い、と言い換えても良いだろう。そして送られてきた情報だけで判断するなら、アメリカが動き辛い国に潜伏されているので、こちらに情報をまわして捕らえてもらおうとしている、と考えられるだろう。だがハウンドが別件で動いていた際の報告で、晶は知っていた。こいつは幾人かのアメリカ議員や大統領の大口支援者と繋がっている。そしてアメリカ側がそれを知らないはずがない。だが提供された情報にそれが無いという事は、こちらを利用して、偶然悪事を発見したという形で処理するつもりなのだろう。また、他にも気になる事がある。アメリカ軍が賞金首の情報を得ているという事は、動き辛い国なりに、何らかの手段で監視網を構築しているということだ。そんなところにハウンドを向かわせれば、ハウンドの情報を収集されかねない。既に有名になっているのである程度は推測されたり、情報は集められているだろうが、それでも気前よく情報をくれてやる必要はない。

 晶の考えを他所に、第七艦隊の司令がさも良い事をした、という表情で口を開いた。

 

『どうかね? ここまで情報が揃っていれば、340万ドルのボーナスみたいなものだろう』

『そうですねぇ』

 

 少しばかり考える。ハウンドを向かわせるのは得策じゃないが、ここまで情報が揃っていて動かなければ、意図的に見逃した等と言われかねない。情報の裏取りを含めて、何らかのアクションを起こす必要があるだろう。そうして更に考え、閃く。戦闘部門なら表の依頼で多く動いているから、今更収集されて困るような情報も無い。またあちらは悪事を偶然発見したという形で処理したいようだから、こちらは純粋に賞金首を捕らえるだけにして、現場で押収した物は第七艦隊に渡して、「後は宜しく」と丸投げしてしまおう。これなら善意の情報提供に対する面目も立つし、あちらも面倒事を自らの手で処理できる。win-winと言えるだろう。

 だがかるーく利用できると思われては今後の為にならないので、少しばかり揺さぶっておく。

 

『賞金首………というか悪党って意外なところに意外なコネクションを持っていたりするんですよね』

『そうだな。だから情報収集が大事になる』

 

 第七艦隊の司令が理解を示したところで、晶は続く言葉を口にした。

 

『未確認情報ですが、こいつは様々な方面にコネクションを持ち、活用しているという話があります』

『おお。そちらでも、こいつを追っていたのですか?』

『ハウンドが別件で活動中に、偶々仕入れた情報です。で、話を戻しますが、後ろに相応の権力者の姿が見え隠れしています。まだ特定には至っていませんが、何かしらの横槍が入る可能性も考慮しておいた方がいいでしょう』

『なるほど。ですがそれが悪党を見逃す理由にはなりません。むしろ必ず捕らえて法の裁きを受けさせるべきです。なのでそちらはこれまで通り、遠慮なく賞金首を狩って下さい』

 

 司令は背筋に冷たいものを感じていた。薙原晶は「特定には至っていない」などと言ったが、恐らく嘘だろう。どこから情報を辿っていったかは知らないが、あの猟犬共が動いていたのなら、最悪かなり上の方まで特定されていると考えるべきだ。そして繋がっている幾人かの中には、亡国機業の協力者もいれば、現大統領の大口支援者もいる。瞬間的に庇うという考えが脳裏を過ぎったが、彼は刹那の間に却下していた。薙原晶がどんな手札を切るかは不明だが、ハウンドの活動を見ていれば、犯罪者に対して生温い対応をする訳がないと分かる。確か直近ではとある賞金首を捕らえた時に、芋づる式にどこぞの国の政権中枢の大スキャンダルまで明らかにしていた。無論どこぞの国の政権中枢は隠蔽しようとしたようだが、結果は隠蔽しようとした者諸共ブタ箱行きとなっていた。つまり下手に庇うと、自分の身も危ない。もしかしたら大統領の政権運営にダメージが入るかもしれないが、最優先は自分の身の安全だ。いや、何もしなければ“売った”と誤解されかねないから、遠回しに警告くらいはしても良いだろう。それで気付いて自己防衛できるなら良し。気付かなかったなら、所詮それまでということ。このような清廉潔白とは縁遠いコウモリさんな思考で、第七艦隊の司令は保身に走っていたのだった。

 

『分かりました。情報提供に感謝します。―――ああ、そうだ。第七艦隊はいつまで日本にいますか?』

『中国が落ち着いてないので、まだ暫くはいると思います』

 

 クーデターや絶対天敵(イマージュ・オリジス)の第二次来襲で、極大の被害を受けた中国の内情は未だ昏迷の最中にあり、睨みを利かせる為に“アームズ・フォート”ギガベースを旗艦とする第七艦隊が使われるのは不自然ではない。ただそれは建前であり、今のアメリカ本国の意向としては、今や強大な―――強大過ぎる―――武力を持っているカラードの監視、という側面が強いだろう。

 

『そうですか。では、お仕事頑張って下さい』

『ありがとう。そちらも頑張ってくれ』

 

 こうして通信を終えた晶は、エリザに話しかけた。

 

「エリザ。戦闘部門にさっきの情報を流して動かしておいてくれ。押収した物は第七艦隊に連絡をとって運び込むようにともな」

「分かりました。戦闘部門は2チームが待機中ですが、チームは指定されますか?」

「いや、この程度なら何処のチームでもこなせるだろう。何処でもかまわない。あと賞金だが………ボーナスとして全額チームに上げてもいいんだが、それだと他のチームに不公平か。よし、今後は月一くらいで他チームにも賞金首の情報を回す、と言っておいてくれ」

「気前が良いですね。チームの者達もやる気を出すでしょう。すぐに―――」

 

 ここで彼女はすぐに部屋から出て行かず、椅子に座る晶の膝の上に腰を降ろして続けた。

 

「―――伝える前に、私もボーナスが欲しいです」

「夜まで………」

「待ちません。会合まで時間があるじゃないですか。飼い犬を可愛がるのは、飼い主の務めです」

 

 こうしてエリザは会合までの時間、社長()を独占して過ごしたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 時間は進み、夜。

 ハウンドの面々は社長()の飼い犬として、カラードの制服(マブラヴの国連軍C型軍装)に身を包んでホテル『テレシア』を訪れていた。同業社(PMC)との会合に参加するためだ。そして今回の会合は、小さなものではない。同業社の大手、アメリカの巨大軍需企業であるロックウィード・マーディン社やノースロック・グラナン社、ロシアでの兵器製造の大元であるミコヤム・グルビッチ設計局やスフォーニ設計局などが親会社となっている民間軍事企業(PMC)が参加している。またその他にも、従業員65万人を擁するG4S社。イギリス女王陛下に直接会っての報告が許されているほどの名門、コープス・セキュリティ社なども参加している。

 

「おい。見ろよ。カラードが来たぞ」

「あれが世界最強の単体戦力と賞金首狩りの猟犬たち」

「この前も大物を仕留めたって聞いたわ」

「政治案件にも容赦ないって聞いたぞ」

「容赦ないどころか芋づる式に釣りあげて潰したってよ」

「普通なら報復されるのに、怖くないのかしら?」

「あそこに何処がやり返せるんだよ。天災とNEXTがバックだぞ」

「いいなぁ。私達もあんな自由にやってみたい」

 

 そんな畏怖混じりの囁きが聞こえてくる中でも、ハウンドの面々は通常運転だ。コアネットワークで話し始める。

 

(みんな羨ましがっちゃって。ま、他じゃこんな事できないもんね)

 

 ドヤ顔の雰囲気で通信を送ってきたのはユーリア・フランソワ(ハウンド2)。腰まである燃えるような赤髪と勝気な瞳が、気の強い美女という印象を周囲に与えている。性格の方は外見通り勝気で高飛車、猟犬になる前は多くの男に貢がせる女王様だったが、今では薙原晶(NEXT)の忠実な部下となっていた。

 

(本当にね。ああ、でもこんなに羨ましそうに見られたら、ちょっと自慢したくなっちゃうじゃない)

 

 同意したのはネージュ・フリーウェイ(ハウンド3)。背中を艶やかに流れるストレートブロンドを持ち、蒼い瞳に清楚とも言える顔立ちのお嬢様といった雰囲気を持つ女性だ。だがハウンドの中では一番腹黒いため、実は策謀担当だったりもする。因みに腹黒くはあるが既に社長()に心酔しているため、腹黒さの矛先は賞金首や社長の邪魔者へと向けられていた。

 そうして2人が元IS強奪犯らしい悪徳な会話に華を咲かせていると、エリザが割り込んできた。

 

(2人とも、それくらいにしておきなさい。私達は社長の犬なんだから、日頃の素を出して社長に恥をかかせないようにね)

(そんなヘマしないわよ)

(そうそう。必要なら幾らでも女優になるんだから)

(はいはい。じゃ、今から女優になりなさい)

((は~い))

 

 隊長であるエリザの言葉で意識を切り替えた2人は、近寄ってきた有象無象の俗人達を相手に話し始めた。ユーリアは元女王様だけあって男の転がし方などお手の物だし、清純に見えるネージュは腹黒で演技派だ。両者共に言質を与えない巧みな振る舞いで相手を捌いていく。

 無論、エリザにも多くの者が近寄ってきた。しかも他の2人に比して、近寄ってくる者達のレベルが高い。何故ならハウンド隊長という地位にある彼女は、薙原晶(NEXT)により近いと思われているのだ。が、彼女にとっては関係無い。例え一般のISパイロット程度なら、ちょっとした気紛れで首を挿げ替えられる者達であろうと、社長()に影響力を行使するなど出来はしない。そんな中、近くにいる社長()と話していた男が、エリザに向き直った。

 

「あら、私に何か御用ですか?」

「噂に名高いハウンドの隊長とは、一度話してみたいと思っていた」

 

 周囲の視線が集まる。話しかけてきた相手は、アメリカの巨大軍需企業ロックウィード・マーディン社の最高経営責任者(CEO)。世界に暴力を供給する側の権力者だ。普通のISパイロットであれば、決して対等に話せる相手ではない。だがエリザの立ち位置は違う。天災と世界最強の単体戦力のバックアップを受け、必要ならどんな相手でも狩るハウンドの隊長だ。しかしだからと言って、高圧的に対応して良い訳ではない。まずは様子見だ。

 

「私は只の猟犬です。最高経営責任者(CEO)がお時間を割く程の相手とも思えませんが」

「本当にそう思っているのなら、君は君の価値を再認識した方がいいな。何せ束博士のパートナーである彼が、実働に関してほぼフリーハンドを与えている人間だ。優秀でないはずはないだろう」

「随分な高評価をありがとうございます」

「なに、君達が出し続けている結果を認めないのは、愚か者のすることだ。で、本題に入ろう。話は聞こえていたと思うが、どうかね? 現場で我が社、或いは系列企業の者を見かけたら、是非悪党をこらしめる為に協力して欲しい」

 

 確かに話は聞こえていた。最高経営責任者(CEO)社長()に業務提携を持ち掛けていたのだ。だが社長()の返答は「会社として提携を結ぶ気は無いが、現場レベルで協力関係を結ぶのは構わない」というものだった。だから声をかけてきたのだろう。そして現場レベルの協力関係など、幾らでも、如何様にでも解釈できる。故に、エリザはこう答えた。

 

「私達は賞金首狩りです。活動目的にそぐうなら、他社と協力する事もあるでしょう」

 

 裏を返せば、そぐわないなら協力しないという事だ。

 

「………なるほど。実に猟犬らしい返答だ。では早速だが、現場の実働メンバーを紹介させてもらってもいいかな? 現場で顔を会わせた時、その方が何かとスムーズに事を運びやすいだろう」

 

 商売敵の事など既に調べてあるが、それは相手も同じだろう。つまりこのやり取りは、友好関係を構築している、という事を周囲に教える演出に過ぎない。エリザがそんな事を思っていると、別の者が近づいてきた。

 

「何やら面白そうな話をしている。我が社も混ぜて貰っていいかな」

 

 声をかけてきたのは、この会場における最上位社の一角。イギリス女王陛下に直接会っての報告が許されているほどの名門、コープス・セキュリティ社の最高経営責任者(CEO)だ。

 先に反応したのは、ロックウィード・マーディン社の最高経営責任者(CEO)だった。

 

「おや? そちらは毛並みを重視する風潮があったと思いましたが?」

 

 意訳すると、ハウンドは元IS強奪犯。イギリス女王陛下と直接会えるような会社の者が、協力関係を結ぶのは不味いのではないですか、だ。

 

「今の彼女達は“英雄”の忠実な部下だ。そして各国の警察が何年も追って捕らえられなかった者達を、次々と捕らえている優秀な猟犬だ。セキュリティを売り物にする会社にとって、関係構築は非常に重要だろう。大体、毛並みが悪いなど彼女達に失礼ではないかね?」

「こちらは彼女達の実力を高く評価している。引き抜きはあちらの社長(薙原晶)に断られてしまったが、協力関係を結ぶ相手として申し分ない」

 

 ハウンドとの協力関係構築は、会社にとって間違いなくメリットになる。裏返せば、他社との協力関係構築を妨害できれば、他社の足を引っ張れる。そんな思惑が透けて見える軽いジャブの応酬だが、お互い本気で殴り合う気は無いだろう。そう理解しているエリザは、2人の話に割り込んだ。

 

「お二方が我々を高く評価してくれていること、とても嬉しく思います。そして折角の機会なので、両社の実働メンバーを紹介して頂けませんか? もしかしたら今後、現場で顔を会わせる機会が無いとも限りませんので」

「うむ。そうだな。時間は有限だ。生産的な事に費やすべきだろう」

「尤もな話だな」

 

 こうして巨大企業の最高経営責任者(CEO)自らが自社の手駒を紹介していくと、それを見ていた他社の人間も次々と近寄ってきた。ハウンドの隊長というだけでなく、巨大企業の最高経営責任者(CEO)と話す姿を見て、コネクションとしての価値を再認識したのだろう。だが名声には、嫉妬が付き物だ。耳を澄ませば、特にISパイロットから悪感情が聞こえてくる。

 

「強奪犯のくせに」

「運良く気に入られただけのくせに」

「私の方が綺麗なのに」

「色仕掛けで上手く取り入ったビッチのくせに」

 

 エリザはニヤリと笑いそうになるのを必死で抑える。確かに元IS強奪犯という重罪人だし、社長が気に入ってくれたというのもある。また色仕掛けで取り入ったというのも、ある意味で間違ってはいない。実際には沢山奉仕して可愛がられて躾けられて身も心も捧げただけだが、他人からしてみれば大した違いは無いだろう。

 だから全く気にせず話をしていると、それがまた妬む者達の気に障ったようだ。会合の場には相応しくない言葉が聞こえてくる。本人達は声を抑えて聞こえないように話しているつもりだろうが、こちらは専用機持ちだ。センサー系を限定起動すれば、会場内の音声など苦も無く拾える。専用機持ちなら知っていて当然の事なので、不平不満を言っている者達は違うのだろう。或いは知っていて、わざと聞こえるように話しているのだろうか? ただどちらにせよ、態々関わる必要はない。そんな事を思いながら話をしていると、近くにいる社長()から声をかけられた。

 

「エリザ」

「はい。なんでしょうか?」

「そういえば以前買ったADF-01 FALKEN(ファルケン)*5、使い勝手はどうだ?」

 

 報告自体は既にあげているが、ここでこの話題を出したという事は、周囲にいる者達に聞かせろという意味だろう。

 

「単体で見れば単なる高性能な戦闘機です。ですが主兵装のTactical Laser System(TLS)は、ISからのエネルギー供給で威力をブーストできるので、高速移動が可能な高火力の移動砲台として運用できます。戦術的な優位性はかなりのものかと」

「そうか。使い勝手が良いなら全員分揃えるか」

 

 日用品を買い揃えるかのような発言だが、動く額は桁違いだ。ISに比べれば安いとは言え、ドイツ航空機メーカーが製造しているADF-01 FALKEN(ファルケン)は3億マルク(約200億円)を超える。2機なら6億マルク(約400億円)だ。普通ならば、決して気軽に揃えられるようなものではない。

 しかも―――。

 

「エリザ。買い付けは任せる。オプションは、まぁ必要だと思ったものを好きに揃えろ」

「ありがとうございます」

 

 この発言を聞いて、周囲の者達は目の色を変えた。確かに以前から、ハウンドの面々は優遇されていた。束博士のオリジナルISにはじまり、セキュリティの行き届いた住居、専用輸送機、多種多様な作戦を遂行可能な様々な小道具、十全な情報バックアップetcetc。巨大企業の子飼いや国家代表のISパイロットですら、これ程の待遇は与えられていない。嫉妬と羨望の視線を向けられて当然、とも言えるだろう。だが嫉妬と羨望の視線を向けられる理由は他にもあった。それは薙原晶から与えられた、必要な装備を買い揃える権限だ。これまでは買い物の傾向から、精々が数億~数十億円程度(これでも十分に破格だが)の権限だと思われていたのだが、以前ハウンド2(ユーリア)ADF-01 FALKEN(ファルケン)を買った事から、もっと大きな権限を与えられているのではないかと噂されていたのだ。あの時は薙原晶が近くに居なかった事もあり、只のお使いと見る意見もあったが、今回は違う。薙原晶がこの場にいて、多くの面々の前で「好きに揃えろ」と言質を与えたのだ。とても一介のISパイロットに、まして元IS強奪犯という重罪人に与えられて良いような権限ではない。それが、与えられている。プライドの高い、ISパイロットというだけで持て囃されてきた者達にとっては認められない現実だった。しかし世の中、プライドに凝り固まった奴らばかりではない。昔は昔、今は今、賞金首狩りというハウンドの活動を認め、世の中に役に立っているなら昔の事は置いておこう、という者達もいた。

 そういう者達も話に加わってきたお陰で、ハウンドの面々は今回の会合で、多くのコネクションを作る事に成功していたのだった―――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 後日のこと。

 エリザがカラードの社長室で最近行われた狩りの報告を終えると、晶が机の引き出しから手紙を取り出し差し出してきた。

 

「これは?」

国際刑事警察機構(ICPO)事務総長から感謝の手紙だ。この前来た時、家族の周囲に注意を払った方が良いって警告してただろ。で、実際に調べたら接近しようとしていた詐欺グループが見つかったから、ありがとうってさ。読めば分かるが、大分感謝しているみたいだぞ」

「そうですか。では恩に着てもらって、いずれ何らかの形で返してもらいましょう」

「余り無茶な要求はしないようにな」

「社長にとって有益な人物である間は、考慮致します」

 

 逆を言えば不利益を与える人物になったなら、使い捨てるという意味だ。ただどのように使い捨てるかは、策謀担当のネージュと相談するのも良いだろう。彼女なら事務総長という立場を最大限利用して、最もこちらの利益となる形で使い捨ててくれるに違いない。だがそれも不利益な人間になったら、という話だ。人物像を調べた限り、家族を使って脅されない限りは大丈夫だろう。

 エリザがそんな事を思っていると、社長()が次の話題を口にした。

 

「友好的な関係は維持しておきたいから、程々にな。あともう1つ。第七艦隊の司令(コウモリさん)から情報提供があった件でメッセージが届いた。関係者は自分達で処分するから、お前達(ハウンド)の手綱をしっかり握っておいて欲しいってさ」

「随分と警戒されているみたいですね」

「お前達、他国で芋づる式に釣りあげて盛大にやったからな。同じ事をされないか心配なんだろ」

「社長ならお分かりと思いますが、色々未成熟な発展途上国でやるならまだしも、先進国であれをやるのは面倒なんです。ましてアメリカは反撃手段を豊富に持っていますから、あの国では社長のご命令でもなければやりたくないですね」

「なら良い。この件に関しては手を出さないようにな」

「分かりました。ですがあちらが、どういう処分をするのかは気になるところですね」

「メッセージにはハッキリ書いていなかったが、どうやら政権に自浄能力があるところを国民に示すアピール材料として使われるみたいだ」

「随分思い切った真似をしますね。こういう場合、大抵は隠蔽に走るものですが」

「多分だけど、こっちに知られてると思ったんだろう。だから庇うより処分した方が安全って考えたんじゃないかな」

「流石年中戦争している国。リスク管理に抜け目がありませんね」

 

 ここでエリザは、ふと第七艦隊司令(コウモリさん)の事を思い出した。あの男は生き残る為に社長()、亡国機業、アメリカ大統領の3方に尻尾をふってゴマすりしている人間だ。だが今回の一件では、大統領の大口支援者を切るような形になっている。場合によっては裏切りととられ、今後静かに処分されるのではないだろうか? 個人的には社長()とアメリカとのパイプ役として、このまま今の地位にいてくれた方が都合が良いのだが………。

 そう思った彼女は素直に尋ねてみた。

 

「ん? ああ、あいつね。今のところ処分されたって話は聞かないな。それに大口支援者って言っても、極論すれば単なる財布だ。自浄能力がある優秀な大統領ってアピールが成功すれば、恐らく別の財布がすぐに現れるだろう。あと対外的に見れば、今回のあいつの行動は悪党に法の裁きを下すという立派な目的の為に行われたものだ。大統領が内心でどう思っていても自浄能力をアピールするって目的があるなら、あいつの行動を認めない訳にはいかない。ああ。こう考えたら、自浄能力アピールってのはあのコウモリが生き残る為に発案したのかもな」

「なるほど。確かにありえそうですね」

 

 同意しつつ、エリザは社長()に近づき始めた。この後、18時まで予定が入っていない事は確認済みだ。そしてエリザ自身も、今日急いで片付けなければならないような仕事は無い。なら沢山奉仕して可愛がってもらうお楽しみタイムに――――――というところで社長室のドアがノックされた。晶がモニターでドアの前を確認してみれば、来ていたのはユーリアとネージュだ。手元のスイッチを押して鍵を開けると、2人が入ってくる。

 するとエリザが、非難めいた口調で言った。

 

「ちょっと、この時間は私のはずでしょう? それとも何か緊急事態? コアネットワークでの連絡も無かったけど」

 

 社長()の愛犬でもあるハウンドは、それぞれ個別に可愛がってもらう事が多い。シチュエーションは様々だが割と多いパターンは、エリザが社長室で何かを報告した時にそのまま、ユーリアが一緒にトレーニングするという名目で訓練室やプールでそのまま、ネージュはちゃっかり晶を自室に招待してそのまま、という感じだ。無論、全員でという事もある。

 だから2人がこの場に来るのは、暗黙の了解違反だとエリザは非難しているのだ。だがネージュはそんな事知らないとばかりにエリザに問いかけた。

 

「ねぇ。貴女が社長の予定を押さえてないなんて、ある訳ないわよね?」

「あら、今日の予定はどうだったかしら? そういえば見てなかったわ」

「へぇ~。貴女がねぇ」

 

 全く信じていない様子のネージュ。次いでユーリアが口を開いた。

 

「じゃあ我らが隊長様は、社長の予定を押さえてなかったから、私達を呼ばなかった。そういうことなのね?」

「ええ。というか、今日の社長の予定ってなんだったかしら?」

「白々しい。社長の今日の予定は、夕方から宇宙開発関連の集まりじゃない。つまりエリザが1人で楽しんだら、私達はお預けってこと!!」

 

 するとエリザは諦めたかのように両肩をすくめ、やれやれとばかりに言った。

 

「もぅ。気づかなければ私の独占だったのに。でも言わせてもらうなら、先週ユーリアは2回、ネージュは1回私より多かったじゃない。だから譲りなさいよ」

「先々週はエリザが3回多かったじゃない」

 

 ネージュの返しに、エリザはしれっと答えた。

 

「あら、私は社長が次の日に疲労を残さないように、マッサージさせて頂いただけよ。一部がとても随分硬くなっていたから、全身を使って念入りにさせてもらったけど」

「そういう事言っちゃうんだ? なら私は、社長のスパーリングパートナーをしていただけよ。途中から寝技が多くなって服が乱れたりしたけど、対人鎮圧技術って重要だもんね」

 

 エリザとユーリアの間で火花がバチッと散る。その間に腹黒ネージュは漁夫の利を得るべく、椅子に座る社長に近づきその膝の上に腰を降ろした。

 

「ねぇ社長。騒がしい2人は放っておいて、私の部屋で休憩しませんか?」

「「あんたなに抜け駆けしてんのよ」」

 

 エリザとユーリアの言葉が揃う。たった今火花を散らしていたのに、随分と仲の宜しいことで。ネージュはそんな事を思いながら、次の行動に出た。社長に抱きつきながら言ってやったのだ。

 

「飼い主様の前で喧嘩なんて、飼い犬の自覚が足りないんじゃないの? ねぇ社長。やっぱりこういう駄犬には“待て”って教育する事も必要だと思うんです」

 

 が、こんな事で怯む仲間達でもない。ユーリアがネージュとは反対側の膝に乗りながら切り返した。

 

「社長はこーんな腹黒女より、気軽にお楽しみできる私の方がいいですよね?」

 

 すると晶が何かを言う前に、エリザが口を開いた。

 

「全く、あなた達ときたら。まぁ、こうなったら仕方ないわ。本当は私の時間なんだけど、()()()()()()()、交ぜてあげる。という訳で社長。私達3人を――――――」

 

 こうしてエリザを含めたハウンドの面々は、社長()と楽しい楽しいお楽しみタイムに突入したのだった。

 

 

 

 続く?

 

 

 

*1
勿論賞金首狩りの事である

*2
「番外編第04話 首輪付きの猟犬」にて

*3
もし警察組織の人間に色々洗った等と正直に話してしまえば、警察組織の人間としては洗った内容について色々と問わなければいけなくなる。

*4
第七艦隊司令のアレコレに関しては「第154話 アンサラー2号機、宇宙へ」にて

*5
「番外編第07話 ユーリア・フランソワ」にて購入




今ではすっかり晶くんの忠実な部下で愛人なワンちゃんとなったエリザさんの日常回でした。
お楽しみ頂けたなら幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。