インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
宇宙には多種多様な文明が存在し、宇宙進出を果たした文明はランクの低い順に、F・E・D・C・B・A・Sの7段階に大別されていた。
この分類の中で文明ランクFは、宇宙進出の極初期段階にある事を示している。辛うじて星の重力を振り切り、母星に極々近い場所でのみ活動する低レベルな文明で、
Eは近隣の惑星にまで進出して開発が行われているレベル。なお母星の衛星の開発はランクFの範疇である。
DはEと同じ星系内において、更に遠くまで開発が進んでいるレベル。多くの文明において、この辺りでワープ航法の研究が本格化し始めている。
Cは母星のある星系の外縁部付近まで開発が進んでいるレベル。多くの星を滅ぼしてきた
Bは幾つかの星系にまたがる星間国家が樹立しているレベル。この辺りになると兵器として十分な信頼性と実用性を持つ、重力兵器や空間破砕兵器が実用化されている事が多い。
Aは
Sというのは特殊ランクで、ここに分類される条件はただ一つ。文明、個体、群体、形状、種別も問わない。只々圧倒的な力を持っていることのみが条件で、現在Sに分類されているのは僅かに2つ。首座の眷族と呼ばれる銀河中心核付近に母星がある超文明と、星喰いと呼ばれる惑星サイズの超巨大宇宙生物のみだ。
そして首座の眷族の母星では、今非常に珍しい議題が取り上げられていた。銀河辺境の
「これを、ランクF文明が独力で?」
「信じられん。他文明の干渉があったのではないか?」
「だがあの方面で、高ランク文明が活動している形跡はないぞ」
「秘密裏の支援という線はないのか?」
「奴らの艦隊を無傷で退けられるようなものを、ランクF文明に与えるか?」
地球風に言えば“議員”に相当する面々が、次々に驚きの声を漏らす。首座の眷族の方面艦隊の1つ、オリオン腕方面辺境艦隊から送られてきた情報は、それだけ衝撃的だったのだ。
なにせランクF文明と言えば、辛うじて星の重力を振り切り、母星に極々近い場所でのみ活動する低レベルな文明という扱いだ。だが地球の周囲に浮かぶ3機の発電衛星“アンサラー”はどうだ? 惑星圏内にエネルギーを安定供給しながら、奴らの艦隊を無傷で退けるという離れ業をやってのけている。奴らが侵攻した時は2機体制だったようで、物理的にカバー不可能な部分から惑星圏内への侵入を許したようだが、“アンサラー”は奴らが牽制と足止め目的で1号機と2号機にそれぞれ向かわせた、
更に―――。
「このインフィニット・ストラトスというパワードスーツ。凄まじいな」
「人間サイズでこの性能か。個体差が激しいのが難点だが、それでもこの性能は驚異的だな」
「ただ何故か性別差による使用条件があるな? これは何故だ? 例外もいるようだが?」
「使用者に合わせて自己進化だと? それに量子物質変換機能まで? ランクF文明の技術じゃないぞ」
首座の眷族であれば同じ物は作れる。ランクA文明でも作れるだろう。ランクBなら、量子技術に強いところなら作れるかもしれない。自己進化もある程度発達した文明なら難しくはない。だがそれらを1つに纏めた上で、個人サイズにまで小型化したものとなれば話は別だ。こちらも、どう考えてもランクF文明の技術力ではない。
こうして“アンサラー”、“NEXT”、“ブルーティアーズ・レイストーム”、“白式・雪羅”といった地球側の最高戦力の情報が明かされていき、ついに発明者である篠ノ之束の名前がアナウンスされた。次いで、彼女の調査情報が表示される。
「ランクF文明に生まれた人間が、独力でこれほどのものを?」
「信じられん」
「本当に、本当に他文明の干渉は無かったのか? 陰謀説の方がまだ信憑性があるぞ」
「奴らが侵攻した以外の高ランク文明の干渉は確認されなかったとあるぞ」
「見落としは無かったのか?」
会場がざわつく中、とある“議員”が調査報告にある一文に目をつけた。
「ワープ技術が、実用化間近だと?」
「早過ぎる!? ランクFだぞ!!」
「し、しかし既に、実際の艦船を使っての稼働実験に成功しているとあるぞ」
「ランクF文明が作れるような
会場が静まり返る。“アンサラー”も、“インフィニット・ストラトス”も、“ワープ”も、どれか1つだけでも偉大な発明と呼ぶに足る。宇宙の常識に当て嵌めれば、彼女が作り上げたものは幾多の文明が幾多の試行錯誤の末に実用化したものばかりで、基礎理論の構築から実用化まで、文明によっては数百年かかっている事も珍しくないのだ。
それをランクF文明という辺境のド田舎で生まれた人間が、学ぶべき先達すらいない状態で、僅か数年で基礎理論の構築から実用化までをやってのけた。“天才”という言葉ですら、彼女を表現する言葉としては不適当だろう。
「………未開の惑星の人間ではありますが、彼女程の人間であれば、コンタクトする価値があるのでは?」
「賛成します。むしろ可能ならば招聘してみては? これほどの才能の持ち主なら、先端技術の発展にすら寄与してくれるのではないでしょうか」
「そうだな」
多くの者が同意見を表明したところで、今回の一件をあげてきた“報告者”から更なる報告があった。
「皆様お待ちください。報告には続きがあります。この篠ノ之束という人物、我々の行動に気付いています」
「な………に? それはオリオン腕の方面辺境艦隊が、こちらの決定を待つ事無く接触したという意味ですか?」
「いいえ。辺境艦隊は地球の
“議員”達の前に、送られてきたメッセージが表示される。
『このメッセージを見ている人達が、地球を侵略してきた者達、私達が“
ある意味で、潔いとすら言えるメッセージだった。あれほどの物を作れる才能の持ち主なら、奴らと地球の国力差に絶望的なひらきがあると予想するのは簡単だろう。にも関わらず救難要請はなく、控え目に現状を教えて欲しいという希望のみ。いや、今回のメッセージは向こうにしてみれば、誰に届くか分からないという不確実な中で送られたもの。ならば本当の希望は、アクセスポイントを使ってメッセージを送った時に聞けるのではないだろうか? そんな予測が“議員”達の脳裏を過ぎる。
「先程決まりかけていた話だが、コンタクトをとるという方向で動いて良いのではないかな?」
「そうですね。地球文明に対して開星のコンタクトをとるかどうかは追加調査の結果を待つとして、この篠ノ之束という人物にはコンタクトをとるべきでしょう。奴らの侵攻で失うのは、余りにも惜しい」
これが後に銀河系に存在する幾多の文明においてすら、“天才にして天災”、“辺境に生まれた特異点”、“聖母にして魔王”と言われ敬われ恐れられる、篠ノ之束が宇宙の歴史に登場した瞬間であった。
◇
一方その頃。地球。
篠ノ之束と薙原晶は、更識楯無からの報告を信じられないという思いで聞いていた。
コアネットワークで、束が楯無に尋ねる。
(ねぇ
(私も嘘だって思いたいわよ。でも残念ながら本当なの)
(ロシアって貴女の古巣でしょ。どうにかならなかったの?)
(日本国籍に戻る前に、それなりのネットワークを構築してから子飼いに任せてきたし、子飼いも私の意向を正しく理解して行動していたわ。
(ならなんでこんな事になってるのよ)
(後任は何度も、軍の南下は決して自国の利益にならないって軍部や大統領に進言してたわ。そしたら邪魔者として投獄されたのよ。後はなし崩し的に、私の残してきたネットワークもズタズタにされたわ)
楯無の報告というのはロシアが軍を南下させて、クーデターや世界各国からの制裁で弱りに弱った中国の領土を切り取ろうとしている、というものだった。まだ国境は越えていないが、10万人規模の歩兵、機甲部隊、巨大兵器、IS部隊の行動が確認されている。そして歴史を考えれば、この進軍は分からなくもない。あの国が南の肥沃な大地を欲しているのは周知の事実だからだ。対
報告を聞いた2人も、
ここで、晶が口を挟んだ。
(ロシアで使っていたお前の子飼いは無事か?)
(殆どは脱出できたけど、何人かは捕まったわ)
(捕まってる場所は分かるか?)
(脱出させるのが精一杯で、そこまでは手が回らなかったわ)
(そうか。なら何処に捕まってるのか調べて救出だな。しかしお前の後任を投獄して、更に子飼いにまで手を出してネットワークを破壊するなんて、相手も随分と思い切った真似をしたな。得られるかもしれない南の領土とこっちとの関係を天秤にかけて、南をとったってことか。まぁ北の国だから、多少危ない橋を渡っても南の大地を手に入れたいって気持ちは分からなくもない。許すかどうかは別だけどな)
あの国は豊富な天然資源を持つ。それに加えて肥沃な大地を手に入れたら、独裁国家が世界最大の国力を持つ事になって、世界のパワーバランスが大きく狂ってしまう。尤もそれを抜きにしても、晶はあの国を自由にさせてやる気は無かった。理由はもっと単純で明快で、奴らは大事にしている更識に手を出した。厳しく躾けるには十分過ぎる理由だ。
晶がどうやろうか考えていると、隣に座る束が釘を刺してきた。
(晶が直接動くのは駄目だよ)
晶の返答は、束の意向を汲んだものだった。
(分かってる。だから俺は動かない)
(ハウンドも駄目だよ)
建前上、ハウンドは賞金首という悪党を狩る事で世の役に立ち、仮初の自由を得ている立場だ。この建前から外れた使い方をするなら痕跡を完全に消す必要があるが、この状況で使えば流石に目立ち過ぎてしまう。
(それも分かってるから使わない。だから束、ちょっとラナ・ニールセン*2を貸してくれ)
(いいけど、どういう風に使うの?)
(人員が捕らえられている場所の調べがついたら、まずは救出させるだろ。次に南下しているロシア軍が国境を越えたら叩く。数は多いしIS戦力や巨大兵器もいるけど、一ヶ所に固まってる訳じゃない。ステルス+VOBで姿を消しつつ超高速で接近して、グレネードの絨毯爆撃すれば楽に片付くだろう。事前情報から考えれば、これでロシア総戦力の1割ちょいを削れる。2割には届かないかな? で、余力があれば撃破したISを回収して、IS委員会経由で他国にISコアを流して嫌がらせもしておくか。これで大人しく………いや、ならないか。あの国って独裁国家だから、
すると束が口を挟んだ。
(どうせやるなら、もうちょっとやろうよ)
(どうするつもりだ?)
(あの国の生命線は、豊富な天然資源でしょ。特に石油とガスが主な収入源。生産施設そのものを叩いて収入源を絶って、経済面でも痛い思いをしてもらおうよ。まぁ今は冬だし、一般市民を凍死させるのは可哀相だから、消し飛ばす生産施設は半分くらいにしておこうかな。それでも再建には数年かかるだろうし、その間にシェアは他企業に奪われて、国家財政は相当に厳しくなるだろうね)
(余りやり過ぎてあの国の国内が荒れたら、逆に大変にならないか? それにロシアは資源の輸出大国でもある。石油とガスに限定してもそんなに叩いたりしたら、余波がモロにいくぞ)
(あの国が石油やガスを売っている国には、中継衛星を投入して電力供給しようかな。これで余波は最小限。まぁ石油は電力以外の使い道もあるからちょっと大変かもしれないけど、ロシアのシェアを狙う他企業が頑張ってくれるでしょ。で、頭の挿げ替えだけど、シンプルかつ確実にやろうよ)
(何を考えてるんだ?)
(クレムリンごと消し飛ばせばいいじゃない)
(本気か?)
(本気。外敵がいるのにこんな決断をするような愚か者には、早々に退場してもらう。もしかしたら色々言ってくる奴らがいるかもしれないけど、証拠が無ければ幾らでも白を切れるからね)
(今までの俺達の行動を考えれば、証拠はなくても疑われる可能性は高いぞ)
(疑うなら疑えばいいし、色々言いたいなら言わせておけばいい。ただ私は、こんな決断を下すような奴らを生かしておいても、後で必ず足を引っ張られるだけだと思う。だから消えてもらう。――――――ああ、そうだ。手元に玩具が残っていたらまた遊びたくなるだろうから、国内に残っている戦力も適当に間引いて、後は今の体制維持に貢献している秘密警察やオリガルヒの勢力も削ぎ落しておこうかな。目障りだし)
(束。そこまでやるとなると、流石にカラードと更識の組織力を総動員しても手が足りないと思うんだが?)
(ん? いいや。難しく考える必要なんてないよ。クレムリンと生産施設はパルヴァライザーで叩き潰すし、国内の軍事施設はIBISとセラフに分担してやらせる。全機空間潜行が使えるから、バレる心配はまずないよ。で、秘密警察やオリガルヒだけど、こっちは
こうして決断は下され、ロシアには“天災”が降り注ぐ事になる。あの国は、彼女の逆鱗に触れたのだ―――。
◇
束が決断を下してから2日後。
南下して中国国境を越えた軍は、中国側の傭兵として雇われた
そしてロシアが被った極大の被害とは、政府中枢であるクレムリンが消し飛ばされ、主要な軍事施設や部隊の全滅、石油・ガスの生産施設の半数が更地へと変えられ、世界中に根を張る秘密警察が握っていた数々の秘密情報や人員リストが、白日の下に晒されたことであった。誰が、どんな勢力がやったのか、証拠は一切残っていない。だが多くの者は思った。今の地球に、こんな事が出来る勢力は1つしかない。しかし、そこは何も声明を出していない。正確に言えば「
―――閑話休題。
束、楯無、晶の3人はコアネットワークで話をしていた。
(なんか色々言ってくる奴がいるかと思ったけど、全然だね)
(
(でも言ってこないって事は、内心じゃ支持してるってことだよね)
(怖くて言わないだけって線もあるわよ)
(宇宙開発の足を引っ張られないなら、凡人にどう思われようが構わないよ。それより
(貴女が盛大にやってくれたお陰で、随分楽に進んでいるわ)
楯無から2人にデータが送られてくる。それによれば新しい拠点の確保に成功し、脱出した人員や救出した人員の再配置も進んでいる。この分なら、ネットワークの再構築も近いだろうということだった。また現在のロシア国内の状況を考えれば、混乱に乗じて以前よりも大きく勢力を拡大できる可能性がある、というのが楯無の見通しだった。だが、問題が無い訳ではない。
(でも正直なところ、ちょっと人手不足なのよね。今なら各方面の再建に乗じてかなりいけると思うんだけど、それなりに能力があってかつ信用できる人間が足りないのよ)
更識家は束や晶と繋がって以降、急速に勢力を拡大している。日本国内での権勢は絶大と言っていい。更には欧州方面にも勢力を拡大しており、あちらでの活動も大分楽になった。だがそれは多数の人員を投入しているという意味でもあり、逆説的にロシア方面に割ける人員が少なくなっている事を意味していた。
晶が口を開く。
(今いる人員でどうにかやりくりするしかないな。確か元々子飼いがいたのは、レクテナ施設関連を管轄するエネルギー省と、何かあった時に使い易い
(そうよ。エネルギー省を使えば政治に干渉できるけど、真っ当な使い方をするならエネルギー関連分野だけね。他の分野にまで口を出したら、無用な軋轢を生んじゃうわ。まぁ出来なくはないのだけど、無茶な命令を出して裏切りとか排除されるなんて事態は避けたいわ)
(そうだな。一番楽なのはエネルギー省の権限を増大させる事だけど………)
その場合、最も楽な手段は中継衛星の投入だ。多くの先進国は電力を他国に握られるのを防ぐ為に、外資が電力事業に参入するのを厳しく制限している。或いは総発電量に対して一定のパーセンテージ以下となるようにしているが、石油とガスの生産施設を吹き飛ばされているロシアが深刻なエネルギー不足になるのは確実だ。既存の原発をフル稼働させても明らかに足りないとなれば、代替手段となるレクテナ施設を受け入れるしかないだろう。そしてレクテナ施設はエネルギー省の管轄なので、必然的に権限の強化が見込める………のだが、これには問題があった。各省トップの任命権限は大統領にあるため、余り権限を強化しておいしいポストにしてしまうと、任命権限を行使されてせっかく育てた子飼いやネットワークが使えなくなってしまう可能性があるのだ。
(ん~~~~~~~~~~~~~~~)
晶は暫し考えた後、楯無に確認してみた。
(クレムリンを消し飛ばしたばっかりだけどさ、次の大統領を決める動きとかってあるか?)
(まだ混乱の真っ只中で、そんな話は出てないわね。で、今は非常事態の権限移行条項に従って、軍の上級大将が切り盛りしてるわ。でも明らかに能力不足だから、国内の混乱を治めることはできないでしょうね)
(どんな人間なんだ?)
(部下の功績は自分のもの。自分の失敗は部下のせい。ちなみに主要な軍事施設を消し飛ばしたのに生きている理由は、企業の接待を受けていたから。運が良かったみたいね)
(なるほど。このまま権力を握り続けたそうな感じは?)
(権力大好きって性格だから、多分西側への建前として選挙を実施して、民主的に選ばれたって体面を作ってそのまま権力の座に留まるつもりじゃないかしら。勿論、票の操作はデフォで)
(そうか。取り込んだところで害にしかならなさそうだな。蹴落とすネタはあるか?)
(沢山あるわよ)
(なら次の大統領を決めようって動きが出てきたら、エネルギー省の子飼いを出馬させて………いや、駄目だな)
晶は意見を出しかけて、途中で撤回した。向こうの選挙は制度の成熟している西側諸国のそれと違ってとても物騒なのだ。強力な支援自体はできなくはないが、やり過ぎたら不慮の事故を装って貴重な子飼いが消されかねない。それに下手をしたら情報の出どころと背後関係を疑われて、子飼いそのものが海外勢力のヒモ付きの印象を与えて使えなくなってしまう。
何か、手はないだろうか? この混乱はロシアで更識の勢力を拡大するチャンスなのだ。どうにかして活かしたい。考える。考える。考え………ふと、山田先生にプレゼントした“ジャック君”の事を思い出した。普段は人の頭程度の大きさのACヘッドパーツに、どら〇もんのような手足というマスコットみたいな外見だが、戦闘モードになれば人間サイズのアーマードコアになる。いや、正確には人間サイズのアーマードコアの外見をした無人ISだ。
仮に同系統のものを束に作ってもらったとして、更識の助っ人として使えるだろうか? 戦闘面については、恐らく大丈夫だろう。山田先生にプレゼントした“ジャック君”は、以前
ここまで考えて、晶は束に言った。
(なぁ束。以前山田先生にプレゼントした“ジャック君”みたいなのって、作るのに時間かかるかな?)
(ん? あ~、なるほど。アレを助っ人にね。確かにアレなら役立ちそうだ。普段はただのマスコット的なお手伝いロボだから、他から警戒もされないだろうし)
(ジャック君? それ、なんなの?)
楯無が尋ねてくる。別に秘密にしていた訳ではないが、晶も楯無との話で話題にした事はなかったので知らないのも道理だ。
なので簡単に説明すると―――。
(………
(だろうね。知ったことじゃないけど。で、話を戻すけど、晶の頼みだし………2体くらい作ってあげる。これなら勢力拡大も、少しは楽になるんじゃないかな?)
(完全自律思考型の無人ISが2機。十分過ぎるわ)
(じゃ、頑張ってね。あ、そうだ。1つだけ忠告。完全自律思考型って事は人格があるってことだからね。あんまり変なことさせようとしたりしたら、反抗するかもしれないから)
(都合の良い道具じゃないってことね)
(そういうこと。まぁ普段はマスコットみたいな感じだから、可愛がってあげて)
こうして作られた2体はウラヌス、セレナ*6とそれぞれ名付けられ、更識の貴重な戦力として活躍していく事になるのだった。
なお世界情勢には全く影響を与えない話だが束はこの後、同系統の機体を後8機作っていた。何故か? 晶が大事にして可愛がっている義妹達の護衛用である。無論これまでも護衛は付けていたが、晶の義妹という立ち位置は、悪い事を考える奴らにとっては非常に魅力的なものに映るだろう。考え過ぎかもしれないが、IS級戦力の投入がないとも限らない。だから、であった。
◇
3人が話し終えた直後のこと。世界に動きがあった。
多くの国々が次々と、ロシアの侵攻に対して非難声明を発表したのだ。なお時系列的に言うのであれば、ロシアが軍を南下させた時点で一度、国境を越えた時点でもう一度、多くの国が声明を発表している。では2日経った今、何故またなのだろうか? それは各国が今回の一件の裏にいる人物が誰であるかを推測し、その意図を考え対応を協議するのに要した時間であった。
ぶっちゃけて言えば、何処も分かっているのだ。証拠は無いが、証拠が無いからこそ、誰もが“
大体、何処の誰がこんな事をできるというのだ。
何より、今や世界の電力事情にとってなくてはならない存在であると同時に、地球防衛の要であるアンサラーを握る束の不興を買いたい指導者などいない。無論、世界は一枚岩ではない。内心で色々と思う者は多いだろう。だが彼女の有無を言わせない鉄槌の一撃は、どんな言葉よりも明確に彼女の意志を表していた。即ち、外敵の存在が明白な今、地球内部での争いごとは許さない。細かな紛争にまでは介入しないが、少なくとも大国には相応の責任と態度を求める。逆らうなら逆らえば良い。こちらは“
彼女の意志をこう読み取った国々は一斉にロシアから距離をとり始め、経済制裁は過去に類を見ない程強烈なものとなっていた。普通は国家間のパワーゲームであるため色々と抜け道があるのだが、今回は違う。親ロシア国家の中国の国力が激烈に減退している現状も合わさり、誰の目から見ても一方的なパワーゲームとなる事が目に見えていた。
軍事的に例えるなら、補給無し援軍無しの籠城戦と言えるだろう。政治的才覚の無い
―――だが、
人間余りにピンチになると、一周回って落ち着くものらしい。
政治的才覚の無い
そこで暫定大統領は考えた。今回の一件に裏にいるのが“天災”なのは間違いない。“天災”が激怒しているのも間違いない。だが対外的に何も発表していない以上、何らかの交渉を持とうとしても無駄だろう。無視されて終わりだ。或いは更なる“天災”が降り注ぐかもしれない。だから行動で示すしかない。何をしたら“天災”は、怒りの矛先を収めてくれるだろうか?
暫し考え、自己保身に成長パラメータを極振りした暫定大統領は閃いた。
“
こうして考えを纏めた暫定大統領の行動は早かった。対外的には無差別攻撃をした悪党許すまじという声明を発表しつつ、国の立て直しには若い力が必要だとして、エネルギー省のトップを大統領に推薦する方針も併せて発表したのだ。
―――これに驚いたのが、束、楯無、晶の3人である。
再びコアネットワーク通信で話し始める。
(どうしようかしら? 幸運と言えば幸運だし、またとないチャンスではあるんだけど………)
楯無の困惑した声が2人に届く。あの国の権力構造を考えれば、予測しろという方が無理な話だろう。
晶が尋ねた。
(エネルギー省のトップが子飼いってバレてる可能性はどれくらいあるんだ?)
(政治というか、派閥の力関係に多少でも理解があるなら100%かしら)
(という事は、子飼いと分かってて推薦したって考えるのが妥当だな)
(そうね)
(ふむ………なら、乗ってみるか。罠でこっちの勢力を潰すための仕掛けって可能性もあるけど、暫定大統領の性格を聞くに、現状でそんな事を仕掛けてくるような奴とも思えない。尻尾を振ってきたと考えても良いかもな。でも最悪、楯無の子飼いを失う可能性はあるか。仮に失った場合、更識として被害はどれ位になる?)
(多少なりとも政策に関与できる立場だから、仮に失ったら同じ地位にもう一回子飼いを据えるのは中々手間ね)
晶の基本的な考えとして、人材を使い潰したりはしない、というのがある。育った人材というのは貴重なのだ。失う可能性は極力減らしたい。だが世の中、全ての橋を安全に渡れる訳ではない。チャンスをモノにする為には、危険な橋を渡らなければならない場合もある。今回は、そういう場合なのだろう。
(楯無。確かお前の後任の国家代表、今回の侵攻に反対して投獄されたって言ってたよな)
(ええ)
(お前の意向があったとは言え、性格的には平和を重視するってタイプなのか?)
(そう考えてもらって良いわ)
(ならエネルギー省のトップには、受ける条件として国家代表を直属の護衛につけるよう言わせてみてくれ。それを相手がのんだら、大統領の話を受けても良いと思う)
(なるほど。分かったわ)
(あともう1つ。ついでに掃除をしておこう)
(掃除?)
(前大統領がよく使ってた
(確かにそうね。跡形もなく、という事で良いかしら?)
(問題無い)
楯無と晶の会話が一段落したところで、束が口を開いた。
(ねぇ
(ある程度はあるけど、あれだけの国を切り盛り出来るかどうかは未知数ね。はっきり言えば経験不足は否めないわ)
ここで束は、珍しく長考した。
(
(ん~。なら、さ。ちょっと実験してもいいかな)
(何を考えてるの?)
(ちょっと政策立案に投入してみたいシステムがあってね。簡単に言えば社会問題を認識して、政策を提案するシステム。これを使って子飼いをバックアップしてみようと思って)
(貴女の作るものだから提案能力はあると思うけど、逆に優秀過ぎる提案は問題の種になるわよ。それに余りに高性能なものを、あちらには置きたくないわ)
(本体は私の自宅に置くから、向こうには提案内容が行くだけ。で、提案内容だけど、
この実験は
こうして地球情勢を長期に渡って乱したであろう問題は、“
第171話に続く
今回は束さんメインのお話でした。
“天才”と“天災”の両側面を書けて楽しかった作者です。