インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
でも将来的に統一政府樹立の話が出ている以上、避けては通れない話題なので………。(涙)
そして偶には平和な依頼。
スターゲート開通まで1ヵ月を切った9月の上旬。とある日の夜。
束と晶は自宅の居間で、統一政府の形について話をしていた。2人とも余り興味のある分野ではなかったが、他の文明の存在が明らかな以上、人類が宇宙進出したら間違いなく外交が発生する。その時に交渉主体となる政府の形――――――最低限骨組み程度は決めておかないと、自分達が困るからだ。ぶっちゃけ必要に迫られてである。
なお委員会の方では「民主的に」だとか「多くの者の意見を聞いて」等と言う者がいたが、晶は話半分にしか聞いていなかった。むしろ現実を見ろと言わなかっただけ理性的だろう。そんな事をやったら意思決定が遅すぎて、多くのものを失ってしまう。
「どうしようか?」
「どうする?」
が、余り興味の無い分野だけに、2人の明晰な頭脳も余り働かない。しかし決めておかないと自分達が困る。なので2人は、まずは好き勝手に意見を出してみる事にした。やりたいこと、やりたくないこと、やって欲しいこと、やって欲しくないこと、色々出していけば形も見えてくるだろう。
「まずは、そうだな。暫くは俺達が引っ張る形になるだろうが、仕事に追われる生活は嫌だな」
「うんうん。私も宇宙の色々なところに行ってみたいから、自分達でやれる事は自分達でやって欲しいよね」
「という事は、トップダウンな体制はダメだな」
「部門や省庁がある程度の権限を持ってないとダメだね。でも縦割り過ぎると組織が硬直しちゃうから、そのあたりの調整も必要だね」
「だな。どうしたって重なる部分って出てくるからな」
こうして2人は色々な意見を出し始めていくのだが、揃って意図的に避けている話題があった。非常に面倒臭い話で、対応を間違えば委員会だけでなく、世界中の国からの反発必至で、下手をすれば宇宙開発が頓挫してしまう話だ。しかし絶対に避けては通れない話題でもあったので、暫し話し続けた後、晶の方から切り出した。
「ところで、さ。今地球上に存在している国って、どういう風に扱う?」
「やっぱりその話、避けられないよねぇ」
「決めておかないと多分、というか確実に俺達が困る」
2人は揃って「はぁ」と溜め息をついた。
この話の何が面倒臭いかと言うと、統一政府の樹立は今地球上に存在している国の権利、特に外交や軍事を制限する事に直結するからだ。面倒事の匂いがプンプンする。というか絶対なる。しかし目を背けて各国が独自外交する事を許すと、それはそれで大変な事になる。ハッキリ言えば食い物にされて終わりだろう。基礎的な技術力や工業力、扱える物量、それらを支える社会基盤、ありとあらゆるものが桁違いなのだ。
更に言えば国家の基礎として戸籍情報*1の管理がある。こちらは今すぐに移管*2が必要という訳ではないが、将来的に統一政府側で握らないと、行政サービスで不都合が生じる。もっと言ってしまえば不正の温床になる。仮に現在の国を州として扱うような体制にした時、戸籍情報を州側が全部握っていて、統一政府側で全容が分からないとなれば、いくらでもつけ込む隙となるだろう。
「どうしようか?」
「どうする?」
先程と同じやり取りをもう一度繰り返す。面倒だ。面倒しかない。できればやりたくない。でもやらないといけない。宿題をギリギリまでやらない子供のような心境で2人は考え、晶が口を開いた。まずは確認だ。
「仮にだけど、今すぐに戸籍情報を移管する事になった場合、どの程度までなら登録できる?」
「管理者のデータベースシステム*3を転用できるし、今の地球人口は80億くらいだっけ? 3倍でもいけるよ」
余り知られていない事だが、
「ならこの点で問題となるのは、国の反発と実際の移管作業をどうするかってことか」
「先進国なら大体電子化されてるから、アクセスの許可さえ下りれば取り込むのは簡単だよ」
束ならハッキングで全情報を抜き出せるが、流石にそれはできない。今回は相手が承認したという事実が必要だからだ。
「この手の移管作業をする時って、問題を演出して色々騒ぎ立てる奴が必ずいるからな。そっちの対策が必要ってことだよ」
「面倒だなぁ」
「本当にな。そして統一政府側に戸籍情報を渡すメリットが無いと肯く訳もないし………う~ん。登録した国としてない国で扱いを変える? いや、ダメだな。いきなりそんな事をしたら、それこそ反発のもとだ」
晶は自身の言葉をすぐに否定した。悩んでいると、束が口を開いた。
「ならさ、いっそのこと登録しなくてもよくない?」
「え?」
「だって私、宇宙進出はしたいけど人類の管理がしたい訳じゃないもん。まぁ、確かに戸籍情報はあった方が便利だし色々できるだろうけど、別に多大な労力を支払ってまで私の手中に収める必要はないかな。だから、そうだね。各国には統一政府が樹立した時の為に、戸籍情報のセキュリティ向上と行政処理の効率化を依頼する、くらいが落としどころかな」
晶は言われて思った。確かに統一政府が、直接戸籍情報を握る必要はないかもしれない。要は現在戸籍を管理している国家が、効率的に戸籍情報を管理できて、統一政府が苦労なくアクセス出来るようにすれば良いだけの話だ。元々管理しているところがあるのだから、其処を上手く活用した方が効率的とも言える。各国としても、「戸籍情報を移管してね」より「そちらで効率的にしっかり管理して、必要な時は情報提供してね」の方が受け入れ易いだろう。
更に考える。この場合の問題は統一政府側が戸籍情報を持っていないので、将来的に発生するであろう徴税で幾らでも誤魔化しが可能ということだ。また何らかの陰謀で戸籍を擬装された場合、見破るのが相応に手間という事だ。しかし現時点で戸籍情報移管の話を出したところで、反発しかないのは目に見えている。なので束の言った辺りが落としどころで、直接管理はもっと時間をかけて、例えば地球全体が成熟してからの課題としても良いのかもしれない。急いては事を仕損じるとも言う。
「分かった。じゃあその方針でいこう。じゃあ後は外交と軍事か………でも思ったんだけどさ、仮にカラードが、いや、委員会が他の文明と何らかの条約を結んだとして、地球上の国々にそれを遵守させる強制力ってあるかな? 一応“首座の眷族”は委員会を統一政府の雛型と認識してくれているけど、それを地球上の国々が守るかは別物だろ。何らかの利権問題が発生したら、あっさり破られる程度のものでしかないと思うんだが」
「そうだね。強制力っていう意味では確かに無いかな。でもさ、私達以外に有効な実行力を持つところなんてなくない? そして実行力の無いところが相手にされないなんて、どんなところでも同じだと思うな」
「何処にでもお馬鹿さんはいるだろ。例えば自分達が得をする為だけに勝手に条約を結ぶとか。これをやられると統一政府の実行力というか、統治能力に疑問符を付けられる」
「いないと思いたいけど………いるよね。多分」
世の中、自分の為なら他人がどれだけ不幸になっても全く気にしない人間がいるのは事実だ。そして平和的に物事を解決する遵法精神は大事だが、それに固執しては解決できない問題があるのも事実であった。とある著書の言葉*4を借りるなら、「暴力は、むきだしの力は、ほかのどんな要素と比べても、より多くの歴史上の問題に決着をつけてきたのであり、 それに反する意見は最悪の希望的観測にすぎない。この基本的な真理を忘れた種族は、常にみずからの命と自由でその代償を支払うことになったのだ」である。
なので晶は、この答えを出すのに迷わなかった。
「委員会を、将来的には統一政府を通さないで、そういう事をしたところの政府には消えてもらおう。物理的に」
「ちょっと、過激じゃない?」
「いや、ここだけは甘い対応をしちゃいけない。地球の中の国同士が揉める程度なら見ていられるけど、他の文明に対して隙となるような行動を許せば、取り返しがつかなくなる。そしてこれはスターゲート開通前に発表しておく。まぁ将来的に、地球文明が多星系になった時にどういう形で対応するかって事は考える余地があるけど、今はその方針でいく」
「反発が凄そうだね」
「宇宙進出に必要な物は、全てお前が造って広めて、ここまで来たんだ。だからお前の意志が一番反映されなきゃいけない。なのに全てを用意してもらった奴らが後から出てきて、勝手に交渉して勝手に条約を結んで勝手に場を荒すなんて、許せる訳がないだろう。権利だ自由だと囀る奴はいるだろうが、それなら自分達で用意しろって話だ」
「ありがとう」
「なに、当然のことだ。―――で、話を戻して軍事だけど、こっちはある程度緩くしておこうと思ってる」
「理由は?」
「地球文明の現状として、どうやっても戦闘艦の数は揃えられない。潜行戦隊で巡回しても、複数地点で同時に何か起これば対応できない。航路の安全確保やチョロチョロ動き回る悪党を捕らえるには、宇宙で活動する賞金稼ぎや民間軍事企業が育つ土台があった方が良い。広大な宙域全てを公的にカバーなんて出来ないからな」
「でもそいつらが治安を乱さないって保証はないよね」
「ああ。だから“
「どうしたの?」
束は晶の考え込んでいる内容が分からなくて声を掛けた。
「いや、IS委員会の人間が、宇宙での活動を正しく評価できるかなって思ってさ。地球内の出来事ならある程度想像がついたり経験者から情報を貰って評価出来るだろうけど、宇宙だと色々違うし、想像の埒外って事もあるだろ。そういう人間に評価されるのは、登録している側も嫌だろうなぁって」
「それは、確かにそうだね。なら活動内容のポイント化は、“
「そうだな。今度
これにより後日、活動内容のポイント化は“
こうして面倒な話題は終わり、2人でゆっくりのんびりと――――――とはならなかった。面倒な話題を意図的に避けてきたお陰で、面倒な話題が溜まっているのだ。そして次も統一政府を考える上で避けては通れない話題、財源であった。カラードの財源は非常に高収益かつ安定しているが、将来的に予測される統一政府の予算規模に耐えられる程ではない。つまり新たな財源の確保が必要だが、政府の財源とは基本的に税収だ。しかし徴税の話を出せば、必ず「金を払うのだから口出しさせろ」となるだろう。それは面倒だし、俗物な政治家連中に口出しなどさせたくない。
何か、良い方法は無いだろうか?
晶は暫し考え、閃いた。
「なぁ束。この前さ、宇宙船のレンタル事業を始めた*7じゃないか」
「うん。それが、どうしたの?」
「それで思ったんだけどさ、今の地球には足りない物が沢山あるだろ。だからさ、レンタル事業の収益を財源にしたらどうかな?」
「何をレンタルするかによるけど、財源とするには不安定過ぎない? それに宇宙文明から購入した物を当てにし過ぎるのは危険だと思うけど」
「そりゃそうさ。だから、俺達で造っちゃえば良い」
「なにを?」
「例えば小惑星の中をくり抜いて農場として整備して、食料を安定生産できる宇宙農園として国に貸し出す。内部環境の調整はクレイドルのデータがあるし、どうにかなるんじゃないかな?
「あ、なるほど。小惑星はイクリプス*8で持ってこられるし、内部は晶にくり抜いてもらえば良いし、戦闘用じゃないからジェネレーターや軌道変更用の推進装置はそこそこの性能で良い。内部環境だって
この案の素晴らしいところは財源を自分達で確保するので、各国から徴税しなくて済むというところだ。つまり「金を払ってるんだから口出しさせろ」の理論を使えなくできる。尤も完璧に防げる訳ではないが、俗物な政治家共の干渉は相当防げるようになるだろう。
また2人で行えば、殆ど元手が掛からないというのも良い。ついでに言えば統一政府樹立まで今暫く時間が掛かるだろうから、準備に時間をかけられる。更に言えば、仮にレンタルする国が無かったとしても自分達で使えば良い。
「ま、あんまりやり過ぎたら農家の皆さんが困っちゃうから、ある程度バランスを見ながらになるけどな」
「そうだね。御飯を作る人を困らせるのは違うからね」
無計画に大量供給して農作物が値崩れ起こして農家が困って農業が衰退しました、なんて事になったら目も当てられない。
宇宙農園として貸し出す際には、そのあたりの考慮もレンタル条件に含めるようにした方が良いだろう。
2人揃って同じような事を考えた後、晶が口を開いた。
「ところで造るとして、何処に配置する?」
「そこそこの大きさになるだろうし、ラグランジュ・ポイントの4か5が良いんじゃないかな」
ラグランジュ・ポイントとは主従二天体の公転系で、さらに小さな天体が両天体との相対位置を変えずに、公転系に加わることができる位置の事を言う。計5つあり、L1~3は常に誤差修正の軌道制御を行わないと直ぐに軌道が外れてしまうが、L4とL5は安定している。
―――閑話休題。
「よし。じゃあ週末に発表してまたアステロイドベルトに行くか」
「そうだね」
こうして2人は、今まで意図的に避けてきた面倒臭い話題について話し合っていったのだった。
◇
週末。いつものホテル。
不定期に行われるカラードの記者会見だが、例によって例の如く、会場にはメディアの人間が詰め掛けていた。否、いつも以上にいた。今日の会見には、束と晶の2人が出ると予め周知されていたからだ。何か重大発表があると思うのは当然だろう。
そして主役が登場すると騒がしかった会場が自然と静かになり、2人が着席した後、晶が口を開いた。
「本日はお集り頂き、ありがとうございます。今日の発表内容は、今後話が進んでいくであろう統一政府の財源と、幾つかの決まり事についてです。因みに委員会を通した話ではありませんので、詳細については今後煮詰めて行く事になるでしょう」
これまで束も晶も、記者会見の場で統一政府について話した事はない。それだけに集まった者達、更に言えばこの放送を見ている者達が受けた衝撃は大きかった。会場が騒めく。だが早く続きを話せと言わんばかりにすぐに静かになった。
晶の言葉が続く。
「まずは皆さん気になるお金のこと。財源についてお話しましょう。当初は各国の経済規模に見合った支出金を考えていましたが、それでは色々と不公平感が出るのが否めません。なので、1つ商売をして財源を確保する事にしました。どんなものかと言いますと、宇宙に完全に内部環境がコントロールされた農園を幾つか用意して各国に貸し出しますので、そのレンタル費用を財源に当てようというものです。勿論、そんな物を使いたくないというのであれば、それはそれで構いません。その場合は食料が余り行き届いていない地域に格安で提供しますし、財源確保の為に売れそうな物を自分達で栽培して売ろうと思っています。因みに用意する農園の規模ですが、十数キロから数十キロサイズの小惑星を複数用意して、内部をくり抜いて空間を確保しますので、相応の規模になるかと思います」
これまでの常識で考えれば、複数の国家が総力を結集して行わなければならない巨大事業だ。故に、記者の1人が質問した。
「極々一般的な常識で考えれば建造費用だけで大赤字となり、レンタルで利益が出せるとは思えないのですが、その辺りの検討はされたのでしょうか?」
「勿論です。詳細は企業秘密ですが、私と束なら極短期間で土台の準備ができます。内部環境は作物を育てる関係上時間をかけますが、それでも数ヵ月程度でしょう。なので初期投資分を回収するためにレンタル費用を釣り上げる、と言った事は必要は無いかと思います」
「ですが宇宙に造るとなれば、輸送コストはどうでしょうか?」
「配置予定宙域はラグランジュ・ポイントのL5。今の地球の宇宙船技術で直接地球に降ろすのは少々手間ですが、多数の企業の協力により軌道エレベーターがもうそろそろ完成します。そちらを使えば惑星降下をしなくて済みますので、コストも抑えられると思います」
なお軌道エレベーターという表現をしているが、実物は重力制御によって上下移動に特化した空飛ぶ巨大な円盤だ*10。また建造企業には亡国機業のフロント企業がズラリと並んでいる辺り、奴らのカラードに対する姿勢が見てとれる*11。
そして今の言葉は地上に新たな物流の大動脈が出来る事を意味しており、商機に聡い者達が一斉に動き出していた。
晶は続けて話し始めた。
「ついでなので、食料供給について少しお話しておきます。この案は財源確保と同時に食料の安定供給も目的としていますが、大量供給し過ぎて農作物が値崩れを起こして、結果農家の皆さんが困るような事にはしたくありません。なのでレンタルする国にはその辺りの配慮をしっかりして欲しいのと、貸し出す際の契約事項にも、場合によっては施設運営にこちらが介入する事も明記させてもらいます。あともう1つ明記しておくのが、食料ロスについてです。幾らでも作れるから無駄にしても良いという考えが蔓延しても困りますので、レンタルする国には食料ロスを抑える努力をしてもらいます。内容はこれから煮詰めますが、現在値以下にする、昨年度の何パーセント以下にする、といった感じでしょうか。超えた場合はレンタル費用への上乗せですね」
食料ロスについては善意だけ、という訳ではなかった。食料を無駄にしても良いなんて文化が根付いてしまうと、どの程度の食料生産を見積もれば良いのか判断し辛くなってしまう上に、社会的にも結構なリソースが無駄になってしまう。それを防ぐ為でもあった。
先程とは別の記者が質問してきた。
「レンタル費用はどの程度を考えているのでしょうか?」
「安くしようとは思っていますが基本的に国への貸し出しを考えていますので、個人でレンタル出来るほど安くはない、という程度でしょうか」
「………基本的にという事は、例えば、例えばですよ。個人農家が集まってレンタル資金を捻出できるなら、貸し出してもらえるということでしょうか?」
「条件を煮詰める必要はありますが、禁止する理由はないかと」
「ありがとうございます」
因みに後日の事だが、不当に手に入れた品種を宇宙農園で大量栽培して大儲けを考えた者達もいたが、そういう者は事前調査でしっかり撥ねられていた。
質問が終わると、晶が言った。
「という訳で、今後話が進んでいくであろう統一政府の財源についてお話させてもらいました。今の話から分かる通り、レンタル事業の収益を財源に当てますので、各国に対して一律に財源の支出を求める事はしない方針です。なので必然的に、収入分で運営できる程度の組織規模ですね。無理に大きい組織を作ったところで、いずれ破綻するだけなので。あ、寄付は受け付ける方針ですよ」
この発表には良い面と悪い面があった。何故なら支出金を求められないという事は、支出金の多さにものを言わせて方針に口出しして、自国を潤わせるといった真似ができないのだ。しかし統一政府が安定した財源を持っているという事は、一部の国だけが強い影響力を持つ事を防げる。つまり国連で行われているような、面倒なパワーゲームからある程度解放されるのだ。
勿論将来的に、地球文明の技術力や工業力が向上した時にどうなるかは分からない。単独で同じような設備を用意できるような国や企業が出てくるかもしれない。だが先行者という強み、何より篠ノ之束が準備した設備という強みは、そう簡単に崩れたりしないだろう。
また薙原晶は、寄付は受け付けると言った。寄付、である。「~に使って下さい」と要望を出す事は出来るだろうが、寄付である以上使い方は統一政府側に決定権がある。つまり主導権は譲らないという意思表明だ。
晶の話は続く。
「次は………各国にとって少々不愉快かつ不都合な話です。ですが方針を明確にしておかないと後で必ず問題となり、下手をすると手遅れになりますので、この場で言わせてもらいます。――――――委員会を通してはいませんが、この話は地球上の全国家に必ず呑んで貰います。強制と言い換えてもいい。その内容は、委員会を通さない他文明との外交交渉は一切認めない。違反した国、或いは組織は、場合によっては物理的に消えてもらう。これだけです」
余りにストレートな物言いに場の空気が凍り、ついで「横暴」「自由や権利の侵害」といったお決まりの言葉が次々と放たれる。が、2人は涼しい顔をしていた。そうして暫しの間2人は黙り続け、束が口を開いた。
「………こうまで愚かだと、笑えてきますね。各国の独自の外交交渉を認めたとして、無秩序に地球文明圏に他文明のものが流入したらどうなるか、想像もつかないのですか? 他文明では安全なものでも、地球人にとっては劇薬である可能性もあるでしょう。技術関連の流入を許せば、技術系の企業は全滅でしょうね。恐らく食料関連もそうでしょう。進んだバイオテクノロジーなら、栽培なんて面倒な手間を極限まで圧縮して生産できるでしょうから。そして私は人間の善性を信じる一方で、自分の利益の為なら他者がどうなろうと構わない人間がいる事を知っています。そういう人間が他文明と交渉して勝手に条約を結べば、結果は破滅的でしょう」
「ですが、だからと言って物理的になんて………」
記者の1人が呟く。それに束は答えた。
「個人同士であれば、互いの信頼関係で約束を守るでしょう。ですが、そうですね。国際政治の舞台を知るあなた方に問いましょう。実行力の伴わない約束を律儀に守る国がありますか? 色々な理由をつけて破ってきた事例を、とても沢山見てきたと思いますが、違いますか?」
束は一度会場を見渡した後、続けた。
「本当ならこういう時、愚か者が出ない事を願っています、と言うのでしょうね。ですが今回は違う事を言いましょう。是非とも愚か者が出る事を願っています。そうすれば、私がどれほど本気か分かるでしょう。私は巷で聖母などと言われている事もあるようですが、私は別に魔王と呼ばれても構わないのですよ」
後の歴史家は語る。“聖母”篠ノ之束のこの言葉があったからこそ、地球人類は統一政府を樹立出来たのだと。無論、この時点では多くの批判的意見もあった。しかしそれ以上に、擁護や賛同する意見が多かった。束博士がこれまで何を成し、どれだけ人類に貢献しているかを多くの者が知っていたからだ。
また地球人類が知るのは先の事になるが、他文明から地球文明は極めて離間工作のし辛い文明として知られるようになる。彼女の言葉は多くの者に届き、愚か者の独断専行を許さなかったのだ。
因みにこの会見を見ていた“首座の眷族”のアラライル氏は、2人の評価を更に上げていた。人気取りを優先して今日発表されたような内容を曖昧にすると、後で必ず揉めるからだ。最悪統一政府が機能不全に陥ってしまう。だがこの時点で発表しておけば、反発する誰かが違う方針を発表したとしても、「先に発表された内容に対してはどう考えていますか?」という比較検討が発生する。2人がここまで明確に表明している以上、反対する者は明確な解答を求められる上に、2人がこれまで見せた実行力と同等の実行力を求められる事になる。相当に高いハードルと言えるだろう。
―――閑話休題。
そしてこの記者会見後、統一政府の議論が活発に行われるようになっていく。財源、規模、方針といった基本的なものが示されたので、どのような形なら人類の統一政府に相応しいか、という事が良く話されるようになったのだ。星間国家の在り方を検討する委員会はその意見を抽出し、取捨選択して統一政府の形を決めていく。数多の利権が絡む国際政治の場である事を考えれば、信じられないくらい真っ当なプロセスを経ていると言えるだろう。
ただし全く問題が出なかった訳ではない。後日の事だが、非常にありがちな“政治と金”の問題が委員会でも起こったのだ。切っ掛けはアメリカから選出された委員が、委員会で得た情報を使って自身に友好的な企業を優遇し、私腹を肥やしているという話からだ。この話が出た時、所属している委員を罰する決まりは委員会に無く、アメリカ国内においても所属している委員は議員特権で守られている状態にあった。普通なら非常に長引く上に、所謂玉虫色の決着でなあなあにされる案件だろう。だがこの問題が長引く事を嫌がった晶は、記者会見でこう言い切った。
「確かに委員会に罰則はないですが、私はこの問題が長引く事を望みません。なのでアメリカには、こう要求します。2週間以内にこの問題を決着させて下さい。それ以上長引くようなら、委員会で多数決があった際、アメリカの議席を0.5議席として扱います。ついでに言うなら何らかの有罪判決が下った者が委員会に居続けるなら、委員会に席のある各国には国家予算の1%を発展途上国のインフラ開発に向けるように要求していますが、アメリカだけ2%にしましょう。いや、2%にしてくれるなら、どうぞ居て下さいというところですね。あ、勿論、新しい罪状が見つかったら3%、4%と上げていきますから」
横暴だと言う意見は勿論あった。法律によらない決定など無効だと言う者もいた。が、晶は一切取り合わなかった。ここで甘い対応をしたら委員会が腐ると分かっていたからだ。そして実際に長引いた時は0.5議席分として扱い、時の大統領が非難声明を出す事態にまで発展するのだが、晶は対応を変えなかった。
「大統領は強い権限を持っているはずですが、飾りですか? 委員に所属している者の白黒をハッキリさせてくれれば良いだけなのですよ」
これにより委員会では、信賞必罰という風土が生まれていくのだった。
少しだけ、先のお話である。
◇
時間は現在に戻り、記者会見の翌日の日曜日。
束と晶は先日言った通りイクリプスでアステロイドベルトに来て、日曜大工なDIYに勤しんでいた。
訪れた場所に手頃な小惑星が無かったので
そんな中で、2人はコアネットワークで話をしていた。
(いや~、面倒な事考えなくて良いから和むなぁ~)
(ホントホント。―――あ、ちょっと気をつけて。それ以上そこ削ったら小惑星割れちゃう)
(おっと、すまん)
慌てて手を引っ込める。日曜大工なDIYに使っている各種オーバードウェポンは、本来ぶっ壊す専門の道具なのだ。扱いを間違えれば、数十キロサイズの小惑星と言えど、簡単に割ってしまう。
(もぅ気をつけてね。割ったら溶接してもらうよ)
(それは勘弁。面倒だ)
(え~、晶は私と2人きりの時間が延びるのはイヤ?)
(そんな事を言われたら沢山割りたくなるだろ)
この場に彼氏or彼女のいない独り身の者がいたら、藁人形に五寸釘を打ち付けたくなるようなイチャイチャした会話だ。
そして2人とも大いにイチャイチャする気だったのだが、世の中そうは問屋が卸さなかった。
(ん?)
(あれ?)
2人同時に気付いた。ワープアウト反応だ。
(晶。戻っ………データベースに登録がある。アラライルさんの船だ)
(理由は分からんが、とりあえず一回船に戻る)
(うん)
直後、100キロメートル程離れた場所にアラライルの船がワープアウトしてきた。技術的にはもっと至近距離にワープアウトできるはずだが、距離をとったのはマナー的なものだろうか? そんな事を思いながら、束は回線を開いた。
『こちら地球人の篠ノ之束。ええ、と。アラライルさんで間違いありませんか?』
双方向通信が確立して、互いの眼前に展開された空間ウインドウに両者が映し出される。
『間違いない。そして地球文明圏の最重要人物が、こんなところで何をしているのかね?』
『地球には色々と足りない物が多いので、私と晶も色々と働かないといけないんですよ。というか、そちらこそ何をしに来たのですか?』
『昨日の会見は見ていたので余り心配はしていなかったのだが、随分なエネルギー反応が出ていたので厄介事に巻き込まれているのかと思ってね』
束と晶は自身の行いを振り返ってみた。
オーバードウェポンの大盤振る舞い。うん。覚えがあり過ぎる。
2人が何と言おうか高速で思考を巡らせていると、アラライルは苦笑して話し始めた。
『別に何かを言うつもりはありませんよ。だってそれは、昨日の会見で言っていた宇宙農園にする小惑星なのでしょう?』
『ええ』
『権力者が自ら汗をかき、所属する文明を豊かにしようと働く。良いではないですか』
褒められて悪い気はしない。が、2人は警戒を緩めなかった。アラライルは人当たりの良い人だが、同時に政治家だ。それも1つの文明が
『―――とまぁ、前置きはこれくらいにして、そんなあなた達にお仕事の話を持って来ました。1つ依頼したい事があるのですが』
『内容によります』
『以前の依頼のように、暴力が絡むものではありません。穏便なものですよ』
『世の中にはそう見せかけて、とても意地の悪いお話があったりするではありませんか』
『否定はしませんが、本当に穏便なものです』
そうしてカラードの依頼申し込み用テンプレートに則って記入された依頼内容は、確かに暴力的なものではなかった。
―――依頼内容―――
依頼主:アラライル・ディルニギット
銀河辺境の有人惑星フィスフィリスの気象コントロール装置が
故障して異常気象が発生してしまったため、気象コントロール
を依頼したい。
既に予備機と修理用の人員は手配中だが、同時期に別星系で
コントロールの必要な事案が発生してしまったため、代替手段
が到着するまで、地球時間で1週間前後掛かる予定だ。
そして対処せずに放置した場合、異常気象が悪化して惑星全土で
風速1000m/sになるというシミュレーション結果が出ている*14。
破滅的な影響を回避するため、気象コントロールをお願いしたい。
期限
可能な限り即時開始。拘束時間は最長で
成功報酬
10億IK
備考1
添付資料1:フィスフィリス全土の気象情報
添付情報2:銀河系におけるフィスフィリスの座標情報
添付情報3:フィスフィリスに住む人々の生活様式等の一般情報
添付情報4:周辺星系を含めた治安情報
備考2
該当惑星は私の友人がいる文明に属している惑星で、可能な限り
被害を抑えたいので報酬には色をつけさせてもらった。
宜しく頼む。
―――依頼内容―――
『………ふむ』
束が思案している間に、晶は各部門の予定を確認していた。潜行戦隊は第一戦隊*15が動ける。そして依頼の要である気象コントロール要員の予定は――――――運の良い事に空いていた!! 布仏本音が動ける。
なお本件とは関係無い事だが、現在カラードの気象コントロール要員は布仏本音とクラスメイトで適正のあったもう1人の2名になっていた。来年クロエが入社したら3名体制になる。
―――閑話休題。
晶が思考加速で添付情報を確認し終えたところで、束が口を開いた。
『晶。行ける?』
『問題無い。だがアラライルさん。1つ確認しておきたい。こちらとしても貴重な人員を送り込む事になるので、相応の護衛戦力も一緒に投入する事になる。問題ありませんか?』
『そちらが理性的な振る舞いをしてくれる限りは問題無い』
『了解しました』
こうしてスターゲート開通前に、カラードの第2回外宇宙ミッションが決まったのだった。
第190話に続く
今回の外交に関する会見内容は作者的にも随分迷いましたが、ここは絶対に譲ってはいけないところだと思いましたので強行突破する形にしました。
賛否両論かもしれませんが、この手の事を後回し&なぁなぁにすると後で碌でもない事になるので………。
そして後半のミッション依頼は、「偶には平和なミッションがあっても良いよね!!」という作者らしくない(?)欲求に突き動かされた結果でございます。騙して悪いがをするつもりはありませんが、何らかの不可抗力に巻き込まれる可能性はあり、というところでしょうか。