インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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ついにスターゲート開通です!!
そしてテラフォーミングしている惑星の現状も。
宇宙が本格的に近くなってきました。


第191話 スターゲート開通(IS学園卒業年度の10月)

  

 薙原晶がIS学園を卒業した年の10月上旬。

 篠ノ之束は予告通り、月の北極上空にアンサラー4号機を配置して、月の衛星軌道に配置した3つのスターゲートへとエネルギー供給を開始した。

 そしてエネルギー供給を受けたスターゲートは、淡く蒼い光りを放ちながら空間を捻じ曲げて遥か彼方、他の星系へと続く星の扉(スターゲート)を開く。

 この瞬間を、あらゆるメディアが熱狂的な様子で伝えていた。カラードが保有するレンタル用の中古輸送船には多くのマスコミが乗り込み、月の周回軌道からカメラを向けている。

 

『全世界の皆様、見ていますでしょうか。今、3つのスターゲートに次元回廊が形成され、他の星系へと繋がりました。そして――――――来ました。潜行戦隊の1~3番艦がそれぞれのゲートを通り、行った先からの映像を生中継してくれる予定となっています。どんな光景なのか楽しみでなりません!!』

 

 かなり遠い望遠映像だが、カメラの向けられた先には空間潜行艦アリコーンがいた。微速前進でゆっくりスターゲートへと向かい、全てのカメラの前からフッと消える。

 数十秒の後、それぞれのスターゲートから中継された通信が届く。

 

『こちら潜行戦隊1番艦―――』

『こちら潜行戦隊2番艦―――』

『こちら潜行戦隊3番艦―――』

 

 予め用意されていたチャンネルに映像が映る。1番艦からの映像は、星々が輝きを放つ広大な宇宙空間。“首座の眷族”のアラライル氏が「サプライズがある」と言っていたが、まだ何も無いようだ。

 このため、2番艦と3番艦から送られてくる映像に皆の視線が集まる。テラフォーミング中の惑星の映像だ。どちらにも、大気上層にゆらゆらと動く何かがある。

 そこに篠ノ之束博士からの回線が繋がれ、画面の片隅に彼女が映し出された。

 

『皆さんこんにちは。篠ノ之束です。映像公開に合わせて、1つ発表があります。テラフォーミング中の惑星ですが、どちらも地中に大量の水分の存在を確認していますので、送り込んだテラフォーミング用ユニット(ディソーダーシステム)に色々行わせて、地中の水分を地上に誘導しています。今はまだ極初期段階ですが、このまま行けば2~3年後には海になっているでしょう。あとは大気も弄り始めているので、遠からず雨も振り出すと思います。――――――そして余計なお世話と思う人もいるかもしれませんが、1つだけ注意喚起をしておこうと思います。スターゲートが開通しているので実際に行ける訳ですが、かなり猛烈な勢いで惑星環境を変えているので、地上に降りるのは相当な危険を伴います。好奇心旺盛な方もいると思いますが、どうか、ご自身の命は大事になさって下さい。では、失礼しますね』

 

 通信が切れる。

 瞬間、この放送を見ていた全ての人が熱狂していた。

 今まではテラフォーミングと言われても、規模が大き過ぎて今一つ実感の湧かない人達もいた。しかし、これは違う。地球人の行ける場所に、水を持つ惑星がある。雨が降る惑星がある。最終的にどういう気候になるかは分からないが、移民のハードルが大幅に下がるのは間違いない。何せ人が生きていく為に必要な水が、移民先の惑星で手に入るのだ。そして水が手に入るという事は、作物の栽培も出来るということ。地質の問題で大地を耕して行うのは難しいかもしれないが、クレイドルで実用化されているCELSS(セルス)*1を使えば、食料もつくれる。食料生産プラントで合成食という手段もある。

 無論、実際に移民を行うとなれば多くの問題があるだろう。しかし束博士は、移民初期に問題となるであろう多くの問題に対して既に答えを用意している。惑星に入植するまで生活出来るようにクレイドルがあり、人が十分に食べていけるだけの食料生産システムがあり、惑星表面の環境が厳しかったとしても地下都市を造れば良い。パワードスーツを使えば地上の探検・探索もできる。マザーウィル級の移動基地を使えば、多少の悪天候などビクともしない。人が地上に降りた後、クレイドルは広域調査システムとして使える。

 そして新しい星には未開発の資源があり、人が増えれば経済圏が出来て成長していくだろう。現実的な未来として十分に有り得る可能性が、多くの者の中に過ぎっていく。

 いち早く現実に戻ってきたマスコミの1人、レンタル用の中古輸送船に乗っていた者が、早口でカメラに向かって喋り始めた。

 

『み、皆さん。今の博士の言葉を聞きましたでしょうか!? テラフォーミング中の惑星には水があり、海もできる予定で、雨も降るということ。これは、第二、第三の地球になっていくのでしょうか?』

 

 すると地上のスタジオが反応した。

 

『元々余り生物のいない火星型惑星を選んだという事なので、何千年何万年も放っておけば生物が誕生するかもしれませんが、すぐにどうこうという事は無いでしょう。ただ地下の水を地上に出しているという事なので、地中深くに存在していた微生物が新しい環境で活動を開始する、という事はあるかもしれませんが』

『なるほど。ですがまさか、自分が生きている間にこんな事が実際に起きるなんて信じられません。以前カラードからされた発表では、10年後を目途に惑星環境の改造が完了するという事ですが、そうなれば本格的に他の惑星で暮らすという事が現実になってくる訳ですね』

『そうですね。ですが実際は、もっと早くなると思います』

『それは何故でしょうか?』

『クレイドル型宇宙船は全翼部の構成にもよりますが、数十万人が乗り込んで*2超長期間生活出来るようにデザインされています。なので恐らくですが、クレイドル型宇宙船で移民先の衛星軌道に先に行き、調査をしつつ惑星環境が安定するのを待ち、安定次第地上に降りるという形になっていくのではないでしょうか?』

『なるほど。という事はもしかしたら数年後には移民第一段が実際に旅立つ可能性がある、ということですね』

『カラードからクレイドル3号機の使い道が発表されていませんが、可能性は低くないと思います』

 

 数年後、この時のメディアの予想はほぼそのままの形で実行されていく事となる。

 そして入念な調査に基づいた入植計画により、地下都市やマザーウィル級移動調査基地が建造され、新天地の開発が行われていくのだった。

 

 ―――閑話休題。

 

 こうしてメディアが今後の予想について華を咲かせていると、1番艦からの音声が入った。

 

『ワープアウト反応。正面100キロメートル。出ます』

 

 1番艦のカメラが、反応地点をズームアップ。

 出現したのは前後に長い白亜の船体だ。センサーによれば全長は999メートル。宇宙文明の基準に当て嵌めるなら戦艦に分類される大きさだ。艦首は薄く平坦な構造だが鋭く尖っており、後方にいくほど広がるデザインは流線形で、船体色と相まって優美とすら言える*3

 通信が入り、地球人に最も知られた宇宙人が画面に映し出された。

 

『こちらは“首座の眷族”オリオン座腕辺境議員、アラライル・ディルニギット。応答されたし』

『こちらはカラード潜行戦隊、第1戦隊所属の鷹月静寐です。貴方からのお話であれば、束博士の方が良いでしょう。只今繋ぎますので、少々お待ちください』

 

 その数秒後、束が呼び出しに応じた。

 

『そちらが正式に名乗ったという事は、いつもの気軽なお話ではないということですね。では、私も改めて名乗りましょう。地球人の篠ノ之束です』

『そう構えないで下さい。これから行われるのは只の宣言であり契約の履行です』

『なるほど。では、どうぞ』

『では、言わせてもらいましょう』

 

 アラライルは一呼吸置いた後に続けた。

 

『銀河惑星連合は地球文明がスターゲートを地力で設置、開通させた事実をもって、宇宙(そら)への仲間入りを果たしたと判断します。これに伴い少々変則的ではありますが、地球文明のランクをFからDへと格上げします。そしてDと判断された理由もお伝えします。スターゲートを開きテラフォーミングを開始しているので、幾つかの星系にまたがる星間国家を樹立しているレベルとしてBも検討されました。しかし地球には星間国家に対応した統一政府が存在していません。このためワンランクダウンでC。そしてスターゲートやワープ航法を実用化しているのでCでも良いという意見もあったのですが、地球は現時点においても、本来の開星基準を満たしていません。このためもうワンランクダウンでDという判断に至りました』

 

 宇宙文明はその発展の程度によって、F・E・D・C・B・A・Sの7段階に大別されている。

 ランクFは、宇宙進出の極初期段階にある事を示している。辛うじて星の重力を振り切り、母星に極々近い場所でのみ活動する低レベルな文明という扱いで、絶対天敵(イマージュ・オリジス)来襲前の地球はこれに当たる。

 ランクEは、近隣の惑星にまで進出して開発が行われているレベルだ。なお母星の衛星の開発はレベルFの範疇である。

 ランクDは、Eと同じ星系内において、更に遠くまで開発が進んでいるレベルだ。多くの文明において、この辺りでワープ航法の研究が本格化し始めている。

 ランクCは、母星のある星系の外縁部付近まで開発が進んでいるレベルだ。多くの文明において、この段階でワープ航法が実現している。

 ランクBは、幾つかの星系にまたがる星間国家が樹立しているレベルだ。この辺りになると兵器として十分な信頼性と実用性を持つ、重力兵器や空間破砕兵器が実用化されている。

 ランクAは、幾つかの星系にまたがる星間国家が樹立しており、かつその影響力が銀河惑星連合でも広範囲に及ぶレベルだ。絶対天敵(イマージュ・オリジス)はランクA扱いとなっていた。

 そしてランクSは特殊ランクで、ここに分類される条件はただ一つ。文明、個体、群体、形状、種別も問わない。只々圧倒的な力を持っていることのみ。そして現在Sに分類されているのは僅かに2つ。“首座の眷族”と呼ばれる銀河中心核付近に母星がある超文明と、“星喰い”と呼ばれる惑星サイズの超巨大宇宙生物のみ。

 これらを踏まえた上で告げられた理由を、「お前なんざまだまだ青二才のひよっこなんだよ」という侮蔑的な意味で受け取るか、「まだまだ伸びるから期待しているよ」という前向きな言葉として受け取るかは聞いた者の人間性次第だろう。

 因みに束は前者でも後者でもなかった。

 高過ぎる判定は余計なものを呼び寄せてしまう可能性があるので、Eでも良いと思っていたくらいである。しかしこの場で言う事ではないので、とりあえず当たり障りのない言葉を返したのだった。

 

『なるほど。ですが、そうですね。ランクがどうであろうと気にする必要はないでしょう。私が宇宙(そら)を目指したのは、他人からランクを貰う為ではないのですから。高ければ何か便利な事がある、程度に思っておきましょう。それとも何か、実利があるのですか?』

『細かく言えば色々ありますが、基本的には影響力の目安と思って頂ければと思います』

 

 細かく言えば色々の部分には、お金、利益、権利、権力といったモノを求める者達にとって、無視できない様々な事があるのだが、束にとっては関係無かった。未知を発見しながら活動範囲を広げ、できれば隣人と仲良くという基本方針は変わらない。ランクでしか対応を考えられないような相手なら、こちらも相応の対応をすれば良い。何かを認めさせる必要があるなら、あらゆる手段を使えば良い。敵対するなら粉砕していくだけだ。

 なので束から出た言葉は、彼女にとって極々自然なものだった。

 

『ならば、やはり気にする必要はありませんね。友人を尊重し尊重されるような関係を築いていけば、自然と結果はついてくるでしょう。むしろ行動の結果がランクであるはずが、目的になってしまう方が危険でしょう』

 

 この言葉に、アラライルはニコリと笑った。

 

『ええ。それが良いかと思います。そして互いに尊重する友人は、約束を守るものでしょう。約束の物を持ってきたのですが、大きさが大きさなので護衛艦隊がついています。この場にワープアウトさせて構いませんか?』

『ええ。どうぞ』

『ありがとうございます。――――――聞いたな』

 

 アラライルが画面外にいる者に声をかけると、「了解」という短い返事が聞こえてきた。

 その十数秒後、空間潜行艦アリコーンのセンサーが大量のワープアウト反応を感知。総数418。

 戦艦級10、巡洋戦艦級30、巡洋艦級90、駆逐艦級270の計400隻。これに加え約束していた物―――直径6.4キロメートル、長さ36.0キロメートルの円筒形のコロニーが9基。直径8キロメートル程度の内部がくり抜かれ、基地として使用可能な推進装置付きの小惑星が9個ある。

 地球人の度肝を抜く光景だが、続けて行われた発表は、更に驚くべきものだった。

 

『束博士。私と貴女が初めて会談した時、重要なゲートであればあるほど各文明はゲートに実行戦力を張り付けている、と言ったのを覚えていますか』*4

『勿論です』

『なので、その言葉を実行に移します。我々“首座の眷族”はこのスターゲートを銀河辺境に安全にアクセスする為の要所と判断していますので、この艦隊をこの宙域に駐留させます』

 

 400隻の戦闘艦が、スターゲートを越えた先の宙域に駐留する。

 この事実に、殆どの地球人は息をのんだ。

 絶対天敵(イマージュ・オリジス)に地球を直撃された記憶はまだまだ新しいのだ。

 

『させます、という事は異論を挟む余地はないということですね』

『先に言っておきますが、そちらを害する意図はありませんよ』

『これまでの付き合いから契約に対して誠実であるとは思っています。ですがゲートのすぐ傍に艦隊が駐留するとなれば不安に思う者も多いので、幾つかの質問に答えてもらえませんか』

『どうぞ』

『私がスターゲートを開通させた宙域は、そちらが安全な宙域と言って指定した座標*5です。そこに艦隊を駐留させる理由として考えられるのは2つ。元々の情報が嘘だった、もしくはスターゲートの開通によって周辺の状況に変化が起きて、治安の低下が予測された。どちらですか?』

『後者です。この宙域は間違いなく“首座の眷族”の影響下にあり、事実として近隣には手の入っている星系もありますので、相応の防衛戦力も配備されています。にも関わらず本国が新たな艦隊の駐留を決定した理由は、以前約束した採掘*6にあります。博士が出してくれた予想埋蔵量が正しかった場合、不届き者(宇宙海賊etc)が狙うに足る量となるのです。自文明の採掘艦が赴く以上、航路の安全確保に力を割くのは御理解頂けるでしょう』

『なるほど。ではもう1つ。駐留艦隊がこちらに何かを要求するような事はありますか? 技術レベル的に工業製品は無さそうですが、例えば水分を補給させて欲しいとか、何かしらの利権や特権を要求するつもりはありますか?』

『前者については有り得る、と言っておきましょう。当方の艦隊は精強ですが、絶対無敵などと言うつもりはありません。強敵と戦えば損耗する事もあります。その際、緊急的に物資を必要とする事があるかもしれません。ですが基本的には、自分達で使う分は自分達で用意します。あくまで緊急的な事態でなら有り得る、という話ですね。そして後者ですが、そんな面倒な事はしません。その手の不平等条約は短期的には利益も大きいでしょうし、一部の人間を富ませるならありでしょう。ですが長期的にみると後々の手間が大変なのです。地球でもあるのではないですか? 一度反感感情が根付いてしまって、後々対応に多大な労力を要した例が』

『そう考えてくれる人ばかりなら、世の中もう少し平和でしょうね。それでは最後に大事な確認です。その駐留艦隊は、ゲートを越えてこちら側に来る事はありますか? このやり取りは多くの者が見ていますが、その多くの人にとって、ゲートのすぐ傍に艦隊が駐留しているという事実は、喉元にナイフを突きつけられている感覚でしょう。そちらにとって400隻というのがどの程度の力なのかは分かりませんが、地球文明を100回、いえ1000回滅ぼしてもまだ有り余る力でしょう』

『ふむ。そちらの立場に立てば、尤もな懸念材料でしょう。ですが、そうですね――――――』

 

 アラライルは暫し考えた後、続く言葉を口にした。

 

『友情、友愛、信頼、信用、そういった話をしても不安に思う人達は不安に思うでしょうから、現実的な話で答えましょう。アンサラーの防衛能力を、我々が知らないとでも? 調べるのは非常に簡単でしたよ。地球の一般的な放送で、沢山取り上げられていましたから』

 

 かなり皮肉な話だが、幼い地球人より“首座の眷族”の方が、遥かにアンサラーの異常さを理解していた。

 何故ならアンサラーは発電用の傘を開いて、各種装置を稼働させた状態で全幅約2700m、全高約2400m程度しかない。

 宇宙文明基準で戦艦が600~900メートルサイズである事を考えれば、決して極端に大きい建造物ではないと分かるだろう。しかしその性能は圧倒的だ。絶対天敵(イマージュ・オリジス)が初めて地球近郊に出現した直後に行われた砲撃、それも地球の地殻にまでダメージが及ぶような強力な砲撃を、空間を捻じ曲げて無力化しただけではない。第二次来襲時においては、単独で2400メートル級12隻と5000メートル級1隻の戦闘艦を相手にして、無傷で殲滅している。撤退させた、ではない。殲滅である。しかも背後の地球には一切の被害を出さずに。発電と送電に一切の影響を出さずに。控え目に言って化け物だろう。

 そして月の衛星軌道に配置されているスターゲートは、常にアンサラー2機の有効射程圏内になるように配置されている。更に言えば現在稼働しているスターゲートは全て、アンサラーからのエネルギー供給を止めればすぐに閉じられるようになっていた。

 安全保障的に無策という訳ではないのだ。

 しかし感情が理性に優先する者達にとっては、如何なる理由があろうと認められるものではない。だから民主的に選ばれた政治家には決断できない。賛成派もいるかもしれないが、熾烈な反対運動が目に見えているからだ。人気商売として政治家をやっているような奴らが選べる選択肢ではない。独裁者はもっと利己的で、自身の安全と利権が保証されない限り決断しないだろう。

 しかし、篠ノ之束は違う。凡人と俗物が反対したから何だというのだ? 嫌だと言うなら、その選択肢を選べるだけのものを集めて立ち上がれば良いだろう。しないのなら、その程度の意志ということだ。

 

『なるほど。不法侵入は痛い目をみると分かっているからやらない、という理由ですね』

『そのような理解で構いません』

 

 だから艦隊の駐留は実にあっさりと決まったのだが、感情が理性に優先する者達の多くは不満に思った。少数の思い込みの激しい者は、地球への直接侵攻の下準備とすら考えた。篠ノ之束は判断を誤ったとも。今の地球にこの決定を撤回させられる力など無いのに。文明間の力量差を考えれば、アラライルがこうして友好的かつ理性的に話しているのは奇跡に近いのに。騒ぎ立てた結果がどうなるかを考えもしない愚か者たちが、残念ながらいるのだ。尤も絶対天敵(イマージュ・オリジス)という前例があるだけに、仕方の無い部分もあるだろう。

 そしてアラライルは、地球人のそんな心情をよく理解していた。地球の歴史、特に自らの星を滅ぼしかねない程に繰り返した戦争の歴史から、どれだけ利己的な判断を下す者がいるかを学んでいたのだ。

 従って、対応策も用意されていた。感情が理性に優先するなら、好意的な感情に塗り替えてやれば良い。実に単純なことだ。元々篠ノ之束には投資するつもりであったし、カラードが行った第1回と第2回のミッション結果も満足のいくものだった。辺境で任せられそうな案件は今後も依頼しようと考える程に。

 つまり彼女の足元が騒がしくならないように協力するのは、今後得られるであろうメリットや軽減できる労力を考えれば、支払う価値のある労力と言えるだろう。

 アラライルは束が何かを言う前に言葉を続けた。

 

『さて、そろそろ約束を守らせて下さい。以前購入してもらった物を持ってきたので、確認をお願いします』

 

 地球文明圏全てに放送されている画面に、物品の一覧が表示された。

 

 ―――引き渡しリスト―――

                                

 ・円筒形型スペースコロニー×9基

   直径6.4キロメートル、長さ36.0キロメートル

   3枚の開閉型ミラー板により太陽光の取り入れ可能。

   核融合炉、移動用推進機関完備。

   

 ・小惑星×9個

   直径約8キロメートル

   核融合炉、旧式重力制御機関、移動用推進機関完備。

   内部にヒューマノイドタイプ居住用の汎用基礎構造体設置済み。

  

 ・スターゲート周辺用装備(太陽系・開通した他星系共通)

   艦船臨検用ステイシス装置×10*7

   艦船臨検用ワープ妨害装置×10

  

 ・スターゲート周辺用装備(開通した他星系用)

   管制用レーダーシステム×10

   ECMシステム×10

   固定型レーザー砲台×60

                                

 ―――引き渡しリスト―――

 

 非常に珍しい事だが、一瞬束の表情が変わった。すぐにいつもの表情(猫被りな表情)に戻ったが、驚きの感情が表情に出たのだ。

 

『コロニーも小惑星も投資というお話は以前聞きましたが、コロニー1基ですらこちらの資金力を超えるのに、この数は流石に………。あと、固定型レーザー砲台も申し込んだ数より随分と多いように思いますが』

 

 アラライルの返答は、非常にあっさりとしたものだった。

 

『投資なので、お代は初期契約分だけで構いません』

『好意的と解釈する事も出来るのですが、ここまでオマケが大きいと裏を疑わざるを得ません』

『裏を、ですか?』

 

 するとアラライルはニヤリと笑って続けた。

 

『話が上手すぎると疑う気持ちも分からなくはないのですが、そうですね。こちらの立場に立って頂ければ分かり易いかと』

『と言いますと?』

『貴女が難しいと思ったかどうかは知りませんが、貴女はスターゲートを予告通りに開通させ、幾つか依頼した仕事も完璧と言って良い結果で応えてくれました。ですから、期待しているのです。貴女が舵取りを行う限り、我々はオリオン座方面の心配をしなくても良いと。そう期待させてくれたので、発展のお手伝いをしようと思ったまでです』

『隣人に期待されて悪い気はしませんが、良いのですか。そこまで言って。私はやると言ったらやる人間です。そちらの利益に反する決断を下す事もあるでしょう』

『それならそれで構いません。どんなに仲の良い友人同士であろうと、意見を違える事はあるでしょう。その時に話し合いが出来るから知的生物なのです』

 

 お互いかなり率直な物言いだが、アラライルはこれで良いと思っていた。こういう事を言える相手の方が、意思疎通を行い易いのだ。無論、無礼を許すという訳ではない。相手が態度に見合う実績を示していればこそだ。

 そして束の方は返答するまでの刹那の間に、思考加速を用いて晶とコアネットワークで話をしていた。

 

(どうしようか? まさかここまでの一手を打ってくるとは思わなかった)

(俺もだ。ミッションで結果を出したから依頼を持ち込んでくる方面で考えてたけど、まさか期待してるから投資するの理論でここまで明け透けにやってくるなんて)

 

 晶は拙いと思った。束が予め「コロニーはこちらの資金力を超える」と伝えていた*8ので、投資するにしたって精々1~2個程度を考えていたのだが、コロニー9基に小惑星基地を9個である。受け取ってしまえば、どんな返済を迫られるか分かったものではない。

 束も同じ考えに行き着いていた。

 

(ちょっと惜しい気はするけど、契約以外の物は断ろうか)

(だな。どういう理由で断る?)

(こういう場合はTHE・正論が一番だよ)

 

 2人の会話が終わり、束が答えた。

 

『では、こちらの正式な返答をお伝えしましょう。初期契約分以外はお持ち帰り下さい。投資してくれるほど高く評価してくれている事は嬉しく思いますが、なにせこちらは宇宙(そら)に出たばかりなのです。返済目途の立っていない投資を受ける事はできません』

 

 この返答に、アラライルは怪訝な表情を浮かべて尋ねてきた。

 

『支払い、ですか?』

『投資を受けたなら、何らかの支払いがあるのは当然ではありませんか。こちらに、そちらを納得させられるものはありません』

 

 暫しの沈黙の後、彼はようやく合点がいったとばかりに口を開いた。

 

『………ああ、なるほど。投資という言葉で勘違いさせてしまったみたいですね。確かに投資という言葉の辞書的な意味は「利益を得る目的で事業などに資金を出すこと」ですが、比喩的に「将来を見込んで金銭や労力をつぎ込むこと」という意味もあったと記憶しています。この場合は後者の意味で使いました。少々年代物ですが、このコロニーはこちらで造ったものですので』

『では、定期的に何らかの支払いを求める訳ではないという事ですか?』

『そういう事です』

 

 アラライルの投資の目的は、定期的な支払い等と言う小金ではない。大きく投資する事で宇宙進出に有益な相手だと認識してもらい、結果として束博士の手足(カラード)が依頼を優先的に受けてくれるように、自発的に配慮してくれる心境をつくる事にあった。圧力や契約では友好関係にヒビを入れてしまったり抜け道があったりするが、自発的にそう動いてくれるようになれば、どんな契約よりも相手を縛る枷となってくれるだろう。

 それだけの価値を、アラライルは認めていた。加えて言えば、現状ならコストパフォーマンスも安くて済む。今の地球文明は束博士という突出した存在を除けば、宇宙文明の標準的な設備すら自前で運用するのが難しいため、非常にローテクな物でも、否、ローテクな物の方が地球文明にとっては有益だからだ。だからこそのコロニーと小惑星であった。

 

『分かりました。そういう事であれば有り難く頂戴しましょう。ですが、重ねて言っておきましょう。そちらの利益に反する決断を下す事もあると』

『ならば同じ言葉を返しましょう。その時に話し合いが出来るから知的生物なのだと』

 

 文明間の政治力学に詳しい者なら、茶番のようなやり取りだと思うだろう。束博士の言葉は建て前に過ぎず、様々な理由を付けて配慮せざるを得ないに決まっている。だが一方で、「篠ノ之束博士が一度は明確に断った」という点に着目している者もいた。結果的に受けたとは言え、巨大な文明の庇護を受けないと言っているに等しいこの行為は、「開星基準を満たしていない野蛮人への興味」となっていくのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 スターゲートの開通イベントが終わり、受領した物をとりあえずL4宙域に移動させた後、晶は自宅の居間で立体投影されたスターゲートMAPを見ていた。

 そこに研究室から出てきた束が声を掛ける。

 

「なにしてるの?」

「いや、あちらさんは予想埋蔵量が正しかった場合、不届き者(宇宙海賊etc)が狙うに足る量となるって言って艦隊を駐留させたけど、どれくらい荒れる可能性があるかなって思って」

 

 “首座の眷族”側のスターゲートの位置はMAP情報を見るに、勢力範囲の奥深くでないのは安全保障上当然だが、勢力範囲外縁部からはそれなりに距離がある。近隣には手の入っている星系もあり、相応の防衛戦力も配備されているとなれば、何を心配する必要があるのだろうか? いや、もしかして………。晶は答える前に以前アラライルから貰った星間犯罪の統計データを呼び出して、MAP上に重ねて表示させた。犯罪の流入に対する抑止力、或いは早期発見の目や耳として艦隊を駐留させたのではないかと思ったからだ。

 そしてこの考えは、恐らく当たりだろう。隣接している文明の勢力圏外縁部で、重犯罪が増加傾向にある。無論、隣接しているとは言っても星系を隔てた光年単位の話であるし、直接繋がっているスターゲートも無いから、すぐに大量の犯罪者が流入してくる可能性は低い。しかし移動方法が無い訳ではないのだ。高性能ワープドライブ搭載艦なら星系間を単独で移動できる*9し、入手可能かどうかは別としてスターゲート艦を使えば相応の数を送り込める。

 このような背景や動きが考えられるところに、地球文明という辺境も辺境のド田舎から大量の資源を満載した輸送船が通るようになったとなれば、どうだろうか? 高確率で悪党どもの目はこちらに向くだろう。

 なお晶と束が知っていて他の地球人が知らない事として、400隻という規模に対する認識があった。会談の場では「そちらにとって400隻というのがどの程度の力なのかは分かりませんが」と言ったが、あれは自分達が持っている情報を隠す為であり、他の地球人を不安にさせないための嘘である。アラライルから軍事力の総数を聞いた訳ではないが、かつて大戦争のあった宙域にあった船の残骸から抜き出したデータ*10によれば、数千数万隻の艦艇が並んでの砲打撃戦が幾つもあった。艦隊番号が割り振られていたので、その規模の艦隊が幾つもあるという事なのだろう。予想の上に想像を重ねた数字だが、恐らく総数は100万隻前後だろうか?

 この推測からいくと400隻という数字は非常に少なく、重要航路というのは嘘なのだろうかと思うが、恐らくそう単純な話ではない。提供された幾つかのデータを見る限り隣接している文明は友好扱いなので、航路の安全確保という建て前以上の戦力を配備して、関係に影響するのを懸念したのだろう。もしくは近隣星系に元々相応の防衛戦力があるようなので、本当に目と耳だけという事で少数配備にしたのかもしれない。

 

 ―――閑話休題。

 

 晶は推測を束に伝えた。

 

「なるほど。確かに十分有り得るね。でも残念な事に今の私達が出来る事って凄く少ないから、ゲートの向こう側はあちらさんに任せるしかないかな」

 

 本当の本当に対処が必要になったら2人で対処するという手段はあるが、それは本当に最終手段である。

 

「だな。ところで思いがけずコロニーが多く手に入ったけど、1基は調査用って事で良いのかな?」

 

 晶のNEXTはセカンドシフトしてN-WGⅨ/ISとなった際に、最強の単体戦力であると同時に、束の情報収集用端末としての性能も併せ持つようになっていた。外見はここではない別の世界(ACFA世界)で、アブ・マーシュが作っていたというホワイトグリントの後継機(N-WGⅨ/V)に酷似している。右首元にあったチューブ状のパイプが無い以外は、漆黒という機体色も含めて、ほぼそのままと言って良いだろう*11

 そして束の情報収集用端末としての機能は、左右の肩部に5本ずつある多目的テンタクルユニットにあった。対象に突き刺す事で、物理的に対象を浸食してデータを頂くという、電子防壁が全く役に立たない方法でのハッキングが可能になっているのだ。これを防ぐなら電子防壁ではなく、浸食を防ぐ為のナノテクノロジーが必要になる。アンサラーを超える莫大な出力に裏打ちされた浸食を防げるなら、だが。勿論、普通に刺して束のハッキングを中継する事もできるので非常に使い勝手が良い*12。また物理的な浸食である事を利用して、構造情報そのものを明らかにするという使い方も可能であった。

 ただし唯一の欠点として浸食は不可逆であるため、やってしまうと対象物質の強度その他諸々が変わってしまうのだ。今回の場合で言えば、調査の為に浸食したコロニーは、本来の用途で使用する事は不可能になってしまう。扱いに慣れたら可逆的にできるかもしれないが、現段階では不可逆であった。

 

「勿論。ソフトウェア、パーツ構成、構造情報、全部明らかにした上で全基調べないと、危なくて使えないよ」

 

 何かを企んで仕込んでいる可能性が無い訳ではないし、あちらが危険と認識していないだけで、地球人にとっては危険な物質が含まれている可能性もある。そのまま使うなんてとんでもない。

 

「じゃあ、取ったデータを元に他のコロニーを調べて、問題無かったとして何に使おうか?」

「まずは畜産業用に4基確保かな」

「随分使うな」

「今後移民が進むと思うけど、移民した人がお腹をすかせるとか、美味しい食べ物を我慢するとか、そういう事はあっちゃいけないと思うんだ」

 

 束と晶は小惑星を自分達で宇宙農園に仕立ててレンタルする計画*13を進めているが、あちらは穀物や野菜がメインだ。地球と同じような肉料理は、育成空間確保の問題などから中々難しかったが、コロニーを使えるなら移民先でも肉料理を食べられるようにできるだろう。

 

「確かに。地球以外でも十分に食べられる下地を作らないと、やっぱり地球が良いって事になって進出が進まなくなるだろうからな」

「でしょ。で、残り4基だけど………う~ん。もう少し先になると思ってたけど、コロニーって丁度良い箱物だから、改造して宇宙船の造船所にしちゃおうかな」

「一般用のか?」

「うん。正確に言えばカラード所有にして、設計図を貰って船を造って引き渡すって感じで運用しようかなって」

「いいな。それなら色々とやり易くなる。でも造船設備を設計するのはお前だろ。仕事量的に大丈夫か?」

 

 コロニーの大きさを考えれば設計範囲は広範囲かつ多岐に渡るはずだが、束の返答は何も難しい事はないというものだった。

 

「大丈夫だよ。あっちの物*14を元にしてアップデートするだけだから」

「無理するなよ」

「問題無いって。それよりも造る方が問題だよ。カラード所有で事業に使うなら、造船設備は一般人に造って貰って建造ノウハウを蓄積して貰わないといけないんだから。完成まで年単位かな」

「それは仕方ない。何基確保する?」

「とりあえず2基かな」

 

 ここで晶は、少しばかり面白い事を考えた。

 

「なぁ束」

「どうしたの?」

「ちょっと思ったんだけどさ、一般の人にとって宇宙ってまだ遠いよな。だからさ、慣れ親しんで貰う為の施設とかあったら良くないか? 訓練施設でもレジャー施設でも良いけどさ、気軽に宇宙体験出来るような場所を用意したら、宇宙に行こうって人の裾野を広げる事が出来るんじゃないかなぁって」

「アリだね。でもカラードで直接受け持つような仕事でもなさそうだし、委員会にやらせてみようか」

「そうだな。今度持って行ってみるよ。何基使う?」

「1基で」

 

 そしてこの案は後日委員会に持ち込まれる事になるのだが、結論から言えば委員会に席のある各国どころか、それ以外の国も大いに食い付いた。将来的には普通の事になるかもしれないが、現時点で訓練施設やレジャー施設をスペースコロニー内に持っているというのは、色々と活用方法があるのだ。

 

「残りは1基か。どんな風に………いや、悩む必要なんてないか」

「何か良い案でもあるの?」

「宇宙開発部門の方でさ、人材不足解決の為に自前で学校を作ろうって話が動いてるんだ*15。初期教育は地上でやって、後は宇宙でって方針で。その宇宙での学び舎としてこのコロニーを使おうかなって」

「なるほど。宇宙に学校があれば現地実習も行い易いし、コロニーくらいのサイズがあれば、校舎以外にも街をつくらせて、どんな事ができてどんな事ができないのかっていう事を実際の感覚として分からせる事ができる。うん。それでいこうか」

「なんか、色々なものが動き出しそうだな」

「ふふ。楽しみだね」

「そうだな。近い将来、きっと地球人は色々な星を飛び回って、色々な事ができるようになっているはず。楽しみだな」

「うん」

 

 この後、束と晶は時間も忘れて未来について語り明かしたのだった。

 

 

 

 第192話に続く

 

 

 

*1
正式名称はControlled Ecological Life Support System。日本語にすると閉鎖生態系生命維持システム。クレイドルではこのシステムを使って、既に大規模生産に耐えられる高度にオートメーション化された宇宙農園が稼働している。第176話にて。

*2
ACFAでは2000万人乗ってますが、流石に全幅4000メートルにそれは難しいと思いますので………。

*3
作者、銀河英雄伝説 Die Neue Theseに出てくる戦艦とか大好きです。

*4
第173話にて。

*5
第173話にて。

*6
第176話にて。

*7
SFお馴染みの対象を強制的に減速させる装置。

*8
第176話にて。

*9
普通のワープドライブは基本的に星系内の移動用で、星系間の移動はスターゲートの使用を前提としている。高性能ワープドライブは単独で星系間を移動可能だが、お値段が非常によろしい。

*10
第186話にて。

*11
アブ・マーシュが作っていたというのは本作オリ設定。元ネタはACVDのラスボスN-WGⅨ/Vです。

*12
第171話にて。

*13
第189話にて。

*14
AC2の世界では宇宙船が実際に運用されているのです。OPに登場。

*15
第181話にて。




地球の文明ランクは色々と悩みましたが、とりあえずDという事にしました。
多分宇宙人さんのランクを決定する人達は、「なんだこの文明は?」と大いに悩んだ事でしょう。
精神的成熟度と技術レベルがまるで釣り合っていない………。
そしてアラライルさんの投資は、今後非常に利いてくるでしょう。
なので束さんも、不利益を被らない程度には配慮すると思います。
最後に、今年は本作を読んで下さりありがとうございました。
来年も宜しくお願い致します。
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