インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
スターゲート開通後、開通した太陽系以外の星系で“首座の眷族”が採掘を行う事を認める*1。
これは束とアラライルが、以前の会談で交わした約束だ。勿論、無条件にではない。幾つかの取り決めがあるが大事なのは、採掘業者、採掘資源、採掘量が事前に申請されるという事であり、契約は1年ごと。資源売却益の20%が“首座の眷族”の銀行につくられた束と晶の共同口座に振り込まれるという事だ。
普通に考えれば、色々と有り得ない約束だろう。
まず地球側に統一政府が無いので、文明間の取り決めでありながら条約ですらないこと。契約書として文章は交わしているが、極論的に言ってしまえば個人同士の約束でしかないので、約束事の格として条約よりも遥かに劣るのは誰でも理解できるだろう。
次いで文明間の約束でありながら、振り込みが個人口座であるということ。尤もこれは、地球側の宇宙進出の経緯を考えれば分からなくもない。何せ地球人類が広大な
このような背景から“首座の眷族”は、この約束を地球文明との契約というよりも、個人に対する契約と認識していた。そして個人への契約であるなら、今後
―――閑話休題。
とある日のこと。
束と晶は“首座の眷族”の採掘船団が作業する様子を、イクリプス*2のブリッジから見ていた。
全長20キロメートルサイズの超々大型輸送船を中心に、機動力に優れたフリゲート級*3の採掘艦100隻ほどで構成された船団だ。
重力の底である惑星に降りるのではなく、アステロイドベルトにフリゲート級の採掘艦を向かわせ、採掘艦の格納庫が一杯になったら超々大型輸送船に戻って採掘した資源を移し替え、再びアステロイドベルトに向かっている。
そして採掘艦の採掘方法は、一般的な地球人が想像する採掘とは全く違うものだった。レーザーのようなものを小惑星に照射すると、小惑星が徐々に削れていき、剥離した岩石が引き寄せられ格納庫に収められていく。観測されるデータを見るに、以前束が造ったエネルギーフィールド照射型採掘装置*4の正当進化系、つまり目指すような形と言えるだろう。
「やっぱり宇宙での採掘は、将来的にああいう形にしたいな」
「そうだね。パワードスーツがあるって言っても直接作業したら不慮の事故が有り得るもんね。ん~。どうしようか? クレイドル2号機にはこの前造ったエネルギーフィールド照射型採掘装置を取り付けている最中だけど、旧式の採掘艦を買ってクレイドル2号機に同行させてみる?」
クレイドル2号機は太陽系でアステロイドマイニング*5に使われる予定であり、現在船体の最終チェック中だ。ただし束の意向でエネルギーフィールド照射型採掘装置を急遽取り付けているため、出発はもう少し先だろう。
「今後取り入れていくなら早い方が良いか。解析用と練習用と実務用の3隻………じゃダメだな。もう少しあった方が解析もパイロット育成も進めやすいか。9隻でどうかな?」
「取り合えずそのくらいにして、扱えるパイロットが増えたら買い足そうか」
「だな」
2人が意図していたかどうかは別として、宇宙文明から何かを購入して解析させる、或いは扱いに慣れさせるという行いは、結果としてカラードそのものが統一政府になる事を強力に後押ししていた。何故なら既存の何処の国家が主導権を握っても、この行いは決して真似できないからだ。
まず統一通貨による収入が無ければ購入そのものが出来ない。政治的取り引きで何かを得る事は可能だろうが、支払う対価は相当なものになるだろう。しかしカラードであれば、依頼による収入がある。篠ノ之束による個人収入という裏技もある。単純な事実として、購入に対するハードルが天と地ほどに違うのだ。
加えて言えばカラードには、既に外交的な実績がある。たった2回の実績だが、一定以上の武力に加え、気象コントロールという極めて専門性の高い案件にも即応して成功させたという実績だ。仮に主導権を奪えた国家や企業があったとして、同じ事が出来ないのであれば、他文明はカラードを交渉相手として選ぶだろう。
つまり既に他国が認めようが認めまいが、カラードだけが他の文明から付き合うに足る相手と見られている状況なのだ。
そしてこの状況が見えている者にとって、今はチャンスの時であった。
束と晶にコアネットワーク通信が入る。相手はセシリアだ。
(御二人で過ごしているところ申し訳ありません。私の権限を超える案件が持ち込まれましたので、御相談があります)
(どんな案件なんだ?)
答えたのは晶だ。
(カラードが介入している国の1つ、中東のイエメンから「我が国の戸籍情報*6を管理して欲しい」という依頼が来ています)
現代において、戸籍情報というのは国家の基礎だ。これが無ければ徴税や各種行政サービスが行えない事を考えれば、どれほど大事なものかが分かるだろう。以前束と話した時に、既存の国家からどうやって統一政府に戸籍情報を移管*7させるかという話が出たが、面倒事が多過ぎる為に見送った経緯がある*8。
晶は思わず聞き返してしまった。
(………すまん。聞き間違いか? もう一回言ってくれ)
一言一句、同じ言葉が繰り返された。
(………聞き間違いじゃないんだな)
(はい。私も耳を疑いましたが、間違いありません)
晶はイエメンについての情報を思い出し始めた。
アラビア半島南西部に位置している国で、世界最貧国の1つだ。大昔は東西貿易の中継地として栄えていたが、近年に入り過激派が絡んで内戦が勃発、周辺諸国と国連の介入で新体制がつくられるも、暫定政権と武装組織の間で内戦が続いている。
そんな国にカラードは、3ヵ月程前*9から介入を開始していた。中継衛星が投入されている他、住居や水道などのインフラ整備、教育者が働ける環境作り、食料供給が行われている。
介入の切っ掛けは余りに多過ぎる惑星内の紛争が、宇宙進出にとってマイナスなので減らしたいという束の意向だ。
因みにセシリアには知らせていないが、上記5ヶ所には捕らえた亡国機業の“元”最高幹部達を、「役に立っている間は生きていて良い」と言って送り込んで暗躍させている*10。
(そうか………)
呟き、考える。
言葉を取り繕わずに言えば、この依頼は戸籍情報を売り払う行為に等しい。だが、と思う。最貧国の戸籍情報など、あって無いようなものだ。つまり実質的に、戸籍情報の登録・管理・運営は全てこちらの手間という事になる。その手間に見合う依頼料を最貧国のイエメンが払える筈も無い。しかし、だ。この依頼は受けるべきだろう。最貧国のような場所で戸籍と国民を十全に管理出来れば、それは後々、間違いなくカラードの利益になるからだ。
(束、どう思う?)
(結論は出てるんじゃない?)
(そう思うか?)
(勿論。中々お手頃で丁度良いんじゃないかな)
晶は決断を下した。
(セシリア。その依頼、受けよう。ただし1つ言っておく)
(何でしょうか?)
(この案件は引き続き、お前の直轄案件とする)
(待って下さい。この依頼は引き受ければ、カラードが直接統治する直轄領への道を開くものです。事の重大性を考えれば、社長の直轄案件であるべきでしょう)
(以前言ったと思うが、介入に関する成果の全てはお前のものだ。そして失敗した場合は、許可を出した俺の責任だ。それを違える気はない。あとこれも前言ったが、セシリアには地球内部の全般的な統括を任せる気でいるんだ。直轄領が増えたなら、それも含めてな。――――――ああ、でも安心してくれ。命令だけして放りだすなんて真似はしない。ちゃんと必要なツールは渡すから。束、用意しておいたアレを渡してやってくれ)
(使うのはもっと後になると思ってたけど、意外と早く出番がきたね)
束は晶に答えながら、コアネットワークを介してセシリアに幾つか情報へのアクセス権限を与えた。
それは
―――各種ツール情報―――
・個人情報管理用データベース
氏名、生年月日、性別、年齢、家族構成、経歴、職業、年収など、
個人に紐づくあらゆる情報が登録されるデータベース。
・個人認証用端末の設計図
外見はブレスレットやネックレスなど数種類ある。
入れ替わり対策として本人の髪や爪などが端末内部に保管され、
疑わしい場合はゲノムチェックが行えるようになっている。
また電子マネーの支払い端末でもある。
・個人情報保管施設の設計図
個人の髪や爪などが保管される施設。個人認証用端末とセットで
運用される事で、入れ替わり対策としている。
・政策立案支援システム
AIによる政策立案支援を行ってくれるシステム*11。
―――各種ツール情報―――
セシリアは驚いていた。渡された情報に、ではない。こういうものが用意されていた、という事実にだ。つまり遅いか早いかの違いはあれど、この展開は2人にとって織り込み済みだったということ。その上で「任せる」と言ってくれている。ならば、答えは1つだろう。
(ご期待に沿えるよう全力を尽くします)
こうしてカラードは世界最貧国の1つ、イエメンの戸籍管理を請け負う事となった。
そしてこの決定はこの場で予想された通り、直接統治の切っ掛けとなる。戸籍登録促進の為に、先んじて整備が始まっていたインフラという生活基盤を戸籍登録した者から優先的に与える、としたからだ。世界最貧国という生きるだけでも大変な国において、これがどれほど登録を促進するかは誰でも分かるだろう。誰もが我先にと登録していく。管理者のシステムという、管理する事にかけては他の追随を許さないシステムに。結果として戸籍情報とインフラを握ったカラードは、人の流れ金の流れ情報の流れ物流の流れ、ありとあらゆる流れの掌握に成功する。
こうなれば、もう現地との力関係は歴然だ。全ての情報を握っているカラードから提示された政策が、そのまま現地の政策となっていく。無論、反対者がいなかった訳ではない。しかし、その声が大きくなる事はなかった。何故ならカラードはその統治において、あらゆる意味で特権階級というのを認めなかったからだ。例えば政治家や地元の地主などに代表される権力者。行っている事の重要性を建て前として特権を得ようとする者は多いが、全ての情報を握っているカラードに通じるはずもない。我が儘を言う大きな子供など相手にする必要はない。こちらの言う事を聞く相手にやらせれば良いだけだ。任せた相手が立場を利用して私腹を肥やし始めたなら、どのように私腹を肥やし始めたかを他人に知らせてやれば良い。それだけで、後は他人が勝手に動いてくれる。永く貧困が続いた地で抜け駆けしようとしたらどうなるか、身をもって周囲に知らしめてくれるだろう。
因みに、何故か大きく取り上げられなかった情報がある。
我が儘を言う大きな子供達と深い関係にあった武装組織や犯罪組織は、正体不明の武装勢力によって徹底的に刈り取られていた。秘密裏に、速やかに、何ら声を上げる事すら許されぬまま。依頼があった形跡はない。金が動いた形跡もない。にも関わらず、まるで入念な地ならしをするかのように、刈り取られていたのだった。
少しばかり未来の話になるが、こうしてイエメンを含めたカラード介入地域は直轄領と言われるようになり、復興への道を歩み始める事になる。
◇
地球に戻って来た晶は、カラード宇宙開発部門のオフィスでシャルロットから報告を受けていた。
先日アラライルから貰ったコロニーの使い方は晶と束で決めたが、実務的なところは彼女に任せていたからだ。
なお2人が決めたコロニーの使い道は、畜産業用×4、造船用×2、レジャー施設×1、宇宙開発人材育成用の学園×1となっている。なお貰ったコロニーは9基だが、内1基は地球人が使っても安全という事を確認するために分解調査*12したため、本来の用途では使用不可能になってしまっている。
「―――という訳で畜産業用コロニーは、移民船が出発するまでは地球への食料供給基地として使って、移民船の出発に合わせてテラフォーミングした星に移動させるって方向になったよ」
「妥当なところかな」
「次に造船用コロニーだけど、もう船の設計図を送ってきて予約申し込みをしてきたところが幾つかあるの」
造船用コロニーは、カラードが設計図を貰って船を造って引き渡す、という形で運営される事になっていた。尤も建造施設はこれから造るので、施設の稼働は年単位で先になる。それでも予約してきた理由は、後になればなるほど予約者が増え、結果として地球製の船を持つのが遅れると考えたからだろう。
またもう1つの理由として―――。
「なるほど。今から予約しておけば、施設が稼働するまでは設計変更って事で幾らでも図面は変えられるからな」
施設が完成していないのだから、現時点で設計図が完璧である必要はない。完成までに設計図の完成度を高めておけば良い、というのも1つの考えだろう。
「確かにそうだけど、送られてきた設計図の第一号が戦闘艦っていうのはちょっと考えちゃうかな。理由は分からなくもないんだけどね」
「
「私は対外的な防衛を口実として、地球人に向けられる方が心配だよ」
「確実にやる奴はいるだろうな。でも全てを管理したい訳じゃないし、ある程度自由にやれる余地があった方が発展し易いだろう。だから余程おかしな動きを見せない限りは見守ろうと思ってる」
「でも無策って事はないよね?」
「勿論」
晶はシャルロットの前に空間ウインドウを展開し、今後カラードで建造して運用する予定の船の概要データを表示させた。
型式番号はAS07。開発ネームは
またかなり少人数化されているが、一般人でも運用可能な設計となっている。
「良かった。自由の意味をはき違えちゃう人っているから」
シャルロットは大企業の社長令嬢ではあるが、虫も殺せない深窓の令嬢ではない。バランス感覚に優れた温和な性格だが、必要とあれば実行できる人間であった。穏健的な貴族であるセシリアと軍事寄りのラウラの中間といったところだろうか。実務的と言い換えても良いかもしれない。
「カラードが暴力で舐められたら終わりだからな。そこはキッチリやるさ。―――ところで第一号は戦闘艦って言ってたけど、他にはどんなのが申し込まれてるんだ?」
「輸送船、調査船、採掘船、色々あったよ」
「戦闘艦だけじゃないなら良いな。色々な方向に枝葉を伸ばして色々な事をしてくれれば、それだけ地球も発展し易くなる」
「うん。そうだね。で、話を続けるけど、レジャー施設用のコロニーは、話を振った委員会の方に申し込みが殺到していてちょっと凄い事になってるみたい」
宇宙に慣れ親しんでもらう為のレジャー施設は、束と晶の意向で委員会に管理・運営を任せる方針となっていた。にも関わらずシャルロットから話が上がってきたという事は………。
「そんなにか? この前委員会の奴らと会ったけど、何も言ってなかったぞ」
「晶に話して、介入されたくなかったんだと思う」
「こっちでやるのが面倒だから振ったのに、話された程度で介入なんてしないっての。ところで、どんな状況になってるんだ?」
「世界中の大手レジャー系企業がロビー合戦大戦争。まぁビジネスチャンスっていう考えは分からなくもないから、仕方ないとも思うけど」
「ああ。なるほどなぁ。ま、好きにやらせるさ。それを見て、今後委員会にどういう仕事を振るか考えるから」
パワーゲームをして遊ぶようならその程度の扱いにするし、違うなら相応に重用していけば良い。つまりは自分達の行い次第という訳だ。気付いてくれれば嬉しいな、と思いながら晶は話を続けた。
「学園用のコロニーはどうなってる?」
「今のところ決定なのは、メカニック育成用の整備科、宇宙船パイロット科、船外活動用パワードスーツパイロット科の3つなんだけど、各国からどうしても、宇宙軍用の士官学科も作って欲しいって話が来てるの」
「ふむ………」
晶は少しばかり考えた。
意図としては分からなくもない。自前で宇宙軍の士官学校など、余程国力のあるところでないと無理だ。そもそも宇宙船を用意して実習という時点でハードルが高い。しかしカラードならできる。地球製の船の建造にはまだ時間がかかるが、カラードは既に宇宙文明から中古船を買って、レンタル事業をしている。つまり士官育成用の船を買う、という選択肢があるという事だ。
「どうせやるならしっかり育てたいけど、せっかく育てた人間を他に使われるのもな………。どうするかな? いや、無理は良くないか」
「どういうこと?」
「育てた人間を他に使われるのが嫌なら、理想論で塗り固めたお綺麗な題目を信じさせるか契約で縛るかになるけど、そんな事をしたら何処かで必ず歪みが出て変な事になる。だから希望通りに士官学科は作るけど、卒業後の進路は個人に任せようかなって。カラードに来るならそれでも良いし、国に戻って働くも良しだ。人材確保の効率で言えば非効率だけど、下手な事をして組織的に歪む方が怖い」
晶は口にしなかったが、他にも不安材料はある。卒業後の進路を個人に任せた場合、ヒモ付きで入社してくる奴もいるだろう。その対策も考えなければいけない。防諜対策をしている更識家や
これの解決方法はたった2つしかない。多大な労力を注ぎ込んで徹底的に全てを監視して全てを自分で決定するか、信用できる部下や協力者を得るか、だ。
そして晶が選びたいのは後者だった。何故なら前者はとても面倒臭いから。全てを疑って全てを監視してあらゆるものが信じられないから全てを自分で決定するなど、面倒臭い以外の何ものでもないだろう。だが後者なら、極論的には自発的に働いて面倒事を解決してくれる。そしてそういう人材を手に入れたいなら、王道的な手段しかない。組織を健全に保ち信賞必罰を徹底する――――――と思って晶は内心で溜め息をついた。
(俺は善人ではないんだがなぁ………)
正直、人に見えない陰では色々やっている。顔も知らないような奴が幾ら死んでも数字以上のものは感じないし、ブラックオプスもやっている。束や楯無、殆どのクラスメイト、義妹達、更識家の使用人達、ハウンド、その他色々と手も出している。
恐らく一般人の一般的な感性から言えばクズの部類だろう。そんな人間が組織を健全に保ち信賞必罰を徹底すると考える――――――矛盾を抱えた出来の悪いジョークだ。しかし晶は、自身の行動を改めようとは思わなかった。手を出した相手の面倒は最後までみる。ブラックオプスは束の夢を実現していく為に必要だし、暴力でしか解決できない事もある。自身の思いなど関係無く、既にこの身は支配者の側だ。二面性というのは、必要な要素だろう。
そう思ったところで、シャルロットの言葉が聞こえてきた。
「なら作る方向で調整していくね。あと、もう1つ希望されている科があるの」
「ん?」
「宇宙文明研究科。人は宇宙文明について知らない事が沢山あるでしょ。だから研究して、多くの人に色々知って貰おうって主旨みたい」
各国が一番知りたいのは武力関連だろうが、隣人を知るにあたってその辺りは切り離せないだろう。大事なのは、隣人の良い面も悪い面も等しく知る事だ。なので晶は、実にアッサリとOKを出した。
「断る理由は無いな。それも作ろうか。あ、でもパッと思いつくだけでも結構範囲が広いな。今付き合いのある“首座の眷族”に限定しても、歴史、文化、戦史、交易………学ぶ範囲としては広すぎるな。これ学科じゃなくて、文化研究所とかにした方が良いんじゃないか?」
「かもしれないけど、こうも考えられないかな? 将来的、もしかしたら随分先になるかもしれないけど、留学とかを視野に入れるなら、生活に密着した文化を研究して、一般市民レベルの交流をする時に困らない為の土台をつくるって」
「なるほど。アリだな。相互理解の為に生活に密着した文化を知るってのはその後に続く土台になるもんな。よし、じゃあその学科は生活に密着した文化に特化させる感じにしようか。――――――っと、そうだ。少し話は戻るけど、士官学科の方のカリキュラムに、異文明の戦史研究を入れておいてくれ。まだどんな形になるかも決まっていない宇宙軍だけど、対異文明を想定するなら間違いなく必要になるだろうからな」
「うん。了解」
この後、更に貰った小惑星や購入した装備品の使用方法が検討され、実際の運用に向けて動き出していくのだった。
◇
シャルロットとの話を終えた晶は、戦闘部門長のラウラの所へ行っていた。
最近戦闘部門への就職希望が非常に多いという話が聞こえてきたからだ。
「―――で、今どうなってるんだ?」
応接用のソファーに腰掛けて尋ねると、彼女は小さく溜め息を吐いて答えた。
「どうも何も、噂通りだ。何の下地もない一般人が来るなんて可愛いものだ。中には経歴を隠すどころかアピールポイントとして、堂々と元デルタフォースと履歴書に書いてきた者が何人もいたな」
デルタフォースとは主に対テロ作戦を遂行するアメリカ陸軍の特殊部隊だ。戦闘的な練度のみならず語学水準も非常に高く、作戦内容を容易に知られないように、母国語以外で作戦会議を行ったりもする。また最近ではパワードスーツの戦闘にも力を入れており、現在開発中の第3世代パワードスーツでステルスと射撃戦に高い適正を持つ、F-22の先行量産機が配備されているという話もあった。
「まさか本物というか、本人だったりしたのか?」
「一応正規のルートで身元確認をしたら本人で、しかも役立つだろうから是非使って欲しいとまで言ってきた。何なら部隊ごとどうでしょうか、なんて話までされたぞ」
「アメリカさん。なに考えてんだ」
「第一回と第二回外宇宙ミッションが相当に衝撃的だったんだろうな。どうあってもこちらに人を送り込みたいらしい。そして下手に隠して後からバレるより正面から堂々と、という事じゃないか?」
現状ではカラードだけが外宇宙ミッションで星系外に行って、他文明とコンタクトできる。束が行っている外交交渉*15ではなく、現地人との生のコンタクトだ。ミッションを重ねる程にコネクションが出来て、報酬を得て、地球では決して手に入らない色々なモノが手に入るとなれば、食い込みたいと思うのは道理だろう。まして今は、ドイツの黒ウサギ隊だけが(場合によっては)同行を許されている状態だ。その思いは強いに違いない。
「分からなくはないけど………なぁ」
相手の立場に立てば分からなくもないが、こちらの立場としては無理な話だ。
何故なら潜行戦隊に配備されている空間潜行艦アリコーン*16は、束の乗艦であるイクリプスを除けば間違いなく地球文明圏最強の戦闘艦だ。既存の探知方法のほぼ全てをすり抜けるステルス性と宇宙・空・海を問わない活動能力。一度潜行状態になってしまえば、秘密裏に地球上のあらゆる国家に王手をかけられる打撃力。実際に第一回外宇宙ミッションでは、衛星軌道からの対地攻撃がどれほどのものかを証明している。
そんな艦に、信用できない者を乗せられる訳がない。
だからラウラの返答も同意であったのだが、続く言葉で問題提起もなされていた。
「それは勿論なんだが、世の中物分かりの良い奴ばかりじゃないだろう。そういう奴らにはどう対処する?」
本格的な外宇宙ミッションをする為には、星系内移動に用いる普通のワープドライブではなく、星系間を行き来できる高性能ワープドライブかスターゲート展開能力が必要になる。そして技術習得難度はワープドライブ<<難しい壁<<高性能ワープドライブ<<<<<非常に険しく難しいとてつもなく高い壁<<<<<スターゲートになる。
つまりワープドライブ技術習得の極初期段階にある人類が、カラード以外が外宇宙ミッションを行える可能性は無いのだが、抜け道が無い訳ではない。秘密裏に他文明から宇宙船の供与を受ければ、一応は行えるだろう。操船・目的地までの移動・展開・地球への帰還、あらゆる局面で不安しかないが、可能性としては有り得る。
「勝手に依頼を受けて自滅する分には構わないと言いたいところだが、もしも下手な事をされて他文明から変な先入観を持たれたら大きなマイナス要因になる。だから、認めない。単独で外交交渉した時ほど強硬な手段を取る気はないが、それでもしっかり分からせる方向でやろうと思ってる*17。それに好き勝手やらせると、検疫を迂回して得体のしれないモノを、勝手に持ち込もうとする奴らがいるかもしれないからな」
「分かった。だが、鞭だけで良いのか? 事実を突きつける正論は説得力があるが、同時に反感も招き易い。媚びる必要はないが、反抗的な下地が醸成されたら後々面倒だぞ」
「そうだな。だから、将来的にはお前達にも仕事を振る気だっていうところを見せておこうと思う」
「どんな風にだ?」
「予定を発表しておこう。ワープドライブ搭載艦を自前で造れるようになったら、高性能ワープドライブ搭載艦を技術研究用に数隻購入予定だってな。あとこれは束との相談になるけど、旧式の高性能ワープドライブ搭載艦を買って、アリコーンから遠隔制御出来るようにできないかなって。信用できない奴らをアリコーンに乗せる気はないが、別の船に乗せて連れて行くなら、まぁ良いだろう」
「なるほど。先の道筋が見えているなら、従う者も多いだろうな。だが仮に連れて行く事が出来るようになったとして、ある程度の腕が無ければ足手纏いな上に、依頼への信用に関わるぞ」
「人員の育成については各々の国家や企業に任せるけど、最終試験としてコレをクリアしてもらおうかな」
ラウラの眼前に空間ウインドウが展開され、
「本気か?」
「本気も本気。大真面目」
ニヤリと笑う晶を見て、ラウラは率直に思った。これは殆どの人間が弾かれるな、と。
何故なら仮想演習の内容が、第一回外宇宙ミッションで侵入した地下施設への侵入と脱出なのだ。しかも単純な侵入と脱出ではない。人としての限界を要求する最大加速マッハ15以上、減速度8.2Gのオービットダイブに耐えた後で、最深部の地下5000メートルまで15分以内に到達してから脱出しろ、というものだ。黒ウサギ隊は5分掛かっていないが、それは地下という閉鎖空間を時速300キロメートルオーバーで駆け抜けた結果だ。機体制御を少しでも間違えば壁面に激突して大怪我か即死判定である。加えて地下施設で交戦したガードメカと固定の防衛用設備まであるとなれば、攻略難度は言わずと知れるだろう。
「トラウマにならなければ良いがな」
「この程度でトラウマになるくらいなら、そもそも外宇宙ミッションに参加なんてさせられないよ」
「それもそうか」
こうしてカラードの先手を打った行動により、物分かりの良くない連中の声が大きくなる事は無かった。将来的にやらせる気があると示されたため、下手なロビー活動に労力を使うよりも、育成に励んだ方が生産的かつ効率的という打算が働いたからだ。
また後日の事であるが、束とアラライルのいつもの会談で先が示されたのも大きかった。
『―――旧式の高性能ワープドライブ搭載艦の購入ですか?』
『はい』
『使用目的はどのようなものでしょうか?』
『現在カラードは外宇宙ミッションが行える体制を整えていますが、全てにおいて最精鋭である潜行戦隊を派遣する事は現実的ではありません。なので試験的に、他の組織の人間も使おうと考えていまして』
『ふむ………』
アラライルは暫し考えた。
確かに束博士の言う事には一理ある。潜行戦隊は最精鋭故に替えが利かない。あれほどの練度を必要としないミッションもある。現場用の人員を育成するという意味ではありだろう。だが高性能ワープドライブ搭載艦を、カラード以外の人間が扱えるのだろうか? 旧式とは言え、カラードがレンタル事業で貸し出している中古の輸送船とは訳が違うのだ。
その点を確認してみると、返答は素人が操艦する訳ではない、というものだった。
『操船はアリコーンからの遠隔制御で行おうと考えています。素人にワープドライブを扱わせて大事故なんて、こちらとしても困りますので』
『なるほど。メインは艦のクルーの育成ではなく、現場に投入するパワードスーツ部隊という訳ですね』
『ブリッジに入れて艦がどんな動きをしているのか、くらいは見せたいと思っていますが、メインは仰る通りですね。あと宇宙船の操縦については、宇宙船パイロット科を新設して育てていく予定なので、他の組織が行えるようになるのはもう暫く先になるかと』
アラライルは再び考えた。
よってアラライルは、幾つかの条件を出した。
『高性能ワープドライブ搭載艦を紹介する事は問題ありません。幾つか見繕って後日提示しましょう。ですが、ブリッジと機関部に人を入れるのは無しです。そちらが遠隔制御を考えたのと同じ理由で、安全管理面で容認できません』
『遠隔制御でも最終安全装置として、内部からの直接コントロール機能は必要でしょう』
『人的な質は、どのように保証されますか? 地球文明はこれから宇宙船パイロット科を新設して、パイロットを育てていく段階でしょう。その段階にある文明に対して、自由にどうぞ、とは流石に言えません』
束は数瞬考え、代替案を提示した。
『分かりました。では購入後、少々改造して外部に直接コントロール用の端末を設けておきます。万一の場合は、カラードがその端末を使ってコントロールしましょう』
内部に
尤も外部に直接コントロール用の端末を作るなど、常に乗っ取りの危険を孕む明確な弱点以外の何ものでもないので、艦の内装を一部削って外装を開けたら乗り込めるコクピット形式が良いだろう。
束がそんな事を思っていると、アラライルが気を利かせたのか提案してきた。
『要求仕様と費用を出してもらえるなら、こちらで改装してからお渡ししますが?』
『見繕ってくれた船を見てから、後日のお返事でも良いでしょうか』
『ええ。構いません』
このやり取りはいつも通りオープン回線で公開されていたが、良くも悪くも多くの者が衝撃を受けていた。
良い意味では、カラード以外の組織にも外宇宙ミッションの道が開けた事だ。カラード監視下という制約はあるものの、新規参入者が信用されないのはどんな業界も同じなので、単独で行えるようになるかどうかは、今後如何に実績を積み上げられるかに掛かっているだろう。だが悪い意味では、カラードとそれ以外が明確に区別されている事であった。何故ならアラライルは人的な質の保証に関して、カラードについては一切言及していないのだ。その上で乗艦している人間の直接コントロールを許さないという対応は、それだけ信用していないと言っているに等しい。
尤もアラライルの言い分に筋が通っていない訳ではない。地球人に分かり易く言うなら、航空機パイロットの勉強も実習もしていない者を飛行機の操縦席に着かせるなど、正気の沙汰ではないだろう。万一有人惑星に墜落したりコロニーに激突したりしたら、事故という言葉ではすまないほどの被害が出るのだ*19。
このため数年後の未来において、
◇
場所は変わりIS学園の3年生寮。クロエ・クロニクルは自室のベッドに突っ伏して、「はぁ~~~」と少々淑女にあるまじき溜め息を吐いていた。というのもカラードが活躍する程に、あからさまな接触が右肩上がりかつ雪だるま式に増えているのだ。
他人がそういう行動に出る理由は、分からなくもない。客観的な事実として、
暫く頭を空っぽにして精神をリセットしていると、外出していた同室者、五反田蘭が帰ってきた。赤髪に大きなヘアバンドというトレードマークは昔から変わっていない。そしていつも一緒にいるクロエは余り意識した事はないが、蘭もこの数年でとても成長していた。クロエと並んで見劣りしないレベルとなれば、世間的には間違いなく美少女、或いは美女の部類である。
「こんな昼間から、どうしたの?」
「ちょっと世の中の面倒臭さを嘆いていたの」
「諦めなって。クロエは晶さんの義妹の1人なんだよ。お近づきになりたい人間なんて腐るほどいるんだから」
「それでも面倒なものは面倒なの」
「まぁ分かるけどね、私にまで近寄ってくる人がいるくらいだし」
「ごめんね。迷惑かけて」
「全然。だって面倒そうな人にはピシャリと言って終わりだもん。私クロエと違って一般市民だから、多少強く言っても全然問題ないし」
「親が権力者とか、ちょっと強そうなバックボーンのある人とかもいるでしょ」
すると蘭はニヤッと笑った。
「その時は、カラードのホームページからこっそりメール送ったりするから。そしたら何故か、二度とこなくなった事が何度かあったかな」
「貴女そんな事してたの!?」
クロエがガバッとベッドから起き上がる。因みに今のクロエの姿は、私室用のキャミソールにショートパンツという非常にラフなもので、この数年で成長した胸部装甲の谷間が見えていた。素足も綺麗で、ショートパンツの隙間からは清楚な白いラインがチラチラと見えている。この部屋に男がいたなら視線は釘付けだろう。
「クロエは真面目過ぎ。真面目なのは良い事だけど、真面目過ぎると今みたいに疲れちゃうよ。せっかく頼りになるお義兄様がいるんだから、頼らないと。その眼だって治してくれたんでしょ」
正確に言えば漆黒の眼球を治してくれたのは束博士だが、頼み込んでくれたのはお義兄様だ。そういう意味では、お義兄様が治してくれたのと同じだろう。
「でも私の事でお手を煩わせるなんて………」
「私直接話した事は殆どないけど、クロエのお惚気話を聞いている限りは、度が過ぎなければ喜んで手を貸してくれるんじゃないかな?」
「かもしれないけど、私がイヤなの。そういう事を繰り返したら、お義兄様の威光を振りかざして好き勝手やってるって言われちゃうもの。あの人の義妹として、そんな事は出来ないわ」
「ホンッと真面目なんだから。ま、クロエらしいと言えばクロエらしいけど」
そして今の会話で、蘭はカラードに就職希望を出す事を決めていた。志望動機は尤もらしい真面目な内容を書く気だが、最後にこう付け加える気だった。「クロエが真面目過ぎて心配なので、色々支えてあげようと思います」だ。
結果がどうなるかは神のみぞ知るところだが、異常気象対応部門の次年度配属予定が2名になっていたのは、そういう事だろう。
するとクロエはムスッとした表情で言った。
「私らしいってどういう意味よ」
「真っ当で正しくて綺麗なお嬢様であろうとしてるところ」
「皮肉に聞こえるわよ」
「本心よ。王道を行くのがどれだけ大変か、私も少しは分かるもの」
蘭も元は有名私立女子校「聖マリアンヌ女学院」にいた身だ。そこですら、真っ当なお嬢様をやるのは大変だったのだ。世界中の天才が集まるIS学園で座学トップをキープしながら、義兄の評判を傷つけないように品正方向で非の打ちどころのないお嬢様として振る舞う。外面しかみない人間には、決して分からない苦労だろう。
「本当?」
「本当よ。2年半も一緒に過ごしたルームメイトに疑われるのは悲しいわ」
蘭はワザとらしく泣き崩れながら、フラフラと近寄って来た。が、クロエは近づけさせない。枕を蘭の顔面に投げつけ、言い放った。
「嘘泣き禁止」
「ひっっっどい。ここは疑って御免なさいって言って友情を深めるところでしょ」
「もう深めてるじゃない」
「もっと深めても良いじゃない」
「イヤよ。目が怪しいもの」
クロエは蘭を親友だと思っているが、1つだけ遠慮したい事があった。それは何かにつけてマッサージしようとしてくる事だ。肩や足のマッサージ程度ならまだしも、稀に手がちょっとイケナイ部分に伸びてくる事があるのだ。女学校らしい百合気質と言えるが、少々敏感な体質のクロエにとってそれは鬼門なのだ。なので、絶対にさせる訳にはいかない。
しかしクロエの体質の事など知らない蘭は、取り繕う事を止めて手をワキワキさせながら近づいてくる。ちょっと怪しいが、精神的に疲れているルームメイトを思っての善意からの行動なのだろう。恐らく、多分、そうであると信じたい。
「そんな事ないって。精神的な疲れは肉体的な疲れ、この私が隅から隅までマッサージして、疲労を回復させてあげる」
「大丈夫よ。自己管理もISパイロットにとって大事な事だもの。自分で出来るわ」
「人の手を借りちゃいけないなんて決まりごとはないよね?」
「1人で行えるなら1人で行うべきじゃないかしら」
「クロエは、人に頼る事を覚えた方が良いと思うよ」
「自立心も大事だと思うの」
「時と場合によると思わない?」
蘭がジリジリ進み、クロエがジリジリと下がる。ルームメイトになってから幾度となく繰り返されたやり取りだ。因みに真面目で善良な青少年達の為に言っておくと、2人はニャンニャンな関係ではない。百合っぽいが百合ではないのだ。第三者から見ると非常に怪しく疑わしい限りだが、至って健全なのである*20。
こうしてクロエと蘭は、IS学園での日々を過ごしていたのだった。
―――蘭がクロエにマッサージ?―――
XINN様より頂きました。感謝です!!
―――蘭がクロエにマッサージ?―――
第193話に続く
日常回ですが、地球内部の状況がゴリゴリと動き始めました。
名前は出てませんが、元最高幹部さん達はしっかり暗躍しているようです。
良きかな良きかな。
そして久しぶりに出てきたクロエと、物凄く久しぶりの蘭ちゃん。
作中でもチラッと書きましたが、クロエと並んで見劣りしないレベルなので、街を歩けばほぼ10割の確率で声をかけられます。
あと、晶くんは志望動機をしっかり見たようです。尤も最低限クラスメイト達と連携行動が取れるくらいの腕にはなってもらわないと困るので………。つまり入社してからが地獄の始まり。デスマーチ。大丈夫。先輩達が優しく教えてくれる!!