インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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宇宙での2人目の友人登場。
種族名は格好良い名前も心惹かれるものがあったのですが、分かり易さ優先にしてみました。


第196話 特使が来た(IS学園卒業翌年の3月)

  

 薙原晶がIS学園を卒業した翌年の3月初旬。

 束と晶はイクリプスに乗って、月の衛星軌道にあるスターゲートから“首座の眷族”の領域にあるスターゲート前に来ていた。ただしゲート正面にいると他の船が来た時に危険なので、正確には斜め45度前方で他の船のゲート侵入を阻害しない位置だ。

 周囲に艦影は無し………ではない。付近(勿論肉眼で見えるような距離ではない)に全く隠れる気の無い船影が幾つか見えている。念の為に約束の時間より少々早く来ているのだが、それ以前から待機していたようだ。発見位置から全く動かずじっとしている。

 イクリプスのブリッジで、束と晶が話し始めた。

 

「ねぇ晶」

「どうした?」

「ちょっとあの人達と話してみようか」

「返事してくれるかな? 此処にいるって事は、ゲートを護る“首座の眷族”の駐留艦隊だろ。仕事熱心なら私語はしないんじゃないかな?」

「返事が無いならそれはそれで良いの。ただ、どんな人達なのかなって」

「それもそうか。多分職業軍人だろうし、どんな人達なのか知っておくのも良いか」

 

 晶の返事に束は嬉しそうな表情を浮かべ、早速とスクランブル(暗号)の掛かっていない通信を送った。

 

『周囲にいる皆さん。こんにちは。私は地球人の篠ノ之束です。此処にいる皆さんは“首座の眷族”の皆さんですか?』

 

 暫くして返答があった。

 双方向通信が確立され、ブリッジ内のメインモニターに人類と見間違うばかりの赤髪の青年が映し出される。

 

『“首座の眷族”地球方面スターゲート駐留艦隊所属のカルカイラ・アロニスです。どのようなご用件でしょうか?』

『おや? 貴方は確か、アラライル議員と会談した時に一緒にいた軍人さん*1ですか』

『はい。議員から何かあった場合はお手伝いするように、という事で此処にいます』

 

 傍らで話を聞いていた晶は思った。

 アラライル議員を直接護衛するような軍人が、駐留艦隊の所属となっている。何故だろうか? 辺境議員というのは恐らく相当に責任ある立場だろうから、専属のサポートチームや護衛チームがあっても良いはず。にも関わらず駐留艦隊所属? 駐留艦隊そのものがサポートや護衛の任務を兼任しているのだろうか? 様々な予想が脳裏を過ぎるが、全ては予測に過ぎない。しかし駐留艦隊が議員の一声で動員可能な可能性は考慮しておいても良いだろう。

 そんな事を考えている最中にも会話は進んでいく。

 

『あらあら、聞きたい事を先に言われてしまいました』

『この状況で通信してくるのであれば、まずそのような内容でしょう』

『それもそうですね。ただ聞きたい事は他にも色々ありまして』

『私で答えられる事であれば』

『そう身構えないで下さい。そちらの機密事項になんて興味はありません。ただそちらの、一般的な生活について聞きたいだけです。どんな暮らしをして、どんな仕事をして、地上と宇宙(そら)でどんな風に生活が変わっているのか、そんな事です。そちらから頂いた書物には一通り目を通しましたし、アラライル議員ともそのような話はしましたが、人が変われば感じ方も考え方も違うでしょう』

 

 束としては100%興味本位からの質問だった。そして趣味人な彼女の興味本位は広く深い。話が始まると「あれは?」「これは?」「それは?」等々。質問する事を覚えた子供のように聞きまくる。流石に多少お上品に聞いてはいるが、目をキラキラさせて楽しそうなのは傍目に見ても明らかだった。

 そうして暫くすると、モニターに映るカルカイラの視線が一瞬画面外に向いてから口を開いた。

 

『――――――そろそろお時間のようです』

『もうそんな時間ですか。楽しいお話をありがとうございます』

『いえ、もう少し交流が進めばすぐにでも知れるようなことです。今お話した事を、早く実際に見れるようになると良いですね』

『ええ。本当にそう思います』

『そうだ。最後にアラライル議員からの言伝があります』

『あら、何でしょうか?』

『もう少し自身の身を大事にして下さい、です』

 

 非常に人間的で良心的な忠告だった。

 何せこの場にいるのは、地球文明圏最重要人物である2人が乗ったイクリプスという単艦のみ。それで友好目的で来るとは言え、艦隊を出迎えるのだ。

 もし何かあれば、地球文明の宇宙進出は確実に頓挫する。

 だからこそ、周囲に見える艦影なのだろう。

 

『ありがとうございます、と伝えておいて下さい』

『分かりました』

 

 そうして会話が一段落したところで、センサーにワープアウト反応。艦影15。戦艦級1、巡洋戦艦級2、巡洋艦級4、駆逐艦級8。

 因みにこれら船と地球の艦船との大きさを単純に比較すると、アメリカ海軍の運用する原子力空母ジョン・F・ケネディ(二代目)が332メートルであるのに対して、宇宙文明の戦艦級は600~900メートル、巡洋戦艦級が300~600メートル、巡洋艦級が200~300メートル、駆逐艦級が100~200メートルとなっている。なお今回来た艦隊には含まれていないようだが、100メートル以下の船はフリゲート級と言われている。そして戦艦より上の分類は数十キロメートルサイズとなり、旗艦級に分類される船に至っては50キロメートルサイズだ。

 これだけでも地球文明との隔絶した工業力の差が分かるだろう。

 暫し待っていると、通信が入った。通信規格は“首座の眷族”と同じものらしく、何ら問題無く双方向通信が確立。ブリッジのモニターに相手の上半身が映し出される。

 初見の第一印象は女性体。地球人的に優し気で美しいと思える容姿。長くクセの無い白髪。頭部にある狐のような耳。着ている服装は、例えるなら白と青を基調とした着物が近いだろうか? 画面の背後には、白い毛に覆われた大きい尻尾が見えている。

 

『―――こちらは“獣の眷族”の特使、スノー・テールと申します。スターゲート前に停泊しているのは地球の船で、艦名はイクリプス。乗っているのは地球人の篠ノ之束博士とそのパートナーである薙原晶さんでお間違いありませんか?』

 

 アラライルから事前に貰っていた情報と一致している。束が答えた。

 

『はい。間違いありません。そして名前は伝わっているようですが、改めて自己紹介しておきます。私が篠ノ之束で、隣にいるのがパートナーの―――』

『薙原晶です』

 

 2人が画面の前に立ちそれぞれ自己紹介する。今日の2人の服装は、束が緋色の着物で、晶がカラードの制服だ。そして晶の言葉が終わると、すぐに束が口を開いた。

 

『本題に入る前に、1つ許可を頂きたいのですが良いでしょうか』

『はい。なんでしょうか?』

『地球文明は宇宙(そら)に出たばかりで、まだ他文明の事を良く知りません。なので今回の様子を地球に中継したいと思うのですが、良いでしょうか?』

『今回、私は“獣の眷族”からの正式な特使として来ています。公開を断る理由はありません』

『ありがとうございます』

 

 束が思考トリガーで通信状況を操作。地球へと通信を繋げた後、補足を加えた。

 

『地球の皆さん。相手の許可が降りましたので、以降はリアルタイムで状況をお伝えします。今画面に映っている方は、“獣の眷族”から特使として来られたスノー・テールさんです。――――――では、お待たせしました』

『いえ。しかし、話には聞いていましたが、丁寧ですね』

 

 こちらと同様にアラライルから事前に情報を聞いていたのだろう。

 

『丁寧ですか?』

『はい。特使として他文明に赴いた経験はそれなりにありますが、宇宙(そら)に出たばかりの文明が、このような場をリアルタイムで公開したいと言ったのは初めてです』

『人は未知を恐れます。なのでこうして話せる相手と分かるだけでも、色々と違う事はあるでしょう』

『なるほど。相互理解促進の為に公開している、ということですね』

『はい』

『わかりました。では、そろそろ場所を移しましょうか。とても素晴らしい場所を用意してくれると聞いています』

『あの人はどのように伝えたのですか?』

『言葉通りです。とても素晴らしい、とだけ』

 

 間違いなく調べてはいるだろうが、ここは腹の探り合いを演出する場ではない。なので額面通りという事にしておこう。

 

『あの人は、また随分とハードルを上げてくれますね』

『友人になってから長いですが、基本的にあの人は、面白い事に目の無い人なのですよ』

『確かに、そんなところがありますね。では、続きは場所を変えてからということで。―――地球の皆さん。一度通信を切りますね』

 

 この後、束は晶と共に専用機を展開して船外に出た。そして手にしていたトランクケースのような物を開いて中にある緑色のボタンを押すと、周囲に緑の光が満ち溢れ、何も無かった空間に直径100メートルほどの銀色の半球状の土台が出現し、その上にガラスのように透き通った半球状のドームが構築されていく。だがここまでなら、以前アラライルとの会談に使ったのと同じ“クリスタルルーム”だ*2。今回は続きがある。緑の光は収まる事無く広がり、唐突にフッと消えた。

 そうして“獣の眷族”と地球に通信を繋ぎ直した束は、ニッコリとした笑みを浮かべながら口を開いた

 

『―――お待たせしました。中へどうぞ』

 

 何事も無かったかのようにルームに入っていく2人を、スノーは艦のブリッジから眺めながら思った。

 

(彼女は、何をしたか分かっているの?)

 

 “クリスタルルーム”を中心とした周囲―――地球の単位に換算して直径3キロメートルの範囲―――に、青空が広がっている。漆黒の闇が広がる宇宙に、惑星圏内のような青空だ。艦のセンサーが捉えた情報を見れば、理論も理屈も分かる。しかし出来る出来ないは別でしょう!! 気体を大量に散布して重力制御で留めておく、までは力業で解決できる。問題はその後。散布された大量の気体を、気象コントロール技術の応用で幾つかの層に分けた後、互いが互いに影響し合う連動制御で惑星の大気層を再現している。そこに、この星系にある恒星からの光を受ける事で、青空が再現されていた。

 言葉にすれば、たったこれだけ。しかし実現するのにどれほど強力かつ緻密な制御力が必要になるか、行った当人は理解しているのだろうか? 惑星内で空の色が変わるのは、十分な密度を持った大気層があるからだ。厳密に言えば分子に光が当たった際の散乱現象などが関係するが、十分な密度の大気層が無ければ色は変わらない。にも関わらず篠ノ之束博士は、“クリスタルルーム”の周囲に空を作り上げた。それが意味するところは、大気層として機能するのに十分な量の気体を、あの数秒で散布し完璧にコントロールして環境を整えたという事実だ。

 無論、彼女しか行えないというものではない。幾人かの科学者にしかるべき時間と予算を与えて準備させれば同じ事は出来る。だがそれは、宇宙の先進文明なら、という意味だ。断じてランクD文明の人間が行うようなものではない。

 

(………なるほど。そういう事ですか)

 

 スノーは穏やかな笑みを浮かべたまま、1人納得していた。

 アラライル議員から色々と聞いてはいた。善人寄りだがイイ性格をしているので、少しばかり盛っているのではないかという思いもあった。しかし、違っていたらしい。聞いた話は恐らく全て本当なのだろう。インフィニット・ストラトス、アンサラー、スターゲート、ワープ、宇宙船の設計と建造、テラフォーミング、気象コントロール等々、一個人が学ぶには余りに広く深い範囲を全て個人で行える天才。

 銀河系唯一のランクS文明(“首座の眷族”)、その中央に最も近いと言われている辺境議員アラライル・ディルニギットが格別の配慮する相手だけはある。だが、為政者としてはどうだろうか?

 そう思った彼女は自身の乗艦にのみ、“クリスタルルーム”を挟んだイクリプス正面至近距離への前進を指示したのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 側近1名を引き連れて“クリスタルルーム”に入ったスノーは、完璧に調整された環境に驚いていた。大気組成も重力も、母星で標準値とされている値になっているのだ。そして内部から見る空のなんと綺麗なことか。宇宙(そら)であるにも関わらず、何処を向いても青い空が広がっているという不思議な光景だ。なので、彼女は素直に言葉にした。

 

「素晴らしいですね」

「そう言って貰えて何よりです。地球にはまだ他文明の特使を迎えられる迎賓館のような施設が無いので、以前使った物に急遽機能追加してみました」

「これを、急遽ですか」

「はい。理論は分かっていましたので。――――――せっかく椅子がありますので、まずは座りましょうか」

 

 束博士に促され座るスノー。側近がその斜め後方に立つ。

 

(透明度が高くて、それでいて十分な強度を持つ物質。なるほど、だから“クリスタルルーム”ですか)

 

 この場を覆うドーム、座っているイス、束博士との間にあるテーブル。全てが透明なクリスタルで、床も部屋の雰囲気を損なわない純白のタイルが敷き詰められている。余計な装飾の排された美しい空間、というのが偽らざる感想であった。

 ただし、気になる事もあった。博士とその斜め後方に立つ彼が、インフィニット・ストラトス(IS)というパワードスーツを展開している事だ。束博士の方は白と蒼を基調とした服のような装いだが、彼の方は漆黒の全身装甲という明らかな戦闘用なのだ。ここまで場を整えられる者が、このような場でそのような装いをする意味や危険性について、考えが及ばないとは考え辛い。幾つかの推測なら立つが、考えられる可能性、至った結論が自分でも少々信じられない。

 まず此処は地球文明圏の勢力圏外であり、向こうは単艦でこちらは艦隊だ。自身の安全について考えるのは当然と言える。そしてISの限界性能は未知数だが、先日のミッションで見せた能力*3を考えれば、単なるパワードスーツの域を越えた性能であるのは間違いない。しかも眼前にいる人物は、ISの生みの親なのだ。ならば今彼女が使用しているISは、先日のミッションに投入されたものよりも上に違いない。

 しかし、だ。会談場所を指定したのは束博士だ。危険性について考慮するなら、地球文明圏の勢力範囲内にすれば良かったのでは? スノーは此処まで考え、更に考え直した。

 地球はまだ多星系文明になっていない。つまり万一地球が砲火に晒されれば、イコール滅亡が見えてくる。文明を滅ぼすのに星を砕く必要などない。惑星の表層大気を少し消し飛ばせば、それで終わりだからだ。だからアンサラーという強力な防衛用兵器があっても、万一を考えて母星に近づけたくなかった。その上で自身の安全を考慮したのが、今の装いという訳だろう。

 筋が通りそうな推測だが、この推測には前提条件がある。束博士か彼のIS、或いはイクリプスに、こちらの戦闘艦とやり合えるレベルの戦闘力が無ければ身の安全は確保できないということだ。

 ここでスノーは事前にアラライル議員から聞いていた情報と、最近噂になっている“挟み付き”の話を思い出した。初会談の時に海賊船50隻を一方的に沈めた話*4と、ワープ不能宙域で暴れた艦の話だ*5。無論、この場にいる護衛艦隊と海賊船ではあらゆる意味でレベルが違う。だが少なくとも、宇宙のならず者を蹂躙できる力はある、という訳だ。

 束博士が視線に気付き、口を開いた。

 

「特使が今回来た理由は友好目的である、というのは理解しているつもりです。私と彼の装いがこの場に相応しくないであろうことも。ですが武装解除は致しません。策謀というのは事を成した後、敗者に言い訳を許しませんので。なので、こちらも武装解除は求めません。そちらが連れてきた護衛艦隊の武装は、全て立ち上げたままで結構です」

 

 何か言いかけた側近を、スノーは片手を上げて制した。

 

「そちらの主張は理解しました。ですが、艦隊の武装を立ち上げたりはしません。私は先日の件のお礼を、そして友好の特使として来たのであり、張り合いをする為に来たのではありませんから」

「御理解頂けて幸いです」

「外交儀礼は外交儀礼であって、相手の事情は理解して然るべきでしょう。あなた方は今、地球文明圏の勢力範囲外にいるのですから。それにこの場を見れば、歓迎する意思が無い訳ではない、というのは分かります」

 

 因みにスノーとその側近も、身を護る術というのはしっかりと用意していた。このような場というのは、何があるか分からないのだ。また護衛艦隊も武装の立ち上げこそされていないが、内部的にはすぐにでも行動可能なように準備されている。無策でないのはお互い様だ。

 互いに微笑みを浮かべて数瞬の間が空いた後、スノーが再び口を開いた。

 

「さて、まずは今回来た目的を果たすとしましょう」

 

 彼女は立ち上がり、続けた。

 

「“獣の眷族”を代表して、我らが星の1つを護ってくれたこと、深くお礼申し上げます。そちらは依頼という形で来たのかもしれませんが、あの場で行われた提案や行動により、多くの人命を失わずにすみました。そして気象コントロールが落ち着いた後、被害を受けた人達を可能な限り助けてくれたことも、併せて感謝申し上げます」

 

 宇宙(そら)の文明においても、頭を下げるという行為は感謝や謝罪の時に用いられるのだろうか? 特使の頭が下げられる。軽く頭を下げるのではない。腰を折って深々と、だ。

 これに、束も立ち上がって答えた。

 

「頭を上げて下さい。我々は依頼によって赴き、その後の行動は現場に行った者が良識に従って行動しました。それが喜ばれる事であったと分かったのが、何よりの収獲でした。何せ我々は宇宙(そら)に出てから日が浅く、色々と手探りな状態なのです。それがこうして、特使が来るくらいに良い事であった、共通の価値観となるものがあった、と分かったのは本当に大きかったです。なのでこちらこそ、教えてくれてありがとうございます」

 

 束も頭を下げる。彼女の異名を知る者達にしてみれば信じられない行動だろう。だが別に、彼女はお礼や謝罪が出来ない人間ではない。単に人類の99.999999999%の人間がそういう行動をするに値しない凡人や愚者であるだけで、必要ならちゃんとするのである。

 

「頭を上げて下さい。そう言ってくれると、来た甲斐があったというものです」

 

 互いの視線が合い微笑み合ったところで、2人は椅子に座った。

 そして再び、スノーの方から口を開いた。

 

「あと、もう1つお礼を言っておかなければならない事がありました」

「なんでしょうか?」

「いえ、先日とある宙域で我らが眷族の者を助けてもらいましたので」

「あれは偶然の産物です」

「ですがそのお陰で荷が無事に届けられ、多くの人が助かりました」

「危険な航路と分かっていても、通らなければならない事情があったのですか?」

「はい。端的に話せば近隣の惑星で少々事故があり急ぎ幾つかの資材が必要になったのですが、安全なルートで送っては確実に間に合わない状況でした。なので最速で送れるあのルートを使い、少量でも良いので先に送って時間を稼ぎ、その間に安全なルートで十分な資材を届ける。その途中の出来事でした」

「そういう事でしたか。思いがけず役に立ったようで良かったです」

「ええ。本当に助かったと、当事者達もとても感謝していました」

 

 こうして穏やかな雰囲気になってきたところで、スノーは極々自然に話題を変えた。さぁ、為政者としての返答を聞かせてもらいましょう。

 

「助けられてばかり、というのは関係性として良くありません。なので何かお礼をしたいのですが、何か希望する事はありませんか? 宇宙(そら)に出たばかりでしたら、色々と要り様でしょう」

 

 この言葉に、この会談をリアルタイム配信で見ていた者達は大いに期待した。先進的な宇宙文明からのお礼の品だ。さぞかし素晴らしい物をくれるに違いない。が、束の返答は実にあっさりと、そして期待を裏切るものだった。

 

「せっかくの好意ですが、お断りさせて頂きます」

 

 余程意外だったのか、スノーは驚いた表情を浮かべながら尋ねた。

 

「差し支えなければ、理由を聞いても構いませんか?」

「隠すような事でもありません。恐らく知っていると思いますが、地球は正規の開星基準を満たしていません。なので自文明の問題は、可能な限り自分達で解決したいのです。他文明の力を借りるにしても、それは働いて得た報酬をもって購入という形にしたいのです。恐らく、この決断に異を唱える人は多いでしょう。ですが自分達の事を解決出来ない者が、宇宙(そら)に出てやっていけるとも思えません。なので少なくとも私が主導権を握っている間は、この方針で進めたいと思っています」

 

 この返答にスノーは感心していた。簡単な事のように思えるが、受けても政治的に非の無い提案を、先を見据えた上で断れる為政者というのは中々いない。一手目は毒とならなくても、五手後、或いは十手後には毒となる提案もあるのだから。そういう意味で篠ノ之束は、先を見据えた決断を下せると分かった。悪くない。では、彼女がパートナーと公言する彼はどうだろうか? この場では一言も喋っていないが、常に彼女の傍らにいるなら、影響力もあるだろう。どのような人物かは一通り調べてあるが、事前調査はあくまで事前調査。実際のやり取りから見えてくる事もある。このためスノーは束の返答に相槌を打った後、NEXT(N-WGⅨ/IS)を展開している晶に話しかけた。

 

「なるほど。今の返答について、博士のパートナーはどのようなお考えでですか?」

 

 護衛としてこの場にいる人間に問い掛けるとは、どういうつもりだろうか? いや、パートナーという事は公言されているから、戦闘形態であっても見識や取り組みを問われた、という事だろう。晶はそう判断してから口を開いた。

 

「意見の擦り合わせはしているので同じ返答になりますが、束が先程言った、可能な限りの自分達での解決について補足しておきましょう。地球には統一政府の雛型として活動している“星間国家の在り方を検討する委員会”というのがありますが、そこで私は、地球は本来の開星基準を満たしていない。このまま他文明と本格的な交流が始まれば控え目に言って、辺境にある田舎の野蛮な劣等種族という扱いを受けかねない。なので地球文明の立場や扱いを考えるなら、今地球内部にある諸問題の解決は必要。少なくとも解決に向けて動き、成果を出さないといつまで経っても子供扱いと言っています。またこれに先立ってカラードは、副社長の発案で地球内部で難民や貧困の大きな原因となっている5つの地域に対して食料供給やインフラの提供などを開始しています。これには色々と効果を疑問視する声もありましたが、数ヵ月経ってようやく少し効果が出てきました。紛争地域での戦闘回数減少と、更に試験的な取り組みを始めた地域では、難民や貧困者に継続的に仕事を与えて収入を得られるようにできそう、というところまできています」

「なるほど。開星基準を満たしていないという事を重くみて行動しているのですね。そして結果も出そうだ、と」

「出そうというだけで、懸念材料は無数にあります。楽観できる状況ではありません」

「正直なのですね。こういう場では、多少なりとも穏便な表現にするものと思いますが」

「それで現実が変わるなら幾らでも。尤も丁度良い機会なので、多くの人が見ているであろうこの場で敢えて率直な表現をしている、というのもあります」

 

 スノーは薙原晶という人間の人物像を掴み損ねていた。概ね事前調査から予測された反応ではあるのだが、今のやり取りだけでは問題に対処しているという表層的な部分しか見えてこない。もう少し本質的な………どのような人間なのかを判断できる反応が欲しい。

 彼女は数瞬考え、切り口を変えてみる事にした。

 

宇宙(そら)に出た文明の発展には周辺宙域や航路の安全確保が欠かせませんが、そちらについてはどのようにお考えですか? 特に海賊関連については、何処も頭の痛い問題となっていますので」

「立場的には法に基づいて適正に対処しますとしか言えません。――――――ですが、そうですね。最近銀河辺境には、刺し貫かれたり、叩き潰されたり、真っ二つにされたり、握り潰されたり、船体が蒸発して殆ど残っていなかったり、そんな残骸となっている海賊船が多いと聞きます。何処の誰かは知りませんが、これほどやれるなら是非ともスカウトして、色々と教えて欲しいものです。後は、そうですね。この手の問題に近道は無いと思いますので、地道にセンサーを敷設して、可能な限り早期に発見して早期に対処できる体制を整えていく、くらいでしょうか」

 

 リアルタイム配信を見ている多くの者は思った。“最強の単体戦力”は“天災”が持つ最強の剣にして盾だ。他人事のように言ってるが、やったのは当人達に違いない。これまでに公言された事がある訳ではないが、これまでの行動がどんな言葉よりも雄弁に物語っている。法の枠を外れた者に、情け? 容赦? ナニソレ美味しいの? 只々圧倒的な暴力で悪党を踏み潰していく理不尽の権化。“最強の単体戦力”と“天災”は、宇宙(そら)に出ても全く持って変わっていない。

 スノーの方も、この隠す気の無い返答で理解していた。事前調査、アラライル議員から貰った情報、そのいずれとも一致している。半信半疑で単なる情報だったものが、理解や納得となって胸の内にストンと落ちていく。

 付け加えるなら治安維持は社会維持の根幹であり、文明を牽引する者が実際にそういう行動をしているなら、下にいる者も続き、いずれは文明全体の方針となるだろう。現時点で言うなら実働戦力の少なさが気になるところだが、宇宙文明基準で依頼の遂行能力を持つカラードなら、戦闘艦を購入して準備するという手段が取れる。パイロット育成に多少時間を要するだろうが、それもいずれ解決する問題だ。

 彼女は良い返事を貰えたとばかりに微笑み、口を開いた。

 

「ええ。本当に誰でしょうね? もし誰か分かって会う事が出来たら、こちらにも教えて下さい。未払いの賞金が幾らかありますので」

「分かりました。会えたらそちらにも連絡を………ふと思ったのですが、連絡はアラライル議員経由で宜しいのですか?」

「本当なら直接欲しいのですが、特使である私には文明間のライン構築についての権限がありません。なので、経由でお願いします」

 

 すると束が言った。

 

「ならこちらがアクセスポイントを用意して、繋いでもらう分には問題無いという事ですね」

 

 スノーは数瞬考えた。権限の範囲を思い出して返答する。

 

「はい。それならば、特に問題はありません」

「分かりました。帰り次第、月にアクセスポイントを用意しておきます」

「良いのですか?」

「構いません。こうして会話ができて、話も通じる。友人になれそうだと思いましたので」

「最後に言おうと思っていた台詞を取られてしまいました」

 

 両者が微笑み、穏やかな雰囲気となる。しかし、特使の判断は甘くなかった。事実として、今の地球には足りないものが多過ぎる。

 

「ですが、私は本星にこう伝えます。貴女と貴女のパートナーが率いるカラードは、地球文明を牽引する存在足りえると」

 

 宇宙と地球では差異があるかもしれないが、基本的に特使というのは最高権力者から個人的な委託を受けて派遣される者であるため、信任状や全権委任状を持つ正規の外交代表ではない。対して似た言葉で大使があるが、こちらは外交使節の最高の階級であるため、明確に権限の範囲が異なる。

 しかし特使の言葉が軽く扱われる事も無いため、今後“獣の眷族”がカラードを交渉主体として扱うのは規定路線だろう。必然的にそれは、統一政府への後押しとなる。

 これに束は表情にこそ出さなかったが、内心で小さく溜め息をついた。高望みとは思っていたが、可能なら「地球文明は友人足りえる」と言って欲しかったのだ。残念と思いつつ、口を開く。

 

「判断理由を、この場で言う事は出来ますか?」

「貴女が聞きたいのではなく、聞かせたいのですね」

「御想像にお任せします」

「では言いましょう。色々ありますが、大きなところで言えば2つです。1つ目は開星基準を満たしていない意味を、貴女と貴女のパートナーが良く理解して、行動を起こしているところです。他にも行っているところはあると言う者はいるでしょうが、あなた方が出てくるまで最大組織だったところは何をしていたのでしょうね? 2つ目は航路や周辺宙域の安全確保をハッキリと意識していること。人員育成や体制が未整備ではありますが、御二人のビジョンがとても明確なので期待できるという判断からです」

 

 理解できる理由であった。国連が正しく機能してくれていれば、カラードの労力は半分、いや10分の1以下だっただろう。

 

「解答ありがとうございます。いずれ………いえ、今は止めておきましょう。これは結果でしか示せませんので」

「そうですね。ただそれはそれとして、束博士に依頼したい事があります」

「何でしょうか?」

「そちらは月周辺にスターゲートを集中配置してハブ化する方針のようですが、今後配置する予定の内1つをこちらと繋げる、というのはどうでしょうか」

 

 これは特使が持つ権限の範囲を明確に越えていた。本人も分かっている。にも関わらずこの話をした理由は、もし繋げられれば経済や軍事の両面で多大な恩恵が望めるからだ。何故か? 月には銀河系唯一のランクS文明、“首座の眷族”の領域に直接通じるスターゲートがあるからだ。“獣の眷族”も友人関係にあるので既に繋がっているルートは幾つかあるが、文明内部の交通事情を考えた場合、どうしてもスターゲートに近い方が発展しやすく人の流れが偏り易いという問題がある。例えばスターゲートを3つ越えなければいけない星系と1つしか越えなくてもいい星系。どちらが移動に便利かは自明の理だろう。また“首座の眷族”の艦隊が精強である事は銀河の常識であるため、“首座の眷族”のスターゲートが近いというのは、それだけで抑止効果が望めるのだ。

 故にこの話は自身の首をかけてでもしておくべき、と判断してのことだった。

 そして地球側にとっても、これが実現した場合の利益は計り知れないものがある。何故なら文明間のハブとして機能するようになれば、人の往来が生まれ、そこから多くの事を学べるだろうからだ。気の長い話になるが、交易都市、或いは交易コロニーのようなものを造る事ができれば、地球文明を大きく躍進させる原動力となってくれるだろう。

 

「依頼ですか。分かりました。そちら側の配置宙域と依頼料については後日検討という事で」

「依頼の受託、ありがとうございます。――――――ではそろそろ長くなってきましたので、今日はこの辺りで」

「ええ。楽しい一時でした」

 

 この後、特使とその側近は“クリスタルルーム”から退室していったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方その頃、地球。

 特使の言葉は多くの反応をもたらしていた。

 

 ―――その通りだと言う者。

 

 ―――ふざけるなと言う者。

 

 ―――関係無いと言う者。

 

 ―――月の事業に未来を見出す者。

 

 ―――妬む者、羨む者。

 

 ―――このままではいけないと言う者。

 

 あらゆるメディアで実に様々な反応が満ち溢れていた。ある意味で仕方の無い側面もあるのだが、加熱し過ぎなほどだ。

 そんな中で、カラード副社長のセシリア・オルコットがインタビューを受けていた。束と晶が出発する前に、2人から直々に「色々騒がしくなると思うけど、宜しくね」「負担をかけると思うが、すまないが頼む」と頼まれていたからだ。

 あの2人が地球の事は任せると言って託してくれたのだ。ならばやらない訳にはいかないだろう。

 インタビュアー*6が尋ねてくる。

 

「率直に、今回のスノー特使の発言をどう思われますか?」

「感情的な引っ掛かりを覚える方が多数いるとは思います。ですが多くの諸問題が未解決である現状を考えれば、特に80億の人口に対して、13億人以上が貧困者で、この内の半数は子供という現実を踏まえれば仕方がない評価でしょう」

「しかしそれでも、何かしらの主張は出来たのではないかと思いますが」

「主張するなら何かしらの実績が必要と思いますが、あるのですか? 無論、我々は知っています。どうにかしようと多くの人が動いていたことを。ですが地球文明を外から見ている者に、努力はしていました。ですが結果は出ていません。多くの人が飢えと紛争で死んでいますが、意見が纏まらず有効な対策を打てていません。でも頑張っているから認めて下さいと言うのですか? 博士と社長が他文明との会談後に良く仰るのは、実行力が非常に重視されるということです。結果至上主義という訳ではなく取り組み自体も見てはいるようですが、判断のウェイトとして実行力の有無は大きいということです」

「ですが文明を牽引するなら、主張するべきところは主張するべきでしょう。それが責任というものではないですか?」

「では主張によって発生するメリットとデメリットを仰って下さい。束博士はあの時点で主張しないという判断をしました。それを覆せるだけのメリットを提示して下さい。そして先に言っておきますが、皆でより良い意見を考えれば良い、などと言うのは無しです。というのも、私も宇宙の外交についてはまだ勉強中ですが、基本的に交渉の場に立つ者の権限は巨大です。一回一回文明全体の意見を集約して、議論して、案を提示して、折り合いがつかなければまた持ち帰って検討という形ではありません。自身の発言が億人単位の生活に影響を与える場で、己の職責の全てをかけて結果を掴み取る場です。それを理解した上で、貴女の意見を聞かせて下さい。多数の誰かの意見ではなく、貴女の意見を」

 

 数瞬待つが、答えられない相手にセシリアは続けた。

 

「別に貴女を虐める意図はありません。ですが博士がいるのは、そういう場だと御理解下さい」

 

 インタビュアーは不利を悟ったのか話題を変えた。

 

「では次の質問です。スノー特使は実質的にカラードを統一政府と認めるような発言をしていましたが、それについてはどう思われますか?」

「特に何も、というところでしょうか。カラードの方針は変わりません。人類の宇宙進出です。その為に必要な行動を行っていく。それだけのことで、その結果があの言葉になったのでしょう」

 

 セシリアは何も気負う事無く答えていた。束博士の無茶振りに比べれば、圧力など無いに等しい。が、すぐに思い直す。

 

(いえいえ、いけませんわ。こういうのを慢心というのです。敗北も逆転も一瞬。晶さんが常々言っていたではありませんか)

 

 こうして気を引き締めた瞬間だった。多分、引き締め直していなければ、変な声が出てしまっただろう。インタビューの席という大事な場で。

 コアネットワークが接続される。束博士だ。

 

(セッシー。やっほー)

 

 余りのタイミングの良さに、背筋がビクッとなる。辛うじてポーカーフェイスは保てたが、本当に危なかった。

 

(な、なんでしょうか?)

(聞いてたよ。中々良い事言うじゃない)

(お褒めに預かり光栄ですわ)

(ん~、もうちょっと驚いてくれると思ったんだけどなぁ)

(博士。今、インタビュー中なのですけど)

 

 思考加速しているので受け答え自体は問題無いのだが、突然の接続は心臓に悪過ぎる。

 

(うん。分かってて繋げたの。セッシーが随分良い事を言ってくれたから、代わってあげようと思って)

(ですが、お疲れでは?)

(いいのいいの。それよりも、もうちょっと沢山の人に動いて貰いたいからね。丁度良い機会だから、私が直接言おうと思って)

(分かりましたわ。今、回線を繋げます)

 

 セシリアはインタビュアーに告げた。

 

「たった今、束博士から連絡が入りました。以降のインタビューは、束博士本人が引き継ぐそうです」

「え?」

 

 相手が心の準備をする間もなく、展開された空間ウインドウに束博士が映し出される。

 多くのメディアが望んで止まない、“天才”にして“聖母”篠ノ之束への直接インタビューだ。

 しかしこのチャンスをモノに出来るかどうかは、インタビュアーの報道姿勢次第なのであった。

 

 

 

 第197話に続く

 

 

 

*1
第173話で会談した時に同席。

*2
第173話にて。

*3
第二回外宇宙ミッション

*4
第173話にて。

*5
第193話にて。

*6
インタビューをする人のこと。




宇宙文明から2人目のご友人が登場となりました。
眷族名の名の通り獣人系な種族です。
一応本作では異形系の宇宙人もいる事になってますが、いきなり出すのはちょーーっと(作中の人類的にも)ハードルが高いと思いまして、姿形が似ているところから出していこうと思った次第であります。
そしてセッシーちゃん。しっかりと足元を支える人材に成長中。
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