インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
でもやっておかないと後で大変なので、宿題を前にした学生並に低いテンションでグダグダ考えます。
カラード本社地下にある束宅の居間。
そこでソファに座る束は割と本気で駄々を捏ねていた。
「ねぇ晶。これ、今やんないとダメ? もうちょっと後でも良くないかなぁ」
「ダメ。今の内に考えておかないと、後で死ぬほど大変な事になる」
隣に座る晶が甘えは許さないとばかりにピシャリと言う。すると束は晶の腕に手を回し、ギュッと抱きしめて上目遣いでもう一度言った。
「後でも、良いでしょ」
しかし、晶には通じなかった。
「ダメ」
束の顔が分かり易くムスッと膨れる。
「意地悪!! 良いじゃない。凡人達の管理方法なんて。どうせやりたい事をやりたいようにしかやらなくて、甘い汁を吸う事ばっかり考えて、進んでいる人がいたら足引っ張ることばっかり考える奴らのことなんて」
「だからこそだよ。何か対策しておかないと、お前の築き上げてきたものが壊される。俺はそれが嫌だ。そして俺も統治に時間なんて割きたくない」
世の中の権力大好き人間、特に独裁者連中が聞いたら「俺にやらせろ」と声を揃えて言いそうだが、世の中そういう奴らのところに本当の権力というのは行かないのである。
「むぅ。まぁ、晶がそう言うなら、少し真面目に考える」
晶は少し不謹慎だが、ちょっとムスッとなって答える束も可愛いと思ってしまった。
そんな彼女の表情を堪能しつつ、口を開く。
「で、だ。考えようと言った以上、まずは俺から原案出そうと思う」
「うん。出して出して」
Hurry up!! とばかりに急かす束。面倒臭いのが良く分かる。尤も同意見なので、考えておいた原案は自分達の手間が可能な限り少なくなるようにしたものだった。
「まず統一政府の形として、各国から一律に税金を取ったりはしない。そして税金を取らないから介入しない。今一部でやってる戸籍管理の代行とか、依頼があったら受け付ける。後は有料サービスとして、各種情報の提供かな。地球内部の流通とか資源、気候関係のデータは豊富にあるから、その辺りの情報を提供して、自分達の事は可能な限り自分達でやってもらえるようにしていく。これならこっちの手間は最小限で、各国も内政干渉だなんだと騒がないだろう」
「うんうん。でもその形だと、政府っていう感じじゃないよね?」
「ああ。だから、政策を提示だけする。それを使うかどうかはそれぞれの国次第だが、提示される政策の精度というか有効性が高ければ、政府としてどちらが有能なのかは自ずと理解されていくと思うんだ」
政策の原案作成に使うAIは、
「なるほど。周知方法は?」
「会社のホームページに掲載するのは当然として、幾つかメディアを買収して、提示した政策の解説と討論をさせようかな。何がどうなっているのかを分かり易く」
「それだと、TVやラジオを使えない奥地に住んでいたり貧困層の人間が取り残されちゃわないかな? 更に言えば、カラードが提示した原案を自分達が考えましたって横取りする輩が出てきそうな気がするよ」
「いるだろうな。だからもう一手打つ。広告専門の会社を設立なり買収するなりして、飛行船に大型TVをつけて広告を流しつつ、合間合間に原案の解説とか討論を流そうかなって。先進国なら効果的じゃないけど、メディア系のインフラが発達していない小国なら有効な手段だと思うんだ」
「悪くないね。でも、そうだね。どうせなら………」
束は数瞬考えてから言葉を続けた。
「義妹ちゃん達が設立した、“アースレポート・コーポレーション”を使おうか」*1
“アースレポート・コーポレーション”は晶の義妹達が設立して大株主となっている会社で、表向きの設立目的は各国の日常的なコミュニケーションをデータベース化して、こういう時はこういう行動をするとコミュニケーションが取り易くなりますよ、という事を広く知ってもらう事だ。このためホームページにアクセスして国を選択したら、日常の挨拶から買い物、ビジネス的な場面まで広く網羅した様々な動画を見る事が出来る。海外旅行のハードルを低くする為のツール、と言い換えても良いだろう。だが本当の目的は将来的に宇宙人が地球に訪れる時代が来た時に、訪れた宇宙人が地球で困らないようにする情報ツールとする為であった。義妹達なりに先を考え、義兄の役に立とうとしていたのである。
そして表向きの目的でも本当の目的でも広く情報を集める必要があったため、各国に多くの記者を送り込んでいた。この結果“アースレポート・コーポレーション”には新鮮な情報が多く入るようになり、副業として始められた硬派な記事は有料でありながら一定の読者を得ていた。
―――閑話休題。
晶は少しばかり驚いたような表情を浮かべながら言った。
「良いのか? カラードとしての正式な行動だから、身内の会社を使うと絶対色々言われて面倒な事になるぞ」
束はニヤッと笑いながら答えた。
「逆だよ。晶」
「どういう意味だ?」
「だってこの行いは、言ってしまえば小国とは言え政府の政策にケチを付けるのと同じでしょ。つまり数字が大事で色々忖度しないといけない普通のメディア系には荷が重い。だから多少損害を出しても構わない身内の会社を使ったって事にすれば良いんだよ」
「それで納得するか?」
「内容でさせるんだよ。何処の国にだって権益を貪る悪党がいるんだから、そういう話題に切り込ませて、どれだけ搾取されているか分からせれば良い。同じ行いが他のメディアで出来るならどうぞってね。あと少し話が戻るけど、政策の解説と討論はその国の人を雇ってやらせるんだよね?」
「勿論だ。外人にやらせるより、その国の内情を分かっている人間にやらせた方が効果的だからな」
返事を聞いて、束は考えを纏めた。
直接介入を最小限にするこの方法は連邦制に近い*2。確かにこれならカラード側の手間は最小限で済むだろう。尤もこの方法では既存の国家が抱える問題もそのままになるので解決に時間を要するだろうが、そこまで面倒をみてやるつもりは無い。凡人達も苦労すれば良いのだ。
悪くないと思いながら、対外的な事を聞いてみる。
「ならさ、他文明との付き合いはどんな形にしようと思ってるの?」
晶は大きく溜め息をついて、肩を竦めながら答えた。
「ぶっちゃけると、そっちは幾ら考えても良い案が思いつかなかった。何をどうやっても、人材的な意味でも組織力的な意味でも足りない。だから、ここは時間をかけようと思う」
「どんな風に?」
「対外的な対応はこれまで通り束と俺がやる。でもそれじゃいつまで経っても俺達の仕事が減らないから、予定を1つ前倒しする。今さ、学園用コロニーを造って将来に備えて幾つかの学科を立ち上げる話が動いているだろ*3。その内の1つ、宇宙文明研究科だけ先に人を集めて始めるんだ。場所は近くのビルを買い取って突貫工事で改修して使う。将来的に学園用コロニーに移すから、一時的な入れ物だな。で、研究に使う資料は“首座の眷族”と“獣の眷族”から買おうと思う。そうして
「確かにいきなり任せるより、そっちの方が良いかもね」
だが、と言って晶は言葉を続けた。
「心配なのは、地球と他文明との国力差を認識した時の反応というか、外交的な方針だな」
「それは………確かにそうだね」
束も困った表情を浮かべながら同意した。何故なら地球と他文明との国力差は、それこそ理不尽という言葉が相応しい程に開いているのだ。2人とも正確な情報を持っている訳ではないが、これまでにアラライルやスノーから入手した情報を分析していくと、地球が如何に辺境の弱小文明であるかが否応なく分かってしまう。
単純に比較できるものではないが、今付き合いのある“獣の眷族”を例に挙げるなら、相当に楽観的かつ希望的な見積もりで1000倍。そしてランクA文明であれば、複数の有人惑星を持っていて当たり前。人が一生涯を暮らせる程に高い安定性を誇るコロニー群も当たり前のようにあり、
つまり技術力も生産力もあらゆる意味で格上ばかり。多少の不利益を覚悟で何処かの庇護下に入った方が良い、と言い出す奴が出てくるのではないだろうか。そんな心配が捨てきれない。
束は暫し目を閉じて思考の海に沈んだ後、考えを口にした。
「なら、さ。宇宙文明研究科を立ち上げる時に、先に言っちゃおうよ。他との国力差がどれだけあって、地球がどれほど弱小なのか。その上で、独立心を持てる人間だけを受け入れるって」
「なるほど。先に現状を教えて大方針も示しておけば、おかしな声が出た時も対処し易いか」
「うん」
「よし。それでいこう」
こうして方針を決めた2人は、後日いつものホテルで発表する事にしたのだった。
◇
数日後、いつものホテル。
これだけ頻繁に使われていると従業員も近隣に会社のあるビジネスマンも慣れたもので、何ら混乱なく会見が行われるようになっていた。
「―――というのが今後のカラードの活動方針となります」
大会場で多数の記者を前に、晶が説明を終えた。隣には着物姿の束が座っている。
そうして恒例の質問タイムになると記者が一斉に挙手をして、当てられた1人目が話し始めた。
「今の説明ですと、統一政府とは言っても税金を取る訳でもない。介入というよりも支援がメインで、国は国としてこれまで通りに存続するという風に聞こえましたが、そのような認識で構わないでしょうか?」
「構いません」
「宜しければ、何故そのような方針になったのかを教えて貰えないでしょうか」
面倒臭いが根底にあるなど言える訳もないので、晶は表向きのお行儀の良い返答をした。
「人類の歴史において、他人に何かを強要しようとして平和的にいった事例など殆ど無いでしょう。分かり易いところで言えば強制的な改宗とか、少数民族の文化や歴史を無かった事にしてしまうような動きとか、やられる側にしてみれば反発して当然でしょう。今回の事も同じです。カラードが他の文明から統一政府と同等の存在と認められているからといって、カラード側で全てを行おうとすれば、そこに住んでいる人達は当然反発するでしょう。今までの生活があり、その地域に根ざした社会体形がある。余所者にアレコレ言われて、喜んで従う者は極少数でしょう。だからこちらが行うのは、その地域に住んでいる人達が過ごしやすくなる為の支援です。無論、これはこれで問題がある方法というのは認識しています。元の仕組みをそのまま使うこの方針は、現状問題とされている事柄もそのまま残るという事ですから。しかしそれは、支援はしますが本質的にはその地域に住む人達が解決しなければいけない問題です。なので、余り手出ししない方針です」
「分かりました。ありがとうございます」
次いで、2人目が話し始める。
「先程話された幾つかの有料サービスは多くの小国にとって有用だと思うのですが、気になるものが1つありました。政策提案というのは何処までの内容を想定しているのでしょうか?」
「そうですね。これは実際に見せた方が早いでしょう」
晶が手元にあったタブレットを操作すると、背後にあった大型ディスプレイにとある国名が表示された。その後画面が切り替わり、現状、問題点、解決或いは軽減方法、その場合に予測される反動などが分かり易く表示されていく。しかしこの程度であれば、ある程度情報を知っている者なら作れるだろう。違うのは、ここからだ。
問題点に関係する利権、関わっている企業、どれだけの金が動いているのかの予測値、もたらされている功罪が羅列されていく。無論、これを只の予測と言って切り捨てる事は可能だ。しかし人と金の動きに興味のある者なら、表示されているデータが事実に近いと分かるだろう。
そして画面には表示されていないが、カラードが収集しているデータは多くの者が考えているより遥かに広く深かった。何故なら地球の静止衛星軌道に浮かぶ3機のアンサラーと、アンサラーから出力されるスーパーマイクロウェーブを中継する72機の中継衛星群は、そのまま地上を監視する天空の眼となっているからだ。これに加え中継衛星群とスーパーマイクロウェーブを地上で受信するレクテナ施設は、大容量通信ネットワークとしての機能も併せ持っている。既存の光海底ケーブルを遥かに凌ぐ大容量・超光速通信・安定性・対ハッキング性能で、
会場がザワつき、やがて静まる。
晶が続く言葉を口にした。
「これらは只の予測値で、外部からはこういう現状で、こういう問題があるように見える。だからこういう点を改善すると良いんじゃないでしょうか、という提案です。そして先程の話と少し繋がるのですが、外部からいきなり指摘されても受け入れ難いでしょう。ですからカラードとしては、提案するその国の人間を雇って、その国の人間に検証して貰おうと考えています。そして解説と検証過程はメディアを通じて一般公開していこうかな、と。因みに政府関係者が検証するのは当然の事なので、そちらにはタッチしません」
「な、なるほど。凄いものに見えますが、示されたデータがどれほど正しいのかは検証が必要でしょう」
「確かにそうですね。でしたら、1時間ほど休憩を挟みますか? 会社のホームページにはたった今掲載しましたので、マンパワーをつぎ込めば1時間でも触り程度は分かるでしょう」
「いえ、それは社にいる人間にやらせますので――――――」
質問していた者が周囲を見渡せば、殆どの者がスマホのアプリで社に連絡。ほぼ同時にカラードホームページへのアクセス数が跳ね上がっていた。
「このまま続けた方が良いかと思います」
「では皆さんも、それで構いませんか?」
晶が会場の皆に問い掛ければ、多くの者が肯いていた。
「それでは続けようと思います。今の方、質問はもう良いですか?」
「はい。ありがとうございます」
すぐに3人目が質問を始めた。
「先程、解説と検証過程はメディアを通じて一般公開と言っていましたが、何処のメディアを使う気でしょうか? 或いはカラード自身が何らかのメディア系の会社を設立して行うという事でしょうか」
晶はクスリと笑った。答えたら皆どういう反応するかなぁ~という楽しみな感情が出た笑みだ。
「取り扱い自体は真っ当なメディア系の会社なら何処でも良いのですが、一番始めに行わせるところは決まっていて、“アースレポート・コーポレーション”です。そして知っている人は知っているので先に言ってしまいますが、この会社、私の義妹達が設立した会社です。で、皆さん当然何故、と思いますよね。身内の会社にこういう情報を扱わせるっていうのは、皆さん大好きな怪しい匂いがプンプンしますから。なので先に理由を言っておきます。解説と検証なんて言葉に纏めましたが、内容的に確実に怪しい利権に切り込む事になります。別に利権の全てが悪いと言っている訳ではありません。利益が無ければ人も企業も動きませんから。ただ世の中にはあるでしょう。その稼ぎ方はおかしくないか、というものが。そういう内容も出てくると思うので、ハッキリ言ってしまえば社員の安全が脅かされる可能性を捨てきれません。ある程度はどうにかしようと思いますが、1人の例外もなく社員全員を完璧に守れる訳もありません。なので大株主の義妹達には、こう言ってあります。2週間以内に早期退職者を募り、命が惜しい人間には早期退職を勧めておきなさい。退職金は現在の年収の5倍。残った人間は危険を織り込み済みと認識しているものと見なしますって。――――――こういう理由からです。提案する政策自体は会社のホームページに全て出しますので、検証番組を作りたいところはどうぞ。ただし、作るならちゃんと作って下さいね。全ての政策には良い面と悪い面があり全体のバランスをどう取るのかなので、一部だけを切り抜いて特定の面だけを強調するとか、そういうのは無しでお願いします。こういうのは歪めようと思えば幾らでも歪められますから」
「なるほど。質問を終わります」
4人目だ。
「宇宙文明研究科は宇宙コロニーで準備中だったと思いますが、先に始める理由はなんでしょうか?」
「現在の地球には、
「それは?」
「地球文明は独立してやっていくという強い独立心を持っていることです。何故なら、これから言う事はかなり衝撃的ですが言っておきます。地球と他の文明との圧倒的な国力差にあります。ランクA文明なら複数の有人惑星を持っていて当たり前、人が一生涯を暮らせる程に安定稼働するコロニー群を持っているのも当たり前、文明間を股にかける多星間企業もある。技術格差もあるので単純な比較が出来るものではありませんが、相当に楽観的かつ希望的な見積もりですら、地球全体の総生産力の1000倍とか文字通り桁が違います。ランクBにしたって数百倍というレベルでしょう。そういう相手と外交交渉をする時、多少の不利益を覚悟で何処かの庇護下に入った方が良い、なんて思いで臨まれては困るんですよ」
「あえて否定的な質問をさせてもらいます。実力的な裏付けの無い主張は踏み潰されるのが常と歴史が証明しています。何をもって独立を維持すると主張していくのですか?」
「その為の我々であり、潜行戦隊です。第3回外宇宙ミッションにおいて、我々は宇宙の先進文明ですら最高難易度という惑星表面への直接強襲、スターゲートを用いたホットドロップ戦術を使用可能なレベルにあると証明しています。無論、直接強襲が出来る事と攻め落とせる事は別問題ですが、少なくとも牙が無い訳ではないという証明にはなったでしょう。また第2回外宇宙ミッションにおいては、気象コントロールを用いた救助活動も行えていますので、平和的な協力という意味でも全く手札が無い訳ではありません。しかしながら外交的な意味で対等になっていく為には、どうしたって地球文明全体としての力が問われます。宇宙文明研究科の予定を前倒ししたのは、その下地を作る第一歩と思って貰えればと思います」
「そういう事でしたか。ありがとうございます」
5人目だ。
「今の回答内容について質問です。そういう相手と外交交渉をする時、という部分ですが、これはいずれ外交を他の者に任せる気でいる、と捉えて問題ありませんか?」
「時期の明言は出来ませんが、いずれはと思っています」
「ふむ。可能だと思いますか? いえ、一個人としての思いですが、何処が担当する事になっても色々問題が出そうなので、このまま御二人にやってもらった方が上手く回るのではないかな、と」
「暫くはやるつもりですが、ずっとはやりません。何処かで交代するでしょう」
「そうですか。残念です。御二人の外交は、いえ外交に限らずですが、非常に分かり易くて透明性があるので、安心して見ていられたのですが。将来交代する人達も、今みたいに透明性のある形でやってくれるのでしょうか?」
「それは現時点ではなんとも」
「でしょうね。御二人だからこそ出来ているのでしょうし。なので一個人の思いとして、将来的にも今のように透明性の高い形が続く事を願っています、とだけ伝えさせてもらいます」
「将来後に続く人達には、今の言葉を覚えておいて欲しいと私も思いますね」
「伝えていく、とは言ってくれないのですか?」
「それは将来その仕事を担う人達が、自身の責任として行っていくものです。言ってくれるから安心なんて思われては困ります。やらない者はどれだけ言われたところで絶対やらないので」
「確かにそうですね。質問を終わります」
この後も質問が続き、そろそろ終わりかと思われた頃に面白い質問が飛び出した。
「すいません。この会見が開かれた主旨とは少し違う質問ですが良いでしょうか?」
「内容によりますが、何でしょうか?」
「“獣の眷族”についてです。大使として地球に赴任してきたスノー氏の服装は、日本の着物に近いような印象を受けました。何か文化的な接点があったりしたのでしょうか?」
「ああ、なるほど。一応向こうが公式としている歴史については軽く目を通しましたが、地球人と“獣の眷族”が関わったのは第2回外宇宙ミッションが初めてのようです。なので似ているのは偶然でしょう。恐らく身体的な構造が近いので服装も地球人と似たような構造になり、永い歴史の中で取捨選択され、“獣の眷族”の歴史では和装のような服装が残っていった、というところではないかと思います。ただこれはもう文化学とかそういう分野の話になるので、私としては想像を膨らませるだけですね」
「なるほど。回答ありがとうございます。将来、文化的な交流があったら良いですね」
ここで晶は、少しだけ文化的な話をする事にした。宇宙文明と言えば最先端テクノロジーという印象が強いかもしれないが、永い歴史を持つだけに文化的な側面もあるのだ。
「そういえばこの前カラードの面々と“
「え?」
質問していた記者の言葉が、会場内に妙に響いた。
そんな中で晶は続ける。
「音楽を聞かせるだけなら人力である必要はありませんが、敢えて人力でやっているのは、それが歓迎しようという文化なんでしょうね。地球と似たような文化があって、1つ安心したところです」
「ど、どのような音楽だったのですか!?」
妙に喰い付くような感じで質問がとんできた。
「生憎と音楽には詳しくないので上手い説明は出来ませんが、“
“
その風景に良く合う、静かで綺麗な音楽だった。一言断りを入れて録音しておけば良かったと思ったが、まぁ今更の話だ。
「ちなみに、ちなみに誰が弾いていたのですか?」
なんか記者さんの質問に妙な熱量を感じるが、気のせいだろうか?
「スノー大使本人です」
ザワッ、ザワザワ。
会場が妙にざわついている。
「大使本人が、自ら音楽を奏でてもてなしてくれたと?」
「まぁ、そういう事になるんでしょうか」
それ、メチャメチャ歓迎されてるんじゃね?
記者達は皆一様に思った。
「あの、その時はどのようなやり取りをしたのでしょうか?」
「異文明の音楽で上手いとも下手とも分からなかったので、感じたままに綺麗な音楽ですね、と。で、相手からはありがとうございます、と。そして本当なら自分も一曲披露するのが正しかったのかもしれませんが、人前で披露出来るような腕はもってないので、仲間に頼みました。セシリアと四十院がそれぞれヴァイオリンと琴を使えたので、2人に一曲ずつお願いしたんです」
「あの、もしかして呼ばれた時に初めから異文化交流をするつもりだったのですか?」
「場所が大使館だったので、もしかしたら有り得るかも? という程度の準備でした。まさか本当に役立つとは思っていませんでしたが」
「それでは、御二人の演奏を聞いたスノー大使の反応はどのようなものだったのでしょうか?」
「同じような文化があるという事は、共通点を見いだせるということ。今日は嬉しい発見があった日ですね、と」
こうしたやり取りをしていると、隣に座る束が手元にあったタブレットを見て、何やら操作を始めた。
昔は一般常識が無いと言われていたが、分厚い猫被りを覚えた彼女が今やっているという事は、何かあったのだろうか?
しかし、深刻そうな表情には見えない。晶は会見中だが声をかけた。
「どうしたんだ?」
「なんかスノーさん、この会見見ているみたい」
「え?」
「こっちに気を使ったのか、わざわざチャットでメッセージ送ってきたの。後は映像ファイル。こんなの」
束が差し出したタブレットを受け取り、映像ファイルを再生させる。
すると表示されたのは、“
そして大使館の正面には広大な湖。幾つかの小島があり、アンティークな作りの橋で繋がっている。大使館の背後にある森も、鬱蒼と生い茂っているのではなく、適度に手入れされ中にまでしっかりと光が入る明るい雰囲気となっていた。
あと映像には、スノーさんが披露してくれた音楽がBGMとして付いていた。なるほど。どうやら色々気を使ってくれたらしい。そしてせっかくの好意なので、有り難く使わせてもらうとしよう。タブレットと背後にある大型ディスプレイとの通信回線を繋いで映像を出す。すると皆が注目したので、解説を始める。
「スノー大使が気を利かせてくれたみたいです。今映し出されているのは“
会場内に再びざわめきが広がる。
先日カラードが訪れた際に同行していたマスコミから部分的な映像は出ていたが、こうして全体の雰囲気が分かる映像ではなかったからだ。そして多くの一般人にとって“
また想像力豊かな者はスノーを、かつて日本の貴族が住んでいたようなつくりの大使館に住んでいる、白と青を基調とした綺麗な着物を着て洗練された所作をしている、という事から貴族のような存在と思い始めていた。完全にイメージからの妄想である。だが、実はそう的外れな妄想でもなかった。束と晶も知らない事だが、彼女は王制を敷く“獣の眷族”の現王の血族に連なる者だからだ。尤も傍系であり直系からはかなり遠い*5。それ故の苦労も多々あるのだが、まぁ地球人には全く関係無い事である。
更に付け加えるなら、彼女の容姿もイメージの補強要因となっていた。優し気な目元。頬から顎先にかけての整った鼻梁。長くクセの無い白髪。すらりと伸びた四肢。“獣の眷族”における美醜の基準はまだハッキリしていないが、人類の美的感覚で言えば十分過ぎる程に美しいと言える部類だ。頭部にある白い狐のような耳と背後の尻尾が無ければ、異文明の者とは分からないだろう。
―――閑話休題。
因みに先日カラードが訪れた際に同行していたマスコミは、文化的な交流が行われていたのを知らされていなかった。スノーの一存で部分的にエアシールドが展開されて、交流時の音が遮蔽されていたのだ。つまり邪魔者として弾かれていたのである。理由? 地球の内情をモニターして、民度が余り高くないと分かっていたからだ。全員がそうだと言うつもりは無かったが、あの時は事実を伝える以上の事をさせる気は無かったのである。
映像が一通り流れたタイミングで、晶が続く言葉を口にした。
「これは後ほど会社のホームページに載せておきますので、興味のある方はどうぞ。――――――あと、何か質問のある方はいますか?」
見渡せば、また多くの記者が挙手していた。みんな眼がギラギラしている。まぁ、随分なネタを提供してしまったので無理も無いだろう。
そんな事を思いながら、晶は再び質問に答え始めたのだった。
―――カラードホームページにあるスノー大使の演奏映像―――
XINN様より頂きました。感謝です!!
―――カラードホームページにあるスノー大使の演奏映像―――
◇
会見から1週間。
大国も小国も早速と動き始めていた。
小国は有料サービスの検討だ。用意されていたサービスは色々あるが、人気が集中したのは気象予報サービスであった。契約後すぐに提供可能というのもあったが、気象予測というのは膨大な情報収集が必要な上に観測衛星の打ち上げやスーパーコンピューターの準備が必要であったりと、小国には非常に負担が大きいのだ。加えて他国に依頼した場合、肝心な時に情報を伝えてくれなくなる可能性がどうしても残ってしまう。しかし統一政府として動こうとしているカラードなら、その可能性は非常に低い。少なくとも宇宙進出の邪魔をしない限り、契約は遵守されるだろう。次点で政策提案であったが、こちらは「どんなものか見てみよう」という試験的な思惑が強かった。ダメなら契約を打ち切れば良いだけという気軽さもあった。が、提示された内容は予想を遥かに超えるものだった。何故なら国の全体像を普通の人間が把握するのは非常に難しい上に、過去の経緯などが絡み「どうしてこうなっているのか分からない」という場合も多々あるからだ。しかしカラードによって提示された内容はその辺りまで踏み込み、整理され、その上で案が提示されているのだ。受け取る方は非常に楽である。
多くの事を自前で行える大国も、政策提案のサービスを試験的に申し込んでいた。尤もこちらは試験的という名目でダメ出しするため、ハッキリ言ってしまえば「こんなんじゃ使えねぇよ」と文句を付けるためだ。小国という規模の小さいところならいざ知らず、大国という膨大な数の人と利権と資金が動く国の内容を整理して、問題点を抽出して、バランスの取れた改善点を提案していくなど、無理に決まっているだろう。――――――と多くの者が思っていたが、これにカラードは即日提出という早さで答えた上で、“アースレポート・コーポレーション”に懇切丁寧に隅々に至るまで解説と検証を行わせた。現状の良いところ悪いところ全部だ。程度の低い議員が非生産的な文句の言い合いに終始している議会より、余程生産的な内容と評価されていたので、上々な滑り出しと言えるだろう。
そしてこれを見た国民が何を考えどう動いて行くのかはまた別の話であるが、現在何処の国も議員と呼ばれる人間への信用度は非常に低い。全てが低い訳ではないが、利権塗れ責任のたらいまわし等々で全体的に非常に低いのは間違いなかった。
こうしてカラードはまた一歩、世界を変える為に動き出したのである。
第204話に続く
作者的に色々先延ばしにしてきた統治方法についてのお話でした。
無理に色々変えようとすると反動が大変な上にカラードの処理能力を遥かに超える仕事量になってしまうので、可能な限り自分達の事は自分達で行ってもらう。カラードはその手伝いといった方向で進めていく事にしました。無論裏側では色々やりますが。
そして宇宙文明への対応は、幾人かの読者様が「現状では色々足りないですね~」と教えてくれて、まさしくその通りなので下地作りを前倒ししてスタートです。人材が育つまで主人公勢には頑張って貰いましょう。
あと、スノーさんに琴を弾かせたのは完全に趣味です。和服+琴って良いなぁと思う作者でした。