インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
そしてコロニー改装事業への視察中に驚きの提案が!?(タイトルネタバレ)
先日カラードが始めた政策提案サービスは、各国の政治経済を劇的に変える劇薬に他ならなかった。
何故なら一個人が国家という巨大な存在の全体像を把握して、効率的に動かしていくのは大変難しい。そして個人で出来ないから多くの意見を出し合い議論してより良いものを作り上げる議会政治というシステムがあるのだが、議会を利権の場としか思っていない輩の台頭により、議論は進まず動きは遅くなり現実に追いついていないという現状があった。
しかし、カラードから政策提案サービスを受けた場合は違う。現状の良い点と悪い点が速やかに抽出され、良い点を伸ばす為にはどうしたら良いのか、或いは悪い点を縮小していく為にはどうしたら良いのか、というのが提示されるのだ。しかも政策提案サービスに使われているシステムは、
このため提示される内容は1ヵ国につき概ね3パターンあった。高い改善効率だが反動の大きいAパターン。改善はするが多少の反動が予測されるBパターン。大きく変わらないが改善効率も少しだけのCパターン。またいずれのパターンにおいても、人が検討して改善出来そうな項目が幾つか残されていた。人が自ら考え選んだと誤認させるためだ。
こうして作られた政策がカラードのホームページに掲載されると、多くのメディア系企業がこぞってダウンロードして、自社で企画した解説と討論番組を放送し始めた。無論、先日の会見で晶が言った“アースレポート・コーポレーション”もだ。
そして世間の反響は、利権を貪りたい議員や文句の言い合いに終始していた議員にとっては悪夢とも言えるものだった。これまでであれば「他との関係を入念に調査してから返答します」や「十分に検討してからお答えしたいと思います」と言って時間を稼げたが、影響する範囲や検討項目は、提案内容に含まれているのだ。つまり他の者からしてみれば検討するという返答は、提案に含まれている影響範囲や検討項目について考えると言っているに等しい。無論、違うならそれでも構わない。カバーされていない範囲も意図的にだがあるため、そういう事柄を見つけるのに注力するのもアリだろう。しかし確実に言える事は、政策提案サービスの出現は無能な議員の排除という流れを生み出し始めた、ということだった。
―――カラード社長室。
社長の椅子に座る晶は、空間ウインドウを展開してTVを見ていた。
義妹達が大株主をしている“アースレポート・コーポレーション”が企画した、政策提案サービスの解説と討論の番組だ。国別に作られているので日本版やアメリカ版といった複数のバージョンがあり、各国に配信されている。今見ている日本版では半円形のテーブルの中央付近に司会者と政策解説者が座り、その左右に招待された議員が座っていた。
『このような理由から、この問題に対してはこのようなアプローチが行われ――――――』
『その場合は――――――のような問題も有り得ると思いますが?』
『これによって発生する問題に対しては、このような形でフォローが――――――』
『それについては――――――』
要所要所で挟まれる質問や回答は、これまで真面目に政策の勉強をしてきた者と、そうでない者の差を際立たせるものだった。
無論、真面目にやっていても答えられないものはある。人間はコンピューターではないのだ。隅から隅まで全てを完璧に網羅して完璧に答えるなどできる筈も無い。大事なのは全体がどういう風に動いているのかを理解して、どういう方向性で動いていくのか明確なビジョンを持っていて示せること。そして非難の応酬ではなく建設的な議論である。
このため番組の司会者は冒頭で、「本番組の主旨は討論なので、建設的な意見のやり取りを臨みます」という言葉から始めていた。まだ始まって日の浅い番組だが、世間の反応を見る限り概ね好評と言えるだろう。尤も好評だから大丈夫と安心するのは危険で、質の低い議員が余りにも多いから相対的に良く見えているだけ、というのもある。
だから今後の動向に注意は必要だが、カラードから日本に対して何かを言ったりはしない。色々やるのは日本政府中枢に食い込んでいる更識家であり、
そして海外でも大なり小なり動きが見られているのだが、予想を遥かに超えた動きを見せているのが無数の小国だった。政策提案サービスはあくまで提案であって押し付けではないのだが、これをそのまま受け入れたところが予想よりも多いのだ。一定数はそういうところもあるだろうと思っていたが、それよりもずっと多い。何故だろうかと考えて動向をみてみれば、なるほど。納得だった。
支配者にとって議会というのは、“民主的な政治を行ってますよ”とアピールするための道具だが、同時に足元を揺るがせる有象無象が活動する場でもある。従って運営には一定の注意を払わなければならない上に、政治問題というのは真面目にやろうとすると検討内容が多くて面倒臭い。そこに100点満点ではないが、70~80点くらいの政策がポンッと提示されたらどうなるか? 使うだろう。市民が概ね不満を抱かない程度の統治を行えるなら、クーデターを心配する必要もない。政策にアレコレ難癖をつけてくる先進国にだって、提示された内容を使っている限り「私は真っ当な統治をしていますよ」と言い返せる。俗物的に更なる利益を求めて提示内容を歪めて政策を実行しようとする輩はいるだろうが、それはその国の問題であって、カラードが関わるべき問題じゃない。余りに酷ければ相手にとって不幸な事故が起きるかもしれないが、まぁケースバイケースだ。
ここで晶は思った。
(あー、なるほど。つまりアレだな。地方領主とか代官とか、そんな感じだな)
古き良きファンタジー風に考えると分かり易い。中央がカラード、地球の各国が地方。中央から政策が提示され、地方がそれを実行する。当然悪徳領主も出てくるだろう。で、余りに酷ければ必殺仕事人の出番だぞ、と。
(………水戸黄門プレイとかしたら面白いかなぁ)
ちょっと心動かされたが、現代社会でそんな事をしたら後始末がひっっっっじょうに面倒な事になる。よって却下。
横道に逸れた思考を戻して今後の動向について考え始めたところで、コアネットワークが繋がれた。相手は宇宙開発部門で部門長代理をしてくれているシャルロットだ。
(晶。そろそろ時間だよ)
(分かった。今行く)
今日は“首座の眷族”から貰った円筒形型コロニーの改装状況を視察しに行く日なのだ。遠心力で重力を発生させ、3枚の巨大ミラーで内部に太陽光を取り込む構造は、古き良きSFを思い出させる。向こうにしてみれば少々年代物という事だが、さて、どれくらい少々なのだろうか? 外宇宙ミッションや束との宇宙散歩で見かけた今現在使われているコロニーから考えれば、まぁ控え目に言ってローテクの極みだろう。だが今の地球文明にとっては、その方が都合が良い。高性能な物を貰っても、一般人が安全に運用出来なければ意味が無いからだ。
そして貰ったコロニーは全部で9基。内1つは構造とソフトウェア情報を把握する為に
さて、報告は受けているが、実物はどうだろうか?
晶は社長の椅子から立ち上がり、心情が滲み出ている軽い足取りで地下ドックへ向かったのだった。因みに
◇
レビヤタン級駆逐艦は全長180.0m、全高32.0m、全幅90.0m。アメリカ軍の空母の全長が約330メートルくらいなので、地球人の感覚で言えば相応に大きいと言えるだろう。しかし
そんな艦のブリッジに、晶とシャルロットはいた。他の乗員はいない。一般人の感覚から言えば信じられないだろうが、この艦は使用者を専用機持ちに限定する事で、ワンマンオペレーションによるフルコントロールが可能なのだ*3。このためブリッジの作りも旧来のスペースシャトルのような宇宙船とは大きく異なっていた。球形の壁面は全天周モニターとなっていて外部状況の視認性が高められている他、中央に並んでいるシートのアームレスト部分には、手動操作用に幾つかの操作用コンソールとサブモニターが取り付けられている。
手元のコンソールを操作していたシャルロットが言った。
「じゃあ晶。出発するね」
「ああ、頼む」
地下ドックへの注水が始まり、満水になったところで隔壁オープン。ゆっくりとレビヤタン級駆逐艦が前進を始め、海中をある程度進み陸地が見えなくなったあたりで浮上。
なおこの時シャルロットは仕事中という事で真面目な顔をしていたが、裏ではセシリアとコアネットワークでこんな会話をしていた。
(良いですわねぇ。2人っきりの視察だなんて。羨ましいですわ。ちょっと代わりなさいな)
(だーめ。セシリアには大事な大事なお仕事があるでしょ)
(ええ。沢山ありますわ。だから効率的にお仕事をする為に、晶さん成分を補給しようと思いまして)
(そういう意味でなら、僕も補給が必要だからやっぱり駄目かな)
(ケチですわ)
(逆なら代わる?)
(絶対代わりませんわ)
(でしょ)
ここでセシリアはふと思った事を口にした。
(ラウラなら何と答えるかしら?)
(あ、確かに興味あるかも。ちょっと聞いてみようか)
シャルロットはラウラをコアネットワークの会話に招待した。
(ラウラ。今、少しいい)
(なんだ?)
(いや、例え話なんだけどね。もし晶と2人っきりで何処かに視察に行くのを、誰かに代わって欲しいって言われたら代わる?)
招待されたラウラは、シャルロットとセシリアの間であっただろう会話を概ね察した。
そして内心で溜め息を1つ。こいつら、仕事中に何を話しているのやら。ここは自分が一言ピシャリと言ってやらねばなるまい。が、付き合いの長いこいつらに正攻法で言っても余り通じないだろう。なので数瞬考え、良い事を思いついた。同じネタでマウントを取って黙らせてやろう。
(そうだな。まぁ相手にもよるが、私は別に構わないだろうな)
(え?)
(え?)
シャルロットとセシリアの予想外という声が重なり、そこに一発放り込んでやる。
(あいつは私に、身一つで来ても良いと言ってくれた。実質身受けされたようなものだし、少々過保護なくらい大事にされているという自覚もある。だからな、顔も知らんような奴が同行するならまだしも、クラスメイトの誰が同行したところで今更アレコレは言わんさ。お前達は違うのか?)
非常に冷静な声だが、2人はドヤ顔のラウラを幻視した。
そしてシャルロットはすぐに乗った。
(まさか。大事にしてくれているのは良く分かってるよ。でもセシリアが、もっとって駄々こねるから)
(ちょっとシャルロットさん。さっきと言ってる事が違いませんか?)
(え~。なんの事かなぁ)
(全くお前達ときたら。一応、今は仕事時間中だぞ。私は仕事があるので失礼する。交信終了)
(分かってますわ。気分転換も出来たので、私も交信終了しますわ)
(うん。僕も交信終了)
程なくして艦は
シャルロットは空間ウインドウを8枚展開して、それぞれに作業の進捗状況を表示させてから尋ねた。
「何処から見ていこうか?」
「そうだな」
晶は呟きながら考えた。全部見に行くので何処からでも良いのだが、敢えて一番を選ぶとするなら食料生産を担う畜産用コロニーだろう。人間何をするにも腹が減ってはどうしようもない。あと、畜産用コロニーにはあの人が赴任していたはずだ。
「畜産用コロニーから行こうか」
「分かった。じゃあ、連絡するね」
「頼む」
シャルロットは通信回線を繋いで話し始めた。
『こちらカラード宇宙開発部門長代理のシャルロット・デュノアです。畜産用コロニー、応答願います。繰り返します。こちら宇宙開発部門長代理の――――――』
『畜産用コロニー改装作業責任者の竹下健次郎です。お待ちしていました』
応答したのは初老の老人で、スーツよりも白衣が似合う、如何にも技術畑一本道という感じの人だった。
晶は画面に映った相手を見て口を開いた。
『竹下さん。お久しぶりです。
『最高ですね。まさか生きている間にコロニーなんて場所に来れるとは思っていませんでした。しかも内部環境の調整を手掛けられるなんて。各国から来ている学者、技術者と意見を戦わせてより良いものを考える日々。いやはや毎日が刺激的で楽しい楽しい。お陰で色々なアイデアが次から次へと湧き出てたまりません』
この初老の老人の名は竹下健次郎。キサラギの第一技術開発部主任であり、更識楯無の部下でもある。必然的に当主である晶の部下でもあったが、2人の関係はヲタク友達に近かった。切っ掛けはとある展示会で発見した試作品、型式番号MBR-5RA2C、後の正式名称“ガンヘッド”の説明で意気投合したことだ*4。専門は機械工学らしいが、良く言えば多芸、悪く言えば悪食で、興味を持ったら片っ端から喰い付くHENTAI技術者だ。
『その様子だと順調そうですね』
『ええ。ですが此処で行われている事を一から十まで全部説明したいと思いますので、ちゃんと寄って行って下さい』
『勿論です。視察ですから、顔だけ見て帰るような真似はしません。変な事を言ったら突っ込みますからね』
『はっはっはっ。貴方の突っ込みなら大歓迎です。技術の事を良く分からない無能とは違いますからな』
実を言うと、晶は科学者や技術者といった人種から非常に受けが良かった。パートナーが束という事もあって最新技術に明るい上に、すぐに結果の出ない基礎研究の重要性も理解しているので、話が通じ易いからだ。また本人の気質的にピッカピカの最新鋭機も好きだが、泥臭い量産機も好き、更に現地改修機にロマンを感じちゃうメカオタ。
ストッパーがいなければ幾らでも話せちゃう。実際カラード本社にいる時は格納庫でメカニックと話し過ぎて、秘書さんに連れ戻される姿が月に何度かは見られていた。
―――閑話休題。
『じゃあこれから港に入ります。あ、そうだ。現場で働いている人達に差し入れもってきたので、後でみんなにあげて下さい。定番の酒にツマミ、あとアンケートです』
『アンケート?』
『働いている人によって欲しがる物は違うじゃないですか。だからアンケートをとって、可能なら次来る時に持ってきますってことですよ』
『なるほど。作業員も喜ぶでしょう』
『現場で働いてくれる人達がいてこそですから』
こうして話している間にも艦はコロニーに近づき、港に入っていったのだった。
◇
畜産用コロニーに入った晶とシャルロットは、早速と竹下から説明を受けていた。
「大きな建物を建てる訳ではなかったので建築という意味ではそれほど苦労しませんでしたが、地球から運んできた土を敷き詰め草原にするのは中々骨が折れましたね」
円筒形型コロニーの内部は、
「凄い。よく短期間で、ここまで」
晶は素直に賞賛の言葉を述べた。
「ありがとうございます。ただ、幾つか尋ねてもいいでしょうか」
「なんでしょう」
「恐らく検討したとは思うのですが、食料供給の効率性という点で考えれば、畜産ではなく肉を科学的に合成、或いはバイオテクノロジーを駆使して成長速度の早い肉の塊を作った方が、時間当たりの効率性は段違いです。何故そうしなかったのですか?」
「恐らく将来的に、畜産で育てたものが高級品、合成品やバイオテクノロジーを使ったものが一般的という風にはなっていくでしょう。ただ今の段階で積極的にそれを出せば、大量生産できるだけに食料関係で働く人達を困らせかねないからです。それは結果として大量の失業者を出して、こちらの足元を揺るがしかねないからですよ」
「なるほど。一ヶ所の効率性のみを追求すると、全体のバランスを損ねて結果としてマイナスだと。メカと同じですね」
「そういう事です。あともう1つあって、合成食品やバイオ製品を主食として受け入れる………なんて言えばいいか、心情的土台と言えばいいのか。そういうものがまだ無いと思うんですよ」
「確かに一般的な食品があるのに、合成食品とかバイオテクノロジーを駆使した食品を選ぶ者は少数派でしょうね。価格攻勢をかければやれるかもしれませんが、先程の答えを聞くにその気は無いのでしょう?」
「はい」
返答を聞いた竹下はニッコリと笑った。
「安心しました。先端技術を駆使した食べ物に興味はありますが、私もやはり食べ慣れた物が良いので」
「選ぶ選ばないで迷った時、最後の判断はやっぱりソレなんだと思います」
2人の会話が一段落したところで、シャルロットが尋ねた。
「ところで竹下さん。食べ慣れたものを地球に供給する為の農業プラントは、どうなっていますか?」
“首座の眷族”から貰った円筒形型コロニーには、居住している生命体が飢えないように、オプションとして農業プラントが付属していた。とは言っても本体と同じく、大気組成、気温、湿度、風などといった環境調整機能しかないので、どんな内部環境にするのかは扱う者が決めていかなければならない。勿論、設定を誤れば内部環境は生命体にとって致命的なものになる。
なお農業プラントは太陽光を取り入れるミラーの付け根側にあり、ミラーの影に隠れない半径14.35kmの円周上にドーム型の物が30個配置されていた。その生産能力はコロニー居住上限である1000万人の年間消費量を賄える程だが*5、栄養的に賄えるというだけで、食の多様性を求めるなら輸入が必要になる。
「現在稼働している農業プラントは1つですが、これは束博士が提供してくれた
晶が口を開いた。
「急ごうと思ってくれるのは嬉しいですが、より嬉しいのは確実な安定供給です。人の胃袋を直撃する問題は、色々騒ぐ奴が必ず出てきますから」
「そうですね。来るはずのものが来ないとなると、アレコレ難癖を付けてくる奴というのは湧いて出てきます。技術の「ぎ」の字も理解しないような奴らに、難癖を付けられるのは面白くありません」
「なので、頼みますね」
「任されました。ところで話は変わるのですが、良いでしょうか」
「どんな話ですか?」
「いえ、このコロニー環境を作っている時に思ったのですが、未知の病原体や害虫への対応も考えておく必要があるな、と思いまして。だってそうでしょう。菌類に限らず、生命体というのは環境によって劇的に振る舞いを変えます。地球上では問題無いものも、
「なるほど。確かに一理ありますね。もう何か原案のようなものは考えているのですか?」
「はい。目標は未知の毒物に対する解毒薬の研究期間の短縮、及び未知の害虫に対する対抗手段の確保なので、益虫のようなものを作ろうかと」
「と言いますと?」
「ざっくりとしたイメージとしては、虫に人類にとっての毒を与える。生体反応の結果として抗体が作られるので、人類はそれを研究して研究期間の短縮を図る、というものです。また害虫の捕食機能もつけておけば、未知の害虫が持っているかもしれない毒素に対して、対抗手段を持てるようになるでしょう」
将来を見据えた有効な研究である事は間違いないだろう。だが晶は若干の不安を覚えていた。本人には全く関係の無いのだが、キサラギの人間がバイオテクノロジーに興味を持っていると聞いて、アレを連想しない人間はいないだろう。
念の為、確認してみる。
「なるほど。もうプロジェクト名とかは決めているんですか?」
返答は予想通りだった。
「名前だけ。
晶は内心で天を仰いだ。やっべぇ。これどうしよう。いや、名前が同じだけで出来上がるのは完全な別物って可能性もある。しかし今の話だと虫がベースとなる事が決まっているようだった。……………………………………………………………考えれば考えるほど、脳内にアレの姿がクッキリハッキリバッチリと鮮明に浮かび上がる。
相当に悩んだ末、束に相談してみた。思考加速状態に入り、コアネットワークを繋ぐ。
(――――――という提案があってさ、内容的には確実にP4レベル*7の研究施設が必要だと思うんだけど、どうする? 支援するか?)
(うん。今後を見据えた研究だと思うから支援しようかな。あ、でもカラードが直接キサラギを支援しちゃうと、「不公平だ!!」とか言って色々騒ぐ奴がいて面倒だね。う~ん。よし。日本政府にやらせようか。
(それが良いか。だけど研究内容的に、地球内ではやらせたくないな)
(当然のリスク管理だね。だからさ、クレイドルを使おうよ。1号機じゃなくて、新しいやつ)
(日本政府が量産化計画で造ってるやつか?)
(うん。あっちなら準備も移動も拡張もし易いでしょ)
クレイドル量産化計画*8。
将来の移民時代を見据えて日本政府が推進している巨大プロジェクトで、機能中枢となる中央パーツを先に幾つか建造しておき、用途に応じて全翼部のパーツを追加建造する事で、速やかに提供できるようにしていく計画だ。そしてクレイドル型宇宙船の利点は、全幅4000メートルという最大サイズにしなくても運用可能な点にある。極端な話、宇宙船としてだけなら中央パーツだけでも運用可能であり、何らかの機能を持たせたいなら左右に全翼部用ユニットが1つでもあれば良いのだ*9。もし足りなくても、クレイドル型宇宙船なら拡張も容易い。
(確かにな。場所はどうする? 俺としては月の傾斜軌道*10あたりなんてどうかと思うんだが)
今現在、月近郊には係留物が多い。北極と南極上空にはアンサラー4号機と5号機があり、スーパーマイクロウェーブを中継する複数の中継衛星があり、衛星軌道にはスターゲートが6つあり、“獣の眷族”の領域に通じるスターゲート近郊には、同文明の大使館である“
またスターゲートが近いという事は、もし賊が侵入した場合に、逃亡手段が近いという事とイコールでもある。しかし月近郊なら、アンサラー4号機と5号機の絶対防衛圏内でもあるのだ。
晶としては後者を利点として考え、かつ開発の手が及んでいない火星や木星では万一の事態に対処し辛い、という理由からの言葉だった。
(そうだね。うん。それでいこうか。でも、ふふ。こういう話が出てきたんだ。嬉しいなぁ)
(まだまだ。これからだろ)
(ま、そうなんだけどね。
(いや、更識の力を使う事になるからな。俺から言っておく)
(分かったよ。じゃぁねぇ~~~)
晶はコアネットワーク通信を終えて、竹下に答えた。
「日本政府には今後必要になりそうな研究がある、と言っておきましょう」
更識家当主の言葉だ。事実上の決定事項である。
「ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。防疫というのは何かあってからでは遅いですからね。よく言ってくれました」
「私はここで働き新たな発想や着眼点を得た。貴方はそれを聞いた。それだけのことです」
一行はこうして色々な話をしながら、畜産用コロニーの視察を進めていったのだった。
◇
次に向かった造船用コロニーの内部は、先の畜産用コロニーとは違い多くの作業メカが所狭しと動き回っていた。そして各コロニーの改装事業には大量の人員が必要だが、今の人類に大量の人間をL4宙域に送り込み、長期間の生活と作業を両立させられるような基盤はない。よって改装作業はマザーウィル建造時に使った方法が用いられていた。クレイドルからのパワードスーツ遠隔操縦である。同施設なら相当数の人員を収容可能というだけでなく、生活環境も十分に確保できるため、大幅にシステムが増強された上で今回の改装作業にも使われているのだ。これにより現場では24時間の突貫作業が可能となっていた。慣れない環境という事が考慮され、6時間4交代で24時間である。
またパワードスーツの利点は人型である事だが、同時に欠点でもあるため、サポート用に多脚型や飛行型など様々なドローンが投入され作業の効率化が図られていた。
しかし現場というのは、常に不測の事態が起こり得る。このため非常時用の対処要員が常駐しており、晶とシャルロットはその者から話を聞いていた。
「――――――という訳で細かな問題は色々ありますが、大きな事故などは起きていません」
説明と共に受け取ったタブレットで報告の詳細を確認した2人は、取り合えず安堵した。事前に大きな問題が発生していないのは把握していたが、現場に行ったら「実は………」なんていうのは十分にあり得る話だったからだ。だが安堵して終わりという訳にはいかない。問題点があるなら改善策が必要だ。
「今話した幾つかの問題に対する改善案はありますか?」
「それについては――――――」
「今話してくれた案のうち、1つ目と3つ目についてはサポート可能です。ただ2つ目は厳しいので、それぞれの企業体の方で行って欲しいと思います」
「ふむ。まぁ妥当なところですか」
晶の言葉に改善案が出され、それに対してシャルロットが宇宙開発部門長代理として可・不可を答えていく。なお決定権を持つ晶がこの場にいるのにシャルロットが答えているのは、将来的に部門長への昇格が決まっているからだ。つまり今の内に慣れておけ、という意味でもあった。
そしてシャルロットと責任者の言葉を聞きながら港の方を見ると、カラードがレンタル事業で使用している“首座の眷族”の中古輸送船が入ってきた。全長400メートル程度で、長方形の箱に推進機関をくっ付けたような大量生産品だ。まだ地球人のパイロットが育っていないので、“首座の眷族”から同じようにレンタルしているマネキン人形のようなアンドロイドに、音声入力で作業や航路指示が行われている。仕様上機敏な操作は出来ないという事だが、まぁ、確実に戦闘用も存在しているだろう。
少しばかり横道に逸れた思考を元に戻す。
コロニーに入ってきた中古船は、ある地点でピタリと止まった後、下部のハッチを開いて格納していた巨大パーツを降ろし始めた。造船ラインを構成するパーツの1つだ。
その光景を見ながら晶は思った。
(ホンッと、何があるか分からないものだなぁ)
表と裏、2つの理由が脳裏を過ぎる。
表の理由は、各国がコロニー改装事業に前向きに協力してくれていることだ。人類の歴史を考えれば、各国が大した文句も言わずに協力してくれているのは驚くべき事だろう。だがそれらは、コロニーがもたらす利益を考えれば分からなくもない。
畜産用コロニーは将来的にはテラフォーミングした惑星に移動させる予定だが、それまでは地球圏に食料を供給する食料基地になる。単純計算だが農業プラントだけで4000万人分、これにコロニー4基分の放牧事業分が加わる。増えすぎた人口に対する食料供給には何処も頭を悩ませているから、食料の安定供給に役立つのは間違いない。今後の政情次第だが、畜産用コロニーと農業プラントは増やしても良いかもしれない。注意しないと地球の農家を直撃してしまうので注意は必要だが………。
造船用コロニー稼働の有無は、人類の活動圏の広さに直結してくる。地球では貴重な資源も、他の星では普遍的にある可能性もある。無論宇宙海賊といった無法者の存在を忘れてはいけないが、地球には無い可能性が山のようにあるのだ。なので今後人類の版図を広げていく為の最重要施設と言えるだろう。このため造船ラインの設計は束が自ら手掛けていた。しかも凡人が理解できない超技術の塊ではなく、よく勉強した凡人ならギリギリ理解して造れるレベルのものだ。それも組み立てに配慮されたもので、各国で機能ごとに巨大パーツを作り、軌道エレベーター*12で
宇宙の訓練施設兼レジャー用のコロニーも、学園用コロニーも、今後宇宙に対応した人材確保という点では必須だ。
だから表側が協力的なのは分かる。今後を考えれば必要だからだ。
しかし、裏は違う。いや、正確に言えば裏だった奴らになるのか。
以前捕らえて、「役に立っている間は生きていて良い」と言って放り出した亡国機業の“元”最高幹部6名とその側近達の行動が、驚くべきものだった。主な活動地域はカラードが介入している紛争・貧困地域だが、亡国機業という巨大な組織を動かしていたあいつらは金の動かし方を知っているのと同時に、亡国機業が隠していた資産の在り処も、全てでは無いにしても知っていた。それらを全て、真っ当な感覚の持ち主であれば万一に備えてある程度残しておくであろう資金も、文字通り全て、コロニー改装事業に投資としてブッ込んできた。これが呼び水となって、世界中の資金がコロニー改装事業に流れ込んでいるのだ。言い換えれば世界中の工業力が集中投入されている状態だ。
正直なところ、これで表側の動きが決定的になったのを否定できない。
適当に扱っていた奴らが大きい側面支援をしてくれたので、正直微妙な気分だ。
そんな事を思いながらシャルロットと責任者の話を聞いていると、幾つかの細かな問題に対する対応を試験的に実施、良好なようなら本格的に取り入れていく、という事で落ち着いたようだ。この様子なら代理という肩書きが取れるのも遠くないかもしれない。将来の事を考えていると、シャルロットからコアネットワークを接続された。
(僕はまだ、代理で良いからね。色々教わらないといけないんだから)
(顔に出てたか?)
(晶の考える事なんてお見通しなんだから)
(敵わないな。でも良いのか? 俺はお前がこうやって色々やってくれるから楽だし仕事捗るしで良いんだが、代理ってことで、なんていうか、他の面子より一段低く見られたりしてないか?)
疑問形の問い掛けだが、晶は知っていた。外部の口の悪い者達が、彼女が代理という役職である事を揶揄していると。セシリアは副社長という大役であり、外宇宙ミッションでの華々しい戦果もある。ラウラは戦闘部門長という武力の中核。欧州三人娘と言われた三人の中で、彼女だけ代理扱いだと。
すると彼女はクスッと笑った。
(僕が気にすると思う? 日本には、確かこんな諺があったよね。損して得取れって。晶の傍らに一番長く居られるポジションを誰かに渡すなんてとんでもない。セシリアはとても大きな事を任されているけど、僕は晶の近くで一緒に働いて一緒に過ごしたい)
既に沢山にゃんにゃんな事をしちゃっている関係だが、こうまでストレートに言われると清々しいものがある。
(分かった。なら暫くは傍でこき使ってやる)
(うん。一緒に仕事しようね)
こうした話をしながら、2人は次のコロニーへと向かうのだった。
◇
宇宙の訓練施設兼レジャー用コロニーの改装は、委員会の管轄だ。
このため余程問題が無い限り作業内容自体にアレコレ言うつもりは無かったが、そうもいかなかった。
訓練施設というお堅い内容だけでなく、レジャーが含まれているせいか各国から参入希望が殺到している、というのは別に良い。十分に予想の範囲内だ。が、委員会はコロニーを使う意図を理解しているのだろうか? コロニー1基を訓練施設兼レジャー用に割り振った意図は、気軽に宇宙体験出来るような場所を用意して、宇宙に行こうという人の裾野を広げるためだ。なのに――――――。
晶の思いを理解しているシャルロットが、責任者に努めて冷静に確認する。
「参入の最終候補に残っているのが、どうしてセレブ向けのハイブランド企業ばかりなんですか?」
「
彼女は責任者の言葉を途中で遮った。
「方針そのものを無下に否定はしません。此処は委員会に任せたコロニーですので。ただ、富裕層以外も来れるようにして下さい。そうですね………学校の課外授業や修学旅行などであれば、色々とプランも組み易いと思いますが、どうでしょうか?」
「………なるほど。一考の価値はあるかと思います。すぐに返答は出来ませんが、参入希望社には、カラードがそのような意向を持っていると伝えたいと思います」
「お願いしますね。このコロニーは宇宙を身近に感じて貰う為のものなので」
話を聞いていた晶は上手いな、と思った。
学生の頃の体験は記憶に残り易い。また学校のイベントとして毎年一定数が確実に来るという事は、
「私としても富裕層ばかりが来るよりも、一般人が
「と言いますと?」
「今後
「ははっ、なるほど。流石はカラードの社長。商才も確かなようです。今の言葉、責任を持って伝えさせて頂きます」
責任者は大いに感心した様子で、姿勢を正して答えた。
シャルロットの時と明らかに対応が違う。彼女に悪い事をしてしまっただろうか?
そんな事を思っていると、視察を終えて港に向かう途中、2人きりになったタイミングで話しかけられた。
「凄いね。僕じゃさっきの提案は出てこなかったなぁ」
「シャルロットの修学旅行で使うって提案があったからこそ、あの話を自然なタイミングで出来たんだ。場というか、雰囲気をつくってくれたお陰だよ」
「謙遜しちゃって」
「本心だよ」
こうして2人は、次のコロニーに向かったのだった。
◇
学園用コロニー内部も急ピッチで作られていた。予定されているメカニック育成用の整備科、宇宙船パイロット科、船外活動用パワードスーツパイロット科、宇宙軍用の士官学科、宇宙文明研究科が入る総合校舎の工事が着々と進んでいる。コロニー内でスペースが限られるとは言え、何故方向性の全く異なる科を1つの校舎に纏めたかと言えば、相互交流し易いようにしておいた方が人材育成の点で有効ではないか、という判断からだった。異なる意見に触れるというのは大事な事である。更に交流がし易いように、校舎はオープンスペースを多く取り入れた開放的な作りとなっていた。まだ色々と工事中だが、感じられる雰囲気は悪くない。
なお宇宙文明研究科のみ地上で先行して動き始めているが、準備が整えばこちらに移される予定となっていた。
そして2人は責任者から話を聞いた後、コロニー内を歩きながら話していた。
「学園を卒業したばかりなのに、また学園に関わるなんてね」
「今度は作る側だけどな」
「だね。此処はどんな学園になるかな?」
「願わくば、人類の発展に役立ってくれる学園だな」
「役立つって言っても色々だし、雰囲気とかもあるでしょ」
「そうだなぁ。成績至上主義のピリピリした雰囲気は御免だな。出来れば和気藹々と………って言ったら大雑把過ぎるか。他人を尊重できる人間というか、風土だと良いな」
「そうだね。でもここって間違いなく沢山の国から色々な人が来るでしょ。揉め事が起きた時ってどうしようか? 何か指針を決めておかないと、すっごく面倒な事になると思うんだけど」
生まれた場所が違えば常識も違う。Aという人物にとっては普通の事でも、Bという人間にとっては耐えがたい侮辱として受け取られる可能性もある。なので、誰でも分かる極々簡単なルールというのはあった方が良いかもしれない。経験上、こういうのは余り細かく難しくすると逆に誰も守らないのだ。
「確かにそうだな。誰か良い案を持っていそうな人は………あ」
閃いた。
「どうしたの?」
「ちふ、織斑先生とか山田先生とかどうかな。教師だったし、国籍の違う子と沢山関わってたから、注意しなきゃならない事とか色々分かってると思うんだ」
「なるほど。確かにあの2人に原案を頼めば良いのが出てくるかもね。――――――で、晶、ちょっと気になったんだけど」
シャルロットは同意してくれた後、少しばかり笑いながらコアネットワークを接続してきた。
(今、千冬って言おうとした?)
(ん、まぁ、もう生徒と教師でもないしな)
(でも言い直したよね? もしかして、もしかする?)
晶は早々に白旗を上げた。
(想像通りだ)
(うわぁ。恩師まで。ねぇねぇ、どんなシチュエーションだったの?)
(本人達の同意なく話せるか)
(分かった。じゃあ視察から帰ったら聞きに行くね)
(えっ!? ちょっ)
行動力有り過ぎ!!
驚く晶に、シャルロットはそれが決まり切った事実であるかのように言った。
(だってお手付きって事は、もう家族みたいなものでしょ。対外的にはまぁ色々あるにしても、当人達同士の友好は深めておいた方が良いと思うんだ。元々の関係は生徒と教師でも、今は社会人同士なんだから。――――――あ、因みに、一夏は知ってるのかな?)
(千冬から、自分で言うから待ってくれって言われてる)
(うわぁ。千冬。千冬って言ってる)
(そう改めて言われると、なんだかむず痒いんだが)
(じゃあ、もしかして山田先生の事も真耶って言ってるの?)
(まぁ、な)
(うわぁ。気になる。すっごい気になる。帰ったら絶対聞きにいかなきゃ)
(頼むから、時と場所は選んでくれよ)
(勿論。分かってるって)
因みに神ならぬシャルロットは知る由もない。
後日聞きに行った時、教師の巧みな話術でいつの間にか自分の方が洗いざらい色々なシチュエーションを喋らされていたことを。
こうして少しばかり脱線しつつも、2人は各コロニーの視察を終えて地球に――――――帰る前にちょっとばかり寄り道と休憩をしていたのだった。勿論帰った時、シャルロットはツヤツヤでニコニコな上機嫌である。
第205話に続く
ついに、ついにAMIDA出現のフラグを立てる事ができました。
多くの同志(ACファン)からAMIDAの話を振られながらも中々出せずにいましたが、今回、キュピーンとアンテナに何かを受信して「出すなら此処だ!!」と勢いのままに書きました。どうなるかは作者も分かりません。一応益虫になる予定ですが、バイオテクノロジーの産物なので、もしかしたら原作通りの大きさ&凶暴性になるかもしれません。グヘヘヘヘ。
そして欧州三人娘の女子トーク。他人に聞かれる心配が無いので赤裸々な感じでやってしまいました。ニヤニヤして頂けたら嬉しい作者です。
あと、思いっきり裏方のはずなのにファインプレーな亡国機業の“元”最高幹部達。でも、扱いは変えないのです。このまま裏方として働いてもらおうと思います。