インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
後は隣人達との関係も徐々に進んで行く、といったところでしょうか。
カラード戦闘部門長ラウラ・ボーデヴィッヒは、自身の執務室で考え事をしていた。
(………ふむ。どうしたものかな)
3ヵ月程前に“首座の眷族”から旧式の高性能ワープドライブ搭載艦が届けられたため*1、各国から「次の外宇宙ミッションはいつか?」という問い合わせが日に日に増えているのだ。
そしてカラードの基本方針として外宇宙ミッションを独占する気は無い。全てを独占していては、いずれ破綻するのが目に見えているからだ。また何処かの国や企業がカラードの目をすり抜けて勝手に依頼を受けて自滅する分には構わないが、もしも下手な事をされて他文明から変な先入観を持たれたら大きなマイナス要因になってしまうというのもある。
現時点でカラード以外に実用的な船を保有している組織は無いので、独占しても問題無いと考える者もいるかもしれないが、それは違う。秘密裏に他文明から宇宙船の供与を受ける、という方法があるからだ。操船・目的地までの移動・展開・地球への帰還、あらゆる局面で不安しかないが、カラードが全てを独占していてチャンスが無いと思えば、考える奴も出てくるだろう。
だから不安材料を減らすという意味でも、今後外宇宙ミッションを行わせる気があるのを示す意味でも、対応を蔑ろには出来なかった。
(………しかし、考えてみると中々に面倒だな)
考えてみると縛りが意外と多いのだ。
まず潜行戦隊に配備されている空間潜行艦アリコーンに部外者を乗せるのは論外だ。アレは空間潜行という宇宙文明に対してすら通じるステルス性と宇宙、空、海というほぼ全領域と言って良い活動能力に加え、高度な打撃力を併せ持つ機密の塊なのだ。信用できない部外者を乗せられる訳がない。これは束博士と
そしてアリコーンで部外者を運べないという問題を解決する為に、“首座の眷族”から旧式の高性能ワープドライブ搭載艦を貰い受けたが、操艦について条件が付けられていた。
高度な外宇宙ミッション遂行能力を持つカラード以外の人間の操艦を禁じる、というものだ。
“首座の眷族”の懸念も分からなくはない。何故ならワープ機関は星系内を現実的な時間で移動可能なワープドライブ、星系間を移動可能になる高性能ワープドライブの2種類に大別されるが、後者の方が製造難易度も操作難易度も高い。スターゲート機関に至っては別系統の理論や技術理解が必要になるので別次元とすら言える。
つまりワープドライブ技術習得の極初期段階にある人類が、安全に高性能ワープドライブを扱える訳がないと判断されるのも道理だろう。カラードの面々が十全にワープ機関やスターゲート機関を扱えるのは、束博士自らが作り上げた膨大な量の学習内容を、専用機の機能を使って頭に叩き込み、かつ束博士が教師役をやって噛み砕いて教え、その上で思考加速で血肉になるまで十分に学習しているからだ。普通の座学で学ぼうと思ったら、10年20年という量を、だ。
―――閑話休題。
このため貰い受けた旧式の高性能ワープドライブ搭載艦は、遠隔操作が可能なように改造されたものだった。今はアリコーン側からフルコントロール可能なように調整され、月近郊にある整備艦に格納されている。
極々普通に考えて、自分で操作出来ない船に乗りたがる者は多くないだろう。
明確なデメリットもある。
運用上の問題になるが、貰い受けた旧式の高性能ワープドライブ搭載艦がとある宙域にいると分かった場合、近辺にアリコーンがいる事も分かってしまう、というものだ。遠隔操作そのものは相応に距離があっても行えるが、星系を跨げる程ではない。つまりA星系にいるかB星系にいるか分からないから相手に無数の選択肢と警戒を強いる事ができる、というステルス性の優位が死ぬ。正直、これはかなり痛かった。
そしてこのデメリットを踏まえると戦闘系ミッションよりも調査系ミッションへの投入が適切なのだが………問い合わせの文面を読んでいくと、希望がしっかりと書かれているのだ。「私達は○○星系の調査に行きたいです。でも戦闘系ミッションが入ったら斡旋して下さい」という具合に。
ラウラは暫し考える。が、結論は既に出ていた。
潜行戦隊に戦術上の不利を押し付けてまで、戦闘系ミッションを斡旋してやる必要は無い。平和的な調査系ミッションでもやれる事は多い。むしろカラードの今後を考えれば多方面の調査こそ必要だろう。
方針は決まった。後は宇宙開発部門のシャルロットと相談して色々決めて、最終案を
(ラウラ。相談したい事があるんだが、今大丈夫か?)
(構わない。どうしたんだ?)
(カラード以外の人間に外宇宙ミッションを行わせる件だが、少しばかり面倒な事になりそうだ。とりあえずコレを見てくれ)
送られてきたデータを脳内で確認すると星系図だった。中央に恒星があり、周囲には公転する幾つかの天体がある。第二惑星がポイントされているので拡大して情報を見てみる。ん? 酸素がある? 動物の情報? 映像確認。亀? 地球の種と比べて体長が5メートル程度と大きいがよく似ている。甲羅が随分輝いているが………なに!? 甲羅の組成が炭素のみ? つまり、ダイヤモンド!? あとは………不特定多数の違法ハンターや平均的な武装、よく使われている船などが参考資料として添付されている。
細かい条件はこれから説明があるだろうが、とりあえず違法ハンターという個人へ対処するだけなら、ISが出張る程じゃない。油断さえしなければパワードスーツ部隊でやれるだろう。問題は違法ハンターが乗っているであろう船か。添付されている参考資料に幾つかデータがあるが、対地対空装備のある船とかち合ったら、パワードスーツ部隊は一方的に蹂躙されるだろう。ISなら船のシールドを破れるだろうが、パワードスーツ部隊では根本的に火力が足りない。
(見たが、どういう経緯で持ち込まれたものだ?)
(アラライルさんとスノーさんから違法ハンターの撃退は可能かって話を秘密裏に持ち込まれたんだが、まだ依頼じゃなくて確認というか相談の段階なんだ)
(今までであればオープン回線で束博士と話している最中に、直接その場で依頼という形が取られていたが、何か変わったのか?)
(2人の言葉を信じるなら、第3回外宇宙ミッションでやった惑星表面へのホットドロップ戦術*2が原因みたいだな。アレのお陰で、色々なところから注目されているらしい)
(動きを読まれないように一応気を使ってくれた、ということか?)
(多分な)
(ふむ。話が持ち込まれた背景は分かった。で、データを見た返答だが、違法ハンター個人への対処ならパワードスーツ部隊でやれるだろう。が、もし違法ハンターが所有している船とかち合ったら全滅だ。火力が全く足りない)
(やっぱりそうだよなぁ)
晶が思っていた通りの返答だった。
そして2人の間の共通認識として、アリコーンの火力支援は無しというのがあった。今は移動の為に仕方なく同行させるが、将来的には通常編成の部隊にも外宇宙ミッションを行ってもらうつもりなのだ。その時にアリコーンの火力支援無しでは何も出来ません、では困るからだ。
なのでどうにかしたいのだが………何か良い知恵は無いだろうか?
2人揃って思考を巡らせる中、ラウラはふと思って空間ウインドウを開き、“首座の眷族”から貰った船のデータを表示させた。発想の転換だ。出来る事を探そう。
―――旧式の高性能ワープドライブ搭載艦 諸元性能値―――
全長
800メートル
全幅
600メートル
全高
200メートル
対応領域
動力源
主機関1、補助機関3
機動性能
ブースターと重力・慣性制御の併用による大気圏離脱能力
高性能ワープドライブ
防御性能
エネルギーシールド
攻撃性能
武装無し。
但しエネルギー供給ラインはあるため装備は可能。
―――旧式の高性能ワープドライブ搭載艦 諸元性能値―――
全長はレンタル事業で使用している中古の輸送艦の約2倍。大きさの分類で言えば戦艦級*3。少々面白い形状をしていて、前側が横に大きく広がっていて後ろに行くほど細くなる逆三角形型だ。そして後部は蠍の尾のように反り返っている。
何ができるだろうか?
対応領域が
この時点で、ラウラは1つ判断した。
(ふむ。
つまりこの船を戦闘に使うなら中~遠距離戦しかない。いや、中距離戦も無理だろう。足が特別速くないという事は、武器の命中率と手数の差が生存率に直結する。旧式でこの2つを望むのは高望みし過ぎだろう。となれば遠距離戦しかない。だがこれも可能性があるというだけで難しい選択肢だ。何せ宇宙文明にはワープという距離を一瞬で潰す手段がある。初手、かかっても二手で相手を沈められなければ、逃げられるか懐に潜られる。潜られて殴り合いになったらまず勝てない。
更に脳内で幾つかの検討を重ねたラウラは、晶に尋ねた。
(艦船用の超々遠距離用装備と、もしあるのなら、船体を隠す光学迷彩みたいなのを購入できないか?)
この質問だけで、晶はラウラの考えを察した。
(確かに戦闘運用を考えるなら、それしかないか)
晶は武装について考えた。
まず光学系兵器全般は除外になる。遠距離攻撃が出来ない訳ではないが、基本的に出力と射程距離が比例するからだ。超々遠距離攻撃をしようと思ったら、相応に主機の出力を上昇させなければならない。最悪を想定するなら攻撃前に位置がバレてワープで距離を詰められてしまう。却下。
となると実弾兵装か。ミサイル系兵器は宇宙にもあるが、誘導性能や破壊力と引き換えに発射から着弾までに時間がかかる。地球文明のものよりは遥かに高速だが、超々遠距離戦なら迎撃時間が十分にあるから致命打を与え辛い。飽和攻撃なら突破できるだろうが、単艦でやるものじゃない。よってこれも却下。
レールガン系ならどうだろうか? 宇宙という広大な戦場故に発射から着弾までの時間はあるが、ミサイルよりは遥かにマシだろう。射程距離と主機出力の関係も光学系兵器よりは良いだろう。実体弾なので超々長距離砲撃戦だと惑星の重力を受けて誤差が大きくなってしまうが、ものは考えようだ。曲がるって事は曲射が出来るって事でもあるので、弾道計算さえできるなら不意打ちに使える。どのみち正面切っての殴り合いには向かないのだ。特化した運用にする方が逆に使い易い。
宇宙文明の兵器は他にも種類があるが、高度過ぎると現場の人間が安全に使えない可能性がある。安定運用できないなら除外しても良いだろう。
(ラウラ。光学迷彩で隠れてレールガンで狙撃って方向で武装を調達しようと思うんだが、どう思う?)
(
質問の意図は、頑丈とは言えない旧式の高性能ワープドライブ搭載艦で通常降下をして、もし狙われたらどうするどうするのか、というものだ。万一撃沈された場合、色々な意味でダメージがデカい。単純に船が無くなるというのもそうだが、貰い物を失ったという意味でもだ。
(そうだなぁ。降下させるだけならオービットダイブがあるけど、毎回やるのもな。それにミッション終了時の回収も考えたら――――――あ)
(どうした?)
(いや、貰った船を使うって事ばかり意識してたけどさ、降下や回収用の小型船………いや、小型艇と言った方がいいか? まぁそういう物があれば、船を危険に晒さなくても良いんじゃないかなって)
(言われてみれば確かにそうだな。しかし今の地球に、外宇宙ミッションでの使用に耐えるようなものなどないぞ)
(ああ。だからやるなら購入になるんだが、中々出費が嵩むな)
晶はボヤくように答えた。必要性があって検討して購入を考えている戦艦級の武装に光学迷彩、惑星への降下と離脱能力を備えた小型艇だが、決して安くはないだろう。が、初期投資をケチッて被害を出しては元も子もない。資源採掘利権による収入*4があるだけマシと考えよう。
(どうする?)
(これから値段を確認するが、収入を大幅に超えるようならちょっと考える)
(分かった。ところで仮に購入可能だったとして、この話はいつ頃表に出そうなんだ?)
(装備の購入が済んだ後なら、ラウラの返答次第かな)
(私の?)
(外宇宙ミッションに何処の組織のどんな奴を連れていくかは、お前の権限の範囲で決めて良い)
つまり外宇宙ミッションを行いたい国や企業にとって、ラウラは決して機嫌を損ねてはいけない相手になった、という事だった。
(了解した。では、選考基準を作るとしよう)
(任せた)
(任された。あと、1つ確認しておきたい)
この男なら駄目とは言わないだろうが、カラードの対外的な対応にも関係する内容だ。今確認しておこう。そう思ったラウラは、もう少しだけ会話を続ける事にした。
(なんだ?)
(情報というのは関わる人間が増える程に漏れやすくなる。カラード以外の人間が関わるなら尚更だろう。だから今後を考えて、1つやっておきたい事がある)
(それは?)
(それはな――――――)
こうして許可を貰ったラウラは、任された仕事を行い始めたのだった。
◇
1週間後。カラードから3つ発表があった。束や晶が会見して伝えるような内容ではないので、広報企画室*5からだ。
1つは月近郊の整備艦で、“首座の眷族”から貰った船に艤装*6が行われていること。
1つは次に予定されている外宇宙ミッションでは、カラード以外の者を連れて行く予定であること。
1つは派遣要員の安全が絡むため、ミッション内容の発表は遂行後になること。
この発表に、多くの国が沸き立ち始めた。“首座の眷族”との取り決めもあり様々な制約があるものの、ようやく外宇宙ミッションに行けるのだ。期待するな、という方が無理だろう。そうして準備が進んでいく中、カラード単体で仕事を受けていたなら有り得ない事が起きた。とあるマスコミに、ミッション内容をすっぱ抜かれたのだ。情報漏洩である。
―――ラウラは記事が出た時、薄い笑みを浮かべていた。
すっぱ抜かれた内容は、とある惑星で違法ハンターから現地生物を護る地上ミッションであり、その現地生物は神話に登場するペガサスユニコーンそのものであり、美しい角は装飾品としてだけでなく、室温超伝導*7体として様々な活用法がある、というものだった。
このスクープ記事に世間は飛びつき、カラードから初の情報漏洩として多くのメディアが面白おかしく書き叩――――――いた訳ではなかった。正確に言えば面白おかしく書き叩いたところもあったが、取材活動で得た情報を検証して、可能な限り事実に基づいた情報を流そうというメディアもあったのである。“アースレポート・コーポレーション”*8はその筆頭であった。
そして話題が話題だけに、いつものホテルで行われる会見には束と晶が出てくるものと思われていたのだが、会見場に現れたのはカラード戦闘部門長のラウラ・ボーデヴィッヒだった。余りこういう場には出てこない彼女の登場に、メディアの面々は何事かと視線を向ける。
なお今の彼女は、昔のようなちびっ子ロリ体形ではない。人並な身長と均整のとれた四肢に加え、優美な女性的曲線も併せ持っている。シンプルに美しいと言えるだろう。だが優しいという雰囲気では無かった。鋭い眼差しと一部の隙もなく着込んだ
着席した彼女が口を開く。
「さて、世間で情報漏洩と言われている件について、カラードの見解を述べさせて頂きます。結論から言いますと、これはカラードの情報漏洩ではありません。記事にされた内容は、全て情報漏洩対策で作成されたフェイク情報ですので」
ザワリと会場内がざわめくが、続けられた言葉に再び静まる。
「我々は約束通り、希望する人達を外宇宙ミッションに連れて行く気です。ですが、誰でもではありません。最低限、自身が持つ情報の取り扱いに責任を持てて、同時に情報が流出した場合の危険性について想像する事の出来る者です」
ラウラは記者達を見回し、言葉が浸透しただろうタイミングで続けた。
「そして情報漏洩は信用問題に直結するので厳罰をもって当たりたいところですが、今回は初回という事で、個別に何かをしようとは思っていません。各組織において、情報の取り扱い方法の見直しを求める、という程度にとどめておきます。あと、予定していた外宇宙ミッションは一端白紙になります。ミッションを検討するにあたって先方から提供された情報は護られましたが、護られたから良いという話でもありませんので」
今回、ラウラは十中八九情報が漏れるだろうと思っていた。しかし漏れなくても自作自演でやるつもりだった。何故なら情報の取り扱いはしっかりと引き締めておかなければ、同行する潜行戦隊の面々が危険に晒されるからだ。理由? 宇宙文明ですら最高難易度と言われる惑星表面へのホットドロップ戦術を行える部隊が、足手纏いを連れてミッションを行っているとなれば、敵対勢力なら必ず狙うだろう。ましてカラードは第3回外宇宙ミッションにおいて、宇宙海賊の大規模拠点を大々的に叩き潰している。既に狙われる理由はあるのだ。
しかし地球内部の状況を見ると、どうにも外宇宙ミッションに行ける事にのみ注目して、他の事に意識が向いていない。今後の為にも、今回の一件は必要な行いであった。
記者の1人が質問してきた。
「カラード側の情報流出ではないという前提でお話されていますが、本当にそうなのでしょうか? 外宇宙ミッションを独占したいカラードが、意図的に情報を流出させて、それを理由に連れていかないようにしている、ともとれますが」
「それで短期的に独占できたとして、長期的にはどうでしょうか?
ラウラは一度言葉を区切ったが、追加でもう1つ言っておく事にした。独占という損得勘定で考える者には、こちらの方が分かり易いかもしれないと思ったからだ。
「あともう1つ言わせて貰いますが、各国にお渡ししている中古船は全てカラードが購入したもので、その費用を各国に求めたりはしていません。独占したいなら、これも不要な行いでしょう」
「なるほど。回答ありがとうございます」
質問した記者が着席すると、別の記者が質問してきた。
「他の者を連れて行く外宇宙ミッションは一旦白紙と仰いましたが、どの程度延期する予定なのでしょうか?」
「それは現時点ではなんとも。ただ余り長い延期にはしたくないので、個別に対応を見て、というところでしょうか」
返答の前半部分だけなら、かなり温い返答だろう。しかし個別に対応を見て、となれば意味は全く違ってくる。情報が正しく取り扱われていないところは、連れて行かないと言っているのだ。尤も、当たり前の話でもある。顧客情報ダダ漏れのところに、誰が仕事を頼むというのか。
更に別の記者が質問してきた。
「1つ確認と質問です。まず確認ですが、宇宙文明から何らかの依頼の打診があった、というのは事実で良いのでしょうか」
「はい。間違いありません」
「それでしたらこちらの事情で延期というのは、何かしらの不利益が発生するのではないでしょうか?」
「金銭、或いは契約という意味でしたら、今回は発生していません。まだ打ち合わせ段階で正式な依頼となっていなかったので。ですが仕事をされている方なら分かると思いますが、フェイク情報で護られたとは言え、下手をすれば調整中の話が外部に漏れていたという状況は強い不信感になるでしょう。ハッキリ言ってしまえば、金銭よりも余程大きな損害です。なので皆様方、情報の取り扱いには十分に注意を払って下さい」
「信用を積み上げる前に、取り戻すところから始めないといけない訳ですね」
「そういう事です」
「分かりました。ありがとうございます」
こうしてラウラは記者達の質問に答え続け、無事に会見を終えたのだった―――。
◇
一方その頃。地球から遥か遠く離れた場所。
束と晶はフェイク情報とは言え、情報漏洩が無ければ第4回外宇宙ミッションの地になっていたであろう惑星にいた。理由? 単純にダイヤモンドの甲羅を持つ亀もどき―――以後ダイヤモンド・タートルと呼称―――を見たかったからだ。
「凄いね晶。これ、本当にダイヤモンドだよ」
束はエクシード*9を展開した姿で、体長5メートル程のダイヤモンド・タートルに近づき、ドアをノックするように拳の甲でコンコンと叩きながら言った。するとダイヤモンド・タートルは「ブモー、ブモッ、ブモッ」と牛のように鳴きながら、地面から生えている緑の草や虹色の花を食べていた。喜んでいるように見えるのは気のせいだろうか?
その傍らで
「生命の神秘だな。ダイヤモンドって高温高圧な環境じゃないと生成されないのに」
「うん。自然発生の生命体でそれを再現できるなんて、やっぱり宇宙は広いね。思いもしなかったものが沢山ある」
束はニコニコ顔の上機嫌で肯いた後、今度はしゃがみ込んで地面から生えている草や虹色の花を手に取って続けた。ISが構成物質を分析して、空間ウインドウに表示させる。
「これだって普通の草や花に見えるけど、地球の植物より炭素の比率がずっと高いせいか硬い。多分生身の人間がここで転んだら結構痛いんじゃないかな?」
「上手く転ばないと、草とか花の縁で切り傷が沢山だろうな」
とは言っても生身なら、という話だ。大気組成が地球とは違うので生身では活動出来ない。尤も大気圧と重力はほぼ同じなので、
晶はそんな事を思いながら言葉を続けた。
「ところでさ、アレってちょっと拙い状態なのかな?」
「うん。なんか劣勢っぽいね」
肉眼で見える範囲に2人が危険と判断するようなものは無い。しかし上空に浮かべておいた光学迷彩型リコン*11が、近くの森を挟んだ反対側でトラブルを発見していた。森と草原の境目付近でダイアモンド・タートルの近くに数人のヒューマノイドがいて、その周囲を倍するヒューマノイドが取り囲み徐々に包囲を狭めている。
どちらも素肌は晒していないが、地球製パワードスーツのようなメカメカしい外見はしていない。機械と生物が融合しているような姿は、外宇宙ミッションの事前調整をしている時の情報にあった。あれが生体装甲*12か。“獣の眷族”が主に使っている個人強化装備で、地球との技術格差が良く分かる装備の1つだ。何せ汎用性の桁が違う。
人体に装着用の装置を仕込む事で、数秒で全身を覆える高い装着性能。地球のアンチマテリアルライフル程度なら直撃を受けても問題無く行動可能な耐久力。肉が抉れ骨が折れ内蔵が損傷した程度なら自力で回復する高い自然治癒能力。戦闘用アンドロイドと同等以上の高い筋力増幅。野生の獣を超える超感覚とそれに振り回されない神経系。装着者に半融合してこれらの能力を与える生体装甲が、個人強化装備の基本形なのだ。しかもISと同じように進化するという。一定の外部処置が必要という事だが、高レベルに進化した個体ならその方向性によって、衛星砲の直撃に耐える耐久力、分子結合を崩壊させてあらゆる物を切り裂く対物理特攻の生体ブレード、ISでいうところのアクティブ・イナーシャル・キャンセラーに近い念動能力、
これだけの物が、特別な才能や体質を必要とせずに使える。使いこなすための修練は必要だが、汎用性は相当なものだと言って良いだろう。
ただし若干の欠点があって―――これはISも同じだが―――、着用者に合わせて進化するため、高レベルな個体となるには時間と経験が必要というのがあった。
―――閑話休題。
貰ったデータ*13を思い出しながらリコンの映像と見比べてみれば、殆どが基本形の初期型で、中級程度に進化しているのが双方に1体ずつ。武装は取り囲まれている方が長方形の実体シールドと腰に実体剣、手にレーザーライフルらしき物を持っている。装備が揃っている感じだ。取り囲んでいる方の装備はバラバラで、ライフル状のダブルトリガー、実体剣の二刀流、背部にキャノンらしきものと統一性が無い。
そして状況としては非常に分かり易かった。強力で無差別な反応が不規則に出ているので、ECMで通信妨害をして応援を呼ばせないようにしている、というところだろう。因みにECMの欠点として、通信を妨害出来る代わりに強力で無差別な反応を垂れ流すのでECMそのものの探知は容易、というものがある。しかしそれも、探知できる目と耳があって急行できる人員がいればこそだ。この惑星に降下する時に軽く調べた限りだと、半径数百キロ以内に人為的な反応は無かった。保護惑星という事だが、流石に惑星全土を完璧に監視して必要十分な人員を配置する、というのは高度に発達した宇宙文明と言えども難しいのだろう。
「どうする?」
自分達は正義の味方ではない。しかも此処にはコッソリ来ている。言ってしまえば密航だ。なので此処にいたという証拠は残したくないが、真っ当に生きている人を見捨てるのもどうだろう。
「取り合えず、状況を確認してみようか」
「だな」
肯いた晶は複数展開させていたリコンの内の1機を、森の反対側へと向かわせた。光学迷彩で姿は見えない筈だが、生体装甲の強化された感覚なら見破るかもしれない。なので途中から森の中を進ませ、木々という障害物を利用して接近させて――――――いる最中に事態が動いた。音声は拾えていないが、望遠カメラの映像では戦闘が始まっていた。いや、戦闘ではなくワンサイドゲームだろう。数で負け、取り囲まれているのだ。どうにかしたいなら圧倒的な実力差が必要になるが、それが出来る者はいなかったようだ。取り囲まれていた方が、1人、また1人と倒れていく。何人か手足が吹っ飛んでいるが、貰った情報が本当なら、まだ生きているだろう。
そうして最後の1人が片膝をついたところで、リコンが近くの茂みに辿り着き、ようやく音声が拾えた。翻訳機が機能して、会話が聞こえてくる。
『ふん。始めからこちらの言う事を聞いていれば良いものを』
『あんた達みたいなのがいるから!!』
『ハッ、だからなんだ? お前達は負けてくたばる。俺達はそれを好事家に売って金儲け。悔しかったらどうにかしてみろよ。カ・ン・リ・カ・ン・サ・マ』
卑下た笑いが周囲から上がり、勝ちの揺るがない状況に取り囲んでいた側、違法ハンター共が調子に乗り始めた。片膝をついていた保護官を蹴り飛ばし、辛うじて息のあるその仲間達―――手足の吹っ飛んでいる者達―――を、集団で取り囲んで殴り、蹴り、更には実体剣を振りかざして地面に縫い付けようとしている。
―――下衆な悪党のやる事は、地球も
晶は上空へと上がりながら、
緑の光と共に両手に出現したのは067ANLR。
またこれを扱う晶は強化人間であり、FCSを使わなくてもFCS使用時と同等の命中精度を叩き出せる化け物だ。
つまり相手にしてみれば、狙われてもロックオン警報が鳴らない完璧な不意打ち、という事になる。
―――ダブルトリガー。
次々と放たれた閃光が違法ハンター達の頭部と胴体を射抜いていく。幾ら耐久力が高いと言っても、高レベルの個体ではないのだ。単機で戦場を蹂躙するNEXT兵器を防げる筈も無い。加えて言えば幾ら自然治癒能力が高くても、重要器官の集中している胴体と思考中枢である頭部を破壊されてしまえば、どうしようもないだろう。
そうして違法ハンター達が片付けられると、ECMも止まったようだった。不規則な反応が消失している。これなら勝手に救助要請をするだろう。
晶は地上に降りて束に言った。
「騒がしくなる前に帰るか」
「そうだね」
2人は近くに光学迷彩で隠していたイクリプスに乗り込み、救助が来る前にこの惑星から離脱したのだった。
◇
数日後。束はいつものように晶を伴って、アラライルやスノーと話をしていた。非公式かつ多少砕けた感じなので、公開はされていない。
尤も完全に雑談という訳でもなかった。
そんな話の最中、アラライルがふと思い出したかのように言った。
『そういえば束博士』
『なんでしょうか?』
『いえ、先日相談していた違法ハンターの件ですが、暫くは大丈夫そうです』
『そうなのですか?』
『はい。現地の管理官と違法ハンターが戦闘になった際に協力してくれた者がいまして。対象は全て排除され、持ち物等から調査が進んでいます。このままいけば、繋がりのある者を一定数捕らえられるでしょう』
『それは良かったです。ところで現地で働く、管理官と言いましたか? その方たちは大丈夫でしたか?』
『戦闘で怪我人が多数出ていましたが、幸いにも治療が間に合いました。近日中に復帰できるでしょう』
近日中。この返答を聞いた束は、少しばかり考えた後に尋ねた。
『部下達に経験を積ませたいので、管理官達が復帰するまでの短い間だけ穴埋め用の人員を派遣したい、と言ったら受け入れは可能ですか?』
『1つ確認ですが、カラード直轄ですか?』
『はい。第1回外宇宙ミッションに投入した者達です』
第三世代パワードスーツを配備された黒ウサギ隊の事である。
『なら、こちらとしては構いません。スノー大使はどうですか?』
『本国への確認が必要ですが、恐らく問題無いでしょう』
アラライルがスノーに確認した理由は、該当惑星が“首座の眷族”と“獣の眷族”の境界付近にあるため、両文明の共同管理となっている為だった。友好的な関係が築かれている証とも言えるだろう。
因みにアラライル・スノー・束の3人で事前調整している最中に地球側で―――フェイク情報とは言え―――情報漏洩が起きた訳だが、2人はこれを問題にして地球側に問いただすつもりは無かった。今後カラード以外の人間を外宇宙ミッションに連れて行くにあたり、各国がどの程度の情報管理・危機管理を行えているかの実験、という説明を事前に受けていたからだ。
そして束としても、
束は少しばかり脱線した思考を戻して会話を続けた。
『分かりました。では準備を進めておきます』
これにアラライルとスノーは笑顔で答えた。
『人員不足を補えるとなれば、現場の人間も喜んでくれるでしょう』
『今の地球にとって、共同ミッションは色々と得るものが多いはずです。頑張って下さいね』
『ええ。少しずつ関わりを増やせればと思っています。まぁ、先は長そうですが』
文明を跨いである程度自由に往来出来るようになる為には、下地として一定以上の信頼関係が必須になる。制度的な枠組みがあったとしても、それが無ければ決して長続きしない。
ここで束はふと思った。協力関係と言えば、今の自分達では活用出来ないものがあった。活用出来るようになっている頃には、恐らく古くて使えなくなっているだろう。なら、有効活用してくれそうな人に渡してしまおうか。
晶にコアネットワークを繋ぐ。
(ねぇねぇ。アレ、渡しちゃってもいいかな?)
(アレ? もしかして、第3回の時に手に入れたデータか?)
(うん)
第3回外宇宙ミッションで宇宙海賊の大規模拠点を叩いた時、2人は拠点最下層のコンピュータールームから全データを吸い上げていた*14。ある程度の解析は終わっているし、この手のデータは小出しにして交渉事に使っていった方が長く有効活用出来るのだが、今の地球には有効活用する為の下地がない。最も交流が進んでいるカラードにもない。何故ならこの手のデータを有効活用する為には、相手に対する深い理解が必要だが、今の自分達に有るかと言えば否だからだ。
なので有効活用できるところに、気前良く渡してしまおうという訳だ。悪党のホットでフレッシュなデータが必要になったら、また狩りに行けば良い。
(そうだな。良いと思う。こういうのを渡しておけば、今後多少の配慮も期待できるだろうしな)
(オッケー。じゃあ渡すね)
思考加速での会話を終えた束が、2人への会話を続けた。
『ところで話は変わるのですが、2人にお渡ししたいものがあります。少々大きいデータなので、送受信用の回線を開けてもらえないでしょうか』
『どのようなものですか?』
アラライルが確認してきた。
『第3回外宇宙ミッションで宇宙海賊の大規模拠点を叩いた時に、コンピュータールームからデータを吸い上げました。モノがモノだけにどうするか迷っていたのですが、2人なら有効活用してくれると思いましたので』
束の返答に2人の表情が変わる。
大規模拠点に蓄積されていたデータとなれば値千金と言って良い。多少時間は経っているが、多方面の調査が大いに進展する可能性がある。
今度はスノーが尋ねた。
『お代は………いえ、要求はなんでしょうか?』
『え?』
今度は束が首を捻り、すぐに言われた理由を思いついた。世の中に情報屋という職業があるように、有益な情報には金銭が発生する。が、彼女はこれで儲けるつもりは無かった。今の自分達では有効活用が難しいから、より有効活用してくれそうな相手に渡すだけのこと。しいて言うなら晶の言う通り、今後の配慮を期待しての投資とも言える。
『いえ。特にこれと言って何かを要求するつもりはありません。中身がどれほど正確なのかも分かりませんし、あなた方でしたら有効活用できるかもしれないから渡す、という程度のものなので』
スノーは数瞬考えた後に答えた。
『………分かりました。では、頂きましょう』
次いでアラライルも答える。
『私も頂くとしましょう』
回線が開かれ、大量のデータが送信されていく。
そして現時点での当人達は知る由も無いが、この情報提供は今後も狩りで情報が溜まる度に行われ続け、結果として2人の元には確度の高い非合法情報が集積されていく事になる。
これは2人が政治家として活動するにあたって、大いに役立つ情報源となっていくのだった。
第206話に続く
ラウラさん。昔は束さんからダメ出しされていたのに、成長した今ではかなり良い感じのようです。
そしてカラードに提供された高性能ワープドライブ搭載艦のスペックが出ましたが、運用を考えると中々扱い辛い艦となりました。アリコーンから外部コントロールするという制約を真面目に考えると、ステルス艦であるアリコーンの座標は分からなくても、どの星系にいるかというステルスの優位性をぶん投げた状態になっているのが結構辛いです。(涙)
アラライルさんとスノーさん。それぞれが所属している文明内部から見たらメインストリートから外れた辺境勤務ですが、何故か色々な情報を仕入れてくるという立ち位置に………。
アラライルさんは飄々と愉しみながら世渡りしていきそうですが、スノーさんは王族傍系+美人さんなので色々大変そうです。