インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
地球の最新型パワードスーツも、宇宙ではまだまだ、というところでしょうか。
しかし全く通じない訳でもないのです。
延期されていた第4回外宇宙ミッションは元々の予定通り、保護惑星で違法ハンターに対処する地上ミッションとなった。しかし派遣された部隊は、元々の予定通りとはいかなかった。当初は各国から選ばれたパワードスーツ部隊で行われる予定だったが、幾つかの国がカラードから渡された情報を流出させてしまった事から情報管理に信用がおけないという理由で、カラードの単独ミッションに変更されたのだ。
真面目に情報管理をしていたところから、不満が出なかったと言えば嘘になるだろう。しかしその後に行われたいつもの会談で、各国から派遣するという流れは完全に無くなっていた。“獣の眷族”から地球に派遣されているスノー大使の言葉が、「少し事前学習をして欲しい」「そちらの質を考えれば、一時的な穴埋め要員としてすぐに来て貰うよりも、ある程度仕事に必要な事を覚えてから来てもらった方が良いだろうという判断です」というものだったからだ*1。
遥かな格上からこう言われているのに、各国からの人員を捻じ込むなど出来る訳がない。
このためカラードは、以前ドイツから引き抜いた黒ウサギ隊を第4回外宇宙ミッションに投入した。なお同部隊はISとパワードスーツの混成部隊であるが、保護惑星の地上に降りたのはパワードスーツ部隊のみだった。元々第4回外宇宙ミッションでは、パワードスーツ部隊のみでどの程度やれるのかという戦力評価が行われる予定だったため、黒ウサギ隊をサンプルケースとしたのだ。
―――そして今、彼女達は保護惑星の空を飛んでいた。
先日新たに配備された新型パワードスーツ、黒い
時速は約200キロメートル。巡回なので最高速は出されていない。
『それにしてもこうして飛んでいると、ここが地球じゃないって実感するわ』
『青い空と緑の森だけど、あっちこっちに見える生き物は全然違うもんね』
違法ハンターが狙うダイヤモンド・タートルを筆頭として、巨大で少々グロテスクな多足型生物、海のように大きな湖の中にはファンタジーに出てくる竜のような影、環境が違えば進化の形も全く違うという証明が至る所にあった。
近づかなければ危険は無いと事前学習の内容にはあったが、あんなものに襲われたらと思うとゾッとしてしまう。
そうして陣形を維持したまま巡回していると、通信が入った。協働ミッションで関わる事になった宇宙人さんで、この惑星で保護官として働いている人だ。名前をティルティス・リズリー。犬耳の“獣の眷族”で、第一印象は愛嬌のあるお姉さんだろうか。緩いウェーブのかかった長い黒髪を無造作にポニーテールにしている。
『地球の皆さん。この星はどうですか?』
小隊長のハーゼ01が答えた。
『圧倒されている、というのが正直なところです。知っての通り地球は、ついこの間まで
『ふふ。では存分に感じていって下さい。違法ハンターと出会わない限り、それほど危険もありませんから』
『私達が派遣された目的を考えると、出会いたくないとも言えないところです』
『確かにそうですね。こちらとしても、そちらが正しく対処できるかどうかは大事なところですので』
第一印象は愛嬌のあるお姉さんだが、目には品定めするような光があった。だが派遣された目的を考えれば当然だろう。黒ウサギ隊が使えるか否かは、違法ハンターと対峙する保護官達にとって自身の仕事に、場合によっては生死に関わる重要事項なのだ。
『私達としても――――――少々お待ちください』
ハーゼ01が会話を続けようとしたところで、衛星軌道から作戦領域を見下ろしている艦から入電があった。“首座の眷族”からもらった旧式の高性能ワープドライブ搭載艦で、その特異な形状―――前側が横に大きく広がっていて後ろに行くほど細くなる逆三角形型。そして後部は蠍の尾のように反り返っている―――からスコーピオンと名付けられた船だ。運用方法については社長と戦闘部門長で考えたという事だが、現場の意見があれば遠慮なく言って欲しいと言われていた。とりあえず現時点では大口径レールガン×6、光学迷彩、地上探査用の光学カメラとセンサーユニットが装備されている。
現在は光学迷彩で遮蔽中なため、地上状況の確認は光学カメラのみで行われていた。それなのに、入電?
『ハーゼ00よりハーゼ01へ。前方100キロ付近にいたダイヤモンド・タートルの群れが急に移動を始めました。カメラで見る限り特に不審な影はありませんが、動きが急です。注意されたし』
ハーゼ01は事前学習の内容を思い出して確認した。
『生物なら天敵もいるでしょう。その線は?』
『不明です。カメラで見る限り、活動している個体数は変わっていませんし、天敵の姿も確認できていません』
ハーゼ01は眼下にある渓谷を見て、近隣のMAP情報を思い出した。確かこの渓谷は、今報告のあった場所付近を通っていたはず。
『なるほど。了解。――――――ハーゼ01より各機へ。これより高度を下げ、渓谷をディープドライブで進行。報告のあった地点の確認に向かう』
『02から01へ。お空をノンビリ飛んでいっちゃダメですか?』
『もし違法ハンターがいたら狙い撃ちされる可能性が高いけど、それでもいい?』
彼我の技術格差を考えれば、武器の射程、センサーの索敵距離、命中精度、あらゆる点で相手が上と考えて行動するべきだろう。怪しい地点に向かうのにノンビリお空を飛んでいたら、射的の的にされかねない。
『ですよねぇ~。了解です』
ハーゼ02が軽いノリで答える。すると通信を聞いていた保護官ティルティスが慌てて口を挟んだ。
『ちょっと待って下さい。あそこは岩石が磁気浮遊している渓谷です。飛行状態で侵入したら接触事故の可能性があります。確認の為だけにそんな危険を冒す必要はありません』
『危険、ですか?』
ハーゼ01はニヤリと笑って言葉を続けた。
『まぁ、それでしたら見ていて下さい。ちょっと集中しますので、一度交信を終了します。――――――お前達、日頃の訓練を忘れた訳じゃあるまいな?』
各員が思い出す訓練風景は1つだった。パワードスーツを装着した薙原晶と織斑千冬に接近する訓練だ。それが訓練になるのか、と思う者はいるだろう。それが、なるのだ。あのバトルジャンキー共の攻撃は基本的に一撃必殺。寝ぼけた機動なんてしようものなら、近づく前にヘッドショットで墜とされる。というか、誰だ織斑千冬が近接だけの脳筋と言った奴。近接戦闘が卓越した水準にあるのでそちらばかりが注目されがちだが、銃火器の命中精度だって十分に異次元だ。薙原晶の方は言うまでもない。そのコンビに近づく為には、機体を限界領域―――文字通り機体が空中分解する直前領域―――までブン回す必要がある。それが出来て、やっと接近が許されるレベルなのだ。それに比べれば浮遊している岩石を避けながらの進行など、どうという事はない。
各員から威勢の良い返事を聞いたハーゼ01が命令を下した。
『じゃあ、行くよ。アフターバーナーON。この程度、私達には何ら危険ではないと見せてあげましょう』
『『『了解!!』』』
こうしてハーゼ小隊は岩石が磁気浮遊している渓谷に突入していったのだった。
◇
一方その頃。ハーゼ小隊の行動をモニターしていた保護官のティルティスは、素直に驚いていた。多数の浮遊岩石があるあの渓谷を飛ぶには一定の練度が必要だが、地球から派遣されたあの部隊は何ら躊躇する事なく飛び込み、危なげなく進んでいたからだ。無論、地球のISという兵器に比べれば遥かに遅い。それでも生体装甲が標準サポートしている反応速度の向上無しに、この速度領域で機体をコントロールする手腕は見事と言えた。
背後にいた“首座の眷族”の同僚が、モニターを覗き込んで話しかけてくる。
「あの渓谷をこの速度で? 地球のパイロットもやるじゃないか」
「ええ。正直、
「でも実際に戦うのはどうかな? 軍人らしいけど、それもピンキリだからな」
「事前に送られてきた情報だと、別の星で違法地下施設への強襲*6を成功させた部隊ってあったわ」
「それは凄い。でも常に万一は有り得るし、どうする?」
「群れの動きも怪しいし、私が行くわ」
「分かった。じゃあ僕はここでモニターを続けるよ」
「お願いね。あと、ドローンも何機か持って行くから」
「壊さないようにね。君は扱いが荒いんだから」
「現場の使用に耐えない道具が悪いのよ」
「毎回修理する身にもなってくれ。新品の申請って中々通らないんだからさ」
「分かってるって」
「その返事、何回目だい?」
「さぁ? 50回目くらいかしら?」
こうしてお気楽なお喋りをした後、保護官のティルティスは外に出る為にエアロックへと向かった。この星の大気は“獣の眷族”や“首座の眷族”にとっても生身で呼吸可能なものではないため、外部と直接通じるような構造にはなっていないのだ。
そしてこれから向かう場所は危険が予測される為、念の為に生体装甲を装着する。
思考トリガーに従い背部に移植されていた強化細胞が増殖を開始。アメーバーのように蠢き、瞬く間に全身を覆っていく。なお、生体装甲を使用する者の服は背部、地球人で言えば肩甲骨付近が開いている事が多い。生体装甲のシステムとしては開いていなくても良いのだが、閉じられていると強化細胞が増殖する際に窮屈さを感じてしまう者が多く、自然と背部の開いた服を着用する者が多くなっていた。
―――閑話休題。
全身を隈無く覆ったアメーバーのような強化細胞が強靭な筋肉へと変化し、装着者に超人とすら言える高い身体能力が与えられる。次いで頭部、胸部、腰部、大腿部、下腿部、肩部、前腕部で赤い外皮装甲が形成され、最後に背部から一対二枚の翼が生えた。この姿をもし日本人が見たなら、生物的でありながらも翼の生えた鎧武者といった印象を抱いただろう。
また変化は外見だけに留まらなかった。体の内側では高い身体能力を十全に扱えるように知覚系を含む神経系全般が強化され、更に免疫系強化による毒物耐性や強力な再生能力による継戦能力までが与えられていた。
装着を終えたティルティスは、エアロックにある武器庫から手持ち武装と随伴させるドローンを取り出しながら通信を繋いだ。
『じゃあちょっと様子を見てくるから、あと宜しくね』
『はいはい。気をつけて』
エアロックオープン。空を定期ルートで巡回する移動基地から、ティルティスは数機のドローンを従えて飛び立っていったのだった。
◇
時間は僅かに進み、ハーゼ小隊。
岩石が磁気浮遊する渓谷を時速350キロメートルオーバーで進んだ彼女らは、ダイヤモンド・タートルの群れが急に移動を始めた場所付近にまで来ていた。ただし、まだ渓谷からは出ていない。
衛星軌道から地上を見下ろすスコーピオンで、周辺状況を探ってもらっているところだった。
『ハーゼ00からハーゼ01へ。地表を再度光学観測しましたが、やはり不審な影は見当たりません。これ以上の精密観測を行うなら遮蔽を解除してセンサーをアクティブにする必要があります』
スコーピオンは全長800メートルと戦艦クラスの巨体でありながら、殴り合いには弱い船であった。星系間移動を可能とする旧式の高性能ワープドライブにエネルギーを取られているため、艦を護るシールドが同クラスの純戦闘仕様の艦に比べて弱いのだ。また少なくない積載量を取られているため、武装も多くない。このため可能な限り遮蔽の解除はしない、という運用方針であった。
『こちらハーゼ01。遮蔽解除は不要だ。だがダイヤモンド・タートルの動きはどうだ?』
『群れの移動そのものは止まっていますが、ウロウロしていて、落ち着きない感じでしょうか? 個人的には周囲を警戒している気がします』
『なるほど』
ハーゼ01は暫し考えた後、決断を下した。
『
『こちらハーゼ00。判断理由は?』
『私も情報でしか知らないが、宇宙文明の光学迷彩は優秀だ。もし使われていた場合、衛星軌道からの光学観測のみで発見するのは難しいだろう。そして野生動物というのは、基本的に鋭い生き物だ。それが落ち着きなくウロウロしているとなれば、何かあると考えた方が良いだろう』
『了解しました。この後の行動は?』
『見えないなら見えないでやり様はある、ということだ。幸い、必要な道具は持ってきているしな』
一度言葉を区切ったハーゼ01は、部下達に命令を下した。
『03と04はスモーク弾。02はマーカー弾装填』
これだけで部下達は、
『03、04。曲射弾道で1マガジン斉射!!』
『『了解!!』』
渓谷の中で黒い
02は上半身を壁面から覗かせて87式突撃砲を構え、無言のままにトリガーを3回引いた。パンッパンッパンッと小気味よい音が響き、何も存在していなかった空間にベットリとマーカーが張り付く。FCSがターゲットをA、B、Cと認識。
この時、03と04は撃ち尽くしたスモーク弾の弾倉をリリース。グレネード弾倉へと入れ替えていた。
直後、ハーゼ01が命令を下す。
『やるよ!!』
01、03、04が跳躍ユニットを起動。渓谷の底から一気に空へと舞い上がり、盾を構えながらグレネードでトップアタックを行う。数は4対3で有利。ターゲットAを2人で、BとCを1人ずつで狙う。対人類戦ならアサルトライフルやマシンガンの斉射を選んだところだが、宇宙文明の兵器が相手ではエネルギーシールドや装甲を抜けない可能性があるからだ。
連続した爆発音と荒れ狂う炎。BとCの2体は爆散を確認。残り1………と03が思った時だった。視界の片隅で何かが動いたと思った瞬間、構えていた盾が強力な衝撃を受けて弾き飛ばされる。エネルギーシールドは正常に作動していたのに、それでもなお手から盾が弾き飛ばされる程の威力だ。エネルギーシールドによる威力減衰が無かったら、腕ごと持っていかれたかもしれない。
『ぐぅぅぅぅぅ!!!』
訓練された軍人。しかも特殊部隊の隊員がうめき声を漏らす程の衝撃。バランスを崩して落下していく03。辛うじて大地に激突する前に体勢を立て直して着地。大きな隙を晒してしまったので、すぐに距離を取ろうとするが――――――相手の方が早かった。03が顔を上げた時には、特徴の無い灰色の人型が既に迫っていた。振り上げられるハンドアックス。01も02も04も反応出来ていない。拙い。迫る死の気配に突き動かされ、前腕部ナイフシース展開。引き抜いたナイフを振り下ろされたハンドアックスに当て、衝撃で背後に飛びのきつつ、腰部跳躍ユニットを起動。空へと舞い上がって距離を――――――取らせてはくれなかった。予測を遥かに超える踏み込みで迫られ、飛んだ直後に片足首を掴まれる。
『ま、まず――――――』
それ以上は言葉にならなかった。圧倒的な膂力で振り回され、背中から地面へと叩きつけられる。余りの衝撃に肺から空気が抜け、意識がとびかけた。だがここで意識を失えば確実に死ぬという恐怖が、奇跡的に意識を繋ぎとめた。しかし意識が残っていても動けなくては意味がない。機体ステータスが一斉にレッドアラート。特に駆動系に深刻なダメージが入った上に跳躍ユニット使用不可。これでは、もう。急速に迫る死。
―――そこに、援軍が現れた。
突如現れた反応が急速に近づいてくる。見えたのは一対二枚の翼を持つ赤い人型。瞬く間に距離を詰め、勢いそのままに灰色の人型の顔面を鷲掴みにして、地面に叩きつけたのだ。どれほどの膂力だったのかは、後頭部が硬い大地にめり込んでいるのを見れば分かるだろう。しかし、死んだ訳ではない。相手にしてみれば顔面を掴まれているという事は、至近距離にいるということ。ハンドアックスが届く距離なのだ。だから振り上げ――――――赤い人型の言った言葉が、
『良いのね?』
メキッ、メキメキメキ。
灰色の人型の顔面から、あってはならない異音が聞こえてきた。もし赤い人型が手を退ければ、ヒビだらけになった顔面が見えただろう。それで、相手は観念したようだった。振り上げられていたハンドアックスが、ゆっくりと下ろされていく。
『賢明な判断ね』
するといつの間にか接近していた直系1メートル程の球体から機械の触手が出てきて、灰色の人型に首輪と手錠を嵌めた。これは生体装甲の性能なら、最悪両手を物理的に捨てても致命傷にはならず逃走出来てしまう可能性があるため、万一の場合は即座に処理できるように、処理用の装置が内臓された首輪を嵌める事がルールとなっていたからだ。
地球人の感覚で言えば非常に宜しくない光景だが、生体装甲を主に運用している“獣の眷族”は、生体装甲の悪用には厳罰をもってあたる方針で動いていた。
―――閑話休題。
こうして一対二枚の翼を持つ赤い人型は、ハーゼ小隊の面々に向き直った。
『大丈夫でしたか?』
『その声………もしかして、保護官のティルティスさんでしょうか?』
01は念の為に確認をとった。赤い人型は全身を隈無く覆われており、顔が見えなければ体のラインも分からなかったからだ。そして声だけで同一人物だと確信できるほど、長い付き合いではない。
『はい。そうです』
先程の荒々しいパワーファイトを全く感じさせない穏やかな返答。愛嬌のあるお姉さんという第一印象と灰色の人型を大地に叩きつけめり込ませた姿がイコールで繋がらない。しかし、印象と実際が違う事例など山ほどある。“獣の眷族”の犬耳保護官、ティルティス・リズリーはパワーファイターだった、という事だろう。
そしてここで、ハーゼ小隊の面々はようやく赤い人型の細部を確認出来た。短時間で色々な事が起きたため、脳の処理が追いついていなかったのだ。
素直な第一印象は、生物的な外見ながら赤い鎧武者にも見える、だろう。これに一対二枚の翼がある。しかしこの翼も、単純に羽ばたいて揚力を発生させるようなものではないはず。でなければ、あの速度で距離を詰める事などできる筈がない。
確認できる武装は地球人の感覚で言えば年代を感じさせるもので、腰には日本刀のようにも見える僅かに反った近接武装。腰裏には折り畳まれた弓のような物が見えた。
もう少しじっくり観察したいところだったが、まずは助けてくれた相手への礼が先だろう。ハーゼ01が代表して言った。
『ありがとうございました。貴女のお陰で、我々は仲間を失わずにすみました』
『仲間を失うというのは辛いですからね。助けられて良かったです』
『はい。本当にありがとうございました。――――――ところで、この後はこの者を移送すると思いますが、そちらにお願いしても良いでしょうか。我々としては負傷者がいるので、一度戻りたいのですが』
『そうですね。では一度戻って、代わりの小隊で巡回を続けて下さい』
『分かりました』
黒ウサギ隊のパワードスーツ部隊は
こうして負傷者は出たものの、派遣された黒ウサギ隊はミッションを遂行していったのだった。
◇
時は進み、カラード社長室。
晶はラウラから第4回外宇宙ミッションの報告を受けていた。
「――――――という訳で負傷者は出たが死者は無し。ミッションは無事終了した」
「そうか。隊員達にはゆっくり休むように伝えてくれ。いや、命令した方が休みやすいか。ミッションレポートを出したら2週間休暇な」
「長すぎないか?」
「こき使う時は思いっきりこき使うからな。休める時にはゆっくり休んでもらうだけさ」
「分かった。伝えておく」
「で、話をミッションの事に戻そうか。今回生体装甲と戦った訳だが、どう思う?」
ハーゼ小隊が戦った灰色の人型は、ティルティスからの情報提供で生体装甲という事が分かっていた。身体強化の程度は初期型に毛の生えた程度のものらしいが、光学迷彩型の生体装甲は違法も違法の厳罰対象なので装着者は色々と洗われるだろう、という事だった。
そして晶は今回のミッションで、非常に多くのものを得られたと思っていた。
金銭ではない。情報だ。
まず地球製パワードスーツと生体装甲の性能比だ。灰色の人型の身体強化は初期型に毛の生えた程度なのに、
晶はもう一度、戦闘記録を思い出した。あれで、中級。普通のパワードスーツではまず勝てないだろう。元々中級以上の生体装甲とやりあったら全滅覚悟という予測はしていたが、見積もりが甘かったようだ。全滅覚悟ではなく全滅だ。
そんな事を思っていると、ラウラが答えた。
「ミッション中の相手の行動を見る限り、地球人と宇宙人で戦術的判断が大きく異なる訳ではないと思う。無論、考え方や価値観に根ざしてこちらの常識では考えられない行動というのはあると思うが、まぁそれはこれからの情報収集で徐々に分かっていく事だろう。で、だ。戦闘面に関してだが、純粋にパワードスーツの性能が足りないと言わざるを得ない。
「キサラギには今回のデータを提供して、頑張ってもらうか」
なおデータ提供と共にカラードから出された要求仕様にキサラギの面々は頭を抱える事となる。
結果として多少の時間はかかったが、それでもキサラギが単独で行うよりも遥かに早く、パワードスーツの高性能化が進んでいく事となる。中級レベルの生体装甲の壁は依然として分厚かったが、初期型が相手なら最精鋭の軍人でなくとも戦える程度の性能にはなっていったのだ。
このため地球人は戦術ドクトリンとして、初級の生体装甲が相手なら部隊火力を集中して撃破、中級の生体装甲と相対した場合は重砲のキルゾーンに誘い込む、というのがスタンダードになっていく。上級が相手なら? 即時撤退かIS戦力の投入である。
「そうだな」
ラウラが肯いたところで、晶は話を続けた。ミッションが終了した後にハーゼ小隊の面々がダメ元で、保護官ティルティスが腰裏に装備していた、折り畳まれた弓のような物について尋ねたところ少しだけ教えてくれたのだ。尋ねられた本人曰く、「標準装備で知られたものなので、秘密にするようなものではない」という事らしい。
「ところで報告にあった弓だが、あれ反則だろう」
「あれか。私も思ったよ。連射能力こそ弓だが、威力は重火器並、継戦能力は銃とは比較にならん。大規模戦闘ならともかく、不正規戦闘でアレが敵の標準装備と思うと頭が痛いぞ」
まず“獣の眷族”にも、銃という武器はある。にも関わらず弓という武器が支給されているのにはしっかりとした理由があった。何故ならあの武器は弓という形状をしているが、本質的にはスリングなのだ。射出する物体はその辺りに落ちている石ころでも問題なし。弦を引いた時点で砲身状のエネルギーフィールドが展開されるので、矢のような形状をしていなくても比較的真っ直ぐに飛ぶ。そして弓の弦は、重機並の膂力を誇る生体装甲で引かれる事が前提となっていた。どういう意図かは不明だが見せてくれた試し撃ちによれば、威力はグレネードやバズーカに迫る。石ころという軽い物を使っている分威力は下がっている筈だが、その辺りに落ちている石ころがグレネードやバズーカ並の武器になるなら些細な事だろう。
更に言えば、弓なので当然矢がある。こちらの試し撃ちは見せてくれなかったが、幾つかの予想は可能だ。まず矢なら弾道が安定するから、石ころを撃ち出す時に展開される砲身状のエネルギーフィールドは無くてもいい。イコールセンサーによる事前察知がこの上なく難しくなる。弓なので銃のような発射音もない。隠密狙撃戦をやられたら、かなり厳しいと言わざるを得ない。技術力を考えれば、矢そのものにも何かを仕込んでいるだろう。どのようなものがあるかは不明だが、少なくとも地球の弾丸と同じようなものはあると考えるべきだろう。
「本当にな。あと腰に下げてた日本刀のような武器だって、恐らく只の刃じゃないだろう」
「高周波ブレードか、或いは刀身にエネルギーフィールドを付加して切れ味を増している、くらいはあると考えるべきだろうな」
「そう考えるとさ、今回ハンドアックスとナイフで打ち合ったけど、一撃で破壊されなくて本当にラッキーだったな」
「全くだ」
この後2人の話題は、今回使った船―――スコーピオン―――の運用方法へと移っていった。センサーを操作するオペレーターはスコーピオンに乗艦していたが、操作は十分に行えていたか? 内部の生活空間に問題は無かったか? 等々。初めて運用する艦だけに検討項目は山のようにあり、今後様々な用途で使われる事が確実なだけに、晶もラウラも性能や運用については熟知している必要があるからだ。それだけに2人の話し合いには熱が入り、随分な長時間を検討に費やしたのだった。
◇
一方その頃。アラライルとスノーにも保護惑星の方から第4回外宇宙ミッションの結果報告は上がっており、2人は政治的な立場から今後の対応について協議していた。
『光学迷彩型とは言え、性能的にはほぼ初期型と言える相手に負傷者1名。どう思いますか?』
『地球の技術力を考えれば悪くない結果かと』
アラライルの言葉にスノーが答える。
2人の興味は、地球製のパワードスーツはどこまでやれるのか、という点にあった。何故ならISの下位互換戦力であるパワードスーツが使える戦力なら、それなりに仕事を多く回せる。仕事の母数が増えれば、辺境宇宙に纏わる様々な問題が、束博士と
2人がこう考える理由は、単純な善意からではない。自陣営に引き込むべき理由があるからだ。
まず“首座の眷族”の事情として、銀河中心核付近を主星系としているため、辺境に目が届き辛いというのがある。加えて言えば辺境で何らかの異変を察知して解決に動こうにも、他文明の勢力圏を越えるという面倒極まりない手続きが必要だったり大迂回が必要だったりと本当に面倒が多い。秘密裏に少数精鋭を送り込んで処理する方法もあるが、リスクとリターンが明らかに合っていない場合もある。このため友好的かつ一定以上の武力を有する勢力が辺境にいる、というのは安全保障として大いに歓迎すべき事であった。しかも地球文明は―――正確に言えばカラードは―――最高峰の強襲戦術である惑星表面へのホットドロップ戦術を使える。別の星系の惑星表面にピンポイントで艦隊を送り込める、というのがどれだけ強力な軍事的圧力となるかは、少しでも軍事に理解があれば誰でも分かるだろう。一般的なホットドロップ戦術は惑星表面ではなく宙域に送り込むものなのだ。この1点だけを見ても自陣営に引き込む価値があるのは間違いない。惜しむらくは地球にまともな艦隊が無い事だが、本当に必要なら貸し出せば良い。また資源という意味でも自陣営に引き込むべき相手と言えた。何故なら“首座の眷族”の領域と地球文明圏はスターゲート1つで通じている直通だ。言い換えれば、銀河の中央から辺境まであらゆる道のりをスキップできる、という事でもある。従来であれば採掘艦隊に護衛艦隊を付けて、かつ他文明の勢力圏を越えるか大迂回して行かなければならなかったところを、直通なのだ。大幅な時間短縮が可能である上に、地球文明は辺境の豊富な資源の採掘を、“首座の眷族”と“獣の眷族”の限られた企業にしか認めていない。こんなに美味しい話は無いだろう。盗掘を防ぐ為のパトロール艦隊を編成して動かしてもお釣りがくる。
“獣の眷族”としても事情は似たようなものだが、その他の理由として交易があった。地球の月はハブ化されており、“獣の眷族”と“首座の眷族”の領域に通じるスターゲートが至近距離にある。そして“首座の眷族”の領域にあるスターゲート―――地球側から見れば出口―――の近くには、“獣の眷族”が保有しているどのスターゲートも近くに存在していないため、これまで輸送に時間の掛かっていた場所にも、より早く荷物が運べるようになっていたのだ。これは“首座の眷族”にしても同じであったため、両文明の輸送系企業は新たな輸送路のお陰で業績を大いに伸ばしていた。
このような背景から2人は地球へ回す仕事を増やし、極々自然な形で自陣営に加えようと考えていた。
そして仕事を回す以上、失敗されては困る。他文明の末端の兵士など幾ら消費されても構わないが、失敗という事実が積み重なれば、こちらの依頼斡旋の自由度も、あちらの依頼受託の自由度も下がってしまう。
なので被害を極力出して欲しくないアラライルの心情が、言葉となって出た。
『パイロットはカラード直属の最精鋭。機体も恐らくはパワードスーツの中では最高性能。他の組織から派遣された者達なら、恐らくもっと負傷者が出たでしょう。そして被害が多くなれば、こちらとしても外宇宙ミッションを斡旋し辛くなる。困りましたね』
しかし、深刻な懸念という訳ではなかった。
『余り困っているようには見えませんが?』
『なってほしくない事態を考えただけです。現実的な判断を言うなら、負傷者のみで死者は出ていないという事で、強い批判は出ないでしょう。なので今後も定期的に保護惑星での協力ミッションを依頼して、
『そうですね。ただ思ったのですが、毎回同じものよりも、様々なシチュエーションがあった方が経験の蓄積は早いと思いませんか?』
『なるほど。確かに適性を見る意味でも、シチュエーションというのは大事ですね。分かりました。私の方でも幾つか見繕っておきましょう』
『ありがとうございます。こちらでも見繕いますので、細かい擦り合わせは次回にでも』
『ええ。そうですね。では、失礼します』
この方針により、カラードには定期的にお手頃な依頼がされるようになった。無論、お手頃なだけに報酬は安い。しかし外宇宙ミッションに対応した人材を育成したいカラードにとって、金銭的な報酬よりも遥かに価値のあるお手頃な依頼であった。
第208話に続く
生体装甲の元ネタはSLGの 羅刹-Alternative-ですが、今話に登場した生体装甲や武装は本作オリです。
純軍事的な強いのは後にとっておく事にしました。
因みに作者の好きな生体装甲はアクーラやドレパノン。後は阿修羅。
それはさておき、黒ウサギ隊が縦横無尽に活躍する、という形にはなりませんでした。
やはり技術格差というのは大きいと思うのです。
ですが地球人は戦闘民族なので、技術格差が戦力の決定的な差ではない、というところも今後書いていけたらと思います。
あと作中で提案された世界中のパワードスーツメーカーとのトライアルは、勿論ブルールラッグが元ネタなのです。