インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
地球人もちょっと目覚めたかもしれません。切っ掛けはアレですが………。
スターゲート送電の実用化を発表した後のこと。
束と晶は今後を見据えて、“首座の眷族”と“獣の眷族”を通じて宇宙文明に対して声明を出していた。
それは地球文明圏に来る場合は“必ず”月のスターゲートを通って来て欲しいこと。高性能ワープドライブ艦で太陽系に直接来ないで欲しいこと。理由は太陽系内を巡回する艦隊が未整備で対応できないこと。守らない場合は相応の対処を考えていることだ。
この声明を聞いた多くの文明は思った。
―――結果は、2人を知る者にとっては予想通りであった。
月のスターゲートを使わず、高性能ワープドライブ艦で太陽系に直接侵入したとある文明に属する小規模な艦隊は、見えない何かに無警告で殲滅された。殺ったのはアリコーン0番艦を駆るハウンドチーム。晶の忠実な猟犬どもだ。与えられていた命令は唯一つ。今後舐めた事を考えた奴が出てこないように、完膚なきまでに叩き潰せ。手段は問わない。オールウェポンフリー。
殲滅任務に特化した最高の装備を与えられた彼女達は、誰一人生かして帰さない完璧な殲滅を持って答えた。それが数回繰り返されたところで、ようやく多くの文明がスターゲートを通って、お行儀良く地球圏に来るようになったのである。
力を示さなければ舐められるという良い例だろう。
尤も、太陽系への侵入を完璧に防げるようになった訳ではない。今後もちょろちょろ侵入してくる奴らはいるだろう。だが今は、断固とした対応が出来ると示せれば十分だった。というか、それ以上はできない。早く一般人によって運用される普通の艦隊が欲しい。切実に。だがこれには時間が必要で、今はどうしようもない。
そしてスターゲートを通って来た者達への対応も考えなくてはいけなかった。
来るならスターゲートを通って来て欲しいと言った以上、何かしらの対応は必要なのだが――――――。
「めんどうくさーーーーーーーーい!!」
余りの多さに束が癇癪を起こした。
自宅の居間にあるソファにボスッと座り、次いでぐてっとなる。
晶は2人分のコーヒーを入れながら思った。
無理も無い。始めは良かったのだ。多種多様な種族、頭に角があったり背中に翼があったり、非人間型で蟻みたいな外見だったり、色々な人(?)と話せて機嫌も良かった。しかし、揃いも揃って話す内容が大体同じなら仕方がないだろう。尤も、スターゲート送電の事が話題に上がるのは良いのだ。技術は使う為にあるのだから、使い道があるのは良い事だ。なのに癇癪を起こした理由は、宇宙人にも俗物が意外と多かった、ということだ。スターゲート送電を使ってどのような事を行うのかではなく、如何にして利益を確保していくか、という部分をフォーカスしている奴らの多いこと。相手の行動を好意的に分析してやるなら、恐らくそれぞれの文明を代表して来ているのだろうから、他者に先を越されまいと焦る気持ちから利益という部分を強調したのかもしれない。だが束相手の交渉としては悪手も悪手だ。少々恫喝めいた発言をした相手もいたが、その場合はその時点で会話終了だ。付き合ってやる義理は無い。
「ま、取り合えず落ち着け。はい」
「ん。ありがと」
束は受け取ったコーヒーを一口飲んだ後に言った。
「どうしよう。こんなの一々相手にしていたらキリが無いよ」
晶は束の隣に座って答えた。
「だよなぁ」
暫しの沈黙。2人揃って考える。
このままでは対応に時間を割かれて他の事が行えない。大問題だ。ではどうする? 太陽系まで直接来た者を門前払いというのも………。ここで、晶はふと思った。
「なぁ束。他文明への超光速通信って、“首座の眷族”と“獣の眷族”にしか開放してなかったよな?」
「うん。でもこの状態で他に開放したら、ちょっと考えたくない事態になっちゃうよ」
「いや、逆」
「どういうこと?」
「篠ノ之束博士と話をしたいなら、アラライルさんかスノーさんを通してってしてみるか」
面会者を選別する為の窓口を設ける、というのは珍しいものではない。企業に置き換えてみれば、社長と会って話をしたいなら、事前に予約を取るだろう。不審者は窓口で弾かれる。同じ事を2人にやってもらうだけだ。本当なら地球人にやって貰いたいのだが、ある程度の格というか言動に実行力のある人じゃないと相手を抑えられない。
地球の勢力がもう少し強くて、もう少し人材がいれば………そのもう少しが遠い。
「う~ん。そうだねぇ。出会いの切っ掛けを他に握られるのは癪なんだけどなぁ」
「でもこのままだと、俗物の相手をずっとする事になるぞ。いや、俗物ばかりとは限らないけど、確率は低いと思う。それならさ、自分達で色々な宙域に出向いて、そこで会った人達と付き合う方が良くないか?」
「それもそうか。この場でふんぞり返って待ってるよりも、そっちの方が実際を知れて良さそうだもんね」
アラライルとスノーの仕事が増えた瞬間だった。とは言っても悪い事ばかりではない。外交というのは人脈が強みに直結するところがあるので、星間外交を行う2人にとって、他文明の知り合いが増えるという事は、強みが増えるという事でもあるのだ。その分厄ネタを持ち込まれる場合もあるが………。
なお、束と晶はカラードに窓口をつくろうとは考えなかった。宇宙文明についての情報が無い訳ではないが、何処とどのように付き合っていくのか、というのは外交的な判断になるからだ。そのような判断を社員にさせるのは酷だし、させてはいけない。やるなら相応の権限を持たせた本格的な外交部門を立ち上げるべきだが、人材が圧倒的に足りない。いつかはやらせないといけないのだが、それにしたって最低限の下地は必要だ。もどかしいが、宇宙文明研究科*1で人が育つのを待つべき、という考えからだった。
「よし。じゃあその方向で動くか」
こうして方針を決めた2人は、早速と次の会談でこの話をする事にしたのだった。
◇
『――――――という訳で暫くの間、御二人には窓口になって貰いたいのですが可能でしょうか?』
いつもの公開されている会談の席で、束はアラライルとスノーにお願いしていた。
まずアラライルが答える。
『こちらとしては構わないのですが、宜しいのですか? 普通は自勢力の者に頼むと思うのですが』
スノーも肯いて同意を示している。
この会談を見ている多くの地球人は思った。アラライルの言う通り、普通は地球人に頼むだろう。しかし、束の返答が全てを物語っていた。
『ある程度言動に実行力のある者でないと、相手を抑えられませんので』
少しでも状況を客観的に見れる者なら、今の地球がどれほど危うい状況なのかが分かるだろう。恒星の莫大な放射エネルギーを遠隔地で、しかもリアルタイムで使用可能なスターゲート送電。辺境故に豊富な資源。何処の文明も喉から手が出る程に欲しているものが揃っている。まともな宇宙艦隊が存在しない状態で。一部に非常に強力な戦力はあるが、少数精鋭というのは基本的に物量戦に弱い。本格的なぶつかり合いになれば、擦り潰されて終わりだろう。
世の中には盤面ごとひっくり返す
ではどうするべきか? 束博士の一手が示す通りだ。より上位の存在に間に入って貰えば良い。頼り過ぎは危険だが、他に取れる手が無いなら仕方がない。
―――多くの地球人にとっては、この程度の理解であった。
しかし、スターゲートを越えて地球文明圏にやって来た宇宙人達は違う。知っているのだ。
そして実のところ束博士からの申し出は、アラライルとスノーにとっても有り難かった。篠ノ之束博士へのアクセスを握れるなら、敵対的な文明にスターゲート送電技術が流れる心配は格段に減るからだ。心配なのは高性能ワープドライブ艦を使った太陽系への直接侵入と非合法活動だが、観測情報を見る限り、力の見せ所は分かっているらしい。これからもちょろちょろする奴はいるだろうが、大規模な支援は必要無いだろう。
2人とも同じような判断を下して、スノーが口を開いた。
『ところで束博士』
『なんでしょうか?』
『いえ、只の報告です。先日プレゼントされた物ですが、王に献上したところ私に下賜されました。なので投入場所を考えたのですが、我らの領域で最近入植を始めた惑星がありまして、そこのエネルギー源として使わせてもらおうかと』
『そうですか。では初期設定をしますので、その星系の座標と天体軌道データを下さい』
スノーは手元のコンソールを操作して言った。
『―――今、送りました』
束は新たに展開した空間ウインドウでそのデータを一瞥した後、思考トリガーで幾つかのタスクを処理してから尋ねた。
『いつから供給を開始したら良いでしょうか?』
『まだ現地に運んでいないので、地球時間で1週間後にして下さい』
『分かりました。では1週間後からの開始にしますが、開始前にこの会談でもう一度準備状態について確認しますね』
きっかり1週間後に機械的に供給を開始しても良かったが、せっかくなのでイベントっぽくしても良いだろうという遊び心からだった。
『はい。こちらも準備を整えておきますね』
お互いニッコリ。美人同士という非常に絵になる光景だ。
因みに束は会談の席で着物を好んで着ており、スノーも着物のように見える服装なので、最近着物メーカーの業績は右肩上がりであった。束が美女なのは言うまでも無いが、スノーも白髪狐耳&尻尾な美女なので、モデルとして見た場合の宣伝効果は抜群なのだ。
―――閑話休題。
今度は渋いイケオジのアラライルが口を開いた。
『こちらも使い方は決めました。1つは工業用惑星のエネルギー源として。1つは支援を必要とするところに機動的に使おうかと』
『前者は分かりますが、機動的にとは?』
『世の中、困っているところは1つではありません。なのでAという場所に投入して、そのAが落ち着いたら次はBに。Bが落ち着いたら次はCに、という風に使っていこうかと』
エネルギーはあらゆるコストに直結する。前者で自文明の為に使いつつ、後者で他の支援に使っている事もアピールする。アラライルらしい合理的な判断と言えた。
『なるほど。分かりました。ではこちらも初期設定をしますので、その星系の座標と天体軌道データを下さい』
アラライルは手元のコンソールを操作して言った。
『―――どうぞ。送りました』
束は先程と同じように新たに展開した空間ウインドウを一瞥した後、思考トリガーで幾つかのタスクを処理してから尋ねた。
『いつから供給を開始したら良いでしょうか?』
『合わせた方が良いでしょう。こちらも1週間後で』
『分かりました。では1週間後の会談で、準備状況を確認してからの供給にしますね』
『ええ。お願いします』
こうして星々の海を越えてリアルタイムでエネルギーを活用するという、銀河の歴史に残る一大事業は、これまで誰も想像していなかった形で進み始めたのだった。
◇
一方その頃。地球。
銀河の高度文明ですら実用化していない技術を実用化した。しかも会談で公式に認められているという事実は地球人を熱狂させていた。束博士を褒め称え、地球の未来は明るいと騒いでいる。だが、各国上層部や企業群は猛烈に危機感を募らせていた。
利権の為に自らの星を滅ぼしかねない程に紛争や戦争を繰り返してきた連中が、気付かない筈が無いだろう。なにせ自分達が散々やってきた事だ。
劣る所が良いものを持っているなら奪えば良い。武力が手っ取り早いが、武力でなくても良い。合法的に見えるようにする手段など幾らでもある。声を上げられても誰かに届かなければ意味がない。届いても非難に変わらなければ同じこと。結果として差し出さなければいけない状況をつくってしまえば良い。散々、やってきたではないか。
今の地球に抗う手段はあるか? 各国には無い。カラードにはある。これまでの外宇宙ミッションで実戦的である事を証明している。しかし、
数少ない安心材料はアンサラーという強力無比な絶対防衛線がある事だが、それを使うという事は地球に閉じ籠るという事だ。
ならば、やるしかないだろう。末端の労働者など幾らでも潰しが効く。可能な限り早期に宇宙戦力を整備して、一方的に搾取される存在ではないと示さなければならない。篠ノ之束博士という金の卵を産む鶏、スターゲート送電という金の成る木を守らなければならない。
今更、という謗りは免れないだろう。これまでの会談で篠ノ之束博士は何度も評価されていた。地球より遥かに高度な文明から。会談という公式の場で、何度も。地球の遥か先を行く文明ですら基礎理論の構築から実用化にまで数百年、或いは千年をかけた技術を僅か数年で、しかも学ぶ相手すらいない中で単独で実用化したと、ハッキリ言われているのだ。昔の自分達のように、宇宙人が確保に動かないと何故言える。
今付き合いのある“首座の眷族”や“獣の眷族”は温厚な対応をしてくれているが、そうじゃない相手もいるのは身をもって学んでいるだろう。
アラライルやスノーの温厚な対応。カラードだけが認められているという嫉妬。余りに早い情勢の変化。それらで感覚が麻痺していたのかもしれない。しかし、そんなものは言い訳にしか過ぎない。行動決定の指針が地球内部にあって、本当の意味で
だが、遅くはあるが気付けた。これまで強者の立場にあった者が、成す術もなく搾取される弱者に成り下がるかもしれないという恐怖からだが、気付けたのだ。
そして恐怖が原動力となったせいか、行動は迅速かつ強力なものになっていた。
まず“星間国家の在り方を検討する委員会”を構成する6ヵ国―――日本・アメリカ・ロシア・イギリス・フランス・ドイツ―――が、軍事予算の半分を宇宙船と他惑星での活動用装備の研究開発に振り分けると発表したのだ。これまでも
だが集結した科学者や技術者達は分かっていた。並の天才程度が何百人集まろうと、実用的な船は造れない。星々の海を駆ける為の最重要機関、ワープドライブへの理解度が圧倒的に足りていないのだ。カラードが研究開発用に中古船を配ってくれたので取っ掛かりが無い訳ではないが、そもそも地球と宇宙文明では、科学的知見の積み重ねがまるで違う。100年? 500年? 1000年? そういうレベルだ。理解して製造できるようになるまで、どれくらいかかるだろうか? 少なくとも10年や20年ではないだろう。
因みにアステロイドマイニング*4に使用されている、クレイドル2号機を参考にしようという意見もあった。束博士が造ったワープドライブが搭載されているからだ。確かに同じ地球人が造った物なので、他文明の物を解析するよりも楽だと考えるのは道理だろう。だが束博士は、始めから考えていた。ワープドライブの事をよく理解していない人間が使う事の危険性を。もし事故なんて起こされたら、全てが頓挫する可能性もあったので当然だろう。だから彼女はアステロイドマイニングに必要な最低限の性能を盛り込んだ後は、入念で偏執的なまでに安全性を重視したつくりにしていた。技術情報は一切開示されておらず、整備も束本人が行うことを前提というつくりである。このため参考資料としては全く適さない物になっていた。
このため企業は考えた。どうすれば良いか。方法は1つしかないだろう。自分達で造れないなら、他から持ってくるしかない。但し、相手が宇宙文明である必要は無い。カラードのこれまでの行動―――束博士の意志と言い換えても良い―――や現状を踏まえるなら、恐らく交渉の余地はある筈なのだ。
こう考えた企業は委員会を構成する6ヵ国にありとあらゆるロビー攻勢を仕掛け、束博士に通じる唯一の扉である晶に、委員会の席でとある提案をした。
「………これは、どういうつもりかな?」
差し出された書類を見て、晶は話を切り出したアメリカの委員を見た。
「書類の通りです。束博士に、汎用的に使えるワープドライブとそのオペレーション用ソフトウェアの開発を依頼したいのです」
「何故かな? 知っての通り、カラードはワープ技術を独占するつもりはない。中古だがちゃんと動く宇宙船を配り、束に頼らなくても研究開発していけるように支援してきた。お前達だって自分で自由にやれた方が良いだろう」
「平時であれば、或いは外敵が存在していなければ、我々もこのような提案はしなかったでしょう。しかし今の地球は余りにも危うく、早急に宇宙戦力の整備が必要だと、今更ながらに気付いた次第です」
「随分と正直だな。誰の入れ知恵だ?」
「あれほど動いていたのです。お気づきでしょう」
「ま、それを問い詰める気はないさ。只、そうだな。1つ聞こう」
「なんでしょうか?」
「宇宙戦力を整備したとして、誰の指揮下に入って、どういう運用をするんだ?」
「現状を考えればカラード指揮下。つまり貴方ですが、現実的にはラウラ戦闘部門長が采配する形になるかと」
晶と束が権力を求める人間だったなら、この返答が正解だっただろう。しかし2人は違う。必要なら幾らでもやるが、基本的には「面倒臭い」なのだ。なので晶の返答は、委員会からしてみれば信じられないものだった。
「整備した戦力は、お前達で動かせば良い。責任者もお前達の中から、いや、1人が厳しいなら相談で決めても良い。但し、2つだけ言っておく。アンサラーには近づかないこと。宇宙戦力の整備資金は6ヵ国とカラードで等分にする」
「ぜ、前者は分かりますが、整備資金は等分ですか? 応分ではなく?」
本当に分かっているか怪しいと思った晶は、注意喚起の意味も込めて言っておく事にした。
「まず前者について言うが、人は都合の良い事しか見ない場合がある。そしてこれまで
「まさか、そのようなこと………」
委員の誰かが呟いた。しかし、「無い」という言葉が続かなかった事が全てだろう。晶は話を続けた。
「だから、目を光らせておくと良い。今言った事について、俺と束は既に対応方針を決めている。容赦する気は欠片も無い。いいか。念押ししておくぞ。容赦する気は、欠片も無いからな。代替わりして仕事を後任に引き継ぐとき、今言った事も一緒に引き継いでいくと良い。ま、戯言だと思って引き継がないのも自由だけどな」
口調は静かで怒気を孕んでいる訳でもない。しかし“天災”と“最強の単体戦力”の意志として、「欠片も容赦する気は無い」とわざわざ忠告してきたのだ。この意味の分からない人間がいるだろうか? いや、いるのだろう。先程の言葉通り、人は都合の良い事しか見ない場合があるのだから。6人の委員全員が了解の意を返した。
晶は次に、等分負担について話し始めた。
「応分負担にすると国力の大きいところの負担が増える。負担を呑み込んでいるのだから、相応の発言力を持つっていうのもありかもしれないが、地球の戦力なのに特定の国の影響力が大きいってのはおかしいだろう。だから等分にした」
「それでは規模が小さくなってしまうのでは?」
アメリカの委員が声をあげた。提案を持ってきた経緯を考えれば、一刻も早く戦力を整備したいのだろう。
「応分負担に比べれば確実に小さくなるだろうな。だがそうだな。少し考えて欲しいんだが、応分負担にした場合、どう考えてもアメリカの支出が突出する事になる。で、だ。整備した後にアメリカ経済が風邪を引いて支出が滞れば、宇宙戦力の運用に支障が出る。地球の為に行動する宇宙戦力が、たかが一国の動向に左右されるなんて、あって良いと思うか? この場合に必要なのは、何時如何なる時も安定して運用可能な戦力だと思うが、あなたの意見はどうだろうか?」
暫しの沈黙の後、返答があった。
「………確かに安定して運用可能な戦力が無ければ何も出来ません。相応の規模は必要だと思いますが、等分が妥当でしょう。ただ――――――いえ、この話はまた後にしましょう」
言いかけた内容は気になったが、他の面々も等分に同意したので晶は話を続けた。
「話題を戻そうか。束への依頼についてだが、基本的には受けて良いと思っている」
「基本的には?」
「依頼なら報酬があって当然だろう。それとも、束にタダ働きをしろと?」
若干意地の悪い言葉に、日本の委員が挙手して答えようとする。尤も、晶は用意されている返答を既に知っていた。日本の中枢は既に更識家が掌握しており、晶はその当主なのだ。当主代理として仕切ってくれている楯無は、本当に良く働いてくれている。
「束博士にご満足頂ける報酬となると、正直なところどれ程の額なのか想像もできません。なので、こういうのはどうでしょうか。前金として1000億円ほどお支払いしますが、報酬の本体は今回依頼したワープドライブが造られる限り、その利益の5割を支払い続ける。これなら良い物をつくって頂ければ、末永く報酬を支払い続ける事ができます」
「………分かった。報酬については束と一度相談する」
こうして今回の委員会は終了となったのだが、委員会は密室の会議ではない。議事録は全て公開されている。よって今回の内容も広く知られる事になるのだが、世間の論調は少しばかり晶の予想と違っていた。今後整備される宇宙戦力がカラード直下にないという事で、国連のように機能不全を起こすのではないか、というのを心配する声が思いのほか多かったのだ。
そうして数日の時が流れ――――――。
◇
再度開かれた“星間国家の在り方を検討する委員会”。
晶と6ヵ国の面々が揃い着席したところで、もう1人会議室に入ってきた。
その人物を見て、晶以外の全員が驚きの表情を浮かべる。
―――篠ノ之束博士。
晶以外の全員がハッとなって起立。頭を下げて迎え入れる中、束は「楽にしてて良いよ」とだけ言って室内を歩き、晶の傍らまで来て言った。
「待った?」
「これから始めるところだ」
「良かった。待たせなかったみたいだね」
晶は席を束に譲って自身が傍らに立つと、他の面々に言った。
「先日依頼の話をしたところ、自分で話したい事がある、というので来てもらった」
続けて、束が話し始めた。
「まず依頼についてだけど、受けようと思う。地球でも色々造れるように種を蒔いてきたけど、修得するにはやっぱり時間が必要だからね。暫くはこっちで生産してあげる。数は多くないけどね」
カラード本社地下にある束の自宅には、様々な設備がある。
このため束は
委員の1人が尋ねた。
「多くないとは、どの程度でしょうか?」
「取り合えず月3~5つくらいを考えてるけど、細かい話をする前に、先に2つ発表しちゃおうかな」
発表? なんだろうか? 全員が思う中、束は続けた。
「どちらも規格化という意味では同じなんだけどね。1つは宇宙船の共通規格。1つは他惑星での活動用装備の共通規格」
「それは、まさか………」
委員の1人がある種の期待に満ちた声をあげた。
「そ。6ヵ国が頑張り始めたみたいだからね。方向性を与えてあげる。完全に一から研究開発すると、方向性が決まるまでにかかる時間も労力も相当なものになるけど、規格が決まっていればその方向で突っ走れるでしょ」
束が全員の前に空間ウインドウを展開した。
「私は単純にコア理論って呼んでるけど、要は機能単位で徹底的に共通化してパーツ換装を容易にする事で、汎用性と整備性とアップデートの余地を確保して、道具を末永く使えるようにしようってこと。こんな風にね」
表示されたデータは、今後カラードで建造して運用する予定の艦だ。
型式番号はAS07。開発ネームは
束博士の言う通り、汎用性、整備性、アップデートの余地、どれをとってもこれまでの常識からは考えられない革新的なつくりと言えた。
「今後カラードで建造する宇宙船は、全てこの規格で行おうと思います」
因みにイクリプスやアリコーンも設計思想的には同じであるため、様々なパーツが交換し易くなっている。外部アタッチメントを活用した装備も可能だ。このため今回発表した艦船パーツの規格が広まり多種多様なパーツが造られれば、それだけ対応力も向上するだろう。
―――閑話休題。
全員が驚く中、束の言葉は更に続いた。
「で、他惑星での活動用装備の共通規格なんだけど、これは人間サイズの無人機なんだ。今までの無人機ってあまり汎用性が無かったでしょ。装備の換装は出来ても、機体本体の性能は固定。例えば陸地では使えても、空や海では使い辛い。だからね、こんな規格を考えてみたんだ」
新しい空間ウインドウが展開され、
頭部、胴部、腕部、脚部、内装系、格納装備、外付け装備で構成されたアーマードコアの汎用性は他の追随を許さない。二脚が苦手とする空や海もフロート型なら問題無い。積載量が欲しいならタンク型にすれば良い。高温環境ならラジエーターを強化すれば対応できる。偵察や観測に使うなら、武器ではなくセンサーを持たせれば良い。
内装系や四肢の交換も、大規模な工場を必要としない。町工場レベルの設備があれば何処でも行える。無人機ならハッキングが心配だが、束は原始的かつ効果的な対策をしていた。AIの思考行動ルーチンのアップデートは、有線接続でしか行えないようにしていたのだ。つまり人格にあたる部分をハッキングで改竄して味方を撃たせる、といった事は行えない。有線接続で上書きされてしまえばそれまでだが、直接接触されない限り安全を担保できる、というのは大きいだろう。
彼女の言葉は続く。
「これならあらゆる惑星のあらゆる環境で、人間の活動をサポートできる。だからカラードは今後、この規格のメカも造っていく。必要だと思ったら使えば良いし、自分達で用意したいなら、規格は全部公開するから造れば良い。で、これに付属してもう1つあるんだ。機体制御系――――――歩くとか走るとか飛ぶとか、その辺りは初期設定で全部組み込んであるんだけど、運用する個人や勢力によって、どういう風に動いて欲しいのかって違うでしょ。だから、それをつくるソフトウェアも一緒に公開しておこうと思って」
更に新しい空間ウインドウが展開され、画面に
「極々簡単に言えば、行動を記号化したチップと呼ばれるものを組み合わせて基本行動パターンをつくっていきます。ですが決まったパターンや状態にしか対応できない、という訳ではありません。組むのに多少慣れが必要ですが、もう少しふんわりとした判断をAIにさせる、といった事も可能です。ここで詳しく言ってもイメージし辛いでしょうから、カラードに用意した
こうして発表された規格を持ち帰った6ヵ国の判断は早かった。なにせ“天才”篠ノ之束博士が、態々委員会で直接発表した規格だ。他の普通の天才程度の発表なら、色々と綿密に隅々まで検証するところだが、博士自身が今後カラードはこの規格を使うと言っているのだ。なら、速やかに乗った方が絶対に良い。
このため6ヵ国は数日後に共同声明で、新規格の提案を受けたこと、今後はそれを軸として研究開発を進めていく事を発表する。なお束博士は単純にコア規格と呼んでいたが、船と人間サイズの無人機が同じ規格名では混乱してしまうので、船については“シップコア規格”、人間サイズの無人機については“アーマードコア規格”と区別されるようになったのだった。
そして圧倒的な汎用性を持つこの規格は、瞬く間に地球文明圏全域に浸透していく事となる。
◇
いつもの会談から1週間後。
再び行われた会談の席で、束はアラライルとスノーの2人から、準備完了という報告を受けていた。
『分かりました。では、送電を開始しますね。―――晶』
定位置である斜め後方に立っていた晶が、束お気に入りの玩具っぽい赤いボタンをポチッと押す。すると指定された宙域にある中継衛星MKⅡの内部に、極小のスターゲートが展開された。次いで展開された極小のスターゲートを通って、何光年という距離を跳び越えてスーパーマイクロウェーブが届く。
その結果は、誰の目にも明らかであった。
大規模エネルギー機関の存在しない宙域に、あらゆる設備を十全に動かせるだけの莫大なエネルギーが供給され始めたのだ。半信半疑であった現地にいる者達から、アラライルやスノーに次々とメッセージが送られている。驚き。喜び。そんなメッセージが山のようにだ。
まず、アラライルが口を開いた。
『束博士。現地から驚きや喜びのメッセージが次々と入っています。素晴らしいですね』
次いでスノーだ。
『こちらもです。本当に、素晴らしいの一言です』
束が答えた。
『ありがとうございます。喜んで貰えて何よりです』
尤も、この場は政治的な場でもある。素晴らしいというだけで終わる訳がない。アラライルが次に言った言葉は必然的な流れであった。
『ところで束博士。当方の科学者達から、共同研究の話が出ているのですが』
『スターゲート送電についてですか?』
『はい』
ここで束は「う~ん」と暫し考え込んだ後、答えた。
『返答する前に、その科学者さんとお話をさせてもらっても良いですか。下地となる技術が幾つかあるので、そこがクリアできていないと私が一方的に教えるだけになってしまいますので』
アラライルもある程度は予想していたのだろう。新しい空間ウインドウが立ち上がり、初老の男性に見える人物が映し出された。地球人よりも長命であるにも関わらず初老という事は、そういう外見にしているか、それだけ長い時を生きている人、という事なのだろう。
『初めまして。地球人の篠ノ之束です』
『お初にお目にかかります。“首座の眷族”の科学者、デルドンドと言います』
『早速ですが、幾つか確認させて下さい』
『どうぞ』
『スターゲート送電には下地となる技術が幾つかあるのですが、その制御精度についてです』
こうして話し始めた束は3つの技術を挙げ、最後に尋ねた。
『――――――これらの制御を最低でもO12、欲を言えばO18の精度で行えるのが入口です。どうでしょうか?』
O12とは小数点12桁、O18とは小数点18桁だ。100%に近いという意味で表記するなら、99.999999999999%がO12。99.999999999999999999%がO18になる。一般人にとっては大差ないように思えるかもしれないが、最先端領域なら天地程に意味が違ってくる。
『その技術でソレは………』
言い淀むデルドンド。指定された技術の制御精度はO9の水準なのだ。これでも銀河最高水準なのだが、要求されたのはその更に上。欲を言えば倍。昔から精度向上が不可能派と可能派が論文を戦わせていた分野だが、なるほど。可能なのか。新しい扉が開いたとも言えるが、可能派の論文によれば、別種の複数の理論と技術が必要となる可能性が示唆されていた。
束は相手が言い淀んだのを見て、話し始めた。
『どうやら、届いていないようですね。出来るようになりましたら、アラライルさん経由で教えて下さい。その時を楽しみにしています』
話を聞いていたアラライルが興味本位で尋ねた。
『先程入口と仰いましたが、それが出来ても先は長い、ということですか?』
『人によっては、というところでしょうか。別の分野にも興味のある方でしたら、案外簡単に出来るかもしれません』
アラライルは内心で小さく溜め息を吐いた。必要となる別分野が1つとは限らないし、必要となるブレイクスルーが1つとも限らない。先は長そうだ。そう思っていると、今度はスノーが尋ねた。
『ところで束博士。本格的なエネルギー輸出については考えていないのですか?』
『考えていない訳ではありませんが、テラフォーミングしている星でも使うので余り多く振り分ける予定は、今のところありません』
『そうですか。ではその余り多くない枠、こちらで予約しましょう』
『決断が早いですね』
『この会談が始まる前から考えていましたし、既に我らが王の裁可も下っています。なので正式な申し込みと受け取って頂いて構いません』
『その枠、こちらも予約しましょう』
エネルギーは幾らあっても困る事はない。辺境の安定的な活動に寄与するのであれば、躊躇う理由はなかった。
『細かい条件は後ほど詰めるとして、御二人の意向は分かりました。色々検討したい事もありますので、正式な返答は後日ということで』
こうして星系どころか文明を跨いでエネルギー輸出を行い始めた地球は、辺境で徐々にその存在感を増していく事になる。大規模なエネルギー機関の設置無しに莫大なエネルギー供給を受けられるこの事業は、何処の文明にとってもこの上なく魅力的なのだ。
そして美味しそうな果実はすぐにもぎ取られるのが世の常だが、すぐに直接的な武力に晒されなかったのは、アラライルとスノーが他文明との緩衝材として機能したからだった。無論、無償の奉仕などではない。メリットがあればこそだ。1つは他文明から訪れる篠ノ之束博士への面会希望者に対して、取り次ぐか否かの決定権を持っているということ。この手札が一枚あるだけで、相手の出方がまるで違う。全てが片付く万能の手札ではないが、難易度を下げるという意味では非常に有効な手札であった。1つはそれぞれの自勢力内部での立場向上。元々2人は相応の立場にいたが、同じような立場の者は他にもいる。だが人脈が増えて多くの情報が集まるようになった事で、自然と扱いもそれに応じたものになっていったのだった。
第211話に続く
ついに、ついにアーマードコア規格投入!!
これで多数の企業が参入して、人間サイズのアーマードコアパーツが沢山作られる事になるかと思います。
作者的に戦場での運用方法は、人間が戦術機型のパワードスーツを使って指揮官。人間サイズのアーマードコアが部下というか便利なツール、という感じでしょうか。
因みにコレをやって一番強いのはセッシーちゃんです。(束さんは別枠)
そして予想通り束さんに共同研究のお話が来ましたが、「やりたいなら基礎技術力を向上させてからね」(意訳)とサクッとお断りさせて頂きました。ブレイクスルーが幾つも必要なので、多分暫くは来ないでしょう。
そしてそして、エネルギー輸出なので継続的で安定した統一通貨(IK)の収入が入るようになりました。
採掘関連の収入もありますが、これはこれで非常に大きいのです。
まだ使い道は決めていませんが、使い道を考えるだけでもワクワクしてしまいます。
次回からはついにIS学園を卒業して3年目。さて、どうなって行く事やら――――――。