インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
でも入りはほのぼの平穏系。
第5回外宇宙ミッションの発端は、束が増え過ぎた人類の移民先としてテラフォーミングしている、2つの惑星について考えている時の事だった。
―――カラード本社地下。束自宅の居間。
「ん~。あと7年か8年くらいか………長いなぁ」
束がソファで、晶の膝枕を堪能しながら呟く。
「7、8年? テラフォーミングの事か?」
「うん。どうにかしてもっと短期間で出来ないかなってちょっと考えてた」
テラフォーミングの開始は、IS学園卒業直前だった*1。あれから2年が経過して3年目。火星型惑星を10年程度で変える性能でデザインされた
なにせ両惑星の地上には、既に小さいとは言え海が出来ているのだ。シミュレーション通りなら、最終的に地表面の5~6割程度が海になるだろう。
簡単に進捗状況を思い出した晶は尋ねた。
「10年でも相当な短期間だけど、これ以上短縮して大丈夫なのか?」
「人がいる訳じゃないし、調整を加速させる事そのものは問題無いんだけど、加速させたらその分だけ人が住める環境というか、気象条件に落ち着かせるのが難しくなっちゃうってだけかな」
テラフォーミング中の惑星は、人が生存していられるような環境ではない。なにせ自然環境なら数千年数万年、或いはもっと多くの時間を必要とする気候変動を、たった10年で完了させる程のハイペースで行っているのだ。気候に及ぼす影響は、地球の異常気象の比ではない。
情報収集用に設置している衛星によれば、惑星全土で風速数千メートルの風が吹き荒れ、これによって巻き上げられた砂塵は鋼鉄すら削る程の凶器となり、大気中に存在している様々な微粒子が摩擦帯電を起こして雷の嵐となっている。更に言えば海が出来るほどの大量の氷を地中から溶かした影響で、所々地殻強度が変わって大地震が頻発するようになっていた。地質調査で頑丈な土地がある事は判明しているし、時期に収まる事ではあるが、現時点で危険である事に変わりはない。
そんな状況を更に加速させれば、人が住める気象条件に再調整するのが難しくなるのは道理だろう。
ここで晶は考えた。何か手伝える事はないだろうか? 真っ先に思いついたのは気象コントロール用ISの投入だが、すぐに現実的ではないと没にする。第2回外宇宙ミッションのように、局所的かつ一時的なコントロールでは済まないからだ。例え気象コントロール用ISを使う3人―――本音、クロエ、適性のあったもう1人のクラスメイト*2―――全員を投入したとしても、出力的に全く足りない。仮に無理矢理やるとしたら、3人を相当な長期間テラフォーミングしている惑星に張り付ける事になる。選べる選択肢ではない。あと、全員自分の女なのだ。遠く離れた場所に追いやって寂しく仕事をさせるなんて、断固として却下だ。
次に思いついたのは
因みに1ユニットという単数形で数えているが、これは自己複製して個体が増えても複製元が同じなら、同一グループに所属する個体として管理されている事に起因する。例を挙げるならAとBという2つのユニットがあった場合、Aから自己複製された個体はA-1やA-2として管理され、Bから自己複製された個体はB-1やB-2として別のグループに所属する個体として認識される。
―――閑話休題。
始めから複数ユニットを使う調整をしているならまだしも、稼働を始めた後に追加したら、異物と認識して最初に送り込んだユニットと後から送り込んだユニットで争いになり兼ねない。自然界で例えるなら、同種の群れが2つ存在して、縄張り争いする感じだろうか。無論、追加で送り込む前に双方を調整しておけば問題無く共存するが、先に送り込んだユニットは稼働して既に3年目だ。自己進化もそれなりに進んでいるだろうユニットを調整するとなると束も面倒だろう。よってこれも却下。
なので別の方法を考える。何か無いだろうか? 暫し思考の海に沈み、ふと思った。
テラフォーミングしている惑星はいずれもスターゲートを越えた先だ。つまり
1つの案として束に話してみると、彼女は少し考えた後に言った。
「なるほど………うん。その方法でも調整は必要になるけど、ユニット間の同期作業は必要無いし、手間は少しで済みそうだね。私が自分で気象コントロール装置を造る手間も省けるし、良いかも」
「なら次の会談で話してみるか」
「うん。………あ」
「どうした?」
「いや、これ、結構高いんじゃないかなぁって」
カラードは既に定期的な外貨収入を確保しているが、惑星開発に使えるような品は流石に高額だろう。
「言われてみれば確かにそうだな。じゃあ、どうしようか? もし足りなかったら借金するか。それとも我慢するか」
「ん~。早めたいけど無理にやりたい訳じゃないし、借金するくらいなら我慢かな」
「分かった。あと、もし借金の代わりに向こうの科学者と話して欲しいとか、そういうの求められたらどうする?」
「その場合も無しかな。買い物の時はあくまで買い物だけにしようよ」
「了解した。その方針でいこうか」
こうして2人は次の会談の時に、テラフォーミングを早める為の話を出す事にしたのだった。
◇
数日後、いつもの会談の席。
束のお買い物希望に、アラライルは暫し考えた後に答えた。
『テラフォーミングを加速させる手段としてですか。ふむ………もう少し判断材料が欲しいので、テラフォーミング中の惑星の元の状態と現在の状態のデータを頂けませんか。そんなに詳しくなくて構いません。ざっくりと分かれば十分ですので』
『良いですよ。こんな感じです』
束が概要データを送信する。いつもの会談なので、アラライルとスノーの2人にだ。
ざっと見たアラライルは予定されていたテラフォーミング期間が、約10年だった事を思い出しながら口を開いた。
『随分なハイペースで行っていますが、ここから更に加速させるのですか?』
“首座の眷族”であれば地球時間に換算して1年以下で行えるが、
しかし束の返答は極々気楽なものだった。
『出来そうだからやってみよう、というだけの話です。ただ加速させる事そのものは簡単なのですが、加速させるとどうしても気候が荒れてしまって、人が住めるレベルに再調整するのに時間がかかってしまいます。結果として完了するまでの所用時間が手を加える前と大して変わらないので、
『極々単純な疑問なのですが、博士がテラフォーミングに使用していた
『駄目ではないのですが追加投入となると調整が少し面倒なので、そちらの機械を使わせて貰おうかと』
『そうでしたか』
アラライルは相槌を打ちながら考えた。
惑星開発用の気象コントロール装置は、輸出に関して厳しい審査がある。理由は当たり前のもので、使い方次第で惑星環境を簡単に破壊出来てしまうからだ。なので簡単に肯く事はできない。が、篠ノ之束博士は気象コントロール用ISを既に実用化して運用している。外宇宙ミッションに投入できるレベルで。カラードでの運用も環境の安定化が第一優先で、利益は二の次という方針が見て取れる。これらを考えれば審査は通りそうな気がするが、残念な事にアラライルが持つ権限の範囲を超えていた。
『申し訳ありません。物が物だけに本星での審査が必要で、少しばかりお時間を頂く事になります』
『そうですか。なら先に言っておきます。審査が長引くようなら要りませんし、補助的に使うつもりなので、中古品でも構いません。後は調査用と現地で使う用で2つ希望します。マニュアルは有れば嬉しいですが、準備に時間がかかるようなら無くても構いません。構造解析すれば使い方は分かるので』
惑星開発用の気象コントロール装置は、専門家が扱う装置だ。当たり前だろう。影響範囲は惑星全体に及ぶのだ。普通はマニュアル無しで扱える物ではない。しかし束と晶のコンビなら違う。
晶の専用機である
ただし唯一の欠点として浸食は不可逆であるため、やってしまうと対象物質の強度その他諸々が変わってしまい、本来の用途では使用不可能になってしまう、というのがあった。なのでコンピューターを浸食した場合、コンピューターとしての再利用は不可能という事だ。扱いに慣れたら可逆的にできるかもしれないが、現段階では不可逆であった*4。
このため束は2つ希望したのである。
『分かりました。現時点では可とも不可とも言えませんが、ご希望は本星に伝えます』
『お願いします。――――――話しは変わりますが、スノーさん』
アラライルとの会話が一段落した束は、スノーに声をかけた。
『なんでしょうか?』
『いえ、先日お渡ししたスターゲート送電の受信衛星を入植惑星に使ったという事ですが、出来れば現地の状況をお聞きしたいと思いまして』
するとスノーはニッコリと笑いながら答えた。
『先日直接足を運びましたが、現地の反応はとても好意的なものでした。予定していた主電源を動かす費用が丸々浮きましたので、幾つかの計画を前倒し出来た、というのが大きな要因でしょうか。あと博士にとっては当然の事だったかもしれませんが、一応言葉にして伝えておきたいと思います。現場で使う者達にとって、高レベルの安定性と安全性は非常に使い勝手が良いということでした』
『そう言って貰えると嬉しいですね』
束もニッコリとした笑みを返して続けた。
『あと、これは可能ならで良いのですが、そちらで入植に際して問題になった事柄などがあれば教えて貰えないでしょうか。こちらも将来的にはテラフォーミングした惑星への入植を考えているのですが、全くの手探りより参考事例があればと思いまして』
これにスノーは理解を示しつつも全面的なOKは出さなかった。
『確かに失敗事例や成功事例から学べる事は多いと思いますが、こちらの事例をそのまま輸入するのは危険かと。文化的、教育的背景からこちらでは当然である事がそちらでは当然ではない。或いはその逆も有り得ます。なので、そうですね。多くの入植で計画の叩き台とするテンプレートでどうでしょうか。全て流用できる訳ではありませんが、参考にはなるでしょう』
『ではそれで。お代は如何ほどが良いでしょうか?』
スノーの脳裏に幾つかの選択肢が過ぎる。その中で彼女は、単純に値段を決めて
情報を整理する。多くの入植で計画の叩き台としているテンプレートは、機密情報という訳ではない。これまでの経験が蓄積されたものではあるが、既にかなり広まっているものだ。従って地球が本格的に入植を始めれば、或いは入植計画を立て始めた時点から、時間経過と共に価値も低下していく。なので今が一番相手にとって価値のある状態だ。ではどうやって使うのが一番良いだろうか?
思考を巡らせ、閃く。発想の転換だ。テンプレートの代金という名目で“獣の眷族”製の輸送艦を購入して貰おう。今後カラードの活動範囲は更に拡大するだろうし、第3回外宇宙ミッションのようにかなり荒い使い方をする事もあるだろう。それに耐える船、というのは良い宣伝材料になる筈だ。またカラードとしても、第3回外宇宙ミッションのように使う事があるなら、中古の輸送船より無理の利く船が欲しい筈だ。
考えを纏めて返答する。
『それではフルオプションの輸送艦を幾つか提示しますので、どれか1隻購入して頂けませんか』
束はコアネットワークで晶に尋ねた。
(どうしようか?)
(悔しいが良いチョイスだな。輸送艦って指定してくるあたり、こっちの事情を良く分かってる)
スノーの推測は悪くなかった。第3回外宇宙ミッションは中々特殊な状況だったが、輸送力というのは戦力の重要な一要素なのだ。特に少数で様々な事をやり繰りしないといけない現状、高性能な輸送艦というのは正直非常に欲しい。
(そうだね。じゃあ、買う方向で。取り合えず何隻あれば良いかな?)
(全て同型艦で4隻。1隻は浸食での調査用で)
(オッケー)
思考加速で会話を終えた束は、スノーに返答した。
『取り合えず提示されるものを見てからにしたいと思います。ただ、性能によっては複数隻の購入も検討したいのですが、良いでしょうか』
『構いません。我が文明の船、存分に役立てて下さい』
こうしたやり取りの結果、束の元には数種類の輸送艦のデータが送られてきた。検討が必要だったので持ち帰り後日返答という流れになったのだが、この時アラライルは輸送艦のデータを出さなかった。
彼は何も言わなかったが、実際はスノーへの配慮である。“首座の眷族”の船を出せば選ばれるだけの性能はあるが、利益の独占は短期的な利益しか産まない。いつもの会談で良好な関係を維持する為に、カラードに船を与えるというメリットを譲ったのだ。尤もこの判断は気象コントロール装置の輸出について、悪い判断は下されないだろう目算があったからであった。
◇
一週間後。再び行われたいつもの会談。
アラライルが本星での審査結果を口にした。
『許可が下りました。中古品でも構わないという事なので、先日まで稼働状態だったものを物をお渡しします。そして普通ならこんな事は聞かないのですが、束博士が相手なので一応聞いておこうと思います。ご自分で解体して運ばれますか?』
すると束はニッコリと笑いながら尋ねた。
『解体作業そのものは面白そうですが、何が目的でのお誘いでしょうか』
アラライルの返答は、少々予想外のものだった。
『いえ、博士に他文明の
言葉通りなら嬉しい話だが、意図が読めない。当たり障りの無い返答をしつつ、情報を引き出そうと試みる――――――前に、アラライルが言葉を続けた。
『腹の探り合いをする気は無いので先に言っておきます。こちらの領域に来るにあたって、御一行の武装解除は必要ありません。外宇宙ミッションに臨めるレベルの戦闘用装備で来て頂いて構いません。そして、そちらの船を調査………この場合は臨検と言った方が適切でしょうか? それをする気もありません』
『行く行かないはさておき、純然たる武力集団を調査も無しに領域内に入れると? その、正直を言えば信じられないのですが』
『そちらが信じるかどうかはさておき、こちらはそちらが、軋轢を招くような行動はしないと思っていますので。あとついで言っておきますが要人を招く訳なので、護衛用の艦隊は付けさせて頂きます』
護衛という名の監視なのは誰でも分かるだろう。
判断に迷った束は、晶にコアネットワークを繋いだ。
(晶。どう考える?)
(う~ん。もしかしたら、お前に来て貰うこと自体が目的、かな?)
(どういうこと?)
晶も確信がある訳ではないが、推測した事を話し始めた。
まず真っ先に考えるのは、“首座の眷族”が束の身柄を確保したいと考えていた場合だが、これなら誘う必要なんてない。国力差を考えれば、地球に攻め入って確保すれば終わりだ。抵抗手段が無い訳ではないが、小細工を労するまでもなく単純な物量差や技術格差で圧殺できる。こちらの想像を超えるような超兵器だってあるかもしれない。だがこの場合は、今までの友好的な対応の説明がつかない。また領域内に招いて、不慮の事故があった事にして身柄を確保という可能性も無くは無いが、それでは自領域内での不手際になってしまう。もしそんな事をしたら、今後他文明の要人を招き辛くなってしまうので、これも可能性としては低い。尤も第三者が介入する余地はあるから、全く無いと考えるのは危険だ。なので束の身柄の確保という線で考える場合は、基本的に友好路線だが、第三者が暗躍する可能性はある、というところだろうか。
ここまで話したところで、束が言った。
(うん。私もそんなところだと思う。じゃあ、次の考えは?)
(それはだな――――――)
晶は再び考えを口にした。考えられる可能性は2つ。
1つは地球の今後をデザインする束に自領域を見て貰う事で、“首座の眷族”と同じような方向性で地球文明圏の今後をデザインして貰うため。同じヒューマノイドタイプなので、全体的に同じような形でデザインされていれば、将来的に人の交流も活発になって、自勢力の仲間にし易くなる。地球の歴史でも同じような文化圏であるほど交流が発生し易いという事例は沢山あるため、有り得る話だろう。無論他にも多くの要因が絡むので、将来を見据えた布石の1つといったところか。
1つは他文明へのアピール。スターゲート送電を発明した束に多くの文明が接触したがっていた事から考えるに、仲が良好である事をアピールしておきたいという外交的な思惑があるのかもしれない。少しぶっちゃけて言ってしまえば「篠ノ之束博士は“首座の眷族”の庇護下にある。お前ら手を出すなよ」という露骨なアピールだ。
なお晶の推測は概ね正解であった。アラライルの意図はデザインの方向性を寄せる事と他文明へのアピールである。
(なるほど。うん。それなら分からなくも無い話だね。確かに見学するだけでも参考になる部分は多いだろうし………行ってみようかな)
(分かった。何かあれば俺の方で踏み倒そう)
(決まりだね)
思考加速による相談を終えた束は返答した。
『では前向きに検討したいので、目的地までのMAPデータと気象コントロール装置の設計図やマニュアルを頂けますか』
『こちらになります』
束はデータが送られてきたので、眼前に空間ウインドウを2つ展開した。
1つは目的地までのスターゲートMAPで、ゲートを10個ほど越えた先にある有人惑星だ。添付されている概要データによれば、テラフォーミングされた地球型惑星で総人口は10億人程度となっている。領域外縁部からはやや内側にあるので、完全に“首座の眷族”の勢力圏内と言って良いだろう。また予定航路と強調表示されている道中には、幾つかの建造物がピックアップされていた。ダイソンスフィア、オービタルリング、天体規模のコロニーetcetc。
『うわぁ』
公開されている席であるにも関わらず、束は思わず感嘆の声をあげてしまった。
理論は分かる。設計図も思い描ける。しかし地球の技術力や工業力では決して造れない建造物の数々。文明としての総合力を要求されるこれらがあるという事実だけで、地球との隔絶した差が分かろうというものだった。
アラライルはニッコリと笑いながら口を開いた。
『束博士はご自分で色々なところに調査に行かれますが、普通の航路を使って船旅をした事はないでしょう。なので
『所用時間はどの位になりますか?』
『片道、地球時間で10時間程度もあれば十分かと』
10の星系をたった10時間で越える。数年前の地球であれば御伽噺でしかなかった事だが、今はそれが現実なのだ。
『なるほど。移動時間は大丈夫そうですね。後は解体ですが――――――』
束はもう1つの空間ウインドウに視線を移した。気象コントロール装置の寸法が表示されている。全高600メートル。円柱型だが地面側が若干広くなっている。装飾がある訳ではないが、イメージ的にはチェスのルークの駒が近いかもしれない。一緒に送られてきた設計図やマニュアルを流し見て、組み立て・解体に関係ありそうな部分をピックアップ。取り合えず簡単に概要を把握する。一般的な天才程度なら数年を要する作業だが、束の頭脳と思考加速が合わされば大した事は無い。数分とかからず答えが出た。
『――――――こちらも大丈夫そうですね。物理回線を先に切断しておいてくれれば、数時間以内で終えられるでしょう。頼めますか?』
『分かりました。因みにどのような方法を考えているのですか?』
『土台ごと引き抜いて惑星外に持ち出して、解体作業は
『交通の邪魔にならなければ衛星軌道上でも構いません。というか本心を言えば、博士がどのように分解するのか興味があるので近くでやって下さい』
『マニュアルがあるので、その通りに分解するだけですよ。まさか、嘘が書いてある訳でもないでしょう』
『実際に使われていたものなので、その点はご心配なく。そして興味の話ですが、現場の人間が本当に興味津々なのです。個人で、しかも極めて短期間で小惑星を加工して基礎構造体として用意できる人間がどんな作業をするのか、とね』
『分かりました。別に特別な事はしていませんが、隠すような事でもありません。今回は少し人も使いますが、見やすい場所で分解しますね。出発ですが――――――』
束はスノーの方を見て尋ねた。
『前回輸送艦のデータを幾つか頂きましたが、ファイルNo.2の300メートル級輸送艦を4隻希望します。支払いはすぐに行いますので、どれ位で納入になりますか?』
選ばれた輸送艦は無法地帯での運用を想定されたもので、一般的に使われている標準型を遥かに超えるシールド性能が与えられていた。通常航行の性能は少々鈍足だが、一定レベルのワープ妨害耐性を備えているため多少の荒事からは離脱出来るだろう、という判断からだ。外見は飾り気の無い長方形状で、船体後面に推進機関、上面後部にブリッジがある。船体の3/4程度が格納庫だ。
『本体のみでしたら72時間以内にお届けできますが、オプションはどうされますか?』
『購入可能リストにあった物を上から下まで全部4つずつ下さい。そして本体がどんな物か先に見たいので、時間がかかるようならオプションは後から送る形でも構いません』
大人買いも良いところであった。そしてスノーは一瞬キョトンとした顔をして、聞き返した。聞き間違いかと思ったからだ。
『………ええっと、相応の額になりますが?』
『これでも稼いでますので、問題ありません』
『オプションの取り付けは如何されますか?』
『整備艦*5を修理させている者達に、勉強がてらやらせますので大丈夫です。苦戦するようなら私がやりますので』
『わ、分かりました。担当に急ぐように伝えておきますね』
『お願いしますね。では、早速入金しておきます』
束は手元のコンソールを操作して、“首座の眷族”側に以前作った口座*6にアクセス。“獣の眷族”へと振り込む。
なお余談ではあるが、この口座を管理しているのは“首座の眷族”文明圏最大手の超巨大銀行であり、アラライルが辺境議員だった時の活動用資金を管理している銀行でもあった。現在は大使だが、その口座も同銀行にある。
そして操作を終えた束は、アラライルに言った。
『出発は
『問題ありません。では月のスターゲートを越えた先、こちらの領域に案内用の艦隊を待機させておきます。ゲートを越えた時に驚いて撃たないで下さいね』
すると束は言った。
『怖い出迎えをされたら、驚いて攻撃ボタンを押してしまうかもしれません。お手柔らかにお願いしますね』
『要人を招くのにそんな行いをする者がいたらクビです』
冗談交じりに答えるアラライル。こうして束と晶にカラードの面々は、“首座の眷族”の領域に赴く事になったのだった。
◇
会談が終わった後、晶は束と2人きりになったタイミングで言った。
「なぁ束。会談中に思ったんだが、この件が片付いたら、他文明に支社を出すのを検討したい。今後こういう風に表だって他の文明圏に行く事も増えるだろうし、積極的な情報収集手段を構築しておかないと、いずれ何処かで手痛い被害を被りかねないと思うんだ」
「うん。それは私も思った。どんな形態を考えてるの?」
「現地の人を雇って、本当に一般で流れているニュースとか、賞金首の情報とかを送って貰おうかなって。100%検閲されるだろうから、現地の人に怪しい事はさせない方針で」
「私もその方針で良いと思う。ただ、ちょっと懸念材料はあるんだけどね」
「まぁ、それは色々あるな」
晶が想像したのは、これまで狩ってきた海賊からの報復だったり、現地組織との軋轢だったり、外に出る事に対する地球内部の反応だったりだが、束が考えた懸念材料は違っていた。
「私が言っているのは、多分晶が考えた事とは違うと思うな。心配しているのは第3回外宇宙ミッションで助けた人達が、アレと同じ事を期待して色々後押ししてくる方が大変かなって」
「ああ。なるほど」
実績があるだけに支社を出したとなれば、色々な、そして厄介な情報を持ち込んでくる可能性は確かにある。しかし避けては通れない道なので、トライ&エラーで徐々にやっていくしかない。
「でも、さ。こういう検討が出来るところまで、私達は来たんだね」
「ホントにな」
晶が肯くと束は話題を変えて、
「あ、そうだ。セッシーのこと、ちゃんと可愛がってあげてね。私達が自由に
彼女が結果を出しているからこそ晶も自由に動けるようになり、結果として2人で色々な所に赴ける、と思っているからこその言葉であった。同じ意味で元3年1組の面々も役立っていると思っているが、一番目にかけているのは間違いなくセシリアである。
「そこは大丈夫だと思うぞ」
「今回は私と晶が一緒に地球を離れるし、他の面々も何人か連れて行くから、ちょーーっと大変かもしれないなぁって。だからボーナスの前払い的な感じで、じっくり、たっぷり、丹念に、ね」
因みにいつもの会談はいつも通りにリアルタイム配信されているので、セシリアは既に副社長室で頭を抱えていた。束と晶が地球にいないという事は、その間のカラード最上位者は彼女なのだ。本当に困ったらコアネットワークで相談や指示を仰ぐ事は可能だが、任されるに足る人間でありたいと思う彼女にとっては、中々難しいところだ。
束はそれが手に取るように分かっていたので、一晩かけてじっくり解きほぐしておいてあげようという親切心からだった。
「分かった。じゃあお前と一晩過ごした後に、1日仕事休むかな」
世間一般の男共が聞いたら藁人形に五寸釘を打ち込みたくなるような理由だが、そんなのは今更だろう。
こうして世間一般的にはちょっと乱れた話をした後、2人は今後の準備の為に動き始めたのだった。
◇
あっと言う間に
イクリプス、アリコーン1番艦、スコーピオン1番艦、外部コンテナというオプションを取り付けた輸送艦3隻で編成されたカラードの小さな艦隊は、“首座の眷族”の艦隊に護衛されて目的地の有人惑星に到着していた。護衛艦隊の総数は200隻。晶にはこの数が適当なのか分からなかったが、小型ほど高速で小回りが利き大型化するほど打撃力と防御力に優れるが小回りが利かないという原則に従えば、防御力を高めた汎用寄りの編成と推測していた。戦艦級*810、巡洋戦艦級*940、巡洋艦級*10100、駆逐艦級*1150だ。海賊狩りで得た情報の中に艦船に関するデータもあったが、そういうデータを信用し過ぎるのは危険なので、「こういう分析情報もあった」くらいに留めておくのが無難だろう。
だが今気になるのはそれよりも――――――。
「なぁ束。なんか見物人というか船多くないか?」
晶はイクリプスのブリッジで、モニター越しに外の景色を見ながら言った。
現在の位置は目標惑星の衛星軌道なのだが、護衛艦隊の外側、一定の距離をおいたところに相対速度を合わせた船が多数いるのだ。自衛用の武装らしき物は見えるが軍用には見えない。恐らく一般船だろう。
「多いね。2000隻くらいかな? なんか今も増えてるけど」
ここに来るまでの道中、ダイソンスフィア、オービタルリング、天体規模のコロニーetcetcを見ながらゆっくり来たのだが、途中からついて来る船が現れ始め、今に至る訳だ。
護衛艦隊が周囲をガッチリ固めているので接近はされていないが………何かイベントがありそうだからいる、という感じの野次馬だろう。
「ま、やる事は変わりないんだけどな。始めるか?」
「うん。号令宜しく」
「オッケー」
晶はアリコーンに通信を繋いだ。
『総員傾注。これから眼下の惑星から気象コントロール装置を引き上げ、衛星軌道上で適度に解体。輸送艦に積み込む作業を2回行う。とは言っても、難しい事は何もない。引き上げそのものはイクリプスで行うし、解体作業はアーマードコア*12が命令に従ってやってくれる。事前に貰った設計図通りなら、みんなが外で作業するような事もない。もし事前情報と違う点を発見したら、遠慮なく言ってくれ。見物人が多くて、失敗したら恥ずかしいからな』
気心の知れた仲間達だけに、通信も気安い感じだ。
そうして晶が開始を宣言すると、イクリプスが惑星圏内へと降下を始めた。
「♪~~~♪♪~~♪♪♪~♪~」
機嫌が良い束は鼻歌を謳いながらコンソールに指を滑らせていく。
するとイクリプスはチェスのルークの駒にも似た、全高600メートルの気象コントロール装置の頂上に取り付き、船体下面のクローでホールド。船体両側面にある大型クローアーム*13はまだ未展開だ。
この光景に多くの者は力任せに気象コントロール装置を地面から引き抜いて持ち上げるのを想像したが、束がそんな事をする筈もなかった。
重力制御と慣性制御が実行された結果、惑星の重力という鎖から気象コントロール装置が解き放たれ、堅牢に造られている筈の土台ごと持ち上がっていく。全高600メートルという建造物にかかるベクトルが完璧に制御され、垂直上昇を始めたのだ。
多くの者が、まさかと思った。“首座の眷族”と同じ手法を
そうして何ら危なげなく衛星軌道まで運ばれた気象コントロール装置に、今度はアリコーンから飛び出してきた無数の
同時にイクリプス船体両側面の大型クローアームが展開され、分解されたパーツを掴んでは輸送艦へと格納していくのだが、格納方法が多くの地球人がイメージするものとは違っていた。輸送艦にはステイシスフィールド、地球で言えばAIC*14に類する機能が標準装備されているため、アーマードコアを併用すればアリコーンからの遠隔制御でも安全かつ効率的に格納作業が行えるのだ。
このため地球人の感覚で言えば熟練の
『――――――凄いな』
オープン回線に宇宙人の言葉が流れた。始めは単なる物珍しさから見物していた者達も、何かあれば所詮は辺境の者と言おうと思っていた者も、1つ目の気象コントロール装置の解体・格納作業が終わる頃には、熟練の解体職人を見るような目になっていた。そして外部コンテナというオプションのお陰で、2つ目の気象コントロール装置も問題無く格納出来たのだが、このオプションは積み荷を増やせる代わりに慣性モーメントがダイレクトに増加してしまう欠点があったため、積み荷の重量もあって輸送艦の元々高くない運動性が劣悪と言えるレベルになってしまっていた。輸送量が増えるという有用なオプションだが、使いどころは考える必要があるだろう。
最後に作業が行われていた場所に浮遊物が残っていないかの確認が行われた後、篠ノ之束博士の声が流れた。
『見学していた皆さん。これにて作業は終了です』
こうして後は帰るだけ、というところで全く予想していなかった事態が発生した。
事態急変の切っ掛けは、カラード一行がこの星系に来る時に使ったスターゲートとは別のスターゲート、“首座の眷族”の領域外縁部に通じるスターゲートから現れた、損壊著しい一隻の小型船だった。
『こ―――ちら――――――わ―――せい―――そう―――な―――くりか―――えす―――』
一切暗号化されていない広域通信だが、途切れがちな通信が船のダメージを物語っていた。
しかし一瞬だけ、ハッキリと聞こえた瞬間があった。
『――――――惑星遭難をコールする!! はやく、早く救援を!!』
第214話に続く
長い長い前振りで、ようやく巻き込まれ開始です。
油断はしてなくても、世の中にはこういう事があるのです。
事前情報なし。現場で聞いてその場その時の状況で判断が必要という中々大変な状況が………。