インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
でもその前に、冒頭シーンはセッシーちゃんから。
束と晶が公式に丸一日地球を空ける。
その間のお留守番を預かるセシリアだが、極度の緊張状態という訳ではなかった。副社長として色々経験を積んでいるというのもあるし、出発する前に社長と濃厚な一日を過ごしてリラックス出来たというのもある。むしろ濃厚過ぎてちょっと疲れたが、心地良い疲れなので問題無い。
脳内にちょっとだけ回想シーンが過ぎったが、すぐに気を引き締め直して仕事を再開する。
晶と束博士が帰ってきた時に、「何も問題ありませんでした」と言えるように。
途中、何となく時計を見た時に思う。今頃は回収を終えて帰路についている頃だろうか。今のところ、地球で大きな問題は起こっていない。あちらの心配は………するだけ無駄だろう。なにせ“最強の単体戦力”と“天才”にして“天災”のコンビ。これに加えてシャルロット、ラウラ、潜行戦隊第1戦隊の面々だ。並大抵の事ならどうとでもなる。と思ったところで、晶と束博士からコアネットワークが接続された。2人から? 何かあったのだろうか? 緊急事態? 嫌な予感を覚えながら回線を開き言葉を――――――発する前に能天気な声が飛んできた。
(セッシー、ごめ~ん。ちょっと戦闘があって帰るの半日遅れるね)
(え?)
(束。色々省き過ぎだ。それだけだと悪い想像しか出来なくて、セシリアが胃痛でのた打ち回る。――――――ちょっと待ってくれ。今ミッションレポート送るから)
(え? え?)
聞こえてきた不穏な言葉とお気楽な口調という温度差に困惑してしまう。取り合えず荒事はあったが切り抜けて今は何とも無い、という認識で良いのだろうか? そうアタリを付けたところで、“第5回外宇宙ミッション”という名前のミッションレポートが送られてきた。カラード内部のフォーマットで、遂行したミッションを後で振り返り易いように、文章だけでなく各種戦闘情報が一緒になっているレポートだ。
ファイルを展開して思考加速。一瞬で内容を把握したセシリアは、冗談抜きで卒倒しそうになった。だが何とか意識を繋ぎとめて確認する。
(あ、あの、博士。イクリプスが被弾したようですが、大丈夫なのですか? 物理装甲損傷って………)
(うん。もう自己修復も完了しているし、大丈夫だよ)
一安心だが、まだある。
(晶さんも大分派手に暴れたようですが、これ、見せて良かったのですか?)
副社長という立場にあっても
(見せる気も使う気も無かったんだが、状況的に使わないとちょっと拙かったんだ。でもまぁ、大丈夫だ。方針はもう決めてあるんだ)
(ですが………)
一般人というのは勝手に恐れ、勝手に疑い、勝手に騒ぐ。尤もらしい理由を付けて難癖をつけようとする。もしこれを地球の一般市民が知り、対応を間違えたら――――――そう思うセシリアに晶は言った。
(心配するな。もし今回の一件で俺達を危険視するようなら、立ち向かってくれば良いと言ってやる。今までの歴史のように、不満だと言うなら立ち上がれば良い。地球という小さい星の中で、適当に相手をしてやるさ。でも味方になるなら、共に繁栄できるように協力していこう、ともな)
この言葉にセシリアは思った。なら、何も問題は無い。言いたい者には言わせておけば良い。味方なら繁栄を、そうでないなら相応の対処を。それだけのことで、今のカラードならそれが行える。
(分かりましたわ。今後はそのように対処致します。――――――あと話は戻るのですが、半日ほど遅れる理由は惑星遭難コールがあって協力したため、と発表して構いませんか?)
(それで良い。あとお前が発表した後にアラライルさんから、いつもの回線で連絡が入ると思う)
セシリアには2人が公式に地球を離れるので、いつもの会談で使っている回線の使用権限が一時的に与えられていた。
(今回の件の説明、ということですわね)
(そうだ)
(分かりましたわ。対応させて頂きます)
セシリアがアラライルと直接話をするのは初めてだが、彼女は落ち着いていた。難しい判断が必要な状況では無いし、貴族という出自と副社長という立場で経験を積んでいる彼女は、役割を演じるという事に慣れていたからだ。
◇
一方その頃。
惑星遭難コールの件はすぐに“首座の眷族”本星へと伝わり、地球を担当する大使であるアラライルにも連絡が入り、中央も気になる内容があったのか、アラライルから今後を検討する為の情報を得ようとしていた。大使としての活動内容や様々な分析情報はこれまでも定期報告で送っていたが、カラードが今回見せた力は、明らかに分析内容を超えていたからだ。
場所はアラライルの執務室。幾人かの立体映像が投影されている。元々の上司にあたる中央議員*1の他に、軍事、政治の要職にある者達だ。
そして話題の中心は篠ノ之束ではない。彼女の乗艦であるイクリプスは強力な船だが、ある意味で予想通りだ。スターゲート理論に単独で辿り着いた“天才”が、自ら作り上げた船なのだ。強力で当然だろう。
問題は、こっちだ。幾つかの映像が再び再生される。
旗艦級内部から発生した、莫大なエネルギー放射を伴う緑の光。センサー情報を解析したところ、発射地点は旗艦級内部のほぼ中央。約25キロメートルに及ぶ内部構造を全て貫通した上での計測値だ。観測時点で旗艦級の物理装甲はパージされていたので、貫通し易くなっていたとは言え………。
その後旗艦級から飛び出してきた、黒い鳥にも見える人間サイズの人型。
大気圏に突入しながら、落下するキロメートル単位の建造材を蒸発させた
“首座の眷族”をして、驚きを禁じ得ない戦闘力だ。
暫しの沈黙の後、立体映像の1人が口を開いた。
『まずアラライルくんに聞こうか。今後、どうする?』
するとアラライルの返答は、非常にアッサリしたものだった。
『特に何も変えない、でしょうか。薙原晶は、暴力は商品と言い切る男です。そしてこれは本星に送っている分析情報にも記しましたが、アレは理性的な暴力者です。必要ならやる。必要無いならやらない。メリットデメリットで動く分かり易いタイプですが、1つ注意して頂きたい事があります』
アラライルは立体映像達を見渡した後に続けた。
『この薙原晶という男。まぁ束博士もですが、世俗的なメリット、一番分かり易いのは金でしょうか。判断基準の1つではあるのでしょうが、余り重きを置いていない節があります。これまで関わってきた印象としては、重要視しているのは契約でしょうか』
『あえて自分達を縛っていると?』
『そこまでは何とも。ただこれまでの傾向として調べた限り、それこそカラード設立前から、表だって行動を起こす理由は何時だって契約です。無論表沙汰に出来ない行動もしているでしょうが、結ばれた契約に対しては誠実と言えるでしょう。ただ付け加えるなら、遵法精神溢れる善人ではありませんね』
立体映像達が、早く続きを言えと視線で促してくる。
『――――――これをご覧ください』
新しい空間ウインドウが展開され、幾つかの情報が表示される。
『これらは今の地球の情報網では絶対に入手出来ないはずの情報ですが、全て束博士から提供されたものです。これらは不定期に提供され、同時期に辺境銀河において多くの賞金首が消息を絶っています。確実に彼も関わっているでしょう』
『偶然という事は無いのか?』
当然の疑問だ。
『1件2件ならそうでしょう。ですが此処にいる皆様方は、情報の鮮度に非常に敏感な方々です。これだけの情報がもたらされ、治安を乱す者どもが消えているという事実。どのように解釈されますか? 無論、信じる信じないは皆様のご自由です。ただもしも私が大使という立場でなく、治安関係に何らかの投資をする立場だったとしたら、遠慮なくつぎ込みますね。これほどリターンの見込める投資もない』
『なるほど。ただ一般論として考えるなら、今回の件で見せた力は見せる方にとってもリスクだろう。それが分からない者達でも無い筈だ。その辺りはどう考える?』
これも当然の確認と言えるだろう。
『見せる方にとってもリスク。事実その通りなので私も判断に迷うところですが、そこに至るまでの行動を考えると、助けられるから助けただけ、という可能性が無くもないのです。皆様、何を馬鹿なと思うでしょう。私も思います。ただ厳しく理詰めで考えると、やはりおかしいのです。まずイクリプスとアリコーンがスターゲート能力を有している、というのは知られているので、協力を申し出るのはアリでしょう。これは切れる手札です。ですが危険度を考えるなら、送り込むだけで良い。旗艦級の危険さを認識出来ていなかった可能性もありますが、記録によれば束博士は戦場跡地で調べたと言っていた。古い情報ではあっても、調べたなら危険度の予想も立っていた筈です。現場で手伝う必要などありません。まして我らの護衛艦隊がその場にいたのです。申し訳程度に遠距離攻撃に参加しておけば、面子は十分に立つでしょう。その場合、あの惑星は甚大な被害を被る事になりますが、極論的にカラードの失点にはなりません。ですがカラードは、いえ、篠ノ之束博士と薙原晶は、最も危険な役割を買って出ました。護衛艦隊が注意を引き付けたとは言え、単艦で突撃して接舷。単独侵入して内部破壊など正気の沙汰ではないでしょう。自分の無能を晒すようで恐縮なのですが、コレに何らかのメリットを見いだせるなら、私の方が教えて頂きたいくらいです』
立体映像の1人が口を開いた。
『我らに貸しを作って何らかの利益を得る、というのはありそうだが………いや、ないな』
発言途中で意見を変えた相手に、アラライルが答えた。
『私もその可能性は考えましたが、束博士は我らと取り引きする手段を他に持っています。自身の命を天秤にかけてまでやる必要は無いかと』
別の立体映像が口を開いた。
『旗艦級の中に何か欲しいデータや物があった、というのはどうだ?』
他の立体映像が言った。
『仮にそうだったとして、あの短い時間で持ち出せるものなど殆ど無いぞ。地球が普通の低ランク文明なら建造材や武装などでもメリットになると言えなくもないが、あの“天才”なら自分で作れるだろう。今回に関して言うなら、メリットと判断できない。旗艦級が持つデータという可能性もあるが、あの短時間で全ての電子防壁を解体してデータを抜き出すなど不可能だろう。それに電子防壁の問題を抜きにしても、全部を抜き出すにしては膨大すぎるし、特定のデータだけを探し出すなら難易度は更に上がる。理論的とは言えないな』
更に別の者が、恐る恐る言った。
『ではまさか、本当に助けられるから助けただけだと?』
この場にいる面々は、他者を疑う事も仕事の1つだ。しかしカラード一行の行動に、あれだけの力を他者に見せる明確なメリットを見つけられない。
暫し皆が考え込んでいると、先程発言途中で意見を変えた者がもう一度口を開いた。
『何か進めている計画があって、それに備えて交渉材料を確保する目的、というのはどうでしょうか?』
だが言った当人も、取り合えずの可能性として挙げただけのようだった。何らかのメリットを目的とした行動と考えた場合、どうしても違和感が残る。
ここでアラライルは言った。そして敢えて、この話題を自ら出す事にした。
『あちらの思惑については、今後の行動を見て判断するしかないでしょう。ただそれはそれとして、あちらの最強戦力。束博士が全幅の信頼を置くパートナー。薙原晶への対応について確認しておきたく思います。皆様はどう考えますか?』
すると元々の上司にあたる中央議員が言った。
『まずはお前の考えを言うべきだろう』
『これは失礼致しました。確かにその通りですね。では言わせて頂きます。まず最悪の可能性として、あのレベルの戦力が量産される可能性ですが、これは無いと言って良いでしょう。あの“天才”が、自身を護る最強戦力を殺せる力を他の者に許すなど考えられません。次いで、あの戦力が遊撃戦力として辺境を荒らしまわる可能性ですが、これまでの経過を見る限り、海賊狩りはしても一般市民をターゲットにするとは考え辛い。個人的な希望を言うなら、海賊狩りは是非積極的にやって欲しいですね。その分こちらの労力が減りますから。また彼は束博士を護る最後の盾であると同時に、束博士がフリーハンドを得る為の全てを整えた男です。そんな男がカラード社長という立場にいる以上、地球を長期間離れて単独行動するのも考え辛いと思います。これらを踏まえて言うなら、今まで通りの付き合いをした方が、こちらの利益は大きいかと』
この場にいる者達にとって、アラライルの考えは十分に理解できるものだった。言うなれば
この場にいる者達はこのように考え、この考えの根底にあるのは、“首座の眷族”の大方針であった。殴られたら殴り返すという単純明快な方針だ。専守防衛という意味ではない。状況次第だが、先に殴る場合もある。この方針が取られている理由は、
元々の上司にあたる中央議員が口を開いた。
『私はアラライルの考えで構わないと思う。いや、1つ訂正しよう。今回のような一件があり、向こうは友人として素晴らしい対応をしてくれた。ならカラードとは今まで通りでなく、もっと親密になっても良いと思わないか。それにあれ程の事を行える者達が辺境にいてくれるなら、悪党共への良い牽制になる。牽制では済まないかもしれないが、治安に貢献してくれるという意味で大変喜ばしいだろう』
別の立体映像が尋ねた。
『どのようにしますか?』
『難しい事はない。協力してくれた事を、余計な言葉で飾らず、ありのまま世間に伝えれば良い。人は自らの行いを正当に評価してくれる相手に、悪い感情を持ったりはしないからな。その後の対応はアラライル、これまで通りに任せるぞ』
『分かりました。これまで通り、我ら“首座の眷族”の利益にしてみせましょう』
こうして今後の方針が決まった後、アラライルは地球への回線を開いたのだった。
◇
カラードは唐突に緊急発表をする事がある。これはメディア関連企業の共通認識であったため、
「――――――このような状況であったため、気象コントロール装置の受け取りに行っていた一行は、護衛についてくれていた艦隊と協力して作戦行動を行いました。我々としてもイレギュラーな事態でしたが被害は―――」
一瞬迷ったが、事実なので言葉にする。
「―――束博士の乗艦であるイクリプスが被弾しましたが、それ以外の被害はありません」
会場内がザワついた。盛大に。だが長くは続かなかった。皆、続きが聞きたいのだ。
「まず、束博士ご本人には傷一つありません。他のメンバーも問題ありません。イクリプスも修復を終え、問題無く航行可能です。無論、同行した他の艦も」
安堵の吐息が流れる。今の地球にとって、束博士の万一など悪夢でしかない。
因みにセシリアはこの時、束がイクリプスで行った単艦突撃、
ここでタイミングを見計らったかのように、アラライルがいつもの回線を使ってコンタクトを取ってきた。セシリアの眼前に空間ウインドウが展開されると同時に、彼女の背後にある大型ディスプレイの画面が二分割されて、セシリアとアラライルのバストアップ表示に切り替わる。今この瞬間から、リアルタイム配信が始まっていた。
『こんにちは。地球の皆様に伝えたい事があるので、取り急ぎこの回線を使わせてもらいました。この時間だと、確かカラード副社長のセシリア・オルコットさんが対応してくれると聞いていたのですが』
『はい。お初にお目にかかります。カラード副社長のセシリア・オルコットです。ご用件は、そちらと協力して動いた件についてでしょうか?』
『その通りです。既に大まかには説明されているようですが、同胞を助けて貰ったのです。正式に感謝を伝えるのが筋でしょう』
一度言葉を区切ったアラライルが、改めて口を開いた。
『今回、我々はカラード一行の勇気ある決断と行動により、5億という同胞を失わずに済みました。住んでいた星も、居住に適さなくなるところでした。そして我々だけでは、どう足掻いても間に合わなかった』
ここで感謝の言葉を言って締めれば、カラード一行の行動に対する感謝という形で、束と晶にとっては最良だっただろう。だがアラライルの今の方針は、行動に対する正当な評価を、だ。その為には、2人の勇気ある行動を言わなければならない。
『そして一行に対して厚く感謝申し上げるのは当然なのですが、最も危険な役割を率先して担ってくれた2人には、特に感謝申し上げたい。篠ノ之束博士とカラード社長、薙原晶です』
再び会場内がザワついた。いや、会場だけでなく配信を見ている全ての者達がだ。最も危険な役割? どういうことだ? 多くの者達の脳裏に様々な憶測が過ぎっていく中、アラライルは話し続けた。
『イクリプス単艦による突撃と
セシリアの背後にある大型ディスプレイ。アラライルのバストアップ映像が消えて、少々荒い光学望遠映像だが、イクリプスの単艦突撃シーンが映し出された。数百門の集中砲火の中を突っ切ったあの時の映像だ。更に取り付いた時に、重力・慣性制御で旗艦級の推進機関に負荷をかけた事が字幕で表示されている。
危険どころではない。誰もがそう思う中、映像が切り替わった。
旗艦級の船体後部が連続して爆発している。その中から飛び出してくる
アラライルが補足説明をした。
『旗艦級というのは、ただ大きいだけではありません。誰もが考える内部からの直接破壊に対しても、あらゆる対策が講じられています。普通は単機攻略など、選択肢として存在しないのですよ』
そして映像が終わったところで、アラライルは続けた。
『―――という訳で、御二人の事を特にと言わせて頂きました』
セシリアは思った。余計なことを。せっかく個人に焦点が当たらないように説明したのに、これでは水の泡だ。こちらの会見を見ていたから、あのタイミングでの通信だろう。ならば察して欲しい。だがセシリアも多くの経験を積んでこの場にいるのだ。相手の思惑を考え、思う。向こうは、2人に焦点を当てたかった? 理由は? こういう場面で焦点を当てる事が、どういう結果を引き起こすかなんて分かり切っているだろう。にも関わらず行った? という事は、カラードに対する側面支援のつもりだろうか? 或いは褒め殺しで何かを得ようとしている? 幾つかの考えが脳裏を過ぎるが、今この場で、相手を否定する事はできない。仮に裏があるにせよ、相手は感謝を示しているだけなのだ。受け取る以外の選択肢は無い。
『そちらがとても感謝してくれている、というのは分かりました。そして、こういう場で伝えてくれてありがとうございます。恐らくカラードから発表するより、より直接的に多くの人に伝わったでしょう。――――――ところで少し気になったのですが、束博士や社長とはもうお話されたのでしょうか?』
一度言葉を区切ったセシリアは、敢えて外交的な意味では行う必要の無い質問をした。意図は現状をアラライルに話させる事で、配信を見ている多くの人達に現状を認識してもらうためだ。正しく認識していない輩に騒がれると、対処が面倒なのだ。
『実はまだなのです。惑星遭難をコールした星の者達から先に感謝の言葉を受け取っているようでして。こちらからも伝えたかったのですが、当事者達が先でしょう。なので、先に地球に伝えさせてもらいました』
『そうでしたか』
セシリアが肯くと、アラライルは言葉を続けた。
『無論、言葉だけで終わらせるつもりはありません。正式な謝礼については、一行が帰還した後に改めてお話させて貰いたいと思います』
『分かりましたわ。伝えておきます』
こうして地球にはカラード一行の帰還に先んじて、今回の一件が伝わっていたのだった。
◇
そうして半日後。帰還した束は、すぐにアラライルといつもの回線で話をしていた。晶が斜め後方に立っているのもいつも通りで、同行していた他の面々は、デブリーフィング後に休暇となっている。外宇宙ミッション後は、しっかり休ませるのがカラードの方針なのだ。
『先に地球には伝えていましたが、今回の一件、協力ありがとうございました』
『いえ。緊急事態でもありましたし、困った時はお互い様でしょう』
『そう言って貰えると助かりますが、健全な関係を目指すなら、謝礼はあって然るべきでしょう。ただこちらは束博士の方針として、今は地球文明の地力を育てようとしている、と理解しています。なので下手な物を渡せば、その方針を妨害しかねない。どのような謝礼をするべきか迷っていまして』
すると束はニッコリと笑って答えた。
『方針を御理解頂きありがとうございます。そして実を言いますと、既に決めているのです』
『ほぅ? それは?』
これは出発前に、晶から提案された内容だ*2。
『“首座の眷族”の領域に、支社を出すのを許可して欲しいと思います。ただ、地球から人を派遣する訳ではありません。雇用は現地の人で、選考基準もお任せします。そして目的は2つ。1つは、他の文明の人々が日々をどんな風に過ごし、どのような文化なのかを知る為です。我々地球人にとって、他の文明の人達はまだ遠いので。1つは危険宙域や賞金首の情報を得る為です。今後地球人が活動範囲を広げた時に、この手の蓄積情報が無いと危険ですので。あと先に言ってしまえば、非常にスパイ活動が疑われ易い性質のものである事は理解していますので、こちらに送る情報は検閲しても構いません。むしろ、責任を持って検閲して下さい。その方が下手な横槍が入らなくて済みますので』
これにアラライルは、数瞬の内に様々な事を考えた。許可の権限は本星にあるので、この場では返答できない。が、恐らく許可は下りるだろう。地球人を送り込む、だったなら判断の分かれるところだが、現地人の雇用なら100%こちらのコントロール下だ。送る情報だって検閲して欲しいとまで言っているのだ。下手な情報が送られる心配は無い。
しかし、アラライルには一抹の不安があった。カラードがこれまでに行った外宇宙ミッションが脳裏を過ぎる。相手を殴る事も救助する事も高レベルで行えるカラードが支社を出したとなれば………。だが、悪くない。危険宙域と賞金首の情報を要求しているのだ。政治的に送り付けなくても、自発的に送り付けてくれる人が沢山いるだろう。
そんな結論に落ち着いたアラライルは、束と同じようなニッコリとしたイイ笑顔で答えた。
『分かりました。ですがすぐにはお答えできないので、一度本星に伝える形になります。今回の件も加味されての判断になるでしょうから、恐らく悪い返答にはならないと思います』
こうして会談が終わった後日のこと。
“首座の眷族”は拍子抜けするほどアッサリと許可を出した。束自身が言った通りスパイの可能性は当然のように検討されたが、支社で雇用する者達は“首座の眷族”側で好きに選んで良いとなれば、何を心配する必要があるのか。加えて束が言った「むしろ、責任を持って検閲して下さい。その方が下手な横槍が入らなくて済みますので」というのが決定的だった。これでスパイなど許したら、体制云々以前のもっと深刻な問題だ。
また実務的な事を取り決めとして、選ばれた人員の給料はカラード持ちであり、支社の建造や運用にかかるモロモロの費用もカラード持ちだ。当たり前と言えば当たり前だが、“首座の眷族”側に費用的な負担は殆ど無い。
ただカラード側も無制限な出費は防ぎたかったので、支社の準備をするにあたって多くの事を任せる“首座の眷族”に、次のような要望を出していた。
・支社の社屋はコンパクトサイズ。
・人員は少数。情報を送ってもらうだけなので10名以下。
・社の方針として人材は人財なので福利厚生は手厚く。
・お給料は平均より上。中の上くらい。
・事務員扱いであって戦闘要員ではない。
・その他希望があれば随時相談。
“首座の眷族”にしてみれば断る理由の無い要望だったため、僅か数週間で社屋が準備され、同時進行で募集されていた人員が幾度かの選考を経て社員となった。人類初、他文明の社員の誕生である。
因みに支社が出来たのは今回惑星遭難がコールされた星であり、初めてカラードに送られてきた情報は、大気層に突入しながら巨大な破片を処理する潜行戦隊第1戦隊の6名*3、AICが可視化するほどオーバーロードさせて巨大な破片を抑え込むラウラ、ラウラを背後から抱き抱えて姿勢制御を行うシャルロット、そして
緊急事態ではあったが衛星軌道プラットフォームが破壊された訳では無かったので、今回の活動は多くの者が目にしていたのである。
第216話に続く
カラード、ついに他文明に支社を出すところまできました。
とは言っても非常に小さく、本当に限られた情報しか入手出来ませんが、在ると無いとでは大違い。
今後色々使えそうだなぁ~と思う作者です。