インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
ちょっとプチッと切れた束さん。恐らく過去最大被害の分からせ回です。
アメリカ合衆国。他を圧倒する軍事力と経済力を背景に、世界情勢の主導権を握る覇権国家――――――という評価は数年前までのものだ。
人類が友好的な宇宙人と接触して以降、主導権を握るのは何処かと一般市民に尋ねれば、まず間違いなくカラードという返答が大半だろう。
理由は様々だ。カラードが宇宙人との外交を一手に担っている。紛争の安定化に貢献している。食料問題・環境問題・資源問題に結果を出している。そしてこれだけの事を行いながら、各国には統一政府として活動する為の
言い換えるなら、カラードはこれまで既存の国々が解決出来なかった問題を、国という枠組みに頼らず独力で改善させつつある、という事だ。主導権を手にするのも道理だろう。
アメリカの現大統領は、そんな現状に強い不満を持っていた。
(どいつもこいつもカラードカラードカラードと)
大統領の椅子に座る者は、地球の最高権力者とイコールだった筈だ。なのに今や、アメリカ国民ですら統一政府の母体として相応しいのはアメリカ政府ではなく、カラードだと思っている者が多くなってきている。
(腹立たしい。カラードなど所詮は一民間軍事企業だったのだぞ!!)
ホワイトハウスの大統領執務室で、現大統領はイライラしながら内心で吐き捨てる。自国ファーストを掲げる超保守派かつタカ派*1のこの男にとって、現状は余りにも理不尽であった。
だがカラードが様々な問題に対して結果を出しているのも事実であり、下手な対応は自分の首を絞める事になりかねない。しかしこのまま好き勝手させるのも癪だ。アメリカがその他大勢と同じ扱いなどあってはならない。
このような思いから、現大統領は少し揺さぶってやろうと思った。内容的に大した事ではない。カラードは統一政府になろうとしているが、地球人の中から正当なプロセス―――民主的な選挙―――で選ばれた者達ではない。極論的に言ってしまえば自称してるだけだ。その辺りを小突いてやれば、対応に困るのではないだろうか。いや、困る筈だ。もしかしたら今はカラードに尻尾を振っている奴らも同調してくれるかもしれない。もし大きなうねりになったらしめたもの。ならなかったら、正当なプロセスの重要性を述べただけ、という話にしてしまえば良い。
―――結論から言えば、これが大統領失脚の切っ掛けであった。
相手が政治家なら、現大統領のプランは有効だったかもしれない。しかし篠ノ之束も薙原晶も政治家ではないのだ。2人が苦労している理由は、やらないと将来的に拙いからであって、極論的に顔も知らない誰かなどどうでも良いのだ。
現大統領は、この辺りを決定的に読み間違っていたのである。
◇
切っ掛けは数日後に開かれた、先進6ヵ国―――日本・アメリカ・ロシア・イギリス・フランス・ドイツ―――で構成される“星間国家の在り方を検討する委員会”で、アメリカの委員が委員長を務める晶に尋ねたことだった。
「ところで委員長。将来的に外交など幾つかの機能を我々委員会に任せる、という話は聞いているのですが、タイムスケジュール等はあるのでしょうか?」
「まだ無いですね。安心して任せるには足りないものが多過ぎるので」
「参考までに、どのような事が足りないと思っているのでしょうか? 我々としても人類が
すると晶は意外そうな表情をして言った。
「言っても良いのですか?」
アメリカの委員は想像とは違った返答に一瞬戸惑うも肯いた。
「え? ええ」
「では遠慮なく。まず人種差別問題をどうにかして下さい。特に白人至上主義の人達。
「それは国内問題であって――――――」
「なにを言っているんですか。そもそもお忘れのようですが、人類は開星基準を満たしていない状態で
「ある程度の権限というのがどの程度の権限を言うのかはさておき、何らかの権限を付与するなら民主的なプロセスの実行が必要不可欠でしょう。なにせ人類の未来に直結するのですから。そしてそういう意味で、カラードは民主的なプロセスを経ていない。貴方と束博士が主導的立場にいるのが正しいかどうか、一度各国市民の代表である首脳陣に判断を仰いでも良いのではないかと思うのですが」
問いに対する返答内容が違うが、恐らくこれが言いたかったことなのだろう。そして晶が口を開こうとしたところで、先に日本の委員が口を開いた。
「では、我が国はカラードを支持します。今後の体制がどうなっていくのかはさておき、カラードの外交的成果を無視する事は出来ないでしょう。地球内部の問題についても、エネルギーは言うまでもなく、紛争、食料、気候変動と多くの分野で多大な貢献をしている。いずれも先進各国を長年悩ませていた問題です。これらを鑑みれば、主導的立場でも何ら問題は無いかと」
これにフランスの委員が同調した。
「我が国も日本と同じ意見です。むしろアメリカに問いたいのですが、仮に民主的プロセスの結果として束博士が外交の最前線から退く事になった場合、誰が代わりを務めるのですか?」
「新しく選ばれた者が、人類の総意の代弁者として、様々な事を決めていくでしょう」
ドイツの委員が、些か笑いを堪えている口調で言った。
「様々な事を、ですか? なら参考までに伺いたいのですが、アメリカ独力でカラードが介入している5つの紛争地域*3を治められますか?」
「今それは関係無いでしょう」
「大ありですよ。カラードがそこを受け持ってくれているお陰で、経済の不安要素がどれだけ減ったか分からない者はいないでしょう。それを民主的に問うという事は、新しく選ばれるであろう代弁者には、同じだけの行動が求められるのでは? 無論、意見は人それぞれですが、行った者と行わなかった者の差は歴然だと思ったまでです」
5つの紛争地域は難民の大量発生地域であり、貧困者の救済には無尽蔵の食料が必要であり、治安機構が崩壊しているため犯罪組織の温床となり、真面目な介入を行えば行う程に無尽蔵の資金を必要とする悪夢のような地域だ。
そこをカラードが、国づくりも斯くやという規模で作り替えていた。戸籍を作り、生活インフラを整え、難民や貧困者に衣食住を与え、子が学べる環境を作り、大量生産品を作る工場を建て、職を与え、港や空港を整備して、大国ですらのたうち回る程の資金を投入してだ。当初は無謀と言われていた試みだが、カラード副社長のセシリア・オルコットが断固とした態度で介入し続けて約2年が経過した今、戦火で荒れ果てた地の再生は間違いなく軌道に乗り始めていた。
「新しく選ばれた代弁者の下で、それらも続けられていくでしょう」
「ですから、どうやってですか、と聞いているんです。代案も無しにそのような事を言うなど、見識を疑われますよ。いえ、夢想家と言ってもいい」
「少し言葉を慎むべきでは?」
「事実でしょう」
アメリカとドイツの間で火花が散ると、イギリスの委員が仲裁に入った。
「まぁまぁ、御二方。ここは口論の場ではありません。ですがドイツは、言葉をもう少しマイルドにした方が良いかもしれませんね」
内容について指摘していないという事は、やるならもう少しエレガントにやれ、という意味だろうか。貴族の国らしい遠回しな指摘だ。しかし続いたロシアの委員は、そんな気遣いをするつもりは全く無かった。数年前までは仮想敵国だったのだ。これほど堂々と非難できるチャンスを逃す訳がない。
「いや、流石はアメリカ。民主主義の名の下に堂々と侵略して奪い支配してきた国は言う事が違いますね。今度は、いえ、また、束博士から奪う気ですか」
「事実ではありませんね。取り消して下さい」
「事実ではない? おや? そうでしたか? まぁここで過去の歴史を言い合ったところで不毛な論争にしかなりませんので、素直に発言を撤回しますが――――――」
ロシアの委員は、ここで爆弾発言を放り込んだ。篠ノ之束と薙原晶が触れないのを良い事に、これまで誰も一切触れて来なかった話だ。
「――――――束博士から奪う気ですか、というのは撤回しません。だってそうでしょう。この委員会に席を持つ国は例外無く、過去に束博士の保護を名目として色々暗躍していたのですから」
各国の委員の表情が強張るのを余所に、ロシアの委員は更に続けた。
「結果として束博士は数年間の潜伏を余儀なくされた。再び表舞台に出てきた束博士の発明品を見れば、我々がどれほど貴重な時間を奪ったかは明らかでしょう。そして今、アメリカは民主的という綺麗で都合の良い言葉で、束博士が築き上げてきたものを奪おうとしている」
「奪おうとは人聞きの悪い。こちらの意図は、総意を得ての行動が正しいという事だ。地球の今後を、一人の人間が決めて良い訳がないだろう」
「では仮にこの場でカラードの主導的立場が否定されたとして、どのような人間が主導的立場に立つのですか? いえ、もっと言ってしまえば、アメリカ大統領が主導的立場になったとして、何が出来るのですか? 公表されている第5回外宇宙ミッションのレポートは読まれていますか? たった30分で戦闘艦1万隻を動員して他星系に送り込めるような文明と、宇宙で碌な活動手段を持たないアメリカが、いえ、これは我々と言っても良いですが、どうやって交渉で渡り合うのですか? どうせアメリカが欲しいのは、束博士が造り上げたアンサラーによる電力供給システムと地球の絶対防衛線、月のハブ化されたスターゲート、テラフォーミングされた星でしょう。そんなちっぽけな野望の為に、人類のこれからを邪魔しないで欲しいですね」
「断じてそんな事は考えていない!! 昔我が国が動いたのは、博士の身を案じてのことだ」
ロシアの委員はニヤリと笑った。
「では、当人に聞いてみましょう。幸い、ここには束博士のパートナーである
晶は何も言わず、室内に空間ウインドウを展開した。束博士が映し出されている。
『中々面白い事になっているみたいだね。でも答える前に、先にロシアの人に聞いておこうか。良いのかい? 答えるなら、手加減はしないよ』
『構いません。我が国は博士に行った事を認め、その罪滅ぼしとして、博士の要望に応える用意があります。過去に貴女を狙った人物を牢に入れるでも、それ以上でも、国が傾く程の金銭でも如何様にでも』
『言うじゃないか。それじゃ遠慮なく言わせて貰おうかな。――――――狙われたよ。散々ね。幾つかの研究成果は持ち出せなくて、やり直しになった事もある。隠れながらだから大規模研究も出来ない。大変だったんだから。晶がいなければ、私は今も表舞台に立てなかったかもしれない。それくらいにね。あと、ついでに言わせて貰おうかな。私のところに一番部隊を送り込んできたのはアメリカで、今の大統領は当時から軍需企業と仲良しさんで、相当な額の献金を受けてたよね。私の事も当然話題に上がっていたと思うけど、何かしてくれたのかな? 民主的な行動を謳う割には、随分苛烈に送り込んでくれたじゃないか。そういう経験もあってね。私はアメリカの委員がさっき言った言葉を全く信用していない。総意なんて、相応の立場に立つ者なら幾らでも捻じ曲げられるんだから』
束は一度言葉を区切り、冷たい視線を向けて言った。
『流石に全ての人に背負わせるのは酷だと思ってこれまで口を閉じていたけど、アメリカさんはこの期に及んでも碌な事を考えていないみたいだね。人が、人類が、
『は、博士!! 誤解です。我々は決してそのようなつもりでは』
このままでは拙いと思ったのかアメリカの委員が口を挟む。しかし、束は聞く耳を持たなかった。
『御託はいいよ。事実として、私はあなた方が散々追い回してくれたお陰で、年単位で貴重な時間を失った。今まで言わないでいてあげただけで、私は忘れてないんだよ。いや、晶と出会えたから、それだけは感謝しても良いかな』
束はもう一度言葉を区切り、一息ついてから言った。
『晶。分からせてやって。平謝りしてくるまで、一切許さなくていい。自分達の選んだ代弁者の決断は、自分達に返ってくるっていう事を、骨の髄まで分からせてやって。アメリカ経済がガタガタになって、何百万人の失業者が出たって、もっと出たって構わない。今この段階で、この程度の人間しか出てこないような国なんて、お荷物でしかない』
『分かった』
空間ウインドウが消えた後、誰も言葉を発しなかった。
アメリカの委員など青ざめている。明らかに、“天災”の逆鱗に触れていた。
そんな中で、晶はルーチンワークを処理するような気軽さで言った。
「さて、じゃあ始めるか」
「な、何をするつもりですか!!」
アメリカの委員の慌てた様子とは対照的に、晶は何でもない事のように言った。
「流石に物理的な暴力で、焼け野原にしたりはしませんよ。ちょっとした方針を示して、お金を動かすだけですから。で、まず方針ですが今後暫くの間、アメリカ軍及びアメリカ企業に属する者は外宇宙ミッションに連れて行きません。選考リストから除外します。装備品も同様です。加えてカラードで中古宇宙輸送船のレンタル事業をしていますが、それからも除外です。効力は今この瞬間から。準備で積み込んでいる物は全て降ろして、既に出発している船は即時帰還。次にアメリカが主に輸出している農作物に、大豆やトウモロコシがありましたね。この辺りを宇宙農園で増産して、輸出先に売り込みましょう。あと工業でアメリカ企業と競合しているところに、原材料を安く提供しましょうか。戦略物資に指定されている物も、アステロイドベルトから持ってこれますからね」
農作物と原材料については実行するまで多少時間が掛かるが、実行されればアメリカ経済が被る被害は相当なものになるだろう。因みにカラードの中核事業である電力供給や衛星通信網を止めなかったのは、一度契約を結んだ以上、どんな時でも例外無く、何があろうと安定稼働している、という事実が何よりも重要だからだ。逆にこれほどの事を行った時でも止めなかったという事実が、契約に対する信頼となるだろう。結果として、安定した巨大な収入源を保つ事になる。
尤も衛星通信網については、次の一手で使う為でもあるのだが。
晶の言葉は続く。
「ああ、そうだ。今の大統領と仲の良い方々の事は、色々と調べてあります。警察機関を通すなんて面倒な事はしません。ネット回線で流しますので、使いたい方はどうぞご自由にお使いください」
表には知られていない事だが、晶の配下には亡国機業の“元”最高幹部の
「あ、貴方には他国の首脳に敬意を払うという気持ちはないのですか!?」
「敬意ですか? 先に束を追い詰めたのは誰でしょうね? これまで、謝罪する時間は沢山あった筈ですが? にも関わらず、これまでそんな話は一切出てきませんでしたね? こちらが言わないので、過ぎ去った事だと水に流したと思っていましたか? ――――――まぁ、これ以上は言葉で言っても仕方ないので、後は行動で示しましょう」
「まっ、待ってくだ――――――」
「今回の委員会は、これで終了にします」
そうして席を立った晶は、振り返る事なく部屋を後にしたのだった。
◇
“星間国家の在り方を検討する委員会”の議事録は、全て公開されている。
つまり今回の委員会であった内容は、全て一般の知るところとなっていた。しかしアメリカ程の国なら、情報封鎖なり別のニュースを流すなりして対処可能だっただろう。これまでなら。だが、今回は出来なかった。
束博士本人からの発言。カラードからの情報発信。何より晶の義妹達が3年程前に設立した“アースレポート・コーポレーション”*4という情報系企業が、インターネットを駆使して、世界規模で今回の一件を大々的に報じたのだ。
反響は無慈悲で残酷なものだった。
(なんだこれは? なにが、一体どうなっている!?)
ホワイトハウスの大統領執務室で、自国ファーストを掲げる超保守派かつタカ派の男は混乱していた。
“星間国家の在り方を検討する委員会”からたった数日で、過去の褒められない行いの数々が、これでもかと白日の下に晒されたからだ。お陰で強固な関係にあった筈の団体や企業から一斉に顔を背けられ、献金も軒並みストップ。所属している党からも「大統領としての適性に欠ける。早急に交代を検討すべき」との意見が相次いでいた。上から下まで一様にだ。
(拙い。これは拙いぞ)
室内を落ち着きなく歩き回りながら挽回方法を考えるが、何も思い浮かばない。
(いや、待てよ。あの男だったら薙原晶と話が出来るのではないか?)
思い浮かんだのはアメリカ第七艦隊の司令であるケリー・ジェイムズ中将。前大統領の懐刀で、窓際に飛ばす予定だった奴だ。しかし薙原晶と個人的な友好関係にあるばかりか、他の委員会メンバーとも太い友好関係を持っていた為に飛ばせなかった。こいつを特使として派遣して、何とか妥協点を――――――そう思い太平洋で演習中の第七艦隊に連絡を入れる。
執務室のディスプレイに、“理想的な軍人”として高い評価を受けているケリー中将が、評判そのままのビシッと決まった敬礼姿で映し出された。
『ケリー・ジェイムズ中将です。大統領。お呼びでしょうか』
『ああ。貴官には1つ仕事を頼みたい。日本に行き、カラード社長に色々と不幸なすれ違いがあったと、懇切丁寧に説明してきて欲しいのだ』
“理想的な軍人”なら、軍の最高司令官でもある大統領からの命令を断る筈がない。だがそれは、彼の本質を知らないからこその考えだった。彼は、コウモリさんなのだ。カラード、亡国機業、アメリカ大統領という巨大な力の間で、ヒラヒラヒラヒラとうまぁ~~~~~く飛んで、今日まで生き長らえてきたコウモリさんだ。亡国機業の内情が変わっている事までは知らないが、ヒラヒラ飛び続けて来た事実は変わらない。そんな人間が、断頭台に首が乗った人間の言う事など聞くだろうか? 否であろう。
ケリーは非常に申し訳なさそうな表情で答えた。
『申し訳ありません大統領。最高司令官からの御命令ではありますが、信用・信頼のおけない上官からの命令を遂行する事は、部下達に軍務への疑念を抱かせる事になります。御命令を下したいのでしたら、議会で御自身の疑念を晴らしてからにして頂きたく思います。もしくは御自身で日本まで行って、束博士かカラード社長に直接説明をして下さい』
因みに大統領の罪状が確定していない現段階で言うなら、ケリーの対応は抗命罪に当たる。しかし当人の内心は――――――。
(やったぁ!! これで合法的にお役御免。ちょっと早いけど、夢にまで見た気ままなセカンドライフ!! 面倒なアレコレともオサラバ。いやっほぅ。さぁさぁさぁ。さっさとクビにするんだ。HurryHurryHurry)
ウキウキ気分であった。勿論、表情には出さない。外面だけはしっかり整え、ビシッと敬礼したままだ。
そんなケリーに、大統領は怒鳴った。
『貴様!! 軍人が、命令に背くのか!!』
『はい。私は自身の良心を信じ、中将という階級を捨てる事になってもその命令を拒否します』
『分かっているのだろうな?』
『抗命罪。それも最高司令官に対してとなれば、どれほど重いかは民間出身の貴方よりも余程』
『良い度胸だ』
『処分の通知をお待ちしています』
通信はケリーの方から切られた。因みにケリーが通信を受けた場所は、第七艦隊旗艦アームズフォート“ギガベース”のブリッジである。
彼は周囲の視線を集める中、「少し自室に戻る。何かあったら呼んでくれ」と言って出て行った。
見送ったクルー達が口々に言う。
「ウチの司令、格好良くない?」
「やべぇ。漢気あり過ぎだろ」
「あれは惚れるわ」
そしてケリーのこの対応が、間接的に止めを刺した形になった。
後日行われた大統領の弾劾裁判において、“理想的な軍人”が抗命罪にあたると認識した上で拒否したという一件は、多くの者の心証に影響を与えていたのである。
因みに大統領周辺の調査が行われたなら、コウモリさんの表に出てはイケナイ情報も少なからず出てくる筈だが、何故か出てこなかった。調査した者が無能だったか、何らかの意図があって見逃されたかは謎だが、彼の首の皮はまだ繋がっていたのだ。
もしかしたら誰かさんが、「お前面白いから、まだ引退させないよ」とか言っていたのかもしれない。
◇
現大統領の弾劾裁判は、恐ろしい早さで進められていた。
理由など1つしかない。先の一件で“聖母”とすら言われている束博士が、どれほど激怒しているかを理解して震えあがったのである。“天災”の異名を知る者達にとっては信じられない事だが、裏側で起きた数々の出来事を知らない者達は、“聖母”という言葉のイメージで彼女を捉え、酷い事をする筈がないと勝手に思い込んでいたのだ。
そこに、あの言葉である。
『晶。分からせてやって。平謝りしてくるまで、一切許さなくていい。自分達の選んだ代弁者の決断は、自分達に返ってくるっていう事を、骨の髄まで分からせてやって。アメリカ経済がガタガタになって、何百万人の失業者が出たって、もっと出たって構わない。今この段階で、この程度の人間しか出てこないような国なんて、お荷物でしかない』
無論、全ての者が震えあがった訳ではない。反発を覚えた者も多かったが、それ以上に委員会を構成する他国の行動に、恐怖を覚えた者が多かった。アメリカが、明らかに孤立しているのだ。
今回の件の切っ掛けであるロシア。改めて過去の行いを認めた上で、委員会の席で宣言した内容をもう一度、公式に宣言したのだ。なおこの宣言の裏側には、楯無の子飼いの働きがあった。
続いたのが日本。過去に束博士を狙った動きがあったと認めた上で、宇宙進出や統一政府の樹立に向けて、束博士の要求を最大限、可能な限り前向きに検討していくと宣言したのだ。内容がロシアより控え目だが、これは国民感情に配慮してこういう言葉になったに過ぎない。日本の中枢は更識が握っており、晶は更識の当主でもある。今は楯無が当主代行として切り盛りしているが、この手の調整で彼女の右に出る者はいない。実質的に要求は全て通る。
次にフランス。宣言内容をほぼ日本と同じに出来たのは、
少し遅れてドイツ。急遽動き出した事態にかなり慌てたようだが、“天災”の一撃がどれほどのものか身をもって体験している国だ。今のアメリカを見て、もう一度同じ事は勘弁して欲しいとばかりに、日本やフランスと同じような宣言をしていた。もう許されている筈なのだが、やっぱりトラウマなのである。
最後にイギリス。相当に複雑な感情が見え隠れしていたが、過去の行いを幾重にもオブラートに包んで分かり辛くした上で認め、宇宙進出や統一政府の樹立に向けて協力していくと宣言していた。若干後ろ向きに見えるのは、お貴族様の無駄に高いプライドが原因だった。このままカラードが統一政府の母体となった場合、どう足掻いてもセシリアの下という事になる。それを受け入れられない者達の悪足掻きだ。
―――閑話休題。
この他にも、これまでアメリカの行動に煮え湯を呑まされ続けてきた国々は、束博士の行動を支持していた。いや、数々の発表から見える内心は、もっとやれというところだろう。
だからこそアメリカは弾劾裁判を急いで進め、現大統領を可能な限り早く罷免しようとしていた。
時間との勝負なのだ。
農作物と原材料の敵対的輸出は、準備に幾らかの時間がかかる。始まるまでに方針を撤回させる事が出来なければ、国内経済が大打撃を受けてしまう。
束博士の怒り具合を見るに、生半可な対応では撤回しないだろう。だからこその罷免だ。カラード側から伝えられた条件ではないが、恐らくそれが最低ライン。だから急いだのだ。
そしてアメリカ史上初、現職大統領が罷免されて牢屋にぶち込まれた後のこと。法に則り大統領職を代行する事になった副大統領から晶への
―――此処に来る前に、やる事があるでしょう。
束博士の言葉通り、一切応じるつもりは無いという態度だった。これまでなら有り得ない。こんな態度を取ろうものなら、極めて高い代償を支払わされる事になる。しかし今のアメリカに、代償を支払わせる力は無かった。そもそもの土台が違うのだ。
まず経済面で言えば、惑星上の土地を確保しなくても良いカラードは、
次いで武力面ではどうだろうか? 比べること自体がおかしいだろう。IS戦力が優れているのは周知の事実だが、制宙権を完全に握っているカラードは、地球上の全てを射程圏内に収めているに等しい。つまり戦略レベルで既に決着がついているのだ。
副大統領は埒が明かないと思ったのかカラード本社に直接向かったが、それでも晶は会わなかった。完全に門前払いである。
このためアメリカ政府は事前調整なし―――束と晶にしてみれば自分で考えろということ―――で幾つかの発表をしたのだが、ここで国民感情が邪魔をした。
政府、或いは企業群上層部はこのままでは明らかに拙いというのを認識していたが、控訴社会かつ競争社会であるアメリカにとって、過去に束博士を狙っていたと公式に認めるのは完全敗北と同義であり、国民感情的にかなり難しかったのだ。まして束博士が言及していた現職大統領については、既に罷免している。これ以上何を求めるのか、と考える輩が一定数以上いたのだ。
結果として発表内容は「不幸なすれ違いはあったが、あくまで束博士の身を案じての行動」という、束と晶にとっては検討に値しない内容であった。続く内容で宇宙開発に対する協力が色々言われていたが、認めないなら許す気はない。束の怒りがこの程度で収まると思っているなら、随分と安く見られたものだ。
そしてこの時点で、非常に皮肉な事が起きた。正義の信奉者が事実を知ったら憤慨するであろう事だ。
亡国機業がフロント企業を通じて、アメリカ政府が闇に葬ってきた極めて不都合な真実を表側に供給したのだ。これは“元”最高幹部連中にしてみれば新たな主に対する支援であり、カラードに捕らえられていない最高幹部連中にしてみれば、力の源泉である企業体の競争力を維持する為に必要な事だった。事態が長引けば長引くほど、アメリカ企業への深刻なダメージになるのが目に見えていたからだ。
供給された極めて不都合な真実は、全体量からしてみれば極々一部でしかない。しかし、インパクトは絶大であった。なにせ正義の名の下に行われていた数々の非道だ。これで正義など主張できる筈もない。
多くの犯罪が暴かれ、政府要人、議員、一般人、老若男女を問わず、ありとあらゆるところで逮捕者が続出していた。最終的に国家機能不全一歩手前という有り様で、過去のドイツを上回る勢いと言えば、どれほどの大惨事であったかが分かるだろう。
このような出来事を経て、アメリカはようやく過去に束を狙って活動していたという事実を認め、その上で宇宙進出に対して全力で協力―――実質的にカラードからの要望丸のみ―――するという宣言を出す事で、どうにか敵対的輸出を防ぐ事が出来たのだった。
この一件は後に“天災”ではなく“聖母の御仕置き”と言われ、調子に乗った者、傲慢になった者の末路として、末永く引き合いに出される事例となったのだった。
◇
少しだけ時が経った頃。
セカンドライフだヒャッホーと喜んでいた
周囲を見てみる。ピッカピカの執務室。胸元を見てみる。階級章が変わっていた。何故に大将? おかしい。どうしてこうなった。
あれ、抗命罪だよな? あれが抗命じゃなかったら何なんだよ。最高司令官への抗命だよ。軍紀に照らしたら絶対処罰対象だよね? 処罰の通知が来たら辞表出してやろうと思って準備してたのに、なんで昇進してるの? あの大統領嫌われ者だったけどさ、抗命した軍人をヒーロー扱いして昇進させるっておかしくね?
頭が痛くなってきたので、気分を変えようと執務室を出る。
するとすれ違う将校達―――みんな高級将校―――が、ビシッと敬礼してくる。形だけの敬礼ではなく、なんというか、憧れのような視線を感じる。嘘だろう?
廊下の窓から外を見て見れば、陸地が続き背の低い建物や道路が見える。昇進に伴い、海という現場から
内心で一頻り叫ぶが、現実が変わる訳でもない。執務室に戻る気にもなれなかったのでそのまま歩いていると、仕事用の携帯端末がコールされた。通知番号は、秘書のような仕事をしてくれている副官だ。
『ケリー大将閣下。外線が入っております』
『誰だ?』
返答まで一瞬の間があった。嫌な予感がする。
『カラード社長。薙原晶氏本人からです』
直感が警報を鳴らす。絶対面倒な話だ。切るべきだ。出来るなら苦労はない。努めて平静を装い答える。
『分かった。繋いでくれ』
『はい。どうぞ』
回線が切り替わるのを待って、口を開く。
『もしもし。ケリーだが』
『薙原です。お久しぶりですね。まずは大将への昇進、おめでとうございます』
『ありがとうございます。して、何用でしょうか?』
『丁度近くまで来ていてね。昇進祝いの品でも持って行こうと思ったんだが、仕事の邪魔をするのも悪いだろう。だから単なる確認かな。忙しいなら祝いの品だけ送っておくよ』
副大統領を門前払いした奴の訪問を断れる訳ねぇじゃん!!
『はっはっはっ。今は丁度空いていてね。どれ位で来れるのかな? 入り口まで迎えに行こう』
『15分くらいかな』
『分かった。では15分後に』
そうしてケリーが副官を伴い
周囲が少々(?)騒がしくなっているが、色々面倒なので気にしない事にしておく。
お互いに歩み寄り、晶が先に口を開いた。
「さっきも言ったが、昇進おめでとう」
「君にそう言って貰えるとはな。まして来てくれるとは。そちらも忙しいだろうに。ありがとう」
お互い極々自然に握手した後、今度はケリーから切り出した。
「執務室に案内してゆっくり話したいところだが、君を中に入れると色々騒ぐ者が多そうでね。深い話でないなら、近くに旨い早いお手軽なジャンクフードがある。どうかな?」
「良いね。丁度小腹がすいていたんだ」
ケリーは秘書さんをチラッと見たが、特に反応していない。あれ? 社長をジャンクフードに案内するなんて!! みたいな反応を期待したんだが………チッ、つまらん。
因みに秘書課の面々は晶の性格を良く分かっているので、意図的な侮辱でもない限り割と温厚である。
こうして場所を変えてジャンクフードをパクつきながら世間話――――――の中で、晶は懐から小さな記録媒体を1つ取り出して無造作に渡した。
「これは?」
「今度火星で、スコーピオン*5を使ってオービットダイブの訓練を行う。参加したいなら、部隊を選抜して連絡をくれ。詳細はその中に入ってる」
これを聞いたケリーは、ものすっごくゲンナリした顔で言った。
「お前さぁ。こんな場所で言ったら、俺の所に色々来るだろうが」
思わず素が出たが、相手は全く気にした様子もなく答えた。
「アメリカ軍に話を通すなら、貴方が一番確実でしょう」
信頼感満載な言葉だが、ケリーは分かっていた。絶対楽しんでやがる。だがそれはそれとして、アメリカ軍が全面的に排除されていた案件に対して、こういう話を分かり易い形で持ってきてくれたのだ。断ってはいけない話だろう。それくらいは分かる。
「分かった。次もその次も、これから先ずっと呼んで貰えるように、我が軍の練度を披露しましょう」
「言いましたね?」
「それ位でなければ、外宇宙ミッションへの参加は叶わないでしょう」
晶はYesともNoとも言わず答えた。
「では、楽しみにしています」
こうしてちょっとした(?)話し合いは無事に終わり、後日の訓練も無事に終了した事で、アメリカ軍がリストから排除された期間は極々短期間で済んだのだった。
なおこの一件により、ケリーは早期退職出来なくなってしまった。カラード中枢へのふっといパイプ役として、時の政権から「お願いだから居て!!」と引き留められ、色々面倒になって出した早期退職願いは尽く握り潰されたのだった。大将なのに。
コウモリさんの苦労は何処までも続くのである。
第217話に続く
今の束さんを怒らせるとこうなるという実例。
アメリカさんはすえながーーーーーく、色々な教科書に載るでしょう。めっちゃ悪い意味で。
そして詳しくは別の回で書きたいと思いますが、これで地球内部の状況は大分良くなると思います。
あとコウモリさん。頑張れ。(笑)