インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
でも色々と動きがあったりもします。
後年の教科書において、“聖母の御仕置き”を切っ掛けとして今年度の7月から始まった一連の出来事は、国家解体の始まりと記される事が多い。
兆候、或いは布石となる動きは以前からあったが、やはり先の一件を始まりと考える者が多かったのだ。
そして一連の出来事とは、“星間国家の在り方を検討する委員会”を構成する6ヵ国―――日本・アメリカ・ロシア・イギリス・フランス・ドイツ―――が、戸籍管理を一部とは言えカラードが提供している戸籍管理サービスに依託した事によって、起きた動きである。日本を例に挙げるなら、カラード本社のある都市及びその近郊の戸籍管理が依託されたのだ。
因みに、カラードが介入している5つの紛争地域で行われている戸籍管理サービスと、委員会を構成する6ヵ国に対してこれから行う戸籍管理サービスは内容が異なる。
紛争地域は行政機構が完全に崩壊していたのでカラードが全て行っているが、6ヵ国に対して同じ事を行えば、戸籍関連業務に従事する多くの者の仕事を奪ってしまうからだ。このため提供されるサービスは、戸籍管理用データベースの貸し出しと保守点検、運用する為のOSやソフトウェア提供、運用方法を修得して貰う為の指導者の派遣、といった現場で働いている人達が配置転換なしに、そのまま働き続けられるようにする方向で行われていた。
しかしある程度の覚えて貰う事や機材更新はあるため、どうしても新しい形が受け入れられないという者達の為に、“定年まで働き続けたものとして扱う早期退職者の募集”も併せて行われていた。これは定年までの給料+退職金を纏めて支払うという破格のもので、カラード側から発案されたものだった。従って支払いもカラード側の資金である。
多くの者は何故と思ったが、発案理由は極々単純なものだった。新しいものに馴染めない不穏分子を、移行作業を行う大事な時期に内部に抱え込みたくないのだ。だから資金力にものを言わせて、自発的に出て行ってもらう。これだけだ。少々出費は増えるが、宇宙事業で動かす額に比べれば大した事は無い。
このような動きの中で6ヵ国は、カラードが用意した戸籍管理用データベースへ旧戸籍データの移行を開始した。電子データの移行だけなら、それほど時間は掛からない。しかしカラードは、移行されたデータが全て正しいとは思っていなかった。またこの手の移行作業が行われている時は、足元を掬いたい連中から見れば、難癖をつける為の不正データを潜り込ませる絶好の機会でもある。
このためカラードは移行されたデータの正確性を確保する為に、非常に原始的だが確実な確認手段を取った。
4ヵ月程前に実用化された人間サイズの無人汎用メカ“アーマードコア”*1に、個人認証用の特殊カメラや登録されている戸籍情報をその場で確認できるディスプレイを装備させ、対象地域の家庭を一軒一軒訪問させたのだ。
外見は
こんな物が通りを歩いていれば、普通は驚くだろう。実際、開始当初は非常に驚かれた。何体も稼働しているとニュースやネットで繰り返し繰り返ししつこいくらいに宣伝されていたが、それでも驚かれた。しかし、人間は慣れる生き物である。
―――閑話休題。
束と晶は自宅の居間で、これらに関するニュースを見ながら話していた。
「それにしてもまさか、こんなに早く戸籍に手を付けられるとは思わなかったね」
「本当にな。まだ年単位で先になると思ってたのに」
2人は3年程前に、統一政府として各国の戸籍関連をどういう風に扱っていくのかを検討した事があったが、手をつけるのは時期尚早として見送っていたのだ*3。何故なら戸籍管理というのは国家運営の基礎であるため、下手に手を出せば激烈な反発を招くのが目に見えていたからだ。しかし内政と外交で実績を積み上げ、同時進行で楯無が日本とロシアに、仕込みをしておいてくれたお陰で手が届いた。先月の一件で一部とは言え、管理出来るようになった。
そして2種類の管理方法が併存しているなら、必ずどちらがより信頼に足るシステムか、という話になる。
片や発展途上の未熟なシステム。片や“天才”が作り上げた新しいシステム。多くの者がじっくりと細部まで粗探しをするだろう。だが問題無い。新しいシステムは策謀渦巻く
「うん。これで、次の段階に入れるね」
「そうだな」
これは束と晶が、積極的に何かを行うという意味ではない。言うなれば、これまで仕込んできた種が芽吹く、と言ったところだろうか。
相槌を打った晶は、各国の状況を思い浮かべた。
日本。楯無の優れた手腕のお陰で、更識家が政権中枢を握って久しい。なので戸籍管理サービスの適応範囲拡大は既定路線だ。併せて政策提案サービスの導入範囲も拡大される。これによりカラードの足元に相応しい国に作り替えられていくだろう。
欧州。シャルロットの地元でもあるフランスは、
ロシア。楯無の子飼いが実権を握っているので、戸籍管理や政策提案サービスの導入が進んで行くだろう。また子飼いが実権を握って以降、高圧的な外交方針が改められたため、周辺地域の安定化に役立っていた。
アメリカ。以前捕らえた亡国機業の“元”最高幹部6名とその側近達が、フロント企業を使いカラードの意向に沿うような形で世論誘導を行っていた。元々は5つの紛争地域に介入する時に、役に立っている間は生きていて良いと言って、“ちょっと”処置をして“少し”脅して放り出した連中だ。それが今では旧亡国機業の殆どを吸収して、忠実な下僕として振る舞っている。立場を弁えている限りは、このまま使ってやっても良いだろう。
ついでに中国。クーデターで実権を握った
そして介入している5つの紛争地域“だった場所”は、人も物もまだまだ足りないが、最悪の状態は脱したと言って良かった。気を抜ける程ではないが、紛争以外に何もないという状態ではない。人が集まり、住む場所や食べ物があり、働く場所がある。開発が進められ、これからという雰囲気がある。
ここまで思い、晶は相槌の後に言葉を続けた。
「ここから先は年単位で時間をかけて、6ヵ国の緩やかな共同体。その上に統一政府。直轄領として中国と5つの介入地域って形になるかな?」
「後は他の国が参加したいって言ってくる感じだろうけど………ん~、もしかしたら一気に進むかもね」
「そうか? どんなものか様子を見つつ、少しずつって感じだと思うけど」
「普通に考えたらそうかもしれないけど、もうカラードが主導権を握るのは決定的だし、6ヵ国を1つの共同体としてみた場合、カラードを抜きにしても勢力の違いは決定的だもん。取り残されたら拙いって思う人は多いんじゃないかな?」
「なるほど。確かにそういう流れも有り得るか。いや、むしろ可能性としてはそっちの方が高いか。ならその場合の加入条件は、やっぱり戸籍管理サービスと政策提案サービスの導入って事にして、加盟金とか負担金は無し。今まで通りそういうのは取らないから、自分達の問題は自分達で解決してねって方向で良いかな」
「うん。それで良いと思う。―――あ、そうだ」
肯いた束が、ふと何かを思い出したように言った。
「どうした?」
「いや、委員会設立当初から委員会に加わりたいって国はあったけどさ、そろそろ本格的に行動を起こす国が出てくるんじゃないかなって」
些か混同し易いが、今話していた“6ヵ国の緩やかな共同体に他の国が参加する可能性”という話と“星間国家の在り方を検討する委員会”に席を持つとは別の話である。委員会への参加条件には、国家予算の1%を発展途上国のインフラ開発に投じなければならない。勿論、
ちなみに国家予算の1%がどれくらいの金額かと言うと、日本を例に挙げると(2023年度で)国家予算は114兆3812億円。この1%となれば、約1兆1400億円。これを継続的に支出させる。なお最大規模の国家予算を持つアメリカの場合は(2022年度で)国家予算が約6兆ドル(日本円で約877兆円)なので、相当な額が発展途上国のインフラ開発に投入される事になる。
「確かに、そうだな」
晶は答えながら思った。委員会設立当初から、ある程度の経済規模と発言力を持っている中流国家、或いは先進国ではないが上流に位置する国家から「委員会の定数を増やすべき」という発言はあった。しかし、晶は取り合わなかった。国家予算の1%という義務を果たせないなら、委員会の席は無いという考えからだが、情勢が決定的になった今、無理をして1%基準を満たしてくる国が出てくるかもしれない。
世間の動向や風潮を見ていると、委員会に席のある事が、何やら新しい判断基準にされているようなのだ。これは良くない。席があるから凄いのではなく、実行力があるからその席があるというのに。
ハッキリ言ってしまえば、相応の実行力の無い国に席を用意しても、要望だけが出てきて議題が空転するだけになるだろう。だが無碍にも出来なかった。委員会立ち上げ時に、現時点の体制では移民が本格化、或いはテラフォーミングした惑星に独自の経済圏が出来た時に上手く機能しなくなる可能性が高いため定数や体制の見直しを行う、という取り決めが行われているからだ*5。
なので晶は少しばかり考えた後、対応策を口にした。
「委員会はその名の通り、星間国家としての在り方を考えていく委員会だ。だから席が欲しいなら、席を得て何をしたいのか、予算的な裏付けと共に発表して貰おうかな。口先だけの国にやる席はない」
「私も今はそれで良いと思うけど、将来的に移民船が出た後はどうしようか? 入植が成功してある程度の規模になったら、必ず移民先の人間も委員会に参加したいって言ってくると思うよ」
「移民先が1つや2つ程度なら、移民船を出した国と意見調整して貰おうと思ってる。でも移民先が10や20、或いはもっと増えてきたら、仕組みを根本的に作り直さないとダメだと思う。今はどうしたって元々の国が基準になっちゃうけど、その頃なら複数の星系を1つの地域としてみて、代表を選出して委員会を形成とか、そんな感じにしないと破綻するんじゃないかな?」
「だよねぇ。そしたら将来的に地球の扱いはどうしようか?」
「人類発祥の地として、あるがままの形を残すのが良いと思う。但し地球上の国家、将来は州になってるかもしれないけど、そこから委員の選出をしないってところかな」
束は晶の言葉を、暫しの時間をかけて吟味した後に答えた。
「………なるほど。その規定があれば、地球から他の星系を統治して搾取する、なんて事も防げるかな。いや、完全には防げなくても、防波堤の1つにはなるかな。うん。それでいこうか」
これはある種逆説的な考えから生まれたものだった。地球から他の星系を統治して搾取する構造がどうやったら生まれるかを考えた場合、最も大きな理由は恐らく、地球に存在する国家が大きな権限を握っている場合だ。なので委員会を構成する人間を、他の星系の者に変えてしまおうという訳だ。そうすれば自然と、地球から他の星系を統治する、という考えからは遠ざかるだろう。
無論、これは完全で完璧な方法という訳ではない。移民船は既存の国家が出すため、必然的に移民先にも影響力を持つ。人事や経済政策を駆使すれば搾取も可能だろう。だが確実に手間であるし、酷いようならカラードで介入しても良い。地球文明圏を安定的に発展させていく布石にはなるだろう。
こうした考えを次の委員会で将来的な方針として議題に挙げたところ、移民船を出せる国力のある委員会各国は基本的に賛成という立場だったが、委員会終了後に移民船を出す国力の無い国々から反対の声が上がった。しかし全て反対という訳ではなく、移民先が地球に搾取されないようにする為には、移民先の人間を委員会に入れる必要がある、という考えは概ね理解を得られていたようだった。
このため単独で移民を実行できない国々から、次のような案が出された。移民船の収容人数に対して一定の割合以上の人員を出したら、一定の発言権を得られるようにして欲しい、というものだ。例として挙げられたのは、委員が交代する3回につき1回は、一定の割合以上を出した国の者を委員にする、などだ。あくまで例であるが、要するに人を出す分の発言権は欲しいという訳だ。
移民を進めていく上ではアリだろう。だが数だけ出されても困るし、一貫性の無い委員の交代は混乱の元でもある。しかしここで拒否してしまえば事実上、移民船を出す国力の無い国は、永久に発言権を持てない事になる。制度としてそれは良くないため、委員会は検討の結果、その案は移民船を出す国と要相談という扱いにしたのだった。
◇
こうして色々な事が変わり始めたとある日のこと。
束はいつもの会談の席で、何でもない事のようにテラフォーミングの見通しを口にした。
『そう言えばアラライルさん。この前買わせてもらった気象コントロール装置のお陰で、3年くらいは縮められそうです。なのであと4、5年くらいで環境は落ち着くと思います。まぁ海と大陸しかなくって、人が居住可能な程度の気温に出来そうというだけなのですが』
この言葉に、アラライルは大袈裟に肩を竦めて言った。
『だけと言いますが、多くの文明がそこまで到達するのに、どれだけの年月を必要としたかご存じですか?』
『とても長い時間を必要した、という事は知っています。ただ、余り比べる必要も無いでしょう。私は私で他は他。その時々の事情もあるでしょう』
『確かにそうですね』
単に思った事を口にしただけだったのだろう。続けられた言葉は別の話題だった。
『ところで随分期間を短縮出来たようですが、次はどのようにするおつもりですか?』
『移民に関わる事を色々進めていく予定ですが、それに合わせて、また買い物をしたいのですが良いでしょうか』
『無茶なもので無ければ』
『そちらの企業にしてみれば技術レベルが低過ぎて面白味が無いかもしれませんが、以前買わせてもらった円筒形型コロニーを1、2基』
『なるほど。用途は何でしょうか?』
『移民した人達が食べ物に困るなんて事があってはいけないので、食料生産基地としてですね』
元々の予定は以前“首座の眷族”から貰い、畜産用として改装したコロニー及びセットになっている農業プラントを、テラフォーミング先に移動させるというものだった。
しかしコロニーを貰ってから約3年*6。あれから幾つかの外宇宙ミッションを行った他、資源採掘の利権やエネルギー輸出といった収入のお陰で、
同時進行でスターゲートでハブ化された月にステーションを準備中だが、コロニーを買っても残高は問題無い。
アラライルが答えた。
『分かりました。ただ少し思ったのですが、防衛に関してはどのようにお考えですか?』
ワープ機関の発達により、最軽量に分類されるフリゲート級*7なら、最速でワープインまで2秒を切る。一般的に運用される中では最大級に分類される戦艦級*8でも、ワープインまで30秒前後だ。
このため
確実に相手を葬るなら、ワープ妨害フィールドに相手を捕らえて逃走を封じ、ステイシスフィールドで強制減速させて、相手のシールドを上回る火力を叩き込むという、極めて殺意の高い方法が主流であった。
そして地球の現状を考えた場合―――カラードは除外するとして―――、この速度域で戦闘を行える艦も周辺装備も無ければ人員もいない。
それ故の問いであったが、束と晶はちゃーーーーんと検討していた。出した結論はかなりブッ飛んでいたが。
『今の地球では入植先に十全な防衛艦隊は用意出来ませんから、尤もな懸念かと思います。ただ入植する惑星近郊に限定するなら、行えない事を無理に行う必要は無い、というところでしょうか』
アラライルは首を傾げた。どういう意味だろうか? 束は言葉を続けた。
『極論的に言えば不届き者が入植先に何らかの暴力行為を働こうとするなら、しっかり殴り返せれば問題無い訳です。なので、こういう物を考えてみました』
束は空間ウインドウを1つ展開して、検討した結果を表示させた。
衛星軌道掃射砲“エーレンベルグ”。但し、
つまりこういう事である。殴りに来るなら、それ以上の射程とシールドの防御力を上回る圧倒的火力で叩き潰してしまえば良い、ということだ。
これを見たアラライルは、珍しく表情を保つ事を意識した。その甲斐あって、ポーカーフェイスを保ったまま尋ねる。
『なるほど。因みに精度はどの程度でしょうか?』
束はニヤリと笑った。
『シミュレーション上で幾つかのパターンを試しましたが、38万キロ圏内ならフリゲート級でも直撃を狙えるかと』
なお言葉にはされなかったが、偏向リングを通した際に収束率を弄れるので、意図的に収束を甘くして面制圧運用も可能である。威力は下がるが、元が戦略兵器なのだ。戦艦級であっても無事では済まないだろう。
『抜かりはない、という事ですね』
『本当は全ての宙域で安全を確保したかったのですが、流石にそれを実現する為には艦隊が必要ですし、カラードだけで行える事でもありません。なので取り敢えず、入植する惑星周辺だけでも安全を確保しておこうと思いまして』
アラライルは素直に思った事を口にした。
『こうなると、本当に実用的な艦が無いのが悔やまれますね。確か今、一般の方々でも使えるような艦を建造中だったかと思いますが、まだかかりそうなのですか?』
『多くは言えませんが、まだですね』
造船用コロニーでは、ついに
『そうですか。ですが色々と種は蒔いているようなので、早く芽吹く事を祈っています』
『私もそう思います』
こうしてアラライルとの話が一段落したところで、今度はスノーが口を開いた。
『束博士。積み替え用ステーションの内装パーツが出来ています。既にスターゲート前まで運んでいますので、輸送船を地球側に進入させても構いませんか?』
今現在、地球、“首座の眷族”、“獣の眷族”の3文明で動いている合同事業があった。
月のハブ化されたスターゲート近郊に、荷物の積み替え用ステーションを準備して、高速船で銀河各地に運ぶというものだ。
ステーションの基本構造体は直径十数キロメートルの小惑星で、これは既に束と晶がアステロイドベルトで適度にカットしてから持ってきていた*11。地球の技術レベルなら本来は国家事業の筈だが、2人にとっては日曜大工である。
そして内装はアラライルとスノーの好意―――無論、打算もある―――により、“首座の眷族”と“獣の眷族”側で準備される事となっていた。メンテナンスや拡張が簡単な、ユニットタイプの組み立て式だ。
スノーの言葉にアラライルが続く。
『こちらも準備出来ています』
『流石に早いですね。まだ3ヵ月しか経っていないのに、あの規模の内装をもう準備するなんて』
これにはスノーが答えた。
『一応、それなりの工業力はありますので』
かなり控え目な表現であった。基盤となる工業力が、地球とは文字通り桁が違うのだ。ハッキリ言ってしまえば、この程度は一地方の小さな一事業程度でしかない。
束もそれを理解しているので、早さについては必要以上に話題にせず、今後の予定について話し始めた。
『では早速組み立てに入りたいと思いますが、1つお願いをしても良いでしょうか』
『何でしょうか?』
『
指導される地球人は、カラードの職員ではない。各国で募集中の
『分かりました。調整して――――――』
ここでスノーはふと思い、言い直した。
『それでしたら、1つ目はこちらで組み上げ、2つ目は協力して、3つ目は監督はしますが独力で組み上げてもらう、というのはどうでしょうか。束博士と薙原社長の労力が増えてしまいますが、御二人なら2日、いえ1日あれば
以前聞いた話では、この合同事業に参入したい企業はそれなりにいる、という事だった。小惑星を持ってくる労力はあるが、自分達で持ってくるので資金はかからない。仮に参入する企業数が予想を下回っても、小惑星は他に転用できる。かかる資金は実質、内装費用に関わるものくらいだろう。なら、悪い話ではない。
『良いですね。その方向で行きましょう』
こうして合同事業についての話を進めた束は、次の話題として“獣の眷族”の領域に支社を置きたい、という希望を伝えてみる事にした。支社を置く目的は2つ。1つは他の文明の人々の日常を知る事で相互理解の礎とするため。1つは危険宙域や賞金首の情報を得るためだ。後者については今後地球人が活動範囲を広げた時に、この手の蓄積情報が無いと危険というのもある。以前アラライルに話した通りの内容だ。
但しデリケートな話題でもあるため、スノーが僅かでも難色を示したなら引く気だった。だったのだが――――――答えは即答だった。
『良いですよ。むしろ、いつその話をしてくれるかと思っていました』
『え?』
少しばかり予想外の返答に、束は思わず変な声を出してしまった。
『アラライルさんにだけ話して、私の方には音沙汰無いんですもの。仲間外れにされていると思ってしまいました』
『ええ?』
冗談っぽく拗ねたような表情を見せるスノー。束が何かを言う前に、彼女は続けた。
『まぁ、それはさておき、第5回外宇宙ミッションのイレギュラーな事態は聞いていましたので、後片付けなど色々な事情があるのだろうと思って待っていました。雇用条件等は“首座の眷族”に出した内容と同じ、と思って構いませんか?』
“首座の眷族”側に出されていた条件とは、以下のようなものである。
支社で雇用する者達の人選は相手側に一任。選ばれた人員の給料はカラード持ち。支社の建造や運用にかかるモロモロの費用もカラード持ち。
ただカラード側も無制限な出費は防ぎたかったので、次のような要望を出していた。
・支社の社屋はコンパクトサイズ。
・人員は少数。情報を送ってもらうだけなので10名以下。
・社の方針として人材は人財なので福利厚生は手厚く。
・お給料は平均より上。中の上くらい。
・事務員扱いであって戦闘要員ではない。
・その他希望があれば随時相談。
かなり相手側に有利な内容だが、支社は運用方法を間違えばスパイ機関を疑われかねない、という危険性がある。なので支社を置く目的を始めにハッキリと伝え、それ以外はいらないとばかりに割り切ったのだ。
スノーの言葉に束は、目をパチクリとさせて意外そうな表情を浮かべながら答えた。
『え、ええ』
というのも、他の文明圏に支社を出す、というのは相当にデリケートなのだ。目的に疚しいところは無いが、地球内の別の地域に支社を出すのとは訳が違う。先日支社の検討を開始してすぐに“首座の眷族”の領域に支社を置けたのは、第5回外宇宙ミッションで惑星ごと助けた―――正確に言えば協力して助けた―――という結果があったからだ。“獣の眷族”の領域に同じように置けると考えるのは楽観的過ぎる。
束と晶はこのように考えていたので、様子を見つつ今というタイミングだった訳だが、スノーの立場からすると少々違う。相応に良好な関係を築けていると思っていたのに、アラライルにだけ話が行き、こちらには来ない。もう少し待って話が来なければ、こちらから切り出そうと思っていたところだった。
なおこの場では言葉にされなかったが、“首座の眷族”に出されたのと同じ条件であれば問題無いと、本星側の確認は取れていた。
『分かりました。では、早速準備をさせましょう』
こうしてカラードは早々と、他の文明に2号支社を出す事に成功する。そうして得られた情報は、地球人の宇宙進出に役立てられていくのだった―――。
◇
一方その頃、“首座の眷族”の領域。惑星遭難がコールされた星に置かれたカラードの1号支社。
採用枠10名という狭き門を潜り抜けた者達は、小会議室で何やら相談をしていた。
議題:カラード本社にもっと働いて貰おう。
もし
なので採用された者達は極々自然に、カラードなら理不尽な暴力や危機に晒されている人達を助けられるのでは………と思い、意見交換がいつの間にか会議になっていた。
「―――という訳で本社にもっと動いて貰いたいのだけど、単に要望を出すだけなんてナンセンスよね。向こうも慈善事業じゃないんだから」
何となく会議の音頭を取っているのはインテリ眼鏡な女性。“首座の眷族”の文明レベルなら視力などどうとでもなるのだが、この女性は色々な機能を内蔵した多機能眼鏡を愛用していた。一見するとキリッとしているのだが、どこかお調子者っぽい。
「そうだよなぁ~。本社には本社の都合があるし、実働人員の少なさは相当だからな」
中肉中背の普通っぽく見える元傭兵が、同意しつつ問題点を口にした。
地球にはカラード以外に、外宇宙ミッションを行える組織は無い。そしてカラードが保有している戦力と言える艦は、束博士の乗艦“イクリプス”と潜行戦隊に配備されている“アリコーン”1~3番艦のみ。他に数隻あるが、旧式だったり遠隔操作艦だったり星系間移動出来なかったりするので除外だ*12。ISは戦術レベルでは非常に強力だが、そもそも現場に行ける足が無ければどうしようもない。
「なら、少ない人員を動かすに足るメリットがあれば良い訳よね? もしくは、そもそも悪い事をしようと思わないように出来れば、人を動かす必要も無くなるんじゃないかしら?」
発想の転換を口にしたのは、妙に色っぽい女性だった。支給された制服を着崩している訳ではないのだが、所作が妙に色っぽい。少々偏見だが、夜のお仕事をしていたのかもしれない。
これに、ちょっと小太りなおっさんが同意した。履歴書によれば元営業職らしい。
「なるほど。確かに起こった事に対応するよりも、起こさせない方が少ない労力で済みますね。ふむ………なら、こういうのはどうでしょうか。資金については考える必要がありますが、支社で高速艦を買って危険宙域をパトロールさせましょう。当然危険ですが、艦にはデカデカとカラードの社章をペイントしておきましょうか。本社が必要なら全力で殴りに行く組織だというのは、多分それなりに知られていると思いますので、抑止力になると思うのですが」
今度はロリっ子が答えた。良いとこの生まれらしくすこーし気位が高そうだ。因みにこの場にいる面々は知らないが、救助される前は我が儘放題な娘だったが、救助されてからは大分変わったらしい。
「ありだと思います。でも事業として行うには少し弱いかと。もう少し押しの効いた一手が欲しいところですね」
するとヒョロガリな男が答えた。外見に余り頓着しない性格なのだろう。ちょっと不健康そうだ。
「あ、そ、それならさ。先に情報戦をしたらどうかな。こっちは本社の希望通りに色々な情報を上げていく。その後は本社の意向次第なところはあるけど、これを見て欲しいんだ」
ヒョロガリな男が手元の端末を操作して、皆の前に空間ウインドウを展開した。表示されたデータはアラライル大使が辺境議員だった時に、“不慮の事故で死亡したとして、賞金が取り下げられた犯罪者”の数だった。アラライル辺境議員(当時)が活動していた範囲で、その数の多いこと多いこと。そしてその範囲に、この星系も入っている。
皆がそのデータに目を通したタイミングで、ヒョロガリな男は続けた。
「嘘をつく必要も過剰な宣伝をする必要も無い。ただこのデータを、単なる参考データとして支社のホームページに載せれば良い。気付く人間は、多分すぐに気付くと思うから」
目を見開いた恰幅のいいおばちゃんが、ヒョロガリな男の背中をバシバシ叩きながら言った。元々は色々な相談を受ける仕事をしていたらしい。愛嬌の良さが滲み出ている。
「あんた凄いね!! これなら説得力ある上に、労力もかからない。いいんじゃないかい。みんなはどうだい?」
すると如何にもエリートっぽいオールバックの男が言った。こいつも眼鏡だ。元々金融業界にいたらしい。
「少ない労力で高いリターンが見込める。悪くないと思います。ただ強いて言うなら、高速艦に被害が出た、ないし撃沈された場合の対応は決めておくべきかと。人的被害はリスク案件ですからね」
リスクは最小限にしたいという尤もな意見に、THE・普通っぽい娘が答えた。人混みに紛れたら埋没してしまいそうな没個性が最大の個性。髪形セミロング。顔普通。スタイル普通。何が悪いという訳ではないTHE・普通。一般生活では役に立たない個性だが、とある業界において非常に重宝されそうな個性である。
「確か本社が運用している旧式艦、スコーピオンと言いましたか? あれって遠隔操作艦だったと思います。なので、同じようなシステムを導入してみてはどうでしょうか? 有人艦はステルスで隠れて、無人艦でパトロール。これなら艦に万一があっても人的被害のリスクは最小化できると思います」
最後の1人、初老の男性が口を開いた。元退役軍人だ。
「私もその案に賛成だ。ところで、この中に船の伝手がある者はいるかね? いなければ良い中古船を取り扱っている業者に心当たりがある。ただ行動を起こす前に、皆に確認しておきたい。恐らく、本社はこの活動を認めないだろう。雇用条件でハッキリと、戦闘要員ではないと明言されているからな。故に予算も下りない。従って、予算は自分達で都合する必要がある。中古とは言え2隻だ。相応の額が必要になるだろう。資金を集められる者はいるか?」
これにエリートっぽいオールバックの男とロリっ子が手を上げた。
「本件はリターンの見込める投資です。出す者はいるでしょう」
「手持ちでは心許無いですけど、お父様もお母様も、話せば多分喜んで出してくれると思います」
次に妙に色っぽい女性が言った。
「知り合いにお金持ってそうな人が何人かいるわ。少し話してみるわね」
次に普通っぽく見える元傭兵だ。
「ステルス艦の方には乗員が必要だろ。知り合いに義理堅くて腕の良い奴らがいる。誘ってみよう」
こうしてカラードの1号支社は、早速と独自行動を開始したのだった。
誰も止める者がいなかった辺り、人選を行った中央の意図が透けて見える。
そしてこれが周辺宙域にどのような影響を与えていくのかは、神のみぞ知るのであった――――――。
―――拗ねたような表情を見せるスノー大使―――
XINN様より頂きました。感謝です!!
諸事情により途中挿入だと都合が悪いので、
一番最後に追加してます。
―――拗ねたような表情を見せるスノー大使―――
第218話に続く
1号支社。早速と暴走開始。採用された人員の背景的に誰も止める人がいない。
多分アラライルさんは(知ってて)何も言わないので、晶くんや束さんが知る頃には、もう止められない規模になっているでしょう。
いつか視察イベントを入れてみたいです。
そしてしれっとエーレンベルグ投入。
作るのはこれからですが、これで入植した惑星近郊に限って言えば、無法者(海賊)が来ても一方的にボコられる事は無くなるかと………。
あと、ようやく国家解体の始まりというところまで来れました。
今後徐々に各国の体制も変わっていくでしょう。