インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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銀河の中で、地球が物流の中継地点として動き始めました。


第219話 月のスターゲートハイウェイ(IS学園卒業3年目の10月)

  

 地球、“首座の眷族”、“獣の眷族”の3文明合同で行われている巨大事業は、地球では安直にスターゲートハイウェイ計画と言われていた。

 内容自体は、難しいものではない。

 月のハブ化されたスターゲート近郊に荷物の積み替え用ステーションを準備して、予め招致しておいた宇宙(そら)の輸送業者の高速船に荷物を乗せ換えて、移動時間そのものを短縮出来るようにした上で、ハブ化されたスターゲートを使って銀河各地に荷物を高速で運べるようにしよう、というものだ。

 言葉にすればこれだけだが、物流業界に少しでも理解のある者なら、これがどれほどの物事に影響を与えるか分かるだろう。

 何故なら物流というのは、地球でも宇宙(そら)でも時間との勝負なのだ。スターゲートの入口と出口の移動は一瞬だが、それが十数回~数十回も繰り返されるとなれば、次のスターゲートへの移動時間、加減速、渋滞などの交通条件で必要な時間は雪だるま式に増えてしまう。だがハブ化されたスターゲートを使えば、単純に移動時間そのものを大幅に短縮できる。銀河中心核付近を主な領域とする“首座の眷族”を例に挙げるなら、自領域内を横断するのに10のスターゲートを越えなければならないとしたら、たった3つ越える事で端から端まで移動できる、といった具合だ。

 人の移動、物流、軍事、あらゆる面で、極めて大きな影響がある。もっとハッキリ言ってしまえば移動と言う一面において、他の文明に対して明らかに優位に立てる。

 故に“首座の眷族”と“獣の眷族”は、この計画に対する支援を惜しまなかった。とは言っても、文明間の力量差を考えれば信じられない事だが、行われた支援はスターゲートの出口設置場所の選定と許可、積み替え用ステーションの内装準備、ステーションに待機させる輸送業者の選定のみであった。最も手間がかかり面倒なスターゲートは束博士という個人によって順次造られていく事が決まっていたし、積み替え用ステーションの基礎構造体となる小惑星に至っては、僅か数日で3つが準備されていた。直径十数キロメートルの小惑星が3つ。適度に外部がカットされて形が整えられ、更に内部がある程度掘削された状態で、だ。

 このためスターゲートハイウェイ計画が提案されたのはたった5ヵ月前*1だったが、突貫工事で組み上げられた2つの積み替え用ステーションは現在、稼働の為の最終確認が行われていた。残る1つも“獣の眷族”監督のもと、地球人労働者によって組み上げられている最中だ。

 そしてこの計画の目的には、文化的な事を通して地球の事を宇宙人さんに知って貰う、というのも含まれていた。このため積み替え用ステーションのオープンスペースには、地球各地から選ばれた文化―――当然、激烈なロビー活動があった―――が展示されていた。無難なところで音楽、民族衣装、スポーツ等だが、少し外れた場所には歴史紹介も行われていた。当然、良い歴史もあれば悪い歴史もある。一般人的な心情で考えるなら、良い歴史のみを紹介したいところだろう。だが束と晶は、悪い歴史もしっかりと展示していた。この類の事は隠していても絶対にバレる上に、アラライルやスノーのこれまでの対応を考えれば、相当な調査能力を持っている事は確実だからだ。なら始めのうちに出してしまった方が、傷は浅くて済むだろう。

 この動きにアラライルとスノーは――――――。

 

『随分と思い切った判断をしたものです』

『本当にですね。反対意見も多かったでしょう』

 

 2人が話しているのは直通回線で、いつもの三者会談で使われている回線ではない。

 そして2人が眼前に開いている空間ウインドウには、展示用に編集された地球の歴史があった。カラードから送られてきたもので、人の正の面と負の面が取り上げられている。

 これを見た2人が率直に思った事は、地球人のアンバランスさだった。知的生命体である以上、正の面と負の面があるのは当然の事だ。しかし、これは幅が有り過ぎる。正の面を見れば、まさしく聖者の名に相応しい行いをした者もいる。一方で負の面に目を向ければ、地獄絵図と呼ぶに相応しい血みどろの歴史だ。

 事実は事実として大事だが、これは些か刺激が強い。

 だがアラライルは、この展示を逆にチャンスだと思っていた。確かに地球は過去、同じ星で生まれた同胞に対してこういう行いをしていた。アラライルが仕事で調べた事は本星にも送っているので、横槍を入れたい者達がこの事実を使ってくる可能性はあるだろう。宇宙(そら)で同じような行いをする、と心配する者も出てくるだろう。しかしカラードは、自らが不利になる情報を自ら出してきた。指摘されるまで黙っているのと、自ら告白するのとでは印象も意味合いも大きく違う。これにカラードが行ってきた外宇宙ミッションの成果があれば、将来的な横槍を潰す一手になるだろう。そう考えれば悪くない。尤もカラードの頑強な組織基盤があってこその一手ではあるだろうが。

 スノーも同じように考えていたが、彼女は少しばかりのリップサービスを考えていた。いつもの会談の場で束博士に、「カラードは頼れる隣人であり友人ですね」という主旨の話をしようと思っていたのだ。これまでに行われた外宇宙ミッションの話をして、その流れで切り出せば不自然な会話にはならないだろう。

 尤も完全なリップサービスという訳でもない。こういう発言をしておけば、万一何かがあった時に次の一手を打ちやすくなる。何も無いのが一番ではあるのだが………。

 この後2人は、少々きな臭い動きを見せている他勢力の情報を交換して、通信を終えたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 数日後のいつもの会談。

 いつもは地球文明圏にのみリアルタイム配信されているこの会談だが、今回は“首座の眷族”と“獣の眷族”にまで範囲が拡大されていた。

 理由はたった1つ。2つの積み替え用ステーションの稼働確認が終わり、月に用意されたスターゲート群、スターゲートハイウェイが本格的に開通するからだ。

 その数、これまでに開通しているスターゲートを含めて計11個。銀河中心核付近を自領域とする“首座の眷族”に4つ。“獣の眷族”に4つ。地球文明がテラフォーミング中の惑星に2つ。地球文明が新しくテラフォーミングを開始した惑星に1つ。しかもこれで完成ではなく、この後も順次追加されていく予定という、銀河系最大のスターゲートハブだ。

 そして交通量が増大すると、必然的に事故や犯罪の増加が懸念事項となってくるが、自前で実用的な宇宙船を用意できない低レベルな文明の地球が用意した安全対策は、他文明の度肝を抜くものだった。

 アラライルやスノー、或いは地球に関わる外交関係者は既に知っていた事だが、他文明の一般人は違う。計12万機の大型エネルギーシールド発生装置により、スターゲート間がエネルギーシールドのトンネルで繋がれているのだ。これにより航路から外れた場所で潜伏、獲物を見つけ次第奇襲といった戦術が使えなくなっている。

 ならば無害な宇宙船を装ってトンネル内に侵入、トンネル内で獲物に襲いかかれば良いと考える者もいるだろう。悪党の思考としては極々真っ当だが、真っ当なだけに対策もされていた。対象を強制減速させるステイシス装置やワープ妨害装置が、合わせて計8万機ほどトンネルに沿って配置されているのだ*2。捕捉されたが最後、その場に釘付けである。

 そして太古の昔から、悪党に自重を促し言う事を聞かせるのは絶対的な武力である。このため束と晶はつい先日完成したアンサラー7号機を、月の北極に投入していた。無論、詳細な性能は公表されていない。だが地球について調べた者達はすぐに分かった。アレは地球人が絶対天敵(イマージュ・オリジス)と呼ぶ勢力との戦闘で、2400メートル級の戦闘艦12隻、5000メートル級の戦闘艦1隻、計13隻と正面から殴り合って完勝した桁違いの防衛兵器なのだ。発電衛星? 何かの冗談だろう。

 配置的に月の南半球が死角になっているが、アンサラーは中継衛星を使えば、どんな大出力兵装であっても遠隔地で使用できる。機動力を必要としない固定砲台なら、スターゲート送電でエネルギー供給しても良い。つまり余程の戦力でない限り、南半球は死角になり得ない。

 こうした情報が会談という場を通じて、“首座の眷族”や“獣の眷族”に改めて伝えられていく。

 そんな中で、スノーが口を開いた。

 

『束博士』

『どうしましたか?』

『いえ、純粋に素晴らしい手腕だと思いまして。多くの文明において、宇宙(そら)に出た直後というのは多様な問題が噴出する時期でもあります。であるにも関わらず、これほどの事を成し遂げている。驚嘆というほかありません。それに幾度か依頼した外宇宙ミッションでは、直接的間接的に多くの同胞を救ってくれています。なので、こういう言葉を送らせて下さい。――――――カラードは頼れる隣人であり友人です。これからも、宜しくお願いしますね』

 

 個人に向けた言葉ではない。文明間外交を担う大使、それも“獣の眷族”という最上位の一角(ランクA)からの言葉である。多少のリップサービスはあるにせよ、本来は宇宙(そら)に出たばかりの低レベルな文明が受け取れる言葉ではない。

 これに束は、感謝を伝える事で答えた。

 

『このような場で、そういう事を言って貰える。現場の者達も喜んでいると思います。そしてこのスターゲートハイウェイをこれ程の事と言ってくれましたが、これはこちらを信じてくれる友人がいなければ成立しないものです。だってそうではありませんか。確かに私はスターゲートを造れますが、相手が受け入れてくれなければお互いを繋ぐ道になりません。なので私の返答は、ありがとうございます。そしてこちらこそ宜しくお願いします、ですね』

 

 互いを尊重した文明人らしい言葉のやり取りに、アラライルが加わった。

 

『殆どスノーさんに言われてしまいましたが、それはこちらも同じです。そしてこういうのは言葉にしておくべきなので、私も言っておきましょう、カラードは頼れる隣人であり友人です。今後とも、宜しくお願いしますね』

 

 覇権文明(ランクS)である“首座の眷族”の大使までもが同調したとなれば、評価としては最上級と言って良いだろう。しかし2人はこの場面で、地球人類とは一言も言っていない。それが両文明からの評価である。

 そしてアラライルの言葉には続きがあった。

 

『あと今更と言えば今更ですが、正式に宣言しておきたい事があります』

『何でしょうか?』

『いえ、束博士が戦争跡地から拾ってきた整備艦ですが、アレの所有権を正式にカラードへ移すという宣言です』

 

 この場にいる者達にとっては、本当に今更の話だ。しかし、宇宙(そら)に存在する他の文明から見れば全く違う。

 如何に年代物の旧式艦とは言え、あの整備艦は全長10キロメートルサイズの巨大な双胴艦なのだ。その整備能力が十全に発揮されれば、今の地球では絶対に出来ない筈の整備が行える。束博士というイレギュラーな存在に頼らなくても、宇宙(そら)の実用的な戦闘艦の整備が行えるのだ。

 1隻や2隻という話ではない。もしあの整備艦が完全復旧したら、戦艦級に分類される全長600~900メートル級の戦闘艦を、32隻格納して同時に重整備が行える。言い換えるなら、船体フレームが歪んでいたり主機関に深刻なダメージを負っている船でも復旧させられる。接舷させるだけで行える外装や武装の修復という簡易整備なら、その数倍の規模で行える。より小型の船、例えば巡洋艦に分類される200~300メートル級の戦闘艦なら、その数は更に数倍になる。

 また単位時間あたりの整備能力も、地球人が考える整備とは次元が違っていた。メカニックが手作業で1つ1つのパーツを確認していく訳ではないのだ。高度に自動化された整備用機械群が船の状態を診断、復旧可能な部分はナノマシンに代表される各種修理用マテリアルによって修理され、余りにも損傷が酷ければパーツごと交換されていく。このため地球人の感覚で言えば、船体フレームの歪みや主機関へのダメージなど修理に数ヵ月単位だが、整備艦なら数日であった。

 無論、これは運用する人員が整備艦の機能を十全に扱えた場合だ。カラードのキャロン率いるメカニックチームが整備艦について学習中だが、このレベルで扱えるようになるまで今暫くの時間が必要だろう。船体自体の復旧状況もようやく3割というところで、つい先日、どうにか月の衛星軌道をゆっくりと航行可能になった程度なのだ。まだまだ先は長い。

 因みに“首座の眷族”で運用している同系統の艦なら、同じ損傷の船を修理したとしても、恐らく1日と掛からないだろう。

 

 ―――閑話休題。

 

 言うまでもなく、この整備艦は様々な事に転用できる。良い方向にも悪い方向にも。そして外交という舞台において、渡した物が悪用された場合のダメージというのは非常に大きい。年代物とは言え、もし整備艦が悪用された場合を考えない筈が無い。まして地球文明は開星基準を満たしていない辺境の蛮族だ。どんな野蛮な事に使うか分からない。にも関わらず、“首座の眷族”はフリーハンドで渡した。

 同系統の艦の購入を打診して断られている文明がある事を考えれば、宇宙(そら)に出たばかりの文明に年代物の旧式艦とは言え、このサイズの整備艦を渡すのは大変な特別扱いと言えるだろう。

 束は他の文明から嫉妬されたら面倒臭そうだと思ったが、思っただけで返答を変えようとは思わなかった。これまでの経緯、特に外宇宙ミッション関連について調べれば、好意的な理由などすぐに分かるからだ。悔しいなら、同じ事をやれば良い。

 

『では、有り難く頂戴しておきたいと思います』

『そうして下さい』

 

 お互いニッコリ。だがアラライルの言葉は終わらず、続きがあった。

 

『あとちょっとした提案なのですが、スターゲートハイウェイが開通して交通量が増えれば、航行中に何らかのトラブルが発生した船、というのも出てくるでしょう。あの整備艦で応急処置などを行って貰えるなら、この航路を使う者達も安心すると思うのですが、どうでしょうか?」

 

 束は思った。

 確かに安全・安心を補強する材料にはなるだろう。キャロン率いるメカニックチームに整備艦を運用する為の練習素材として、“首座の眷族”や“獣の眷族”から中古船を融通してもらい修理の練習もさせている。しかし実際に使われている船を応急処置するとなると、ハードルが高いのではないだろうか? また全ての宇宙人さんが善人という訳でもない。こちらの応急処置を理由に、積み荷に影響が出たなんて難癖をつけられる可能性もある。対処方法はあるが、カラードの組織的リソースが削られるのは頂けない。だが万一に備えられているというのは、大きな安心材料になるだろう。

 束は考えを纏めて返答した。

 

『本当の緊急事態で応急処置に限定するなら、というところでしょうか。カラードのメカニックチームには色々学ばせていますが、人様の船を自信を持って修理できる、と言える程ではありませんから。ですが宇宙(そら)に出ようという我々が、トラブルを抱えた船を見捨てるのは違うでしょう。なので行える範囲での応急処置だけ、と先に言わせて貰います』

『十分です。応急処置とは言え銀河辺境で機能復旧可能な整備拠点がある。これだけでも随分違うでしょう』

 

 こうして3人の話は穏やかな雰囲気の中で進んでいき、ついにスターゲートハイウェイの開通が宣言された。

 待機状態だったスターゲートが稼働状態になり、初めの1隻目が現れたかと思えば、瞬く間に10を超え、20となり、30、40、50と増えて更に増え続ける中、ある船は積み替え用ステーションに入港し、ある船はすぐに次のスターゲートに入り、途切れる事なく船が流れていく。

 そんな中で、スノーが束に尋ねた。

 

『ところで束博士。積み替え用ステーションを追加で用意して欲しい、と言ったら対応可能でしょうか?』

『可能ですが、この場で言うという事はなるべく急ぎたいという事ですか?』

『はい。理由は色々あるのですが、これは見て貰った方が早いでしょう』

 

 スノーは新たな空間ウインドウを4枚展開して、“獣の眷族”側にある4つのスターゲート付近を表示させた。どのウインドウでも船が列を成していて、周囲を小型船がライトを点滅させながら飛び回っている。また、やや遠いが戦闘艦の姿も見えた。状況的に、交通整理に駆り出されたのだろうか? 或いは無防備な一般船が列を成しているので、護衛としてだろうか? どちらにせよ、映っていないだけである程度の数はいるだろう。

 

『もしかして、この航路を利用したい人が予想以上に多いのですか?』

 

 肯いたスノーを見て、束は思った。

 3文明の合同事業であるスターゲートハイウェイは、“首座の眷族”でも“獣の眷族”でも計画が告知され、開通した場合の影響度や利用者数のシミュレーションは入念に行われている。それを上回ったというのだから、余程の事だろう。でも原因は何だろうか、と思ったところでスノーが答えを口にした。

 

『原因は、束博士ですよ。スターゲートは順次追加という話だったので、一般の方々は誰もが元々開通していた4つから、1つずつ追加されていく形を想像していました。ですが途中から、7つを同時に追加して同時に開通させて、そこから順次追加という形に変更しましたでしょう。それで期待度が大きく高まった結果です』

『あれ? でも私がちゃんと伝えたから、今日に間に合うように設置場所を選定してくれたんですよね?』

『はい。なので博士の落ち度という訳ではありません。ただ、博士の規格外さを直に見ている関係者一同と違って、一般の方々は7つ同時開通というのを多少………その、中々信じられなかったようでして』

 

 宇宙(そら)の一般的な常識として、スターゲートの設置には様々な事情が絡む。建造の技術的難易度、安定稼働させる為のエネルギー源、流通に起因する利権等々。本当に様々なものが絡むのだ。だから宇宙(そら)に住む多くの一般人は己の常識に当て嵌めて、「篠ノ之束博士はスターゲートを用意できる。だが同時ではなく、少しずつ時期をずらして順番に」という正しくない情報の方を信じていた。そして“首座の眷族”の中央や“獣の眷族”の王家は、これを積極的に修正しなかった。公式発表としては正しい情報を出しているし、時期が来たらすぐに分かる事でもある。極論的に言えば正しい情報を出しているのだから、信じなかった方が悪い。余りにデマが酷くなるようなら対処したかもしれないが、宇宙(そら)の一般人達にとっては7つ同時開通というのが既にデマであった。

 しかし問題など何一つ無いかのように7つのスターゲートが用意され、設置され、スターゲート周辺は“首座の眷族”と“獣の眷族”の正規艦隊が警備と交通整理を行っている。

 これで信じたのだ。スターゲートハイウェイは、本当に銀河各地を結ぶハブになる。このペースでスターゲートを用意出来るなら、変化のスピードは恐ろしく早いだろう。乗り遅れてなるものか、と。

 

『なるほど。事情は分かりました』

 

 言葉を切った束は、いつも通り斜め後方に立つ晶に言った。

 

『少しお仕事が増えそうだね』

『構わないさ』

 

 この2人がゴーサインを出したなら、ステーションの追加は決定事項だ。

 

『では、ステーション7つ分の内装を追加発注します。ただこちらも作業要員を育てたいので、2つくらいはこちらで組み立てます。残りを“首座の眷族”と“獣の眷族”で組み立てて頂く、という事でも良いでしょうか』

 

 無論、完成後は他の積み替え用ステーションと同様に、隅々まで確認させて貰う。本星(地球)近郊に留置するステーションなのだ。万一があってはいけない。だが、この場で話題にする必要は無かった。この会談は3文明に見せる会談でもあるのだ。細かいところは後ほど詰めれば良い。

 2人もそのつもりなのか、返答は簡潔だった。

 

『問題ありません』

『ええ。構いませんよ』

 

 先に答えたのがスノー。次いで答えたのがアラライルだ。

 そして返答を聞いた束は、次の話題を口にした。少々俗物的な内容だが、スターゲートハイウェイを安定的に運用する為には、避けられない話題でもある。

 

『あと、御二人はこれまで話題にしないでくれていましたが、やはりこの話はしておこうと思います』

『それは?』

 

 アラライルの言葉に、束は続きを口にした。

 

『積み替え用ステーションの運用で幾らか得られる、収益の分配についてです』

 

 これにアラライルとスノーは、表情こそ変えなかったものの内心で驚いていた。幾つかの理由から意図的に避けていた話題で、束博士の方から話題にする理由は無い筈なのだ。

 因みに話題にするのを避けていた理由は4つである。

 1つ目はスターゲートハイウェイの中核となるスターゲートが、全て束博士の手によるものだということ。また積み替え用ステーションの基礎構造体となる小惑星も、束博士とそのパートナー(薙原晶)が個人で用意したものだということ。

 2つ目は輸送業者の斡旋やステーションの内装などで協力しているとは言え、収益分配比率に換算すると、どう考えても地球側が相当高くなること。

 3つ目は収益分配比率の話を公にすると、宇宙(そら)に出たばかりの地球以下という事を騒ぎ立てそうな輩が一定数いること。

 4つ目は2人の中での優先度が、篠ノ之束博士との関係性>収益分配比率であったこと。敢えて俗物的な表現をするなら、金の成る木は大事だが、束博士は金の成る木を生み出せる存在だ。どちらが重要なのかは言うまでもない。

 これらの理由から2人は、積み替え用ステーションの運用によって得られる利益は束博士に独占させ、誘致した輸送業者の活動で自文明を富ませる方向で考えていた。試算上の話になるが、それでも相当な収益や影響力を確保できるからだ。

 しかし、束博士の考えは違っていたらしい。

 

『スターゲートハイウェイは御二人の尽力、そして両文明が協力してくれたからこそ、こういった形で日の目を見る事が出来ました。なので収益分配は3文明で2:2:2。残りの4を基金として積み立て、スターゲートハイウェイの運用にまつわる諸問題の対応に当てようかと思っています。例えば今回、“首座の眷族”と“獣の眷族”はスターゲート周辺の警備と交通整理に正規艦隊を出してくれていますが、それに関わる費用に当てる、などでしょうか』

 

 この提案の上手いところは、地球=最大の貢献者である束の利益を意図的に低くする事で3文明の比率を同じにして、残りを諸問題に対応する為の基金として運用するところにあった。

 利益という一点でみれば束の大損とも言えるが、運用まで含めて考えると、そうでもない。

 まずスターゲートハイウェイは、地球が単独で運用できるものではないのだ。スターゲートそのものの管理は出来ても、人の往来や物流があってこその物である以上、“首座の眷族”と“獣の眷族”の協力が必要不可欠なのは誰でも分かるだろう。そして文明間の協力というのは、気持ちだけで出来るものではない。世知辛い話だが、金がかかるのだ。だから“諸問題に対応する為の基金”という形で、スターゲートハイウェイの運用に関わる事になら、何にでも使える財源を用意した。また“首座の眷族”と“獣の眷族”の心情としても、最大の貢献者が自身の利益を大幅に削ってまで安定運用する為の姿勢を示したとなれば、心情的にも協力し易い。分配比率が地球以下なら騒ぎ立てそうな輩も、文句は言い辛い。これで言い出したら只の搾取である。

 何よりこの提案は、束博士から行われなければ有効な一手とならない。

 アラライルは瞬時にメリット・デメリットは判断して答えた。

 

『その提案、受けさせて貰います』

 

 僅かに遅れてスノーが続いた。

 

『同じく。受けさせて貰います』

 

 そしてこの決定は“首座の眷族”の中央、“獣の眷族”の王家、及び両文明の軍部に、非常に好意的に受け入れられた。政治を考える者達にとって、懐が痛まない協力事業ほど美味しい話はないのだ。軍部にしても、“銀河系最大のスターゲートハブを安定運用する為の警備”という実績作りができる。

 束はたった一手で、スターゲートハイウェイを安定運用する為の土台を整えたのだ。

 

『ありがとうございます』

 

 束が穏やかな微笑みを浮かべて謝意を示す。

 こうしていつもの会談は、3文明にリアルタイム配信されている中で進んでいったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方その頃。“首座の眷族”の領域にあるカラード1号支社。

 インテリ眼鏡な女性が超光速通信で、カラード宇宙開発部門部門長代理のシャルロット・デュノアと話していた。“首座の眷族”の文明レベルなら視力などどうとでもなるのだが、この女性は色々な機能を内蔵した多機能眼鏡を愛用しているのだ。因みに一見するとキリッとしているのだが、どこかお調子者っぽい雰囲気が滲み出ている。

 そしてインテリ眼鏡な女性から見たシャルロットは、副社長セシリア・オルコットよりも下という立場だ。ただし副社長は主に本社のある地球を担当して、宇宙開発は社長直轄の宇宙開発部門が担当している事から、支社という立場から見れば彼女こそがNo.2と言って良いだろう。

 

『――――――という訳で、本社には支社の増員を検討してほしく思います』

 

 話した内容は、難しいものではない。言葉通り支社の増員要請だが、その前段階として、本社が支社に求めるものの確認が行われていた。支社が動き始めた時に周知された内容だが、共通認識にズレがあれば纏まる話も纏まらない、というのは文明が違えど同じだったのである。よって確認が行われ、結果として双方の認識にズレは無かった。

 本社は新たな友人を理解する為に、その文明に生まれた者達にとっては、当たり前とも言える日常的な情報を欲している。似たような事柄があるなら、相互理解も進みやすいだろうという考えからだ。そしてもう1つが、地球人の活動範囲が広がった時の為に、賞金首や危険宙域の情報の蓄積だ*3

 インテリ眼鏡な女性の提案は、後者にフォーカスしたものだった。

 何故ならスターゲートハイウェイによって物流の大動脈が変化した場合、賞金首の活動宙域も恐らく変わる。となれば危険宙域も変わってくる。支社が活動を始めた当初の状況なら、一般レベルで蓄積されていた情報でも事足りただろう。しかし大きく変わるなら、相応のレベルで調査し直さなければならない。

 不幸な犠牲者達から情報を仕入れても良いが、恐らく非常に高くつくだろう。ならいっその事大々的に調査して、情報を供給できる方に回ってしまおうという訳だ。範囲を広げる程に資金が必要になるが、スターゲートハイウェイの収益―――厳密に言えば積み替え用ステーションから得られる収益―――があるなら大丈夫だろう。中央だってカラードの金で調査して精度の高い情報を得られるなら、増員に文句は言わないだろう。情報は渡す前に検閲されるから、自分達が疑われる事もない。完璧だ。

 しかし部門長代理(シャルロット)の返答は、芳しくないものだった。

 

『あなた方の熱意は嬉しく思います。ですが支社の人員は本社の一存で増員出来ません。知っての通り、“首座の眷族”中央の意向が絡みます』

 

 尤も、これは予測済みの返答であった。難しい予測でもない。

 支社を出す時にカラードが“首座の眷族”に出した条件は、支社とは言えない程に譲歩した内容だったからだ。端的に言えば、給料その他諸経費は全てカラード持ちでありながら、雇用する人員は全て“首座の眷族”側が選ぶ、というものだ。しかも本社に送る情報の検閲を、契約段階で認めている。

 よって、こういった下準備が行われていた。彼女はお調子者っぽいがインテリなのだ。

 

『既に中央には増員希望を出して、前向きに検討という返答を貰っています』

『そうですか。では仮に増員したとして、どのような活動を考えているのでしょうか?』

 

 シャルロットとしては当然の質問だった。熱意の裏に隠された意向があるかは分からないが、増員となれば本社から“首座の眷族”に打診するに足る理由が必要だからだ。

 

『スターゲートハイウェイで繋がった先に人員を派遣しての実態調査ですね。あと実際の交通状況も確認する必要がありますので、中古船で良いので船も必要です』

 

 部門長代理(シャルロット)は暫し考え、手元のコンソールを操作して幾つかの情報を呼び出した後に答えた。

 

『船については整備艦で行っている中古船の修理事業*4で、幾つか使えそうなものがあります。艦種についての希望はありますか?』

『調査目的なので、足の早い方が良いです』

『丁度、フリゲート級*5の船が幾つかあります。高速輸送船をチャーターして近日中に運ばせますが、支社が希望している増員人数はどれ位必要ですか?』

 

 インテリ眼鏡な女性が予め考えておいた人数を言うと、短い思案の後に返答があった。

 

『………では、168時間以内(一週間以内)に事業計画書を出して下さい。本社で精査の後、打診してみます』

『分かりました』

 

 これで終わりと思ったが、部門長代理(シャルロット)の言葉には続きがあった。

 

『あと、一応言っておきたいと思います』

『何でしょうか?』

『物事が動くとき、変わらない事を望む者というのは必ずいます。そういう者達にとって、我々の活動は目障り以外の何ものでもないでしょう。なので、無いとは思いたいのですが、妨害工作も有り得るという考えで動いて下さい。そして少々の装備品の損失は構いません。ただ、人員の損害は避けて下さい。こういう話をするのは心苦しいのですが、そちらは本社の手が及びません』

 

 インテリ眼鏡な女性は思った。確かに、有り得る。そして自身が何者かに害される、かもしれないという恐怖に背筋がゾクリとした。元々一般人だった彼女に、今指摘された考えは無かったのだ。

 同僚に元傭兵や元退役軍人がいる。彼らはどう考えているのだろうか? そんな考えが脳裏を過ぎるが、今は部門長代理(シャルロット)との話が先だ。まず、対応策について尋ねてみる。

 

『本社では、このような時にどのような対応をしているのでしょうか?』

『専用機持ちは色々特殊なので除外しますが、一番多いのは人間サイズの人型ロボットを護衛代わりに同行させる事でしょうか。今本社で採用しているのは、このようなタイプですね』

 

 送られてきた2つの概要データに目を通す。

 1つはパーツ換装によって様々な状況に対応するアーマードコア。

 1つはアーマードコアが実用化される前から使われていたAV-98イングラム*6

 戦闘力や汎用性はアーマードコアの圧勝だろう。しかし街中や市街地での使用を考えると、重火器を装備可能というのがネックだった。仮に重火器を装備していない状態での使用を申請しても、全身にハードポイントがあって装備可能なら、危険度は変わらないと判断される可能性が高い。最悪その場で乗っ取られて重火器を装備、街中で乱射などされたら取り返しのつかない事になる。これに対してAV-98イングラムの方は、アーマードコアのようなハードポイントがない。エネルギー兵器が必要とするエネルギーを本体から供給する、という設計になっていない。武装はハンドガンに警棒という必要最小限。人型という以外、これと言って特徴が無い。

 街中で使うならこちらの方が………そんな事を思いながら答えた。

 

『AV-98イングラムの方を送って貰う事は可能でしょうか?』

『“首座の眷族”の技術力でしたら、それ以上の物は沢山あると思いますが?』

『確かにありますが、私達は戦闘要員ではなく一般人です。そのような物の使用許可は下りないでしょう。街中や市街地での使用となれば尚更です』

『なるほど。分かりました。ただ、いえ、送るのを渋っている訳ではないのですが、丁度良い性能の護衛メカ、というのはそちらには無いのでしょうか?』

『無い訳ではないのですが、すぐに使用許可が下りるかと聞かれれば、どうでしょうか? それに穿った見方をするなら、支社の者が狙われるのも可能性に過ぎません。そして仮に妨害工作を考える者がいたとして、すぐに許可が下りないようにする、というのは中々有り得る手だと思うのですが』

『ですが性能の劣る物なら、恐らく許可も下りやすいという訳ですね』

『はい』

 

 シャルロットは考えた。AV-98イングラムは人間サイズの人型という以外、これといった特徴が無い。高速移動の為のブースターも無いし、空も飛べない。移動するには人と同じように歩くか走るか乗り物に乗るしかない。基本装備として股間にワイヤーがあるので、壁上りが出来るくらいだろうか? 想像でしかないが“首座の眷族”の技術レベルから見れば、非常につまらない物だろう。しかし使用目的を考えれば、別に構わない筈だ。極論的に言えば、安全確保の為の時間稼ぎが出来れば良いのだ。それには何が必要か? 盾として粘り強く活動できる耐久力だろう。

 このような考えから基礎フレームと物理装甲のアップグレード版を送ろうと思いながら答えた。

 

『取り敢えず今支社にいる10人分。1人あたり2機として20機を船と一緒に送ります。後は必要に応じて、というところでしょうか。他には何かありますか?』

『いいえ。今のところはありません』

『では、これで。――――――あと、今後を考えた提案。ありがとうございます。支社に入ってくれたのが、あなた方のような人達で良かったと思います』

 

 今の言葉を最後に超光速通信が終了し、インテリ眼鏡な女性は思った。

 随分人が良さそうな人だな、と。口調も穏やかで、育ちの良さが垣間見える。同僚のヒョロガリ君から聞いた話だが、地球の中では大きな企業の令嬢だったらしい。あれ? という事は、もしかして結構チョロイ人?

 話していた時の雰囲気から勝手なイメージが作られていく。こういうところが、お調子者っぽく見える由縁だろう。しかし、これは甘かった。甘過ぎた。

 何せ部門長代理(シャルロット)の言葉は社長に伝わり、場合によって“天才”篠ノ之束博士にまで伝わるのだ。計画の実効性や透明性の確保、その他あらゆる不安要素を先立って洗い出し、場合によっては排除しておくのが彼女の仕事である。人の良さだけで務まるほど、カラード宇宙開発部門長代理という地位は甘くない。

 このため後日提出された事業計画書は彼女と彼女の部下達によって隅から隅まで確認され、同時に提出された事業計画を実行出来るかどうかを判断するという理由で、雇用されている10名全員に対して、自身の得意分野をどのように活かして計画に関わるのかを質問され、返答を元にして予測され得る限りの不測の事態を想定して再質問され、というのが繰り返し行われていった。

 言うまでもなく、極めて面倒なやり取りである。しかし、本社と支社のどちらにとっても有益な行いであった。

 まず本社にとっては、“首座の眷族”の一存で選ばれた支社の面々が、どのような人物なのかを知れたのが大きかった。無論、経歴や専門分野等の情報は、雇用の際に知らされている。しかし仕事とは人が行うものなので、同じような経歴や専門分野を持つ者が同じ仕事をしたとしても、同じ結果になるとは限らない。人間性が影響する。今回の極めて面倒なやり取りでは相当な回数のディスカッション(討論や議論)が行われたので、その人間性という部分を少なからず知る事が出来たのだ。感触としては悪くない。

 次いで支社にとっては、支社を統括する本社の宇宙開発部門が、話せる相手だと分かったのが大きかった。イレギュラーな事態に対する想定は偏執的と言える程に厳しいが、逆を言えばそれだけ仕事に対する信頼性は高いとも言える。雇用の際に言っていた「人材は人財」という言葉も嘘ではないようで、事業計画書には本社側からの発案で、支社や住居のセキュリティランク向上が含まれていた。

 このような事から極めて面倒なやり取りは、苦労した分だけ相互理解の役に立ったと言えるだろう。セシリアのように目立つ活躍ではないが、シャルロットのコミュニケーション能力の高さが光った仕事でもあった。

 因みにこの極めて面倒なやり取りは、“首座の眷族”の中央も注目していた。何に注目していたかと言えば、支社に雇用されている10名の内、カラードが誰を重用するか、という部分だ。好む人材の方向性が分かれば、今後色々と役立つからだ。しかし、これは良い意味で裏切られた。誰を重用するかではなく、経歴や得意分野を考慮し、更に本人からの話を聞いた上で方向性を共に考えていく。元が民間軍事企業(PMC)とは思えないほど、人を育てる姿勢だったのだ。尤も本社側としては、特別な事をしているつもりはなかった。人材は人財という社長()の方針である。

 そして後日の事であるが、1号支社の経験は“獣の眷族”の領域に出した2号支社で活き、カラードは様々な情報を入手出来るようになっていったのだった。

 

 

 

 第220話に続く

 

 

 

*1
第212話にて。

*2
第209話にて。

*3
詳細については第215話にて。

*4
第202話で発案。

*5
フリゲート級は主に100メートル以下の艦種。特徴として足は速いが防御力は紙。

*6
元ネタは機動警察パトレイバー。




ついに月のスターゲート群が、スターゲートハイウェイとして開通しました。
これで銀河の物流の大動脈が変わり、地球近郊を沢山の船が行き交うというSFみたいな状況になっていきます。
そして支社の頑張りで今後は入手できる情報も増えてくるので、やれる事も増えてくると思います。
駆り出される可能性も沢山ありますが………。
  
そろそろ、章を変えようかと考えている作者です。
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