インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
とある日の午後。
晶は社長室でコーヒーを飲みながら、更識家で育てているクーリェ・ルククシェフカ*1の教育状況を確認していた。
随分前*2に楯無が才能を見込んで、ロシアの予備代表候補生から引き抜いて養女とした子だ。
眼前に展開した空間ウインドウは3分割されていて、左と中央には成長した今の姿が、右側には現状が記されている。
引き取った当初はちんちくりんな幼女だったのに、随分と立派に育ってまぁ。
小顔の整った容姿に長く艶やかな金髪。高い腰の位置にスラリと伸びた四肢。
一番左の画像はドレス姿だ。艶やかで、悪い虫が寄ってこないか心配になってしまう。中央は訓練中の姿だが、こちらも悪い虫が寄ってこないか心配になってしまう程に写りが良い。本当に15歳か?
―――クーリェの写真―――
XINN様より頂きました。ありがとうございます!!
まずはドレス姿。
次に訓練中の姿。
―――クーリェの写真―――
右側に視線を移せば、くノ一教育は順調とあった。また楯無の元々の方針でもあったが、本人もIS学園入学を希望しているので、来年からはIS学園の生徒だ。
因みにクーリェが今住んでいるのは、カラード本社地下にある更識家本邸ではない。幼い子があそこに住んでいるとなれば嫌でも注目を集めてしまうため、表向きは外で名家の養女として生活させていた。ロシア側からは足取りを追えないようにしてあるので、余程の事が無い限り更識家の養女とはバレないだろう。
この方針は彼女も幼いながらに理解してくれたみたいだが、それはそれ、これはこれで思うところはあったらしい。人目につかないようにだが楯無と共に幾度も会い、ある程度心を開いてくれたと思った時に言われたのだ。
「お義父様の義妹として振る舞えるお義姉様方が羨ましいです」
確かにクロエ達は既に晶の義妹として広く認知され、周囲もそう扱っている。同じように引き取られているのに、と思うのも無理は無いだろう。我が儘と言うような事ではない。だが昔と今では色々と状況が違う。本人に自衛力の無い状態で周囲に知らせたら、恐らく生活環境が激変して大変な事になる。なので、晶はこういう約束をした。
「分かった。ならお前がIS学園を卒業する時、俺は義父として卒業式を見に行って周囲に知らせよう。お前は俺の義娘だって。それまでに、沢山の事を学んでおいて欲しいんだ。どういう道を選んだとしても、それは決して無駄にはならないから。出来そうか?」
するとクーリェは幼いながらに姿勢を正して答えた。
「分かりました。お義父様と、そして私を拾ってくれた
強い意思を感じさせる言葉に、晶は義妹達の昔の姿を思い出した。
「良い子だ。だが無理をして体を壊すなんて事はしないようにな。体調管理は必須だぞ」
「はい。お義父様」
目標が出来たからか抱きついてきたクーリェは本当に嬉しそうで、この日以降、彼女は会う度に出来るようになった事を見せてくれたり、話してくれるようになっていく。ちゃんと向き合ってくれた晶を、子供ながらに認めて懐いたのだ。かつて楯無が予想した通りに*3。
こうして良好な関係の下で成長していったクーリェは、将来美しく成長して
―――閑話休題。
コーヒーを飲み終えたところで、シャルロットからコアネットワークが接続された。
(晶。今大丈夫?)
(どうした?)
(支社を使って調べたい事があるから、許可が欲しいの)
今のカラードにおいて支社とは、“首座の眷族”と“獣の眷族”の領域に出している1号支社と2号支社のことだ。つまり両方を使って調べ物をしたいという事だが、支社が得た情報というのは地球に送られる前に、取り決めで検閲される事になっている。
スパイ疑惑を持たれない為の自己防衛的な取り決めだが、100%検閲されている中で支社に何らかの仕事をさせると、“首座の眷族”と“獣の眷族”にカラードが何に注目しているのかが筒抜けになってしまう。動向が他者に知られるデメリットをシャルロットが理解していない筈も無いが、それでも支社を使って調べたいと判断した事案があるということだ。
(どんなことなんだ?)
(最近ね、積み替え用ステーションに入港している船の宇宙人さん達から、ちょっと物騒な航路があるっていう話が聞こえてくるんだ)
(航路関係の情報収集は支社の元々の仕事に入ってた筈だけど、それ以外にってことか?)
(うん。なんかね、“蟲の眷族”さんと“翼の眷族”さんの領域近辺の航路が結構怪しいみたい。どの程度なのかは分からないけど、色々な船乗りさんが言ってるから、根も葉もない噂っていう訳じゃないと思うの)
晶は話しながら、2つの眷族について思い出していた。
“蟲の眷族”。文明としての評価はランクC。個体差が大きい眷族で完全な非ヒューマノイドタイプもいれば、一応2本の腕と2本の脚で活動するヒューマノイドっぽいタイプもいる。しかし顔は完全に虫というか昆虫というかソレ系であるため、ダメな地球人にとっては恐らくトコトンダメな種族だろう。因みに文明としての評価はランクCだが、他文明への出稼ぎが多い種族でもあった。団体行動が得意で、労働者としては極めつけに優秀らしい。
“翼の眷族”。文明としての評価はランクB。こちらはヒューマノイドタイプで天使や悪魔を想像して貰えれば分かり易いだろう。地球人の美的感覚で言えば、こちらの方が馴染みやすいのは間違いない。が、これまでに“首座の眷族”から提供された情報によれば、どうやらすこーーーしプライドが高いらしい。かつてはランクAだったみたいだが、大規模内戦で勢力を減退させてしまいランクBという位置付けになっていた。
(なるほど。構わない)
(ありがとう。早速お願いしてみるね)
こうしてシャルロットの発案で情報収集を開始したカラードだったが、事態は情報が集まるより早く動き始めていた。
“蟲の眷族”の大量の出稼ぎ労働者を乗せた船が何者かに襲われ、緊急避難的に月の積み替え用ステーションに入港してきたのだ。
支社に調査命令を出した翌日の事である。
◇
(………本当に、これでよく沈まなかったな)
シャルロットとコアネットワークで話す晶は、送られてきた船体データを見て思った。
全長900メートルの非武装船で、物理装甲の至る所が大きく歪む程に損傷している。そして船体各所にあるシールド発生器は耐久限界を越えて無理矢理稼働させたのだろう。殆どのパーツが溶解していた。更に船体フレームにもダメージが入っているようで、船を診たキャロン率いるメカニックチームは修理せずに航行を続けた場合、空中分解の危険性ありと判断していた。
このため今は
また船の損傷に比例するかのように結構な数の怪我人がいるため、“首座の眷族”と“獣の眷族”から医療チームを派遣してもらっていた。既に船に乗り込んで、治療を開始してくれている。
因みに怪我人というのは、この船を使っている“蟲の眷族”の皆さんだ。
データを送ってきたシャルロットが話を続けた。
(本当にね。ところで晶。乗っている人達に、整備艦に移って貰おうと思ってるんだけど良いかな。ちゃんとした病室を用意出来る訳じゃないけど、中身がかなり酷い事になってるの)
追加で船内状況のリアルタイム映像が送られてきた。
通路の壁が歪み、物が飛び散り、浮いている。先程送られてきた船体データには、生命維持系や重力制御系にもダメージが入っているとあった。
(そうだな。整備艦の一区画、いや二区画あった方が色々やり易いか? 二区画開放して使ってくれ)
カラードが運用している整備艦は、元々“首座の眷族”が運用していた全長10キロメートルサイズの巨大な双胴艦だ。スペースは十分にある。そして相当に古い艦だが、流石は“首座の眷族”製というべき性能で、生命維持系を区画ごとに別の種族に対応させられる、という高度な汎用性を有していた。
(分かった。早速伝えるね)
晶は現場にいるシャルロットが艦内通信で伝えるのを待って、別の話題を切り出した。
(ところでシャル。キャロンは修理の見込みについて何か言ってなかったか?)
キャロン率いるメカニックチームは、
しかし修理という方針は、相手の都合によるものだった。
(難しいとは言ってたし相手に責任を持てないっていう話もしたんだけど、お財布事情が厳しいからダメ元でやってほしいって)
カラードは修理の技術力が高くないと公言しているため、高度な修理については“首座の眷族”か“獣の眷族”のメカニックを呼ぶ有償サービスという形で提供していた。結構お高いサービスである。
(なるほど。でも失敗して動かなくなっちゃったらどうする? “蟲の眷族”の人達を、ずっと整備艦に置いておく訳にもいかないだろう)
(もしダメにしちゃったら格安の中古船を2~3隻貸して、それで帰って貰う事になってる。公式見解でウチの修理技術は未熟ってハッキリ言ってるし、あのダメージだからね。相手も動くようになったら儲けもの、くらいに思ってるんじゃないかな)
修理事業で修理した船の性能は、
(かもな。まぁ、話がついているなら良いさ。―――ところで、この件の背景についてどう思う?)
今回は偶々別件でシャルロットがステーションに居たので船に赴いて、直接現状把握と晶への報告を行っているが、本来は彼女が行う仕事ではない。部下が行い、彼女は報告を受け、背景を推測して、起こりえる状況を予測して、備え、対処の為の判断を下す側だ。
シャルロットは少しばかり考えてから答えた。
(支社から調査情報が上がってきてないから、予測を多く含むけど良い?)
(構わない)
(多分、“蟲の眷族”さんと“翼の眷族”さんの間で何かあったんだと思う。船乗りさん達から聞こえてくる噂では両方の航路が怪しいみたいだけど、それってよくよく考えたらおかしな話なんだよね。だって“蟲の眷族”さんはランクC。“翼の眷族”さんはランクB。仮にそこそこ大きな規模の宇宙海賊がいたとして、両方にちょっかいを出しているとしたら、“蟲の眷族”さんの被害の方が大きくないとおかしいはず。なのに聞こえてくる噂を合わせると、同じくらいの被害しか出ていない。まるで何て言うか………そう。被害を調節してる感じ。凄く穿った見方をするなら、被害者という立場を装おうとしているみたい)
晶は思った。どちらかが被害者を装おうとしている、というのは十分にありだろう。その場合はそうするだけの理由がある筈だが、流石に現状では分からない。しかし被害者という立場は色々と使い道が多い。可能性の1つとして考慮しておくべきだろう。
なので晶は支社に追加で情報収集を命じようと思ったが、その前にもう1つ考えておいた方が良い事があった。
まずスターゲートの航行管理データにアクセスして、“蟲の眷族”の船がどのスターゲートを使って来たのかを確認する。“首座の眷族”側のスターゲートだった。なら警備している“首座の眷族”の正規艦隊は、何故あの状態の船を通したのだろうか? 控え目にいってかなり拙い状態なのは見れば分かるだろう。引き留めて、何処かのステーションで治療や修理を受けさせても良さそうなものだが………?
暫し考えを巡らせてから口を開く。
(シャル。1号支社*6に“蟲の眷族”と“翼の眷族”との間に懸念事項が無かったかを追加で調べさせてくれ。ただ、あまり大っぴらにやらないで欲しいとも伝えてくれ)
シャルロットは疑問に思った。
支社から本社に送られる情報は、支社を出した際の取り決めで100%検閲されている。秘密裏に行うのは不可能だ。そんな事は晶が一番良く分かっている筈なのに、大っぴらにやらないで欲しいというのは、どういう事だろうか?
晶はシャルロットの疑問に答えるかのように続けた。
(大っぴらにやって欲しくない理由なんだけど、おかしいと思わないか? スターゲートを警備している“首座の眷族”の正規艦隊は、なんであんな明らかにボロボロの船を通したのか)
(確かに、そうだね。なら、何かしらの意図があって通した。でもこちらに連絡は来ていない。つまり大事にはしたくない? 違うね。この場合は興味を持ったこと、調査している事を知られたくない、かな?)
(俺もその辺りだと思ってる)
(分かった。なら、どうしようかな。ん~、うん。1号支社の人達とは前に沢山話した*7から、その後の経過でも色々聞いてみようかな)
シャルロットの脳裏に、随分と濃い面々の顔が浮かんだ。
地球人とほぼ同じ外見を持つ“首座の眷族”の人達。お調子者っぽいインテリ眼鏡な女性、中肉中背の普通っぽく見える元傭兵、妙に色っぽい女性、ちょっと小太りなおっさん、気位の高そうなロリっ子、ヒョロガリな男、恰幅のいいおばちゃん、如何にもエリートっぽいオールバックの男、THE・普通っぽい娘、初老の男性。
本当に濃い。
(頼んだ。―――ところでシャル)
(なぁに?)
(今更だけど、シャルって虫は大丈夫なのか?)
(むむ、本当に今更だね)
(スマン。余りに普通に話してたから、今の今まで大丈夫なのかと思ってた)
(グロテスクなのは流石に嫌だけど、今回話した“蟲の眷族”さんは大丈夫かな。さっき話した蟻っぽい人はアントさんっていうんだけど、別に気持ち悪いとか、そういう感じはしなかったから)
(良かった。今後、もしダメそうな種族がいたら言ってくれ。無理矢理仕事をさせるなんて真似はしたくない)
(ありがと。でも私の仕事は晶をサポートする事だかね。無理矢理だなんて思わないよ)
(そう言ってくれるのは嬉しいが、本当に言って良いからな)
(イヤ。言わない。晶のサポートは私がするんだから。じゃあね。交信終了~)
プツッと切られてしまった。
晶はシャルロットの言葉を嬉しく思いながらも、無理をしないか心配になってしまう。彼女は器用だしコミュニケーション能力も高いが、決して万能ではないのだ。外見的には問題無いように見えても、宇宙開発部門長代理という立場で異種族と関われば様々な責任が付随してしまう。本人すら気付かないうちにストレスを溜め込んでしまう可能性もある。だがこういうのに特効薬というのは無いので、日頃からコミュニケーションを取って何か気付いたらサポートする、という以外に無いだろう。
そんな事を思いながら、次の仕事を始めたのだった。
◇
時間は進み、翌日。
“獣の眷族”の領域にある2号支社から、“翼の眷族”の領域外縁部にあるコロニー群で大規模な事故が起きたらしく、詳細は不明だが相当数の犠牲者が出ている、という情報が入ってきた。
伝えてきたのは2号支社の支社長で、犬耳黒髪ロングのストレートヘアに真紅の瞳を持つ若い女性だ。着用しているのはカラードの制服だが、支社が惑星上の多少気温の高い地域にあるらしく、新たにデザインされた
話を聞いたシャルロットは、犠牲者の冥福を祈りながら尋ねた。
『情報ありがとうございます。早速ですが、私見で構いませんので1つ聞きたい事があります』
『なんでしょうか?』
『一応事故という事になっていますが、航路が怪しいという事前情報もあります。他の要因について、何か考えられる事はありますか?』
『他文明のことでもありますし、現時点ではなんとも。ただ、あくまで私的な情報源と先に断っておきますが、“翼の眷族”の領域で全体的に所属不明船の目撃情報が増えている、という話は聞こえてきています』
『なるほど』
『何か動きますか?』
カラードを知る
また“獣の眷族”側でもスノー・テール氏が大使に就任して暫くした頃から、彼女が持ってくる情報の精度が上がっていた。特に不埒者に関する精度は飛び抜けており、彼女からの情報提供には王家も好意的な態度を見せているという。
そして決定的だったのが第3回外宇宙ミッションだ。アレでイメージが決まったと言って良い。
このような理由あっての言葉だが、返答は否であった。
『いいえ。現時点でカラードが介入するような事案ではありません』
しかし、期待外れという訳でもない。疑わしくはあるが、逆を言えば疑わしいだけなのだ。何かを行うなら、しっかりとした調査が必要だろう。
『分かりました。ただ疑わしくはあるので、情報収集を続けたいと思います』
これにシャルロットは少しばかり考え込んだ後、口を開いた。
『それは構いませんが、第三者に大きな興味を持って動いている、と受け取られないように動いて下さい。私達の評判が評判なので、少々面倒臭い事になりかねません』
この言葉には額面通りの意味と、言葉に出来ない隠された意図があった。
今現在“首座の眷族”の領域にある1号支社には、“蟲の眷族”と“翼の眷族”との間に懸念事項が無かったかを調べて貰っている。色々と疑わしい状況なので、可能な限り他者の注意を引かない形でだ。なのに“獣の眷族”の領域にある2号支社が目立つ形で調査をした場合、1号支社の苦労が水の泡になってしまう可能性がある。
全て説明出来れば楽なのだが、情報というのは何処から漏れるか分からないので、こんな面倒な言い回しになってしまっていた。
だが言葉に出来ない隠された意図というのは、受け手の解釈によって幾らでも内容が変わってしまう。“獣の眷族”の支社長にとってシャルロットの言葉は、“海賊狩り”カラードは今回の件を事故と思っていないので、黒幕に気付かれないように深く静かに調べて欲しい、という内容に脳内変換されてしまっていた。
『分かりました。細心の注意を払わせて頂きます』
こうして“獣の眷族”の領域にある2号支社は、カラード本社の意向―――と勘違いした行動方針―――によって動き始めた。
深く、静かに。
カラードとの取り決めで支社に所属しているのは10名という少数で非戦闘員という扱いだが、武力より調査能力が要求される場面など幾らでもあるのである。
◇
地球時間で1週間程が経過した頃。“首座の眷族”の大使、アラライル・ディルニギット。
大使館の執務室で執務中の彼は、
「そう言えば、1号支社の動きはどうなっていますか?」
カラード本社から“首座の眷族”の支社にだけ伝えられた、“蟲の眷族”と“翼の眷族”との間に懸念事項が無かったかを、あまり大っぴらにしない形で調査して欲しいという件だ。そしてカラードの動きはアラライルが望んだ通りのものだが、無関係な第三者が聞けば疑問に思うだろう。何故、自身が所属している“首座の眷族”の情報機関から情報を得ないのか、と。極々当たり前の事実として、“首座の眷族”とカラードでは情報収集能力の桁が違うのだ。比喩ではなく、文字通りの意味で桁が違うのだ。どう考えてもおかしいだろう。
しかしそれでも使わなかった理由は、彼の処世術にあった。政治の世界において管轄外の事に興味を持っていると第三者に知られる事は、時として厄介事を運んでくる原因になり得るのだ。まして今の立場は、物流の新しい大動脈“スターゲートハイウェイ”を持つ地球に赴任している大使だ。下手な動きを見せれば、こちらが欲している情報に目星を付けて、良からぬ事を企む輩が湧きかねない。だからカラードに、日頃から集めている航路情報に紛れるような形で情報収集をして欲しかったのだ。これなら各方面を刺激する事無く情報を集められる。これまでの付き合いが無ければ、この判断は無かっただろう。
そして彼が情報を欲した切っ掛けは、
完全に管轄外の事であったため友人から聞いた時は意識の片隅に留めておく程度だったが、両文明の航路が荒れ始めたので独自の情報収集を考えた矢先に、ボロボロになった“蟲の眷族”の船が来た。丁度良かったのでメッセンジャー代わりに使わせてもらったのだ。カラードが意図に気付いてくれて良かった。
「本社の意向通り、調査は通常業務の中で行える範囲に留めているようです。ただ、いえこれは見て貰った方が早いですね」
サフィルは執務室の中央に立体映像を表示させた。
星系図に支社の活動範囲を重ねたもので、その隣には資金の流れ、社員10名の活動状況などが簡易表示されている。見る者が見れば、これだけで支社の活動状況をほぼ正確に把握できるだろう。
当然アラライルは把握出来る側の人間であり、すぐに気付いた。
「ほぅ」
呟いて、思わずニヤリとした後に10名の活動状況を詳細表示に切り替える。
この者達は、惑星遭難がコールされた星や第3回外宇宙ミッションで救助された者達という、少々特殊な背景以外に特筆すべき事柄は無い。
だが特筆すべき事柄が無いイコール無能ではない。生まれ育った環境があり、経歴があり、仕事で培った技能があり、コネクションがある。
アラライルは活動状況に目を通しながら、10名の経歴や生まれ育った環境を思い出した。
お調子者っぽいインテリ眼鏡な女性
→前職は総合商社系多星間企業のOL。
現場レベルのチームリーダーとして活躍していた。
中肉中背の普通っぽく見える元傭兵
→得意分野はパワードスーツを使った非正規戦闘。
戦闘系ドローンの扱いも上手いが電子戦は専門外。
宇宙船の操縦も行えるが、本職の船乗り程ではない。
妙に色っぽい女性
→夜の街で人気だった女性。
お友達が大変に多くて情報通。
ちょっと小太りなおっさん
→前職は物流系多星間企業の営業職。
職業柄多くの星系に行っており、各地の情報に詳しい。
気位の高そうなロリっ子
→資産家の娘。
元々は大変な我が儘娘だったらしいが、
救出された後は人が変わったと専らの噂らしい。
やはりあの経験は衝撃的だったのだろう。
ヒョロガリな男
→前職はネットワーク系技術者。
電子戦のプロではないが、準ずる能力の持ち主。
恰幅のいいおばちゃん
→単純に人の話を聞くのが好きで色々やっていたら、
いつの間にか企業の相談役やカウンセラーをやっていた。
恰幅もいいが性格も良いおばちゃん。
如何にもエリートっぽいオールバックの男
→前職は金融マン。そのせいか数字やリスク管理に滅法強い。
THE・普通っぽい娘
→前職はドローン販売のセールスガール。
人混みに紛れたら埋没してしまいそうな没個性が最大の個性。
顔もスタイル普通。何が悪いという訳ではないTHE・普通。
しかし陰キャではない。
初老の男性。
→退役した正規軍人。
辺境だが分艦隊司令まで務めた人物だ。
1号支社に集めた者達を上手く纏めてくれるだろう。
そしてこのような経歴や背景を持つ者達が、それぞれが持つコネクションを使って情報収集を行っていた。とは言っても、他の話題に混ぜる形でさりげなくなので、直接的に深い情報が得られる訳ではない。しかしそれでも、幾つかの分野から多角的に集められた情報を総合的に分析した場合、見えてくるものがある。人の流れ、金の流れ、物の流れ、世情、状況、必然性、多くの要素を勘案する事で浮かび上がってくる事がある。
アラライルは1号支社の面々が集め、素人なりに分析した結果を確認してみた。
「………悪くない着眼点ですね」
“翼の眷族”の大使が“蟲の眷族”の領域で消息を絶った後、両文明の統一政府は共同捜査に着手していた。内心で色々と思うところはあっただろうが、非難の応酬は事態を悪化させるだけなので、理にかなった理性的な対応と言えるだろう。
おかしいのはその後からだ。
両文明が主に使っている航路が荒れ始め、出稼ぎが多い“蟲の眷族”の労働者が乗っている船が所属不明船に襲われ、“翼の眷族”の領域外縁部にあるコロニー群で大規模な事故、更に“翼の眷族”の領域全体で所属不明船の目撃情報が増えている。極々単純に考えるなら、大使は何らかの犯罪組織に拉致されて持っていた情報を悪用された、という考えが出来なくもない。
しかし1号支社の分析は、幾つかの違う可能性を示唆していた。
中でも目を引いたのが、“翼の眷族”がかつて大規模内戦を起こしてランクAからBに降格されて以降、穏健派が主流派となり強硬派が実権から遠ざけられているという状況から、“翼の眷族”強硬派の策謀という可能性だ。大規模な事故が起きたコロニー群は、穏健派の多いところでもある。
しかし同時に、今ある情報だけでは確定出来ないという事も記されていた。“蟲の眷族”を巻き込むに足る何かが無ければ、この仮定は成立しない。
また分析の補足事項として、大規模な事故が起きたコロニー群の近くで、“蟲の眷族”に関わる何かが出てきた場合の動向に注意というのもあった。仮に不安定化、或いはその先を望む者がいた場合、大規模事故が起きた場所の近くで他文明の秘密裏な活動と思われる痕跡があった場合、使い易い火種以外の何ものでもないからだ。
シナリオとしては有り得そうだが、やはりネックなのは“蟲の眷族”を巻き込む理由や動機といったものが分からない、というところだろう。長年政治に関わってきた経験が怪しいと告げているが、現状では推測の域を出ない。まして今は大使であって辺境議員ではないのだ。管轄外に手を出すなら明確な根拠が必要になる。
アラライルは暫し考え、自身の考えが立場に捕らわれ過ぎている事に気付いた。
辺境議員だった時に、“翼の眷族”で親交のあった者が数名いる。確か事故が起きた方面にも居たはずだから、心配になって連絡をする、という理由ならあちらを担当している―――“首座の眷族”側の―――大使が苦い顔をする事も無いだろう。
彼はそう思い、連絡を取る事にしたのだった。
◇
連絡を取った“翼の眷族”の友人は、実直で適度に気さくという話し易い男だ。
金髪碧眼で中肉中背。眷族の名の由来となっている翼が背中にある。一対二枚の純白の翼だ。
立体投影された姿は記憶にある姿と変わりない。ただ何故か、手を置いているテーブルには白紙の紙が一枚とペンが置かれていた。何かのメモに使っていたのだろうか?
『大きい事故と聞いたのでね。とりあえず無事のようで何よりだ』
『急に連絡が来たから何かと思ったが、心配してくれたのか。ありがとう。この通り無事だ』
『奥さんと娘さんも?』
『大丈夫。尤も復旧作業が忙しくて、暫く家に帰れていないんだ。代わってくれないか?』
『友人の頼みなので代わってやりたいところだが、私にも仕事があってね。残念ながら代わってやれそうにない』
『それは残念。それはそうと、随分凄いのに関わっているみたいじゃないか』
『巡り合わせが良かっただけさ。スターゲートハイウェイはいつもの会談で話している面子でなければ、あれほど早く稼動させる事は出来なかった』
これは謙遜でも何でも無く、本当に思っていることだった。あの面子だと余計な足の引っ張り合いが無いので、本当に仕事がやり易い。もし今別の場所で仕事をしたら、恐らく色々とストレスを感じてしまうだろう。
『いつもの会談? ああ、あのリアルタイム配信している会談か。凄いな。星間外交をフルオープンでやるなんて。あれって一歩間違ったら大変な事になるだろう』
『まぁ確かに、あれは篠ノ之束博士という“天才”だからこそ出来ることだな。実は私も毎回毎回緊張しているんだ』
『本当か? この前アーカイブでこれまで配信されたものを見たが、楽しんでるように見えたぞ』
『まさか。仕事の場で楽しむなんて、そんな事ある訳ないだろう』
『本人の思いと他者の評価が異なる事はよくあるという事実を、私は今再確認したよ』
『私は他者の評価など気にしないがね』
立場は違えど、友人同士の気安い会話だ。何も問題は無い――――――と第三者がこの映像を見れば思うだろう。しかしアラライルは友人が出しているメッセージに気付いていた。かつて親交を深めた時に話した何気ない会話。頼るには余りにもか細い糸。古い古い年代物のホロムービーにあった一幕。助けが欲しい時に、“白紙の紙の角の1つを小さく折る”という如何様にでも受け取れるし言える何気ない動作。
正直なところ何かの間違いだと思いたかったが、アラライルは助けを求めていると判断した。気にし過ぎだったなら、後で自分自身を笑ってやればいい。
アラライルはそんな事を思いながら会話を続けた。
『ところで支援物資を送ろうと思っているんだが、他文明からの物は受け付けているのかな?』
『受け付けてはいるが、既に自文明の各方面から結構な量の物資が届いていてね。正直置き場所に困っている状態なんだ。だからもし送ってくれるなら、宇宙空間に留置できるタイプのコンテナに入れてくれると助かる』
宇宙空間に留置できるタイプのコンテナは、過酷な宇宙空間でも中の物資を長期間保存できるように、ノーマルなコンテナよりも頑丈な作りになっている。当然その分お値段は高いが、アラライルはコンテナの種類を話題にしなかった。厳重な保管が必要なものはお高いコンテナ、そうでないものはノーマルなコンテナと使い分ければ良いだけの話だろう。
『そうか。物資は届いているのか。なら、そうだな。闇雲に送っても荷物になってしまうから、今足りない物を教えてくれるかな』
仮に第三者がこの会話を聞いているとして、直接的に被害を尋ねれば警戒心を抱く可能性が高い。しかし必要な物資を聞く形なら、警戒心をある程度下げつつ情報収集が行える。推測がかなり混じるので正確な情報収集とは言い難いが、何も分からないよりはマシだろう。
こうしてアラライルは友人の言葉に耳を傾けていったのだった。
◇
同じ頃。“獣の眷族”の領域にある2号支社の支社長から、カラード本社に連絡が入っていた。
空間ウインドウに映し出されているのは犬耳黒髪ロングストレートヘアな美人さんで、
そして連絡は事前の取り決めで幾つかの優先度が設定されているが、今回は最優先コール。かつ表情が硬いという事は、恐らく悪い知らせだろう。しかし内容の予想がつかない。対応したシャルロットは気を引き締めて尋ねた。
『緊急という事ですが、どのような事でしょうか?』
『まずはこれを見て下さい。そして可能であれば、社長の同席をお願いします』
送られてきた情報は相応の量で一般人には理解し辛い内容だったが、
すぐに新しい空間ウインドウが展開されて、映し出された晶が尋ねた。
『確度は?』
『こちらでは、まず間違いないと判断しています』
2号支社が行っていたのは、“翼の眷族”の領域で全体的に所属不明船の目撃情報が増えている、という件についての調査だ。支社長は私的な情報源と濁していたが、送られてきた情報の規模を考えれば、“獣の眷族”の情報機関が動いたのかもしれない。少なくとも友人イコール一個人ではないだろう。
晶は支社長の背景を一瞬だけ考えた後、今確認した情報について考え始めた。
まず所属不明船の目撃情報増加だが、これ自体は大した事じゃない。現場レベルでみれば大変かもしれないが、目撃件数に比べて被害が圧倒的に少ない。巡回部隊の頑張りと言えなくもないだろうが、少し慣れた者ならそんな風には考えない。これは、あえて発見させているブラフだ。治安が悪くなっている。危険が少しずつ迫っているというのを、多くの者に信じさせる為のブラフ。実際に襲われて不幸な目に遭った者もいるが、適度な犠牲があるからこそ、信憑性が増す。
だから2号支社は、領域外縁部で起きたコロニー群の大規模事故についても調査していた。近郊のアステロイドベルトと資源採掘用惑星からの採掘及び精製を主な産業とするコロニー群で、10の資源貯蔵施設と20の精製プラントがあり、4つの居住用コロニーには計1000万の労働者とその家族が住んでいる。コロニーは遠心力で重力を発生させるような骨董品ではなく、完全な重力制御によって地上環境が再現されたドーム型だ。そこに、地球の単位に換算して20キロメートル級の超巨大輸送船が突っ込んだ。同型の船同士が接触して弾かれた結果、居住用コロニーと精製プラントに突っ込んだのだ。
被害は想像するに余りある。だがこれが本当の事故か何らかの工作結果によるものなのかは調査では分からなかった。しかし犠牲者リストを入手した時点で、判断は工作の結果によるもの、というのを疑わざるを得なくなっていった。“翼の眷族”穏健派の重鎮が数名巻き込まれて帰らぬ人になっているのだ。以降、強硬派の活動が活発化しているが、これだけなら一文明内の権力闘争であり、最優先コールされるような内容ではない。
問題は、この後だ。
犠牲となった穏健派の重鎮達は“蟲の眷族”と共同開発している惑星の“翼の眷族”側の責任者やその側近達だったのだが、これが空席になり、後任として着任した者達が強硬派に鞍替えした。以降、“蟲の眷族”が“翼の眷族”に対して工作活動を行っていると疑われる情報が次々と出てきた。確定情報ではない。疑わしいだけだ。しかし実際に所属不明船による被害があり、コロニーで大規模な事故まで起きている。急速に悪化していく感情を背景に、共同開発惑星は“翼の眷族”側で管理すべきという意見が出始めていた。
そして共同開発惑星は資源採掘惑星であり、産出される鉱石はイプシロン1。エネルギー変換率100%という結晶化した反物質なのだ。言うまでもなく、利用方法は極めて多岐に渡る。良い方向にも、悪い方向にも。
晶は尋ねた。
『ここまで調べたなら、まして最優先コールで伝えてきたなら、当然予測される次の一手についても調べているだろう。それについては?』
『不確定な上に推測を多く含んでいますが、宜しいでしょうか?』
『構わない』
『こちらになります』
送られてきた情報は、地球の歴史では馴染み深いものだった。総数は不明だが、艦隊編成に動きあり。細かい情報は色々と書かれているが、つまりこれが相手の意思ということだ。
難癖で行動理由をこじつけて、武力を背景として有無を言わさず奪い取る。地球の歴史じゃ珍しくともなんともない。むしろ親近感すら覚える。
晶は犬耳黒髪ロングな支社長に言った。
『よくここまで調べてくれました。2号支社の皆さんに感謝を。あと、あなたの個人的な友人にも、感謝していると伝えておいて下さい』
『ありがとうございます。そして、どのように対応致しますか?』
『正直、カラード単独では手に余ります。なので早急にいつもの会談にかける事になるでしょう。スノー大使にはこちらからも伝えますが、そちらからも伝えておいて下さい』
『分かりました』
支社長の一礼を最後に通信が終わると、晶はすぐに動き始めたのだった。
第222話に続く
色々な情報が出てきて、とてもきな臭くなってまいりました。
今回は情報収集な感じでしたが、次回は恐らく行動を起こしていく事になるかと思います。
さて、どうなっていく事やら………。