インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
ただし非公開な内緒話。
あと本作において、ワープは絶対的な逃亡手段では無いのです。
これまで少しずつ情報を出していましたが、対策を講じられると大変な事になります。
束とその斜め後方に立つ晶、アラライル、スノーで行われるいつもの会談。
基本方針はリアルタイム配信での公開だが、必ず公開される訳ではない。その時々の判断で非公開となる場合もあり、今回は非公開となっていた。
『――――――という訳で非常に怪しい状況です。ただカラード単独で対処できる話でもないので、御二方の意見を聞きたいと思いまして』
束が2人に話した内容は、“首座の眷族”の領域にある1号支社と“獣の眷族”の領域にある2号支社によって集められた情報に、分析結果を加えたものだった。
分析に使われた情報が些か多いので、各々の前に展開された空間ウインドウに箇条書き表示されている。
・約720時間ほど前に“翼の眷族”の大使の消息が途絶えた。
・消息が途絶えたのは“蟲の眷族”の領域。
・両文明が主に使っている航路が荒れ始めている。
・“蟲の眷族”の出稼ぎ労働者が乗った船が襲われている。
・“翼の眷族”の領域で所属不明船の目撃情報が増えている。
・ただし“翼の眷族”側は目撃件数に比して被害が少ない。
・“翼の眷族”の領域外縁部にあるコロニー群で大規模事故。
・大規模事故で“翼の眷族”穏健派の重鎮数名が死亡している。
・重鎮は共同開発惑星の“翼の眷族”側の責任者や側近達だった。
・後任として着任した者達が“翼の眷族”の強硬派に鞍替した。
・鞍替え以降、“蟲の眷族”に不利な情報が次々と出ている。
・確定情報ではなく、疑わしいだけ。
・“蟲の眷族”への感情が急速に悪化している。
・共同開発惑星を“翼の眷族”で管理すべきという動きがある。
・共同開発惑星で採掘されているのはイプシロン1。
・エネルギー変換率100%という結晶化した反物質。
・“翼の眷族”の艦隊編成に動きがある。
これらの事からカラードは、“翼の眷族”強硬派が“蟲の眷族”に難癖をつけて共同開発惑星を奪おうとしている、と考えていた。またその先の事として、クーデターか合法的手段かは分からないが、“翼の眷族”内部で政権奪取もあるだろうと予想していた。
『………なるほど』
アラライルが呟き、続けた。
『実はつい先日、別件で“翼の眷族”の友人と連絡を取ったのですが、言外に助けを求められましてね。こういう背景があるなら分からなくもない。ただ敢えて否定的な意見を言っておくなら、これは我々が対処するような案件ではないと思います。地球は“蟲の眷族”や“翼の眷族”と外交関係がある訳でもありませんし、私とスノー氏は地球に赴任している大使です。権限や担当範囲を大きく超えるものである事は御理解頂けると思いますが』
至極真っ当な言葉である。この会談に参加している者達は多くの事が行える者達だが、使えるリソースは有限で決して万能ではないのだ。無闇な介入は自身を縛る枷となり、今後に大きく響いてしまう。
従ってこの場合の一般的で何処からも文句の出ない対応は、“首座の眷族”の中央と“獣の眷族”の統一政府ないし王家に情報を流して対処してもらうことだ。
尤もこの問題を外交レベルでどうにかしようとした場合、恐らく共同開発惑星は強硬派の手に落ちるだろうし、政権の内情が大きく変わってしまうのも避けられないだろう。ここまでやっている奴らが、時間をかけるリスクを考慮していないとは考え辛い。
この会談に参加している面子なら、この程度の事は言わずとも分かる。
なので束の返答も穏便なものだ。
『勿論です。ただそれはそれとして、
『恐らく束博士が想像している通りかと。極少量で大量のエネルギーを生み出せますので、良い方向に使えば内燃機関の小型高出力化に貢献してくれますし、悪い方向に使えば大量破壊兵器です。反応兵器と言った方が分かり易いでしょうか』
因みに1gの反物質で生み出せるエネルギー量は約90兆ジュールで、過去の大戦で日本に投下された広島型原爆のエネルギー量が約60兆ジュールである。
『もう1つ。これは確認ですが、
このように考えた理由は2つあった。
1つは晶と共に戦争跡地の残骸から色々とデータを抜き取っていたところ、反応兵器と思われる武装が現実的な選択肢として記録されていたこと。
1つは文明ランクB以上であれば、十分な信頼性と実用性を持つ重力兵器や空間破砕兵器を実用化しているということ。
星ごと粉砕出来るような兵器が実用化されているなら、反応兵器は多少強力で使い勝手の良い兵器という位置付けなのではないか、という予想からだ。
返答は予想通りだった。
『ええ。使われていますね。ただ少し補足するなら、流石に対海賊や小中規模な戦闘では使われません。使われるなら母艦級や旗艦級が出てくるような戦場か、宇宙要塞の攻略戦でしょうか』
母艦級は20~40キロメートルサイズ。旗艦級は50キロメートルサイズ。
束と晶が戦場跡地で入手した古い情報によれば、当時の旗艦級の防御力は同じく当時の平均的な戦闘力の巡洋艦~巡洋戦艦級で編成された、1000隻を超える規模の艦隊で飽和攻撃をして、ようやくシールドの回復性能を上回り減衰させられる、という規格外なものだ。しかも戦闘用の各種防御兵装を起動させていない通常状態で、だ。また仮にシールドを突破したとしても、船体構造自体の自己修復能力がある*1。こんな化け物を相手にするなら、反応兵器やそれ以上の兵器の使用が検討されて当然だろう。そして今の言葉を素直に信じるなら、第5回外宇宙ミッションで救援に来てくれた緊急即応艦隊には、反応兵器が装備されていたという事になる。
―――閑話休題。
束はアラライルの返答を聞いて思う。
古今東西あらゆる歴史において、強硬な連中が強力な武器を手に入れて良かった事など1つもない。いや、自身の強化に使うだけならまだ良い。この手の連中は手っ取り早くお仲間を増やす為に、或いは資金を獲得する為に武器をばら撒く。結晶化した反物質などさぞかし使い勝手の良い資源だろう。
『そうですか。いえ、答えてくれてありがとうございます。そして話を今後の対応に戻しますが、こちらも無理を言うつもりはありません。少し調べたところ色々と怪しかったので、お伝えしておこうと思ったまでのことです』
この会談に参加している面子が単なる政治屋なら、話はこれで終わりだっただろう。
先程アラライルが述べた至極真っ当な言葉通り、明らかに権限や担当範囲外のことなのだ。然るべきところに任せてしまえば良い。
―――というのは一般人の考えだ。
これまで黙っていたスノーが口を開いた。
『まずは、情報提供をありがとうございます。そして確かに、これは色々と疑わしいので対処が必要でしょう。ただ、1つ確認しておきたい事があります。束博士は、この後どうされるおつもりでしょうか?』
『どう、とは?』
『束博士の、いえ、カラードのこれまでの動きを見るに、何かしらの単独行動を考えているのでは、と思った次第でして』
『先程も言いましたが、カラード単独で対処出来るとは思っていません。ですが少々危険な兆候に思えますので、情報収集は続けようと思っています』
『なるほど』
スノーは一度口を閉じ、少しばかり考えた。
仮に“獣の眷族”側が動いたとして、何処までやれるだろうか? 情報機関が本格的に動けば入手できる情報の質も量も上がるだろう。だが実際に何かを行うなら、まずは外交的な働きかけになる。間に合うだろうか? もう一度考えてみるが、導き出された結果は変わらない。共同開発惑星は強硬派の手に落ちるだろうし、政権の内情が大きく変わってしまうのも避けられないだろう。ここまでやっている者達が、時間をかけるリスクを考慮していないとは考え辛い。
恐らく何処かのタイミングで、直接介入が必要になる。どのような状況下で必要になるかはまだ分からないが、十分に有り得るだろう。
ならばカラードが介入できる、或いはし易くなる余地を残しておくべきだ。惑星表面へのホットドロップ戦術が使える味方がいるというだけで、相手には広範囲の警戒を強制し、こちらが選べる選択肢は大きく増えるのだから。
考えを纏め、再び口を開く。
『では、この件における情報収集を仕事として依頼します。無論こちらも動きますが、多角的な情報収集で精度を上げる、というのは決して無駄にはならないでしょう』
現在、カラードの他文明に対する情報収集は、その大部分を支社に頼っている。だからこれは、カラードが関わる余地を残しておくための建て前に過ぎない。
束もそれは理解していたが、返答する前にアラライルが口を開いた。
『仕事を依頼するのでしたら、出来れば先にこちらをお願いしたい』
束とスノーが視線を向けると、新たな空間ウインドウが展開されて人物データが表示された。
ウインドウの左側には人物の写真。金髪碧眼で中肉中背。地球人的に言うなら気さくそうな人物という印象で、背後には翼が見える。一対二枚の純白の翼だ。右側にあるのはプロフィール情報。他文明の束とスノーが見やすいようにという配慮なのか、所々にコメントが添付されている。それによれば“翼の眷族”から“首座の眷族”本星に赴任していた先代の大使らしい。相当のエリートかと思いきや、実はかなり遅咲きの人物だったようで、外交畑一筋ではあるがひたすら裏方。ずーーーーっと裏方で縁の下の力持ち。華々しい舞台を裏側から支え続け、その貢献を認められて引退間際に“首座の眷族”本星へ大使としての赴任を命じられ、過不足なく役目を終えて引退したという経歴の持ち主だった。
2人が目を通したタイミングを見計らって、アラライルが言った。
『この人物の救出に協力して欲しい。先程言った、助けを求めてきた友人です』
束は純粋に疑問に思った事を尋ねた。
『依頼ではなく、協力ですか?』
救出ミッションというのは非常にデリケートだ。それを他の文明の者と一緒に行う。仮に両者の練度が限りなく高かったとしても、意思疎通のちょっとしたミスで容易く失敗というのが有り得る。第3回外宇宙ミッションも救出だったが、あれはカラード単独かつ盛大に破壊して良かったという意味で、縛りが緩かったから行えたのだ。対して今回の救出は、恐らく秘密裏に救出するステルスミッション。方向性がまるで違う。
疑問は他にもある。
“首座の眷族”なら、この手のミッション経験が豊富なのは間違いない。不安要素が増える協力ミッションという形になどしないで、自分達で行える筈だ。にも関わらず依頼するという事は、カラードを動かす事で得られる何かしらのメリットがあるという事だろうか? 束と晶の脳裏に、幾つかの予想が過ぎる。
そんな中でアラライルが言った内容は、矢面に立つ訳ではないが重要な役処というものだった。
『潜入と救出はこちらで行いますので、アリコーンで離脱用のスターゲートを提供して頂きたい』
束と晶が知る由も無い事だが、アラライルは明らかに管轄外のこの件に対して、先に行動を起こしていた。“翼の眷族”の友人に連絡をする前は、管轄外に手を出すなら明確な根拠が必要になると考え*2自重していたが、現在の不穏な状況、友人からのSOS、1号支社が出した分析結果、それらを総合的に考えて動くべきと判断したからだ。
とは言っても、出来た事は余りない。軍部の貸しがある友人に“翼の眷族”方面にいるエージェントを動かしてもらい、SOSを出してきた友人の現状確認と亡命の意思があるかの確認。この情報を方面軍司令部の別の友人へと送り、とある事を条件に救出ミッションを承認させただけだ。
辺境議員時代に得たコネクションのフル活用である。
『離脱用という事は、行きは自分達でどうにかする、という事ですね』
束の言葉にアラライルは肯いて答えた。
『はい。一番良いのはこちら側で、星系間を単独で行き来できる高性能ワープドライブを搭載したステルス艦を用意する事なのですが、流石にそれほどの高性能艦を簡単には用意出来ません。なので普通のステルス艦をこちらのスターゲート艦で作戦領域まで飛ばします。その送り込んだステルス艦の離脱を支援してもらいたいのです』
1つは普通のワープドライブ。単純にワープと言った場合はこちらを指す事が殆どで、主に星系内の移動に用いられる。しかし星系間を跳び越えるには、根本的に出力が足りない。
1つは高性能ワープドライブ。こちらは星系間を跳び越えられるが、普通のワープドライブよりも大型でエネルギー消費が段違いであるため、搭載した場合は同サイズの非搭載型に比べて、性能面で明らかに見劣りしてしまう。巡洋戦艦級*3以上に搭載したならある程度は緩和されるが、それでも緩和されるだけであって、同型の非搭載艦と1対1で戦えばまず勝てない。それでいて購入、稼働、メンテナンス、全てのコストが跳ね上がってしまう。
1つはスターゲート。単艦でも複数艦でも任意の地点に送り込める。オペレーション難易度を無視するなら、これが一番使い勝手が良いのは間違いない。しかし設置型スターゲートを高度な技術によって小型化しているとは言え、その大きさは戦艦級の積載量を以てしても無視出来ない程の負荷を船に与えていた*4。同サイズの船に比べて、性能面で明確に劣ってしまうのだ。コスト面での負担も、高性能ワープドライブ搭載艦の比ではない。
尤も“首座の眷族”は他の文明に比べて欠点を大きく改善した船を実用化しているが、今回の件で使用許可は降りなかった。アラライルは理由を説明されていないが、聞かずとも分かる。当たり前の話だ。今後に関わる事とは言え、ステルス救出ミッションという人員も船も失う可能性のあるミッションに、機密情報の塊を投入できる筈もない。更に言えば
だからアラライルは方面軍司令部の友人に、とある事を条件に救出ミッションを承認させた。
カラードがアリコーンによるスターゲートで脱出に協力すると返答した場合のみ、ノーマルなステルス艦と救出部隊を出してもらう、というものだ。
ここから先は仮定の話になるが、もしこの一件を切っ掛けとしてカラードがアリコーンで脱出用のスターゲートを提供してくれるようになれば、“首座の眷族”の辺境における展開能力が大幅に上がる。何せアリコーンは今現在判明しているだけでも、空間潜行という高度なステルス性を有していながらスターゲート展開能力もあり、幾つかの外宇宙ミッションの成果を見るに単艦での戦闘能力もある超高性能艦なのだ。人員の練度は言うまでも無い。
今回の件を切っ掛けとしてその支援が得られるようになれば、現場の苦労は相当に減るだろう。
―――閑話休題。
束は少し考えた後、斜め後方に立つ晶に尋ねた。
「どうしようか?」
「構わないと思う。だけど離脱座標はこっちで決めさせてもらった方が良いかな」
束が言葉を引き継いだ。
『―――という訳ですけど、それでも良いなら離脱支援に派遣します』
『ありがとうございます』
こうしてカラードは
◇
いつもの会談での決定を受けて、“首座の眷族”方面軍司令部は速やかに救出ミッションを開始していた。
何も特別な事は無い。予め収集されていた情報に現地のエージェントが入手した情報を加えてプランを立案し、必要な装備を決め、実行するだけ。星系からの離脱が
そして途中までは、何も問題無かった。
救出対象のいるコロニーの内部構造は、エージェントの先行調査によって把握済み。
家族も亡命の意思を固めている。
救出チームとの合流も予定通り。
後は事前に調べておいた移動経路を使ってコロニーの外壁エリアまで行けば………というところでトラブルが起きた。
救出チームに落ち度があった訳ではない。救出対象やその家族がヘマをした訳でもない。言うなれば、完全にとばっちりだ。
大規模事故が起きたコロニーから避難してきた者とこのコロニーに元々住んでいた者が諍いを起こし、それが少々大きな事故に発展してしまったのだ。これによってコロニー内の安全装置が作動してしまい、脱出予定地点だったコロニーの外壁エリアに行けなくなってしまう。
これで歯車が狂い始めた。
時間経過は決して自分達に味方しない。いつ規制が解除されるかも分からない。ミッションを中止して後日にやり直すのはリスクが大き過ぎる。
救出チームは迷った末、可能な限り人目や監視システムを避ける形で進んだが、最後までは無理だった。発見されてしまう。
後はもう、命をかけた鬼ごっこだ。
人海戦術で追い込まれるも辛うじてコロニー外壁エリアにまで到達し、潜入時に使った小型シャトルでの脱出に成功する。だが
ここでステルス艦で待機していた者達は、小型シャトルを見捨てるか否かの決断を迫られた。コロニーに接近し過ぎるとステルスを見破られる可能性があったため、ある程度の距離があるのだ。助けるならすぐにでも飛び込まなければ、小型シャトルが危ない。しかし飛び込めば捕捉される可能性が高い。
今回のミッションに投入されているステルス艦は、光学スキャン・電波系スキャン・質量スキャンのいずれに対しても極めて高いステルス性能を有しているが、決してどんな状況でも発見されない魔法の船ではないのだ。
リスクを考慮するなら、小型シャトルを自らの手で撃墜して完全な証拠隠滅を図るべきだろう。だが救出対象の持っている情報は、“翼の眷族”の内部情報。既に引退している人物だが、裏方歴が長く組織の潤滑油として機能していた人物が持っている情報。当然、“強硬派”の動きも含まれている。それは今後の動きに関わる貴重な情報だ。
数瞬の思案の末、救出チームはリスクを取った。
コロニーに接近して警備艇を撃墜、小型シャトル回収と同時にワープして離脱は出来たのだが………警備艇が次々と接近してくる中での強行回収だったため、ステルスの一部が機能していなかったのだ。
幸いにして艦の外見が露見する事は無かったが、ワープドライブを起動しつつハッチを開放して小型シャトルを回収と同時にワープインという荒業だったため、ステルスが十全であれば残らない筈のワープの痕跡が残ってしまったのだ。
そしてワープの発達した文明において、ワープ対策の技術は必然的に磨かれる技術だ。進行方向と検出されるエネルギー量、ワープイン時の空間歪曲率が分かるなら、到達距離が逆算できる。
これは救出チームも分かっている事であるため、本来なら全く関係無い座標に一度ワープして、そこからアリコーンが待機している離脱ポイントに向かうのが正しい判断だった。しかし、出来なかった。
小型シャトルとの相対速度がステイシス装置*5の制動限界を超えていたため、格納庫の内壁に衝突して中破、その影響がステルス装置に出ていたのだ。作戦領域でステルスが機能しなくなれば、どうなるかは分かるだろう。
よって救出チームは一縷の望みをかけて、アリコーンの待つ離脱ポイントへ直接ワープを強行したのであった。
◇
時間は少しだけ遡る。救出チームがコロニーへ潜入した頃。
離脱ポイントに指定されている星系外縁部のアステロイドベルトには、空間潜行艦アリコーン1番艦が既に到着していた。先に離脱ポイント周辺の長距離観測を行い、徐々に近づいていくという、時間をかけての安全確認である。星系外縁部の無作為に選んだ地点だから安全等とは思わない。ここは敵地であり、先に活動していた文明がある。つまり何があるか分からない。故に警戒する。当然のことだ。
そして観測方法も、隠れながら行えるように工夫されていた。アリコーン本体は空間潜行で別空間に隠れつつ、有線接続された球体状の観測ユニットを通常空間に放出する、という形で行われていた。この方法なら全長495メートルの巨体を、通常空間に一切晒さないで済む。
このような準備をして待っているアリコーン内部で、鷹月静寐は少しばかり考え事をしていた。
すると、隣にいた相川清香が尋ねてきた。
「なに考えてるの?」
「ん~、今回のミッションって、離脱支援でしょ。救出チームが来たらスターゲートを開いて脱出させて終わりなんだけど………晶くんがこの場にいたら何て言うかなって」
―――最悪に備えて考え中―――
XINN様より頂きました。感謝です!!
―――最悪に備えて考え中―――
「なるほど。晶くんって最悪を考えて備える人だからね」
「うん。で、この場合の最悪って、やっぱりアレだよね。敵も一緒に引き連れて来ちゃうことだよね」
「そうだね。多分、それが一番厄介な状況だと思う」
“首座の眷族”の救出チームはプロの筈なので、そんな状況は考え辛い。しかし、考え辛い事が起きるのが現実だ。“事実は小説より奇なり”という諺がある通り、世の中で実際に起きる出来事というのは、小説よりも奇妙で不思議な事もあるのだ。
「もしも連れて来ちゃったら、どうしたら良いかな? アリコーンの姿を晒す訳にはいかないけど、助けられるなら助けた方が良いよね」
将来的にどうなるかは分からないが、少なくとも現時点でこの場にいる事を知られる訳にはいかない。つまり追っ手が一緒に来てしまったら、見捨てる、或いは通信する時間さえ無いほど速やかに完全殲滅する、というのが求められる。
前者は嫌だし、後者なら広域破壊兵器を使わなければ無理だ。少し考えただけでも非常に難易度が高い。無理じゃないかと思ってしまう。しかし、
―――弱者は強者を打倒する為にあらゆる準備をする。
これに清香の言葉が重なった。
「そりゃ救出ミッションだからね。でも本当にその状況を想定するなら、事前の仕込みが絶対必要だと思う」
「そうだよね。仕込み、仕込みかぁ」
IS学園時代に
アイデアを借りれば、姿を見せずに追っ手を叩く方法が出来るかもしれない。
そう思った静寐はアリコーンに乗っている皆を集めて、意見を募り始めたのだった。
◇
暫しの時間が経過した頃。
通常空間に放出していたアリコーンの観測ユニットがワープ反応を探知した。場所は指定されていた離脱ポイント。この時点でアリコーンの艦長席に座る静寐は、警戒心を強めていた。“首座の眷族”が今回のミッションに投入したステルス艦は、ワープの痕跡を消せると聞いていたからだ。
次いで、極々短い電波信号を受信する。
―――コードレッド。
作戦宙域での通信は、内容を解析されなかったとしてもリスクを伴う。通信があるイコール何らかの活動が行われている、という事で疑われる要因になるからだ。
故に可能な限り短いやり取りで済むように、事前に符丁が決められていた。
コードブラックは作戦失敗。見捨てるべし。
コードイエローは多少の問題はあるも目標確保。回収求む。
コードレッドは目標確保も追っ手の可能性あり。
コードグリーンは問題無し。
静寐は決断した。
他5名のクルー、
(全員に伝えます。受け取った符丁はコードレッド。以降、先程皆で予想した最悪を想定して行動します。戦闘配置)
隣の席に座っていた清香が火器管制を立ち上げていると、自室で休んでいた他の4人がブリッジに飛び込んできてそれぞれの席に着席していく。
―――戦闘配置―――
XINN様より頂きました。感謝です!!
コアネットワーク通信を視覚情報に変換した脳内イメージです。
―――戦闘配置―――
通常空間からは見えない別次元で、空間潜行艦アリコーンが戦闘準備を整えていく。そしてこれから起きるのは、華々しい砲火の撃ち合いではない。
ワープ先で待ち構えられた場合にどうなるかという、
静寐の言葉は続いていく。
(散布していたワープ妨害フィールド発生装置、1番から6番までを起動)
ワープの発達した文明において、ワープへの対抗策が生まれるのは必然である。今現在、その方法は2種類に大別されていた。
1つはワープドライブの起動そのものを妨害する方法。これはワープしようとする対象周辺の空間の安定性を乱す事で、ワープを行えないようにする方法だ。対象をロックオンして使う単体型や一定範囲に効果を及ぼす範囲型などがある。
1つがワープ状態の船を強制的に通常空間に戻す方法。これは範囲型ワープ妨害の副次的な効果だが、余りに強力な副次効果であった。なにせワープ中の物体が効果範囲内に入ると、速度ゼロの完全静止状態で強制的に通常空間に実体化させられてしまうのだ。
そして篠ノ之束博士は、ワープを実用化してすぐにこの2つを実用化していた。ワープへの対抗手段を確立しておかなければ、一方的に殴られるだけになってしまうからだ*6。
このためアリコーンには、設置型のワープ妨害フィールド発生装置が搭載されていた。形状はラクビーボール程度の大きさで、オレンジ色の円筒形だ。小型な使い捨てタイプだけに、予め散布しておく、ミサイルに弾頭代わりに搭載しておく、など色々と使い勝手が良い。
―――閑話休題。
ワープ妨害フィールドが発生したのはステルス艦の後方約30キロメートル。艦を頂点とした扇状に、直径20キロメートルの球体のワープ妨害フィールドが6つ展開された。
直後、アリコーンの観測ユニットが新たなワープ反応を探知する。数6。観測された質量から駆逐艦級4、巡洋艦級2と推定*7。
静寐が何もしていなかったなら、これらの艦はステルス艦の近くにワープアウトして攻撃を仕掛ける事が出来ていただろう。ステルスが十全に機能していないステルス艦など、射的の的と大差無い。
しかし、現実は違っていた。
ステルス艦を真っ直ぐに追ってきていた6隻はワープ妨害フィールドに突っ込んでしまう。直後、影響を受けたワープドライブが緊急停止。ワープ空間から通常空間へ強制的に引き戻され、空間遷移した影響でその場に完全停止状態で出現してしまう。
静寐は一切容赦しなかった。
(散布していたSDBMミサイル*8の1番から200番まで全て点火。駆逐艦に対しては各30発ずつ。巡洋艦に対しては各40発ずつ)
今回のミッションにおいて、アリコーンの姿は決して見られる訳にはいかない。その条件を満たす支援手段としてアリコーン1番艦の面々が考えたのが、ミサイルを予め放出しておく、というものだった。隕石の影に隠れてミサイルを迂回軌道で叩き込んでも良いのだが、その場合の瞬間火力は多目的VLSの48発のみ。近接防御用ミサイルを含めたとしても64発にしかならない*9。連続発射で投射量は増やせるが、その場合は発見されるリスクが高まってしまう。
なので、先に放出しておいたのだ。これなら姿を隠したまま、観測ユニットからコマンドを送信するだけで十分な火力投射が行える。
そしてミサイル弾頭に納められているSDBMの威力は、小型の核に匹敵する。
戦闘は一瞬だった。6隻のエネルギーシールドは瞬く間に食い破られ、物理装甲が吹き飛び、光が収まった後には船体フレームすら残っていない。しかし、これで終わりではなかった。なにせSDBM200発分のエネルギー反応だ。すぐに別の艦が駆け付けてくるはず。その前に離脱しなくてはいけない。
(空間潜行解除。通常空間に復帰後すぐにスターゲート展開。目標を離脱させた後、我々も離脱します)
こうしてアリコーンとステルス艦は無事に離脱し、数分後に到着した“翼の眷族”の艦隊は、何も発見出来なかったのであった。
◇
安全圏に離脱したところで、“首座の眷族”のステルス艦からアリコーンに電文が入った。
救出チームは特殊部隊であるため、身元の特定に繋がる行為、例えば映像付きの双方向通信等は行えないのだ。
そして長い文章では無い。
―――貴官らの働きに感謝を。
ブリッジで受け取った静寐は、少しばかり考えて返信した。
―――困難な任務の達成、お疲れ様でした。
ラウラなら軍人らしいもう少し気の利いた文章が出てくるかもしれないが、ようはお互いを尊重し合う言葉であれば良いのだ。送信。
すると並行して進んでいたステルス艦が進路を変え、ワープドライブを起動して去って行った。
見送ると、隣にいた清香が声をかけてきた。
「後は、私達も帰るだけだね」
「うん」
この後、一行は何事もなく無事に帰還する事ができた。
しかしミッションというのは行って終わりではない。デブリーフィングという非常に大事な情報共有や改善点の話し合いがあるのだ。
その中で、今回のような状況下における火力投射が問題点として上がってきた。
具体的に言うなら、アリコーンが空間潜行している際の火力投射である。発見はされたくない。しかし火力は出したい。今回はミサイルを予め放出する事で対応したが、この方法では仕込みに時間がかかる上に、戦闘宙域が変わった場合の対応が非常に難しい。ミサイルの回収は手間なのだ。
因みに元々搭載されている
このため改善案を考えたのだが若干お金がかかってしまう方法なので、静寐はデブリーフィングの結果を持って晶の所に行っていた。
「――――――という訳なんだけど、出来るかな?」
第1戦隊の面々で考えた改善案というのは、中古船事業で取り扱っている船を遠隔操作可能な無人艦として改造した上で、武装の搭載と簡易的なステルス処置を施してウェポンプラットフォームとして運用する、というものだった。作戦領域への投入はアリコーンのスターゲートを使えば問題無いし、ワープドライブもあるので星系内の移動も問題無い。中古船であるため、発見されてもカラードとの関連性を疑われ辛い。改造費用はかかるが、費用対効果としては悪くない筈だ。
「なるほど」
呟いた晶はメリットとデメリットについて考え、口を開いた。
「隠れながら火力を叩き込めるようにするっていうのは大いに賛成なんだが、元が中古船か………」
「ダメかな?」
「いや、改善案そのものには賛成なんだ。ただ元が中古船だろ。お前達が出るレベルのミッションに耐えられるかっていうのが、物凄く不安だ」
「ただのウェポンプラットフォームで言ってみれば単なる砲台だし、何かあれば自沈処理出来るようにしておけば大丈夫じゃないかと思うけど」
「まぁ確かに緻密な艦隊運動をする訳じゃないし、固定砲台として割り切るならありか………取り敢えず1隻改造してみてテストかな」
晶は月の整備艦にいるキャロンと眼前の静寐にコアネットワークを繋いだ。装備を造ってもらう相手との話し合いなので、静寐も参加していた方が良いだろうという判断からだ。
(キャロン。今良いか?)
(あら社長、と静寐さんですね。どうしましたか?)
(1つ、造って欲しい装備がある)
(どんな物でしょうか?)
(実は潜行戦隊の方から、こういう案が上がってきてな――――――)
先程まで静寐と話していた内容を伝えると、キャロンは暫し考え込んだ後に尋ねた。
(静寐さん。火力投射用のウェポンプラットフォームという事ですが、投射する火力は何を考えていますか? 実体弾による砲撃でしょうか? それともミサイル? 或いはエネルギーキャノンでしょうか? それによって船体構造が変わってくるのですが)
(実はまだ細かい仕様まで決めていないんです。ただ火力の目安として、SDBMミサイルの集中砲火と同じ位の火力を出せればと)
(中々ハードルが高いですね)
(一切の反撃を許さず封殺するのが目的なので)
(分かりました。なら取り敢えずSDBMミサイルを主兵装として設計します。後は外装をアタッチメント方式にして色々変えられるようにして――――――設計図が出来たら送りますので、そこから煮詰めていきましょう)
(お願いしますね)
こうしてカラードはステルスミッションの戦訓から、新たな装備の開発を始めたのだった。
第223話に続く
前書きで書いたワープは対策を講じられると大変な事になるというのは、事実上の嵌め殺しだったりします。
というのもワープの発達した文明なら対抗手段も当然のように発展すると思いますので、本作ではワープできた=安全確実な逃亡とはなりません。
そして今回“翼の眷族”から先代の大使が亡命となりましたが………さて、どんな情報がもたらされる事やら。というところでしょうか。
あと今話で行われたSDBMミサイルの集中攻撃ですが、ものすっっっごいオーバーキルです。
敵さんの耐久力が分からなかったので、とりあえず沢山ブチ込みました、というやつです。