インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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今回は政治的な動きよりも、レイシー&クラレスさん周りの動き等々。


第228話 予想外な展開(IS学園卒業3年目の1月下旬~2月上旬)(イラスト有り)

  

 外宇宙ミッションから地球圏に帰還したカラード一行は、無事に確保した“翼の眷族”穏健派筆頭の孫娘クラレス・イル・ディアニス・カルニアを、月近郊にある“首座の眷族”の大使館へと送り届けた。

 これでミッションは完了である。

 そして報告を受けた晶は思った。素晴らしい。装備品の損害はあったが、人的被害は無し。正確に言えばパワードスーツパイロットに数人の軽傷者がいたが、戦闘の規模を考えれば本当に良くやってくれたと言える。労いと感謝の意味も込めて、しっかりと休暇を取らせて、かつ危険手当も+αで上乗せしておこう。思いは行動にしなければ伝わらないのだ。

 次に思うのは10キロメートル級輸送艦という報酬のことだが、物が大きいだけに購入先や入手経緯で注目を集めてしまう可能性が高い。せっかく現場のメンバーがカラードの関与を悟られ辛くしてくれたのだから、それを活かす意味でも受け取りは少々先にした方が良いだろう。将来的にはあった方が良いが、緊急で必要という訳ではないのだ。また依頼主《レイシー》の現状を考えた場合―――依頼の為に彼女が乗り越えてきた困難を考えれば大丈夫だと思うが―――、報酬支払いの為に動いた結果として、こちらの関与を悟られないとも限らない。

 このため晶はアラライル経由で、報酬の支払いは後で良い事を伝えていた。具体的な期限は決めていない。安全に支払える時に支払ってくれ、という形だ。

 すると数日後、いつもの4人が秘匿回線で情報共有を行った後に、少々予想外な事が起きた。

 アラライルがレイシーとクラレスを参加させたいと言い、2人から話があるというのだ。

 束と晶は思った。依頼を無事終えた事に対する感謝の言葉だろうか? しかしそれなら、わざわざこの会談に参加させる必要はない。予想がつかないので、取り敢えず先を促す。スノーも不思議そうな顔をしているあたり、アラライルの独断らしい。

 新たに空間ウインドウが1つ展開され、レイシーとクラレスが並んで映し出される。

                               

 ―――レイシー&クラレス―――

                               

 XINN様より頂いたイラストです。

 第226話で掲載させて頂きましたが、場面的にあった方がキャラを

 イメージし易いと思い再掲載。

 

 “翼の眷族”レイシー

 

【挿絵表示】

 

 

 “翼の眷族”クラレス・イル・ディアニス・カルニア

 

【挿絵表示】

 

                               

 ―――レイシー&クラレス―――

                               

 2人が一礼し、先にクラレスが話し始めた。

 

『まずは感謝の言葉を。篠ノ之束博士とカラード社長の薙原晶様。そして依頼に関わった全ての方々が尽力してくれたお陰で、私は今、この場にこうしていられます。本当にありがとうございました』

 

 束が答えた。

 

『私達は依頼で貴女を助けました。それ以上でも、それ以下でもありません。ただ、こうして助けた相手からお礼を言われるというのは嬉しいものです』

 

 言葉の後半、束はニッコリとした微笑みを浮かべていた。特別な感情がある訳ではない。お礼を言ってきた相手に、友好的な態度を取ったというだけのことだ。そして言い終えた後、晶に「何か言う?」という視線を向けてきた。丁度良いので、こちらもお礼を返しておこう。

 

『ミッションではレイシーさんが随分協力してくれたと報告を受けています。その協力が無ければ、損害が増えていただろうとも。なのでこちらも、ありがとうと言わせて下さい。お陰で、部下達が無事に帰ってこれました』

『そう言って貰えると、こちらとしても嬉しく思います』

 

 レイシーは友好的な微笑みを浮かべて、答えながら思った。こういう言葉が出てくる人なら、話が通じない人ではなさそうだ、と。無論、アラライル大使にこの場への参加を頼むにあたり、ある程度の下調べはしていた。地球文明が公開している、いつもの会談の映像記録には全て目を通した。しかし記録は記録でしかない。実際に話してみれば人物像が全く異なっている可能性もあったのだ。まだ長く話した訳ではないし、直感という曖昧な感覚頼りだが、今完璧を求めるなど不可能な以上、何処かで賭けるしかない。

 そう思い、この場に参加した理由、考えていた提案を話す事にした。

 言葉を選び、話を続ける。

 

『ところで、1つ聞いても宜しいでしょうか』

『私で答えられることでしたら』

『カラードは情報収集の為に地球文明以外に支社を出して、異文明の者を雇っていると聞きました。まだ、その枠はありますでしょうか?』

『こちらとしても手探りなので、その場その時の状況次第、というところでしょうか』

『では、私とクラレス様を雇って欲しいと言ったらどうでしょうか?』

 

 晶は意外な申し出に少しばかり考え、幾つか確認する事にした。

 

『貴女が大変素晴らしい能力の持ち主というのは聞いていますし、部下からもそのような報告を受けています。ただ、同時に思うのです。貴女のような人材は“首座の眷族”も欲しいでしょうし、アラライル大使ならこちらよりも良い雇用条件を出せるでしょう。なのに、どうしてカラードなのでしょうか? あと付け加えるなら、今こちらには異文明の方が日常生活を送れるような住環境がありません。支社はそれぞれの文明圏に用意しましたので特に問題は無かったのですが、貴女方が今置かれている状況を考えると、流石に“翼の眷族”の領域に支社は出せません』

 

 誰もが思うであろう当然の疑問なだけに、レイシーも答えを用意していたようだった。淀みなく答えてくる。

 

『そうですね。実際、アラライル大使にこの話をした時は、素晴らしい条件を提示して頂きました。決して地球文明を低く見る訳ではありませんが、恐らく同じ条件は出てこないでしょう』

『では、何故でしょうか?』

『決め手はこちらに送り届けて貰う際に、貴方の部下達から聞いた言葉です』

 

 晶は首を傾げながら思った。あいつら、スカウトなんてしていたのだろうか? 報告書にそんな記載は全く無かったが………?

 そんな事を思っていると、レイシーが決め手となった言葉を口にした。

 

『障害になるものは全て粉砕して構わない。――――――報酬の支払いは安全に支払える時で良いと言ってくれた方が、交戦するリスクを理解していない筈がありません。にも関わらず貴方は部下にそう言って、クラレス様を全力で救出してくれた。一時とは言え席を置くなら、こういう人がトップの所が良いと思った次第です』

 

 彼女が晶の言葉を知ったのは、ミッションからの帰還中に行われた極々短い会話からだった。ミッションメンバーが躊躇無く戦闘に踏み切っていたので、尋ねてみたのだ。戦略的撤退を考えなかったのですか、と。

 何故なら地球文明は宇宙(そら)に出たばかりの単一惑星文明。スターゲートハイウェイという収入源やテラフォーミング中の星があるとは言え、今現在の勢力として考えるなら、単一惑星文明程度でしかない。対する“翼の眷族”は幾つかの星系にまたがる星間国家。地力の差など比べるまでもない。

 真っ当な政治家なら、ぶつかるという選択肢は真っ先に排除する筈だ。なのに、何故?

 返答は驚くべきものだった。

 

「社長は障害になるものは全て粉砕して構わない、と私達に命令しました。だから我々は全力でミッションを遂行しました。それだけのことです」

 

 理性はカラード社長の命令を、マイナス評価していた。両文明の差を考えれば、地球文明を危険に晒しかねない命令だ。躊躇無く遂行するミッションメンバーもどうかしている。しかし感情はプラス評価であった。助けてくれたというのもあるが、受けた依頼は何があろうと完遂するという姿勢には、好感が持てたからだ。また多くを生かす為に小を切り捨てるのは世の常だが、切り捨てられる側になった時、こういう判断をしてくれる人がどれだけ有り難いか………。

 クラレスの為にも落ち着ける場所が欲しいと思っていたレイシーが、カラードを候補に含めたのはこの時からである。

 そんな内心など知る由もない晶は、肩を竦めて気軽に答えた。

 

『そちらにはそちらの事情があるように、こちらにはこちらの事情がある。ただ、そう言われて悪い気はしません。で、そうですね。雇用の話をする前に、クラレスさんと話をさせて貰ってもいいですか』

 

 クラレスは少々緊張した様子で答えた。

 

『は、はい。なんでしょうか?』

『そう硬くならないで下さい。雇用するなら、何が出来て何が出来ない人なのかを知らないといけないので。何か得意な事ってありますか?』

 

 いきなり自己紹介を要求されたクラレスは盛大に焦った。

 上流階級出身なので偉い人と話した経験が無い訳ではないが、この場にいるのは“首座の眷族”と“獣の眷族”の大使、スターゲートハイウェイを構築した“天才”篠ノ之束。そして“天才”からカラードの全てを任され、場合によってはミッションの最前線にも出てくる薙原晶。

 普通の範疇にいる者が誰一人としていない。

 

『と、得意なことですか?』

『ええ。雇用したなら何かしらの仕事をしてもらいますが、得意な事があるなら、そういう仕事を割り振った方が良いでしょう』

 

 得意な事はある。しかし、この面子の前で? 立場上、優秀な人材は沢山見ているだろう。子供のお遊びレベルと思われないだろうか?

 そんな内心を察した晶は、助け船を出した。ダメ出しをする場ではないのだ。

 

『そういえばクラレスさんは、高性能ワープドライブ艦を扱っていましたね。よく色々な星には行っていたのですか?』

『はい。色々な物を見るのが大好きで、色々な所に行っていました』

『なるほど。見るだけですか? 調べたりは?』

『船のセンサーで調べたり、星に降りたなら強化外骨格を着て直接見に行ったりでしょうか。本格的な調査、という程ではありません』

『ふむ。でも行動力はあると………もしもですが、惑星調査に関する専門知識を学ぶ機会があるとしたらどうしますか? 趣味は趣味のままの方が良い事もありますが、人によっては突き詰めたいと思う人もいるでしょう。どっちが良いかは人それぞれ。ただこちらとしては雇う以上、ちゃんと使える人材になって欲しいと思いますし、やる気があるなら投資もしましょう。どうしますか?』

『1つ、確認しても良いでしょうか』

『どうぞ』

『学ぶ機会とは、何処かの学校に通って、という形でしょうか?』

 

 もしそうなら、危険過ぎる。だが返答は違っていた。

 

『まさか。学校という日々の行動パターンが決まってしまう環境は、今の貴女にとってはマイナスにしかならないでしょう。なので100%実地研修で学んで貰います。教師役は別に手配しますが、船は適当なものをこちらで購入しておくので、惑星調査のイロハを実地研修で一から学んで貰う形でしょうか。これなら強硬派も貴女を探し辛いし、貴女自身の能力も伸ばせる。――――――ああ、そうだ。強硬派が探し辛いだけであって安全という訳ではないので、レイシーさんも一緒の船に乗せておきましょう。これで何かあっても自衛出来るかと』

 

 この言葉に、アラライルとスノーが晶を見た。超高レベルハッカーを雇えるのに、そっち方面で使わない? 本気ですか? という視線だ。

 意図を察した晶は言葉を続けた。

 

『この配置はレイシーさんの能力を十全に活かすものではないと思いますが、先に言っておきます。こちらは貴女を雇ってもそういう用途で使うつもりはありません。理由はお分かりですね』

 

 先程本人自身が「一時とは言え席を置くなら」と言っていたのだ。いずれいなくなる相手に、その手の仕事を頼むのはリスクが高い。なら始めから使わないという考えだ。

 

『はい。ただ、少々意外でした。アラライル大使ですら、私を使おうという判断でしたのに』

『アラライル大使にはアラライル大使の考えがあり、私は私の考えから使わないという判断をした。元になる考えが違えば結論も違って当然です』

『確かにそうですが、私としては、やはりこちらを選んで良かったと思っています』

『ではせっかく良く思ってくれているので、もう少し良く思って貰いましょうか』

 

 晶は言葉を区切り、アラライルとスノーを見て言った。

 

『“首座の眷族”と“獣の眷族”から、惑星調査に見識の深い人物を1~2名ずつ雇いたいと思います。教える対象の背景が背景なので口が硬い人物で。給料は同じような職業の2~3倍。別途希望があれば要相談。あと船での生活が長くなると思うので、女性限定で』

 

 最後の条件は、ヒューマノイドタイプの美的感覚は大体同じようなので、無いとは思いたいが万一を考慮しての事だ。不幸な事故が起きる可能性は始めから潰しておくに限る。

 またこの提案は、穏健派筆頭の孫娘というカードを合法的に監視下におけるという意味で、“首座の眷族”と“獣の眷族”にとっても都合が良かった。

 これまで黙っていたスノーが口を開く。

 

『分かりました。早急に手配しましょう。あと、良ければ船も一緒に都合しますが、どうしますか?』

『少し条件がありますが、良いでしょうか』

『可能であれば』

『高性能ワープドライブ艦であること。ワープ妨害耐性があること。惑星調査用の機材を搭載できること。船で過ごす時間が長くなると思うので、居住環境が充実していること。後は………ああ、そうだ。ドローンの運用能力があること。取り敢えずこんなところでしょうか』

 

 希望を聞いたスノーが、脳裏で条件に合致する船を絞り込んでいく。

 そして一言。

 

『相応にお高くなりますが』

『構いません』

 

 因みに宇宙(そら)の世界において、船の値段の目安は次のようになっている。

 量産型の戦闘艦で軽量級から順に、フリゲート級で約50万IK、駆逐艦級で約100万IK、巡洋艦級で約1500万IK、巡洋戦艦級で約5000万IK、戦艦級で約3億IKだ。そして高性能ワープドライブは船への負荷が非常に大きい為、フリゲート級や駆逐艦級には搭載出来ない。船体側が耐えられないのだ。巡洋艦級なら辛うじて搭載可能だが、船としての性能は劣悪極まりないものになる。巡洋戦艦級以上なら船として使える程度の性能低下で済むが、同クラスの非搭載型と比べれば性能差は明らかだ。

 加えて非常にお高い。巡洋戦艦級の高性能ワープドライブ艦なら5億IKがスタートラインになる。

 スノーは思わず言ってしまった。

 

『随分と気前の良いことですね』

『働いて貰う以上はちゃんと働いて欲しいし、こちらとしても今後のテストモデルにしようかと思っていまして』

 

 単なる方便であった。

 クラレスやレイシーがどういう精神性の持ち主かはまだ分からないが、下手に契約で縛るよりもこういう付き合い方をした方が、末永く良好な関係を築けるだろうと思ったからだ。

 

『そうでしたか。では、予算に見合う相応のものを用意しましょう。楽しみにしていて下さいね』

 

 スノーは答えながら、ニッコリと笑った。色々理由を付けてはいるが、晶の配慮が好印象だったからだ。

 穏健派筆頭の孫娘という使い勝手の良いカードを政治的に使わず、彼女が1人でも生きていけるように学べる環境を作り、役割を与え、レイシーという電子戦のエキスパートを自身の戦力ではなく彼女の護衛として配置し、更に“獣の眷族”や“首座の眷族”への配慮として教師を雇うという名目で近くに置き、こちらの懸念も同時に払拭させる。誰にでも出来る事では無いだろう。

 こうして4人の情報共有と2人の今後が決まっていったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 通信を終えたアラライルは、座っていたイスの背もたれに背中を預けながら感心していた。

 ただしスノーのように感情的な意味ではない。同じような感情が無いではないが、より理性的でロジカルな感心だ。

 何故なら“首座の眷族”側で孫娘のクラレスを確保していた場合、“首座の眷族”が軟禁している、という考えるのも馬鹿らしい難癖からの泥仕合に持ち込まれる可能性があったからだ。無論、殆どの理性的な者は信じないだろうし、対処も難しいものではない。だがこういう声というのは面倒なのだ。

 しかし薙原晶の案なら、そんな声そのものを封殺できる。故郷が危険で帰れなくなった者に対して、自分の人生を歩んでいけるように学びを与え、仕事を与え、本人が好きで望んだ仕事をさせていると言える。電子戦のエキスパートを自由にさせるというこちらの懸念に対しても、教師役という名目で監視要員を置ける。

 それでいてクラレスを確保した“首座の眷族”を幾ら探っても、“翼の眷族”強硬派の連中は何も情報を得られない。非常に良い。いや、良い事を思いついた。ダミーの生活痕跡をこちらに用意して、無駄な調査労力をかけさせてやろう。全く関係ない場所を入念に調べるという無駄な労力を払うと良い。

 アラライルは内心で悪戯っ子のような事を考えながら、爽やかなナイスミドルという表情で、同じ部屋にいたレイシーとクラレスに声をかけた。

 

「どうでしたか?」

 

 レイシーが答えた。

 

「好感の持てる人物かと。クラレス様への対応も、私への対応も予想以上でした」

「あれが、“天才”が全ての武力を預ける男です。ただ、1つ注意した方が良いでしょう」

「何をでしょうか?」

「これまでの行動を見るに、彼は味方や部下には非常に手厚い。しかし敵となった相手には容赦しない。そんな人間です。もし何かをするつもりでしたら、その辺りは熟慮する事をおすすめします」

「そこまでなのですか?」

「今は気分が良いので、少しサービスしましょう。彼の経歴はご存じですか?」

「地球文明が公開している記録は見ましたが、そういう意味で、ではありませんね」

「はい。“天才”篠ノ之束博士が地球文明でインフィニット・ストラトスというパワードスーツを発表した時、その超性能故に各国から狙われ、彼女は表の世界にいられなくなりました。外宇宙ミッションで見せたあの性能を考えれば、それは理解してもらえるかと。そして彼は、束博士がもう一度表の世界に立つまで、あらゆる悪意から彼女を護り通した。いえ、表舞台に立ってからも、護り続けている。遵法精神溢れる善人なだけの人間に可能と思いますか?」

「………なるほど。ご忠告、ありがとうございます」

 

 返答を聞いたアラライルは、クラレスに向き直った。

 

「貴女は与えられた環境で、存分に学べば良い。周囲の雑音やそれにまつわる雑務は、我々が引き受けましょう」

「ありがとうございます。ですが、その、宜しいのでしょうか?」

 

 故郷の状況、与えられたもの、立場、色々なものが脳裏を過ぎっての言葉だが、返答はハッキリとしたものだった。

 

「各々が出来る事をやる、やろうとするという自主性は素晴らしいものですが、数多の思惑が蠢く盤面では、不用心な一手が自身のみならず他人まで破滅させる事があります。貴女の言葉や行動が必要な時は必ず声をかけますので、どうか焦って拙速な行動を起こす事のないようにお願いします」

「分かりました。では、お願い致します」

「ええ。任されました」

 

 クラレスが頭を下げ、アラライルが答える。

 この場での会話はこうして終わり、彼女達は用意された部屋に戻ったのであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 2週間ほど経った頃。

 レイシーとクラレスにカラードから連絡が入った。月の積み替え用ステーションに専用ドックを用意したので一度来て欲しい、という内容だ。

 そうして案内された先で、レイシーとクラレスはスターゲートハイウェイのスケールに圧倒されていた。宇宙(そら)の先進文明に生まれた者として相応に巨大なものは見慣れていたが、これはスケールが違う。ステーションが物理的に大きいという意味ではない。稼働中の3つ。建造中の7つはいずれも直径十数キロサイズだが、この程度のステーションなど幾らでもある。

 違うのは月軌道に配置された、銀河各地に通じる12個のスターゲート。極論的に言えば、銀河の端から端であろうとスターゲートハイウェイを使えば一瞬で移動出来る。実際には“首座の眷族”と“獣の眷族”の領域を中心に配置されているが、既存の航路に比べて劇的な時間短縮が可能という意味では同じだ。

 このため物流業界、特に長距離輸送を担う企業はスターゲートハイウェイを使う航路に切り替え始めている、と知識では知っていたのだが………。

 

「これは、凄いですね」

 

 レイシーは建造中のステーションの廊下を歩きながら、壁一面から見える外の光景―――実際には外の光景を映しているモニター―――に、そんな言葉を漏らした。船が本当に、ひっきりなしに行き来している。

 すると前を歩いていた金髪の地球人女性は、話しかけられたと思ったのか答えてくれた。依頼を申し込む時に話した女性で、カラード宇宙開発部門長代理のシャルロット・デュノアだ。

 

「このスターゲートハイウェイが宇宙(そら)の人達に受け入れられて、私達も安堵しているところです。今の交通量は、24時間で2万隻程度でしょうか」

 

 “首座の眷族”の大使館にいる間に、地球の事は調べられるだけ調べた。スターゲートハイウェイは、開通してから1800時間(2ヵ月半)程度しか経っていない。にも関わらず2万隻。720時間(1ヵ月)時点では24時間で1万隻程度だった。公開されている情報が正しいとしたら、たった1080時間(1ヵ月半)程度で倍増しているということだ。

 そして続けられた言葉は、更に驚くべきものだった。

 

「あと2160時間(3ヵ月)ほどで、13個目のスターゲートが開通します。その後も順次増やしていく予定ですので、交通量はまだまだ増えていくかと思います」

 

 クラレスがレイシーにコソッと話しかけた。

 

「ねぇ。もしかしてカラードって物凄いところだったのかな?」

 

 これだけの物を造り上げて運用しているだけでも凄いが、アラライル大使やスノー大使の対応を見るに、両文明との関係もかなり良好のように見える。

 

「私も想像以上だと思っていたところです」

 

 シャルロットには聞こえていたが、敢えて聞こえないフリをしてあげた。

 認めてくれているのだ。突っ込むのはヤボというものだろう。

 そうして暫く歩いたところで、3人は無骨なドアの前に到着した。

 シャルロットが振り向き、2人に説明する。

 

「この先が貴女方の船を泊める為の専用ドックで、始めの約束には入っていませんでしたが滞在用の設備も用意してあります。一応分かる範囲で色々整えておきましたが、こちらでは分からない事も多いので、今後ここを使う当人達に確認して欲しいと思って今日はお呼びしました」

「え? あの、宜しいのでしょうか?」

 

 約束に無かったものと聞いて戸惑うクラレスに、シャルロットはニッコリと笑いながら答えた。少し誇らしげだ。

 

「社長は社員の環境には気を使ってくれる人です。そして船の中だけで生活するのは、幾ら船内環境を整えても流石に気が滅入るだろうと言っていました。だからですね」

「分かりました。社長にありがとうございますとお伝えください。」

「私からも、ありがとうございます」

 

 クラレスとレイシーがそれぞれにお礼の言葉を口にすると、シャルロットが制服のポケットから、宇宙(そら)の世界では余り見ない物理キーを2人に手渡した。

 

「これは?」

 

 レイシーの言葉だ。

 

「どういうセキュリティが良いかこちらとしても考えまして、敢えて宇宙(そら)では余り使われていない物理キーに、電子デバイスを組み合わせてみました。物理キーを挿し込んでいる間のみ、このドアの認証用デバイスがオンラインになります。なので、無くさないで下さいね。再発行は出来ますが、少しばかり手間で時間もかかりますので。――――――どうぞ。開けてみて下さい」

 

 そうしてロックが解除されて、安全の為に設けられているエアロックを抜けると、左手側が透明な素材で出来ている広い通路に出た。

 透けて見える向こう側が専用ドックで、既に船が停泊している。

 前側が横に大きく広がり後ろが細い逆三角形型で、後部は上側に反り返っている。カラードが運用している旧式の高性能ワープドライブ艦のスコーピオンだろうか? クラレスとレイシーは同じ事を思ったが、すぐに違うと思った。スコーピオンは黒だが、こちらは白だ。という事は同型艦だろうか?

 通路進みながらシャルロットが説明を始めた。

 

「こちらはカラードで運用しているスコーピオンの同型艦です。古い船ですが、調査目的で使うには十分な性能かと」

 

 2人の前に空間ウインドウが展開され、船体情報が表示される。

                               

 ―――スコーピオン4番艦(仮)情報―――

                               

 分類

  高性能ワープドライブ艦

  

 武装スロット×8

  未装備

 

 搭載ドローン

  船外作業用ドローン×10

  観測用ドローン×10

  戦闘機ドローン×10

 

 オプション装備

  光学迷彩

  ドローン制御用の通信設備

  惑星調査用の高性能センサー機器

  ワープ妨害耐性付与装置

 

 特記事項

  ワープ妨害耐性付与装置は搭載するだけで、

  起動の有無に関わらずセンサー系に悪影響あり。

  このためセンサー系を増設することで、

  悪影響分を帳消しにしている。

                               

 ―――スコーピオン4番艦(仮)情報―――

                               

 クラレスは思った。私が使っていた船よりも色々かかっている。お爺様に買ってもらった船はそれなりに良いものだったが、それよりもかかってる。

 レイシーは思った。電子戦のエキスパートである自分に、こんな船を与えるとは正気だろうか? ワープ妨害耐性付与装置の悪影響があるとは言え、センサーや通信機器が増設されているお陰で、その悪影響はほぼ帳消しになっている。やろうと思えば………。

 そんな2人の耳に、シャルロットの言葉が届いた。

 

「社長からの伝言です。道具は使いよう。どんなに良い事の為に作られた道具でも、悪意をもって使えば悪い事に使える。一応の安全対策は仕込んであるが、恐らくそちらが本気で無力化しようと思えば出来るだろう。そちらの能力を知っていて渡した意味を取り違えてくれるな。――――――ということです」

 

 レイシーが答えた。

 

「社長は良い人ですね。普通は仕込んでいるなんて言いません。もっと、こう、言葉を上塗りして気付かれないようにするものでしょう」

「貴女の経歴を考えれば絶対に調べる筈なので、先に言っておくと言っていました」

「そこまで言ったのでしたら、何処に何があるか教えて下さい」

「それはご自分でどうぞ。隅から隅まで調べて、貴女とクラレスさんが長い時間を過ごす場所が、安全である事を自分達の目で確認して下さい。――――――まぁ、それは後ほど行ってもらうとして、先にドック側に準備した滞在用の設備を案内させて下さい」

 

 2人はシャルロットの言葉に少しだけ違和感を覚えた。

 設備? 普通は滞在用の部屋と言わないだろうか?

 そうして案内されるままに廊下を進み、ドアを抜けた先の光景を見て、設備という言葉の意味を理解した。

 広い。ドーム状の空間だ。目測だが、戦艦級が入る程の大きさだろうか? 天井は青い空を映す高精度スクリーン。吹き抜ける柔らかな風と風に揺れる緑豊かな芝は、コロニーの環境調整技術の応用だろうか? クラレスは膝を折り、しゃがんで芝を触ってみる。人工物だ。

 視線をドーム中央に向ければ建物がある。

 2人が知る由もないことだが、地球で最も近い建築様式をあげるならギリシャ様式だろうか。翼という大きな器官を有する“翼の眷族”は、比較的ゆったりとした建築様式を好むことから、似たような様式になっていったのだろう。

 クラレスがシャルロットに尋ねた。

 

「どうして、ここまでしてくれるのでしょうか?」

「損得勘定や陰謀論、貴女が納得出来そうな理由は色々ありますが、それ以外の理由としては教えて欲しいからですよ」

「何をでしょうか?」

「そちらの一般常識です。宇宙(そら)に出て日が浅い地球文明にとって、他の文明の事は分からないことだらけなので。色々知っていれば衝突を未然に防ぐ事も出来るでしょうし、衝突があっても落としどころを探る事が出来るでしょう。そして教えて貰う相手に色々な事を強制して教えろと迫るより、仲良くなって友好的な方が理解が深まるでしょう。こうした設備を整えたのは、そういう意図があってのことです。なので此処に戻ってきた時だけで構いません。私達に色々な事を教えて下さい」

 

 この言葉に、クラレスを右手を差し出して言った。

 

「確か地球では友好を示す方法として、握手というのがあるのでしたね」

 

 シャルロットは一瞬驚いたような顔をして、次いで笑顔を浮かべて同じように右手を差し出した。

 

「地球の事を調べてくれて、ありがとうございます」

 

 互いに握手。

 これが後に、“翼の眷族”と友好関係を結ぶ下地となったのだった。

 

 

 

 第229話に続く

 

 

 




支社が絡んできたり今回のような場面だとシャルロットの出番が増えて嬉しい作者です。
政治というか外交的な動きについては次回にしたいと思います。
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