インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
そして最後に出せて嬉しい機体が1つ。イングラムを出したなら、やっぱりねぇ。
ペルセウス座にあるガス雲の中に存在する原始星L1448-MM。
この生まれて10万年程度の若い惑星は、自転軸の両極方向から宇宙ジェットと呼ばれる高速な噴流を放出している。放出される水量は毎秒アマゾン川の約1億倍で、時速約20万キロメートルという途轍もない速度だ。マシンガンの弾丸の約80倍の速度と言えば分かり易いだろうか?
因みにアマゾン川の水量は資料によってばらつきがあるが、概ね全世界の河川流量の15~18%程となっていた。その1億倍というとてつもない水量が、毎秒という勢いで噴き出しているのだ。
しかも相当に甘い計算であっても、この放出は千年単位で続く事が分かっている。
このためカラードはL1448-MMを、水源として活用しようとしていた。
主な活用方法は2つ。
1つはスターゲートハイウェイで水を販売する為の水源として。1つは水で遊べるレジャー用のコロニー事業を、自前で行う為の水源として。
前者は晶の発案で、放出された水を回収して浄化する為の施設や輸送用の巨大輸送船は、既に“首座の眷族”に発注されていた。施設で働いて貰う為の人員も現在募集中で、アラライルやスノーによれば結構な申し込みがあるらしい。因みに晶や束の本心としては地球人を入れたかったが、強化処置を受けている本社の人間ならまだしも、未強化の一般人では能力的な意味でも体調管理という意味でもハードルが高いため、今回は見送っていた。また本社の人間を何人か派遣するという考えも無くは無かったが、派遣するならセキュリティは万全、かつ日常生活でも困らないようにしたいという晶の方針から、これも見送りとなっていた。
後者は支社の面々との会議中に出てきた案で、宇宙生まれ宇宙育ちにとって豊富な水を使ったレジャーは中々人気がある、という情報から決まった事だった。そしてこの案により―――――――――――――――支社の面々は地球で言うところのデスマーチを現在進行形で経験する羽目になった。
当たり前だろう。
レジャー事業用のコロニー“は”買える。完成品を
スターゲートハイウェイという交通の要所から、スターゲートを1つ越えるだけで行けるという立地の良さ。使い放題とも言える豊富な水量。コロニー内商業地区のデザインが決まっていないので、自社の魅力を最大限にアピール出来るデザインが今なら通る。
治安という意味でも良い。
あまりクローズアップされていないが、スターゲートハイウェイの防衛システムは“偏執的”、或いは“狂気”という言葉が出てくるレベルなのだ。何せスターゲート間がエネルギーシールドで形成されたトンネルで繋がっているため、トンネル外からいきなり攻撃を受ける心配が無い。トンネル内部で何か起きたとしても、数万機というシールド発生器によってリアルタイムで問題が起きた場所を隔離できるようになっている。またシールド発生器と共に多数のワープ妨害装置やステイシスフィールド発生器も準備されているため、何か問題を起こせばその瞬間に拘束されてしまう。
何より月の北極にあるアンサラーは、地球人が
レジャー業界にとって道中の安全というのは、進出を判断する為の大事な要素なのだ。
また“首座の眷族”と“獣の眷族”が全面的に協力しているのも大きかった。これまでの経過から好意的な土台が形成されているとは言え、この規模の話が善意だけで動く訳もない。表向きは文明間の友好を促進する為の共同事業と発表されているが、素直に協力してくれている理由は、事業収益の計上方法を見れば明らかだろう。スターゲートハイウェイの事業収益として計上される事になっているのだ。つまり事前の取り決めに従い、両文明の収益になるという事だ。分配比率も取り決め通りで、地球:首座:獣で2:2:2となり、残りの4は基金として積み立てられる。スターゲートハイウェイの24時間で2万隻という交通量*1を考えれば、相当な収益を見込めるという判断である。
このような理由から多くの星間レジャー系企業、地球の多国籍企業など足元にも及ばないレベルの企業から申し込みが殺到しているのだが、支社の人数は1号支社と2号支社を合わせても20名程度である。提出された事業案の比較検討だけでも、非常に仕事量として重いのだ。まして支社の面々は、この手の仕事のプロという訳でもない。
だが、本当のデスマーチは此処からである。何故なら此処までは、コロニーという箱物に入れる企業を選ぶ“だけ”の話だからだ。
レジャーを本格的に行うなら、旅客輸送計画、最低限“首座の眷族”と“獣の眷族”の代理店との折衝、状況的に他の文明からも来そうである。周辺に追加で遊べるスポットがあれば尚良い。
さぁ、どれだけの人と時間があれば足りるだろうか?
―――1号支社会議室。
所属の10名は全員「チーン」という音が聞こえてきそうな程にグッタリとしていた。
お調子者っぽいインテリ眼鏡な女性、中肉中背の普通っぽく見える元傭兵、
各々が座っている椅子の背もたれには、
因みに倒れている皆の周囲では、人間サイズの人型ロボットが2体動いていた。以前本社から複数機送られてきたAV-98イングラム*2の内の2体だ。使われている内に個性が芽生えたのか、①とペイントされた機体は、倒れている面々に冷たい水を配っている。②とペイントされた機体は、「もっと頑張れ」と言わんばかりにエナジードリンクを追加で配っている。
それはさておき、まだ仕事は終わっていなかった。
地球のように書類の山というのは無いが、代わりに未検討の空間ウインドウが10名の周囲に山のように浮いている。
ぐったりしている体を起こせば正面に沢山の空間ウインドウ。右を見ても沢山。左を見ても沢山。上を見ても沢山。現実逃避して後ろを見ても沢山。
「もぅむりぃ。追ってこないでぇ」
気位の高そうなロリっ子が、逃げても逃げても未検討の空間ウインドウに追いかけられる夢を見ていた。
言語化するとシュールな光景だが、夢を見ている当人にとっては悪夢だろう。
また他の面々も似たようなもので、会議室のあちらこちらからうめき声が聞こえてくる。
そんな中で、会議室にコール音が響き渡った。普通のコール音なら全員無視していただろうが、このコール音は――――――本社から!!
お調子者っぽいインテリ眼鏡な女性が通話ボタンを押すと、全員に見えるように展開された大きな空間ウインドウに、宇宙開発部門長代理のシャルロット・デュノアが映し出された。
『皆さんこんにち………お疲れのようですね』
『分かりますか?』
目の下の隈。よれよれの制服。誰が、どうみても、だ。
『流石にその様子を見れば。ただとても心苦しいのですが――――――』
『待って。もう無理。本当に無理です』
これ以上仕事を増やされては堪らないと、全力で拒否の姿勢を見せるお調子者っぽいインテリ眼鏡な女性。しかしシャルロットは、ニッコリと笑いながら言った。
『大丈夫です。命令ではありませんから。むしろ楽になるかもしれません』
『………と言いますと?』
『水を使ったレジャーについて、本社側で幾つかの案を用意しました。アラライル大使やスノー大使から色々聞いて、多分実現出来そうと思ったものです。設備費用は全てカラード持ちで、メンテナンス用の人材も既に一定数確保しています。ですがお客様にレジャーを提供する時に使うのは、誘致したレジャー企業になります。なので、この規模の設備を安全に使えない企業は弾いて下さい。それで大分楽になるでしょう』
シャルロットは詳しく説明しなかったが、メンテナンス用の人材を先に確保していたのは束と晶の判断だった。理由は簡単で、この手の人材を確保出来るか否かは、施設の安全性に直結するからだ。このため2人はアラライルとスノーに話を通して、優先度の高い案件として処理して貰っていた。雇用条件で提示したお給料は、結構な高額である。
それはさておき、楽になるという言葉に倒れていた面々が顔を上げて、送られてきた案に目を通し始めた。
「うわぁ」
「え゛っ」
「マジ?」
色々な声が聞こえてくる。
目を通したお調子者っぽいインテリ眼鏡な女性も同じ事を思った。やり過ぎじゃない?
どう考えても普通のアトラクションではない。いや、普通のアトラクションもあるが………。
『あの、幾つか聞いても良いでしょうか?』
『どうぞ』
『この大津波体験ゾーンというのは?』
『宇宙生まれ宇宙育ちにとって、大津波なんていうのは、多分信じられない事の1つではないかと思いまして。物理現象としては単純ですが、知識で知っていると体験できるでは随分違うでしょう』
送られてきた案では、数キロから十数キロメートル程度の隔離区画を作り、予め安全用の道具を身に着けさせた上で、津波を体験してもらうというものだった。有人惑星で起きる程度の津波から、未開発惑星で起きるような大津波まで、様々な大きさの津波が再現可能だ。無論、隔離区画内部には多数の安全装置が用意されている。確かに安全な環境で非常時の体験が出来る、というのは売りとしてアリかもしれない。一般的にこういう大規模な設備を常時動かすものはエネルギー効率の関係上利益を出し辛いのだが、カラードなら関係無い。発電衛星アンサラーによって生み出された莫大なエネルギーを、スターゲート送電で遠隔地にも安定供給できるからだ。
『なるほど。では、ダイビングゾーンというのは?』
『こちらは少し穏やかで、人工的に再現した海でスキューバダイビング………簡易的な呼吸用の機械を着けての海中遊泳でしょうか。穏やかな海中はつまらないという人の為に、少し荒れた環境を用意しても良いかもしれませんね』
なお、この時点でお調子者っぽいインテリ眼鏡な女性は若干引いていた。
ササッと幾つかの案に目を通したのだが、考えている規模がちょっとおかしい。
支社の面々は単一コロニーによる事業を考えていたのだが、なんだこれは?
中央に配置したコロニーには、レジャー系企業を複数誘致して、複数のホテルを建設して客が色々選べるようにする。これは良い。同じコロニーでショッピングモールや一般的なレジャーを提供するのも良い。だが、此処からがおかしい。周囲に十数キロサイズの小惑星を持ってくる? 中をくり抜いて専用環境として用意する? つまりその大きさで大津波体験ゾーンやダイビングゾーンを提供する? どれだけ贅沢な作りにする気なのだろうか?
更に他の案も見ていくと、雪という単語が出てきた。山という単語も出てきた。スキーという意味の分からない単語が出てきた。スキーという単語について解説があった。足に板を嵌めて、両手に持った杖でバランスを取りながら雪の斜面を滑走する原始的なスポーツだ。参考動画も添付されていたから、イメージし易かった。うん。レジャーとしてはありだろう。機械制御無し。自分の運動神経のみでコントロールするのはちょっと楽しいかもしれない。だが、わざわざ小惑星の中をくり抜いて山を、いや山岳を再現して環境を整備する? 本気ですか?
一応、確認してみる。
『シャルロット部門長代理』
『はい』
『これらの本社案ですが、仮に全部実行するとして、予算は大丈夫なのでしょうか?』
『はい。予算的には問題ありません。必要エネルギーは自社で供給出来ますし、小惑星は社長と束博士が直接持って行きますので』
『ですがホテルを入れる、仮に中央コロニーと言わせて貰いますが、この中央コロニーだけでも10億。L1448-MMから水を作る施設2つで20億。コロニーや施設用のオプションパーツを考えれば、最低でも40~50億、本社がスターゲートハイウェイという財源を持っているとは言え、まだそこまでの収入は無い筈です』
するとシャルロットはニッコリと笑って答えた。
『1年程前に束博士は、アラライル大使とスノー大使にスターゲート送電の受信衛星を渡しました*3。それが配備された場所で随分役に立ってくれているようで、返礼として格安で売ってくれるということです』
『なるほど。そういう事でしたか』
ここまで話したお調子者っぽいインテリ眼鏡な女性は、チラッと視線を横に向けて思った。
(アンタいつまで寝てんのよ!!)
視線の先にいたのは、先日責任者となった
すると視線に気付いたシャルロットは言った。
『社長はカラードをブラック企業にするつもりはないと常々言っていますので、全員これから72時間の休憩に入って下さい。頑張ってくれるのは嬉しいのですが、それで体を壊しては元も子もないので。――――――あと、最後に1つだけ。まだ先の話ですが、施設稼働前になったらプロモーションビデオを作成しておいて下さい。これは2号支社にも頼む予定で、積み替え用ステーションで流していく予定です』
言い終えたシャルロットは、一瞬だけナユの方を見た。
余りにも気持ち良さそうに熟睡していたのでつい見てしまっただけだが、お調子者っぽいインテリ眼鏡な女性はビビッと電波を受信していた。
彼女を使えと言っているのだ、と。
全然違う電波を受信していたのだった。
◇
こうして瞬く間に日数が経過したとある日のこと。
1号支社の会議室でナユは、計画の進捗状況を確認していた。
「なんていうか、本社の社長夫妻って色々反則よね」
近くにいた気位の高そうなロリっ子が答えた。
「十数キロサイズの小惑星3つを3日で準備。しかも外壁部分を綺麗に整えてとか。本当に地球人なの?」
既に“首座の眷族”や“獣の眷族”の企業が内装工事に入っているのだが、引き渡された段階で既におかしい。正二十面体にカットされていて、カット面は凹凸が確認出来ない程に滑らかなのだ。当人達は「ブレードで切っただけ」と言っていたが、どれ程の超高出力ブレードで切ったのだろうか? 加えて内部は掘削済みなのだ。
引き渡した時に工事担当者がちょっと固まっていたが、気持ちは良く分かる。
続けて、同じように近くにいた如何にもエリートっぽいオールバックの男が言った。
「コスト対策という意味では大変ありがたいですね。工事がやり易いのも良いです」
建造中の施設は、遊ぶための施設だ。そして遊びに見た目はとても重要で、如何に凹凸の無い滑らかなカット面であっても、岩石そのままでは少々味気ないだろう。このため白銀の流体金属によって、完全な球形に外見が整えられていた。加えて周囲にはキロメートル単位の超巨大空間ウインドウが幾つも展開されて、映し出される映像によって、内部で楽しめるアトラクションが分かるようになっていた。
また内部が掘削済みである上に、パーツ搬入用の船が接舷し易いように大きな穴まで開けられている。
コストという意味でも工事がし易いという意味でも、中々に好評な下準備であった。
そんな中でヒョロガリな男が、全く違う話題を口にした。
「ねぇ皆さん。巡回用のドローンですが、本社に依頼してアレを沢山送ってもらいませんか?」
指差した先にあるのは、皆にお茶を配っていたAV-98イングラムだった。
「どうしてですか?」
THE・普通っぽい娘が尋ねた。
「いえね。こいつハッキングに強いんですよ。電子防壁が強いとかじゃなくて、AIの思考領域にアクセスする手段が有線接続に限定されていて、その接続部も首元のコネクタハッチ*4を開けて、そこからの接続しか受け付けていない。だから稼働中に制御を奪われて悪用される可能性が低い。メンテナンスの時に何かを仕込まれたら終わりだけど、それはどんなドローンも同じだから、管理する方としても楽かなって。あと、余計な機能が無いってのも良い。構造が単純だから修理し易いし、人型だから人が使う道具を使うっていう設計思想なんだろうな。だからこいつが使える道具を揃える事は、非常時に人が使える道具を増やすって事にもなる。施設運営の方針としてはアリなんじゃないかと思うんだ」
ヒョロガリな男の言葉に、ちょっと小太りなおっさんが言った。
「なるほど。一理ある。でも人型で巡回しているとなれば、客同士のトラブルに遭遇する事もあるだろう。そういう時にちゃんと対応出来るかどうか、というテストはしておくべきだな」
これに恰幅のいいおばちゃんが尋ねた。
「職員や接客用アンドロイドに任せた方が、確実ではないかしら?」
「近くにいるとは限らないから、トラブルが悪化しないように初期対応をしてくれて、後は引き継ぎが出来れば良いんじゃないかと思う。客に見える形で対応するっていうのは、クレーム対策として大事だろう。まぁ実際にどうするかは、テストをしてみてだな。此処での動きを見る限り対人応答は悪くないから、ある程度は出来るんじゃないかと思うが」
「それもそうね」
おっさんとおばちゃんの会話が一段落したところで、初老の男性が話し合いをまとめにかかった。
「施設建造は急ピッチで進んでいるが、旅行会社との折衝など、まだまだ詰めなければいけない部分も多い。やる事は多いが、ここまで来たのだ。頑張――――――」
頑張ろうと言いかけて、初老の男性はふと思った。もっと後に作る予定だったが、先にプロモーションビデオを作ってから旅行会社と折衝した方が上手く進むのではないだろうか?
少し、確認してみる事にした。
「すまないが、少し確認したい。ナユさん。大津波ゾーンとダイビングゾーン、あとスキーゾーンはどれ位で完成予定だったかな?」
「え? ええっと、施設全体ではなく、そのゾーンのみということですか?」
「そうだ」
ナユは幾つかの空間ウインドウを開き、予定を確認して答えた。
「あと
「ふむ………」
「どうしたのですか?」
「いや、この前部門長代理から言われていたプロモーションビデオを先に作って、旅行会社に見せた方が話し易いと思ってな」
「それは分かりますが、旅行会社との折衝に使うとなると、かなり急いで撮る必要があります。その短期間で施設の魅力を十分に伝えられる人材を雇うとなると、難しいかと」
「いやいや。目の前にいるではないか」
「え?」
「君は施設の事を隅々まで良く分かっているし、一緒に働いて、魅せ方や伝え方が上手いというのも分かっている。なら、わざわざ人を雇う必要も無い。下手な者を雇うより、君がやった方が余程良い物が出来るだろう」
「御冗談を」
「いや、割と本気だが」
「え………」
ナユが右を見ると気位の高そうなロリっ子が、賛成とばかりに大きく肯いていた。左を見ると中肉中背の普通っぽく見える元傭兵とヒョロガリの男も肯いていた。もう一回右を見ると如何にもエリートっぽいオールバックの男が、「社の人間ならコストカット対策としても良いですね」なんて言っていた。視線を正面に戻せば、おっさんとおばちゃんが初老の男性にスケジュール相談を始めていた。
そして最後に、お調子者っぽいインテリ眼鏡な女性に後ろから肩を叩かれ、言われた。
「着る水着はこれが良いと思うわ」
眼前に展開された空間ウインドウに、黒いビキニが表示される。ご丁寧に首に着けるアクセサリーもセットだ。
「えっと、皆さん。冗談、ですよね?」
初老の男性の言葉は無情だった。
「さっき言ったではないですか。魅せ方や伝え方が上手いというのは分かっている、と。目の前に私達の苦労の結晶をちゃんと伝えられる人物がいるのに、わざわざ他の者を使う理由はないでしょう」
下手な小細工無しの正論押し。
彼女は自身でグイグイ引っ張っていくタイプの責任者ではなく、周囲と協力して進めていくタイプの責任者であったので、こういう形で押されるとちょっと弱いのであった。
◇
そうして
旅行会社との折衝でプロモーションビデオが使われた。
各々の前に展開された空間ウインドウに、ナユが映し出される。
―――カラード1号支社所属 PV用ナユの黒ビキニ姿―――
XINN様より頂きました。感謝です!!
ナユの黒ビキニ姿
―――カラード1号支社所属 PV用ナユの黒ビキニ姿―――
『皆さんこんにちは。私はカラード1号支社所属のナユと申します』
ニッコリと笑った彼女は一礼すると言葉を続けた。
『カラードと聞いてピンときた方は、ありがとうございます。こなかった方は、最近何かと話題のスターゲートハイウェイを運用しているところ、と思って頂ければと思います』
一度言葉が区切られ、見ている者の脳裏に「確かに何かと話題だな」という思いが過ぎる。
『カラードはこの度、新たに2つの事業を始める事となりました。1つはスターゲートハイウェイでの水の販売。1つは水で遊べるレジャー事業です。そして私がいる此処は、水で遊べるレジャー施設になります。小惑星をくり抜いて加工したものですが、どうでしょうか?』
この言葉と共にカメラがゆっくりと動いて、周囲の風景がよく分かるように映し出される。白い砂浜。どこまでも広がるような青い海と空。小惑星の中という事は、空は高精度スクリーンによる映像だろう。だが施設内とは思えない程に、広い空間を感じさせる風景であった。
カメラが元の位置に戻ったところで、彼女は少しだけ歩いて浜辺の波打ち際へと移動した。
『ここは地上の海を再現しているところで、このように波も再現しています。――――――ただ、私達は思いました。これだけではつまらないと』
妙に色っぽい女性が雰囲気を変えて、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
『なので、ちょっとしたお遊びを入れてみました。古いパニックもののホロムービーにあるような、大津波です。ヒューマノイドタイプの身長と同じ程度のものから、
彼女は眼前に空間ウインドウを展開して、インターフェースのボタンをポチッと押した。
すると、中々に刺激的な映像となった。
沖合から高さ800メートルという大津波が迫ってきているのだ。生物が巻き込まれたら一溜りもないだろう。
しかし彼女はその場から動かない。
むしろ画面外から手渡された折り畳み式のビーチチェアを広げて、その場に座って寛いでいる。
そうして間もなく大津波が到達するも、彼女には何ら影響を与えていなかった。
浜辺の地下に埋設されている幾多の安全装置が働き、シールドで彼女を護ったのだ。
『如何でしょうか? こういうものを間近で体験できる、というのは中々無いかと思います。ただ、中にはこういう人もいるでしょう。実際に波に攫われてみたい、と。ええ。対応しております』
ビーチチェアから立ち上がったナユは、首に着けているアクセサリー状のネックバンド、その中央にある赤い宝石のような部分を押した。
『これはこのアトラクションを体験する方に着けて頂く予定の個人用の安全装置で、言ってみれば携行型のシールド装置です。―――では、もう1回いってみましょうか』
再び展開された空間ウインドウ。ポチッと押されるボタン。
再び起きた大津波がナユを攫い、凄まじい勢いで施設の端まで押し流していく。このまま壁にぶつかれば重傷間違いなしという速度だが、遊び場として提供する以上、偏執的な安全対策が施されていた。
壁面は超衝撃吸収素材で構成されており、地球人に分かり易く言うなら、1000メートル級の高層ビルからこの上に卵を落しても割れないくらいの衝撃吸収率を誇る。また多数のステイシスフィールド発生器により、壁際が迫るにつれて減速する仕組みになっていた。
水に濡れたナユが、再びカメラの前に立つ。紳士諸君には残念な事だが、ポロリはしていない。
『如何でしたでしょうか? ちょっと面白い体験をしてみたい、という方は是非とも遊びに来てみて下さい』
水も滴る良い女になった彼女が、ニッコリと笑って1本目のプロモーションビデオが終了したのだった。
次いで2本目がダイビングゾーン。3本目がスキーゾーン。4本目以降で他アトラクションが紹介されていき、これに旅行会社の面々は目が釘付けとなっていた。
ナユの魅せ方が上手いというのもあるが、宇宙生まれ宇宙育ちにとって、確かにこのアトラクションは面白そうだ。いや、地上育ちでも魅力的に思うかもしれない。天候は気象コントロールでどうとでもなるが、季節そのものは流石にずらせないからだ。しかしこのレジャー施設なら、ホテル周囲にある別の施設に行くだけで、季節に左右されずレジャーを楽しめる。補足説明によれば、価格帯も良心的だ。
旅行会社の社員達はアイコンタクトをした。
(ありじゃね?)
(ありだな)
(この場でサインしても良くね?)
(しちゃおうぜ)
この間、0.1秒ほど。プロモーションビデオの効果は凄まじく、爆速でサインがされたのだった。
◇
その後、地球。4月の下旬。
ここ2ヵ月程、いつもの会談で頻繁に話題に上がっていた計画の詳細が、カラードのホームページで公表された。
―――水の販売及び水を使ったレジャー事業計画―――
水 源:原始星L1448-MM
水 量:惑星からの放出量は毎秒アマゾン川の1億倍ほどあるが、
“首座の眷族”から購入した施設1つが処理できるのは、
1日でアマゾン川と同程度の水量。
購入した施設は2つであるため、アマゾン川の2倍程度。
水は自転軸の両極方向から放出されているため、
施設は両極に1つずつ設置される。
上記を以下の事業に使用する。
なお、本事業において地球から水の持ち出しは行わない。
①スターゲートハイウェイで水の販売を行う。
価格については他の販売地を調査の上、
平均的な価格とする方向で調整中。
②L1448-MM近郊で行うレジャー施設で使用する。
宇宙生まれ宇宙育ちが多い他の文明にとって、
ウォーターレジャーは一定数の需要がある事から実施。
レジャー施設紹介プロモーションビデオへのリンクは以下
→1号支社Ver
→2号支社Ver
備考
水浄化用施設の全長 :30km
レジャー用コロニーの全長:44km
レジャー用施設の全長 :15km
その他
1週間後に会見を開くよ♪
―――水の販売及び水を使ったレジャー事業計画―――
地球はお祭り騒ぎのようになっていた。
1週間後に答え合わせが出来ると分かっているため、様々な者達が好き放題に予想をあらゆるメディアで垂れ流していたのだ。賭け事が盛んな国では賭けの対象になったりもしていた。
そして1週間。いつものホテルで、束と晶は会見を開いた。
「さて、予定していた会見だけど、皆さん質問は準備してきたのかな?」
席に座った束がそう言うと、会場に詰め掛けた記者達は全員が肯いていた。
「じゃあ、早速始めようか。誰からかな?」
皆が一斉に手を上げる中、まずは最前列にいた者に当てられた。
「ホームページによれば、供給量は1日でアマゾン川の2倍程度という凄まじい量ですが、水源はどの程度持つのでしょうか?」
「かなり甘く見積もっても千年単位です。そして放出された水資源を浄化して使っているだけですから、地球でよくある、地下水脈を汲み上げすぎて水源が枯渇する、みたいな心配も無いと思います」
「なるほど。ありがとうございます」
すぐに次の質問がきた。
「地球から水の持ち出しはしないと明言されていますが、その逆はありますでしょうか? 水不足の地域に供給する、という意味です」
「水不足で困っている地域の方には申し訳ありませんが、その予定はありません。何故なら星の外から水を入れるという事は、地球の水量そのものを増やすという事で、沿岸地域の水没に直結してしまいますので」
「博士が良識ある方で良かったと思います。私の実家は沿岸にありますので」
次の質問だ。
「私の実家は水不足の地域にあるのですが、その場合は水不足に苦しめという事でしょうか?」
「その問題はその地域に住んでいる人達、或いはその地域を治める為政者が改善すべき問題です」
「統一政府を名乗るなら、何かしらの対策を打ち出すべきでは?」
「カラードは現在存在している国々の自主性を尊重していますし、税金の徴収なども行っていません。つまりあなたの言葉は、困っているけどタダで助けろ、と言っているのと同じです。それに先程言った通り、水の供給は水没の問題とセットで考える必要があります。カラードが考え無しに水を地球に持ち込めば、大陸面積が減る程の量を供給出来ますので。なのであなたのその熱意は、現地政府を動かすのに使って下さい」
「………そうしたいと思います」
終わればすぐに次の者が挙手する。
「極々単純な疑問なのですが、ホームページによれば水の浄化用施設の全長は30キロメートル。レジャー用コロニーは44キロメートル。これはその場で建造したのでしょうか? 話が出始めてからすぐに建造を開始したとしても、驚異的な速度だと思うのですが」
「
「な、なるほど」
質問した記者は地球の輸送業界に詳しかったので、何となく
質問はまだまだ続く。今度は会場の端っこにいた記者だ。
「レジャー用コロニーの中身、建物等は受け取った時点で既に完成しているのでしょうか?」
「いいえ。中身はレジャーを請け負う
反対側の隅っこにいた記者が質問してきた。
「プロモーションビデオについて質問です。1号支社Verと2号支社Verがありましたが、出演しているのは
「どちらも支社に所属しているカラード社員ですね」
ザワッと会場内がざわついた。特に男性記者。カラードの女性社員に美人が多いのは周知の事実だが、支社もか!! なんて羨ましい。というか社長。お前顔で選んでるんじゃないだろうな。これについては濡れ衣だが、心に五寸釘を持った者は多かった。
それはさておき、会場の後ろの方にいた記者が質問してきた。
「レジャー施設のアトラクションについて質問です。プロモーションビデオで紹介されたものの中に、大津波を体験できるものがありましたが、危険は無いのでしょうか? 私達の感覚からすると、かなり危険だと思うのですが」
「そう感じるのも無理はないかと思います。なので、こういう例え話で答えたいと思います。ライト兄弟が初めて動力飛行を成功させた時、空を飛ぶという行為は危険極まりないものだったと思います。ですが時代が進んだ今はどうでしょうか? 仕事やプライベート、様々な場面で使われる程の安全性があります。これに使われている各種安全技術も、同じと御理解下さい」
次の質問は会場の中央にいた記者からだ。
「では、この凄まじいスケールのアトラクションを地球人が体験出来るのは、いつ頃になるのでしょうか?」
これに束は少し考え込んで、隣に座る晶を見て、彼が肯いてから話し始めた。
「各国の対応次第、というところでしょうか」
「と言いますと?」
「少し難しい話になりますが、地球人が
「出てくるもの? 何でしょうか?」
「分かりませんか? 詐欺ですよ。他の者より優先的に処置を受けられる。より高度な処置を受けられる。そう言って他者を騙して小金を稼いで、その人の人生を台無しにする者達が必ず出てくるでしょう。そう言った輩にどこまで本気で対処するのかを見せてくれなくては、怖くて開始なんて出来ません」
「なるほど」
別の記者が質問してきた。
「既に開発済みと仰いましたが、何をもって開発済みとしているのでしょうか?」
「私と晶、カラード本社全員、あと他の関係者達に施して、問題無く経過しています。―――ああ、何処の組織の認可も受けていない違法なもの、等とは言わないで下さいね。今の地球に、私が開発したものの理論を分かる人なんていないんですから」
束にしか言えない言葉であった。
因みに本社の人間や他の関係者達に施している強化処置と、この場で述べている強化処置は別物である。レベルが違う、と言い換えても良いだろう。言うなればこの場で述べている強化処置はレベルゼロ。身体や神経系に作用する関係上、多少の能力向上はあるが、あくまで多少に過ぎない。本社の人間やその他関係者に施しているのは、その数段上の処置だ。
ここで、今まで黙っていた晶が口を開く。
「この話が出た以上、一応言っておきます。もし、処置者を攫って調べようと考えている人がいるなら、覚悟しておいて下さい。報復はあらゆる手段を使って行うので、そのつもりで」
記者が尋ねた。
「あらゆる、とは?」
「言葉通りです。まぁ、想像出来ない人はそれでも良いんじゃないですか。どれだけ言ったところで、分からない人には分からないですし、どんな障害があってもやろうと思う人はいるでしょうから」
晶が話し終えたところで、束が話を続けた。
「話を戻しましょうか。そういう訳で、各国の対応次第という訳です」
会見場が沈黙に包まれる中、別の記者が全然違う質問をしてきた。
雰囲気を変える意図があったのだろうか?
「あ~、プロモーションビデオについて質問なんですが、背後にカラードが運用しているイングラムの姿があったんですが、もしかして支社でも使ってるんでしょうか?」
「はい。そして元々は支社で使っていたのですが、支社の者達がレジャー施設で使おうと考えたみたいでして、断る理由も無いので使って貰う事にしました。あとついでに言えば黒い機体も映っていたと思いますが、それもこちらから送ったものです」
「名前を教えて貰っても良いでしょうか」
「型式番号はTYPE-J9で、名前はグリフォン。背部にアクアユニットを着けて水中での活動能力を向上させたものと、背部にフライトユニットを着けて空中活動能力を向上させたタイプがあります。これはアトラクションで水中や山岳を再現したスキー場があるので、そこで活動し易くするためですね」
「おおぉ。地球の品が
「余計な機能がついていないので修理し易いのと、人が出来ない事をする時は、基本的に人が使う道具を使って行う、という設計思想が気に入ったみたいですね」
「高性能で多機能なのが良い訳ではない。要は使いどころ、ということでしょうか?」
「ある程度の基本性能は必要だと思いますが、概ねそういう事だと思います。この話を聞いた時は、私も意外に思いました」
「ありがとうございます」
こうして会見は続けられ、2人は多くの質問に答えていったのだった。
―――レジャー施設PV 2号支社Ver―――
XINN様より頂きました。感謝です!!
諸事情により途中挿入だと都合が悪いので、
一番最後に追加してます。
モデルは2号支社の支社長さん
―――レジャー施設PV 2号支社Ver―――
第231話に続く
今回は色々動きがありました。
支社の人達を書いていて楽しかったのはナユさんの爆睡シーンでしょうか。
何と言うか、書いている作者が和んでしまいました。
あとビビッと電波を受信したお調子者と絶妙なタイミングで動いた初老の男性。
そして地球の方では、ついに強化処置を世に出す為の地ならしが始まりました。
さて、どうなっていく事やら………。
あと、グリフォンを出せて嬉しい作者です。