インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
レジャー施設警備部門が、カラード本社直轄のパワードスーツ部隊に完膚なきまでに打ちのめされた直後のこと。
束と晶はレジャー施設の中央管制室へと赴き、施設にいる全ての者に向けて放送を行っていた。
都市部やバックヤードなど、ありとあらゆる場所にあるディスプレイや空間ウインドウ、或いは立体投影装置に2人が映し出されている。
喋っているのは晶で、斜め後方に束という形だ。
『まずは今回の訓練に協力してくれた皆様方に、ありがとうございます、と言わせて下さい。そして恐らく皆様方が最も聞きたいであろう事を、先に言わせて貰いたいと思います。今回みたいな訓練が本当に必要なのか、ということです。想像ですが、こう思っている方も多いのではないでしょうか? 今回みたいな事は起こりえない。やり過ぎ。辺境の田舎者が張り切り過ぎているだけ。確かに此処が普通のレジャー施設なら、必要無かったかもしれません』
晶は一度言葉を区切り、一呼吸おいてから続けた。
『ですが此処の運営母体である我らカラードは、必要とあれば
こういう不都合な話をする理由は、リスク管理の為だ。仮に何の説明も無い状態で今回の訓練のような事件が起きた場合、今のカラードであっても相当な大打撃となってしまう。無論、今回の訓練を行うにあたり支社の面々が、レジャー施設で働いてくれている者達に説明してくれていたのは知っていた。しかし随分とオブラートに包んだマイルドな表現だったため、確実に理解して貰う為に、より直接的な表現で伝えるべきという判断からだ。
晶の言葉は続く。
『なので私はカラード社長として、あなた方に選択肢を提示します。この危険性を理解した上で働いてくれるなら、今後とも宜しくお願いします。ただ、そんな場所で働きたくないという方には、地球における1年、12回分のお給料を退職金としてお渡しします。嫌だという方々に無理強いしても、決して良い結果にはならないと思いますので。そして先に言っておけば、この結果レジャー施設の運営が出来なくなったなら、それはそれで仕方の無い事だと思っています。繰り返しになりますが、嫌だという方々に無理強いしても、決して良い結果にはならないと思いますので』
晶は一度口を閉じ、意図的に間をおいてから続けた。
『
こうして施設内への放送が終わったところで、1号支社所属のナユが近づいてきた。
束と晶を中央管制室に案内したのは彼女なのだ。
「社長。1つ聞いても良いでしょうか」
「構わない」
「もしも………もしも、あの地獄のような場所にまた連れ去られたら、殴り返してくれますか?」
「必ず無事に救出するなんて無責任な事は言えないが、殴り返すだろうな。悪党という人種に舐められて良い事など1つもない。キッチリ分からせない限り、1人が2人になり、10人になり、100人になっていくだけだろう」
この返答にナユは、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
「必ず助けると言っている訳ではないんだぞ」
「理解しています。ですがあの地獄を経験した者にとって、これほど心強い言葉もありません。他の者が言ったなら信じられなかったかもしれませんが、社長と奥様は既にやると示してくれていますから」
晶は思った。長々とした言葉で返すものでも無いだろう。
「そうか」
次いで、話題を変えるかのように指示を出す。視線が余りにも真っ直ぐで背筋がもぞもぞしたというのもあるが、今の言葉から残ってくれると思ったからだ。
「残ってくれる者達から意見を集約して、警備体制の反省点や改善点のレポートを出して欲しい」
「分かりました。
「任せた」
この言葉を最後に晶は踵を返し、束が後に続いて中央管制室を後にする。
ナユは礼儀正しく頭を下げ、2人を見送ったのだった。
◇
瞬く間に1週間が経ち、再び
都市部の大規模イベント用ホールには、約10000人の辞めないを選択した者達が揃っていた。退職者1%未満である。
人数だけを聞けば、恐らく多くの地球人は思うだろう。如何にカラードとは言え、これほど一気に大量の異星人を雇って大丈夫なのかと。しかし、全長30kmの水の浄化用施設2つ、全長44kmのドーム型コロニー1つ、全長15kmのレジャー用施設3つ、これらを動かしていく為の人員と考えればどうだろうか?
加えてこの計画を主導した1号支社と2号支社は、カラードが行政を担い、誘致したレジャー系企業が接客を担う、というのを基本骨子として施設運営の為のルールを作っていた。そしてこういうルールにしている以上、オープンしたらレジャー系企業から多くの要望が上がってくるのは間違いない。当然、好ましくない事態への備えも必要だ。
このため水の浄化用施設2つで2000人、ドーム型コロニーに5000人、レジャー用施設3つで3000人という人員配置にしていたのだが、どの程度の人数が適正なのかは、実際にオープンしてみないと分からない部分でもあった。
そして今レジャー施設にいるのは、イベントホールにいる者達だけではない。誘致したレジャー系企業各社が、オープニングスタッフとして送り込んできた者が計20000人いる。
つまり今このレジャー施設には30000人程いる訳だが、1号支社や2号支社の面々は、オープンしたら増えるだろうと予想していた。事前調査の結果が、予想よりも良いのだ。
―――閑話休題。
束と晶がイベント用ホールに用意された檀上に上がると、ざわめきが消えて視線が集まる。遠くの者にも良く見えるように、頭上には拡大された2人の立体映像が映し出されていた。
晶が何となく周囲を見渡すと、最前列に1号支社や2号支社の面々がいる。その後方にいるのも殆どが“首座の眷族”や“獣の眷族”だが、“翼の眷族”や“蟲の眷族”もいて、記憶に引っ掛かる者がいた。何処かで見かけた気がする。そうだ。何処かの危険宙域で助けた3人だ*1。
晶は懐かしく思いながら、口を開いた。
「まずは、ありがとうと言わせて欲しい。正直なところ先日の訓練は刺激が強くて、もう少し辞めると思っていた。だがこれほど残ってくれたなら、このレジャー施設はこのままオープン出来るだろう。本当に有り難い事だ。そして残ってくれた皆に、先に私の考えを言っておこうと思う。それは育ってくれた人材は、社にとって大事な財産、人財だということだ。なのでこうして直接言葉を交わせる場でもある訳だし、何か要望があれば聞きたいと思う。例えば何かのスキルを身に付けたいなら、外交経由か支社経由になるかは分からないが、教師を呼んで支援しよう。例えば此処には出稼ぎで来ているけど、家族で暮らしたいというのであれば、家族で住める宿舎を用意しよう。こんな感じだ。無論出来る事と出来ない事はあるが、何か思っている事があれば聞かせて欲しい。私達は
すると多くの者が隣にいる者と顔を合わせ、或いは相談して、少しずつ意見や要望を言い始めた。
晶が丁寧に答えていく度に、意見を言う者が徐々に増えていく。
そして即決出来る事や提案された事などは、頭上に展開された大型の空間ウインドウに羅列されていった。
―――大型の空間ウインドウに表示されている内容―――
・仕事に役立つ分野での教師の招聘。
→分野については今後検討。
・家族用宿舎の準備。
・子供用の学校の準備。
・1日は24時間とする。
―――大型の空間ウインドウに表示されている内容―――
等々。この後も色々な決定事項や検討事項が追加されていき、随分な時間が経過したところで晶は言った。
「さて、こんなところか。それでは最後に、警備部門」
口調がこれまでの優しいものから、ピリッとしたものに変わる。
「本社の訓練に付き合って貰いたいのですが、今回は前回と目的が違います」
「どのように違うのでしょうか?」
初老の男性が確認してきた。良く鍛えられた体躯を持つナイスミドルで、年齢を感じさせる白髪がオールバックで綺麗に纏められている。“首座の眷族”の元軍人で、辺境の分艦隊司令を務め上げた後に退役していた人物だ。領域外縁部の星で悠々自適に暮らしていたところ、カラードが第5回外宇宙ミッションと呼ぶ事件*2で星ごと助けられたのが縁で、1号支社の求人に申し込んで再び働き始めていたのだった。
「前回の訓練は、皆さんに危険性について認識して貰う為のものでした。ですが今回は、このドーム型コロニーの安全上の性能を知る事にあります。私は臆病でして、カタログスペックが単なるカタログスペックなのか、実際に使えるスペックなのかを確かめておかないと安心出来ないんです。加えて言えば道具が幾ら高性能でも、扱う者がその性能を十分に理解していなければ宝の持ち腐れでしょう。だから使いこなす訓練をして欲しいとも思います。元軍人なら、分かって貰える考えだと思いますが」
「それは痛い程に。ですが、どのように行うのでしょうか?」
「難しい事はありません。前回使った部隊を、もう一回此処に突入させます。ただし前回はかなり手抜きでしたので、今回は実弾使用の実戦装備です。ですので、警備部門以外の者は全てコロニーの外に退避して貰います。そしてやる以上はキッチリやりたいので、レジャー客に見立てたヒューマノイドタイプのドロイドを10万体ほど準備して、施設内を適当に移動させる中で行いたいと思います」
「相当の費用がかかると思いますが、正気ですか?」
「かかったとしても、精々戦闘艦2、3隻分程度でしょう。本社にとっても、そして警備部門にとっても、支出以上の利益になるものだと思っています。またこの訓練に付き合って貰うにあたり、1つ伝えておきます。此処に来る前に提出されたレポート、前回の訓練で得られた知見からの改善点ですが、全ての装備・設備要求を認めます。この集まりが終わったら、すぐに取り掛かって下さい」
「本当に、宜しいのですか?」
「構いません」
「了解しました。では、直轄部隊を負かしてしまっても構いませんね?」
初老の男性の言葉は、決してパワードスーツ部隊如きと侮った訳ではない。レポート内容は前回突かれた弱点を、丹念に潰していったものなのだ。予算の都合で幾つかは拒否されると思っていたが、全て通るなら、前回とは比較にならない防衛力になる。
ISという超兵器が相手でないなら、十分にやれるという目算があってのことだ。
これに晶は、ニヤリと笑って答えた。
「その位の気概でやってくれないと、こちらとしても困る」
こうして織斑千冬が参加する2回目の訓練が近づきつつあったのだった。
◇
そうしてレジャー施設に様々な改善が施され始め、3週間が経過した。
まず前回戦局が一気に傾く原因となった、船に反応兵器が仕掛けられていた場合の対処方法は、極めて正攻法かつ力業が用いられる事となった。発見された時点で既に最悪の状況であるため、警備体制の強化などでどうにかなる段階ではないからだ。その方法とはスターゲート送電システムという莫大なエネルギー源があるのを良い事に、非常時は出口側だけを開放したシールドで港内部を護り、爆発エネルギーを外部に逃がすというものだ。反応兵器の威力を考えれば港設備にダメージが入るのは避けられないが、周辺ブロックごと消し飛ぶというのは防げる。
スターゲート送電システムを中心とした動力ブロックが敵の手に落ちた時、都市部の大量にエネルギーを消費する防衛用設備がダウンしてしまう問題については、防衛設備用の非常用電源が追加されていた。ライフライン維持用の電源設備はあったのだが、防衛設備用のは無かったのだ。
パワードスーツ部隊の侵入を許す直接的な原因となった、資材搬入のチェック不足に関する問題は、新たな検査機器が導入されていた。少なくとも前回と同じ手は通じない。
防衛用ドローンがパワードスーツの機動力に振り回された問題については、些か面白い方向で対応策が練られていた。即応性と一般客への対応を両立させる為に、巡回用ドローンとして導入されていた地球製のイングラムと
そしてイングラムとグリフォンには、それぞれ別の追加プログラムがインストールされていた。
イングラムはエアカーやエアロバイクといったヴィークルに乗るというプログラムだ。これによってプロ並の技術で、様々な場所に高速で駆け付ける事ができる。敵にしてみれば大変に邪魔だろう。だがこちらは怪我人の移送や必要とされる場所に何らかの物資と届ける、という補助的な役割が期待されていた。
本命はグリフォンの方で、元々持っていた飛行や水中移動能力が強化された上で、格闘戦プログラムがインストールされていた。つまり期待されている役割は、機動力を武器とする敵に素早く接近して殴る。乱戦に持ち込んで殴る。乱戦に持ち込んで同士討ちを狙う。ひたすら張り付いて行動の自由を与えない。防衛戦で味方の支援がある、または少しの間持たせれば支援を得られる事を前提とした割り切った戦術だ。
他にも細かい改善点は色々あるが、大きいのはこんなところだろう。
千冬はそんな事を思いながら、
身に着けながら思う。
(そういえば、このスーツのデザイン案は
今なら分かる。
次いで、パワードスーツの武御雷を身に纏う。紫を基調としたペイントが施されていて、束がカリッカリにチューンしてくれた一点ものだ。パワードスーツの性能限界を超えるものではないが、格闘戦用に最適化された駆動系のお陰で、生身と同じ感覚で斬鉄が出来る。そしてこの機体は基本設計からして、千冬の為にあるような機体だった。前腕外側部に隠し爪的な00式近接戦闘用短刀を手首側1、肘側2、左右合計6振装備。前頭部大型センサーマスト・肩部装甲ブロック両端外縁部・前腕外側部外縁・前腰部稼働装甲外縁・マニュピレータ指部先端、足部先端、踵部先端といった全身にブレードエッジ装甲が組み込まれている。
近づいてしまえば、並大抵の敵は細切れに出来るだろう。
―――自己診断プログラムロード。
―――全ステータスオールグリーン。
千冬は装備を確認しながら通信を開いた。
『さて、今回私は単独で動く。だが一応、お前達の作戦を聞かせてくれ』
無論、役割分担は聞いている。編成と役割は、ほぼ前回と一緒だ。
α大隊はコロニー動力源(スターゲート送電受信部)へ侵攻。β大隊はコロニー中央管制室へ侵攻。γ大隊は都市部にいるVIP役の束と晶の元に侵攻。
各大隊12機の
しかし違う部分もあった。前回はペイント弾使用という縛りがあったため、対応している突撃砲しか使用できなかったが今回は違う。92式多目的自律誘導弾システムや02式中隊支援砲も使用可能となっているのだ。更に言えば黒ウサギ隊パワードスーツ部隊にプラズマ兵器やレーザー兵器の類は配備されていない―――試作品レベルはある―――が、イコール火力不足という訳ではない。ある程度までなら、弾丸と銃自体の剛性を上げる事でどうにかなるからだ。分かり易いところで言えば、炸薬の量を増やした強装弾だろう。他には炸薬そのものをより高性能な物に変えた特殊弾頭というのもある。
技術は
―――右手:74式近接戦闘長刀
―――左手:74式近接戦闘長刀
―――右背部兵装担架:87式突撃砲
―――左背部兵装担架:87式突撃砲
返ってきた返答は、何とも豪気なものだった。
『織斑教官が動くなら、教官をワントップとして、我々が前進を支援します。どうか、思う存分に暴れて下さい』
『ほぅ。ヒヨッコ共が言うではないか。私についてこれるのか?』
『ついて行くではなく、教官が戦いやすいバトルフィールドを整えましょう』
『よく言った。日頃の訓練の成果を見てやろう』
『全員聞いたな。腑抜けた動きをしたら、喜べ。私共々地獄の再訓練コースだ。恥をかかせてくれるなよ』
『Yes Ma'am!!』
各大隊の全員から、威勢の良い返事が返ってくる。
そこで、オペレーターから連絡が入った。
『大隊各員へ通達。現在、作戦はタイムスケジュール通りに進行中。繰り返します。タイムスケジュール通りに進行中』
編成と役割が前回の訓練とほぼ同じ、というのは嘘ではない。しかし、選択された突入方法は異なっていた。
何故なら前回は始めから接近状態という手抜きな状況設定だったが、今回は強化された警備網を突破して突入する、という実戦想定なのだ。
そして
このため極々単純な事実として、カラードが購入したクラスのコロニーには、非常に強力なシールドシステムが備えられていた。仮に火力による正面突破を狙うなら、戦艦級数隻分の火力が必要になる。単艦で簡単に抜けるようなシールドではない。無論、全ての文明の全てのコロニーに当てはまる訳ではないが、少なくとも“首座の眷族”や“獣の眷族”が造るコロニーはこの水準である。
これほどの防御力があるなら、多くの者は安全だと思うだろう。しかし、
(まぁ、理解出来る話ではあるんだが………)
(理解させる為に、ここまでやるか)
今回の作戦は、比較的穏便(?)な突入方法だった前回とは違う。加速させた隕石でシールドをブチ抜き、開けた大穴から突入するというものだ。
「大きなコロニーだから安全? そんなものはクソくらえだ。人が造ったものである以上、攻略法は存在する。しかもレジャー施設なんて、一度問題が起きたら大ダメージもいいとこだ。だから、始めのうちに学んでもらう。出来る事。出来ない事。カラードが母体である以上、ここまでは想定して働いてもらうと」
思い出して、ニヤリと笑ってしまう。実にあいつらしい。そして実に私好みだ。
この後の事に思いを馳せたところで、オペーレーターから連絡が入った。
『大隊各員へ通達。ステルスコートされた隕石弾が、最終加速を開始しました。軌道問題無し。作戦開始条件クリア。120秒後、本艦も最終加速に入ります。各員、突入に備えて下さい。繰り返します。作戦開始条件クリア。120秒後――――――』
こうして2回目の訓練は、静かに始まっていたのだった。
◇
一方その頃。レジャー施設中央管制室。
今日訓練があるとだけ知らされている面々は、どんな訓練が行われるのか、予想談義で盛り合っていた。
1回目であれだけやったのだから、2回目はもっと派手になるという者。1回目でされた事に対する対策は盛り込んであるから大丈夫だと言う者。単純にドキドキしている者。逆に打ち負かして本社の鼻を明かしてやるぜという者。色々だ。
そんな中で―――。
「え、センサーに反応?」
気付いた者は表示されたデータを見た瞬間、何かの間違いだと思った。桁がおかしい。でも何回見直しても間違いじゃない。
「こ、高速で接近中の物体あり!! 数3、いえ5。コロニー下面への直撃コース」
壁面の巨大スクリーンに、共有情報として各種観測情報が表示されていく。
地球の言語に翻訳するなら、直径約300メートルの物体が、
衝突まで100秒。
目と鼻の先。何故この距離まで分からなかった!?
全員の疑問はすぐに解消された。光学モニターに映る隕石は、時折ユラユラと揺らめいている。
「こうがく、めいさい、だと」
だが今考える事じゃない。先に対処だ。
「シールドへのエネルギー供給増やせ。各部隔壁閉鎖。都市部に非常事態警報発令。ダメコンに備えろ!!」
このドーム型コロニーに、外部攻撃用の固定兵装は無い。あくまでレジャー施設であるし、普通のデブリや隕石程度なら、通常のシールドで問題無く弾けるからだ。対処が必要な物に対しては、対処用の船を出してその都度対処する、というのが基本方針であった。
シールド発生器へのエネルギー供給が増やされ、コロニーのシールドが強固になっていく。
しかし悪意をもって加速された隕石は、シールドの耐久限界をあっさりと超えてきた。
衝撃がコロニーを揺さぶり、各方面から被害報告が上がってくる。
「コロニー下面左舷のシールド発生器に甚大な損傷。該当方面のシールド消失」
「同じく左舷ワープ妨害フィールド消失。ステイシス装置も反応ありません」
壁面の巨大スクリーンに被害状況が表示される。下面左舷のステータスモニターがほぼレッド。
更に報告が上がってくる。
「被害箇所に接舷する船あり。識別データ確認。スコーピオンです」
艦の前方をコロニーに突っ込ませた形で止まっていた。
突入部隊が来る。責任者の判断は早かった。本社がここまでやったなら、この判断で怒られる事もあるまい。
「周辺ブロックの強制パージ実行」
向こうの部隊にも飛行能力はあるが、道が繋がっていなければ進むのに時間がかかるはず。その間に内部の準備を整える。
部下達の反応も早かった。
「パージシーケンススタート。60秒」
コロニーの内部機構が作動し始め、轟音と共にブロック間の接続が次々と解除されていく。隕石の衝突で歪み動作不良を起こしている部分は、爆発ボルトによる強制解除だ。
しかし、侵入者の侵攻速度は警備部門の想像を超えていた。
「こ、こんなのって!!」
「どうした」
「隔壁が、切り裂かれています!!」
「どういう意味だ!!」
「言葉通りです!!」
悲鳴なような声と共に、壁面の巨大スクリーンに余りにも非常識な光景が映し出される。
とある通路にいる紫のパワードスーツ。手にした長いブレードが振るわれる度に、超硬質素材で作られている筈の隔壁が切り裂かれ、侵入者達が難なく進んでいるのだ。
時間を確認する。パージ完了まで残り45秒。拙い。間に合わない。先に突破される。
「都市部はどうなってる」
「避難状況4%。こんな短時間でなんて無理です!!」
今回は可能な限り実際の状況に近づけるため、10万体のパペット人形のようなドロイドが客の代わりを務めていた。数が多いのでボディは安物だが、訓練用に行動ロジックが変更されていて、冷静な行動をする者、逃げ惑う者、火事場泥棒をする者、混乱した中で子供を探す親、その場で泣き叫ぶ子供など、様々な行動が再現されるようになっている。
そしてこの規模に目をつけたレジャー企業が、一部訓練に協力していた。現場に職員を入れるのは危険なため、職員役のドロイドを遠隔操作して客役のドロイドの避難誘導を行うなど、非常時の訓練として活用していたのだ。
だがこの混乱の中で、上手く行く筈もない。避難は遅々として進んでいなかった。
責任者が次の言葉を発する前に、新たな報告が飛び込んでくる。
「侵入者がパージブロックを突破。3隊に分かれました。恐らく前回と同じように各ポイントに到達するつもりかと」
前回は動力ブロック、中央管制室、VIP役の2人の元に到達された挙句、VIP役を攫われて離脱まで許すという完全敗北を喫した。2度も許すつもりは無い。
責任者は命令を下した。
「動力ブロックの通路に特殊硬化剤注入。通路を物理的に塞げ」
「本気ですか!? 如何に実戦想定とは言っても、復旧にどれだけの手間が」
「ここまでやる本社の連中が、そんな事を気にすると思うか。むしろやらない方が言われる」
「了解。特殊硬化剤注入。通路を塞ぎます。完全硬化まで600秒。動力ブロック周辺の防衛用ドローンを他に回しますか?」
「いや、そのまま迎え撃たせる。侵入者を足止めしておけば、他が少し楽になるはずだ」
「了解」
この間にも侵入者達はコロニー内を進んでいき、ついに部隊の1つが都市部に侵入してきた。
そして警備部門の者達は知る。社長が前回はかなり手抜きだったと言った本当の意味を。
純粋に個々の能力が高い上に、部隊練度がおかしい。
だがそんな中でも一際目立っているのが、紫のパワードスーツだった。
どれだけセンサーで確認しても、両手に持っているのは普通のブレード。超高振動ブレードでもエネルギーブレードでもない只のブレード。強度はそれなりにあるようだが、何の変哲も無い只のブレード。
なのに、何故!?
耐久力に特化している筈の防衛用ドローンが、紙切れのように切り裂かれていく。接敵して、すれ違った次の瞬間には胴を一閃されて真っ二つ。対象を捕縛ないし撃破する前衛型ドローンは、位置取りと動きの緩急だけで追い込まれ切り裂かれている。光学迷彩装備のステルスドローンに至っては、フルステルス状態の筈なのに、まるで場所が分かっているかのように真っ直ぐに接近されて切り捨てられていた。
訳が分からない。
そして他の面々は、紫のパワードスーツを支援する事に全力を注いでいるようだった。例えば侵入者の高速飛行を妨害する目的で、ビル群の間に設置されているシールド。例えば移動速度を強制的に減少させるステイシスフィールド。いずれも起動した瞬間に集中砲火で叩き潰されている。1つではない。次々とだ。
このため紫のパワードスーツを全く止められない。取り囲んでも、全身が凶器なのだ。手刀、蹴り、あらゆる攻撃が斬撃で、取り囲んだドローンが片っ端から解体されていく。
加えて紫のパワードスーツは、全体の動きが見えているようだった。単なるエースにありがちな、自分のスコアを稼ぐ事しか頭にない動きではない。要所要所で味方が動き易いように、意図的に突出して攻撃を引き付け、味方の狩り場にこちらのドローンを引きずり出している。しかも驚くべき事に、紫のパワードスーツからは一切の電波信号が出ていなかった。通信を傍受して機先を制しようとしても、何一つ言葉を発していないのだ。つまりあのパイロットは、完全に己の才覚のみで戦場を把握しているということ。
誰かが言った。
「今回、ISって投入されないんじゃありませんでしたっけ?」
責任者が答えた。
「そうだな」
「あれってISじゃないんですか?」
「私もそう思うが、あらゆるセンサー情報がパワードスーツだと言っている」
「嘘でしょう」
「本当だ」
この後、訓練は程なくして終了となった。VIP役の束と晶、及び中央管制室に到達されたからだ。だが、レジャー施設側に全く良いところが無かった訳ではなかった。全体として見れば確かにあっさり負けたという謗りは免れないのだが、施された改善や現場判断の効果は確かに出ていたのだ。
まず周辺ブロックの強制パージ。これのお陰で侵入した黒ウサギ隊は、最速で駆け抜けるという選択肢以外がとれなくなっていた。つまりパージが無ければ、コロニー内を好き勝手荒らされていたのだ。都市部での被害は出たが、逆説的に他の場所にいる者達を護ったとも言える。
動力ブロック通路への特殊硬化剤注入。これのお陰でコロニーとしての機能消失を防げたと共に、防衛用ドローンをその場から動かさなかった事で、侵入者に戦闘を強いる事が出来た。間接的に他への被害を抑える事が出来たと言えるだろう。
都市部のドローン部隊は盛大に切り裂かれていたが、機動力と格闘戦に特化したグリフォンを加えた効果が出ていた。前回とは条件が違うので単純な比較は出来ないが、有人機や
エアバイクやエアカーに乗ったイングラムは、想定以上の働きを見せていた。逃げ遅れた客―――という設定のドロイド―――を何人も回収してシェルターに運んでいたのだ。戦闘面では役に立っていないが、こういう回収要員がいるというのは、客にとっては大きな安心材料ではないだろうか。
他にも今回の訓練では様々な学びがあったのだが、束と晶はその活用方法をしっかりと考えていたのだった。
―――辻斬り武御雷―――
XINN様より頂きました。感謝です!!
―――辻斬り武御雷―――
◇
数日後。いつもの会談の席にて。
今や地球だけでなく“首座の眷族”や“獣の眷族”でもリアルタイム配信されているこの会談で、束はアラライルとスノーに尋ねた。
別の話題が一段落したので、ついでにという感じだ。
『ところで、1つ聞いても良いでしょうか』
アラライルが答えた。
『どうしたのですか?』
『いえ、先日設計図を書き上げたのですが、地球の設備では生産出来ないものでして。持ち込んだら生産してくれる工房なり企業なりを紹介して頂けないかと』
スノーが尋ねた。
『どのようなものでしょうか?』
『先日カラードが準備中のレジャー施設で色々と訓練を行い、その際に加速させた隕石でコロニーのシールドを撃ち抜いたのはご存じかと思います。それと同等程度の隕石なら防げるシールドシステムを、コロニーの外部オプションパーツとして設計しました。レジャー施設で使いたいので、何処か良いところはないかと思いまして』
なお少し遅く感じるかもしれないが、リアル世界のレールガンが約2.5km/s(=9,000km/h)程度である。つまりレールガンの3倍以上の速度で突っ込んでくる300メートル級の隕石を弾けるシールドシステムだ。
2人の反応は早かった。漫画のように息の揃った返答だ。
『『すぐに紹介しましょう』』
普通なら詳細を確認しないで即決など有り得ないが、相手が“天才”篠ノ之束なら問題無い。
『ありがとうございます。では、御二人それぞれに頼む事にします。あとついでにですが、もう1つ』
そうして束は小さなデータファイルを2人に送った。
『今回の訓練に協力してくれたレジャー企業が幾つかあるのですが、侵攻側目線で良かったところや悪かったところを書き出してみました。100%こちらの独断と偏見の内容ですが、避難誘導などで役立つ事もあるでしょう。希望するなら、渡して上げて下さい』
価値が分かる者にとっては、値千金と言える情報だろう。
そして2人は分かる側であったが、同時に思ってしまった。これは貰い過ぎだ。少し何か返した方が………と考えて、スノーが先に思いついた。
『束博士。準備中のレジャー施設ですが、今度大使館の者達と遊びに行っても構いませんか』
『え? ええ。修理も順調なので、多分2週間もあれば元に戻るかと』
『ではその頃に。アラライルさんもどうですか?』
『ふむ。確かに面白そうな施設ですし、遠出という訳でもない。分かりました。私も大使館の者達と行かせて貰います』
『それはありがとうございます。あ、でもどうせでしたら、コロニーの外部オプションパーツが出来上がるまで待って貰えればと思います。それを目の前でテストして、それから入って貰った方が、御二人を警備する人達も安心できるかと』
『分かりました。それでは急いで作らせないといけませんね』
スノーの言葉にアラライルも肯く。
こうして
◇
いつもの会談が終わった後のこと。
晶は1号支社と2号支社の面々に招集をかけて、超光速通信で話していた。
『話というのは他でもない。レジャー施設のことだ。ただ、安心して欲しい。拙い話じゃなくて、むしろ昇進になるのかな? というのもレジャー施設は君達の頑張りのお陰で、どうにかオープン出来そうなところまできた。ただ規模が膨らんだから、支社から人を派遣する形だと、上手く運営出来ないんじゃないかと思ってる。そしてこちらとしては信用できる人材に任せたいから、君達さえ良ければ1号支社と2号支社の面々をレジャー施設所属として、このまま施設の運営を任せたい。どうだろうか? 無論、今の1号支社や2号支社が良いというなら、無理強いはしない。そのままそちらで働いて貰って構わない』
真っ先に答えたのはナユ*4だった。
『移ります。このまま任せて頂けるのでしたら、喜んで』
次に答えたのは、犬耳の黒髪ロングストレートに真紅の瞳という、理性的な雰囲気の女性だ。地球人の美的感覚から言っても大変な美人さんで、2号支社の支社長でもある。
『私もです。ここまで関わったものを、今更他人に任せたくはありません』
これに他の面々も続き、結局全員が移る事を選んでいた。
『分かった。なら全員をレジャー施設所属に変更する。責任者は引き続きナユ。他の役職は、これまで立ち上げに関わってきたところが色々あるだろう。お前達で好きに選ぶと良い。今ならより取り見取りだぞ。ちゃんと仕事をしてくれる限り、俺から小言を言う気はない。ただ、一応先に言っておこう。もしかしたらこれから先、君たちには美味しい話が色々くるかもしれない。だけど、線引きを決して間違えないように。踏み越えてはいけないラインがある。もしそれを超えたら、分かるな。その結果を、君達は知っているだろう』
晶の口調は普段と変わらないものだったが、幸いな事にこの場にいる者達は、その意味を取り違えなかった。個人の心情をつくる背景は様々だが、カラードのこれまでの行いが、理解を後押ししていたのだ。
少しピリッとした雰囲気になってしまったので、意図的に話題を変える。
『そうだ。君達の住居だが、コロニーの都市部なら何処でも良いぞ。防諜対策はしっかりして欲しいが、都市部の一等地でも外縁部の人が少ないところでも、好きなところで構わない。今なら内装も自由にして良い』
この会議の参加者は晶を含めて21名だが、他の全員から「えっ?」という声が聞こえてきた。
「ん? 何か変な事でもいったかな?」
首を捻る晶に、ナユが言った。
「あの、住居はカラード側で準備してくれて、物件も内装も自由に決めて良いと聞こえたのですが?」
「その通りだが、おかしな事か?」
「いえ、なんだか物凄い高待遇だと思うのですが」
「ああ。そういう事か。細かい条件を出すのが面倒臭かったし、下手にケチケチして、小遣い稼ぎの為におかしな事に手を出されても困るからな。その辺りの事情込みだ」
「分かりました。ではじっくり考えて決めたいと思います」
「そうしてくれ」
こうして1号支社と2号支社の面々は配置転換でレジャー施設所属となり、今後はレジャー施設の運営が主な仕事となっていくのだった。
◇
時は進み6月の上旬。
コロニーの外部オプションパーツは、シールドブースターと名付けられて実験が行われた。
形状は縦長な八面体で、ドーム型コロニーの外周に等間隔で6つ配置されている。そして訓練の時と同等の直径と速度で10発の隕石が撃ち込まれたのだ。
結果は勿論問題無し。
束博士の説明によればシールドとステイシスフィールドを多積層展開して、段階的に威力を減じているということだった。仕様の性質上、エネルギー兵器よりも対物理に強くなっている。尤も基本出力が通常の艦艇とは桁違いなので、一般的な兵器を相手にしている限りは、エネルギー兵器に対しても強くなっている、という認識でオーケーらしい。
但し、欠点もあった。エネルギー消費量も桁違いなのだ。常時稼働させるなら軍用施設レベルの主機関か、スターゲート送電の使用が前提となる。このため一般的なコロニーで使うなら、緊急時のみ使うといった運用方法になるだろう。
それでも、この性能が魅力的なのは間違いない。
説明を聞いたスノーが口を開いた。
「流石は束博士。素晴らしい性能です」
次にアラライルだ。
「全くです。コロニーに住む多くの人達が、より安心して暮らせるようになるでしょう」
掛け値なしの賞賛の言葉だ。
束はニッコリと笑い、その斜め後方に立つ晶も嬉しそうにしている。
因みに4人は今、直接会っていた。
レジャー施設近郊に展開された、実験見学用のクリスタルルームの中なのだ。
随分前に束がアラライルやスノーとの直接会談に用いた装備で、展開前はトランクケース程の大きさだが、展開すると直径100メートルほどの半球状の土台が出現して、その上にガラスのように透き通った半球状のドームが構築される。中は純白のタイルが敷き詰められ、中央にはドームと同じように透き通った素材のテーブルと椅子が設置されるようになっていた。重力制御も完備され、中に充填する大気組成もかなり自由に弄れるので、他文明の者が相手でも使える便利な装備であった。
―――ここで「ん?」と思った人の感性は正しい。
クリスタルルームは束の専用IS“エクシード”*5のオプションパーツとして造られた装備品なのだ。このためエネルギーシールド機能や、“エクシード”が持つ重力制御能力を増幅する機能も持っている。戦闘艦50隻の集中砲火を防ぎ、かつ瞬殺したと言えば、どれほどの暴力かが分かるだろう。
―――クリスタルルームで会う4人―――
以前XINN様より頂けたものです。ありがとうございます!!
クリスタルルームで会う4人
―――クリスタルルームで会う4人―――
そしてこの場では話されなかったが、シールドブースターは“首座の眷族”と“獣の眷族”で委託生産されていく事となる。前者はカラードがコロニーを注文した企業で、後者は王家御用達の工場でだ。
無論、当然のように類似品は出てくるのだが、そこから先は営業努力の領域だろう。束は必要だから設計したのであって、金儲けがしたい訳ではないのだ。
束が2人に声をかけた。
「では、そろそろ行きましょうか。中の者達も待っていると思いますので」
クリスタルルームを移動させて、レジャー施設の港に入港する。
するとレジャー施設所属となった元1号支社や2号支社の面々が勢揃いしていた。
ナユが一歩前に出て、頭を下げて4人を迎える。
「お待ちしておりました。どうぞ、今日はごゆるりとお楽しみ下さい」
束と晶が事前に格式ばった対応は不要と伝えていたため、出迎えと簡易な挨拶のみだ。大使を出迎えるのに簡素過ぎるという意見も出ていたが、2人は問題無いと答えていた。アラライルもスノーも大袈裟な歓迎式典が好きという訳ではないし、むしろ普通のサービスがどの程度の水準なのか、という事に重きを置く性格だからだ。
「うむ。今日は宜しく頼む」
「宜しくお願いしますね」
この後、アラライルとスノーはレジャー施設を案内され、時に遊び、のんびりとした休日を過ごしたのだった。
そして思いのほか高評価だったのだろう。
2人は親しい友人向けに、自分でレジャー施設紹介用のホロムービーを撮っていたのだった。
―――イケオジと美女の水着姿―――
以前XINN様より頂けたものです。ありがとうございます!!
まずはイケオジのアラライルさん。
次に本命、スノーさん。
―――イケオジと美女の水着姿―――
第234話に続く
取り敢えずレジャー施設に関してはこれで一段落でしょうか。
後はちょっと(?)多方面に影響が出る事をやっているので、次回それについて少し触れて、また別の話題にいきたいと思います。
あと警備側から見た千冬さんはやっぱり理不尽でした。
多分というか絶対後から、「只のブレードでなんで切れるの?」という質問がくることでしょう。