インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
XINN様よりイラストを頂けました。ありがとうございます!!
セシリアは忘年会でラウラとシャルロットに、爵位の返還を考えていると言った。尤も、必ず返還すると決めていた訳ではない。自身が生まれた時から持っている半身のようなものなのだ。簡単に決断できるものでもない。だがそれはそれとして、取り敢えず手続き方法だけでも調べておこうと思い調べたところ、意外な事が分かった。
なんと今のイギリスに、爵位を返還する方法は存在しないのだ。正確に言えば、原則として爵位を継承してから12ヶ月以内か、爵位継承時に未成年だった場合は21歳に達してから12ヶ月以内にのみ、返還が可能となっている。今は22歳。つまり、返還できない。
このような厳しい条件にされた理由は、貴族院議員になることで庶民院(下院)議員への立候補権を失うのを防ぐ、ために作られた政治的な救済だったからだ。
セシリアは副社長室で仕事の手を止めて考える。
爵位が悪いという訳ではないが、爵位は王家を頂点とする身分階級だ。現在は形骸化して名誉的な称号になっているが、公的に名乗れる身分でもある。
だが手続きする方法が無くては………と思ったところでふと思った。こちらがあちらの道理に従ってあげる理由はない。方法が無いのなら、「爵位を返還して、付属している全ての権利も放棄します」と一方的に叩きつけてあげればいい。こういう時に大事なのは意思表示なのだ。
ここでセシリアはふと思った。極々自然に返還する方向で考えていた。でも、不思議と心は痛んでいない。尊敬する母が大事にしていた爵位ではあるが、今の立場はそれ以上で、世界を動かす側なのだ。実際は“天才”で“天災”な“聖母”様に振り回されているが、貴族という枠を飛び越えて人類の行き先に関われる立場なら、落胆される事は無いだろう。誉めてくれるだろうか?
そんな事を思っていると、副社長室に珍しい来客が来た。
「セッシー。やっほ~」
「束博士。どうしたのですか?」
まさか、また何か無茶振りだろうか?
表情はそのままに警戒度をMAXへ。仕事を振られたらYES以外の返答など無いのだが、一応心の準備はしたいのだ。
しかし、今回は全然違っていた。
「新しいISスーツ作ったから、ちょっと着てみて欲しくてね。はいこれ」
返事をする間もなく、手提げバックから出された白いISスーツを渡される。
束博士の用事はいつも唐突だが、今回も唐突だった。しかし、この程度なら可愛いものだ。
「分かりました。今、着替えてきますね」
「え? この場で着替えてくれないの?」
「え?」
聞き間違いだろうか? 首を傾げると、束博士が言った。
「晶の前だったら喜んで脱いで着替えるクセに」
学生時代なら顔を赤らめて狽えたかもしれないが、流石に今そんな事はない。束博士公認の仲なのだ。だから、しっかりと言う。
「それはもう。何ならこの部屋のドアに鍵をかけて独り占めですわ。ついでにお持ち帰りして明日の朝は一緒に出社ですわ。あの人はオルコット家の旦那様でもあるのですから」
「言うようになったじゃない」
「束博士の無茶振りで鍛えられましたから」
「なら、もうちょっと振ってもいい?」
「ごめんなさい。調子に乗りましたわ」
秒で降参するセシリア。束博士のちょっとが、常人のちょっとと同じとは限らない。もしもここで「どうぞ」なんて答えたら、どれだけの量を振られるか………。
「冗談だって。じゃ、待ってるから着替えてきて」
「此処で着替えますわ。博士を待たせるなんて出来ませんもの」
この場にいるのは束博士のみ。女同士でもあるのだ。
カラードの制服を量子変換して全裸になり、新しいISスーツに着替える。
―――セシリアの新ISスーツ―――
―――セシリアの新ISスーツ―――
旧型より、所々の布面積が減っていた。背中は肩甲骨付近の布地が大胆にカットされ、Vラインも角度が少し急になっている。しかし、恥ずかしいという程ではない。体を軽く動かしてみる。肌にピタッとフィットして動きを阻害しない。着心地も良い。問題は無いように思える。だが、このチョーカーは何だろうか? 単なるアクセサリーとも思えないが………?
視線で訴えかけると、答えてくれた。
「プラチナ・ドロップスの大津波体験ゾーンで、携行型のシールド装置使ってるでしょ*1。同じようなのは昔作ったことあるんだけど*2、やっぱりあると良いなぁと思ってバージョンアップ版を作ってみたの。詳しいのはこれ」
コアネットワークで送られてきた仕様情報を、思考加速を使って一瞬で把握する。
基本的に専用ISとリンクさせて使う物で、一度リンクが確立してしまえば、ISが非展開状態であっても使用に制限は無い。機能はシールドブースターとでも言うべきもので、シールドの強度と修復速度の向上だった。その分エネルギー消費は激しくなるが、ブルーティアーズ・レイストームにはエネルギー上限と回復量を大きく向上させるサブジェネレーターと、予め蓄えておいたエネルギーを使って一時的に出力を増強するエネルギーカートリッジシステムが導入されている*3。
耐えるのが得意な機体ではないが、万一の時に踏ん張りが利くようになる良い装備と言えるだろう。
因みにこのチョーカーは、ISスーツと同じで出し入れ自由である。
「これ程の物を。ありがとうございます。あの、みんなには?」
「勿論あげるよ。みんなにはこれからも、頑張って貰わないといけないからね」
晶が大事にしているクラスメイトやハウンド、その他にも何人かいる主要メンバーには良い装備を優先的に与える。今の束の基本方針であった。
そして束の用事はこれで終わりだったのだが、ここで運命の悪戯が起きた。どんな気まぐれを起こしたのか、束がデスク上に開きっぱなしだった空間ウインドウに興味を示したのだ。
「セッシーちゃんは、今どんなお仕事をしてるのかなぁ~? まさか晶とのあんな事やこんな事のネタさが………爵位の返還?」
束が文面を読み始める。
表示されていたのは貴族法1963に関するもので、要約すると「1963年貴族法による手続きで生涯にわたり放棄する」が、現在のイギリスで爵位を捨てる唯一の法的な方法という訳だ。年齢制限に阻まれて不可能だと分かった訳だが。
束が尋ねる。
「セッシー、爵位を捨てる気だったの?」
「
「ふーん」
声のトーンが若干下がる。
怒るという程ではないが、胸中にあるのは不機嫌だった。
“私の”セッシーに手を出そうとしている。干渉しようとしている。私と晶が足元を任せているセッシーに、だ。
「セッシー。内々にって事は、他にも何か言ってきた事あるでしょ。全部見せて」
「いえ、博士のお手を煩わせる程のことでは―――」
ありません、とは言えなかった。
その前に言われる。
「見せて」
同じことを二度言われて、更に断れるような度胸はない。
送られてきた内容を空間ウインドウに表示させる。
束の目が、スッと細くなった。
彼女が抱いた感想は、先日忘年会の席でラウラが思ったものと同じだった*4。政治的に譲歩できる部分は譲歩した“つもり”なんだろう。だが、それが何だと言うのだ。一地方如きが、こちらと対等なつもりだろうか?
少しばかり考える。かつてのドイツやアメリカのように、分からせた方が良いだろうか? いや、今の段階でやるのはちょっとやり過ぎな気がする。しかし、忠告くらいはしておくべきだろう。
束は晶にコアネットワークを繋いだ。
(どうしたんだ?)
(セッシーをちょっと借りるから、副社長の仕事を代行しといてほしいなって)
(何をする気なんだ?)
(セッシーに、こんなのが送られてきてたの)
先ほど見せられたデータを転送する。
(なるほど。で、分からせに行くと)
(もうちょっとソフトに、忠告程度かな)
(分かった。取り敢えず、今日から3日、いや今日を含めて4日間休暇にしておく)
(そんなに掛からないと思うよ)
(余ったらそのまま休暇だ。この前、他の奴に頼り過ぎだから労われって言われちゃってね)
(なるほど。言っておくね。ありがとーーーー)
束は晶との会話を終え、セシリアに伝えた。
「これから私とイギリスに行こうか。用事が終わったら、今日から4日間休暇扱いにしておくから休んで良いよって」
「あの、博士。話が見えないのですが?」
いや、本当は何となく分かってる。だが、脳が理解を拒否していた。
束がニヤニヤしながら答える。
「え~、本当に? 私と一緒に、イギリスに行くんだよ。楽しみだねぇ」
「そ、そうですか。ではチケットの手配を………」
極々当たり前の台詞だが、相手が束だとこの時点から何かが違った。
「え、必要無いよ。イクリプスで行くから」
束博士の専用艦イクリプス。
晶以外は知る由も無い事だが、
建造当初から束が全く自重していなかった上に、これまでの実戦運用データがフィードバックされているお陰で、
――――――イクリプスVer3.1 諸元性能値――――――
直径
500メートル
対応領域
空・海・
動力源
主機関1、補助機関2、スターゲート送電システム
ステルス性能
アクティブステルス
光学迷彩
空間潜行*5
機動性能
ブースターと重力・慣性制御の併用による大気圏離脱能力
ワープドライブ
ワープ妨害への耐性
スターゲート機能
防御性能
エネルギーシールド
低いレーダー反射率かつ高耐久の物理装甲
船体の自己修復能力
攻撃性能
アサルトアーマー(至近距離全周囲攻撃能力)
光学型CIWS×32
近接防御用ミサイル発射機×16
エネルギー衝撃砲*7
ワープ妨害フィールド(広域型と一点集中型との切り替え可能)
アクティブ・イナーシャル・キャンセラー
ECM発生機
選択式武装
船体下部の主砲を下記3つの中から選択可能。
ISの
・プラズマキャノン
⇒武装特性:中弾速・高威力・中連射・無誘導
・リフレクタービット対応型レーザーキャノン
⇒武装特性:高弾速・低威力・高連射・無誘導
リフレクターで反射可能。
・誘導レーザー
⇒武装特性:低弾速・中威力・中連射・高誘導
追加ユニット1
船体上部に特殊機密処理が施されたコンテナユニット。
どんな微生物も漏らさないとっても頑丈なコンテナ。
コンテナそのものは
しかし中身がある場合は
追加ユニット2
船体下部に巨大物体保持用のクローが着いた円盤状ユニット。
大きさはイクリプス下部の円盤状ユニットと同程度。
内部には検査・検疫用機材が搭載されている。
宇宙で拾った物を船体内部に入れなくてもその場で調査可能。
クローの握力は非常に高く、普通の船程度なら握り潰せる。
追加ユニット3
船体両横にハサミ状の巨大なクローアーム*9。
一対二本の作業用アーム。
普段は折り畳まれているが、使用する時に展開する。
物凄く頑丈で、とてもフレキシブルに動く。
ハサミの根本にはレーザーブレードがあり刀身は500メートルほど。
このため艦でありながら格闘戦(物理)が可能。
本装備は固定装備であるため、
搭載ドローン性能
護衛用メカ多数。
調査用メカ多数。
メンテナンス性
自己修復による自動メンテナンス
基幹搭乗人員
2名
束1人でフルコントロール可能だが、全力戦闘するなら晶がいた方が良い。
備考1
備考2
晶が操艦している時のみ、ワープ不能領域であっても通常空間と同じようにワープやスターゲートの展開が可能。
ただしこれはイクリプスの性能ではなく、晶の能力依存の性能。
時間をかけても良いなら束も行える。
備考3
本艦の
――――――イクリプスVer3.1 諸元性能値――――――
セシリアの脳裏に詳細な性能データがある訳では無いが、アリコーン以上の超性能だという事は分かる。世間一般ではカニとかUFOキャッチャーとか言われて親しまれているが………。
そんな艦で、イギリスに? 武力制圧という言葉が思い浮かぶ。
戸惑っている間に、束博士は空間ウインドウを展開。秘書課をコールして一言。
『これから私とセッシーでイギリスに行ってくるから、モロモロ調整しといて。あ、行き先はバッキンガム宮殿。イクリプスで行くから、チケットはいらないよ』
『かしこまりました』
こうしてセシリアは―――殆ど拉致同然に―――イクリプスに乗って、母国イギリスへ向かう事になったのだった。
◇
一方その頃。イギリス。
今の政治家や役人にとっての至上命題は、セシリア・オルコットを如何にして上手く使うか、ということだった。
何せ彼女の立場は、あのカラードの副社長だ。地球全土にエネルギーを供給し、気象コントロールで異常気象に対応し、宇宙農園で食糧問題を大きく改善し、
地球内部に限っても、人類を悩ませていた5つの大きな内戦―――アフガニスタン紛争、シリア内戦、クルド対トルコ紛争、リビア内戦、イエメン内戦―――に介入して現地のインフラを徐々に再建し、生活レベルを向上させ始める事に成功している。足を引っ張るだけだった地域を、経済活動可能な地域に変えたのだ。
これのお陰で彼女の言葉は、世界が注目する言葉になっていた。無論、法的な強制力がある訳ではない。しかし裏を返せば、カラードは友好関係を築けるところと仲良くやる、という意味だ。絶大な武力と資金力を持つカラードの事業から省かれるなど、あらゆる政治家や企業にとって悪夢だろう。
だからこそ、セシリア・オルコットの扱いは至上命題なのだ。
―――とある政治家の執務室。
流麗なデザインの椅子に座る男は、過去にセシリアを害そうとした者ではない。ただ絶大な権力を手にしている彼女を、如何に上手く使い、如何に美味しい汁を吸おうかと考えている者であった。
だから多方面に根回しして、セシリアが陞爵出来るようにした。現在彼女の位階は伯爵だが、今の知名度や影響力を考慮して公爵だ。貴族にとって陞爵は非常に名誉なことなので、恐らくは前向きに考えるだろう。謙遜として一度は断るかもしれないが、貴族であるなら公爵という地位は魅力的だろう。最終的には受けるに違いない。
後は位階を理由に色々と接点を作り、会う回数を増やして、イギリスに利益を、もっと言えば自分に利益を、より高い地位を………俗物らしい思考が続いていく。
そんな時だった。秘書が執務室に駆け込んでくる。
「し、し、し、失礼します!!」
「なんだ騒々しい。いつも言ってるだろう。物事はエレガントにと」
「ですが、本当に大変なんです。博士が、束博士がイギリスに来るんです。セシリア副社長を連れて。イクリプスで」
「な、に?」
思わず言葉に詰まる。確かに、それは一大事だ。
人類の進歩を数百年単位で早めた偉人にして聖母。普段人前に滅多な事では出てこない彼女が、セシリアを連れてイギリスに来る? どんな用事で? だが何にせよチャンスだ。聖母とお近づきになれれば、より高い地位も権力も夢ではない。
同時に、アメリカで起きた“聖母のお仕置き”を思い出す。もし機嫌を損ねたら、大変な事になる。しかし、あれは過去の怨恨が積み重なった結果だ。今回の一件を第三者的な視点で考えれば、セシリア・オルコットという貴族の位階を上げようというだけなのだ。策謀で嵌めて位階を下げようとしているならまだしも、流石にこれで恨みを買う事はないだろう。
自身の考えを、脳内で数回見直してみる。大丈夫な筈だ。
彼は冷静さを取り戻して言った。
「ふむ。それではお出迎えしなければいけないな。何処に来るんだ?」
秘書は言った。
「バッキンガム宮殿に直接行く、ということでした」
言うまでもなく、イギリス国王の主要住居地である。
男は思った。此処からバッキンガム宮殿は遠くない。どうにかして先に中に入って、束博士やセシリア副社長が来た時に偶々その場にいた、という形に出来ないだろうか。
脳裏に様々な方法が思い浮かぶ。だが結論から言えば、彼の望みが叶う事は無かった。
束博士来訪の報を受けた王室側が厳戒態勢になってしまい、取り付く島も無かったのである。
◇
時間は4時間程進み、バッキンガム宮殿。
日頃から観光客の多いエリアではあるが、今は多くの一般人やマスコミが集まり大混雑になっていた。
原因は先ほど
地元のニュースキャスターは興奮した様子で喋り、一般市民はネットやニュースでしか見た事のない本物の宇宙船、それも束博士の乗艦に殆どの者がカメラを向けている。
そんな中で、束とセシリアがイクリプスから降りてきた。足元には光る円盤があり、重力制御でゆっくりと。
人々の視線が2人の一挙手一投足に集中する中、束が入り口の衛兵に話し掛けた。
「国王さん、いる?」
「お話しは聞いています。どうぞ」
カラード秘書課の面々は、キッチリと仕事をしていた。普通なら他国の君主に、数時間前に面会予約を入れたところで会える訳がない。しかし篠ノ之束が直接来る、という事が普通に分類される筈もない。
イギリス王室は本日の公式予定を全てキャンセルして待っていた。
案内されて中に入れば貴族らしい歓待の準備がされていたが、束は全て無視した。背後にセシリアを引き連れて、国王のところへ向かって行く。怒っている表情ではない。だが友好的な表情でもない。作り物と分かる笑みだ。近づき、口を開く。挨拶も無い。いきなり本題だ。
「私が今日此処に来た理由はね。カラード副社長という大任を担うセシリアに、へんなちょっかいを出さないで欲しいんだ。そっちがどういう理由でセシリアを公爵にしようとしたかなんて知らない。でも、よく考えて。
返事は思いのほかハッキリとした言葉だった。
「そのようなつもりは無い。ただ、多くの努力を重ね結果を出したイギリス貴族に相応の名誉を、と思っただけのこと」
「ふぅ~ん。貴族の儀礼的な宣言の中に、貴方に忠誠を誓う台詞があったね。今の彼女にそれを言わせる。どういう意味か、本当に分からなかったの? まぁ、仮に分からなかったのだとしても、アメリカの時みたいな事をする気は無いよ。少々配慮の足りない国だとは思うけどね」
国王は束の射貫くような視線に直感した。これは次の選択を間違えば、大変な事になる。
だから国王は今の束博士の台詞を、意図を、切り抜ける方法を、人生最速といえる思考で考え、天啓とも言える閃きが走った。
“天災”と言われる数々の逸話を思い出して体が震えそうになる中、口調だけは国王としての威厳を保ったまま口を開く。
「そうか。言われてみれば確かにそうだな。配慮が足りなかった事は素直に認めよう。だがそれはそれとして、イギリスから彼女のような傑物が出た事は喜ばしく、王家としては何かしらの名誉を彼女に送りたい。なので私の独断で、元々イギリスには無かった大公という称号を送ろうと思う。意図を、説明しても良いかな?」
「言ってみて」
「大公はルクセンブルクやかつてのロシア、オーストリアなど大陸ヨーロッパの君主や王族で使われていた称号で、主な意味は小国の独立した君主、または王室の特定の親族となっている。私が用いたいのは、小国の独立した君主の方だ」
国王は一度言葉を区切ったが、束が聞いている様子だったので話を続けた。
「そしてここから先は議会が絡むので確約出来ないが、イギリス最西端の
束の反応は、極々当たり前のものだった。
「出来もしない事を言うものじゃないね。どうせ色々と理由をこじつけてやらない。この場を切り抜ける為に、適当に言ってるだけでしょ」
「そう思うのも無理はない。だから、勝手にやらせて貰う」
ここでセシリアが口を開いた。
「束博士。口を挟んでも宜しいでしょうか」
「良いよ。どうしたの?」
国王に向ける口調とは明らかに違う。優しい口調だった。
「もし本当に行う気なのでしたら、これから言う内容を文章化して遵守して下さい。出来るとは思いませんが。では言いますね。1.イギリス王室はオルコット大公国領の管理人であると明言すること。2.イギリス王室はオルコット大公国領でノブリス・オブリージュを実践すること。3.イギリス王室はオルコット大公国領に人々が暮らしやすく学びやすい環境をつくること。4.イギリス王室はオルコット大公国領で犯罪の抑止に努めること。5.オルコット大公国領管理の最終責任はイギリス王室にあること。6.イギリス王室はオルコット大公国領管理の報酬として、領内の税収の5%を得る。7.税収の95%は、大公国領内に還元して発展に努めること。8.オルコット大公国領の君主は、領内で得られた収益を受け取らない。――――――簡単に言いますと、領地を貰ったところで私は管理する気などありません。なので、そちらが管理して下さい。その発展具合をもって、私への名誉とさせて頂きます。ただ、まぁ、一から行うのは大変でしょうから、領地が確定したならレクテナ施設を1つ設置します。私が行うのは、それだけです。後は全て、そちらでどうぞ」
昔であればレクテナ施設設置の判断は、束か晶が行っていた。しかし、今は違う。地球圏内であれば、セシリアの独断で行えるのだ。束が傍らにいて何も言わないという事が、その証明であった。
「分かった。その内容で議会に提案しよう。いや。1つ確認しておきたいのだが、カラードが提供している各種のサービスは、申し込めば受けられると思って良いのかな?」
「他と同じ条件で提供致しますわ」
「ならカラード副社長の領地に相応しく、全面的に導入する方法で進めさせて貰おう」
「そうですか」
セシリアは良いとも悪いとも言わず、ただの方針として受け取り答えた。感慨も何も無い。
そうして会話が途切れたところで、束が言った。
「終わったみたいだね。じゃあ帰ろうか。あ、そうだ。その前にセッシー」
「なんでしょうか?」
「実家に思い入れってある?」
「それは、はい、ありますが。どうしたのですか?」
「いや、思い入れがあるなら近くに置いておきたいでしょ。イクリプスで来てるから、今なら自宅ごと持って帰れるけど、どうする?」
「宜しいのですか」
「滅多にないサービスだよ」
「ではお言葉に甘えまして。お願い致します」
「オッケー」
この後の光景は、多くの一般人の度肝を抜くものだった。セシリアの実家上空にイクリプスが移動したかと思えば、重力制御、慣性制御、シールド制御等々、地球の並みの科学者では理論の予測さえ出来ない複合制御でセシリアの実家を大地から切り離し、イクリプスの下部に固定、そのまま日本へと持ち帰ったのだった。
◇
後日のこと。
イギリス国王が行った提案は、予想に反して恐るべき早さで議会を通過していた。
イギリス最西端のランズ・エンドから半径10キロメートルがオルコット大公国領として認められ、同時にセシリアは大公へと陞爵して、以降は同国の君主として扱われる事が決まったのだ。
そしてセシリアの言った条件は全て文章化され、王室が守るべき契約として、公式な書類や数多の書籍に記され、政府や王室のホームページにも掲載され、メディアでも繰り返し放送された。破る気は無いという意思表示だろう。
これに伴いセシリアはイギリスの国家代表から退く事となり、専用ISであるブルーティアーズ・レイストームは、正式にセシリア・オルコットの個人所有機となった。なおイギリスからISが1機減った分は、束博士から新造のISコアが送られたのだった。
そしてイギリス国王のこの決断は、結果として王室とイギリスを富ませる事となる。
何故ならセシリアが約束通り設置したレクテナ施設は、
多少後年の話になるが、港や空港が作られイギリスへの玄関口として使われると共に、契約通りに人の住みやすさを中心に領内のデザインが行われた結果、世界有数の住み易さと治安が両立された国へと発展して行くことになるのだった。
またオルコット大公国領は、イギリス王室が統治を学ぶ場所、としての側面も持っていく事となる。理由は単純だ。契約事項の「5.オルコット大公国領管理の最終責任はイギリス王室にあること」という一文だ。決して他人のせいには出来ない責任で、他者の名誉を汚さないように統治する。これが出来ない者に、王室の一員たる資格は無いという意味だ。
現国王がそこまで意識していたかどうかは不明だが、結果としてそのように認識され、この行いがイギリス王室の質を確保するのに役立つようになるのだった。
こうしてセシリア・オルコットは一介の貴族から君主へと変わったのだったが、カラードにいる彼女の姿は変わらなかった。副社長の仕事に邁進し、偶に束博士の無茶振りに振り回され、晶のお昼用に作ったお弁当の味付けをたまーーーーーーーーーーに失敗して若干涙目をされたり*11、それを仲間内でネタにされたり、仲間と共にこれからも進んでいくのだった。
第245話に続く
今のセッシーちゃんの立場を考えると、爵位問題を生半可な着地点で終わらせてしまうと後々問題となってしまうので、盛大にやりました。
そして作者的なネタばらし。本当は爵位を返還して終わりの予定だったのですが、現在のイギリスには冒頭で書いたように爵位を返還する方法がありませんでした。なのでどうせやるなら押して押して押しまくれという感じで、爵位的に下なのが問題なら、君主ならどうだ!! という感じです。
でも実際統治するのは面倒なので、領地の発展具合で送られた名誉がどの程度かを判断するという尤もらしい(?)理由で王室にブン投げました。
これならセッシーちゃんの手間は殆ど無いかと。管理責任も全部イギリス王室ね、と明言させましたし。