インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
ヒロインズも随分と偉い立場になりました。
約2ヶ月前、カラードは第9回外宇宙ミッションで“獣の眷属”の開拓船団を助けた。
依頼があった訳ではない。偶然情報を入手したカラードが、自発的に起こした行動だ。そしてこの行動により“獣の眷属”から、宇宙船の竜骨と装甲材の製造方法を入手出来た。無論、最新ではない。何世代も前の枯れた技術だ。しかし地球単独では何百年かかったか分からないような、確立された製造方法を入手出来たのだ。
これが地球文明にとって、どれほどのメリットか分からない者はいないだろう。
製造用の設備は自分達で造らなければならないし、それを安定稼働させるにも色々と経験が必要だが、迷う事無く一直線で突っ走れる。民間レベルで実用的な宇宙船を造れるようになるまでの時間を、大幅に短縮出来る。
また今回の一件は、地球と“獣の眷属”が接近する切っ掛けともなっていた。
外交的な意味ではこれまでも良好な関係を築いていたが、自発的な行動が“獣の眷属”の一般市民に知られて良い影響を与えたのか、スターゲートハイウェイを使ってくれる者や、プラチナ・ドロップスを旅行先に選んでくれる者が増えているのだ。
そんな状況下で、カラード本社の社長室。
社長用の椅子に座る晶は、目の前に浮かぶ空間ウインドウを眺めながら考えていた。
学園用コロニーが稼働して既に数年。約3年前*1からは“首座の眷属”と“獣の眷属”に、宇宙船パイロットの育成を協力して貰っている。
もうそろそろ、
晶は幾つか考えを纏めて、セシリア、シャルロット、ラウラにコアネットワークでメッセージを送った。内容は1時間後に集まれるか、というもの。話したい内容は、学園用コロニーで育てている人材を
そうして1時間後、来てくれた皆には応接用のソファに座って貰って、自身もそちらに移る。
セシリアが向かって左側、シャルロットとラウラが右側だ。
―――ソファに座るセシリア、シャルロット、ラウラ―――
セシリア
シャルロット
ラウラ
―――ソファに座るセシリア、シャルロット、ラウラ―――
晶は早速と口を開いた。
「話したい内容はメッセージで送った通りなんだが、その前にちょっとしたテストを考えてる」
テストという言葉に、3人はほぼ同時に同じような事を言い出した。
「学生ですわよ」
「学生だからね」
「学生だからな」
セシリア、シャルロット、ラウラの順だ。
「なんだお前達。藪から棒に」
これに3人は、再び同じような言葉を返した。
「御自分の行いを振り返って下さい」
「自分の行いを思い返してみて」
「私達にした事を思い出してみろ」
IS学園在学中、元3年1組の面々は例外無く晶の訓練を受けている。
そしてこの男が考える訓練は、基本的にエグいものばかりであった。何故なら思考の根底に、「弱者が強者に勝とうと思ったら、あらゆる手段を使う」というのがあるからだ。つまり敵がISという超兵器を扱う面々(訓練を受ける3年1組の面々)に勝とうと思ったら、武器の性能を理解して使うだけじゃ足りない。地形、気象条件、その他あらゆるものを駆使して嵌め殺しにしてくるだろう。初見殺し? 当たり前だ。
こんな男の訓練を卒業まで受け続け、カラードに就職してからも訓練は同じノリだ。いや、現場の情報がフィードバックされてよりシビアになっている。
3人が学生達の心配をしてしまうのも、無理からぬ事だろう。
より具体的に言うなら学園用コロニーで学ぶ面々は、各国から推薦を受けて来ている軍人が多い。元一般人でも、何かしらの経験を持つ者が殆どだ。
だからまっさらな学生という訳ではない。しかし(
人によってはヘルとかルナティックな難易度と言うが、クリア方法が用意されているのだ。本当の意味で理不尽ではない。
晶は暫し自分の行いを振り返って、とてもイイ笑顔で言った。
「役に立っただろ」
ラウラが軽口で返した。
「ああ、とてもな。このサディストめ。――――――で、どんな内容のテストを考えているんだ?」
「ちょっとしたゲームさ。第一期生で少人数編成のチームを作って、太陽系内を探索して貰う。お題は様々。お宝探し、騙して悪いが、救助、悪者退治、調査etcetc。どれか1つじゃなくて、数回に分けて全部やって貰うつもり。1回の出航で複数やっても良いし、万全を期して情報収集、帰港、その後本番って流れでも良い。あとチームの規模は、船のメインパイロットとサブパイロットで2名。船外活動用のパワードスーツパイロットが5名程度。メカニック要員が同じくらい。で、サポートメカとして
フリゲート級の船は100メートル以下。駆逐艦級で100~200メートル。搭乗人員にも積載量的にも余裕がある構成だ。
「その編成だと出来るのは10チーム前後くらいか。で、各チームにお前が言った内容の仮想ミッションを準備するとして、最低50ミッション分を太陽系内の各所に仕込む訳か。流石に時間が必要だな。何時ぐらいから始めるつもりなんだ?」
「今月中には始めたいな。宇宙軍の都合はどうだ?」
「ゴースロスの最終チェックが今週中に終わる。他の艦は問題無い」
ゴースロスは先の第9回外宇宙ミッションで、大破寸前のダメージを受けていた。全長19キロメートルという超巨大艦―――しかし宇宙基準では軽空母―――を沈める為に、至近距離で純粋核融合弾6発を使ったからだ。お陰で外部装甲はほぼ完全溶解し、バイタルパート以外は機能喪失と言って良い程の大ダメージだ。一昔前の地球文明なら、直せなかっただろう。しかし今の地球には、旧式とは言え“首座の眷属”が運用していた整備艦があった。月の衛星軌道に浮かぶ、全長10キロメートルサイズの巨大な双胴艦だ。
その整備能力は凄まじく、地球人が考える整備とは次元が違っていた。メカニックが手作業で1つ1つのパーツを確認していく訳ではないのだ。高度に自動化された整備用機械群が船の状態を診断、復旧可能な部分はナノマシンに代表される各種修理用マテリアルによって修理され、余りにも損傷が酷いパーツだけが交換されていく。このため地球人の感覚で言えば、船体フレームの歪みや主機関へのダメージなど修理に数ヵ月単位だが、整備艦なら数日であった。
しかもこのレベルの整備を、複数同時進行で行えるのだ。
完全復旧した場合の整備能力は、戦艦級に分類される全長600~900メートル級の戦闘艦を、32隻格納して同時に重整備が行える。言い換えるなら、船体フレームが歪んでいたり主機関に深刻なダメージを負っている船でも復旧させられる。接舷させるだけで行える外装や武装の修復という簡易整備なら、その数倍の規模で行える。より小型の船、例えば巡洋艦に分類される200~300メートル級の戦闘艦なら、その数は更に数倍になる*2。
そして現段階の復旧は9割といったところだった。キャロン率いるメカニックチームが数年がかりで、ここまで復旧させたのだ。
―――閑話休題。
「ならゴースロスの面々は暫く暇か。丁度良い。何か意地の悪いネタを考えて貰おうかな。ネタは多い方が良い」
ラウラは即座に言った。
「おい。ゴースロスの艦長はソフィだ。お前のように性根がねじ曲がってないから、その手の事は上手くないんだ。食い破るのは得意みたいだが」
「誉め言葉として受け取っておく。で、だ。ソフィだけにやれなんて言わないさ。むしろクルー達総出でやって、自分達で設置する手間暇を考えたプランを期待したいところだな。上からの命令じゃなくて、自分達で考えてやるとなれば、自然と考えも洗練されるだろ」
「なるほど。ありだな」
「だろ」
「なら、
「通常の訓練はどうするんだ?」
ラウラはニヤリと笑った。
「いきなり大人数で集まって意見を求めたところで上手くいかんさ。だから、まずは簡単にアンケートだな。そしてお前はよく言っていたな。戦いとは基本的に、相手がイヤがる事をやり続けた方が勝つと」
晶は肯いた。
「だから、参謀レベルでやられたらイヤなこと。メカニックレベルでやられたらイヤなこと。パワードスーツや戦闘機乗りがやられたらイヤなこと。何でも良い。思いつく限りのイヤな事をアンケートで出して貰おう。で、そのイヤな事をミッションプランに落とし込む」
「おおぉ。良いなそれ」
「だろう」
学生達に血管ブチ切れ凶悪仮想ミッションが、多数用意される事が決まった瞬間だった。
話が一段落したところで、今度はシャルロットが口を開いた。
「じゃあ先の見通しとして、テストに合格した人達はどうしようか? 何か考えてる事はあるの?」
「レビヤタン級駆逐艦を与えて、巡回や調査をして貰おうと思ってる。今のところ考えているのは、テラフォーミング中の星がある星系かな」
普通の人は思うかもしれない。巡回や調査を行う人間に、血管ブチ切れ凶悪仮想ミッションを体験させる必要があるのだろうか、と。もしかしたら必要無いかもしれない。だが現実問題として、
この方法が正しいのかも分からない。手間暇の割に効果が薄い可能性もある。しかし生存率に関わる問題である以上、効果が薄いかもしれないからやらない、というのも違うだろう。やってみて、評価して、問題点を洗い出して、フィードバックして、これを繰り返して、より良い方法を探していくしかないのだ。
「なるほど」
シャルロットは相槌を打ちながら、現状を思い浮かべた。
現在テラフォーミング中の惑星は3つ。1つの星系に3つではない。全て別の星系で、いずれもスターゲートハイウェイに接続されている。そして星系なので、テラフォーミング中の惑星以外にも惑星がある。イコール、資源が眠っている場所が多々あるということだ。巡回や調査要員は幾らいても足りない。
また巡回や調査要員が増えれば、潜行戦隊の負担を減らせる。今現在、これら星系の巡回や調査は、潜行戦隊がほぼ一手に担っているのだ。
考えを纏めて、言葉を続ける。
「レビヤタン級駆逐艦を使うって言ったけど、性能問題はどうしようか?」
シャルロットは全て言葉にした訳ではないが、この場にいる面々には十分に通じる言葉であった。
幾つかの事情があるのだ。
まず学園用コロニーの宇宙船パイロット科で使われている練習艦は、“首座の眷属”や“獣の眷属”から購入した中古艦である。
だが輸入品ばかりを使っていては、地球の技術力や工業力が育たない。なのでカラードとしては、地球製の船を使わせたい。だからレビヤタン級駆逐艦なのだ。しかし地球の船は、
更に言えば地球文明の今後を考えるなら、一般人が設計して製造して保守点検出来る形でなければならない。かと言って、性能面で妥協して良い訳でもない。船の性能は、貴重な人材の生存率に直結するからだ。
これらを踏まえて晶が考えたのは、船がシップコア規格で作られている事を利用したものだった。
なおシップコア規格とはアーマードコア理論を元に束がデザインした規格で、簡単に言ってしまえば船を機能単位で徹底的に共通化してパーツ換装を容易にする事で、汎用性と整備性とアップデートの余地を確保して、末永く使えるようにしようというものだ*3。
カラードで運用されている
つまり、愛してやまないアーマードコアと同じだ。
初期装備の船という機体を先に与えて、後はパーツ単位で強化していく。初めから強力な船を渡してやりたいという思いはあるが、現実問題として不可能である事と、逆説的に弱い船であれば自身が行える事と行えない事を、よりシビアに判断するようになるだろう。そこで培われた能力は、生存力に直結する本人達の大事な資産になる筈だ。
この考えを話すと、セシリアが口を開いた。
「なるほど。確かに一理ありますわね、初めから強い船では、基本的な能力が育たない可能性もありますもの」
この場にいる面々は全員が超高性能機を扱う専用機持ちだが、弱い機体の事を知らない訳ではない。むしろ在学中の訓練で、弱い機体で強い機体に勝つにはどうしたら良いか、というのは徹底的に仕込まれていた。理由? 実際の戦場で公平な条件などある訳がないだろう。敵の長所を潰して、こちらの長所を最大化する。その為には知らないといけない。注意しないといけない。観察しないといけない。敗北は慢心した瞬間から寄ってくるのだから。
だからこの場にいる面々は、初期装備の船をパーツ単位で徐々に強くしていけるメリットを極自然に理解できた。
強い船をいきなり渡せないという現実問題があるのは事実だが、組織を支える人材を育てるという視点で見るなら、デメリットばかりではない。
またセシリアは、ちょっとした朗報も口にした。
「あと、もしかしたらもう知っているかもしれませんが、最近幾つかの企業からシップコア規格に対応した、主機関やその他パーツがラインナップされましたわ。テストに合格した学生さん達、そうですわね。上位1~2チームくらいに、本人達の特性に合わせたパーツを特典としてあげてみたりすると、本人達のやる気が出るかもしれませんわね」
束がシップコア規格を発表してから2年と数か月*4。企業も
「アリだな」
晶がニヤッと笑って答えると、ラウラが方針を確認してきた。
「という事は今後の方向性として、宇宙軍が地球文明圏内の巡回や調査を行い、潜行戦隊は宇宙軍が行えない任務に軸足を移していく、という事で良いのかな? それとも、何か別の考えがあったりするのか?」
「その方向で考えてる。流石に今の宇宙軍に、スターゲートネットワークの外のミッションは荷が重いだろう」
今のやり取りの背景には、
まず前提条件として人類がいる銀河系で、ヒューマノイド系と非ヒューマノイド系文明が入植している星系は約8400ある。これらは全てスターゲートで網の目のように繋がっていて、これがスターゲートネットワークと言われているものだ。
つまりスターゲートを辿っていけば、基本的には入植している全ての星系に行ける。またテラフォーミング中の惑星もあるので、この数は今後も増えていくだろう。
次にセキュリティ。
ホワイトなら星系内の交通監視システムが完成しているため、何かあればすぐに分かる。仮に海賊が不埒な行いをしたとしても、最速なら十数秒で部隊が駆けつけてくる。ワープ機関の発達した
グリーンなら到着まで数分。十分実用レベルであるし、並大抵の海賊なら即時鎮圧可能な火力と練度を持つ。
イエローからはセキュリティ系企業やバウンディハンターと共存という形になってくる。一番多いのは入植した惑星の周囲を治安組織―――大体の場合においては軍―――が護り、星系内の他の部分をセキュリティ系企業がカバーするといった具合だ。このためイエロー領域の安全の程度はかなり幅広い。
レッドは紛争地域や海賊多発地帯、或いはスターゲートネットワークの繋がっていない領域外に付けられるランクで、この領域に行くなら“自己責任”という言葉の意味を、強く噛み締めないといけない*5。
最後に、ワープに関する制約だ*6。
次に高性能ワープドライブ。これは星系間を飛び越えられるが、普通のワープドライブよりも大型でエネルギー消費が段違いであるため、搭載した場合は同サイズの非搭載型に比べて、性能面で明らかに見劣りしてしまう。巡洋戦艦級*7以上に搭載したならある程度は緩和されるが、それでも緩和されるだけであって、同型の非搭載艦と1対1で戦えばまず勝てない。それでいて購入、稼働、メンテナンス、全てのコストが跳ね上がってしまう。また船体負荷の大きさから、フリゲート級や駆逐艦級には搭載出来ない。船体側が耐えられないのだ。巡洋艦級なら辛うじて搭載可能だが、船としての性能は劣悪極まりないものになる*8。
最後にスターゲート。単艦でも複数艦でも任意の地点に送り込める。オペレーション難易度を無視するなら、これが一番使い勝手が良いのは間違いない。しかし設置型スターゲートを高度な技術によって小型化しているとは言え、その大きさは戦艦級の積載量を以てしても無視出来ない程の負荷を船に与えていた*9。同サイズの船に比べて、性能面で明確に劣ってしまうのだ。コスト面での負担も、高性能ワープドライブ搭載艦の比ではない。加えて言えば、設置型スターゲートと艦船に搭載したスターゲートの跳躍距離は同じではない。設置型は高度な演算システムを潤沢に使って、かつ莫大なエネルギーを消費してゲートを安定させる事が出来るが、艦船搭載型は船という限られた演算能力と動力源でゲートを開いて制御しているためだ*10。
そしてイクリプスやアリコーンという束博士お手製の超高性能艦を除けば、今の人類に高性能ワープドライブ艦やスターゲート艦を建造する力は無い。通常のワープドライブの研究は進められているが、自力で製造出来るところまではいっておらず、束博士が月に3~5個程度製造して提供している物頼りだ。
3年半ほど前*11から提供されているので在庫はあるが、現在整備が進んでいる10基の造船用コロニーが本格稼働したら、あっという間に枯渇する程度の数でしかない。
これらの背景を踏まえれば、今の宇宙軍にスターゲートネットワークの外のミッションは荷が重い、という判断は至極真っ当なものと言えた。
ラウラが答える。
「そうだな。しかし、悩ましいな。早く数は揃えたいが、練度は無視できん。今暫く潜行戦隊には苦労をかける事になるか」
晶が答えた。
「今のところはローテーションを維持出来ている。本当に、よくやってくれていると思う」
潜行戦隊は1隻1戦隊扱いで、全3戦隊しかない。
1戦隊が活動、1戦隊が待機、1戦隊が補給や整備を含めた休息という形でミッションを回していた。ローテーション間隔は1~2週間程度。詰め込もうと思えば詰め込めるし、アリコーンの性能なら超長期ミッションにも対応出来るが、晶がそんな判断をする筈もない。理由? 晶のワガママである。自分の女達でもあるのだ。超長期ミッションを与えて放置なんて冗談じゃない。
次にセシリアが口を開いた。
「人材育成で思ったのですけど、カラードで学校を作りませんか」
シャルロットが尋ねた。
「学園用コロニーがもうあるけど、意図としては別だよね。どういうこと?」
「学園用コロニーはある程度の下地がある人達を受け入れて、
晶が答えた。
「確かに気の長い話だが、先を見据えるならありだな。ただセシリア、3つばかり組み込んで欲しい事がある。1つ目は小中高いずれの段階でも、外部から一定数の生徒を受け入れること。少数じゃなくて、ある程度の数だな。理由は外部からの風というか刺激がないと、変な意識で凝り固まっちゃう可能性があるから。2つ目は寮と家から通う形のどちらにも対応すること。3つ目は2つ目と関係するけど、家族が住み易い環境も整えること。家族で移住してきたとなれば、色々あるだろ」
「分かりましたわ。お任せ下さい」
地球内部の事は、セシリアに全権が与えられている。たったこれだけのやり取りで、巨大プロジェクトが承認されたのだった。
話が一段落したところで、シャルロットが口を開いた。
「ねぇ晶。テラフォーミング中の惑星の事で良いかな」
「ん?」
「
この発言にも、背景となる事情があった。
まず
1つは衛星軌道に配置した偏向リングを使えば、射線を自由に偏向出来るということ。複数の偏向リングを使えば、惑星の反対側であろうと狙えるのだ。1つはスターゲート送電システムを用いた莫大なエネルギー供給により、砲身の物理的な強度が許す限りの連射が行えるということ。最後は原型を知らない
しかし、何事にも限度というのがある。如何に優れた砲であっても、複数ヶ所同時には対応出来ない。では
十分な数の防衛艦隊を用意出来れば何も問題無いのだが、今のカラードにはその防衛艦隊を用意する力が無い。
またテラフォーミング先を、余り物々しい雰囲気にしたくない、という事情もあった。
何故なら後2年前後で入植が始まる予定のテラフォーミング先には、異文化交流用の都市を建造する予定なのだ。都市建造には“首座の眷属”や“獣の眷属”の身体的特徴も考慮されている*14。見た目が物々しく威圧的な雰囲気は、大きな減点材料だろう。安心感を与えられる防衛体制とのバランスは、非常に難しい問題だった。ついでに言えば元々分かっていた問題で、良い案がなくて先送りにしていた問題でもある。しかし入植開始までの期間を考えれば、もう先送りは出来ない。
「そうだなぁ」
晶は天井を見上げながら呟き、暫し考えて………ピコンと閃いた。
ただ思い付きが上手く出来るかどうか、設計者である束に確認してみる。
コアネットワークを接続。
(束。今いいか?)
(良いけど。どうしたの?)
(
(うん。してるよ。じゃないと拡散しちゃって命中精度を維持出来ないから)
(仮になんだけどさ、偏向リングを2つ通して、敵に当たる直前に通す3つめで拡散って出来るか?)
(ああ~。なるほど。確かに今の防衛体制だったら、数で押されたら厳しいもんね。分かった。やっておく)
(助かる。ありがとう)
(良いってこと。今日は私の番だしねぇ~♪)
何が、とは言わない。大人の営みだ。
こうして確認した晶は、シャルロットに言った。
「偏向リングの仕様をちょっと変更して、狙撃と拡散が出来るようにする」
これまでに得た
「なるほど。確かにその方法なら、穴は大分小さくできるね」
こうして4人は他にも様々な事を話して、意見の擦り合わせを行っていったのだった。
◇
また別の日の社長室。
少々珍しい面会予約が入っていた。クロエだ。何かあるなら義妹達が住んでいるマンションで話せるのだが、「カラード社長としての判断が必要になると思いますので、社長室で話したいと思います」と言われてしまった。何だろうか?
そんな事を思っていると当人が来たので、応接用ソファーを勧めて晶もそちらに移る。
―――ソファに座るクロエ―――
―――ソファに座るクロエ―――
「で、話って何なんだ?」
「まずは、これを見て欲しいと思います」
クロエが空間ウインドウを展開して見せたくれたのは、義妹達が設立したアースレポート・コーポレーションのデータベースに関する掲示板だった。
情報系企業の同社は、地球の地域ごとの一般常識や文化といったものをデータベース化していて、各国の挨拶から買い物、ビジネス的な場面まで広く網羅した様々なシーンを、動画で見る事が出来るようにしている。
今ではビジネス界隈で重宝されている上に、“首座の眷属”や“獣の眷属”の人達も見てくれるようになっていた。テラフォーミング先の異文化交流用の都市建造に、協力要員として派遣されている人達だ。
掲示板を読み進めて行くと、面白い書き込みが見られた。
地球での挨拶は“首座の眷属”や“獣の眷属”では、どのような言葉や動作になるのか、というものだ。他にも日常生活でよくある様々なシーンについて、同様の書き込みがある。
無論掲示板の情報を鵜呑みにする訳にはいかないが、此処に持ってきたという事は、ある程度裏が取れているのだろう。聞いてみた。
「書き込み元の特定は?」
「勿論済んでいます。殆どは月の積み替え用ステーションですが、幾つかは大使館です」
「………マジ?」
「はい」
「本当に?」
「本当です」
アラライルとスノーの顔が思い浮かぶ。いや、やったのは2人の部下達だろうか? 脱線しかけた思考を戻して話を続ける。
「向こう側が載せる事を望んでる、と受け取るべきかな」
「私達もそう考えました。そしてそれを発展させて、データベースを文明間の行動相互表にしよう、という話が持ち上がりました。例えば人類のAという行動が、“首座の眷属”ではBという行動に相当する。或いは“獣の眷属”ではCという行動に相当する。これが分かれば“首座の眷属”のBという行動と、“獣の眷属”のCという行動は概ねイコールと出来ます。そしてこれを更に発展させれば、未知の種族とのコンタクトにも応用できます。例えば人類にとっては未知の種族でも、“首座の眷属”のBという行動が未知の種族のDという行動とイコールだと分かれば、コンタクトの難易度を大きく下げられます」
確かにそんなデータベースが出来れば、異文化交流のハードルを大きく下げられるだろう。
だが続けて出てきた言葉は、素直に肯けないものだった。
「もし本当に行うなら、国策として行うべき規模です。なのでデータベースの管理権限を、お義兄様にお渡しするべきかと思いまして」
理性は受け取るべきと言っているが、感情は逆だった。
「それは違うだろう。あのデータベースはお前達が発案して、お前達が育てたものだ。確かに作るための初期資金は出したが、お前達の物というのは変わらない。“首座の眷属”や“獣の眷属”の情報が入ったからと言って、俺が受け取るのは筋が通らない」
「お義兄様なら、そう言うと思っていました。なので私はこう言います。あの会社も、データベースも、全てはお義兄様の役に立つ為に作ったものです。ですから受け取ってくれた方が、私達としては嬉しいんです」
晶は何かを言いかけて口を開き、結局何も言えずに口を閉じて、別の言葉を口にした。
「………クロエ。その言い方はズルい」
するとクロエは、その言葉を待ってましたと言わんばかりに畳みかけてきた。
「私達の気持ちが分かりましたか。お義兄様。だってお義兄様ったら、私達に与えるだけ与えて、恩返しさせてくれないんですもの。生体パーツとして死ぬ筈だったのを助けてくれただけじゃない。住む場所。着る物。教育。人間らしい暖かい思い出。沢山のものをくれたのに、何も返させてくれないんですから」
「恩返しを期待して引き取った訳じゃないし、もう十分返して貰ってる」
「私達が納得していません」
平行線だと思った晶は、取り敢えず受け取っておこうと思った。後で更識を使って、また義妹達の手に戻るようにしておけば良いだろう。
「分かった。受け取っておく」
するとクロエは、気になる言葉を言った。
「良かった。これでようやく1つ返せました」
「ん? 1つ?」
「はい。1つです。まさかお義兄様。たった1つ返して終わりなんて、そんな訳無いじゃないですか」
「いや、だからもう十分に」
クロエは最後まで言わせてくれなかった。
「住む場所。着る物。教育。沢山の人間らしい暖かい思い出。それが8人分。しかも利息は十一ですから、まだまだ沢山お返ししないといけません」
「いや十一ってなんだよ」
「利息は十日で一割増えるという素晴らしい言葉ですよ」
「いや、それ違反だからね」
「義妹銀行では正常な利息です」
「十一って借金に使う言葉だからね」
「あらあら困りました。お義兄様の義妹として、借金を返さないなんて真似は出来ません。誠心誠意働いて返しますから、ちゃんと受け取って下さいね」
「世の中には違法な借金は返済しなくても良いという法律があってだな」
「本人が申し立てしなければ、誰も分かりませんよね」
「俺が申し立てる」
「じゃあ、こちらは最終兵器に御登場願います」
「ふん。どんな最終兵器か知らんが俺を前に――――――」
社長室のドアが開かれ、束が入ってきた。
「やっほー。晶。話は全部聞いていたよ」
「へ? 束」
「うん。クロエから予め相談されてたんだ。晶の事だから絶対ゴネるし、受け取ったフリして後からこっそり返却とかしそうだから、しっかり釘を刺して欲しいって」
クロエを見ると、勝ち誇った顔をしていた。
こいつぅぅぅぅ。
「いや、しかしな。束」
束は最後まで言わせてくれなかった。
「しかしも案山子もないの。晶は思いを受け取るにふさわしい行いをしたの。彼女達の思いを尊重するなら受け取るべきなの。違う。受け取らなきゃダメなの。いい。絶対受け取らなきゃダメなの。私だって晶が何かを受け取ってくれなかったらイヤだし、そんな思いを義妹達にさせるの?」
いつの間にか近づかれて、人差し指で胸元をグリグリされる。
晶は白旗を上げた。
「分かった」
「だ、そうだよ。クロエ」
「束様。ありがとうございます。義妹一同、これからもお義兄様に沢山返して、沢山愛して、沢山甘やかしていきたいと思います」
「うん。溺れるくらいに甘やかしてあげて」
晶は苦笑いしながら言った。
「お前ら。そういう会話は本人のいないところでやってくれ」
束が笑いながら言った。
「何言ってるの。晶が私達を甘やかすように、私達だって晶を甘やかしたいんだよ。所謂win-winな関係ってやつかな」
「そうです。お義兄様はもっと甘やかされる事に慣れるべきです」
「いや、もう大分甘やかされるからな」
「全然足りません」
クロエがピシャリと言うと、束が悪ノリし始めた。
「じゃあ、義妹達が考えてる晶の甘やかし計画を教えて貰おうかな」
「この場で喋っても良いのですか」
クロエは嬉しそうだった。
「勿論」
速攻でOKを出す束。だが、晶は居心地が悪い。据え膳はしっかり頂く男だが、ここで手を出すのは何か違う気がする。しかし自分の甘やかし計画を聞き続けるのも、背筋が堪らなくむず痒い。
この後の時間がどうなったのかは、当人達だけの秘密である。
第254話に続く
この方法なら大規模な防衛艦隊を用意しなくても、ある程度までは何とか出来る………と良いなぁと思う作者であります。
そしてクロエさん。晶くんの逃げ道を塞ぐ為に、先に束さんに話を通していました。
次のお話でも、もう少しアースレポート社のデータベースについて触れようと思います。