インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
そしてクラレス&レイシーに転機が。
約10ヶ月程前、“翼の眷属”は非ヒューマノイド系文明に領域侵犯された事を切っ掛けに逆侵攻を行い、前大戦時に奪われた17星系の内の14星系を奪還していた*1。
時間にして僅か
誰が見ても、華々しい戦果と言えるだろう。
なお戦力的に見れば残り3星系も奪還可能だったかもしれないが、2つの理由から“翼の眷属”上層部は、14星系を奪還した時点で進軍を止めていた。
1つは時間。本作戦は立案当初から、“首座の眷属”の介入が実質的なタイミリミットとされていた。
1つはイレギュラー。本来の予定では、
そして息切れした事により、“翼の眷属”が最も攻略したかった宇宙要塞を攻略出来なかった。
もし地球人が聞いたなら、疑問に思うかもしれない。
何故ワープが発展している
この考えは、概ねの場合において間違っていない。だが、有効な場合もある。
理由はワープやスターゲートの最大到達距離で、これらは3種類に大別される。
1つは普通のワープ。これは主に星系内の移動に使用されていて、星系間を飛び越えるには出力が足りない。頑張れば行けない事もないが、普通の海に例えると小型船で外洋に出るようなものだ。
1つは高性能ワープ。これは星系間を飛び越えられるが、船体への負荷が大きい。高性能ワープドライブ搭載型と非搭載型で同クラスの船を比べた場合、搭載型の性能は非搭載型に劣る。
1つはスターゲート。単艦でも複数艦でも任意の地点に送り込める。オペレーション難易度を無視するなら、これが一番使い勝手が良いのは間違いない。しかし設置型スターゲートを高度な技術によって小型化しているとは言え、その大きさは戦艦級の積載量を以てしても無視出来ない程の負荷を船に与えてしまうのだ。つまり同サイズの船に比べて、性能面で明確に劣ってしまう。コスト面での負担も、高性能ワープドライブ搭載艦の比ではない。更に言えば設置型スターゲートと艦船に搭載したスターゲートの跳躍距離は同じではない。設置型は高度な演算システムを潤沢に使って、かつ莫大なエネルギーを消費してゲートを安定させる事が出来るが、艦船搭載型は船という限られた演算能力と動力源でゲートを開いて制御しているためだ。
これに宇宙要塞が設置された場所の地理的要因を加味すると、“翼の眷属”の意図が見えてくる。
何故なら宇宙要塞のある星系は“翼の眷属”側から見れば、奪われる前の領域の最外縁部であり、非ヒューマノイド系文明の領域との間には、広大な星間空間があるからだ。
艦船搭載型のスターゲートでは、恐らく旗艦級に搭載されているタイプを使っても、数回の跳躍を必要とする。それほどの空間だ*3。
だから非ヒューマノイド系文明は、この星系に宇宙要塞を置いた。此処を押さえている限り、“翼の眷属”が直接侵攻する手段は無いからだ。
逆に“翼の眷属”にしてみれば、喉元に突きつけられた刃と同じだ。どうあっても排除したかっただろう。
しかし排除出来なかった結果、周辺星系の治安が悪化していた。
非ヒューマノイド系文明は報復及び奪われた星系の奪還を目指して戦力を送り込み、“翼の眷属”は奪還した星系を奪われまいと防衛ラインを構築し、散発的な戦闘が頻発するようになったからだ。
だが2つの文明が睨み合って、なお大規模戦闘に発展していない理由は“首座の眷属”にあった。
かの文明が用意している緊急即応艦隊の打撃力は強大で、万一投入されれば甚大な被害が避けられないからだ。加えて言えば緊急即応艦隊は単なる先遣艦隊で、確実に二の矢が送り込まれてくる。そうなれば、この星系に展開している全戦力を塵にされかねない。片方ではなく、両文明を合わせた全戦力だ。
このためお互いに大規模動員出来ない散発的な戦闘が続き、両軍共に散発的な戦闘で消耗したくないが、相手を休ませたくもないという理由から、どちらともなく傭兵を使い始めている。
今のシャルロットには、こういう情報が入るようになってきいた。
スターゲートハイウェイ、1号支社、2号支社、プラチナ・ドロップス。これらから少しずつ情報が上がってきて、遠い場所の動向が見えるようになってきたのだ。
無論、解像度が高い訳ではない。いずれの場所から上がってくる情報も、言葉を選ばずに言えば又聞きなのだ。情報が流れてくる過程で、何らかのバイアスがかかってしまうのは避けられない。それでも複数の場所から同じような情報が上がってきたなら、話の方向性としては間違っていないだろう。
尤も物騒な話ではあるが、今すぐ地球文明に直接的に、何らかの悪影響がある訳ではない。
遠い場所の出来事であるし、今現在スターゲートハイウェイが接続されているのは、“首座の眷属”と“獣の眷属”の領域のみなのだ。片や
加えて言えば束博士が、スターゲートハイウェイ稼働時に設立した基金の存在も大きかった*4。
あの時、彼女はこう言ったのだ。
『スターゲートハイウェイは御二人の尽力、そして両文明が協力してくれたからこそ、こういった形で日の目を見る事が出来ました。なので収益分配は3文明で2:2:2。残りの4を基金として積み立て、スターゲートハイウェイの運用にまつわる諸問題の対応に当てようかと思っています。例えば今回、“首座の眷族”と“獣の眷族”はスターゲート周辺の警備と交通整理に正規艦隊を出してくれていますが、それに関わる費用に当てる、などでしょうか』
この提案の上手いところは、地球=最大の貢献者である束の利益を意図的に低くする事で3文明の比率を同じにして、残りを諸問題に対応する為の基金として運用するところにあった。
利益という一点でみれば束の大損とも言えるが、運用まで含めて考えると、そうでもない。
まずスターゲートハイウェイは、地球が単独で運用できるものではないのだ。スターゲートそのものの管理は出来ても、人の往来や物流があってこその物である以上、“首座の眷族”と“獣の眷族”の協力が必要不可欠なのは誰でも分かるだろう。そして文明間の協力というのは、気持ちだけで出来るものではない。世知辛い話だが、金がかかるのだ。だから“諸問題に対応する為の基金”という形で、スターゲートハイウェイの運用に関わる事になら、何にでも使える財源を用意した。また“首座の眷族”と“獣の眷族”の心情としても、最大の貢献者が自身の利益を大幅に削ってまで安定運用する為の姿勢を示したとなれば、心情的にも協力し易い。分配比率が地球以下なら騒ぎ立てそうな輩も、文句は言い辛い。これで言い出したら只の搾取である。
そして今現在、稼働しているスターゲートは18。接続先を警備する両文明の活動資金は、この基金から出ていた。莫大な金だが、スターゲートハイウェイの交通量は1日約7万隻。その殆どが積み替え用ステーションに寄港して、ドックの使用料や補給等で金を落している。直径十数キロメートルの小惑星をくり抜いて作った、9つの積み替え用ステーション全てが毎日フル稼働なのだ。
お陰で基金は凄まじい勢いで積み上がり、結果として接続先の宙域は極めてクリーンな環境に保たれていた。
このような状況でシャルロットは、プラチナ・ドロップスと通信していた。
カラードが運営している
話している相手は総責任者のナユ。“首座の眷属”という宇宙人だが、外見は地球人の女性と変わらない。いや、非常に美しい女性と言った方が良いだろう。
―――プラチナ・ドロップス総責任者ナユ―――
デスクでお仕事中だったナユ
―――プラチナ・ドロップス総責任者ナユ―――
『ナユさん。最近、どうですか』
定期報告は受けているが、シャルロットは雑談のような会話も好んでしていた。報告書だけの関係というのは味気ないし、仲良く出来そうな相手だと思ったからだ。
ナユもシャルロットがどんな人物か、既に分かっているので気軽に応じた。
『お客様が大変に多くて、忙しい毎日です。良い事ですが、それに伴って困ったお客様も増えていまして』
ニコニコしているので、恐らく深刻な問題ではないのだろう。
『どんな?』
『些細な問題です。ちょっとお酒に呑まれて気が大きくなってしまったり、世の中を知らないお坊ちゃまやお嬢様が少々やんちゃしたり。でも大丈夫です。イングラムとグリフォンが、中々良い対応をしてくれていますから』
両機は人型で人間サイズの無人機だ*5。
元々カラードで使っていた物をプラチナ・ドロップス用にアップデートした物だが、数回のバージョンアップが行われた後に、悪戯心満載のプログラムが追加されていた。
その名もお仕置きプログラム。
人様に迷惑をかけるような行動をして、数回の口頭注意でも改善が見られない場合に発動するプログラムで、非殺傷性の武装で鎮圧した後に、顔に油性マジックで落書きするプログラムだ。類似Verとして、「私は人様に迷惑をかけた愚か者です」と首からプラカードをぶら下げるタイプもある。
当初はすこーし批判的な意見もあったが、意外な事に家族連れからは好評だった。
悪い事をしたら叱られる良い見本になっているらしい。
因みに発案者が誰かは、言うまでもないだろう。社長は遊び心と悪戯心の持ち主なのだ。
シャルロットは少しばかり苦笑しながら尋ねてみた。
『再犯率はどうですか?』
『余程酷い人でない限り、次からは自重してくれる人が多いですね。悪い人ってプライドが無駄に高い人も多いですから、可哀そうな目で見られるのは堪えるのかもしれません』
『確かに。悪い人って犯罪歴を逆に誇ったりしますけど、恥ずかしい落書きをされて一般人に可哀そうな目で見られたなんて、誇れませんからね』
2人はそのままお仕事にまつわる面白おかしい話で盛り上がり、ふとした拍子にシャルロットが言った。
『そういえば、プラチナ・ドロップスをオープンする時に撮ったPVがあったじゃないですか。あれ、まだ再生回数多いんですよ』
『そうなんですか?』
地球からの渡航はまだ制限されているものの、
『出演女優が良いからじゃないかな?』
『御冗談を』
とは言いつつも、誉められて悪い気はしない。
―――PVに出演しているナユとアキ―――
ナユ
アキ
―――PVに出演しているナユとアキ―――
今度は水着談義で盛り上がり始める。
地球の水着パンフレットや“首座の眷属”の水着パンフレットを見比べ、デザインについてアレコレ話していく。ノーマルなやつもあれば、ちょっと過激で異性の理性を激しく揺さぶりそうなものまで色々ある。
2人がどんな使い方を妄想していたかは本人達しか分からないが、暫く話し込んだところでナユが別の話題を口にした。
『そういえば、あの2人ですが頑張っているみたいですね』
『2人? クラレスとレイシーのこと?』
『はい。あの後何度かおもてなししましたが、苦労しつつも元気にやっているみたいです』
10ヶ月程前の事だ。ナユは晶から頼まれて、表に出られないクラレスとレイシーの息抜きを手伝った事があった*7。
何せクラレスのフルネームは、クラレス・イル・ディアニス・カルニア。軟禁されている“翼の眷属”穏健派筆頭カルレス・イル・ディアニス・カルニアの孫娘なのだ。
これに加えてレイシーは、カルレスが私的に抱えていた兵士の1人。無論、雑兵などでは無い。上位から順にナンバリングされた私兵達の中で、No.005という超高位ナンバーを与えられた兵士なのだ。極めて高い電子戦能力の持ち主で、束が直々に行ったテストをパスできる程と言えば、大体の地球人には通じるだろう。
こんな2人を保護している事が“翼の眷属”強硬派に知られれば、確実に火種となる。
安全を考えるなら売るべきだったが、晶の判断は違ったのだ。
そして2人の保護されてからの経緯は少々複雑で、まず始めは外宇宙探査を行って貰っていた*8。切っ掛けはレイシーからの雇って欲しいという言葉だが、生い立ちや背景を考えれば、他に有効な使い道は幾らでもあっただろう。だが、晶はそういう判断をしなかった。クラレスの「色々な物を見るのが大好きで、色々な所に行っていました」という言葉を最大限尊重した結果だ。無論、上流階級出身とは言え一般人に過ぎない彼女に、専門的なスキルは無い。このため教師役を“首座の眷属”や“獣の眷属”に手配してもらい、100%実地研修で学んで貰いながらだ。
因みに晶はこの時点では、クラレスを将来的にカラードの外宇宙探査要員にしようと考えていた。クーデターの起きた“翼の眷属”に戻す、という考えは無かったのだ。またレイシーにネットワーク系の仕事を頼む気も無かった。穏健派筆頭の私兵であり、いずれいなくなる可能性のある相手に、その手の仕事を頼むはリスクが高い。極々普通の判断だろう。
これが変わり始めたのは、外宇宙探査で鉱脈が発見されてからだ*9。採掘される鉱石は銀河系に広く分布しているもので、コロニーや艦艇建造などに使われている事が多い。尤も広く分布しているイコール供給元が多いという事でもあるため、独占的に扱って影響力を及ぼせるようなものではない。しかし需要が多い物でもあるため、大手の利権が及んでいない辺境では売り込みやすい資材であった。
真っ当な経営者なら、真っ先に自分達で使う事を考えるだろう。だが当時のカラードに、採掘・製錬・精錬・加工・販売にかかる労力を捻出するのは不可能だった。このため晶は2人に鉱脈をあげて資金も渡して、企業として好きに活動させる事を考えた。2人が会社的な実務を行える必要なんてない。代表として名前を公開する必要も無い。しかし上手くやれば、そのあたりはどうにかなると思ってのことだ。
狙いは2つ。1つは将来的に“翼の眷属”に干渉する必要が出てきた時に役立つかもしれないということ。1つはもしも2人が“翼の眷属”に戻る事が出来た時、地球にとって友好的な存在になってくれれば良いと思って。友好的な政権になってくれれば御の字で、資源で金稼ぎよりも、その為の投資として鉱脈という資源を使う、という判断だ。
これにより2人は資材供給を行う企業と、搬送屋を設立して人や物を運ぶようになっていく。
目的は2つ。
1つは穏健派に属する者達に良い資材を安く供給する事で、財政面での負担を減らして力を蓄えやすくすること。
1つは配送屋を使う事で、穏健派同士で人や物を直接やり取り出来るようにすること。機密保持の観点から、通信そのものを避けたい場合というのは
また大事な事として、これらの企業を調べても2人の名前は出てこない。企業の経営責任者となる社長は別に用意されているのだ。クラレスは偽名で出資者となっていて、レイシーも偽名で護衛兼秘書。つまり登録書類の何処をどう探しても出てこない。しかし実態としては、全ての情報が2人に集約されるようになっていた。
恐らくレイシーの発案だろう。クラレスの発案と考えるのは流石に………。
そんな事を思いつつ、シャルロットは聞いてみた。
『どんな苦労をしているみたいでしたか?』
『色々ありましたが、一番の苦労は直接言葉を交わせない事みたいです。それなりに信用できる者を雇えたみたいですが、方針を伝えた後の実務は全て任せる形ですから』
『なるほど。行動派のクラレスさんにとっては、随分ともどかしいでしょうね』
しかし選んだ道を歩んでいくなら、避けては通れない道でもある。
ここで、ふと気になった事を尋ねてみた。
『ところで、おもてなしってどんな事をしたんですか? 2人とも表には出れませんし、ホテルの中だけだと、出来る事にも限度があるでしょう』
『それは私も悩みました。2回目くらいまでは良かったのですが、どうしてもホテルの中だけだと変化に乏しくて。なので社長と束博士が視察に来た時に、思い切って相談してみたんです』
シャルロットは若干嫌な予感がした。あの2人にこういう事を相談すると、面白いに全振りして常識を遠いお空に放り投げたりするのだ。普段は束博士の突拍子も無い案を、晶が現実的な所に落とし込んでくれるのだが………面白いが絡むと二人揃ってアクセルを踏むのはどうにかして欲しい。
意を決して続きを聞いてみる。
『ええっと、どんな返答だったんですか?』
『半VRゲームを作ったら面白そうだな、と言っていました。技術的な事は分かりませんが暫くしてから、社長からこんな物が送られてきました』
シャルロットの前に新たな空間ウインドウが展開され、マニュアルらしきものが表示される。
タイトルは「運動不足解消用の半VRゲーム」となっていて、右下にデフィルメされたウサギさんマークと黒い鳥マークがあった。この時点で、遊び心が滲み出ている。
恐る恐る内容を読んでいくと、意外にも運動不足やストレス解消を両立させた上で、真っ当な遊び心のあるものだった。
色々書いているが、簡単に纏めると次のようなものだ。
―――運動不足解消用の半VRゲーム―――
・本システムはJIVESを流用したものである。
・遊ぶ為にはパワードスーツ用のパイロットスーツの装着が必須。
・理由はパイロットスーツの感覚欺瞞機能を使うため*10。
・感覚欺瞞機能によってゲーム的なダメージをある程度再現する。
・ゲーム内容はダンジョン型のハック&スラッシュ。
・没入感を高める為に新開発のHMDも使用する。
・ダンジョンを再現する為に約25m×35m程度の広さがあると良い。
(バスケットボールコートが2面くらいの広さ)
・階層構造の建物を準備しておくと、パーティ分断も再現。
・敵はドローンやドロイドにCGを重ねてそれっぽく描写。
―――運動不足解消用の半VRゲーム―――
続いて添付されている資料を見てみると………………良くも悪くも遊びに全力だった。まずこのゲームは建物の中で行う前提なのだが、専用の建物の床は動くのだ。極々簡単に言えば、ランニングマシンと同じ原理だ。歩いても走っても床が反対方向に同じ速さで動き続ければ、本人としては大きく動いている雰囲気を味わえる。
なるほど。これにダンジョンという設定で行動範囲を限定して、JIVESの演算能力を使ってダンジョンと敵を描画する。剣と魔法の世界に没入しつつ自分の体も動かすから、運動不足解消になると。
シャルロットは2人の反応を聞いてみた。
『どうだったんですか?』
『随分と気に入ってくれたみたいで、こんなホロを送ってきてくれました』
―――ゲームを楽しむクラレスとレイシー―――
ゲーム開始前のクラレス
ゲーム開始前のレイシー
ゲーム中のクラレス
ゲーム中のレイシー
―――ゲームを楽しむクラレスとレイシー―――
シャルロットは思った。ゲーム中の装備は絶対に晶の趣味だ。うん。今度着てあげよう。
それはさておき、ちゃんと息抜きは出来ているようだった。
『楽しめているみたいですね』
『はい。特に行動派のクラレスさんには、体を動かすというのが良かったみたいです。でもこの前話した時に、こんな事を言ってました。レイシーが教育ママになっちゃったって』
『何となく理由は想像できますが、実際のところは?』
『随分楽しまれて、楽しみ過ぎてレイシーさんからゲームは1日1時間までと言われてしまったみたいです』
『うわぁ。クラレスさんは何て答えたんですか?』
『これは全身運動のトレーニングだから、3時間にして欲しいって言ったみたいです』
『レイシーさんは?』
『高強度の運動というのは間違っていないので、2時間に妥協してあげたそうです』
シャルロットは送られてきたホロを見て思う。妥協したのは、レイシーさんも楽しみたかったからでは? だってホロに映る姿はノリノリなのだ。
こうして2人は様々な事を話し続けたのだった。
◇
一方その頃。積み替え用ステーションの一角。
クラレスとレイシーは、カラードが与えてくれた部屋で今後の事を考えていた。
「ねぇレイシー。どうしたら良いかな?」
「現状、地道に行っていく以外の方法は無いかと」
「そうだよねぇ」
この10ヶ月間で2人が立ち上げた配送屋は、穏健派同士で人や物を直接やり取りする際に使われ始めていた。尤も信用や信頼を得た、という訳ではない。単純に穏健派の屋台骨が揺らいで、派閥のネットワークが寸断され始めているのだ。理由は3つ。
1つは強硬派の歴史的大勝利。前大戦時に奪われた17星系の内の14星系を、たった
1つは穏健派をまとめ上げられる者の不在。穏健派筆頭のカルレス・イル・ディアニス・カルニアが軟禁されている現在、代わりに派閥を纏められる者がいないのだ。無能揃いという訳ではないが、カルレスに比べれば小粒なのは否めない。
1つは寝返り。強硬派の歴史的大勝利を見た面々が、次々に鞍替えをしているのだ。お陰で穏健派の面々は誰を信用して良いか分からなくなり、疑心暗鬼が更に派閥の活動を阻害するという悪循環に陥っていた。
つまり瓦解寸前、と言っても良いだろう。何も不思議な事ではない。多くの者は勢いのある方につき、強者に従うのだから。誰もが明確な意志を持って、何かを成そうとする訳ではない。
このような状況下であるため、辛うじて残っている穏健派が彼女の配送屋を仕方なく使い始めた、というのが実情であった。
そしてここで大事になってくるのが、クラレスの意志である。
彼女は別に、カルレスの跡を継ごうと思っていた訳ではない。孫娘という立場ではあるが、後継者として教育されていた訳でもない。教育に厳しい両親とは折り合いが悪く、でもカルレスには可愛がられて高性能ワープドライブ艦を与えられ、冒険者紛いに辺境宇宙を飛び回ったり、豪勢な旅行で大金を溶かしたり、ボランティアで誰かに献身してみたり、興味のある事は何でもやってみるお転婆だったのだ*11。
決して、穏健派という巨大な派閥の跡を継ごうと思っていた訳ではない。
穏健派筆頭の孫娘という立場故に強硬派に狙われ、カラードに救われただけのお転婆小娘である。
彼女自身には何の力も無い。だが、人の心が無い訳でもない。色々と良くしてくれた御爺様を、助けたいという思いはあった。しかし現実問題として、不可能というのも分かっていた。だからせめて御爺様に恥じない行動をしようと思ったが、どんな行動をすれば良いのかが分からない時に、カラード社長の言葉が不思議と響いた。
「もしも2人が“翼の眷族”に戻れた時に、友好的な存在になってくれれば良い」*12
戻れる日が来るかどうかは分からない。でも御爺様に恥じない行動というなら、自分達が戻れるかどうかは別として、友好の輪を広げられるような活動をするべきだろう。
そして配送屋や資材供給事業を立ち上げた当初は、単純に穏健派を再建すれば良いと思っていた。表にこそ出られないが、配送屋で人と物を運び、資材を安く卸す事で、穏健派の再建を支援していく。十分、御爺様に恥じない行動だろう。だが、ある時ふと思ったのだ。仮に、仮に、だ。穏健派の再建が成ったとして、今度はカラード社長が助けてくれた恩に報いる事は出来るだろうか?
友好的な存在になってくれれば良いとだけ言って、多くの支援をしてくれている。もしも再建した穏健派が、何らかの事情で地球に対して敵対的な方針を打ちだしたら? 時折聞こえてくる話に、考えたくもない内容が混じっている事もある。穏健派は友好的な政策を是としている派閥だが、最悪を、本当の最悪を考えるなら、再建された穏健派の筆頭が御爺様とは限らない。
なので何かしらの影響力を行使できる立場なった方が良いと思い、素人なりに色々考え、自分より遥かに経験も知識もあるレイシーに相談もしたが、今は時世が悪かった。
何せ強硬派が歴史的大勝利を収めてしまったお陰で鞍替えする者が続出して、穏健派そのものが大きく揺らいでしまっている。更に言えば自分達の活動基盤も、まだ小さく頼りない。何せ搬送屋も資材供給事業も、始めてまだ10ヶ月程度。辛うじて残っている穏健派に、脆い足がかりが出来た程度なのだ。大きな活動など出来る筈もない。
だからこそ出た冒頭の言葉だが、直後に転機が訪れる。
この部屋に、直通のコールが入ったのだ。
ただし、カラード社長ではない。宇宙開発部門長代理のシャルロットでもない。公開されていないこの部屋に、メモリーに登録されていない相手から直接だ。怪しい以外の何ものでもない。応答する前にレイシーが即座に発信元を逆探知して、表情が僅かに変わる。“獣の眷属”の大使館? 何故? もう少し潜れば内部の何処からの通信かも割り出せるが………思い留まる。ここはカラードから与えられた部屋なのだ。ハッキングの足跡を残すようなヘマをするつもりは無いが、万一積み替え用ステーションから“獣の眷属”の大使館へ不法アクセスした、などという履歴が残ったら大問題になる。ここから先の対応は、コールに出れば良いだろう。ただし、こちらから送る音声と映像にはマスク処理を施しておく。
レイシーが応答すると、展開された空間ウインドウにスノー大使が映し出された。
―――通信してきたスノー大使―――
―――通信してきたスノー大使―――
先に口を開いたのはスノー大使だった。
『………なるほど。流石に注意深いですね。ですが、大丈夫ですよ。社長に要件を伝えた上での通信ですし、こちらは御二人がそこにいると分かっていますので』
確かにスノー大使とアラライル大使は、クラレスとレイシーが積み替え用ステーションの一角にいると知っている。
数瞬考えた後、マスク処理を解除。スノーの方にも2人の姿が映し出された。
『これで、ちゃんとお話できますね』
『どのような御用件でしょうか? 正直なところ大使ほどのお方から、直接連絡を貰えるような事に心当たりは無いのですが』
『はい。初めて伝える内容ですから』
『それは?』
『話す前に、確認です。配送屋や資材供給事業の最終決定は、クラレスさんが行っている。貴女は只のサポート役に過ぎない。この認識で間違いありませんか?』
『そうです』
『なら、クラレスさんに代わって下さい。貴女方の今後に関わる大事な話です』
『………分かりました』
レイシーが返答すると、スノーの前に空間ウインドウがもう1つ展開されてクラレスが映し出される。
随分と緊張している様子だが、無理からぬ事だろう。
束・アラライル・スノーの会談を見慣れている地球人には想像し辛いかもしれないが、星間外交の最前線に立つ大使という立場は、並大抵の権力者など歯牙にもかけない程に高い。今のクラレスから見れば、スノーは文字通り雲の上の相手なのだ。
『代わりました。その、私へのお話とは何でしょうか?』
スノーはニッコリと笑いながら答えた。
『いえ、そちらにはカラードの社長から頂いた鉱脈があるでしょう。只、今現在は十分な採掘力と販売ルートを開拓出来ていないため、有効活用出来ているとは言い難い。違いますか?』
その通りだった。如何に初期資金を与えられたとは言っても、いきなり大規模採掘などしたら、否が応でも悪目立ちしてしまう。すぐにクラレスやレイシーに辿り着けるような偽装ではないが、この手の事は疑われない事が最重要なのだ。追跡調査などされたら、何処でボロが出るか分からない。
クラレスが肯くと、スノーは言葉を続けた。
『では仮にですが、こちらに販売ルートを作れるとしたら?』
『どういう意味でしょうか?』
『言葉通りです。貴女が保有している鉱脈は、“翼の眷属”の領域圏外。そして貴女は、鉱脈の保有を“翼の眷属”の現政権に届けていない。つまり採掘したものを、こちらが買い取ったところで何も問題はありません』
『条件は、何でしょうか?』
『話が早くて助かります。穏健派に卸しているのと同じ値段で、こちらにも卸して下さい』
安すぎるという訳ではないが、市場の平均価格よりは明らかに安い。
企業体としての利益を考えるなら何らかの交渉をする場面だが、この時のクラレスは別の事を考えた。
『値段についてはそれで構いません。ただ、幾つか条件があります』
スノーは少しばかり意外そうな顔をした。
単なるお転婆娘から、条件という話が出てくるとは思っていなかったのだ。
『どんな条件でしょうか?』
『採掘量の早急な拡大の為に投資して頂きたいのと、そちらへの販売量は採掘量の5~7割までとして、調整権限はこちらに下さい』
スノーは純粋に思った。現段階ならまだしも、こちらが買って収益が増えた場合、2人は採掘量を増やして収益の増加を目指すだろう。だが“翼の眷属”の現状を考えた場合、5割も捌けないのでは? 一次的には可能かもしれないが、急激な拡大は2人にとって危険なはず。それは分かっている筈なのに、何故?
クラレスが疑問を見越したかのように続けた。
『理由は残りの何割かを、カラードの宇宙開発に使うからです。そちらが買ってくれる収益で精錬や加工に必要な施設を買い、カラードが宇宙開発で使う資材を作る。テラフォーミングが動いていますから、今後膨大な量が必要になるでしょう。穏健派に流す量は都度考えなければいけませんが、助けてくれた相手にお礼をしたいのです』
スノーは素直に関心していた。お転婆だと聞いていたが、こういう事もちゃんと考えられるなら悪くない。そして“獣の眷属”としても、今の考えは問題無かった。何故ならカラードの対外的な方針は、隣人として好ましいものだからだ。むしろ勢力を拡大してくれた方が、辺境の安定という意味で有益だろう。
尤もそれ以外の感情がありそうな気もするが………王家の、側室の皆様に毒されてしまっただろうか?
一瞬逸れた思考を元に戻して話し始める。
『なるほど。恩返しもしたいと。分かりました。その条件で良いでしょう』
スノーは実にあっさりと条件を呑んだ。理由は簡単だ。下調べと事前交渉を既に終えていたからである。
クラレスが渡された鉱脈の埋蔵量は多く、長期間の安定供給が見込めるのだ。加えて言えば今は高性能ワープドライブ艦で採掘しに行っているが、採掘量が増えたならスターゲートハイウェイを繋ぐ、という確約を得ている。この立地条件で卸値が安いとなれば、価格競争で非常に強い。
更にカラードが2人の面倒をしっかり見ていて、今回の件で資材をカラードに安定供給する下地を作ったという実績だ。
薙原晶という人間の性格を考えれば、今後も彼女達を資材確保の調達ルートとして使うだろう。そして鉱脈を見つけてはスターゲートを直接繋いで、彼女達に管理させる事も十二分に考えられる。
スノーは“獣の眷属”の大使として、彼女達と縁を繋いでおく事は自文明の利益に繋がる、と考えて行動したのだった。
その結果として、クラレスとレイシーが起こした会社は大きく飛躍していく事になる。
何せ市場の平均価格より安いとは言え、“獣の眷属”という巨大な販売ルートだ。
採掘した分だけ確実に売れる巨大な収入源は、徐々にクラレスが望んだ影響力という形になっていくのだった。
まだ、幾許かは先の事であるが。
◇
オマケ
大きな収入が入るようになったクラレスとレイシーは、
本当に色々と気を使ってくれたのだから、何かしらのお礼をしたいと思うのは自然な事だろう。
そうして考えた末に、まずは同じことをして返そうと思った。
プラチナ・ドロップスにある、とあるホテルの最上階フロアを貸し切って息抜きをさせてくれた。
だから今度は自費で最上階を借り切って、プラチナ・ドロップスの売り上げに貢献する事で返す。他人から見たら豪遊しているようにしか見えないし、もしかしたら必要無いかもしれない。しかし、してもらうばかりの関係は良くないと誰かが言っていた。クラレスとレイシーもそう思ったので、ダメ元で2人に招待状を出したのだ。
すると
「まさか、こういうお返しをされるとは思ってもいませんでした」
「あれは本当に嬉しかったんですよ。だから、何かお礼をしたいと思ったんです」
「お転婆だったクラレス様がこういう風に考えられるようになったのは、
こうして3人は、楽しいお喋りの時間を過ごしたのだった。
―――3人のドレス姿―――
クラレス
レイシー
ナユ
―――3人のドレス姿―――
因みにこの場にいる誰かさんは以前、「騙される相手は選ぶように教えておきます」「本人が騙されていないと思っていれば同じことでしょう」なんて事を言っていた。それを聞いたもう一人もニコニコと笑っていた。つまり好感度は高い訳で。社長が来れなかったのを、内心かなり残念に思っていたのだった。
第256話に続く
遠い場所の出来事ですが戦闘が正規軍から傭兵がメインになり、少しドロドロしてきました。
そしてクラレス達をどういう風に進ませるか作者も割と悩みましたが、こんな感じになりました。
あとクラレス達が行っているゲーム。ハクスラで2時間ぶっ通しでリアルに体動かすって結構体力使うと書き終わってから気付きました。(笑)