インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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入植開始まで残り2年となったので、今まで保留にしていた事が色々決まってきました。
ドンパチではありませんが、今後に大きく影響する事が多いです。



第256話 入植開始まで後2年(IS学園卒業5年目の10月)(イラスト有り)

  

 とある晴れた日の昼下がり。

 カラードが会見に使っているいつものホテルには、大勢のメディア関係者が集まっていた。

 束博士本人が、久しぶりに会見を行うというのだ。

 因みにどんな発表が行われるかは一切告知されていない。

 なので会見が始まるまで、メディア関係者は各々予想を語り合って時間を潰していた。また会見を報道するスタジオ側でも、様々な予想が行われていた。所謂有識者と言われる者達が、様々な社会情勢やカラードの動向から予想を立てて、他の出演者がアレコレと意見を述べている。的外れなものもあれば、掠っているいるものまで色々だ。

 そんな中で、束博士と晶が会見場に現れた。

 束博士の服装は好んで着る事が多い紅い着物で、勿論トレードマークのウサミミヘアバンドも着けている。

 晶はカラードの制服だ。

 並んで歩く姿に、多くの者が思う。

 今回話す内容は、どんなものだろうか?

 仲睦まじく歩いているから、悪い話ではないだろう。だが束博士は“聖母”な反面“天災”でもある。もしかしたら急に怖い般若になるかもしれない。いや、笑顔でルンルンなあの顔を見れば、悪い話では無いだろう。いやいや、笑顔なのは単に社長が一緒だからかもしれない。いやいやいや、聖母様は顔芸なんてしないから、笑顔って事は良い話だろう。でも万が一という可能性も………。

 会見の告知から今日この瞬間までに出た様々な予想が、もう一度皆の脳裏を過る。不安と期待の入り混じった視線が着席した2人に注がれ、束と晶は穏やかな表情でメディアを見つめ返した。

                               

 ―――会見場の席に座る束―――

                               

 

【挿絵表示】

 

                               

 ―――会見場の席に座る束―――

                               

 これで多くの者が理解した。今日は良い内容だ。

 束博士が口を開く。

 

「お集りの皆さん。こんにちは。今日は集まってくれてありがとう。で、前置きなんて煩わしいから早速本題に入るけど、今日はテラフォーミングしている惑星への移民について」

 

 当人は何でもない事のように言っているが、地球文明史に残る一大事業の話である。

 彼女の言葉は続く。

 

「現在テラフォーミング中の惑星は3つありますが、内1つが後2年程度で人が降り立てる程度の気圧と気温に、調整可能な見込みが立ちました」*1

 

 テラフォーミングの現状はカラードのホームページで公開されおり、惑星環境が凄まじい勢いで改変されているのは広く知られていた。しかし知られているのと、“天才”篠ノ之束博士が公式に発言したとでは、事実の重みが天と地ほどに違う。

 幾多のSFで語られてきたテラフォーミングした惑星への入植が、開始まで後2年と明確に示されたのだ。

 しかも多くのSFで定番とされてきた、資源の枯渇や絶滅戦争という絶望の中で行われるものではない。十分なバックアップ体制が構築されている。

 特に食料関連については、地球にいるよりも豊かではないかと思われる程に、念入りに行われていた。

 何せ“首座の眷属”から予め円筒形型の旧式コロニーを購入して、食料生産用として調整、稼働実績を作った上で、移民先に持っていくという計画を既に動かしているのだ。大きさは直径6.4キロメートル、長さ36.0キロメートル。三枚の巨大ミラーで内部に光を入れる構造で、地球で宇宙コロニーと聞いて多くの人間が思い浮かべるであろう形をしている。またオプションとして付属している農業用プラントも、既に全面的に稼働していた。太陽光を取り入れるミラーの付け根側にあるもので、ミラーの影に隠れない半径14.35kmの円周上にドーム型の物が30個配置されている。その生産能力はコロニー居住上限である1000万人の年間消費量を賄える程だが*2、1000万人分の食を賄おうとした場合、食の多様性は随分と寂しくなってしまう*3。毎食カロリーメイトとか、普通の人間はイヤだろう。

 しかし、だ。移民船クレイドルの最大収容人数は50万人。仮に定数限界まで詰め込んで移民させたとしても、生産能力には相当の余裕がある。食の多様性を求めて1品目あたりの生産量を減らしても全く問題無い。

 また核融合炉と移動用の推進機関も完備されていた*4。

 これが2基、移民船クレイドルと共に送り込まれる。

 こういう背景があるだけに、多くの者が続く言葉に耳を傾けた。

 別惑星への移民は、もう荒唐無稽でも、SFの中だけの話ではないのだ。

 

「これに伴い、先の予定を発表します。クレイドルは1年後に出発して惑星の衛星軌道に入り、高々度プラットフォームとして惑星圏内のあらゆる情報を観測して貰います。観測用の衛星群を先行投入していますが、クレイドルに搭載している機材なら、より詳細に観測・調査が出来るでしょう。そして1年間の精密調査の後、地上に降りて貰って都市建造開始となります」

 

 会場内にざわめきが走る。

 先ほど2年と明確に示されただけでも驚きだが、他惑星への移民という人類史に残る偉業への第一歩が、具体的なスケジュールとして示されたのだ。驚かない方がおかしい。

 そんな中で、束の言葉は続いた。

 

「この移民は、何も特別なものではありません。カラードは今後も、同じ規模で移民を推進していくでしょう」

 

 細かい数字はさておき、今回の移民が相当に手厚いのは一般人目線でも簡単に分かる事だった。それが、今後も続く? 既存の国家群では考えられない規模に、聞いていた者達は一瞬思考が止まってしまった。ゆっくりと思い出して、言葉を咀嚼して、ようやく理解する。

 フル規格のクレイドルの収容人数は50万人。これに対して食料生産基地として調整されたコロニーは、1000万人以上に供給可能だ。食に多様性を求めると上限は下がるが、先進国の平均的な家庭料理程度を想定するなら、300~500万人程度には供給できる。これなら移民先で相当に人口が増えても、簡単に食糧事情が悪化する事は無いだろう。これを超えるような頃には、自前で調達可能になっている筈だ。

 加えて言えば、カラードにはスターゲート送電がある。アンサラーが発電したエネルギーを、空間を飛び越えて送る超技術。移民者が移民先でエネルギーに困る事は無いのだ。

 此処まででも、十分過ぎる程に大きな発表だろう。だが今日の発表には、更に続きがあった。

 今度は晶が口を開く。

 

「今日の発表には、まだ続きがありまして。これまで制限していたプラチナ・ドロップスへの渡航を一部緩和します。強化処置が必要というのは変わりませんが、初めは少数で、その後徐々に増やしていく予定です。また渡航制限緩和に伴い、宇宙(そら)の統一通貨であるIKとの交換用に、COAM(コーム)という新通貨を発行します。カラードのIK保有量が関係するので、無制限に交換という訳にはいきませんが」

 

 この発表に旅行業界の者達は、思わず歓声を上げてしまっていた。或いは、強力過ぎる競争相手に警戒だろうか。

 何せプラチナ・ドロップスが提供しているレジャーの中には、地球では決して体験出来ないものもあるのだ。また海水浴のように地球で行えるものもあるが、完全にコントロールされた環境下だけに、天候不良というのが一切存在しない。意図的に荒れた天候が再現される事はあっても、あくまで安全な範囲なので、何時行っても楽しむ事が出来る。加えて言えばプラチナ・ドロップスは、冬のレジャーにも対応しているのだ。アトラクション専用施設内部には人工の雪山があり、極上の雪質で思う存分に滑る事が出来る。

 地球で同じことをしようと思ったら数千キロの移動が必要になる事を、プラチナ・ドロップスだけで行えるのだ。旅行業界にとって、非常にアピールし易いポイントだろう。

 問題は遊ぶ為の金、通貨の交換レートだが………。

 

「そして交換レートですが、今のところ1IK=10COAM(コーム)=10万円と設定しています。また今は円を例として出しましたが、基軸通貨であるドルに加えて、複数の主要通貨にも対応する予定です。あと皆さんにとっては少し馴染みがないかもしれませんが、電子決済が主流の宇宙(そら)では、日常生活の買い物でも小数点以下の数字が出たりします。例えば今言った交換レートだと1IK=10万円で、日常生活のちょっとした買い物では使い辛い、と思った方も多いのではないでしょうか。ですが小数点以下の値も使えるので、0.1IKで1万円、0.01IKで1000円、0.001IKで100円といった感じになります。もう少し言うとプラチナ・ドロップスでは、1食あたり0.01IK程度でしょうか。一般的な中流層をメインターゲットにしたところ、この程度の値段になりました」

 

 会場にいるメディアの視線が、熱を帯びて晶を見る。もっと詳しくという事だ。無論、晶も初めからそのつもりだった。遊ぶ予算をイメージできるというのは、行動に繋がる大事な要因だからだ。

 

「そしてプラチナ・ドロップスを訪れてくれた“首座の眷属”や“獣の眷属”の人達に聞いたところ、価格設定は割りと納得感を得られているようです。で、皆さんが気にしているであろうその他のお値段ですが、概ねこの程度となっています。無論プランによって上下するので、あくまで目安ですが」

 

 会場の大型モニターに、宿泊費用に関する情報が表示された。

                               

 ―――プラチナ・ドロップス宿泊費用の目安―――

                               

 シティ・ブティックホテル:0.1IK~0.15IK(1万~1万5千円)程度

  観光やビジネス、おしゃれな空間を好む層向け。

  レストラン等の設備が充実。

  

 高級リゾートホテル:0.15IK~1IK(1万5千~10万円)以上

  家族旅行やバカンス、温泉・文化体験など。

  食事込みのプランが多い。

                               

 ―――プラチナ・ドロップス宿泊費用の目安―――

                               

 多くの者は思った。単位こそ違えど、地球とあまり変わらない?

 晶は疑問に答えるかのように言葉を続けた。

 

「幸いな事に宇宙(そら)の経済感覚………と言っては大げさですね。中流層のお財布事情は、地球とそう大きく変わりないようです。なので地球内の旅行と同じ程度の予算があれば、プラチナ・ドロップスで遊べると思います。ただプラチナ・ドロップスは少々広いので、遊び尽くそうと思ったら相応の予算と日数が必要になりますが」

 

 プラチナ・ドロップスは全長44キロメートルのドーム型コロニーで、周囲には直径15キロメートルのアトラクション専用施設が3つある。大きさの比較対象として例を上げると、日本の首都圏で約994万人*5が住まう東京23区の北端から南端までが約17キロメートル、西端から東端までが約21キロメートル程度だ。

 つまり遊び尽くそうと思ったら、(コロニー稼働用の設備などがあるので単純比較は出来ないにしても)日本の首都圏を隅々まで遊び尽くすのと変わらないのだ。予算と日数が相応に必要なのは道理だろう。

 因みに晶は敢えて載せていなかったが、もう少し上のランクのホテルもある。所謂ラグジュアリーホテルと言われるもので、ハネムーンや特別な日向けだ。宿泊費用は0.3IK~2IK(3万~20万円)以上。中流層の中でも若干上の層をターゲットにしているので、今紹介するのは早いと考えたからだ。

 こうして様々な発表がされた後、メディア関係者が待ちに待った質問タイムがやってきた。

 発表された内容が内容だけに、聞きたい事も多いだろう。

 会場の手前中央にいた記者が質問してきた。

 

「日本、Aペーパーのフジムラです。先ほど2年という時間が明確に示されましたが、予定している都市建造についてお伺いします。現在計画されている地下都市の規模からすると、必要な資材は相当な量になると思います。マザーウィル2~4号機を使い現地で採掘、内部の工場で建造用の資材にするという計画は出ていますが、必要な総量からするとかなり足りないでしょう。残りの分はどのように調達するのでしょうか? 地球から持っていくとなると、建造コストそのものの高騰、地球での価格にも影響するでしょう。そのあたりの考えについて、是非」

 

 これには晶が答えた。

 

「初期調査の段階で、採掘出来そうな場所には幾つか目星をつけています。なのでマザーウィル2~4号機のいずれかを其処に降ろして、都市建造と平行して現地での生産体制を整え、供給能力そのものを増強していく予定です。そうすれば都市建造に一区切りがついた後も現地の人達が、住んでいる人達自身の計画で色々行えるようになるでしょう」

「なるほど。将来的に現地の人達が自立できるようにする手段を、入植初期の段階から構築しておくと」

「はい」

「分かりました。ありがとうございます」

 

 次は会場手前右側の記者だ。

 

「イタリア、Bニュースのセレロです。カラードの方針が現地の自立にある事は理解していますし、自衛の武器を与える方針なのも理解していますが、敢えてお尋ねします。入植した者達が地球に牙を剥く、という事は想定されていますでしょうか?」

 

 これにも晶が答えた。

 

「1つ目の入植でそうなるとは考えたくありませんが、テラフォーミング惑星の数が増えて入植数が増えれば、将来的にそういうものが出てくる可能性はあるだろうな、と思っています。で、その対応方針ですが、こう言いましょう。お好きにどうぞ。主義主張は自由です。ただ、その結果には責任が伴うでしょう。もっと言ってしまえば、カラードの方針は既に明確に示しています。宇宙進出の邪魔になるなら、あらゆる対処方法が検討されるでしょう。経済的に殴るか物理的に殴るかは時々の状況次第ですが」

「か、かなりハッキリ言われましたね。普通の政治家が口にしたら、圧政とか独裁とか暴君と言われる類の事だと思いますが」

「私は聖人君子になりたい訳ではありません。こちらにはこちらの考えがあり、他の人には他の人の考えがある。カラードを打倒して何かをしたいというなら、どうぞ。無論、簡単に打倒されてあげる気もありませんが」

「束博士も、同じお考えでしょうか?」

「同じもなにも、何か間違ったことを言ってるかな?」

「分かりました。この方針は、しっかり記事にしたいと思います」

 

 今度は会場奥中央の記者だ。

 

「フランス、C-TVのキャサリンです。テラフォーミング先に食料生産用のコロニーを持っていくという話ですが、少なくとも入植当初の段階では、供給量に対して消費量が少なすぎて余ってしまいます。地球への逆輸入というのは有り得るのでしょうか?」

 

 晶が答えた。

 

「パイロットが育って輸送船が定期運航出来るようになれば、十分に有り得る未来かと。むしろ、将来的にはそうなって欲しいですね。ただやり過ぎると地球の農家にダメージを与えてしまいますので、バランスを考える必要はあると思います」

「保護政策を行う、という理解で良いでしょうか?」

「やり過ぎないようにするという意味では保護ですが、保護し過ぎると今度は活力を奪ってしまうので、この辺りは今後詰めていく必要がありますね」

「ありがとうございます」

 

 次は会場奥左の記者だ。

 

「ドイツ、D-ラジオのヴァルパーです。テラフォーミングしている惑星は後2つありますが、そちらはどの程度で入植可能となりそうなのでしょうか?」

 

 これには束が答えた。

 

「そちらは前倒ししていないので、あと5~6年というところでしょうか。急ぐことも出来ますが1つ目の入植すらまだなので、こちらは少しのんびりやっています」

「のんびりでも、後5~6年。因みに、どのような環境になる予定でしょうか?」

「シミュレーション結果は出ていますが、まだ秘密にしておきます。今言ってしまうと、気の早い動きをしてしまう人もいると思いますので」

「なるほど。確かに。ありがとうございました」

 

 会場手前、左の記者が続いた。

 

「アメリカ、E-ITニュースのロレンツです。束博士の技術力であれば、4つ目、5つ目とテラフォーミングを先行させる事も可能かと思うのですが、そうしないのは何故でしょうか?」

「宇宙(そら)にいるのは、人類だけではありません。むしろ人類は後発も後発で、宇宙(そら)にも地球と同じように領有権問題が存在しています。細かい事は色々あるのですが、重要視されるのは実行支配しているかどうか。そして今の人類では複数の惑星を同時進行でテラフォーミングしても、領有権を主張できるほど、その星系での活動を維持できません。なので今は1つ目のテラフォーミング惑星にしっかり入植して、人類の基礎体力をつける時だと思っての事です」

「そうでしたか。では人類の基礎体力がついてきたら、テラフォーミングを加速させるお考えでしょうか」

「大分先の話になると思いますが、その通りです」

「カラードの方針は十分理解しているつもりですが、敢えてネガティブな聞き方をさせて下さい。カラードの移民が大変に手厚いのは対応を見ていれば分かりますが、それを少し薄くして移民を加速させるという考えはありませんか?」

「短期的な視点、かつ領土拡張を最優先とするならありかもしれません。ですが長期的にみればデメリットだらけです。例えるなら………そうですね。あなたは安全対策を蔑ろにされた車に乗りたいと思いますか? 思わないでしょう。そして手厚い対応を薄くした場合、大体の場合において削られるのはそういうところです」

「安心しました。ありがとうございます」

 

 会場中央の記者が、別の質問をしてきた。

 

「日本サブカルチャー放送のヲヲタークです。プラチナ・ドロップスにはケモミミ美………失礼しました。異文明の方々がいますが、交流に何か制限などはあるのでしょうか?」

 

 少し本音が漏れ出ていたが、晶は聞かなかった事にして答えてあげた。尤も返答内容は、質問者の予想とは違っていたかもしれない。本格的な交流が始まれば、避けては通れない法の問題に触れているからだ。

 

「今のところコレと言った規定は設けていませんが、カラードとアースレポート社が共同運用しているデータベースを、熟読しておく事をお薦めします。あと沢山の人が集まる場所ではトラブルが起きやすいので、先に言っておこうと思います。異なる文明に行った時、優先されるのは現地の法というのが宇宙(そら)のスタンダード(標準)です。なのでプラチナ・ドロップスで何かしらの犯罪行為があった場合、優先されるのは地球文明の法であり、カラードが決めた法が適用されます」

 

 ざわめきが走る反面、「ついに来た」と思っている者も多かった。カラードはこれまで各国の法を尊重してきたが、あくまで各国の中、或いは地球の中での事だ。宇宙(そら)に出て本格的な交流が始まれば、この手の問題は避けて通れない。いつか、必ず踏み込むと言われていたのだ。

 そして実のところカラードは、かなり前から宇宙(そら)に出た時の法について検討していた。何とIS学園卒業直前の時点でだ*6。

 切っ掛けは国連が解体される前、国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)*7の法律小委員会に所属していた、ケッタニー・リッツァー氏が、辞表を叩きつけてカラードに来た事だった。

 この時点でアラライル大使を通じて星間国家の基本原則、法律、実際にあった貿易問題や背景、そういった情報を入手して検討を続けていたのだ。

 なのでこの法は、取り敢えず作った間に合わせの法ではない。他の文明が経験した困難、解決する為に絞られた知恵、そういったものも検討され、取り入れられたものであった。

 また今回の発表に先立ち、根回しも行われていた。この会見の後、“星間国家の在り方を検討する委員会”に所属する6ヵ国(日本・アメリカ・ロシア・イギリス・フランス・ドイツ)が揃って、賛成を表明する事になっている。あと根回しはしていないが、中国も賛成するだろう。

 他の国については知らないが、納得しないならそれでも良い。宇宙(そら)への出口はカラードが握っているのだ。納得しないなら、出さないだけのこと。

 

「なるほど。基本的に、相手を思いやる。盗まない。肉体的・精神的な危害を加えない。相手を不愉快にさせない。というところを押さえておけば大丈夫でしょうか」

「基本としてはそんなところでしょう。立場上“首座の眷属”や“獣の眷属”の方たちと話す事も多いですが、地球の社会規範と同じようなところも多いです。後は実際に色々コミュニケーションをとってみて、でしょうか」

「分かりました。ありがとうございます」

 

 会場手前右側の記者が質問してきた。

 

「アースレポート・コーポレーションのケイトです。先ほど渡航規制緩和と仰いましたが、行く手段が無ければ緩和した意味がありません。何かしらの交通手段が用意される、と思っても良いのでしょうか?」

 

 晶が答えた。

 

「クレイドルと積み替え用ステーションから、定期便を出そうと思っています。本数は利用率と制限の緩和状況を見ながら適時調整でしょうか。あとは一般の人が宇宙(そら)にアクセスし易いように、宇宙港の準備でしょうか」

 

 再び会場内にざわめきが走る。

 これまで一般人が宇宙(そら)にアクセスする手段は、実のところ多くなかったのだ。既存の打ち上げ型シャトルで上がるか、軌道エレベーターで上がるかだ。

 因みに軌道エレベーターと呼ばれている物は、多くのSFにある巨大な塔ではない。重力制御によって上下移動に特化した、空飛ぶ巨大な円盤だ*8。ただし1つしかない為、稼働スケジュールがギチギチに詰まっている。とても一般企業が気軽に使える状況ではない。

 このため晶は軌道エレベーターを新たに建造して、宇宙港として使おうと考えていた。

 宇宙船が離発着するタイプの宇宙港にしなかった理由は2つある。

 1つは船の問題。まだ多くの造船メーカーにとって、惑星と宇宙(そら)を自由に行き来する船の建造は難易度が高いのだ。しかし例えばの話、客室をコンテナ化して、軌道エレベーターで宇宙(そら)に上げた後に回収する、という形なら製造難易度は大幅に下がる。万一軌道エレベーターが故障して超高々度から落下するような事があったとしても、ゆっくりと降下する機能を付ける、というだけなら出来るだろう。

 1つは航路の問題。宇宙船を地球から宇宙(そら)へ、宇宙(そら)から地球へ動かすとなれば、当然航路が必要になる。宇宙港の数が増えれば、人口密集地上空を通る事も有り得るだろう。最悪を考えるなら、墜落も考慮する必要がある。正直なところ面倒臭くてかなわない。なので航路が完全に固定される軌道エレベーターにしてしまえ、という訳だ。

 これをオブラートで綺麗に包み込んで話すと、ケイトは尊敬の眼差しで言った。

 

「素晴らしいです。ところで、予定地は決まっているのでしょうか?」

「日本・イギリス・フランス・ドイツ・ロシア・アメリカを予定しています。いずれも委員会を構成している国々ですが、選んだ理由は単純です。国家予算の1%を発展途上国のインフラ開発に投じる、という義務を果たしてくれているからです。勿論、政府開発援助(ODA)とは別枠で、です*9。」

 

 因みに1%と聞くと大した事ないように思う人がいるかもしれないが、日本を例に挙げると(2023年度で)国家予算は114兆3812億円。この1%となれば、約1兆1400億円。アメリカの場合は(2022年度で)国家予算が約6兆ドル(日本円にすると為替レート約146円で、約877兆円)なので、約600億ドル(約8兆7700億円)という莫大な額になる。

 偶には、飴も必要だろう。

 こうして2人の会見は、この後も続いていったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 別の日のこと。

 束と晶はテラフォーミング中の惑星にいた。

 明確な目的があった訳ではない。

 自宅で話していたら盛り上がって、後はノリと勢いである。

 揃ってISを展開して、NEXT(晶)がスターゲートを開いて光年単位の距離を飛び越え、地球とは似て非なる蒼い空を気ままに飛ぶ。

 スケールの大きさに目をつぶれば、単なるお散歩デートと言って良いだろう。

 因みに2人が展開しているISの外装は、以前とはまた少し変わっていた。小規模改修で機能が追加された際に、一緒に変更したのだ。

 それはさておき、暫く自由気ままに飛んだ後のこと。2人は何となく止まって、水平線の彼方を見ながら話し始めた。

                               

 ―――ISを展開している束さんと晶くん―――

                               

 束さん上半身アップ

 

【挿絵表示】

 

 束さん膝上

 

【挿絵表示】

 

 晶

 

【挿絵表示】

 

                               

 ―――ISを展開している束さんと晶くん―――

                               

「この光景さ、百年後はどうなってるだろうな?」

 

 テラフォーミングで気象条件を大激変させているので、木々や動物なんて存在しない。何処までも続く大地。氷が溶けて出来た海。彼方に見える山脈。温度差で大気が動き、風が雲を運び、雨が振り、生命が育まれる為の土台。天気がこの惑星に出来つつある。

 

「どうだろうね? でもまぁ。私としては地球みたいな星になってくれればと思うよ」

「そうだな。なってくれれば良いな」

 

 テラフォーミングに使っているディソーダーシステムには、惑星の緑化プログラムも含まれている。緑というのは、気候に関わる大事な要素なのだ。しかしこの機能を強め過ぎると、人体に対するガンと同じで、惑星そのものを蝕んでしまう。なのでシミュレーション上では、「人類が惑星環境を大事にするなら緑が増えていく」程度の機能であった。

 だからどうなるかは、入植した人達次第という訳だ。

 

「カラードとして、何かをするつもりはあるの?」

「束がテラフォーミングユニットの発表をした時*10に言っただろ。汚染物質を垂れ流したら、人に牙を剥く可能性があるって。それをカラードから、あとはアースレポートから、事ある毎に流すようにするかな。時々流さないと忘れられちゃうからな」

 

 因みに発表された時に、ディソーダーにも自己防衛機能があり、あまり鹵獲したり排除したりしようとすると、そっち方面で進化してしまう可能性も伝えられていた。

 ある意味で人に優しくないシステムだが、束はそれで良いと思っていた。星を大事にしなければ、結局のところ住んでいる者達が代償を支払う事になるからだ。

 そして晶は言った後に、ふと思った事を続けた。

 

「どうせやるなら、もう少し踏み込むか」

「どういうこと?」

「やるなら、実例を教えた方が記憶に残ると思って。日本なら四日市ぜんそく、水俣病、発展途上国でも現在進行形で色々あるだろ。そういうのが、どんな健康被害を出して、どれだけ環境を汚染して、解決にどれだけの時間がかかったのか。このあたりも一緒に流した方がより分かり易いかなって」

「なるほど。良いんじゃないかな」

 

 少々先の話だが、この取り組みは半分だけ成功する。乱開発に一定の抑止効果があったからだ。しかし全ての人間が、ルールを守れる訳でもない。テラフォーミング惑星が増えた時に、やはり乱開発や汚染物質を垂れ流す者がいたのだ。お陰で戦闘用に進化したディソーダーが出現してしまったのだが、人類は厄介事と上手く付き合う事に慣れていた。

 戦闘用ディソーダーの行動範囲が環境汚染地域周辺のみと分かると、「ディソーダー注意報」というのを出す事で、不幸な遭遇を可能な限り回避出来る仕組みを作ったのだった。

 なお束と晶以外は知らない事だが、行動範囲が環境汚染地域周辺のみというのは、ディソーダー側の対応としてはかなり優しい方である。環境汚染が深刻なレベルになると、原因駆除の為に具体的な行動を起こすからだ。

 そして2人の考えは主に環境汚染した場合についてだったが、環境を大事にした場合は、人類に対して融和的な形で進化するのだった。2人とも予想していなかった形なので、それが発現した時は大層驚く事になるのだが………それは未来の事で別のお話である。

 こうしてちょっとだけ真面目な話をした後、束はこの星でやりたかった事を言った。

 

「ねぇ晶。サーフィンしない」

「急にどうしたんだ?」

「いや、ね。波が中々高くてさ、いずれやりたいなぁって準備してたの」

 

 晶はNEXT(N-WGⅨ/IS)のセンサーで雲の下、暴風荒れ狂う海を見てみた。波の高さは100メートルくらいだろうか。時折500メートルくらいのもある。生身でやったら自殺行為だが、ISを展開している2人にとっては大した事ない。

 

「なるほど。じゃ、やるか」

「そうこなくっちゃ。はい、ボード」

 

 束が拡張領域(バススロット)から、サーフボードを2つ実体化させる。因みに見た目は普通のサーフボードだが、機能の切り替えでフローティングボードとしても使える上に、IS用装備なのでやたらと頑丈だ。

 受け取ったNEXT(晶)は自由落下を開始。束も続く。空中でボードの上に乗って着水。地球では決して味わえない大波に乗り始める。

 

「あははははははは、いいねコレ。気持ち良いし面白い!!」

「確かに、これは中々!!」

 

 2人のISの性能なら、この程度のスピードも環境も全く大した事は無い。しかし誰もいない星で、2人っきりで気の向くままに遊べるというのは何にも勝る最高の環境であった。

 だから束も、遠慮なくじゃれ始めた。

 

「ねぇ晶」

「ん?」

「ゲームしようか」

 

 晶が返事をする前に、束が金色のビットを複数展開。

 分かり易いロックオン。エネルギー収束感知。練習用の低出力モード。

 束が続けて言う。

 

「当たったら罰ゲームね。勿論、ボードから足が離れてもダメだよ」

「面白そうだな。乗った。景品は?」

「5分逃げきったら私。沢山イイコトしてあげる。撃墜判定なら、私がナース服で看病してあげる」

 

 前者も良いが後者も良い。どちらでも大変に美味しい。一瞬撃墜されても良いかな、とか思ってしまった。しかし、わざと撃墜されるのはダメだろう。

 

「OKだ。当てられるなら当ててみな」

「分かった。じゃあ、いっくよーーーー」

 

 この直後、晶はちょっとだけ後悔した。

 束がビットを追加で展開したのだ。その数128。

 

「え゛!?」

「誰も初期展開分だけ、なんて言ってないよね」

「おま、それアリか」

「ふーんだ。いっつも私を好き放題して。偶には私に主導権をよこしなさい」

「ぜってぇ逃げ切ってやる」

 

 こうして誰もいない星で、2人は思う存分遊んだのだった。

 因みに結果は………当人達だけの秘密である。

 

 

 

 第257話に続く

 

 

 

 

*1:
第217話(IS学園卒業3年目の8月)にて「あと4、5年」と言われている。

*2:
ガンダムのコロニーの人口が1000万くらいということなので。

*3:
第204話にて。

*4:
第191話にて。

*5:
2026年1月1日時点。

*6:
第178話にて。卒業式が第179話。

*7:
リアルの国連にもある組織で、宇宙空間の研究に対する援助、情報の交換、宇宙空間の平和利用のための実際的方法及び法律問題の検討を行っているところです。

*8:
第121話にて計画発表。第165話で更に後押し。

*9:
第180話にて。

*10:
第176話にて。




今回、ついに渡航制限を一部緩和しました。
これで地球の一般人も徐々に、宇宙(そら)に遊びに行く事が出来るようになります。
そして通貨の交換レート。交流を描く以上避けては通れない問題なので、ついに触れました。
取り敢えず交換上限は設けてあるので、地球経済にいきなり大打撃は無いと思いますが………。
あと、束さんを大変美人に仕上げられました。良かった良かった。
NEXTについては少しヒロイックな形状になりましたが、作者的にはお気に入りです。
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