インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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ドイツ編開始!!
でも訓練じゃなかったりします。


第60話 緊急ミッション-2(前編)

 

 薙原晶がイギリスへと赴く1週間前。

 ドイツIS配備特殊部隊(黒ウサギ隊)には、アラビア半島への派遣命令が下っていた。

 治安の回復・維持を目的とした派遣で、同様の命令が、他の幾つかの部隊にも下りている。

 しかし普通なら高が治安維持任務、しかも他国の為に、IS配備の部隊を動かすなどありえない。にも関わらずドイツが黒ウサギ隊を動かしたのは、同地域最大規模のPMC基地が、僅か数分の交信途絶の後に、文字通り跡形も残さず完全消滅するという、信じられない事態があったからだ。その結果治安が著しく悪化してしまい、現地での支援も期待出来なくなるという悪循環。更に悪い事に、治安が悪化して以降、IS登場以前の旧世代兵器が大量に流入しているという事実があった。

 よって派遣部隊の安全確保と早急な治安回復という、2つの用件を満たす為に、ISという抑止力が投入される事となった。

 だが実のところ、それは理由の半分に過ぎなかった。もう半分の理由は、つい先日導入されたパワードスーツ(F-4 撃震)の存在だ。

 束博士が発表したそれの性能に目を付けた軍部が、基礎技術が公開されているのと特許料が安く設定されているのを幸いに、自国ISメーカーで少数を生産・評価試験を行わせていたのだ。

 結果は流石天才が生み出した物と言うべきか、歩兵が主力戦車と同等以上の火力と機動力を持ち、戦闘ヘリまで撃破してのけるという大戦果。誰もが無視出来ない結果を残していた。よって軍上層部は、他国に先駆けて運用データを蓄積するべく、黒ウサギ隊に派遣命令を下したのだった。

 ちなみに全くの余談だが、このパワードスーツ、整備兵からの受けが非常に良かった。

 普通兵器というのは高性能になればなる程、整備が複雑化して大変になるのだが、何故だか非常に良かったのだ。

 不思議に思った黒ウサギ隊副隊長、クラリッサ・ハルフォーフ大尉がとある整備兵に尋ねたところ、こんな返事が返ってきた。

 

「本体が整備し易い造りで尚且つ頑丈っていうのもありますけど、整備マニュアルが凄く分かりやすいんです。新人でも間違えないように、隅々まで注意して書かれている。これを書いた人は、メカニックの事を良く分かってますね」

 

 そんな整備マニュアルの片隅には、デフォルメされた兎さんマークがあった。

 世界の99.9%の人間は、例え織斑千冬が本人から言われても信じられないかもしれないが、この整備マニュアルを書いたのは、何と篠ノ之束本人だった。

 しかしあの彼女が、始めからこんな丁寧なマニュアルを書こうする訳が無い。むしろ面倒なので極限まで手を抜こうと思っていたくらいだ。

 なのにこんな丁寧なマニュアルを書いたのは、晶とのこんなやりとりがきっかけだった。

 

「なぁ束」

「なに?」

「整備マニュアルのここだけどさ、これってどういう意味かな?」

 

 如何に強化人間の思考能力が強化されているとはいえ、経験値0のものはどうしようもない。

 暇潰しに整備マニュアルを見ていた晶が、全然分からなかったので取り合えず聞いてみた、という程度の質問だった。

 だがお互い時間があったという事もあり、教師束、生徒晶という個人授業に突入。

 そこで晶が悪乗りし、「これは何?」「あれは何?」等と質問をぶつけまくったところ、何と束も悪乗りを始めてしまう。伊達眼鏡を装着して如何にも教師っぽいスーツに着替え、空間ウインドウを黒板程の大きさに拡大。指示棒まで持ち出して、「それはね――――――」等とやり始めてしまった。もうノリノリである。

 そしてこうなると、ストッパーがいないのでお互い止まらない。説明・質問・解答が延々と繰り返され、最後には気分を良くした束が、整備マニュアルを一から作り直してしまったのだ。そうして出来たのが現在の整備マニュアル。つまり偶然の産物である。

 

 閑話休題。

 

 そんなパワードスーツが輸送機に搬入されるのを、執務室から眺めていたクラリッサは、夏休みという事で帰国している隊長(ラウラ)の事を思い出していた。

 IS学園入学前は冷徹な軍人そのままだったが、僅か数ヶ月で随分と変わった。

 だが甘くなったという訳じゃない。

 上手い言葉が見つからないクラリッサだったが、しいて言うなら、「大きくなった」や「落ち着いた」というという表現が正しいだろうか?

 以前の張り詰めた、触れれば切れるような雰囲気がなりを潜めていた。

 織斑教官のお蔭―――――――――という訳では無いだろう。あの人は隊長にとって尊敬の対象だ。であるならば、やはり原因はあの男(薙原晶)か。トレーナーとして優秀という話は聞いていたが、まさか“あの”隊長にまで影響を及ぼすとは・・・・・・・・・・。

 そんな取り留めのない事を思っていると、部屋の扉がノックされた。

 

「誰だ?」

「リンダ・エルトース少尉です」

「入れ」

 

 振り返らないまま許可を出し入室させると、用件は全ての装備積み込みが完了したというものだった。

 

「そうか。では予定通り明朝0900に出立する。暫く戻れないからな。隊員達には、『明日に影響の出ない範囲で遊んでおけ』と言っておいてくれ」

「了解しました!! それでは、早速伝えてきます!!」

 

 嬉しさの余り元気良く出て行った少尉を見送った後、クラリッサはデスクの引き出しから一冊の報告書を取り出した。

 内容はアラビア半島の情勢について。

 大量に流入している旧世代兵器と、PMC基地消滅に伴う治安悪化というのは既に広く知られているが、この報告書に纏められているのは、もう少し突っ込んだ内容だった。

 これを読んだ時、正直に言えばクラリッサは目眩を覚えた。次いで情報部の悪辣な冗談であって欲しいと思った。だが事実だった。

 テロリストや反政府組織に、渡って欲しくない兵器が大量に流れている。

 アサルトライフルや対空ミサイル(スティンガー)なんて生易しい物じゃない。

 ISの登場で金食い虫と蔑まれるようになった、過去の一線級の兵器達。主力戦車や戦闘ヘリに自走ロケットランチャーなど、本来なら機甲師団に配備されるような、強力な兵器群が流入している。

 クラリッサはこれらの兵器を、決して侮ってはいなかった。

 確かに自分“が”負ける事は無いだろう。

 だが部下達は違う。幾らパワードスーツ(F-4 撃震)という新兵器があっても、防御力は物理装甲依存。ISのような防御力は無い。

 しかもたった12機しか無いのだ。流入している数に比べ、何と少ない事か。

 考えれば考える程不安の尽きないクラリッサだったが、それとは別に気になる情報もあった。

 報告書の最後に記述されている『TypeD No.5』というコードネームだ。

 情報部曰く、「発見時に高度な暗号が施されていた」という事から参考程度に載せたらしいが、どうにも嫌な予感が拭えない。只の考え過ぎであれば良いのだが――――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 黒ウサギ隊が派遣されてから9日、同様に派遣されている他部隊と緊密に連携を取りながら、クラリッサはパワードスーツ隊を率いて哨戒任務に当たっていた。本来ならISが出るような任務では無かったが、2つの目的があって投入されていた。

 1つはこの地にISが派遣されている事を広くしらしめ、テロリストや反政府組織に活動を思い留まらせる事。

 もう1つは、新兵器であるパワードスーツの護衛であった。戦力に護衛を付けるというのもおかしな話だが、新兵器というのはとにかく何があるか分からないし、強奪の対象にならないとも限らない。

 そんな理由からクラリッサが直率していたのだが、今のところ大きな戦闘も故障もなく、特に問題は起きていなかった。

 だがそれは、これからも問題が起こらないという保証にはならない。

 突如として飛び込んできた救援要請に、全員の緊張が高まる。

 

『こちら第223巡回小隊、誰か、誰か近くにいないか!! 武装組織の攻撃を受けている。独力での突破は不可能。繰り返す。独力での突破は不可能!! 誰か、頼む!!』

 

 悲痛な叫びだった。だが黒ウサギ隊は味方を装った敵、つまりはトラップという可能性を考慮。

 クラリッサが通信を受けている間に、部下達が裏を取り始めた。

 

『――――――こちら黒ウサギ隊副隊長、クラリッサ・ハルフォーフ大尉だ。状況を知らせてくれ』

『黒ウサギ!? ドイツのIS部隊か!! 助かった!! 敵は確認出来るだけで戦車3、戦闘ヘリ2、歩兵は分からん。もう10人以上は殺ってるはずだが、銃撃が途切れない』

 

 クラリッサは通信で流れてくる背後の音を、解析ツールで解析。作り物の音ならすぐに分かるが結果はシロ。

 本部に出撃状況を確認していた部下からの報告もシロ。間違いなく、第223小隊は巡回任務についている。

 

『了解した。すぐに救援に向かう。もう少しだけ持ちこたえてくれ』

『頼む。はや――――――』

 

 そこで通信が途切れた。同時に戦術MAP上から第223小隊の光点が消える。部隊間データリンクが途切れただけだと思いたいが、一刻の猶予も無い。

 だがここでクラリッサは刹那の間迷う。単純に助けに行くだけならISで先行すれば良いが、これがパワードスーツを狙う為の陽動で無いと何故言い切れる。

 しかし救援要請を受けておいて急行しないなど、ドイツ軍人としてあるまじき行為。そう考えれば、行動は決まっていた。

 

「私が先行する。各員は匍匐飛行(NOE)全力噴射。付いてこい」

 

 全員の「了解」という返事を聞きながら、クラリッサは反転。

 先んじて第223小隊の通信が途絶えた場所に向かう。

 そしてこの救出劇が世界初、通常兵器によるIS打倒作戦、『Operation:Angel Down』の幕開けであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 救出された第223小隊は、巡回中に武装勢力の拠点と思われる場所を発見していた。

 相当数の人数と武器を保有しているという情報から、派遣部隊本部は拠点の破壊を決定。

 翌日には黒ウサギ隊を中核とする打撃部隊が編成されていた。これも本来ならISが1機投入されれば十分過ぎる程だが、『安全に実戦経験を積ませてやりたい』という、ある意味親心的な配慮からの投入であった。確かにISという超兵器のバックアップがあれば、将兵達の士気は上がり安心して戦えるだろう。だが今回に限って言えば、それこそが正体不明の敵の狙いであった。

 しかし本部はそんな思惑に気付く事無く、作戦にGOサインを出してしまう。

 投入戦力はIS×1、パワードスーツ×12、戦闘ヘリ×12、歩兵輸送用ヘリ×6。

 例えISがおらず、更に武装勢力が他に戦力を隠し持っていたとしても、十分に食い破れる戦力であった。

 その“はず”であった・・・・・・・・・・・・。

 

『――――――こちらブラックラピット01(クラリッサ)、間もなく作戦領域だ。各員準備は良いな?』

 

 拠点への攻撃作戦は、非常にオーソドックスなものが選ばれた。十分な戦力があるのだから、教本通り火力で圧倒し、反撃すら許さず制圧してやれば良いという訳だ。

 戦闘ヘリによる対地攻撃で相手の鼻っつらをへし折ったところで、輸送ヘリが拠点内に強行着陸。制圧部隊展開。それと同時に黒ウサギのパワードスーツ(F-4 撃震)隊も突入。後方では、ISが後詰めで控えている。

 戦闘というのもおこがましい、一方的な展開になる“はず”だった。

 作戦は予定通りに推移していく。

 しかし突入した制圧部隊からの通信が、作戦崩壊の始まりであった。

 

『02から01へ。これは!?』

 

 直後に発生した高濃度ECMにより、制圧部隊との交信途絶。更に対地支援をしていた戦闘ヘリ部隊に対し、地上から十数発の対空ミサイルが発射される。

 

「小賢しい!!」

 

 クラリッサは一切迷う事なくカバーに入った。

 この程度のECMもミサイルも、ISなら何も問題は無い。瞬時加速(イグニッションブースト)で刹那の間に音速を越えトップスピードにのったクラリッサは、十数発の対空ミサイルをワイヤーブレードで苦もなく切り払う。

 だがこの行動こそが、トラップを完成させる最後の一手だった。

 現在の部隊の位置関係は高度の高い順に、戦闘ヘリ、クラリッサ(IS)、制圧用歩兵部隊とパワードスーツ隊。

 この状況で拠点に対し飽和攻撃をされた場合、ISは味方を守るという以外の選択肢を取れない。

 いや正確に言えば、回避する事も攻撃してきた相手を撃破しに行く事も出来る。しかしその場合、制圧部隊やパワードスーツ隊の全滅は確実であった。つまりこのトラップは、ISの絶対的なアドバンテージの一つである機動力を、味方という足枷で封じるもの。

 そして、物量による圧殺が始まる。

 北、南、西の三方向から対地ロケット弾による波状攻撃。しかも攻撃が途切れないように、発射タイミング僅かずつがずらされている。

 

「ちぃぃぃ!!!!」

 

 クラリッサはワイヤーブレード、レールカノン、プラズマ手刀、あらゆる兵装を駆使して迎撃していく。

 IS配備特殊部隊副隊長という肩書きは伊達では無いのだ。空に次々と爆光が乱れ咲く。

 そしてこの時、戦闘ヘリ部隊が取った行動は決して間違っていなかった。

 味方が攻撃を防いでくれている間に、ヘリ部隊が砲撃元を叩きに行く。ミサイル攻撃される危険性はあったが、先程と同程度の攻撃なら、チャフで何とか回避出来なくも無い。怖くないとは言わないが、戦場にいるなら当たり前の危険だ。何より味方を助けられなくて何が軍人か。

 よって速やかに行動を開始した戦闘ヘリ部隊だったが、圧倒的物量の前には無力だった。

 クラリッサから離れたところで再びミサイルの標的とされ、放たれた数十発のミサイルがヘリを次々と火球に変えていく。無論無抵抗ではなかったが、単純にチャフの総量を上回る物量で攻められれば、足の遅いヘリに逃げる術は無い。

 全12機が瞬く間に撃墜されてしまう。

 更に、悪い事というのは重なる。

 

「こっ、この装備ではっ――――――」

 

 彼女が使うIS、シュヴァルツェア(黒い)ツヴァイク()は、迎撃に有効な弾幕兵装を装備していなかった。

 しかしこれはクラリッサが、装備選択を誤ったという訳ではない。ISを倒せるのはISだけというこの世界の常識に従い、対IS戦闘が意識された装備だったからだ。故に彼女はロケット弾という爆発兵器を、近接用兵装で切り払い、或いは自機を盾にして止めなければならなかった。そして近接用兵装も無制限に使える訳じゃない。爆発物を切り払い爆炎に飲まれ続けたブレードワイヤは瞬く間に磨耗を始め、プラズマ手刀はエネルギー兵器。使えば使うほど機体稼働時間が削られていく。普段ならば気にする必要もない僅かなエネルギー減少が、クラリッサの精神を削り取っていく。

 だがこれだけなら地上にいる制圧部隊が、徒歩ででも撤退してしまえば済む話だった。

 しかしここまで用意周到に準備を整えた敵が、そんな事を許すはずが無かった。

 クラリッサの迎撃が届かない低軌道で撃ち込まれた大型ミサイルが、拠点外周部で腹の中から散布地雷をばら撒き、徒歩での撤退すらも阻んでしまう。

 更に何処に潜んでいたのか、武装組織が好んで使う型遅れの装甲車が、分隊支援火器や対空ミサイル(スティンガー)を積んで地雷原の外側で集結を始めていた。

 これで制圧部隊の面々は理解した。否、理解させられた。

 自分達がISを狩る為の足枷であり人質なのだと。

 空への道は対空ミサイル(スティンガー)で蓋をされ、ISは砲撃から制圧部隊を守るために動けず、地上から脱出するには地雷原と謎の武装集団を突破しなければならない。

 罠に絡め取られた絶望感が、部隊の中に広がっていく。

 そんな中、この包囲網を食い破るべく行動を開始した部隊があった。

 人間以上の機動力と防御力、そして火力を持つ新兵器。パワードスーツ(F-4 撃震)が配備されている黒ウサギ隊だ。

 

「――――――ブラックラピット02より全機へ!! これより隊を3つに分ける!! A小隊(02~05)は集結中武装集団を強行突破。南からの砲撃を叩く。B小隊(06~09)C小隊(10~13)はA小隊の突破支援。その後武装集団をある程度叩いたら、B小隊は西からの砲撃を叩け、C小隊はこの場に残り、武装集団の後続を順次叩き潰せ。いいな!!」

「「「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」」」

「では行動開始!! 副長を助けられる機会など滅多に無いぞ!! 訓練の成果を見せろ!!」

 

 パワードスーツ(F-4 撃震)各機が一斉に腰部跳躍ユニット(ブースター)に点火。綺麗な軌跡を描きながら地雷原を飛び越えていく。

 聞こえてくる部下達の通信を嬉しく思いながら、喋る間も無く迎撃を続けるクラリッサ。

 しかしその思考は、酷く冷静に現状を分析していた。

 ロケットの斜角から弾き出された発射位置は100kmほど先。そしてパワードスーツ(F-4 撃震)の最高速度が時速100km。単純計算で到着まで1時間。しかしこれほど入念に準備をしていた相手が、素直にロケット砲を叩かせてくれるとは思えない。途中、邪魔が入るのは間違いないだろう。ならあと何時間耐えれば良い? 2時間? 3時間? 無理だった。レールカノンも、プラズマ手刀も、全てエネルギーを使う。こんな連続稼動は考えられていない。ブレードワイヤも思考制御で、その動きは本人の集中力がダイレクトに反映されてしまう。ブースターも3方向からの波状攻撃のおかげで、常に稼動状態でエネルギー消費が激しい。

 考えれば考える程、現状がどれ程拙いものなのかが理解できてしまう。

 この状況から脱出するには、外部からの援軍がどう考えても必要だった。しかし更に濃度を増した高濃度ECMのおかげで、本部との通信すらままならない。唯一、広大な宇宙空間で連絡を取り合う為の量子暗号通信網、ISコアネットワークでなら通信可能だが、派遣部隊の中にIS操縦者はクラリッサ只1人。また仮に通信出来たとしても、1時間以内にこの包囲網を撃破出来るだけの部隊を動かせるかどうか―――――――――。

 そんな諦めがクラリッサの中に湧き上がってくる。だがその時、禁じ手とも言える閃きが彼女の脳裏を駆け巡った。

 

(――――――いる。一人だけ、いる。この状況を打破出来る人間が)

 

 それはNEXT。束博士を護る最強の単体戦力。詳細なデータは今だ知られていないが、以前あった超音速旅客機(SST)暴走事件では、追加ブースター装備で時速8000kmオーバーを叩き出している。

 しかも彼は今、代表候補生指導の為ドイツにいる。ドイツからアラビア半島までは約5000km。1時間とかからない。

 だがこれは、彼に更なる借りを作ってしまうという事でもあった。

 何せドイツは一度謀略を仕掛けて敗れている。ここでもう一度借りを作れば、今度こそ頭が上がらなくなる。

 只でさえ衛星通信網への最優先アクセスコードを握られているのに、ここで頼ったら、次はどうなるか。

 しかし同時にクラリッサは、万一ISが墜とされた場合や、味方を見捨てた場合の影響というのも良く分かっていた。

 墜とされれば国防戦力の低下に直結。味方を見捨てた場合は、その事実がドイツ軍を蝕んでいくだろう。

 だから彼女は、絶対にここで負ける訳にはいかなかった。

 故に決断する。

 下手をすれば軍法会議ものだが、ここでISを失うよりは、遥かにドイツの傷は少ないはず。

 そう信じ、クラリッサはISコアネットワークに接続。

 だが情報遮断されているNEXTを直接コールする事は出来ない。よってコールするのは、元黒ウサギ隊隊長のラウラ。

 代表候補生指導の為ドイツを訪れているのなら、恐らく、すぐ近くにいるはず。

 そんな一縷の望みをかけたコールだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方その頃、ベルリン・ブランデンブルク国際空港ロビー。

 ラウラは黒いワンピース姿で、晶・セシリア・マリーの3人を出迎えていた。

 事前の予定ではもう訓練施設に着いているはずなのだが、ロンドン・ヒースロー空港が風雨に見舞われたおかげで、出発が遅れたらしい。

 しかし天気に文句を言っても仕方が無い。

 むしろこのメンバーで行動していて、天気以外に問題無く到着出来たのは幸運と言うべきだろう。

 1人そんな事を思っていたラウラだったが、ふと思い出したかのように口を開いた。

 

「――――――まさか本当に、こうして出迎える事があるとはな」

「人生何があるか分からないってな。俺だって思ってなかったよ」

 

 以前から何度か「ドイツに来ないか」と声を掛けていたとは言え、言っていた本人だって実現するとは思っていなかったのだ。

 何せ一番初めの関係は、謀略を仕掛けた側と仕掛けられた側。

 普通の世間一般的な感覚なら、実現すると思う方がおかしいだろう。

 しかしこういう事に関して、2人の考えは非常にドライだった。つまり敵なら殺る。違うのなら、右手で握手をしながら左手にナイフ。そんな関係で全く構わないと思っていた。

 なのでお互いが敵意さえ見せなければ、会話は穏やかなものだった。

 それどころか、興味のある分野が似通っているおかげで話が弾んでいく。

 単純な兵器の性能についてから、やれ戦車は何処の国のが強いだの、戦闘機はやっぱりアメリカだの、マルチロール性ではあの機体も捨て難いだの、打てば響くような軽快さで言葉のキャッチボールが続いていく。

 そんな中、話題の矛先がセシリアへ向いた。

 

「ところでセシリアが来た目的は、『指導技術を学ぶため』で間違い無いのか?」

「ええ、そうですわ」

 

 振り返りながら尋ねてきた学友に肯くセシリア。

 

「そうか。随分と無茶をしたな」

「あら、高みには昇ろうとしなければ、いつまで経っても昇れませんわ」

「良い事を言う。――――――ところで薙原」

 

 セシリアの言葉に満足したのか、視線が再び晶に戻る。

 

「セシリアは訓練に参加なのか? それともお前の補佐なの――――――ちょっと待ってくれ。クラリッサから通信が入った」

 

 突然の通信に首を(かし)げるラウラ。

 普通に話をしたいだけなら電話で事足りるのに、IS搭乗者間でしか使えないコアネットワーク通信? 緊急事態? だがISを使うクラリッサが『緊急』という程の事態が果たしてあるのだろうか?

 そんな考えが一瞬浮かんだが、彼女の実力を知るだけに有り得ないと一蹴。しかし通信を繋いでも、いつまで経っても彼女の声が聞こえて来ない。代わりに戦闘データリンクが接続され、完全な戦闘状態、それもなりふり構わぬ全力稼動にある姉妹機の情報が送られてきた。

 

「これは!? クラリッサ、これはどういう事だ!! クラリッサ!!」

 

 ラウラの叫びに晶達3人のみならず、周囲にいる人達も何事かと見始めたが、ラウラに気にしている余裕は無かった。

 信じられない。いや、信じたくない情報だった。

 ISのシールドエネルギーが既に2割程削られ、今もジリジリと減り続けている。戦術MAPには、足元に味方の反応が多数。そして周囲から絶え間無く撃ち込まれ続ける対地ロケット弾の嵐。

 誰が見ても、完全に罠にはまり込んでいる状態だった。

 味方を庇わせる事で動きを拘束し、撤退出来ないようにしている。

 そしてこの罠の悪辣なところは、クラリッサが逃げても全く構わないところだ。

 何せ味方を見捨てて撤退しようものなら、IS操縦者としてのクラリッサは終わる。

 最強の超兵器(IS)に乗っていながら味方を見捨てた者など、本国は二度とISに乗せないだろう。

 それは必然的に、優秀なIS操縦者を1人葬ったのと同じ事。

 ここまでをほぼ瞬時に理解したラウラは、彼女が何を望んでいるのかも理解していた。

 助けが欲しいのだ。それも速やかに。しかしラウラでは間に合わない。5000Kmという距離は、ISを持ってしても遠いのだ。

 だがクラリッサはラウラの予定を知っていた。今日ドイツに、薙原晶(NEXT)が来るのを知っていた。

 この男なら、恐らく間に合う。5000Kmという距離を、クラリッサが墜ちる前に駆け抜けられる。

 しかしラウラは迷う。ここで手を借りれば、とてつもなく大きな借りとなる。以前仕掛けた件もある。だが助けられるのは、この男しかいない。

 そんな考えがどうしようもなくラウラを悩ませるが、数秒の後、彼女は決断した。貸しも借り無い。助けを求めている戦友がいる。理由などそれで十分だ。細かい事は全部上に押し付けてやれ。

 軍上層部にしてみれば迷惑この上ない割り切りをしたラウラは、晶に向き直った。

 

「――――――薙原晶、いやNEXT。一つ頼みたい事がある」

「いきなりどうしたんだ?」

「まずは何も言わず、このデータを見て欲しい。戦闘データリンクを立ち上げてくれ」

「分かった。―――――――――これは・・・・・・・・・なるほど、罠か。状況は理解した。で、俺にどうして欲しいんだ?」

 

 勿論晶は、ラウラがどうして欲しいのかは分かっていた。だがそれは、相手の口から言わせなければならない言葉だった。義憤に駆られて動く戦力など、他人から見たら危なくて仕方がない。

 ある程度のルールに従って動いているという建前が必要だった。

 そしてそういう考えは、軍人であるラウラにとって、ある種お馴染みの考え方だった。

 

「クラリッサ・ハルフォーフ大尉と、その指揮下にある部隊の救出を依頼したい」

「報酬は? ――――――と言っても、代表候補生に払える報酬なんて高が知れているな」

 

 この時、ラウラは大きな賭けに出た。上層部が“絶対に”報酬を支払わなければならなくなる方法だ。後から軍法会議確実な方法だが、NEXTをすぐに動かすならこれしかない。

 

「報酬は上層部から後ほど支払われるが、もしそちらが満足するだけの報酬が支払われなかった場合、私のISコアを報酬として渡そう。これでどうだ?」

 

 ISコアを造れる束が傍らにいる以上、晶にとっては余り意味の無い報酬だった。しかしそれは晶から見ればの話。ドイツ政府にしてみれば、ISコアを失うくらいなら、幾らでも金を詰むだろう。

 だがISコアはラウラ個人の物ではなく、ドイツ政府の物ものだ。つまり勝手に渡せるものではない。それをラウラが知らないはずないのだが・・・・・・・・・・。

 

「ドイツ政府が黙ってないぞ」

「私の処分は確実だろうな」

「なら何故?」

「これ以外に、お前をすぐに動かせそうな方法が無いからさ。――――――ああ、何なら先に渡しておこう。報酬に満足したら返してくれ」

 

 何とラウラは、この場で右腿から黒いレッグバンド(待機状態のIS)を外し、晶に無造作に押し付けてきた。

 

「お前、何を考えて!?」

 

 専用機持ちが、専用機を他人に渡す。それもこんな人目のある場所で。ラウラが、それが国に対する裏切りと分からないはずがない。つまり彼女は、自分自身で戻れない一線を越えてきたのだ。

 

「返却を受け付ける気はない。事態は一刻を争うんだ。だから、頼む。お前でなければ間に合わない」

 

 深々と頭を下げるラウラ。

 晶の脳裏に、これまでの付き合いが思い浮かぶ。ハッキリ言ってしまえば、こんなヤバそうな依頼を受けれるような仲じゃない。

 しかし部下を、自分の将来を捨ててまで助けようとする姿には好感が持てた。

 だから迷った。

 こういう人間は助けてやりたいと思うが、これだけ大事だと、勝手に動く訳にはいかないだろう。

 よって晶は望み薄と分かっていながら、懐から携帯を取り出し束をコールした。

 

『どうしたの?』

『1つ、お前の考えを聞きたい』

『声が真面目だね。何かな?』

 

 事情を説明すると、少々予想外の返事が返ってきた。

 

『ふぅん。ちょっと待ってて――――――――――――うん。確認した。確かにアラビア半島で、随分動いてるね。行ってくると良いよ』

『意外だな。てっきり駄目だと』

『こうして私の意思を優先しようとしてくれた。私にとってはそれで十分。だから今度は、晶の意思を優先してあげる。こっちにとって、裏が有りそうな話でも無いしね』

『束・・・・・・・・・ありがとう』

『良いよ。気をつけてね』

『ああ。分かった』

 

 そうして通話が切れると、ラウラがどうだったと言わんばかりに近付き見上げてきた。

 

「運が良かったな。出撃だ」

「そうか!! ありがとう!!」

 

 表裏の無い純粋な言葉に晶は、黒いレッグバンド(待機状態のIS)を押し返した。

 

「救出ミッションなら人手が必要だ。お前も来てくれ」

「りょ、了解した」

 

 ISを返されるとは思っていなかったのか、とても珍しいキョトンとした表情を浮かべるラウラ。

 とてもレアな表情だが、今ゆっくり見ている時間は無い。

 次に晶は、今まで静観していたセシリアに向き直った。他国に彼女1人を置いて行くというのは少々拙い。

 

「――――――突然で悪いが予定変更だ。俺はこれから救出ミッションに入るが、付いてくるか? 対人戦は避けられないから、死体を見る事になるだろう。それが嫌なら無理にとは言わないが――――――」

「い、行きますわ!!」

 

 帰国してもらう。という最後の言葉は彼女の返事で遮られた。

 尤も深い考えがあってでは無く、単純に置いて行かれるのが嫌だった故の答えだったが、この決断が後の彼女の立ち位置を決める事となった。

 

「そうか。なら次はマリーさん」

「何でしょうか」

「緊急ミッションだ。救出目標はアラビア半島で活動しているクラリッサ・ハルフォーフ大尉と、その指揮下にある部隊。で、出撃に関わる一切の雑事を任せる。上手く取り計らって丸く収めてくれ」

「承知しました。ではお急ぎのようなので、取り急ぎ出発準備をしてしまいましょう」

 

 マリーは左手中指で、細い眼鏡のフレームをクイッと押し上げながら、眼前に空間ウインドウを展開。

 そこに右手を押し付けると、無機質なCOMボイスで、ラウラを複雑な気分にさせる音声ガイドが流れた。

 

『――――――更識家交渉人、マリー・インテルと確認。更識楯無からの代理権限付与により、ドイツ通信衛星網への最優先アクセスを承認』

『ドイツ領空管制司令部へメッセージ。ベルリン・ブランデンブルク国際空港よりNEXTが出撃します。至急上空の飛行機への退避命令を出して下さい。行動目標はアラビア半島で活動しているクラリッサ・ハルフォーフ大尉と、その指揮下にある部隊の救出。売国奴の烙印を押されたいなら無視しても構いませんが、そうでないなら行動を持って示して下さい。以上です』

 

 この通信から1分が経ち、2分が経った時、空港内にアナウンスがかかった。

 

「現在空港上空に乱気流が発生しており、離発着を一時見合わせております。繰り返します。空港上空に乱気流が発生しており、離発着を一時見合わせております。また、これにより次便離陸予定が変更となっております。詳細は電光掲示板をご覧下さい。繰り返します。これにより次便離陸予定が――――――」

 

 そうして電光掲示板の表示が一斉に切り替わる。通常の飛行機名ではありえない『NEXT』という文字に。

 

「随分派手だな。じゃぁマリーさん、後は任せた」

「お任せ下さい。どうぞお気をつけて」

 

 マリーが頭を下げて見送る中、晶達3人は外に向かって走り出し、建物から出たところでISを展開。

 周囲にいた人達が何事かと振り返るが、構わずブースターに火を入れ高度20000mまで上昇。

 そこで拡張領域(パススロット)からVOBをコール。

 NEXTの背に緑色の光が集まり形を成し、全長4m程もある巨大な追加ブースターが出現。

 構造は一際大きな大口径ブースターを取り囲むように4つの中口径ブースターがあり、その上部に4つ、左右に2つずつの小口径ブースターが配置されている。その他は左右にコンテナ固定用のアンカーフックが取り付けられていた。

 

「2人とも機体をロープで固定して、しっかり掴まっててくれ。下手をすれば加速で引き剥がされるぞ」

「分かった」

「は、はい」

 

 晶は2人の返事を聞きながら、VOBのシステムチェックを開始。

 自己診断プログラムがロードされ、各部ステータスが次々とチェックされていく。

 そうしてオールグリーンが確認された後、VOBがアイドリング(待機)モードへ移行。

 エネルギーシールドが前方に鋭く尖った円錐状に、馬上槍のように再形成され、大気を切り裂く刃となる。

 更にPIC制御圏が拡大され、左右にいる2人も含めるように再設定。

 第三世代機なら時速8000kmという加速にも耐えられるかもしれないが、こうしておかなければ、1つの物体に対して3つの慣性制御が働き、下手をすれば相互干渉でブースターが壊れてしまう。

 

「――――――2人とも、準備はいいか?」

「問題無い」

「大丈夫ですわ」

「そうか。なら、行くぞ!!」

 

 晶のシフトアップコマンドにVOBが反応し、クルーズ(巡航)モードへ移行。

 甲高い機械音が響き渡り、ブースターから長大な噴射炎が吐き出される。

 僅か数秒で時速5000kmを突破。

 そこで更にシフトアップ。

 コンバット(戦闘)モードへ移行すると、全てが一瞬のうちに遥か彼方後方へ流れていく。

 

『こ、これほどの加速なのか!?』

『す、凄い・・・・・・』

 

 発した声は置き去りにされ、辛うじて接触回線で晶の耳に入った。

 

『ああ。だが、まだ先があるぞ』

 

 そして最後のシフトアップ。

 マックス(最大出力)モードへ移行。

 ついに時速8000kmを越え、エネルギーシールドが大気摩擦で赤熱化。

 そうして光の尾をひきながら晶達3人は、5000km先のアラビア半島へと向かうのだった。

 

 

 

 第61話に続く。

 

 

 


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