インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~   作:S-MIST

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第61話 緊急ミッション-2(中篇)

 

 晶・ラウラ・セシリアの3人がドイツから出撃した頃。

 パワードスーツ(F-4 撃震)を装着した黒ウサギ隊の面々は、降り注ぐロケット弾から味方を護り続けるクラリッサを助けるべく、獅子奮迅の働きを見せていた。

 全12機がA・B・Cの3小隊に分かれ、総計80を越える装甲車両と、それに数倍する武装集団をたった12人で相手にし、A小隊は見事1人の脱落者も出す事なく包囲網を突破。匍匐飛行(NOE)の全力噴射で、南の砲撃元へ向かっていた。

 そしてA小隊の突破を支援したB・C小隊は、今だ集結を続ける武装集団相手に乱戦へと突入。戦力比8:300という、ただの歩兵であれば決して敵わない戦いに身を投じていた。

 しかし強力な物理装甲とパワーアシスト、そして人の身で3次元戦闘を可能にする腰部跳躍ユニット(ブースター)の存在が、絶望的戦力差を五分のものとしていた。

 何せ装甲はアサルトライフル程度なら弾き返し、パワーアシストを全開にすれば車両をひっくり返す事も出来る。そして腰部跳躍ユニット(ブースター)を上手く使えば、包囲されても空へ脱出出来る。

 だがそれでも一方的な展開にならないのは、一重に数の暴力だった。

 パワードスーツ(F-4 撃震)は決してISのような超兵器ではない。如何に装甲が頑丈とは言え、構造上脆弱な部位はある。そこにラッキーヒットでも貰おうものなら、あっという間に袋叩きにされてThe End。そうならない為には絶えず動き回り、連携を維持し、臆病で繊細に立ち回らなければならなかった。故に五分にまで持ち込めていたのだが、武装集団が旧世代の主力戦車(MBT)である、M1 エイブラムスやT-80を持ち出してきた事により、状況が変わりだした。

 

『え、主力戦車(MBT)!? 連中、何てものを!!』

 

 パワードスーツの装甲が頑丈とは言え、戦車砲の直撃を防げる程では無い。喰らえば、木っ端微塵に砕け散る。

 黒ウサギ隊の面々に緊張が走った。

 そして戦車の装甲を撃ち抜ける武器が無いでも無いが、旧世代兵器とは言え、正面からの撃ち合いに特化した兵器と撃ち合うのはリスクが高過ぎる。となればここは囲まれるのを承知で、戦車の懐に飛び込まなければならなかった。

 

『――――――06からB小隊全機へ。近接格闘戦用意!! 突貫して敵戦車群を叩く。C小隊は援護を』

 

 B小隊各機が、各々近接用兵装を手に取った。高熱によって物体を破壊するヒートハンマー、大重量をブースターで加速させて叩きつけるブーストアックス、工事用重機を転用した鉄杭など、試験部隊だけあって種類は様々だ。

 

『行くぞ!!』

 

 号令の下、B小隊全機が跳躍ユニット点火。

 C小隊火力支援の下、武装集団のただ中に飛び込んで行ったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方その頃、ドイツではマリーが報酬交渉に入っていた。

 とは言っても場所は空港屋上で、居るのは彼女1人。交渉相手は通信回線の向こう側にいる、首相官邸の主だ。

 

『――――――まずは突然の通信という無礼に応えて頂き、ありがとうございます』

 

 空間ウインドウに映る初老の女性に一礼するマリー。

 

『最優先アクセス権限を使った強制メッセージであんなものを送られれば、余程の無能でもない限り事実確認はするでしょう。礼には及びません。むしろ過去の不幸な行き違いを越えて、良くぞ動いてくれました』

 

 さりげなく過去の出来事を“不幸な行き違い”で済ませようとする辺り、流石は政治家だった。抜目無い。

 しかしこの程度、交渉の世界では当たり前。言質を与えず言質を取る、武力を使わない闘争なのだ。

 

『行き違いを越えて、ですか? 彼がそう思って動いたかどうかは、私の知るところではありません。ですが今回動いたのは別の理由からです』

『別の、ですか?』

『はい。貴国代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒからの依頼です。その際彼女は、NEXTを確実に動かす為に報酬を先払いしました』

『確か超音速旅客機(SST)暴走事件では、相当な額を要求したと聞きます。元軍人とは言え、それほどの額は払えないと思いますが?』

『ええ、ですから彼女は、それ以上に価値のある物を報酬としました』

『それは?』

『ISコアですよ』

『!?』

 

 ドイツ首相の表情が殆ど動かなかったのは、流石は政治家というところだった。

 しかし脳裏には、様々な情報が駆け巡ったに違いない。何せラウラの専用機は、ドイツが威信を賭けて開発した第三世代機。間違いなく今後ドイツ国防の中核を担う機体なのだ。それを渡すなど、あらゆる意味で受け入れられるはずが無い。

 

『ですがご安心を。その際、貴国代表候補生はこう言っていました。『上層部が支払う報酬に満足したら返して欲しい』と。ですので今回の出撃に見合うだけの報酬が頂けたなら、ISコアはお返し致します』

『そうですか』

 

 この取引を安いと見るか高いと見るかは意見の分かれるところだったが、少なくともドイツの首相は安いと見た。

 一般的な感覚では決して安くない金額になるだろう。しかしISコアが絡んでいるのにこうして真っ当に取引出来るなど、望外の幸運というべきだった。何せISコアの数は決まっている。入手出来るとなれば、どんな非合法オペレーションでも実行する組織は腐るほどあるだろう。だが束博士の傍らにいる薙原晶なら、その可能性は殆ど無い。必要なら造って貰えば良いだけなのだから。

 更に言えばラウラの専用機であるシュヴァルツェア(黒い)レーゲン()の機体情報は、VTシステムの一件で既に流出しているだろうし、秘密工場の一件という弱みもある。

 つまりドイツを害する気なら幾らでも出来るのに、こういう交渉を行うという事は、薙原晶は決定的な決裂を望んでいない。ドイツの首相はここまでを、僅か数秒で看破していた。

 対するマリーも、その程度は看破してくれるものと思っていた。

 故にこの交渉は落し所を見つける為のものと、お互い言葉を交わすまでも無く認識が一致する。

 

『それでは事情を理解して頂けたところで、報酬額の提示をお願い致します』

『そうですね――――――』

 

 だがここからが、ドイツ首相の悩みどころだった。

 以前、薙原晶が超音速旅客機(SST)暴走事件で得た報酬は1億ドル(日本円で80億9千万円)。

 これを基準にした場合、どの程度の報酬が適当なのか皆目見当が付かない。仮に見当が付いたとしても、1億ドル以上なのは間違いない。とてもすぐに払えるような額では無かった。

 よってドイツ首相は、別の形で支払う事にした。

 

『――――――以前、欧州宇宙機関(ESA)が計画・開発した試作有人宇宙往還機(エルメス)は如何でしょうか。束博士の衛星開発を手伝う薙原氏にとって、有って困る物ではないと思いますが』

 

 確かに今現在、束博士が宇宙に物を運ぶ手段は、VOB装備のNEXTにコンテナを付けて打ち上げるしかない。

 自由に使えるシャトルがあれば、薙原晶(NEXT)の負担も大幅に減らせるだろう。今後の事を考えれば、確保しておくべきものだった。しかしここですぐに肯いてしまっては、交渉人失格だ。

 

『ですがそれは、資金難から計画中止になったはずでは?』

『試作機自体は完成し、テストでも極めて良好な成績を収めています。実用化出来なかったのは、予想される運用コストの問題を解決出来なかったからですよ』

『つまり、性能最優先のワンオフ機であると?』

『はい。出来れば使って頂きたいのですが』

『その性能が信用に足るものであれば、彼も博士も否とは言わないでしょう。ですが宜しいのですか? シャトルと言えば、航空宇宙産業技術の結晶。下手に流出させたとなれば、御自身の進退に関わるのでは?』

 

 相手の心配をしているかのような、優しさに満ち溢れた台詞だがその真意は、「そっちの問題が、こっちに飛び火しないだろうな」である。しかし相手も、その辺りは心得たものだった。

 

『ご心配無く。正式に報酬としてお渡しする前に議会を通しますので』

『自国技術の結晶が流出するのを、議会の人間が認めるとは思えませんが』

『少しでも先見性のある者なら、必ず認めますよ』

 

 ドイツ首相の考えは、マリーにも十分理解出来た。

 高コスト故にお蔵入りした技術を後生大事に抱えているよりも、それを使って自国、或いは欧州の技術力をアピールした方が余程国益に適うという判断だろう。まして束博士は発電衛星計画なるものを既に発表している。となれば大重量物体を打ち上げられるエルメスを使う機会も多いだろう。広告塔としては申し分ない。

 しかし同時に思う。報酬がこれだけで良いものだろうか? 確かに有って困る物ではないが、ISコアとシャトル1機では、余りに吊り合いが取れていない。ここはもう少し要求するべきでは無いだろうか? そんな考えがマリーの脳裏から離れないでいたのだが、晶のオーダー(命令)を考えると、これ以上の要求というのも躊躇われた。

 

(・・・・・・・・『丸く収めてくれ』という事は、敵対を望んでいないという事。なら次回に繋げられる関係を築いておくべきでしょうか)

 

 ここでマリーは更に考える。

 友好的過ぎるのはいけないが、マイナスがゼロになる程度の友好なら『丸く収めた』の範疇に入るだろう。

 ではどうするべきか?

 

(薙原晶は物欲が薄い。あるのかもしれませんが、精々人並みでしょう。なら報酬という形で貰うより、束博士の益になるもので考えた方が、彼の価値観的に報酬としての価値はあるでしょう。であるならば――――――)

 

 そのまま更に思考を続けたところで、ドイツの首相が口を開いた。

 

『どうされましたか?』

『いいえ。1つお願いしたい事がありまして』

 

 首相の表情が強張る。当然だろう。ISコアが掛かった交渉の場でされるお願いなど、どんな無理難題を吹っ掛けられてもおかしくないのだから。

 しかしそれは、拍子抜けするほど簡単なものだった。

 

『何でしょうか?』

『それほど警戒しないで下さい。内容は至って簡単です。今回の実戦で得られたパワードスーツの稼動データを公開して欲しい。それだけですよ』

『・・・・・・・・・・それだけ、ですか?』

『はい。それだけです』

 

 マリーが考えたもう1つの報酬は、パワードスーツの普及を後押しするというものだった。

 稼動データが公開されその性能がどれ程のものかを知って貰えれば、パワードスーツの開発に二の足を踏んでいる企業も、こぞって参入を始めるだろう。

 そうすれば必然的に特許を握っている束博士の元に、莫大な金が転がり込む事になる。ドイツから無理に毟り取るより、こちらの方が遥かに効率的だった。更に言えばこれは、パワードスーツを広く普及させて、宇宙開発の土台にするという薙原晶の目的にも適う。

 それでいてドイツへの負担は殆ど無い。

 

『分かりました。救出成功の暁には、必ず公開しましょう』

『ご心配無く。到着まで持ち堪えてさえくれれば、必ず救出されるでしょう』

 

 こうして報酬交渉を終えたマリーは、後の事を晶に託すのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方その頃、出撃した晶・ラウラ・セシリアの3人は、既に道半ば以上を駆け抜け、残り約1000Kmというところまで来ていた。

 

『クラリッサ、もう少しで到着する。それまで持ちこたえてくれ!!』

 

 ラウラの叫びにも返事は無い。ただデータリンクを通じ送られてくる機体情報のみが、辛うじてクラリッサの生存を伝えていた。エネルギーシールドは既に4割を切り、レールカノンの残弾も3割以下。プラズマ手刀も連続稼動のお陰で収束率が落ち、ステータスはイエロー。ワイヤーブレードも同様だ。

 だがこのスピードなら間に合う。晶がそう思った時、マリーから通信が入った。

 

『ドイツから情報提供がありました。監視衛星が作戦領域に向けて移動する、巨大移動物体を発見したとの事。――――――映像回します』

『これは!?』

 

 思わずそんな言葉が漏れてしまう程の巨体だった。

 全高30mはあるだろうか?

 手足はあるようだが歪な人型で、背中にはミサイルコンテナらしきものが見える。しかしあれだけの巨体で、武装がこれだけという事は無いだろう。必ず他にも武装があるはずだった。

 だがそれよりも拙いのは時間だった。

 このままだと、作戦領域への到着は向こうの方が早い。

 

(――――――どうする?)

 

 確実に間に合わせるのなら背部追加ブースターを使うべきだが、晶としては切りたくない手札だった。あれは戦闘力に直結する装備だけに晒したくないのだ。

 しかし一度受けた依頼を失敗で終わらせるなど、認められるはずが無い。よって苦肉の策として、VOBを使い捨てる事にした。

 

『・・・・・・・・・2人とも、もう少しスピードを上げても大丈夫か?』

『上がるのなら、やってくれ!!』

 

 この超スピードにも怯む事無く、ハッキリと答えるラウラ。だがセシリアは――――――。

 

『だ、大丈夫・・・・・・ですわ。こちらは、気にせすに』

 

 VOBに必死にしがみつきながらだった。

 やはり軍人として鍛えたラウラと同じという訳にはいかない。

 だが晶は、あえてセシリアの言葉を額面通りに受け取った。

 

『――――――分かった。これよりVOBのリミッターを解除。増速する。振動も激しくなるからな。しっかり掴まっててくれよ』

 

 このリミッター解除は、兵器運用という点では最低の手段だった。

 使ってしまえばVOBの内装系はボロボロになり、もう拡張領域(バススロット)に戻す事も出来ない。それでいて得られるスピードは僅か+500Km程度。使うメリットは殆ど無い。しかし追加ブースターという手札を切らずに間に合わせるなら、これ以外の方法は無かった。

 VOBにコマンド。

 

 ――――――リミッター解除。

 

 下されたコマンドにVOBが反応。内装系の安全装置が解除され、計13本のブースターに、過剰なエネルギーが送り込まれていく。

 

 ギィィィィィィィィーーー。

 

 今まで安定稼動していたVOBから異常音が聞こえ、ガタガタと揺れ始める。そして只でさえ長大なブースター炎が、更に伸びていく。

 

『後7分で到着する。セシリアはロケット弾の迎撃。ラウラは包囲している部隊の排除を頼む』

『了解』

『わ、分かりましたわ』

 

 この時、晶は有無を言わさずに配置を決めた。自分が受けた依頼なのだから好きにやらせてもらうという考えもあったが、1番の理由は、セシリアに人を撃たせない為だった。

 別に博愛精神に目覚めた訳では無い。

 晶はこの世界で生きる為に、迷う間も無くトリガーを引いた人間だ。そして、その後も戦い続けた。後悔はしていないが、多くの人に知られていないだけで、十分に汚れた人間だ。

 しかしセシリアは違う。そして晶のような人間でも、人を撃てば何かが変わってしまうのだろうという事は、何となくだが分かった。

 だからこのミッションが、彼女の将来に影を落とさないように、という思いから決めた配置だった。

 尤も――――――。

 

『優しいな』

 

 ――――――軍人であるラウラにはお見通しだったようだが。

 

『何の事だ?』

『いいや。独り言だ。ところで、お前はどうする気だ?』

『北から西に抜ける形で砲撃元を爆撃。その後UNKNOWNを叩く。南は黒ウサギが動いているようだから任せる』

『了解した。ではセシリア。爆撃コースに乗る前にVOBから離脱。クラリッサの救援に向かうぞ。カウントは私がとるから、タイミングを外すなよ』

 

 時速8000Kmオーバーという超スピード下で離脱タイミングを誤れば、作戦領域を大きく外れる事になってしまう。

 

『い、言われなくても!!』

 

 強がるセシリアだったが、内心は不安で一杯だった。

 こんな状況を想定しての訓練など行われていない。誰も想定した事すら無いだろう。

 

(なのに、何でラウラさんはこんなに落ち着いていますの!?)

 

 ラウラとて見た目ほど平気ではなかったのだが、隊長としての経験が、他人の前で慌てさせるという事態を防いでいた。

 

(でも、無様なところは見せられません!! せっかくの共同ミッションですもの、完璧にこなしてみせますわ)

 

 セシリアが自身を奮い立たせたところで、晶から2人に通信が入った。

 

『進路をクラリッサに向けて30秒だけ直進させる。その間に離脱を』

『了解。聞いたな、貴族のお姫様』

『聞きましたわ。ドイツの冷氷』

 

 シュヴァルツェア(黒い)レーゲン()とブルーティアーズをVOBに固定していたロープが量子の光となって消え、ラウラがカウントダウンを始める。

 

『5』

 

 ―――FCS起動。

 

『4』

 

 ―――全武装チェック

 

『3』

 

 ―――PIC制御フルドライブ。

 

『2』

 

 ―――全武装セーフティー解除。

 

『1』

 

 ―――進路クリア。

 

『0』

 

 黒と青が、コンマ一秒と違わずVOBから離脱。

 音速の数倍という、通常のISでは不可能な速度で作戦領域へと向かってゆく。

 そして晶はコースを変更。機体を爆撃コースに乗せて武装をコール。こちらも、戦闘態勢に入るのだった――――――。

 

 

 

 第62話に続く

 

 

 




次回、ようやく主人公勢の戦闘開始です。
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