インフィニット・ストラトス ~迷い込んだイレギュラー~ 作:S-MIST
今回はとあるフラグが立ちます。
晶はアラビア半島派遣部隊の本部、その割り当てられた客室にいた。
すぐに帰らなかった理由は幾つかあるが、大きな理由は主に3つ。
1つは事の顛末を当事者達に聞く事。
何せ今回の一件、手口が以前IS学園で提出したレポートに似ている。詳しい話を是非とも聞いておきたかった。
1つはパワードスーツの消耗具合を見る事。
マリーさんが交渉してくれたおかげで、今回の稼動データは公開されるらしいが、やはり現物を見ておきたい。
最後の1つは気のせいなら良いのだが、どうもセシリアの様子がおかしい。
(確か元の世界じゃ、湾岸戦争から帰還した兵士の6人に1人がPTSDになってたっけ。まぁ、たった1回の戦闘と従軍とじゃ随分違うだろうが、無視して良いものでもないだろう)
そんな事を思いながら晶は、コアネットワークを使いブルーティアーズにアクセス。セシリアを呼び出した。
本当なら2人きりで直接話せれば良いのだが、内容が内容だけに他人に聞かれたくない。
だが派遣部隊本部で盗聴対策の施された部屋を使えば、秘密の相談をしていると叫んでいるようなものだ。それは良くない。
なのでベッドに転がりながら、言葉を発する事無く意識下で通信開始。
これなら仮に監視されていたとしても、寛いでいるようにしか見えないだろう。
(よう。今大丈夫か?)
(え、ええ。大丈夫ですわ。でも思考通信だなんて、どうかしましたの? 何か問題でも?)
脳内に響く声はいつもと変わらない口調だが、どこか気だるそうな感じがした。
(いや、ちょっと聞きたい事があってね)
(何でしょうか?)
晶は、単刀直入に切り込んだ。
(どうだった? 初めて対人戦を見た感想は)
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その、何と言ったらいいのか・・・・・・・・・・上手く言葉に出来ませんわ)
怖かったという本心を、彼女は辛うじて飲み込んだ。
専用機持ちがそんな事、言えるはずがない。
だが不自然なまでに長い沈黙と歯切れの悪い返事は、晶に内心の迷いを悟らせるのに十分なものだった。
(そうか。なら1つ、お節介な話をしよう)
(聞かない、という拒否権は無いのですか?)
(残念ながら無い)
(強引ですね。殿方のする事ではありませんわ)
(と言いつつも、ネットワークを切断しないで聞いてくれるあたり、セシリアらしい)
(今日は特別ですわ。無駄話が聞きたい気分ですの。早く話して下さい)
強がり切れないセシリアが先を促す。
何ともいじらしい態度だった。
(そうだな。なら言わせてもらおう。――――――もしも対人戦の跡を見て、怖かったり不安に思ったりしたのなら、それは正常な反応だよ。断じてお前が臆病な訳じゃない)
(・・・・・・・・・・え? だ、だって・・・・・・貴方やラウラさんは、あんなに平然と・・・・・・)
漏れ出た言葉が、思い詰めていた彼女の心情を現していた。それに対し晶は、何も不思議な事は無いとばかりに答える。
(比べる相手が悪過ぎるだろう。俺もラウラも対人戦経験者だ。対してお前は初めて。あの光景に思うところが有って当然だ。むしろ何も無い方が心配だよ)
この言葉にセシリアは、幾分か不安が軽くなった気がした。気軽に弱音を吐けない専用機持ちにとって、自分の心情を理解してくれる相手がどれほど得難いかは、同じ専用機持ちでなければ分からないだろう。
(当然、ですか?)
(当然だろう。そして、今思ってる事を大切にするといい)
(・・・・・・・・・・理由を、聞いてもいいですか)
(奪うのに慣れると、いずれ奪われる者の気持ちが分からなくなる)
言いながら晶は、自身の台詞に呆れていた。非合法ミッションで、既に万単位の人間を葬った奴が何様のつもりだと。
しかしこの男は自分のエゴに忠実で、嘘だろうが何だろうが、それで人が立ち直れるなら、それを是とする人間だった。故に、さも当然であるかのように続ける。例え嘘だろうと、最後まで突き通せば本物だ。
(だからな、その迷いも恐怖も捨てちゃいけない。慣れるとトリガーが軽くなって、最後には機械的に殺せるようになる。そんな人間には成りたくないだろう?)
(も、勿論ですわ)
(そう思ってるなら、お前は大丈夫だよ)
セシリアは、心の中に居座っていた大きな不安や恐怖が、いつの間にか小さくなっているのを感じた。
彼女自身ハッキリした理由は分からなかったが、例えるなら、言葉がストンと胸に落ちた感じだろうか?
まだあの光景を飲み込めた訳では無いが、話す前よりもずっと落ち着いていられた。
(その、ありがとうございます。大分落ち着きましたわ)
(大した事はしてない。少し話をしただけだ)
(それでも、ですわ)
(まぁそう言って貰えるなら、言った甲斐もあったかな)
(ええ、十二分に)
(ならまた後で。夕食の時に)
(はい)
そうしてコアネットワークが切断され、晶が一息ついたその頃。
別の割り当てられた客室で、落ち着きを取り戻したセシリアは――――――。
◇
「晶・・・・・・さん」
既に日が沈み、暗くなった誰もいない部屋で、セシリアは静かに呟いた。
まだ
彼女の両手が自身の胸元に運ばれ、そっと目が閉じられる。
その表情に不安や恐怖、怯えといったものは無く、むしろ穏やかですらあった。
「薙原・・・・・・・・・・晶さん」
もう一度呟かれた名前が、スッと心に染み込んでいく。そして彼女は嬉しくなった。
(我ながら現金なものですわ。さっきまであんなに不安で怯えていたのに――――――)
彼は一度として「頑張れ」とか「慣れろ」とかは言わなかった。むしろその迷いも不安も全て認めた上で、捨てるなと言ってくれた。たやすく殺せるような人間にはなるなと言ってくれた。セシリアは、それが堪らなく嬉しかった。そして思う。
(一体どれだけの経験をしたら、あのように成れるのでしょうか?)
隔絶した戦闘力と、それに振り回されない意志力。強者が陥りやすい独りよがりな姿勢も無く、仲間への気遣いもある。今回なんて、怯えている顔を見せなくていいように、サウンドオンリーの通信だった。クラス代表決定戦の時のように、情けない姿に背を向けてくれていた。
そんな配慮が、どうしようもなくセシリアの心を刺激する。
だが彼女は、晶に本格的にアタックする気は“まだ”無かった。
(今行ったら、男に頼る弱い女そのものではありませんか。だから今はまだ、せめて足手纏いにならないくらいに――――――
その思いが、彼女の心に刺さっていた棘を抜く決意となった。
他人が聞いたら、馬鹿馬鹿しいと一笑に付すだろう思いが、形になっていく。
(殺したくないのなら、殺さずに済ませば良い。他のどれでもない。誰でもない。ブルーティアーズと私なら出来るはず。高効率稼動時に可能になるという、レーザー誘導能力とビットを駆使すれば、不殺だって出来るはず)
余りにも高い目標だった。
だがその思いと決意は、彼女を一段上のステージに押し上げる。
ISコアが搭乗者の変化を察知。
―――設定目標認識。
―――多対一での戦闘シミュレーション開始。
量子コンピューターが、幾百幾千幾万幾億通りの演算を開始。
しかし出た結論は不可能というもの。
セシリアが望む結果を、“ブルーティアーズ”では実現出来ない。
よってISコアは、次のステージに進む事を選択。搭乗者に知られる事なく静かに、進化形態の模索を始めたのだった。
一方その頃、今回の一件の
◇
――――――クラリッサのいる病室に訪れていた。
「よく・・・・・・よく無事でいてくれた」
点滴をされてベッドに横たわる彼女は、何も答えず静かに眠っている。
軍医の話によれば、極度の疲労以外は特に問題無いという事だが、帰還直後に崩れ落ちた時、ラウラは気が気では無かった。部下の手前、辛うじて取り乱す事は無かったが、本人でさえよく自制出来たと思っていた。(と思っているのは本人だけで、部下達には動揺しているのが丸分かりだったが)
「本当に、よく無事で――――――」
ベッドサイドに座るラウラの瞳が潤む。
「――――――泣き虫な隊長ですね」
「クラリッサ!! 大丈夫か? 何処か痛いところはないか?」
腰掛けていた丸イスから立ち上がり詰め寄ると、彼女は力無く苦笑した。
「大丈夫ですよ隊長。疲れている以外は、どこも問題ありません」
「そ、そうか。良かった。本当に・・・・・・」
ホッと安堵するラウラ。だがクラリッサの表情は硬くなり、そしてしばし考え込んだ後、真剣な面持ちで口を開いた。
「・・・・・・ところで隊長。1つ聞いても良いでしょうか?」
「安心しろ。部下なら全員無事だぞ」
真剣な表情の意味を取り違えたラウラが先に答える。だがクラリッサは首を横に振り、そして尋ねた。
「どうやって、NEXTを動かしたんですか?」
何せ
「それは――――――」
「――――――報酬は宇宙船と各種情報。国との交渉は済んでいる」
言い淀むラウラの代わりに、別の声が質問に答えた。
声のした方を振り向けば、病室の入り口に薙原が立っている。
そして今の台詞は、ラウラのISコアを貰うつもりは無いという、晶の意思表示でもあった。
「薙原、何故ここに?」
「救援まで持ちこたえたクラリッサ・ハルフォーフ大尉のお見舞い。というのは建前で、幾つか聞きたい事があって来た」
「何が聞きたい?」
クラリッサは体を起こしながら尋ねた。
「全てだ。嵌められた状況。そこに至る経緯。投入された敵味方の戦力。部隊の動き、どんな攻撃をされ、どんな行動を取ったのか、全て」
「助けられた恩もある。答えてやりたいところだが、流石にそこまで行くと軍機に触れる」
「国との交渉は済んでいる。総司令部経由だが、首相の命令が出ているはずだ。嘘だと思うなら、確認してくれても構わない」
「なに? 少し待ってくれ。今確認する」
クラリッサはISと自国の軍事ネットワークを接続。確認すると、確かに情報提供する旨の命令が出ていた。しかも特務扱い。これの意味するところは、必ず情報提供しろという事だろう。
「確認した。ならまずは――――――」
そうして話を聞いた晶が思い出したのは、以前IS学園に提出したレポートの存在だった。
(・・・・・・・・・・・・似ている部分が多いな。外部に漏れたか? いや、所詮学校に提出した程度の代物だ。遅かれ早かれ、同じ事を考える奴が居ただろう。それよりも問題は、今回の結果だ。特殊部隊のISを、通常兵器で撃破寸前まで追い込んだんだ。何処の誰が黒幕かは知らないが、目的は十分に達したと見るべきだろうな。となれば次の一手は、この事実を持って、IS最強神話に楔を打ち込む事か?)
この予測は、ISの撃破が適わなかった黒幕の考えを、ほぼ正確に捉えていた。
しかし何事も、予想通りに行くとは限らない。
というのも今回の一件は、他に目立つ要素が有り過ぎた。
1つはNEXTと代表候補生2名が、緊急展開したという事。
話題に飢えているマスコミと一般人が、こんな面白そうなのを見逃すはずが無い。
そしてもう1つが、黒ウサギ隊が装備していたパワードスーツだ。
戦力比8:300。単純計算で1人あたり約37人を相手にするという絶望的な戦力差の中で、1人として死亡者が出なかったという事実が知れ渡った時、各国の軍及びPMCは、一斉にパワードスーツの購入と開発を開始。
撃破されかけたという事実はいつの間にか、“元上官が部下の身を案じて、仲間と共に駆けつけた”という美談に摩り替っていた。
だが一部の聡い者は気付いてしまった。
兵器体系の頂点に君臨するISと言えど、膨大なコストと戦術次第で十分に追い込める事に。
そして女尊男卑の世の中、男にとってそれはある種の希望であった。
何せ男から活躍の場を奪ったISを、引きずり降ろせる可能性だ。
しかも今回、男でも使えるという
故に世の男の技術者どもは、パワードスーツの開発に偏執的なまでの執念を燃やし、数多のパトロンがそれを後押していく。
時代が、変わろうとしていた――――――。
第64話に続く
今回は難産×10くらい難産でした。
そしてセシリアさんに立ったフラグはセカンドシフトフラグ。
実を言うとこんな予定は無かったのですが、セカンドシフトさせるなら、「こういう切っ掛けってあったほうが良くないか?」と思ったのでやってみました。でも実際にシフトするのはまだ先のお話です。
次回は黒ウサギ隊の面々と少し関われればなぁと思っています。何せここを逃すと黒ウサギ隊と関われるイベントがしばらーーーーーーーーーく無いと思われるので。
でも、もしかしたらあっさり日本に帰ってるかもしれません。