ネット版 仮面ライダーハイセ ドント! アンダーカバー ~喰種だって出しゃばりたいッ!~ 作:黒兎可
<――喰種開業医・笛口アサキ 第1患者――>
暗転した場所で、丸椅子の上に座る男性。背中をこちらに向けて、黒い白衣を身にまとっている。髪は長いというより、切るのを面倒がっているのか適当に束ねている。
そんな彼が、ちらりとこちらに身体を向けた。人の良さそうな顔をしているが、少し疲れている印象である。ひげはうっすらと生えており、メガネに、首には聴診器を巻いていた。
「――やぁ。理性と本能の狭間に囚われた皆さん。
私は笛口アサキ。喰種の赫子に目がないドクターです」
特に妻の赫子の形状の美しさといったら、と何かを語ろうとした瞬間、口から涎が垂れかけ、じゅるりと袖で拭った。
※
「――次の方、どうぞ」
今は使われなくなった、とあるコンテナハウス。空き地の管理も行き届いて折らず、一見して廃墟のそれだ。そんな場所に看板も立てず、ひっそりと経営しているのが笛口アサキの診療所だ。
喰種の医者として、今日もやってくる患者たちを、食糧と引き買えに診ているのだ。
さて。アサキの言葉を受けて病室の扉が開く。
「おお、アヤトくんですか。まま、ささっと掛けて下さい」
「嗚呼。……痛ッ」
年齢は10代前半ほどの少年が、肩を押さえながら椅子に座った。目つきは酷く悪く、将来が楽しみな整った容姿もいくらか台無しだ。
そして、アサキはそんな攻撃的な雰囲気のアヤトを、実の子でも見るような温かな目で見ていた。
もっとも、表面上はであるが。
「無茶をしてはいけないよ? お姉さんを守るというつもりでも」
「うっせ。オッサン黙っと――ッ!!」
「はいはい、患者は患者らしくしてなさい。そうだね、念のため上着を脱いでくれ。他にも何か問題がないか、確認しよう」
言われるがままに上着を脱ぐアヤト。左肩から腕にかけて走る傷痕に、さっと取り出した消毒液を宛てるアサキ。少し涙ぐみながらも、アヤトは拳を握って力いっぱい堪えた。
「今日は誰と戦ったんだい?」
「……なんか、変な言葉しゃべる変態」
「変態?」
「姉ちゃんと俺の臭い嗅いだりしてきやがった。キモかった」
「それはそれは。で、これはお姉さんをかばって出来たものと」
「!?」
「なんで気付いたか、という感じだけど、そこはオジサンも大人だからねぇ。人生経験豊富さ」
驚いた表情のアヤトに微笑みながら、傷口を洗浄するアサキ。だが、その視線はアヤトの、ひとえに左肩に注がれていた。
(霧嶋アヤトくん。肩の裂傷は「甲赫」による回転攻撃でしょうねぇ。でも腕が千切れてないということは、赫子がそれを防ぎ切ったということでしょう。羽赫は相性的に甲赫とは酷く悪いはずなのに、それが可能ということは、ひょっとすると近親者に甲赫が居るのかもしれませんねぇ。
そして何より、アヤトくんの赫子は遠近の区分がない! 羽赫はどうしても遠距離が得意という風になってしまうところですが、喧嘩殺法のごとく我武者羅に当って鍛えているだけだって、戦闘パターンを固定しないようにしているのでしょう。加えて一撃の出力の高さから言えば、人間が使うショットガンのごとし。
ひとえに努力の賜物でしょうか。将来が楽しみな赫子ですが――いささか拍子抜けですねぇ。これなら、家の娘の方が期待値が高いところでしょう。なんてったって、赫胞2種同時保有ですからッ!)
内心のそんな謎のたぎりを一切表面に出さず、アサキはアヤトに包帯を巻いた。
「それで、大丈夫なのかい? 下手に相手の喰種に執着されても、危険なんじゃないのかい?」
「一応あっちも半殺ししたから大丈夫だろ。あー……、なんか、じーさんが持ってた写真のだけど、見るか?」
そう言ってアヤトが取り出した写真を見て、アサキに電流走る。
「――なんという美しさだ……ッ! 洗練されている!」
「……お、オッサン?」
突如訳の分からないことを口走り出したアサキに、アヤトは一歩引く。
アサキは立ち上がり、手にした写真に写る青年――腕にドリル状に巻きつく赫子を構えてポーズを取る喰種の、赫子を、目を食いしばるように見て笑っていた。
ちょっと目がうっとりしていて、怪しいというか危ない感じである。
「並の食事やトレーニングではここまでの色艶は出ない。イメージが赫子の形を作る以上、本人のメンタル的な要素も捨ててはいけないが、画素の荒い写真ごしにさえ分かるこのきらめきッ! 全ての要素が結合した、正にパーフェクトハーモニィッ!
アヤトくん、一体彼とはどこに行けば会え――るのか、い?」
その場でくるくる回転したりして、テンションの上がりようを表現していたアサキだったが。
振り返れば、先ほどまでアヤトが居た場所には、肉のパック一つだけが置かれ、扉が開かれていた。
診療室に少しだけ冷え込んだ風と、「あなた、また……」という妻の声だけが響いた。