ネット版 仮面ライダーハイセ ドント! アンダーカバー ~喰種だって出しゃばりたいッ!~ 作:黒兎可
<――喰種開業医・笛口アサキ 第3患者――>
暗転した場所で、丸椅子の上に座る男性。背中をこちらに向けて、黒い白衣を身にまとっている。髪は長いというより、切るのを面倒がっているのか適当に束ねている。
そんな彼が、ちらりとこちらに身体を向けた。人の良さそうな顔をしているが、少し疲れている印象である。ひげはうっすらと生えており、メガネに、首には聴診器を巻いていた。
「――やぁ。理性と本能の狭間に囚われた皆さん。
私は笛口アサキ。喰種の赫子に目がないドクターです」
特に妻の赫子の形状の美しさといったら、と何かを語ろうとした瞬間、口から涎が垂れかけ、じゅるりと袖で拭った。
※
今は使われなくなった、とあるコンテナハウス。空き地の管理も行き届いて折らず、一見して廃墟のそれだ。そんな場所に看板も立てず、ひっそりと経営しているのが笛口アサキの診療所だ。
喰種の医者として、今日もやってくる患者たちを、食糧と引き買えに診ているのだ。
さて。
「次の方どうぞ? ……? 嗚呼、大丈夫です。私は喰種専門のドクター。ヘルスケアからメンタルまで、大概のことは受け持ち、より素晴らしい赫子を……(じゅるり)
おっと失礼。ともあれ、ご心配なさらず」
アサキの言葉に、扉を開けるか開けないか躊躇していたシルエットは、やがて諦めたように扉を開けた。
現れた男は、顔面に刺青が入っていた。髪は染めて真ん中分け。荒々しく切り傷の入った革のジャケットを着用していた。
「せ、先生……、どうもです」
「おお、ルチさんじゃないですか。今日はどうしましたか?」
ばつが悪そうに部屋に入って椅子に座るルチ。アサキは微笑みながらも、内心ではテンションが上がっていた。
(ルチ……一応の本名は加賀美竜地。20区にかつて君臨した「
戦闘テクニックや赫子の訓練方式はリーダーのそれを参考にしており、クセのない動きや素早さで敵を翻弄するスタイルは、単体でも侮り難くグループでの司令塔的立ち位置に相応しい!)
もっともそんな内心は臆面にも出さず、アサキはルチの相談に乗っていた。
見た目は乱暴そうに見えるルチだが、世話になっているせいかアサキには愁傷な態度である。
「スミマセン。傷がある訳でもないのに、毎度毎度……」
「まあ、力を誇示するためとは言え無茶を続ければそれ相応に代償は出ますからねぇ。人間を食べる、という行為にしても赫胞の限界というのもありますし、血中のRc値が上がりすぎれば精神にも異常を来たすことがありますから、その点にはご注意下さいね。
それで、本日は?」
「……また、ダメだった」
ルチの打ち開ける悩みは、ひとえにある女性についてのものだ。恋慕ではなく憧憬。彼は、かつて自分が所属したグループのリーダーたる女性について相談していた。
「まあこんな商売やって十数年も経つと、色々なヒトを見てくるのでね。そういうのも一つの生き方だとは思いますが、認められないなら何度でも行かないと、ストレスも出てしまうでしょう。どちらの方がということもありますが、今の所は赫子に悪い影響が出て居ないようですし」
「それでも俺は……、俺達は、あの頃のあのヒトに戻ってもらいたいんですよ」
「複雑なところですかねぇ。内心。それはそうと……、ルチさん、ここ数年は貴方の赫子を見てませんから、そろそろ検診をしたいところですねぇ」
うっ、とルチの表情が引き攣った。
「おや、どうされました?」
「い、いや、別に構わないんだが、先生さん検診中の顔が――」
「どうかしましたか? いけませんねぇ。あくまでこれは診療ですよ?」
「そ、そうかい……?」
渋々、というように背中の肩甲骨の上から、赫子を展開するルチ。翼のようなそれを見て、アサキの目はちょっとヤバイ感じにいっちゃった。
両手に赤い手袋を装着して、赫子に直に触れる。
「はぁ……、やはり素晴らしいですねぇ。荒々しく磨かれたこのイメージ。クセがついていない、柔軟なように一見すれば見えますが、その実は多くの戦闘パターンが蓄積されたからこその形状。
許されるなら検体サンプルとして、一つ一つじっくり解析したいッ!」
「だからそれ止めてくれって!」
赫子を仕舞い、ルチはずざざ、と入り口の壁に背中を付けた。明らかに表情が引いている。荒くれ者のような容貌が、それに似合わないくらいに引いていた。
アサキは不思議がって首を傾げる。「あくまで診療ですから」と微笑む彼の目は、どうしてか据わっており、歴戦のルチをしても得体の知れない恐怖が込み上げてくる類のそれである。彼以外の医者が居ないため、暴力的に出られないというのも理由の一端だが、どちらにせよ本質的にはルチは彼の診療を苦手としていた。
「大丈夫、痛くしないから、痛くしないから!」
「そ、それ以前の問題だ先生さんッ、チっ!?」
にじり寄ってくるアサキに恐怖を感じ、ルチはたまたま開いていた窓に向かって飛びこみ逃走を計る。がこれには何故かアサキも負けじと白衣を翻し、デスクワークの多そうなそのイメージを根底から覆すような圧倒的運動神経で彼の追跡をはじめた。
「痛くない、痛くしないから――!」
まるでゾンビ映画か何かのごとく、色々振りきれたアサキはルチを追いかける。
逃げるルチのその表情は、CCGの特等捜査官に出くわした程に怯えていた。