神と、戦士と、魔なる者達   作:めーぎん

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神闘士たちにとって縁浅からぬ者たちが、見滝原を訪れる。


海からの訪問者

「ったく、あれじゃマミさんがかわいそうだよ!」

「さやかちゃん、助けてもらえなかったら、今頃私達も死んじゃってたかもしれないんだよ」

「そんなことないよ、まどか。マミさんだって強いんだし、なんたって正義の味方だもん。どんなにピンチでもきっと最後にはひっくりかえせたはずだよ」

 

街を二人の少女が歩いている。一人は相手を必死でなだめようとしているが、もう一人の少女の興奮はおさまらない。

 

「でも、昨日はほんとうに危なかったと思う。。ジークさん達だって怪我するくらいだったんだよ」

「そりゃ、あの魔女たちは今までとは段違いだったと思うけどさ。でも、もうちょっとうまいやり方だってあったんじゃない?」

 

どうやら美樹さやかは、昨日の魔女との戦い、途中で助太刀に入ってきた聖闘士たちのやり方が気にくわないらしい。

マミなら不利な状況をきっと逆転できていたはずなのに、聖闘士が入ってきたせいでマミの立場がなくなった、そう思いこんでいるようなのだ。

 

二人はマミに対して憧れのような感情を持っている。

ただ、まどかがマミを頼れる先輩として慕っているのに対し、さやかは子供の頃夢見た正義のヒーローの姿をマミに重ねているようだ。

 

「ねぇ、さやかちゃん、CD屋さんに着いたよ。ね?一緒にCD選ぼう?」

「。。。そうだね。こんな怒った顔、恭介に見せられないし。さ、気持ち切り替えてこ~!」

 

そこから先はいつもの二人、どこにでも居る仲のよい二人へと戻っていった。

 

 

 

「なんだろう?病院のロビーがずいぶんと混雑してるけど」

 

さやかが思いを寄せる少年、上条恭介の入院している病院。普段から混雑している一階のロビーが、今日はいつもに増して人で溢れている。

 

「今ならまだ前のほうの席が空いてるよ。ほら、はやく」

集まっている人の一人に促されたさやか達。

 

「今日はいったいなにがあるんですか?」

わけもわからず案内されているさやかが聞く。

 

「あれ、知らないで来たのかい? こないだ世界中で酷い洪水があっただろ? 世界中を旅しながら、被害にあった地域で慈善コンサートをしているお方が、今日はこの病院に来てるんだよ」

 

そういえば、ニュースで見たことがある。ギリシャの大富豪が私財をなげうって世界中を巡っていると。

 

案内されるまま前のほうの席に進むと、そこにはさやかの想い人、恭介が居た。

 

「やぁ、さやかも来てくれたんだね。病院のロビーで演奏会なんて、びっくりだよ! どんな人たちだろう?楽しみだなぁ。。」

 

恭介もまた、どこにでもいる極普通の少年である。ただ、幼いころからヴァイオリンを習っており、周囲の人たちも、恭介自身も、将来はヴァイオリン奏者として身を立てていくのだろうと考えていた。ある日、病に襲われるまでは。。

入院はすでに長期にわたっており、さやかはそんな恭介を元気づけるために、彼の好きな音楽のCDを差し入れしたりするなど、頻繁に病院に通っているのだ。

 

恭介はどちらかといえばおとなしいものの、好きな音楽のこととなるとついつい感情が高ぶることがある。

まもなく始まる演奏会への期待からか、いつになく興奮気味に語る恭介。

その隣にさやかが、そのさらに隣にまどかが座る。

 

 

さやか達が着席するのを待っていたかのように、目の前のステージに二人の男性が現れた。

一人は高貴なたたずまいの青年、傍らにはやはり落ち着いた雰囲気の青年が控えている。

 

「お集まり頂きありがとうございます。私はギリシャから参りました、ジュリアン・ソロと申します。こちらは私とともに世界各地を巡っている音楽生で、ソレントと申す者。先だっての大洪水は世界各地で大きな被害をもたらしました。私たちは、被害にあわれた皆様にとって少しでも癒やしとなれるよう、こうして各地を巡っております。本日は、短い時間ではありますが、この病院の方々の心に希望の灯を点すことができれば、と思いこうして演奏会の場を設けさせていただきました」

 

ジュリアン・ソロと名乗った青年は手短に挨拶を済ませると、傍らの青年、ソレントに合図を送る。少しでも長く演奏時間を稼げるようにという配慮なのだろう。

それを察してか、ソレントは一礼するとおもむろにフルートを口にした。

 

まるで春の風を思わせるようなたおやかな音色。

ロビーのあちこちから聞こえていた怒鳴り声、呼び出しアナウンス、廊下を駆けまわる靴音や金属がぶつかり合う音。

それらの全てにフルートの澄んだ音がしみ込み、浄化していく。

恭介、まどか、さやか、そして病院の中のありとあらゆるものが、動きを止め、彼のフルートに聞き入っている。

15分? 30分ほどたったであろうか?やがてフルートの音色がやむと、一瞬の静寂に続いて割れんばかりの拍手がロビーに響き渡る。

 

「本日は、私たちに演奏の機会を与えていただき、ありがとうございました。世界各地を旅し続けている私たちですが、この美しい街、見滝原には少し長めに逗留し、旅の疲れを癒す予定でおります。ぜひまたこうして皆様の前で演奏させていただければ幸いです」

 

二人の青年は、穏やかな微笑みをもって拍手に答えながら、去っていった。

 

 

 

「さやか!すごい!すごいよ!あんな美しいフルート、聞いたことがない!世界には僕の知らない素晴らしい音楽がまだまだいっぱいあるんだね!」

恭介の興奮はおさまらない。

「うん、あたしもこんなに素敵なフルート聞いたの初めてだよ! ソレントさんたち、しばらく見滝原に居るって言ってたし、また一緒に演奏聞けるといいね、恭介」

 

すっかりテンションのあがっている恭介。そして、恭介のそんな様子を見て、先ほどまでの興奮が嘘のように笑顔になっている、さやか。

 

 

「。。さやかちゃん! 私、今日中に終わらせないといけない用事、思い出しちゃった。ゴメン、先に戻ってるね?」

そんな二人を見て、それとなく気を利かせたのだろうか? 踵を返して病院の出口に向かうまどかを見送り、恭介とさやかは病室に戻っていった。

 

 

病室に戻ってからも、恭介の興奮はなかなか収まらなかった。ソレントの音楽は、恭介の芸術家としての意識を強く刺激したらしい。

 

一方、さやか自身はそこまでクラシック音楽に詳しいわけではない。幼い頃に恭介の弾くヴァイオリンを聴いて、"恭介の"音楽に興味を持つようになったのだ。なので、ソレントのフルートに心高ぶっているものの、恭介による解説、特に技巧や曲の構成の分析については正直なところ理解できない時もある。それでも、恭介に寄り添いたい、その一心で必死で彼の話に耳を傾けていた。

 

ひとしきりしゃべり倒して気持ちが落ち着いたのだろうか。ようやく静かになった恭介に、さやかがつい先ほど買ったCDを差し出す。

「今日も恭介のためにCD探してきたんだよ。ソレントさんのフルートもすごかったけど、きっとこれも気に入ってくれると思うんだ。ね、聴いてみようよ?」

 

さやかが差し出したのは、若いながらも才能に恵まれた、一人のピアニストのコンサートを収録したCDだった。慣れた手つきでCDをプレイヤーにセットすると、さやかはイヤホンの片方を恭介に差し出す。恭介とさやかで一つのイヤホンの片方ずつを使って同じCDを聴く。さやかにとっては、それが何にも代えがたい幸せなひと時なのだ。

 

「ねぇ、さやか? 片方ずつだと、ステレオ録音の片方しか聴けないんじゃ・・・?」

「大丈夫だって、恭介。これ、すっごく昔の演奏だから、ステレオじゃないんだって。だからどちらのイヤホンでも同じく聞こえるんだよ。何十年も前のコンサートを今こうして聴けるって、すっごいよね?」

「うん、コンサートをそのまま録音したせいか音はちょっと悪いけど、すごく瑞々しくて生き生きした演奏だね。さやか、いつもありがとう」

 

いつのまにか陽は傾き始めていたが、二人は静かに音楽に耳を傾けていた。

 

 

 

一方、城戸邸には二人のアテナ、5人の青銅聖闘士、2人の神闘士たちとハクレイが集まっていた。

 

 

ハクレイは、神闘士、聖闘士たちに、3体の魔女との闘いの様子、魔女の行動について事細かに確認している。

 

「アンドロメダの推測は興味深い。魔女がお互いの特性を把握したうえで攻守において巧みな連携をごく当たり前にとっていたこと、1体の魔女が倒れたことがきっかけに残りの魔女がまるで感情の抑えが効かなくなったかのように暴走しだしたこと。魔女になる前は、チームとしてお互い助け合いながら戦っていた3人の魔法少女だったと考えれば納得がゆく。ただ、そうであるならば、魔女は人としての感情、やもすると魂すら、その体のどこかに残している、ということでもある。魔女は魔法少女であった頃の記憶を完全に失い暴れまわるだけの存在と思っておったが、必ずしもそうなるばかりではないということなのじゃろうな」

 

ハクレイは、以前、魔女に積尸気冥界波を放った時のことを思い出しつつ、自らの推論を投げかけていた。あの時おぼろげに感じていた、人の魂の感触。それは今回の出来事を受けて、確信に変わりつつあった。

 

「ただ、魔女の中に人間の魂が隠れていたとしても、それを覆い隠している呪いの鎧、魂をおさめる肉体、そしてこの時代にとどまり続けることのできる積尸気使い。それらを解決する道筋が見えていない以上、わしらが取れる道は限られておるのじゃが」

 

 

それを聞いて口を開いたのは、サーシャだった。

 

「魔女の中に人間の魂が残っている可能性が高まったこと。それがこの時代の日本に来たことで判明したのであれば、北欧の神々が示唆した何かに近づくうえで、それは大きな前進なのかもしれません。次の魔女との闘いには、私も連れて行ってもらえませんか?いかなる邪悪であろうと浄化するアテナの盾、ハクレイの言う呪いの鎧を取り去るうえでもしかすると役に立つかもしれません」

「アテナさま、それは危のうございます。あなたは聖戦において最も大切なお方。ここでお怪我でもなされたら取返しがつきませぬぞ」

「これだけ多くの聖闘士、神闘士、そして魔法少女たちが居るのですから。そのような心配はせぬともよいでしょう。それに、私もこうして鏡で時渡りできたということは、こちらの時代で何かしら果たすべき役割があるように思うのです」

 

「これは、止めたところでお聞き届けいただけぬようですな」

「ハクレイ、アテナというものは、いつの世も、言い出したら聞かぬものなのです。うふふっ」

城戸沙織にまでそう言われてしまえば、もうこれ以上の反論は意味をなさない。半ば呆れ顔でハクレイは承知した。

 

 

「それではせめて、このハクレイもお供させて。。」

「それは無理な相談というものですな、兄上」

 

突然割って入ってきた老人の声。声は例の鏡から響いているようだ。

 

「これは教皇、いかがなされましたかな?」

「兄上、こたびの任務、兄上でなければ難しきことゆえやむを得ずそちらの聖域へ送り出しておりましたが、そろそろこちらにお戻りいただかねばなりますまい。聖域の周辺をうろつく冥闘士は日に日に増え、ジャミールにも冥闘士が現れたとのこと。聖戦の準備、これまで以上に急がねばならぬでしょう。それに、デジェルでなければ務まらぬ任務もありますゆえ」

「まだワシは調べたいことがあるのじゃが。どうしても戻らねばなりませぬか?」

「我儘もたいがいにしていただけませぬかな?兄上」

「そなたにそうまで言われては仕方ない。では、そちらは代わりに誰を送り出すつもりですかな?」

「そちらの状況を踏まえれば、務めを果たせるものは一人しかおりますまい。デジェルと交代する者もすでに決めておりまする」

「さすがは教皇、伊達に長生きしておりませぬな。では、諸々の段取りが終わったらおとなしく交代するとしましょう。それでよいですかな?アテナさま」

「教皇の判断であれば、きっと大丈夫でしょう。そちらがそういう状況であれば、私とテンマもこちらにはあまり長居できませんね」

「はい。アテナさまも、早くお戻りになられますよう、お待ち申し上げておりまする」

「そうですか。それでは、こちらで成しておきたいことを終わらせたら、そちらへ戻りましょう」

 

二人のアテナは、教皇と鏡をとおして何か打ち合わせすると、部屋から出ていった。

 

 

ハクレイもまた、部屋をあとにする。

たしかに魔女については、これまでにわかっていなかった情報がいくつか判明しつつある。ただ、なぜ神闘士たちが243年前の聖域に至ったのか、北欧の女神たちが示唆したこととどう繋がるのか、肝心な部分につてはまだ手掛かりは得られていない。それらを残したまま243年前に帰らなければいけないのか。なんとももどかしい心地で廊下を歩くハクレイ。

そんな彼を呼ぶ声がする。

 

(ハクレイ殿、こちらへ)

 

何か内密の話であろうか。ハクレイは声の聞こえてきた小部屋へと足をすすめた。


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