「教皇、なにゆえにロドリオ村の娘をあちらの聖域へ?」
243年前の聖域。スクルドの鏡の前で、水瓶座の黄金聖闘士デジェルが、教皇セージに疑問をぶつけている。
鏡で時を行き来できるのは24人まで。
貴重な枠をなぜ聖闘士ではなく、一般人であるアガシャに割いたのか。
当代のアテナ、城戸沙織もまた、人選の意図が読めずに戸惑っている。
一方、先代のアテナ、サーシャは何か思い当たるところがあるのか、黙ってセージを見つめている。
「あの娘は、賢い」
静かに、セージが答える。
「一騎当千の聖闘士たち、戦いにおいて決して後れをとることはありませぬが、日々戦いの中で生きてきた故に思い至らぬことも多いものです。それはアスガルドの2人についても同じこと。そちらの魔法少女たちは、いかに強いとはいえ、普段は年相応の娘たちなのです。どこにでもいるような普通の娘でありつつも、我々聖域、そしてあのアルバフィカと心を通わせてきたあの娘、アガシャは、彼女たちにとって、きっと助けとなることでしょう」
「セージ、何か考えがあるのですね」
思慮深いセージのこと。真意をまだ十分に測りかねているとはいえ、その言葉は信ずるに値する。
「私は、アルバフィカへの伝言を伝えた他は、アガシャに特段の指示を与えておりませぬ。一週間ほどでよいので、彼女には彼女の思うままに魔法少女たちと交わらせて頂きたいのです」
心から信頼のおける聖闘士・神闘士たちの存在もあって、とりあえずは精神的な落ち着きを得ている"ように見える"、巴マミ。
レグルスとの出会いを経て、やはり安定した状態にある佐倉杏子。
キュウべぇの揺さぶりによって、やや感情に不安定さの目立つ美樹さやか。
そうした状況を、城戸沙織は青銅聖闘士たちから伝え聞いている。
また、出会ってまだ数分ながら、いくばくかのやりとりから城戸沙織もアガシャの誠実で思いやりに溢れた人柄をひしひしと感じている。
「わかりました。セージ、貴方のいうように、あの子たちには彼女は必要かもしれません」
城戸沙織はそう言うと聖闘士の名を呼ぶ。
「ミロ、ミロは居ますか?」
「はい、スコーピオンのミロ、ここに」
アテナ神殿に最も近い宮を守る黄金聖闘士、ミロが姿を現す。
「この子、アガシャを日本に送ってあげてください。それと…」
城戸沙織は、なにかをミロに耳打ちする。
「はっ!確かに承りました。命に代えてもその任務、全うしてみせましょう」
アガシャを連れ、ミロは日本へと向かった。
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現代の冥界、ミーノスの拠点であるトロメアの館。
その奥で、冥闘士が二人、資料を眺めつつ話し合っている。
「なるほど、地上は少し騒々しくなっているようですね」
薄笑いを浮かべつつ状況を分析しているのは、ミーノスだ。
「はい。アイアコス様が冥闘士を送り込んだことで、聖域も明らかに警戒を強めています。計画に狂いがでなければよいのですが」
苦虫をかみつぶしたような表情で答えるのは、ミーノスの副官であるルネ。
「三巨頭の足並みは揃わず、双子神は勝手気ままに行動している。内紛ばかりの聖域を笑えませんね。まぁ、それも含めて、貴方の読み通りということなのでしょうが」
ミーノスはそう言うと、ルネの背後へ視線を送る。
そこに佇むのは、一人の小柄な男。
「ふんっ、あの死にぞこない二人も含め、これまではおおよそ俺の読み通り事は進んでいる。黙って俺の言う通りにしておけばよいのだ」
冥衣ではなく、アメジストを思わせる紫色のローブを纏ったその男は、そう吐き捨てる。
「では、あの娘についても、貴方の言うように当面は監視のみでよい、と?」
ミーノスに問われた男は無言をもって答える。
「私たちの計画において、一番の危険要素はあの娘。それでも敢えて放置でいいということは、なにか考えがあるのですね?」
「あの娘はお前達の考えている以上に、あの街において重要な存在だ。人の感情というものは理では読み切れぬもの。下手に手を出したり刺激すれば計画の根幹が崩れ去る。その時が来るまで、決して手出しをしてはならん」
重ねて問うたミーノスは、男の答えにとりあえずは納得したようだ。
「ただ、アイアコスは私たちの方針に納得しないどころか、耳を貸そうともしません。パンドラさまは遠く日本に居る。双子神に一肌脱いでもらうしかなさそうですね」
ミーノスの表情が曇る。
「ところで、本当によろしいのですか? 私に手を貸すと貴方から提案されたときは、俄かには信じられなかったのですがね」
「ふん、非情に徹するハーデスや冥王軍とならば俺の力を存分に振るえると判断したまでのことだ。ただ、アイアコスはあのような男だから俺の指図は受けまい。ラダマンティスは、あいつを見ているどどうにもイライラする。あいつらと比べてお前は、道理をわきまえ冷静で頭が切れる。俺とは"相性がいい"。お前を選んだのはそういうことだ。それに、二度とコキュートスには戻りたくないしな」
心配する必要などない、とばかりに男はニヤリと笑った。
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鹿目まどかは、今日も一人、家路についている。
ただ、真っすぐ家には帰らず、寄り道をしているが。
たった独りの家路の寂しさからか、まどかはここのところエイミーのところへ足しげく通っている。
エイミーもまた、まどかの不安を感じ取っているのか、学校が終わる時間になるといつもの居場所に佇んでいる。
夕映えが街から去り、闇が少しづつ街を包み始めている。
餌をあげたり、優しく撫でたりと、まどかはエイミーと過ごす時間を楽しんでいる。
そんなだからか、自分に近づく影に気づくこともない。
「お前が、鹿目まどかか?」
まどかは、突然投げかけられた男の声に振り返る。
そこに佇んでいたのは、醜悪な顔で薄ら笑いを浮かべている、一人の男。
彼の体は、黒曜石を思わせる漆黒の鎧でおおわれている。
「悪く思うな。これも命令だから仕方なくてな」
まどかの顔が恐怖で歪む。
「まどか! ここは私に任せて、あなたは逃げて!」
男とまどかの間に、一人の少女が立ちはだかる。
紫色の衣装に身を包んだ魔法少女、暁美ほむらだ。
「ほむらちゃん!」
「いいから逃げて、早く!」
「う、うん、わかった」
走り去ろうとするまどかだったが、突然なにかに足を払われたかのように、激しく転んでしまった。
「まどか!」
「へへ、そう簡単に逃がすと思ったか?」
まどかに駆け寄ろうとするほむらだったが…
「!!」
ほむらの腕に、脚になにかが絡みつく。
「ワームズ・バインド。これでお前も動けまい。一気に二人も片付けられるとは、どうやらオレにも運が向いてきたみたいだな、ヒヒッ!」
「なんて力なの、これじゃ、動けないどころか時間を…」
ほむらは彼女に絡みついたミミズを思わせるような形態の触手、ワームを振りほどこうとするが、それはさらに強くほむらを締め上げる。
「俺は、地伏星ワームのライミ。俺様に殺される名誉、ありがたく思うんだな」
逃げようにも逃げられないまどか。
ワームに締め上げられ、時間停止の魔法を発動できない、ほむら。
「そろそろ遊びもおしまいだ。魔法少女なんてちょろいもんじゃねぇか」
2本のワームがまどかとほむらを目指して襲い掛かる!
「ヒヒヒっ!これで仕舞だぁ、 なにっ! ぐわぁぁぁ!」
勝ち誇っていたライミが、痛みに耐えかねてしゃがみこんで、何か叩き落そうと手を振り回している。
「このっ! 何しやがる!」
いったい何が起きているのか。
顔をあげたほむらの目にはいったもの。それは…
「こ! このクソ猫! このライミ様に立てつこうなんざ… ぐぁぁっ!」
そこには、縦横無尽に、変幻自在に跳ね回りながら、ライミに襲い掛かっている猫、エイミーの姿があった。
ワームの動きをまるで読み切っているかのようにかわし、冥衣の隙間を巧みについて爪で確実にライミにダメージを加えている。
「ニャニャニャ! ニャニャ―ニャニャニャ―ニャー!!」
体重を乗せたエイミーの一撃が、ライミの顔面を襲う。
あまりの攻撃に、ほむらたちを縛り上げていたワームが緩んだのを、ほむらは見逃さなかった。
一瞬の隙をついて、ほむらは盾に手をかざす。
止まる時。ほむらとまどか以外は動きが止まった静寂な空間。
「エイミー、私たちを守ってくれたのね。ありがとう、一緒に逃げるわよ」
「ニャ?」
宙に浮いているエイミーを抱きかかえると、ほむらはまどかと一緒にその場を急いで後にした。
「ここまで逃げれば大丈夫かしら」
町はずれまで駆けてきたほむらは、時間停止を解く。
再び動き出した、時。
遠くからはジークフリート、ミーメ、星矢たちが駆け寄ってくるのが見える。
「大丈夫か!」
「えぇ、このとおり。冥闘士が襲ってきたけれど、その… エイミーが守ってくれたわ」
「なんだ、と?」
ジークフリートは、まどかの腕の中で大人しくしている猫、エイミーに視線を向ける。
「気づけなくて申し訳ない…冥闘士のことは俺たちに任しておいてくれ!」
紫龍と星矢は、ライミの小宇宙を追って駆け出していった。
「そうか、この猫、エイミーに感謝しなくてはな」
まさか猫が冥闘士を追い払うとは。
ジークフリートはじっとエイミーを見つめている。
「? なんだろう、この… いや、気のせいか」
ふと頭に浮かんだ疑念、それを振り払うかのように首を振ると、ジークフリートは居住まいを正す。
「理由はわからないが、冥王軍は魔法少女や私たちだけでなく、鹿目まどかも狙っている。これは只ならぬことだ…」
アテナたちに報告せねばなるまい。
ジークフリートは今後はまどかについても警護の対象とすること伝えると携帯電話を手にし、ミーメに使い方を教わりつつアテナへと電話を繋ぐ。
「(この電話番号は現在使われて…)」
「もしもし、アテナさ… え?勅使河原さん? 間違えましたすみません…」
「えーと、私の電話が鳴っているのだけれど…」
「暁美ほむら、すまぬ…」
なんどか失敗しつつ、ようやく辰巳に電話を繋ぐと、鹿目まどかに伸びた冥王軍の手、今後の警戒態勢について打ち合わせを済ませるのだった。