神と、戦士と、魔なる者達   作:めーぎん

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黒き疾風

「そうか」

 

現代の冥界。

その最深部。

アンテノーラの館で、震えながら任務の結果について報告する冥闘士を前に、その男はただ一言つぶやいた。

 

強大な小宇宙。

優美でありながらも猛々しい冥衣。

その背中には雄大な翼。

 

さらなる機会を求める冥闘士、地伏星ワームのライミを、男は無言で見つめている。

やがて、男は立ち上がる。

 

「どうか、命ばかりはお助けを… 次こそは必ずや…」

 

思わず逃げ腰になって男に背を向ける、ライミ。

 

「そのような事が、あろうとはな。」

 

ほんの一瞬で、男はライミの前に立ちふさがる。

 

「冥闘士がたかがネコなぞにやられて逃げ帰ってくるとは」

 

男はライミをにらみつけている。

殺される… 観念したのか、ライミはその場にへたりこむ。

 

「…フンっ。ハーデス様のご加護を受けた冥闘士に一泡吹かせる猫なぞ、聞いたことがない。第3獄のロックも、あの街にうろついている神闘士とやらに手も足も出なかったというではないか… これは、聖戦が始まるのを待たずとも、楽しめそうだ…」

 

「… 次の機会なぞ、ない。なぜなら、この俺が出るからだ」

 

 

次の瞬間、男の姿はアンテノーラから消えていた。

 

 

-------------------------------------------------

 

鹿目まどかが冥王軍に狙われている。

この事態をうけて、聖域は迅速に対策を打っていた。

 

巴マミたち魔法少女については、日本に滞在する青銅聖闘士や神闘士たちが交代で護衛にあたることになった。

鹿目まどかには、神闘士ミーメとアンドロメダ瞬が任についた。

暁美ほむらは相変わらず学校以外では姿を見せないが、どうせまどかの傍にいるだろうから、ということで彼らに護衛が任された。

 

 

学校の授業時間が終わり、まどかやさやかも含め大半の生徒が家路に付いた頃。

神闘士ジークフリートはある異変に気が付いた。

 

「なんだ、このとてつもなく巨大な小宇宙は?」

 

それは街のはるか彼方から、とてつもない速度で近づいてくる。

 

「ジークフリートさん!」

 

まさに学校を出ようとしていた巴マミも、ただならぬ小宇宙に気が付いたようだ。

小宇宙の主は、まどかたちの教室へとまっすぐ向かっている。

 

生徒はもう誰も教室には残っていないはず。

ただ一人、担任である早乙女和子を除いて。

 

ほんの一瞬の出来事だった。

それは、建物に傷ひとつつけず巧みに教室に侵入すると、早乙女和子を掴み、学校から飛び去ろうとしている。

ようやく教室の近くへたどり着いたジークフリート達の目に映ったのは、漆黒の巨大な翼。

 

「こいつを返してほしければ、俺に付いてこい」

 

男はそう言うと、見滝原の外れに広がる森へと飛び去って行った。

後を追う、ジークフリート。

巴マミも慌ててその後を追う。

 

 

 

深い森の奥。

男は無言で立っていた。

足元には、早乙女和子が男を力なく見上げながら、へたりこんでいる。

 

「遅かったではないか」

 

駆け付けたジークフリートに、吐き捨てるように男は言う。

 

「その女を放せ… …もう放しているな」

 

早乙女和子は、ジークフリートたちを見つけると彼らに駆け寄ってきた。

男はそれを追う気配すらない。

 

「そいつはどうでもいい。用があるのはお前だ。神闘士」

「どういうことだ」

 

ジークフリートは男に問う。

 

「どうもこうも、ここならお前も存分に戦えるだろう? そうではないか?」

 

男が早乙女和子を攫ったのは、ジークフリートたちをここまで誘い出すためだったようだ。

 

 

「(ジークフリートさん、居た。そして早乙女先生も。急がなきゃ)」

 

巴マミも、ようやく森の奥へ近づきつつあった。

ラダマンティスやミーノスに勝るとも劣らない巨大な小宇宙。

自分ではどうにもならない相手かもしれない。それでも行かなくては。

せめて早乙女先生を助け出さなければ。

 

「あ、でもこのまま行ったら、自分が魔法少女だということが先生にバレちゃうわね…なら、こうやって…」

 

 

「ジークフリートさんっ!」

 

彼らが対峙する場に、彼女はようやくたどり着く。

 

「ここに来ては危ない。早く離れるんだ…  ん?」

 

ジークフリートの目に飛び込んできたのは、一人の魔法少女。

巴マミのような服を纏っているが、目の部分を除き、顔には黄色いリボンが巻かれている。

 

 

「誰かはわからぬが、事態は急を要する。君に頼みがある。」

「(え? あ、そうか、早乙女先生にバレないように気を使ってくれてるのね)」

「ここは危ない。その女性を連れて、一刻も早くこの場から離れて欲しいのだ」

 

確かに。この冥闘士はおそらくラダマンティスやミーノスに匹敵する。

普通の人間ならば、戦いの余波を受けただけでひとたまりもないだろう。

 

「わかりました。私に任せてください」

「よろしく頼む。君の名を聞いておきたいのだが…」

「(え? どういうこと? 気を使ってくれてるんじゃないのかしら? ん~、どうしよう… とりあえず…)」

 

巴マミは思わぬ事態に動揺を隠せないが、躊躇っていたら早乙女先生に気付かれてしまうかもしれない。

とっさに思いついたのは…

 

「私の名は…と…   ティロ・フィナーレ仮面! さぁ、私と一緒に早くっ!」

 

早乙女和子の手を取ると走り出したマミだったが。

 

「おっと、そうはいかぬ」

 

彼女たちの前に、漆黒の槍が無数に降り注ぐ。

とっさに身をかわしたマミの目前に槍が突き刺さり、行く手をふさぐ。

 

「人質が居なくなれば、この男のこと、戦いをやめかねん」

 

冥闘士はそう言うと、ゆっくりとジークフリートのほうへ向き直る。

 

「俺は冥界三巨頭の一人。天雄星ガルーダのアイアコス。冥闘士どもが世話になったな。その力のほど、存分に楽しませてもらおう」

「お礼参りというわけか。北欧アスガルドの神闘士、アルファ星ドゥーベのジークフリートが相手になろう」

 

身構えるジークフリートとアイアコス。

マミはリボンを展開させると、それを早乙女和子と自分の周りで高速回転させる。

その様は、チェーンとリボンの違いこそあれ、さながらアンドロメダ瞬のローリングディフェンスのようだ。

 

「ほう。ティロ・フィナーレ仮面、と言ったな。先ほどの身のこなしといい、お前もいずれ俺を楽しませてくれそうだ。そこで俺たちの戦いを見ておくがいい。さて」

 

一瞬のうちに間合いを詰め、ジークフリートに襲い掛かるアイアコス。

それをかわすと、すかさずアイアコスの背に拳を繰り出すジークフリート。

音速を遥かに超える二人の動きに、二人を包む空気が震えている。

 

「ッ!!」

 

地面が穿たれ、木々が粉々に砕かれる。

 

北欧アスガルド、冥界。

それぞれにおいて最強の戦士が繰り広げる光速の戦い。

もはや二人を目視できるはずもなく、ただ舞い上がる土煙、次々に生じるショックウェーブのみが、二人の位置を示している。

 

終わる気配を全く見せない戦い。

二人の戦いはほぼ互角、か。

 

 

「クッ!」

 

とっさに距離をとるジークフリート。

体制を整え、身構える。

 

「ドラゴン・ブレーヴェスト・ブリザード!」

 

ジークフリート最大の拳がアイアコスに襲い掛かる。

すさまじい衝撃。あたりに響き渡る轟音。

 

拳が直撃したアイアコスが土煙に包まれている。

視界が遮られている決定的な機会を、ジークフリートは見逃さない。

 

「オーディーン・ソード!」

 

間髪入れずジークフリートの指先から放たれた衝撃波。

それはアイアコスの足元に突き刺さり、大地を粉々に砕き噴き上げる。

アスガルドの戦いで星矢たちを敗北寸前まで追い詰めた技だ。

ふたたび辺りを包む土煙。

ジークフリートとマミは、土煙を見つめている。

 

 

やがてアイアコスの姿が現れる。

驚くべきことに、立て続けに技を受けたにも関わらず、ダメージを負っている様子は、特にない。

ただ、微かにヒビのはいった冥衣の翼を除いて。

 

「ほう、ここまで俺を楽しませたのは、お前が初めてだ」

 

冥衣のヒビに視線を送りつつ、アイアコスが不敵な笑みを浮かべる。

 

「ならば、こちらも少し本気を出すとしよう」

 

 

アイアコスの小宇宙が爆発的に高まっていく。

次の瞬間、ジークフリートの体が叩き飛ばされた。

十数m先の岩に叩きつけられる彼の体。

 

「なんだと… アイアコスの動きが見えない、とは」

 

ようやく立ちあがったジークフリートが、今度は地面に叩きつけられる。

立ち上がる度、一方的に叩きのめされるジークフリートの姿。

マミは茫然として、ズタボロになっていく彼を見つめている。

 

冥界でも最もスピードに長け、戦闘においては最強と目されるアイアコス。

これまでは、様子見だったのか。

それでも戦いをやめようとしないジークフリートだったが…

 

ジークフリートの背後を取ると、アイアコスは彼の体を掴み上げる。

 

「ガルーダ… フラァァァァップ!!!!」

 

地上から打上げられたロケットのような凄まじい速度で、ジークフリートの体が高く放り投げられる。

空高くへ飛ばされた彼の姿は瞬く間に小さくなり、やがて空の彼方に消えた。

 

 

「…3秒後、ヤツはここに落ちてくる」

 

足で地面に大きく×印を描きつつ、アイアコスがつぶやく。

 

やがて空の彼方から空気を切り裂く音が響きはじめ、間もなく轟音とともに地面に何かが突き刺さる。

×印があったところは、直径10mを超えるようなクレーターと化し、あたりは土煙に包まれている。

 

アイアコスはクレーターに背を向け、歩き出す。この場にはもう何の用もないとばかりに。

 

 

 

「…待て、たたかいは、まだ終わっていな…」

 

クレーターの中から、弱弱しいながらもまだ闘志を失っていない、ジークフリートの声が響く。

そんな彼に一瞥もせず、アイアコスは歩き続ける。

 

「いいや、終わりだ」

 

アイアコスは吐き捨てる。

 

「貴様の本来の力はこんなものではないはずだ。纏っている貴様の神闘衣、本来あるべきものを欠いているのであろう」

 

神闘衣に本来備わっているはずの、オーディーンサファイア。

それは、アスガルドでの戦いでオーディーンローブを復活させるため、神闘衣から引きはがされ、今もまだ戻ってきていない。

243年前の黄金聖闘士、牡羊座のシオンにより形ばかりは修復されたが、オーディーンサファイアを欠いた状態では決して本来のパフォーマンスを発揮することはできない。

アイアコスは、ジークフリートの動きからそれに気づいたのだろう。

 

 

「今のそれは、貴様の動きを縛る単に重い鎧にすぎぬ。貴様ほどの相手、万全でない状態で倒すのは惜しい」

「…」

 

ジークフリートは唇を噛み、押し黙る。

 

「ティロフィナーレ仮面に感謝するがいい。また会おう…」

 

そう言われて、ジークフリートは自分の周りに何かが散らばっているのに気が付いた。

ズタズタに引きちぎられた、黄色いリボン。それはかすかながら小宇宙を纏っている。

地面に叩きつけられる瞬間、マミが展開したリボンが彼の体を受け止め、致命傷を負うことを防いだのだろう。

 

 

 

アイアコスが立ち去ろうとした、その時。

晴れていたはずの空が闇に包まれる。

 

「舐められたものだな」

 

辺りに威厳に満ちた声が響き渡る。

宙に浮いたかと思うと、激しく岩に叩きつけられる、アイアコスの体。

粉々に砕けていく、天雄星の冥衣。

あれほど強大だったアイアコスは、無抵抗のまま、いや、抵抗すらできず、叩きのめされている。

 

力なく横たわるアイアコスの傍らに、何者かが現れる。

黒曜石のように昏く輝く冥衣。

ただ、冥闘士のそれとは異なり、それには古代ギリシャの彫刻を思わせるような美しい金色の意匠がちりばめられている。

全身をローブのように包んでいるそれは、三巨頭のものとも比較にならない威厳と優美さを備えている。

背中には、孔雀を思わせるような美しい翼。

 

額に輝く六芒星。

風になびく金色の髪。

金色に輝く瞳。

 

 

「だが、ここでお前を消し去ってしまうのは惜しい。そこな神闘士と再び拳を交えたいのであろう? ならば、この後の働きにて罪を濯ぐのだな」

 

男は、横たわるアイアコスに手をかざす。

彼の手から溢れだす、闇。

アイアコスの姿は、その闇に溶け込むかのように消え去った。

 

 

「オーディーンの闘士よ。そなたにとっては久方ぶりか?否か。そして異星の獣に力を与えられし、魔法少女よ」

 

243年前のイタリア。

そこで、ジークフリートがテンマ達とともに立ち向かい、なすすべもなく敗れ去った相手。

冥界の双子神、眠りの神、ヒュプノス。

 

「此度は、愚かな冥闘士が我欲に走っただけのこと。安心せよ。私は乱暴な死は好まぬ。冥界に拳を向けない限り、命まで取るようなことはせぬ」

 

ジークフリート、マミ、そして早乙女和子は、ただ茫然とヒュプノスを見つめている。

 

「人間というものはしばしば、神ですら思い至らぬようなことを成し遂げる。夢、感情、独善、そして野望の果てに。時を行き来し何をなそうとしているのか、神である私にもわからぬ。だがそれゆえに、お前たちが何を為そうとしているのか、心惹かれるのだ」

 

眉一つ動かさず、ヒュプノスは語り続ける。

 

「まもなくこの街には厄災が訪れる。お前たちは、人として死力を尽くすことになろう。その時にまた会おう」

 

 

晴れていく闇。

ヒュプノスの姿もまた、闇とともに消え去った。

 

 

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243年前の冥界。

その最深部、ジュデッカの宮殿に少年が一人、たたずんでいる。

漆黒の法衣に、金色の髪。澄んだ瞳。

 

「気が付いたのかい?」

 

少年の視線の先には、一人の少女、そして一匹の猫が横たわっている。

漆黒のドレスに身を包んだ少女の髪には、枯れ果てたヒナギクの花。

 

「…」

 

何か話そうとするものの、ようやく目覚めた少女にはまだその力はないようだ。

 

「無理に話さなくてもいいよ。君たちは力尽きるその直前まで、頑張って生き抜いてきたんだから」

 

その声は、冥界に在る者とは思えないほど、優しさに満ちている。

 

「…」

 

相変らず声を発することはできないが、少女の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 

「貧困。差別。暴力や侮蔑… 傷つき打ちのめされつつ、過酷な生を必死に生き抜いてきた命。だからこそ、誰にでもいつか訪れる平等な運命の先くらい、せめて…。 君たちならわかるよね?」

 

荒涼とした冥界を見つめる、憂いに満ちた少年の瞳。

少女は力なく、微かに頷いた。

 

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