神と、戦士と、魔なる者達   作:めーぎん

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諦めざる者

「来たか、マニゴルドよ」

「お師匠じきじきのお呼び出しですからね。で、用向きとはいったいなんでしょう?」

「ほう、それを聞くか。お主のことだからすでに察しておると思ったのだが」

「そりゃぁ、この時期にお呼び出しと来たら、"あの事"以外無いでしょうね。ただ、わざわざ人払いまでするとあっちゃぁ、穏やかじゃねぇ」

 

教皇の間の最も奥に位置する小部屋。

そこに立ち入れるのは、アテナと教皇を除けばごく一部の黄金聖闘士のみ。

その一人であり、教皇セージの弟子でもあるマニゴルドは、セージの腹を探るように言葉を返している。

 

「その事で間違いはないのだがな。ただまだ人に知られてはいけない事ゆえ、慎重を期させてもらった」

 

周りに誰もいないのを改めて確認しつつ、セージも答える。

 

「トップシークレットってわけですかい。場所はいつものところじゃねぇってことですね」

「そういうことだ。シオンの時もだが、そなたには苦労ばかりかけて申し訳ないとは思っておる」

「マジかよ、本当に穏やかじゃねぇな。まぁ、教皇の信頼厚い弟子がまたしても見せ場無しときたらそれこそ申し訳ねぇ。今度はせいぜい頑張らせていただきますか」

 

セージは、我が意を得たりとほくそ笑む。

小声で、しかし長い時間にわたって何かを打合せた後、マニゴルドは教皇室を後にした。

 

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しばし後、マニゴルドは荒れ果てた土地に立っていた。

傍らには、彼が手塩にかけて育てた聖闘士候補生。

 

「マニゴルドさん、聖闘士の資格認定の試験は修練場で行われると聞いていたのですが、ここはいったいどこなのでしょう?」

 

あからさまに戸惑っている候補生。

 

「喜べ、仁美。なにしろ、教皇さま直々に、"ここで"と決められた特別メニューだ。聖闘士でもここに来れたのは、そして生きて帰ってこれたのはほとんど居ねぇ」

「そう、なのですか。ちなみにここに来た聖闘士って、どのような…」

「牡羊座の黄金聖闘士、シオン。そしてこの俺だ。まだまだヒヨッ子の頃だったがな」

「それって… 私のような候補生の手に負えるものなのでしょうか?」

 

そう。ここは、ジャミールの一角、ムー一族の伝承を伝える地。

未来からやってきた聖闘士、アヴニールからシオンが牡羊座の聖衣を継承し、マニゴルドとともに刻の神カイロスと熾烈な戦いを繰り広げた土地なのだ。

 

「それで、試験の内容はどのようなものなのでしょう?」

「さぁな、教皇は、お前をここに連れていくように。何が起こるかは正直わからんが、起きたことに対処しつつ生還したらそれで合格… ん、さっそくやってきたな… そうか、なるほどな」

 

マニゴルドの指さす方向を仁美は見据える。

遥か彼方からやってくる影は、5、いや、10はあるか。

陽炎を通してみてもはっきりそれとわかるほど、影は深い闇に包まれている。

 

「あれは、生ける者ではありませんね。死人の群れ、でしょうか」

「上出来だ。ここで命を落としたが、冥界に向かえない事情があってこの地に縛られ続けている魂、といったところだな」

「そうですか、つまり黄泉比良坂まで送り届けて差し上げればよいのですね」

「まぁ、そういうことだ。ただ、あいつ等あまりにも苦しみ過ぎたせいで見境がなくなってる。容赦なくこちらの命奪いにかかってくるから、舐めてたらお前でもどうなるかわからねぇぞ」

「わかってますわ。油断などするものですか」

 

仁美は身を躍らせて影たちへの距離を詰めていく。

その速さは、ただの女子中学生のそれではない。短期間ながら厳しい修行により、すでに他の聖闘士たちに匹敵する力を身に着けているのだ。

影たちもまた、声にならない唸り声をあげて襲い掛かる。その速さ、そして身のこなしのキレは、彼らもまた只者ではないことを示していた。

 

「っ! 積尸気冥界波!」

以前のような無意識ではない。意図的に小宇宙を高めると、仁美は次々と影を捉えていく。

影の繰り出す拳を避けるでもなく、まるで身を捨てているかのような戦いぶりを無言で見つめる、マニゴルド。

一つ、二つ。影は次第にその数を減らしていくが、仁美もまた少なからぬ傷を負っている。

残る影は一つ。

 

「くっ! 外したっ!」

仁美の冥界波を巧みにかわした最後の影が、仁美に襲い掛かる。

かろうじてかわした仁美だが、影は体制を一瞬で整えると今度は背後から襲い掛かる。

 

「この速さ、白銀聖闘士並みではないですか。貴方たち、いったい何者ですの?」

 

仁美の一瞬の動揺。

それを見逃さず加えられた影の一撃が、仁美の脇腹に、左腕に突き刺さる。

 

「(痛いっ! 腹が破れそう… 腕の骨にもヒビが入ったかも。強い殺意を帯びた拳…これが、実戦…)」

 

仁美の拳に力がこもる。

遮二無二、無謀になんの防御もとらず影に向かって突っ込もうとする仁美だったが。

 

「バカだれっ! てめえ本当に死ぬ気かよ!」

 

思わず檄を飛ばすマニゴルド。

仁美は一瞬我に返ると、かろうじて間合いをとる。

 

「自分の命を粗末にするのもいい加減にしやがれっ!」

 

そう言うと、マニゴルドは影の前に立ちふさがる。

一瞬たじろぎ、動きを止める影。

 

「俺は未来のてめぇに何があったのかは知らねぇし、知る気もねぇ。死に憧れてるとも思わねぇ。ただな、命を捨ててかかったような投げやりな戦い方は許せねぇ」

「……」

「未来のアテナを護るために聖闘士になるんじゃなかったのか? 聖闘士の戦いってのはな、誰か一人が身を投げ出したくらいで方が付くもんじゃねぇ。誰もが生きて、極限の生の中で戦い続けて、それでもなおどうしようもなくなったときに初めて、身を捨ててでも他の連中を先に進ませる。遥か昔から、聖闘士ってのはそうやって紙一重の勝利を収めてきたんだ。なんなら、他の全員が倒れても、誰かを犠牲にしても、てめぇはアテナのために最後まで生き残って戦うことになるかもしれねぇんだ」

 

はっとした顔で、マニゴルドを見つめる仁美。

 

「それは、そこに居る影も同じだった。後はお前の手で引導を渡してやれ、同じ聖闘士としてな」

 

何かに気が付いたのか、仁美は再び小宇宙を高め始める。

 

「今度は外しません。積尸気…冥界波!」

 

影はふたたびそれをかわそうとするも、冥界波はまるで蜘蛛の巣のように網を広げて追尾し、ついには影をしっかりと捉えた。

冥界波を伝ってくる、影の、魂の記憶。

 

「みなさん、ごめんなさい。でもこれでやっと務めを終えることができますのよ」

 

影は次第に薄くなっていき、ほんの一瞬、眩いばかりの白銀色に輝くと、静かに消えていった。

 

「あいつのことだ、礼ぐらい言っていったんだろうな」

「はい、ユーゴさん、ありがとう、と言い残していきましたわ。」

 

最後の影の正体は、ケンタウロスのユーゴの魂。

牡羊座の黄金聖闘士アヴニールとともに、未来から同胞たちと共にこの時代にやってきた彼は、やはり未来からやってきて聖戦で命を落としたアヴニールの墓所で、刻の神カイロスの敷いた「刻の牢獄」に囚われたのだ。

二百数十年後、この地を訪れたシオンとマニゴルドにより彼らもまた牢獄から解放された。

止まっていた時間が再び動き出したことで、急速な老いにより命を落とした彼ら。

しかし、時の流れが乱されたこの地で、異なる時間からやってきて命を落とした彼らを、冥界は拒んだのだった。

どこにも逝くことができず、未来に帰ることも叶わず苦しみ続けた彼らの魂。

 

「そういえば、冥界波を伝って、不思議な手ごたえがありました」

「そうか、未来からやってきたお前だったからこそ、あいつらはやっと"未来の"黄泉比良坂へ帰れたのかも知れねぇな…」

 

 

目の前には、廃墟と化した古い街が見える。

そこからかすかに感じられる小宇宙。

次の目的地はあそこだ、とばかりに無言で歩き出したマニゴルドの後を慌てて追う仁美。

 

かつてアヴニールの黄金聖衣が置かれていた建物。

小宇宙はどうやらその最も奥、壁の向こうから流れ出しているようだ。

 

マニゴルドは無言で渾身の拳を放つ。

圧倒的な力により壁は… ヒビ一つ入っていない。

 

「マニゴルドさん、ここは私が行かなければいけない、そんな気がします」

 

今度は仁美が拳を放つ。

やはり壁はビクともしないが…

 

「なんだ、この異様な小宇宙は… 聖闘士でも、冥闘士でもねぇ」

 

壁の向こうから横溢し始めた、膨大な小宇宙。

 

「間違いねぇ、この感覚はまるで、神… まさかカイロスっ!」

 

マニゴルドは一瞬で小宇宙を高め、身構える。

ただ、壁からは相変らず小宇宙が溢れるのみ。

かつてシオンがアブニールの黄金聖衣と邂逅した時とは異なり、カイロスも、その分身が現れる気配はない。

 

「残念ながら、私が話をしたいのはそなたではなくてよ、小さな怒りんぼさん」

 

壁の向こうから、厳かな声が響く。

 

「未来からやってきた、あなた。よくぞわたしまで届きました。そのことは褒めて差し上げましょう」

「え、わたくし、でしょうか…」

「はるか神代からわたしはここで"その時"を待ち続けてきました。あと少し、あと数週間でその時がやっとやってくる。なんと喜ばしいことでしょう」

 

あと数週間。いったい何が起こるというのか。

 

「異星の愚かな民、彼ら自体は決して許されるべきではありませんが、ことこのことについては、わたしは彼らに感謝しなければなりませんね」

「いったい…なんの事ですの?」

 

何が起きているのか、小宇宙の主が何を話しているのか、仁美は全く見当がつかず問い返す。

 

「神ですら為しえなかった奇跡。それが、何の関係もない小さな願いによって叶えられるなんて」

 

仁美の問いに答えたのか否か。声はなおも続ける。

 

「大丈夫、あなたもその場で奇跡の果てを目にする、いや、奇跡を形にすることになるのです。そのために、あなたはこの時代へ来たのだから」

「わたくしが、ですか? 貴方は一体、誰なのでしょう? 奇跡とはいったいどのようなことなのでしょう?」

 

あたりは、小宇宙の放つ眩い輝きに包まれている。その空間を舞う、金色の花びら。

 

「それを伝えることは、できません。なぜならあなたは"あきらめた"人だから」

 

あきらめた。

仁美がいったい何をあきらめた、というのか。

 

「私はあきらめなかった。愛をあきらめなかった。私と同じく"あきらめなかった"人が一人でここを訪れた時、そこでお伝えしましょう

 

そう言うと、小宇宙も声も、再び壁の奥へと消えていった。

 

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「お師匠、さっぱりわからねぇんだが、これは合格ってことでいいんですか?」

 

教皇の間で、マニゴルドが教皇セージに疑問をぶつけている。

 

「私にも確たることは言えぬが、任務は果たせた、合格とみてよいであろうな」

 

東の空を見つめながら、セージがつぶやく。

 

「いくつかの謎について糸口を得るに至った、それは志筑仁美、そなたの功であるといえよう」

「それは、身に余るお言葉です。それでは私は一体何を為さねばいけないのでしょうか?」

「それを知るためには、この時代、そなたの時代で手がかりを探さねばならない。あと数週間、もしかすると聖戦を戦いながら」

 

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現代の見滝原。

 

とある結界で、美樹さやかが使い魔たちと戦っている。

傍らには佐倉杏子。

息の合った戦いぶりは、長年連れ添ったコンビのようにすら感じられる。

レグルスも一応同行しているが、特段することもないせいか、どこか退屈そうだ。

 

そして、結界に身をひそめる影が二つ。

 

「美樹さやか、彼女がこれほど落ち着いているなんて。佐倉杏子もこれまで見た中で一番…巴マミとの関係も上手くいっているようだし。これは、今度こそ…」

笑顔こそ見せないものの、その魔法少女の表情は穏やかだ。

 

「…」

彼女たちから離れたところで、静かに戦況を見つめている男が一人。

 

さやかが魔女に挑み始める。

さすがに魔女が相手では、使い魔のようにはいかないのか。

彼女の鋭い刀さばきすら、魔女は器用にかわしている。

杏子も援護に回るが、この魔女は遠隔戦闘を得意としているのか、二人は魔女に近づくこともできない。

しかも、彼女たちの背後から上から左右から、燕のように素早く飛び回り不意の一撃を食らわせる、魔女の分身に戸惑う彼女たち。

戦況は拮抗ないしやや不利な状況か。

思うように戦えず、微妙にイラついている二人。

 

そんな様子を見て、援護に出ようとしたレグルスだったが…

 

「あ、そうだね。じゃ、任せた」

 

影の一つが動く。

次の瞬間、分身に突き刺さる黒薔薇。

分身は力を失って、結界の底に落ちていく。

 

「よっしゃ!こいつさえ居なくなれば、魔女に集中できるっ!」

さやかと杏子が巧みな連携プレーで魔女の左右から攻撃をかける。

自由に動ける彼女たちの前に必死の抵抗を続ける魔女だったが、やがて深手を負い、消滅した。

 

「サンキュー、あの煩いのを片付けてくれたのレグルスかい… え?」

 

消えゆく結界、魔女の分身に突き刺さった黒薔薇が杏子の目に映る。

 

「助けてくれたのは、アルバフィカなんだろ。でもどうしてそうやって、あたしたちを避けるのさ」

 

明らかに機嫌悪くなっていく、さやか。

 

「それは…」

 

答えにくそうだが、答えなくてはいけない、言葉を選びながら話し始めたレグルスを止める声が響く。

 

「すべては、この私の"血"、それ故だ」

 

彼女たちの前に一人の男が現れる。

 

猛毒の薔薇とその生を共にしなければならない、魚座の黄金聖闘士の宿命。

師と弟子、互いに猛毒の血を交換し、より強い毒を有する側が生き残る、血の儀式。

自らの血は、誰であろうと容赦なく死に至らせる。

それ故に孤独に生き、孤独に死すこととなろうと、自らが誇りに思うこの血とともにあるなら構わない。

 

言葉少なに語り終えると、黒薔薇を拾い上げ、アルバフィカはその場を去っていった。

 

 

「はぁっ、はぁっ… アルバフィカ様、ここに居たんですか?」

 

息を切らして走ってきたのは、アガシャだ。

無言で返す、さやかと杏子。

その表情から、アガシャは何があったのかを察したのだろう。

凛として、それでいて少し悲しそうに遠くを見つめている。

 

「…誰よりもお優しくて、きっと誰かを愛したいアルバフィカさま… それなのに、どうして、貴方はあきらめてしまわれるのでしょう…」

 

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