「どうしても、お聞き届けいただけませんのでしょうか? 次代のアテナさま」
普段は和やかな先代・次代聖域会談が、今回は微妙な緊張感に包まれている。
「はい。どのような危険が潜んでいるかもわからないことに、彼女を巻き込むわけにはいきません」
普段は穏やかだが、今回は一歩も引く構えを見せない、城戸沙織。
「しかしながらアテナさま、こればかりは私ども聖闘士では代わりが務まらぬのです」
先代の教皇、セージもまた、諦める気配はない。
「だからといって、聖闘士でさえ危機に陥るようなところに、あの子を行かせるわけにはいきません。他に手立てはないのでしょうか?」
「アテナさま、仕方がないのです。この任を果たせるのは、私どもの知る限り、ただ一人…」
「ですから… どうしてさやかさんなのでしょう? 彼女は貴方たちの聖域の時代には、縁もゆかりもないはずではありませんか?」
美樹さやか。
現代の魔法少女である彼女を、先代の聖域へ、さらには「あの遺跡」へ赴かせたい、それがセージの提案なのだ。
「彼女こそが、あきらめざるもの、選ばれしものに違いないのです」
無言でうつむく城戸沙織。
美樹さやかの夢にたびたび現れ、彼女の周りに金色の花びらを舞わせている存在が居る。
そのことはすでに聖闘士たちから沙織の元に報告が上がってきている。
そして、同じ報告はセージの元にも。
「暁美ほむらの言葉を覚えていらっしゃいますでしょうか?」
「…」
「ワルプルギスの夜、それが見滝原を襲うまで、あと2週間。そして間もなく始まるであろう聖戦。それまでに美樹さやかは事を為さねばならぬのです」
「それは覚えています。しかしそれがなぜさやかさんと関係あるのでしょう?」
「実は…、その前に、次代のアテナさま、お人払いを…」
城戸沙織以外が去ったことを確認すると、セージはおもむろに、言葉を選んで語り始める。
語られた内容。あまりに衝撃的なそれは、沙織を驚かせるには十分すぎる内容だった。
それが本当であれば、聖域と冥界の聖戦、それに終わりを告げることが出来る。
本当であれば。
「はるか神代より繰り返された聖戦。それを此度で最後とし、未来永劫にわたる平和をもたらす。その可能性に賭けるため… どうかご決断を」
「…… わかりました。それではせめて、せめてさやかさんに十分な護衛をつけてくれますか?」
「もちろんでございます。なにが起ころうとも、美樹さやかをそこへ至らせましょうぞ。そして…」
おもむろに、城戸沙織へもう一つの報告を切り出すセージ。
教皇の間に歩み入る、一人の聖闘士。
「魔女と化した魔法少女、彼女たちがまた魔法少女として生き、再び魔女と化さぬようにする… その糸口が見つかりましてございます」
厳かに語りだしたのは、祭壇座の白銀聖闘士、ハクレイだった。
「ただ、確実に成功するための条件、それをまだ十分に絞り込めておりませぬ。一刻も早く、そう望まれていることは重々承知しておりますが、もう少しお時間を頂きたい」
冥界との聖戦、そして魔法少女がいつかは魔女化する運命… それらに終止符を打てるかもしれない。
通信を切断すると、城戸沙織は空に輝く北極星、それを見つめながら何かを小さな声で呟き、顔を伏せた。
一方、先代の聖域では。
「平和のためとはいえ、辛い選択を強いることとなってしまいましたな」
「兄上、なぜに神は、再びまみえることのできた人々にまで、再び別れを強いるのでありましょうな…」
数多の辛い決断を強いられてきたセージとハクレイ、二人にとってすら、この決断はあまりに重いものだった。
「シジフォスを、これへ」
セージは、彼が最も信頼する黄金聖闘士、射手座のシジフォスを呼び寄せた。
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一方、現代の見滝原では、魔法少女、聖闘士たち、そしてジークフリートが街中の探索を進めていた。
これまでの経験から、ミーメを引き寄せた魔女の気配は、現れてもたちまち消えてしまうことはわかっている。。
気配を察知しては、そこへたどり着くまでにそれを見失ってしまう。
現れる場所にも特段の法則はなさそうだ。
それならば。
彼らはいくつかのチームに分かれ、街の各所に待機して魔女を待ち受けることにした。
ほとなくして、その時が訪れた。
「レグルス! あの魔女がすぐ近くに居る!」
佐倉杏子が叫ぶ。
レグルスは杏子を抱えると、その場へ急ぎ向かう。
たとえそれが一瞬で消えたとしても、光速で移動できる黄金聖闘士なら間に合うかもしれない。
彼らが駆け付けたのは、空き家となった広い邸宅。
荒れるがままに木々が生い茂る庭、人が近づくこともなく、野良犬や野良猫が住み着く深い藪だった。
「どうしてこんなところに…杏子、突っ込むよ!」
「おい、他の奴らを呼ばなくていいのか?って、そんな余裕ないか。いくぞ!レグルス!」
魔女を逃がすまいと結界に突入しようとした二人だったが。
「うそ… 結界が、一瞬で、消えた…」
目の前にあった結界が、一瞬で消え去ったのだ。
たいていは、空間が歪み揺らぎつつ消えていく、魔女の結界。
それがなんの前触れもなく、まるでスイッチをオフにされた電灯のように、一瞬で消滅したのだ。
「なんだ、これ。今までも魔女に逃げられたことはあったけど、こんなのは初めてだ」
杏子はあっけにとられている。
レグルスはまだ魔女の気配を探っているが、その場から掻き消えたそれを完全に見失っている。
「なんて魔女だ。結界に入ることもできないなら、どうやって倒せば… ん、誰か来る。ずらかろうぜ、レグルス」
近づいてくる誰かの気配を察知すると、二人は光速でその場を立ち去った。
それからほどなくして。
今度は美樹さやか、アンドロメダ瞬のコンビが魔女の気配を捉えた。
少し距離があったためか、二人が気配のもとへ近づいた時には、やはり結界はすでに消滅していた。
「また間に合わなかったね。でも一応は行ってみようか…」
瞬に促され、二人は結界のあった場所、街外れの小さな公園へと足を踏み入れる。
「珍しいよね。魔女ってたいていは廃屋みたいな見つかりにくいところに現れるのに。こんな広い公園を選ぶなんてどんな魔女… ん?誰か先に来てる!」
先にここにたどり着いた誰かの気配に、二人は慌てて物陰に身を隠す。
どうやら、先に来ていたのは三人の男のようだ。
「残念だ。逃げられたか」
「また仕留めそこなったか。いったいいつまでこんな追いかけっこを続けないといけないんだろうな?」
「そうは言っても、命令されている以上は手を抜くわけにはいかん。ここにもう用はない。いくぞ」
彼らもまた、次の瞬間、一瞬でどこかへ姿を消した。
「ねぇ、さやかさん、今の三人って」
「どうして? なんであいつらもここに来てるのさ…」
その日のパトロールを終え、巴マミ邸に集まった面々。
「はい、これは巴さん、これは佐倉さん、これは… そしてこれはアルバフィカさま(ちょっと大きく高級感溢れる湯飲み)」
アガシャの淹れたお茶を飲んで一息つきつつ、情報共有にとりかかる。
そうやら魔女の気配を察知できたのは、レグルス杏子組、瞬さやか組、ジークフリートマミ組だけだったようだ。
「美樹さん、佐倉さん、確認させて欲しいことがあるのだけれど」
巴マミがおもむろに切り出す。
「魔女のところに現れた三人って、美樹さんと接点のあるあの三人ってことでいいのかしら?」
「うん… シルフィード、クイーン、そしてゴードンで間違いないよ。あの三バカも魔女を狙っているなんて。いったい、なぜ…、」
冥闘士たちが見滝原に現れている目的の一つは、どうやら例の魔女の抹殺にあるらしい。
鹿目まどかと接触し、美樹さやかに助力する一方で魔女を追う。
冥闘士だけでなくなぜパンドラや眠りの神ヒュプノスまで見滝原に出没する。
その意図こそわからないが、この聖戦の機会において、冥界が見滝原を極めて重要視していることは間違いない。
今日判明した事実については、直ちにアテナこと城戸沙織のもとに報告された。
敢えて聖闘士も神闘士も魔法少女も招集せず、部屋に居るのは城戸沙織、彼女の相談相手となっている牡羊座の黄金聖闘士、ムゥの二人のみ。
「…………」
城戸沙織は押し黙っている。普段の穏やかで優しい表情は消え、沈痛な面持ちを隠せない彼女。
ムゥは、心配そうな面持ちで彼女を見つめている。
「実は本日、先代の聖域より、ある情報がもたらされました」
城戸沙織は厳かに、言葉を選びつつ話始める。
「聖域に潜入した冥闘士を尋問して得た情報ということで、聖域を欺く意図があるのかと思っておりました。ただ…」
「現代の見滝原で起きていること、そして本日の情報、これらを考え合わせると、情報は真実かもしれない、そう私は思い始めています」
「事の真偽を確かめるためにはもう少し、新たな傍証、そしてその分析が必要でしょう」
いつになく真剣な城戸沙織。ムゥは彼女の言葉を一言も聞き漏らすまいと聴いている。
「ただ、もしそれらが真実ならば、私たち聖域は、たたでさえ厳しく困難な聖戦を戦うだけでなく…」
城戸沙織は再び押し黙る。
しばしの沈黙。それを破るべく振り絞る勇気をもって、城戸沙織はまた言葉を継ぐ。
「私たちは、ミーメと関わりを持つ謎の魔女、そして…大きな犠牲を払うこと、それを承知のうえで、"ワルプルギスの夜"にも全力であたらねばなりません…」